過ちの刃   作:千年坂

6 / 17
L5 他人のお金で食べる料理は総じて美味しい

 

 

【十月二日木曜日午後一時半 月花亭げっかてい

 

 休憩所を出て十数分歩いたところで、良さげな外装の料亭を発見した。提げられた看板には『月花亭』と、達筆な印刷文字で書いてある。沿海部にしては潮風による風化もあまり見受けられないため、比較的新しい建物なのだろう。

 

 期待を大きくして中に入ってみれば、予想通りの綺麗な内装が広がっている。暖かみを感じられる木材の壁に、やわらかな電球の光が館内を優しい雰囲気に纏めあげていた。

 

「いらっしゃいませ。何名様でいらっしゃいますか?」

 

「一人で」

 

 来店したとともに、カウンターから出てきた女の人が笑顔の接客をしてきた。

 

「畏まりました、席へご案内致します。少々お待ち下さい」

 

 女の人はそう言い、扉の奥へ入っていった。

 

 店の内装といい店員の態度といい、煌びやかでは無く日本的で落ち着いている。とても好印象だ。

 

「大変お待たせいたしました。奥の個室が空いておりますので、そちらにご案内させていただきます」

 

 上の者か何かと話して来たのだろうか。戻ってきた女の人は深々と一礼し、先導して歩き始めた。周りを見渡しながら後ろについていく。床も綺麗に掃除が行き届いていた。

 

「こちらの部屋でございます。メニューはこちらとなります、ご注文がお決まりでしたらそちらのベルを押してください。ただいまお冷をお持ちさせていただきます」

 

 案内された個室を見て確信してしまった。

 

 ────ここは、絶対に一人で来るべき場所ではない、と。

 

 見た感じでは全席が個室で、その一つ一つに五、六人が座れそうな木造りのテーブルと座布団が置いてある。この部屋も例外ではない。

 

 しかし、一人で来たことを気に負うつもりは微塵も無い。広いスペースを堂々と占めさせていただこう。

 

 気を大きくして差し出されたメニュー表を開く。少し目を通してみただけでも、かなり私好みのラインナップである。少々お値段は張るものの、今日の財布に上限は設けないつもりなので、好きに注文させてもらうとする。

 

(牡蠣……! それに、蟹や海老もある!)

 

 ああ、メニューを見ているだけで心が満たされていく。

 

 刺し料理も沢山ある。真鯛やハマチ、ノドグロやカサゴもあるというではないか。何を注文するべきか非常に悩ましい。

 

 メニューを前に頭をフル回転させる。財布に上限が無いとはいえ、お腹に上限は存在してしまう。それならばやはり、一品で何種類もの海鮮を味わえる海鮮丼を頼むべきか……

 

 そんなことを考えていると、個室の扉に手をかける音が聴こえてきた。どうやらお冷が到着したらしい。

 

 少しメニューから目を離し、顔を上げて扉に目を向けると────

 

 

 

「────お水持ってきましたよ、澪様」

 

 

 

 ……何かの間違いだろうか。そこには水の入ったコップを二つ手に持った、茅ノ間唯姫が立っていた。

 

「……え?」

 

「あっ、驚いたって顔ですね! いやー澪様がそんな表情するなんて、私の方がビックリしちゃいそうですよ」

 

 ホラー映画か何かでも見ているんじゃないかとすら思えてしまう。唯姫の顔を見て、少し前の光景が脳裏に蘇る。

 

「えっと……どうして茅ノ間さんがここに居るのですか?」

 

「居ちゃダメですか?」

 

(勿論いいワケないでしょう)

 

「……まあ、いいですよ」

 

「酷いなぁ、心の中で『いいワケがない』って思ったでしょ。私が私の家に居ちゃいけないってことですか〜?」

 

(私の……家?)

 

 まさかと耳を疑う。そんな偶然があるのか、と。

 

「それにしても澪様らしくないですね、驚いた表情をみせるなんて。あっ、私はこの“季節の魚介フルコース 松”で!」

 

 待て、しれっと対面の席に座るんじゃない。しれっと注文するんじゃない────と言っても無駄だろう。唯姫には、そんな気持ちにさせてくる何かがある感じがする。

 

「ありがとうございます、澪様!」

 

「私は奢りませんよ?」

 

「え〜、いいじゃないですか。 澪様は私と違ってたくさんお金持ってるんですし……」

 

 だからといって、何故コース料理で、しかも一番高いものを注文しようとしているのだろうかこの子は。値段を見てみれば、五千円と少しぐらいで、他のコース料理より千円以上高いときた。

 

「ここの家の方であれば、賄いでも何でも食べられるのではないですか?」

 

「たまには余り物じゃなくて、ちゃんとした料理が食べたくなるときだってあります!ね、澪様?」

 

 ────すると、唯姫が膝を擦りながら近寄ってきた。

 

「……茅ノ間さん?」

 

「────ね、澪様」

 

「…………っ! いやっ、やめ────!」

 

 

 

━━━━━━━━━━━━━━

 

 

 

「……仕方ないですね、今日だけ特別ですよ」

 

「えっ、いいんですか? やった〜、ありがとうございます!」

 

 唯姫はそう言うと、徐にポケットから携帯を取り出した。

 

 ……気の所為だろうか。唯姫の着ている制服から漂う柔軟剤の匂いが、いつもより微かに強く感じられる。

 

「澪様、学校からの連絡、ちゃんと読んでますか?」

 

 唯姫はアクリルキーホルダーのついた可愛らしい携帯を開き、その画面をこちらに見せてきた。

 

「ええ、読んでいます」

 

 読んでいる訳がない。

 

「読んでるんならどうしてココに居るんです? ほら、外出は控えるようにってちゃんと書いてあるじゃないですか」

 

 唯姫は携帯の画面を指す。近寄って見てみると、確かにそういった趣旨の内容は書いてあった。しかし、そんなことは今更だ。この外出は必要不可欠なものだと言ってしまえば、何ら問題は無い。

 

「それが、どうしたのですか?」

 

「どうしたのですか? じゃないですよ。澪様は英ヶ野のトップ、言わば顔なんですから、そこのところは自覚持っていただかないと」

 

「……私にどうしろと?」

 

 

 

「今日から数日間、私の家に泊まってください。勝手に外出なんて……しませんよね?」

 

 

 

(泊まる……!? 数日間、寮に帰らずに、しかも外出もできず……か)

 

 正直、気が乗らないどころじゃなく、今すぐこの場から逃げ出したい。しかし、気になることが沢山あるのも事実だ。

 

(とりあえず、理由を聞いてみようかな)

 

「茅ノ間さ────」

 

「────ええ、泊まってほしい理由ですね。別に、隠すような事じゃないですよ〜」

 

「……」

 

「私は、澪様に危険な目に遭ってほしくないんです。つまり、理由と言われれば澪様を護る為ですね」

 

「……」

 

「これだけじゃダメですか? 仕方ないですね。澪様が帰るとどうなるか、教えてあげましょう。このまま寮に帰ると、捕まる……下手をすれば殺されかねません」

 

「────っ! 殺され……?」

 

 自分の身体から血の気が引いていくのを感じる。下がった体温のせいで、今にも指先から震えだしそうだ。

 

「ええ。ですから────私が澪様を護ります。これで納得……なんて出来ないとは思いますが、とにかく、私のことを信じてください」

 

「す、少し待ってください」

 

「何でしょう?」

 

「殺される……というのは、その……少し前の、殺人事件と……関係が……?」

 

「ええ、そうです」

 

「その、殺人犯に……?」

 

「ええ、そうです。それに、ほら。私の家に泊まっていけば、美味しい海鮮なんていつでも食べられますよ! ……私はお金出しませんけど」

 

「ちょっと、考えさせてください」

 

「それじゃ、その間に注文しておきますね」

 

「……私も茅ノ間さんと同じので」

 

(帰ったら危険……かどうかは、実際のところ判断がつかない。それに、今日の唯姫の行動も変だ。もし寮が本当に危険だったとして、この子の傍に居ることで安全になるのだろうか?)

 

「この“季節の魚介 フルコース 松” お願い! あっ、澪様のは梅コースで大丈夫だよ」

 

(私は英ヶ野の中で……いや、東北の中でもかなり戦えるほうだという自信はある。力で襲いかかって来ようものなら、抵抗することも充分可能だろう。唯姫もそれは分かっている筈だ)

 

「きましたよきましたよ! うわ〜美味しそう!」

 

(しかも、数日間泊まったからといって、その間に何が変わるというのだろう。まだ今は、分からないことしかない。気持ちは全く乗らないが、唯姫の言葉に乗せられて泊まるのも、選択肢から除外できる理由が無い……)

 

「このトマトも美味しい〜!」

 

(そうすると、取るべき選択肢は……ん? トマト?)

 

 意識を戻し、目の前のテーブルを見てみる。そこには、いくつかの品が既に並べられていた。

 

「あれ……茅ノ間さんの料理と全く違うような気がするのですが?」

 

「そりゃそうですよ。私が松コースで、澪様が梅コースなんですから。ほら、同じ“季節の魚介 フルコース”ですし……」

 

 どうやら唯姫と頼んだものが違うらしいが、目の前の料理の中には、アサリのトマト煮込みも入っている。

 

「あー! ちょっと、私のバフンウニ! 取らないでください!」

 

「私のお金ですから。代わりに、アサリのトマト煮込みあげますよ」

 

「むぐぐ……あっ、だ、ダメですって! 大トロだけは! 流石の私でも怒りますよ!」

 

 

 

 こうして、一人優雅に高級な昼食を嗜むという理想とは全くかけ離れた、二人の騒がしい時間が過ぎていった。まるで、先程あった出来事を忘れたいかのように。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。