不本意ながら女装してダンジョン配信をしてたら、女勇者が厄介ガチ恋勢になっていた   作:こがれ

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第5話

 数日後。ハルジオンはとある一軒家の前に居た。

 

 長い髪はほどいてキャスケットを被り、ダンジョンの外をスカートで歩き回るのは恥ずかしかったので、短いズボンを履いている。

 

「ここ、で良いんだよね?」

 

 そこはカレンから教えられた撮影スタジオのはずだ。

 だが、『ここは撮影スタジオですよ!』と看板があるわけでもない。

 

 しかし、家の前には大型のトラックが止まっている。家庭で使うものではないだろう。

 おそらくは機材などを運ぶための物。場所は会っているはずだ。

 

 ハルジオンは怒られないだろうかと、びくびくしながらその家に近づいた。

 

「ハルジオンさんですか?」

「ぴぇ!?」

 

 突然声をかけられて、ハルジオンは声を上げる。

 後ろを振り向く。そこにはコンビニの袋をヒジに下げたスーツ姿の女性。

 

 キリっとした目をした、メガネの女性だ。なんとなく仕事ができそうな雰囲気を感じる。

 あと少し怖い。失敗したらガッツリ怒られそうな感じ。

 

「は、はい。そうです」

「初めまして、私はカレンのマネージャーをしている『水島(みずしま)』です」

 

 水島は慣れた手つきで名刺を取り出すと、名刺入れに乗せて両手で差し出した。

 詩音は慌てて、同じような格好で名刺を受け取る。

 

 名刺には『ラブリス・プロダクション』と書かれていた。

 『ラブリス・プロダクション』通称で『ラブリス』は、大手のダンジョン配信者事務所だ。

 ダンジョン配信が流行り始めたころからの古参の事務所で、特に男性からの人気が高い。

 

「あ、ありがとうございます。あと、すいません。ボクは名刺とか持ってなくて……」

「気になさらないでください。会ってすぐに名刺を渡すのは、私たちの職業病みたいなものですから」

 

 水島はいたずらっぽく笑った。

 意外と優しい人なのかもしれない。

 ハルジオンは少し安心する。

 

「配信者さんの仕事は配信をすること。名刺交換や、細々とした雑事はマネージャーの仕事ですから」

 

 水島はコンビニ袋を上げた。

 あれもカレンのために買ってきたものなのだろう。

 マネージャーか、居てくれたら助かるんだろうな。などとハルジオンが考えていると。

 

「ところで、ハルジオンさんは事務所に所属するつもりはありませんか?」

「え?」

「面倒事は全部任せて配信だけをしていたいと思いませんか? ラブリスはいつでも受け入れる準備ができていますよ」

 

 あれ、勧誘されている?

 ようやくハルジオンの認識が追い付いてきた。

 しかし、本気か社交辞令か。だが水島は無責任な社交辞令を言うタイプにも見えない。

 

 いや、そもそも『ラブリス』は女性配信者のみが所属する事務所だ。

 中身は男のハルジオンが入るのは、問題になるだろうと気づく。

 

「あ、いえ、すいません。今は自由にやりたいかなー、なんて思ってて」

「そうですか……気が変わったら、いつでも連絡してくださいね」

 

 水島は残念そうに眼を伏せたが、すぐに優しく微笑んだ。

 

「それでは、こちらにどうぞ」

 

 水島に導かれて家に入っていく。

 構造は普通の一軒家のようだ。短い廊下を抜けて行く。

 奥に向かうと、そこは絵に描いたような女の子の部屋だった。

 

 パステル調で、ふわふわ、ふりふりしたものを集めた感じ。

 しかし部屋の隅のほうには、撮影用の機材や配線がごちゃごちゃと配置されている。

 そして、その周りを数人のスタッフが忙しそうに動いていた。

 

「あ、ハルちゃん! いらっしゃい!」

 

 部屋の中央。もこもことしたソファーにカレンが座っていた。

 彼女は勢いよく立ち上がると、詩音に抱き着いてくる。

 

「はぁはぁ、ハルちゃんいい匂いしてるね。シャンプーなに使ってるの? 飲むから教えて?」

 

 え、シャンプー飲むの?

 そういう冗談なのだろうか。詩音は困惑する。

 

「ちょっと、体壊したら大変なんだから止めてくださいね?」

 

 水島が注意する。

 少なくとも、水島は本気で飲むと考えているようだ。

 

「はぁ、本当にカレンさんは、ハルジオンさんのことになると厄介オタクみたいになるんですから」

「厄介オタクと一緒にしないでよ。両思いだよ。私たちは運命の糸で結ばれてるの」

 

 それ、本当に糸ですか?

 重苦しい鎖とかじゃないですか?

 ハルジオンはカレンが怖くなるが、振りほどけない。

 普段のメシの恩義(おんぎ)がある。順調に餌付けされていた。

 

「ダンジョンの探索中に助けてもらったんでしたか?」

「そうだよ。私が怪物に襲われているところに、さっそうと現れて消し炭にしてくれたの。運命の王子様みたいでしょ?」

「まぁ、分からなくはないですけど」

 

 消し炭にしたのが物騒(ぶっそう)だが。たしかにラブロマンスの導入みたいではある。

 水島は少し納得したようだ。

 やれやれと言った様子で、口を開く。

 

「しかし、ハルジオンさんが女の子で良かったです」

 

 水島のその言葉に、抱き着いていたカレンがピクリと反応した。

 どういうことだろうか?

 ハルジオンは水島の顔を見る。

 

「ラブリスは恋愛禁止ですから。女の子同士ならファンも受け入れてくれるんですけど、男性相手は致命的ですね」

 

 だから、と水島は続ける。

 

「もしも男性相手に今みたいな行動をして、なおかつファンにバレるようなことがあったら。本人は間違いなく引退。事務所全体のイメージも、大きく悪化するでしょうね」

 

 なるほど。

 

(すいません! 中身は男なんです!)

 

 詩音は全力で謝罪する。後悔の(ねん)があふれあがる。

 万が一、男だとバレたら会社規模で迷惑をかけてしまう。

 やはり、コラボを受けるべきじゃなかった。もっと、ちゃんと考えていれば気づけたかもしれないのに。

 

 ハルジオンが心の中で土下座をしていると、カレンがギュッと抱きしめてきた。

 そして、ふてくされた子供のように言った。

 

「でも、ハルちゃんは女の子だから、大丈夫だよ」

 

 カレンのその言葉は、なぜか耳に響いた。

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