In the dark forest(暗い森の中で)   作:kanpan

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プロローグ

 書斎の中で少女は一冊の本を手に取る。それはこの地に伝わる伝説を書いた本だ。

 この少女がいままでに何度も読んだ物語。

 今日も彼女はその本を開いてページをめくる。

 

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 老魔術師(ドルイド)は語った。

 この日、幼き手に槍持つ者はあらゆる栄光、あらゆる賛美をほしいままにするだろうと。

 この土地、この時代が海に没するその日まで、人も鳥も花でさえも、彼を忘れることはない。

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 どんな土地にも昔話がある。

 その地に生まれた人々はそうした昔話の英雄を誇りに思って生きる。

 

 アルスターの伝説に謳われた赤枝の騎士。

 ドルイドが予言で語った通り、この地方の人々は(いにしえ)よりずっとその英雄の名を忘れず語り伝え続けている。

 どこの家にもこの昔話の絵本があり、子供たちはこの物語を読んで育つ。

 

 赤枝の末裔である少女も当然のようにこの物語に夢中になった。

 幼くしてその力を示し「クランの猛犬」の呼び名を得た少年。

 その勇ましき栄光は子供心に眩しく映る。

 

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 いと崇き光の御子。

 その手に掴むは栄光のみ。

 命を終える時ですら、地に膝をつく事はない。

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 故郷の皆が讃える英雄。

 だがその少女はそうは思えなかった。

 なぜこの物語はこんな悲しい結末(バッドエンド)なのか。

 これは決して誉め称えていい物語ではないはずだと。

 

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 ……だが心せよ、ハシバミの幼子よ。

 星の瞬きのように、その栄光は疾く燃え尽きる。

 何よりも高い武勲と共に。おまえは誰よりも速く、地平線の彼方に没するのだ———

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 なぜ彼はあんな予言に従い、その日のうちに戦士になったのか。

 短命を恐しく思っても、代わりに栄光を得たかったのか、

 栄光に目を奪われていて、短命の運命に気を配らなかったのか。

 

 彼はなぜ、この辛い運命を受け入れてしまったのか。

 

 その時彼女は思った。

 何もできない私だけど、もし許されるのなら、この英雄を救いたいと”願ってもいい”のでしょうか———。

 それを願いはしなかった。すでに自分がこなすべき役目は他にあるのだ。

 無力な自分の願いなどきっと許されないと。

 そして物語の本を閉じる。

 

 

 

 後に彼女は幼い頃の疑問の答えを知る。

 故郷から遥か遠く離れた暗い森の中で。

 

 彼女が語った英雄の物語を聞いた神父はこう言った。

「……そうだな。おそらく、君はその少年の行動に苛立ちを覚えてしまった。

 こうして成長した今でも、彼の決定を怖がっているのだろう?」

 その神父は彼女の語りを切り開き、その中に埋もれた古い疑問を取り出してみせる。

 

「……恐れていたわけではありませんが、少年が何処に着目していたのかが分からない。

 その日に戦士になれば最高の栄誉を約束されるが、誰よりも早く命を落とすとも予言された。

 なのに少年は恐れず、何の戸惑いもなく王に”今すぐ武者立ちがしたい”と告げるのです」

「彼は最初からその予言を知っていたのだ。

 きっと自分はそういう風に生きると。そんな確信が生まれた時からあったからこそ、ドルイドの予言に従ったのではないかな」

 

 ああ。

 生まれた時から確信していた。あの英雄はドルイドの予言が自らの人生を指していると見なしたのだ。

 だから恐れず、疑わず、それが自分に与えられた責務として受け入れた。

 

 彼女は気づいた。

 恐れていたのは、悲しいと感じたのは、

 短命と分かっても栄光を選んだ潔さではなく。

 そもそも、そんな非業な運命を変えようとさえしなかった英雄を、私は恐れていたんだ。

 

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