夜、灯りを片手にロンは女子宿舎の前に通りかかった。
「今夜は冷えるな…」
自分も宿舎へ急ごうと足を早めようとしたその時、声が聞こえた。
「ロン殿…」
彼はその声に背筋が凍った。
「まさか幽霊…そ、そんな訳ないだろ…」
そう思って過ぎ去ろうとした。しかし、再びそれは聞こえた。
「ロン殿!」今度は近くだ…ほぼ真後ろ。
「うっ…幽霊だろうが…俺の剣で!」彼は後ろを振り返った。
そこには落武者の霊が…ではなく、ティナの姿があった。
「なんだ…お前か」
「ロン殿にも、可愛らしい所があるのですね」ティナは幽霊に怖がる彼をしっかり見ていた。
「…別に怖がってなどいない…」彼は咳払いした。そして引き抜こうとした剣を再びしまった。
「しかし、何か用があったから呼んだのだろう?」
「ああ、これをお渡ししようと思いまして」そう言って差し出したのは、短剣だった。ロンには見覚えがあった。いつも肌身離さず持っていた大切な物だ。
「この短剣…どこにあった?」
「食堂に置いてありました。色々な人に聞いて回ってましたから、貴方に返すのが遅くなってしまいました」
「感謝する…」ロンはそう言って懐に大切にしまった。
「あの、よろしければその短剣について教えていただいても良いですか?余程大切にしていらっしゃる物ですし」ティナは彼の珍しい態度に興味を持っていた。
ロンは普段ならこの話はしたくなかった。が、今夜はその気分ではない様だった。
「これは、姉上から御守りとして貰ったものだ」
「姉上、と言いますと次期テミス公爵筆頭候補のカリベラ殿の事でしょうか」
カリベラ、テミス公爵の長女にして、ロンの姉である女性だ。
「ああそうだ…仮面騎士団に入る時に小包の中に入っていた」
「カリベラ殿といえば、様々な武勇が有名ですがそれらは全て本物なのでしょうか?暴れ馬を睨んだだけで落ち着かせただとか、大熊と一対一で渡り合っただとか、パルミールの百戦無敗の敵将を撃退したなど…」ティナが彼女の武勇伝を語る度にロンの表情が厳しくなっていった。
「おいおい、普通に考えてみろ。そんな奴は化け物だ。いくらなんでも飾りすぎだ」
「そうでしたか…てっきり全て本当の話かと」
「…とにかく、その話を広めるなよ…」
「そう言われましても、少なくともエウロバ領では知らない者など居ませんよ。シルヴィア殿ですらご存じですよ」
「…なんで隣国ですら話がここまで誇張されているんだ…」
ロンはため息をつき、頭を抱えながら宿舎へ向かっていった。