In the dark forest(暗い森の中で)   作:kanpan

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第1話

「死ぬのが怖くはないのですか?」

 封印指定の魔術師の館に踏み込む道中、バゼットは隣にいる仲間の執行者にふとそんな疑問を投げた。仲間はバゼットを一瞥しただけで言葉を返さなかった。

 

 封印指定執行の任務は佳境にさしかかっていた。

 魔術師の館の周りにうようよしていた屍食鬼(グール)どもを一掃し、後は魔術師を捕獲するだけだ。

 私はまだ未熟者だ、とバゼットは無駄口を叩いた事を恥じた。

 こういう状況になると油断からなのか、つい余計な事を口にしてしまう。ぐっと奥歯を噛み締めて、雑念を喉の奥に飲み込んだ。

 

 バゼットが魔術協会の封印指定執行者に任命されてからまもなく一年になる。アイルランドの小さな村を出て魔術協会に所属した若き女魔術師は、黒スーツの男装に身を包み戦場を駆ける日々を過ごしていた。世界中に逃亡した封印指定の魔術師たちはその潜伏先で魔窟ともいえる根城を築き上げる。それに挑み続ける事が彼女の日常になっていた。

 

 今回の任務では執行者チームは二手に別れて行動している。さきほどもう片方のチームは先に魔術師の館に侵入したとの連絡を受け取った。バゼットたちも遅れをとるまいと館への道を急ぐ。

 

 魔術師の館の正面の扉はとっくにぶち破られており、バゼットたちはそのまま館の中に歩みを進めた。

 正面玄関付近は広々とした空間になっていた。

 「バゼット、おまえは左側の方を確認しろ。俺は右の方を見に行く」

 仲間の執行者からの指示にバゼットは頷いて答える。バゼットと仲間は左右に別れて広間を探索しはじめた。

 

 広間の左端に辿り着いたバゼットの視線は床に転がったモノに釘付けになる。それは死体だった。それが誰の物なのか、そしてその喉に突き刺さっている細身の剣が何なのかを理解して、バゼットの背筋に緊張が走る。

「黒鍵———!」

 それはもう一つの執行者チームのメンバーの遺体であった。喉に刺さっている剣は聖堂教会の代行者が使う武器、黒鍵である。

 

 その状況が意味するものは何か?

 この場はすでに封印指定の魔術師、魔術協会の執行者、聖堂教会の代行者、この3者が入り乱れての一瞬の油断もならない殺し合いの真っ只中となっているのだ。

 仲間と別れたのは危険だったと気づき、バゼットは広間の入り口にとって返す。その時広間の反対側、つまりバゼットの仲間が向かった方向から激しい怒声、叫び声、争いの物音が響いた。

 

 バゼットは物音のした方向へ全力で駆ける。駆けながら両手両足に刻んだルーンを発動させる。駆けつけた先で、ほぼ間違いなく、仲間と魔術師もしくは代行者が争っているはずだ。

 

 疾駆するバゼットの視界にもみあう人影が映る。そこにいたのは仲間の執行者と封印指定の魔術師であった。上から馬乗りになっているのは仲間の執行者だ。仲間は自らの手を鋭い鉤爪に変化させ、魔術師の首を締め上げている。

 仲間に組み伏せられていた魔術師はバゼットが駆け寄ってくる事に気づくと、執行者の体を蹴り上げて、その下から抜け出した。

 

「待て!」

 バゼットの制止を振り切り、魔術師は広間の壁に抜け穴を作るとその中に身を翻す。たちまち穴は塞がり、バゼットがその場に辿り着いたときにはもとどおりの壁に戻っていた。

 バゼットは行き場をなくした拳をそのまま壁に叩き付ける。壁は壊れて次の部屋に筒抜けの穴ができたが、当然そこに魔術師の姿はない。奴はこの場からまんまと逃亡した。

 

 バゼットは仲間の方を振り返った。仲間の体は蹴り飛ばされて床に転がったまま微動だにしない。

 それは既に事切れていた。その体の胸の部分に真っ赤に染まった大きな穴が空いている。仲間の心臓は握りつぶされ、流れる血が床を徐々に赤く染め上げていた。

 仲間の表情は憤怒の形相のまま固まっていた。魔術師と刺し違えようと全力を振り絞ったが、それはかなわなかったのだ。

 

 バゼットは仲間の体に近づき、ルーンを詠唱する。

炎よ(ソエル)

 ルーンの炎が亡骸を包む。高火力の炎が瞬く間にその形を灰に変えた。

 

 仲間を弔う間も惜しんでバゼットはまた広間の左手に向かって駆けた。そこには先ほどと同じく別の執行者の遺体がある。バゼットはそれも同じく炎のルーンで灰となした。

 

 もし彼らの遺体をここに放置したら、もしくは放置せずにバゼットが彼らの亡骸を回収した上でやはり魔術師に破れ殺されてしまったら、執行者の屍は屍食鬼(グール)とされて魔術師の道具に成り下がるだろう。そして新たな被害を生むのだ。

 それを防ぐ為に同じ執行者の手に寄ってその亡骸を灰燼と帰す。

 

 封印指定執行者の任務とは封印指定の魔術師の保護である。もっとも保護の対象は魔術師の生命ではなく、体に刻まれた魔術刻印だ。魔術師はその生涯をかけて極めた研究成果を己の体の魔術刻印に残す。つまり執行者たちは対象の魔術師の死体から魔術刻印さえ確保できれば、魔術師の生死は問われない。

 

 このため執行者たちはほとんどの場合で封印指定の魔術師を殺すが、魔術刻印だけはなにがなんでも確保する。逆にいえば、魔術師の本分であり、彼らが代々一族に伝えて守り伝え、育ててきた魔道探求の成果を魔術協会は真剣に保護しようとしているのである。

 

 その一方で、封印指定執行者たちも魔術師である。それも魔術協会のなかで指折りの戦闘向きの魔術師たちが選別されている。当然、彼らのほとんどは歴史ある魔術師の家系に生まれ、才能に恵まれた一流の魔術師たちである。彼らが受け継いでいる魔術刻印も貴重なものだ。

 

 だが執行者たちが戦場で破れ、命を落とした場合は彼らの魔術刻印を守る物はいない。むしろ今バゼットが行ったようにその場で消滅させられる運命にある。

 無駄な事は何も考えまい、としていてもバゼットの頭の中に嫌な想像がよぎってしまう。もしここで死んだなら、体はまるで塵のように消され、自分の存在はまるでなかったことになってしまうのだろうと。

 

 

 さらにバゼットは灰となった仲間の骸のなかに突き立つ細身の剣、黒鍵をにらみつける。その束を握って、刃の真ん中に蹴りをくれてへし折った。

 

 魔術協会の執行者の他にも封印指定の魔術師を狙う者たちがいる。それが聖堂教会の代行者だ。

 代行者の「代行」とは何か。それは神の代わりとして異端者を討つという意味である。

 聖堂教会はある「普遍的な」意味を持つ一大宗教の裏組織だ。その役割は教義に反したものたちを排斥することである。それは「異端狩り」と呼ばれている。

 

 魔術協会の束縛を逃れて在野となった封印指定の魔術師が失敗をした、つまり魔術の神秘を一般社会に漏らすような事態になった場合、聖堂協会はただちにその魔術師を異端と見なして代行者を派遣する。代行者の目的は封印指定の魔術師を完全にこの世から消し去る事だ。魔術師が代行者の手に落ちれば、魔術刻印など斟酌なくその亡骸もろとも完全に消し炭にされてしまう。

 

 そして当然、代行者は自分たちの任務の邪魔をする魔術協会の執行者とも敵対する。執行者の任務とは封印指定の狂った魔術師と異端と決めた者を神の名の元に片っ端から消しにかかる代行者、その両方を相手取って戦う過酷なものだ。

 

 バゼットは床に転がる黒鍵の残骸を見つめる。ここに黒鍵があるということはここに代行者が現れたということだ。そして仲間の1人は代行者によって命を奪われた。

 黒鍵が回収されず遺体に突き刺さったままになっていたのは、その時代行者に黒鍵を回収する余裕がなかったことを示している。戦闘はとても緊迫した状態にあったのだと予想できた。

 さらに、今も付近に代行者が潜んでいる可能性がある。

 

 現在生き残っている執行者はすでにバゼット一人だけだ。

 バゼットは天を仰ぎ、重く濁った水の底から酸素を求めるように深呼吸をした。

 

 私もこの場所で、何も成し得ず、何者にもなれずに死んでいく運命なのだろうか。

 いやこんな所で、何も成し得ず、何者にもなれずに死ぬのは耐えられない。

 

 余計な感傷はやめだ。バゼットは思考を切り替えた。

 殺意で頭を浸し、闘志で体を満たす。

 そして広間から館の入り口に向かった。一旦退却して体勢を立て直さなければならない。

 

 バゼットが館の入り口から外の庭の様子を伺うと、そこに一人の男の姿があった。

 その男が身にまとう風に揺れる長い衣。それは神父が身につける服、カソックだ。

 つまり、そこに立っているのはバゼットたち執行者の宿敵であり、神に背く物を断罪する者。

 聖堂協会の代行者———

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