『秀知院学園』に設置された生徒会室の姿見を抜けると『秀尽学園』という学園の生徒会室の姿見に出る。
そんな、学校にはつきものの怪談じみた事実が判明したのは、羽田空港で九頭竜が出現したので避難せよという命令を受け、秀知院の学園結界で外界から完全に隔離されてから三か月が過ぎた頃であった。
(戦前の漫画やアニメに詳しい石上は『いやいやいや。マックっていえないからワックとかヤックになるラブコメじゃないんですから』と言っていた)
それからの三日間、姿見のことは他言無用とし、生徒会の五人だけで外の世界の調査と探索をして、いくつかのことが分かった。
一つ、秀尽学園は我々のような異能者が集まった護国の刃養成の機関ではない普通の学校である。
一つ、世界は滅んではいない。覚醒を果たしていない一般人でもシェルターに入らず生きていけるくらいには平和である。
一つ、羽田空港に出現した九頭竜は倒されたと思われる。半年以上前のことである。
そして最も重要な一つ。
「やはり平成の大粛清は行われていない。ヤタガラスが国の実権を握った様子もなし……か」
外の世界でかき集めた情報を元に四宮が作った報告書を読んで、俺はため息とともに結論を吐き出した。
第三次世界大戦勃発をきっかけとした日本の軍国化と、日本全国での悪魔の大発生。
ライドウとその仲間たちによる護国の志を持たなかったヤタガラス上層部の大粛清。
それから血筋に拘らない護国の刃の採用と、その育成機関として『学園最強の学生』が生徒会長に任命されるよう制度が変更された秀知院学園。
どれもこの世界にはないものだ。
ここは、俺たちの知ってるあの日本じゃない。その事実に動揺しそうになる自分を必死に抑えつつ、俺はその言葉だけを絞り出す。
「はい。新聞などにもそれらしい事件は書かれていませんでしたし、今現在、陛下がいらっしゃるのは京都ではなくこの帝都なのは間違いないようですね。
それと、会長と石上君の予想通り、私の家も藤原さんの家もありませんでした」
京都の名門、四宮家の生まれであり、生徒会長決定戦の決勝で雌雄を決した対戦相手であり、氷結無効や吸収の悪魔すら容易く凍らせる学園最強の氷結魔法の使い手。
生徒会長決定戦後はいつも俺をフォローしてくれる生徒会副会長であり、俺に惚れている(確信)四宮かぐやが澄ました顔で報告をする。
「ですね~。前に魔人とライドウの戦いで吹っ飛んだはずの皇居も普通に残ってましたし。
あ、あと東京駅にラーメン屋がたくさん集まった通りがあったんですよ!どのお店もめっちゃ美味しくて思わず三杯食べちゃいました!」
平安の時代から続く政治家の名門の生まれにして支援と回復の専門家、集団戦においてはとても頼りになる書記の藤原千花はこの状況でもいつもの藤原書記だった。
いやラーメンなんて戦争始まってからはまったく食えなかったから気持ちは少しだけ分かるが。
「いや、藤原先輩なに一人だけ満喫してるんですか……えっと、調べてみたんすけど食料は配給制じゃないみたいです。ジュースとかお菓子が普通にコンビニで買えましたよ。
自販機と同じく、日本円で行けました。色々買ってきて生徒会室の冷蔵庫入れといたんで、あとでみなさんでどうぞ。
……あと学校のパソコン拝借してググってみたら黛様がなんか活動休止中のアイドルだとか出てきたんすけどガセですかね?」
COMP技術とデバフ、呪怨属性に通じていてこの生徒会でパソコンとCOMPの管理を一手に担っている会計の石上優はいつもやることにそつがない。頼れる男だ。
しかし、黛様ってまさかライドウの相棒として知られてる黛冬優子か……? 確かに元から日本の護国の要としてアイドルと言ってもよい人気があるのは知っていたが。
あと藤原書記、話の途中でいそいそと冷蔵庫覗きに行くな。
「図書室で本とか新聞とか色々調べてみたんですけど、日本の今の首相は蛭間一郎という人だそうです。
あと、こっちのアメリカは無事みたいです。副大統領が米軍を掌握して軍事クーデターが起きたけど大統領がほぼ一人で鎮圧したって」
祝福魔法に高い適正があり、磨けば光るものを感じるがこの生徒会では比較的新参であり、他のメンツと比べて少しレベルが低い会計監査の伊井野ミコには秀尽学園に残って文献の調査を頼んでいた。
どうやら俺たちの世界では早々に第三次世界大戦で滅んだアメリカは無事なようだ……大統領が一人で鎮圧というのは何かの比喩だろうか?
俺の言葉に生徒会の面々がそれぞれに調べた情報を述べていく。
一部おかしい情報もあった気がするが、現時点ではどうやら探索初日に秀尽学園の施設を見て石上が唱えたパラレルワールド説が正しいように思える。
「やはり外の世界はよく似てはいるが俺たちの知る世界とは違う世界で間違いないな」
俺の言葉に、同じ結論に至ったのであろう生徒会の面々が頷く。
半ば確信はしていたが、改めて確定してしまうと、その荒唐無稽さが恐ろしい。
確認してきてくれた四宮と藤原書記の話からすると、他の生徒の家もおそらく存在しないか、まったくの無関係な人間が住んでいるはずだ。
それはなまじ世界そのものが無事に残っている分だけ、九頭竜によって全部滅ぼされたと言われるより辛いかもしれない。
「さて、どうしましょうか。会長?」
四宮の先を促すような言葉に、俺は一つ息を吸い、気合を入れる。
事実は覆せない。これからの方針を決めなくてはならない。
この学園は元々が護国の名家の子弟を立派な刃に育てるために作られた学園で、平成の大粛清後に試験の結果だけで入学を認められた俺みたいなロバはほとんどいない。
ほとんどが鍛えられてはいるが世間を知らない、自分の家の血筋を誇りに思ってるような名家のお坊ちゃん、お嬢様の集まりだ。
ただでさえ三か月の集団学園生活でストレスが溜まっている状況でお前の家はもうないという事実を明かすのは、危険だ。最悪反乱すらあり得る。
この状況で内ゲバなんて冗談じゃない。
「まずはこの世界のヤタガラスと接触を目指そう。東京の主要な霊地にあるであろう結界などを調べていけば……」
俺が選んだ道は、さらなる情報収集。三日間では調べ切れなかった、この世界の裏側について知らなければならない。
このパラレルワールドは俺たちが知らない未知の世界だ。その前提に立つなら何をするにしてもまず、悪魔に関する情報を知らなければならない。
そう思い、指示を出した直後だった。
「その必要はないな。オレが来たのだから」
この学園への唯一の出入り口である鏡の方から突然聞こえてきた男の声に俺たちは跳ね上がるように戦闘態勢をとる。
先手を取られたのは痛い……いや、俺たち相手に先手を容易く取るところまで近づける存在自体が怖い。
一体何者なのか。そう思いつつ相手を見た俺は今度こそ驚愕する。
外套つきの学ランに学帽。腰には業物であろう刀を履き、傍らに侍るのは強烈な悪魔の気配をまとった少女型の悪魔。
どこか異様な、満面の笑み。魔人のような雰囲気を纏う、俺たちなど一呼吸で全滅させるであろう男だ。
それは間違いなく……
「ら、ライドウさん!?」
帝都最強にしてヤタガラスの最終兵器。17代目葛葉ライドウである。
「ほう。オレを『ライドウ』と呼ぶか……確定だな」
とっさに出た一言でライドウ……否、正体不明の男は笑みを深める。
そうだ。ここはパラレルワールド。俺たちの知ってるライドウと同じ顔をした男がライドウである保証など、どこにもない。
そのことに思い至り、自らのうかつさを恥じる。
「な、なんでここが……」
「バカめ。秀尽学園には一人も異能者がいないと、いつから錯覚していた?」
顔を真っ青にした伊井野に、男の傍に侍る悪魔の少女が嘲るように答える。
……そうか。秀尽学園事態は普通の学園でも、そこに一人も密偵や草の類がいないと考える方が不自然だ。
普通の学園にも悪魔が湧くのは珍しくない。その監視要員がひそかに混じっているというのはよく聞く話だ。
「まあ、そいつからいつの間にか増えてた明らかに変な力を感じる鏡とその向こうにある京都風味で戦時中みたいな雰囲気の学校と聞いて、
調査を任されてオレが来たというわけだ。ようこそ『漂流者』諸君。歓迎するぞ! この地獄のような周回に来たことを! 盛大にな!」
そして男は、またわけのわからないことを言う。
「か、会長!そいつ、Lv90を越えてます!お付きの喰奴?とか言うのもLv80以上!」
咄嗟にCOMPを操作して目の前の男をアナライズをした石上が悲鳴にも似た報告を上げる。
無理もない。多少ばらつきはあれどLv30程度の実力しかない俺たちにとっては勝ち目など微塵も見いだせない圧倒的実力差だ。
「まあ今回のオレは話をしに来ただけだ。落ち着け。護国の刃とて、敵か味方かも分からん相手を無為に敵に回して玉砕したいわけではなかろう?」
およそ神仏の本体か、須佐之男命が顕現したのではないかと思われるほどの力を持つ存在の凄絶な笑みに、俺たちは従わざるを得なかった。
その後、俺たちはお互いに自己紹介を済ませてライドウ……にそっくりな男、甘粕正彦とそのパートナーである穢戸鳴辰祁から話を聞くことになった。
危険かもしれないと反対はされたが、気にするだけ無駄だ。
この男のアナライズ結果はLv90を越えていた。
日本最強の竜王、ヤマタノオロチをも使役し、日本人なら誰でも知っている神代の名剣である草薙の剣を振り回していた俺の知る17代目ライドウすら霞む。
俺たち全員でかかっても最初の一太刀で全滅するのがオチだろう。
だからこそ、俺と、俺と共に副会長として聞く義務があると残った四宮だけで話を聞くことにした。
……気休め程度にしかならないが、他の三人には早坂や四条、大仏など生徒会にも比肩する実力を持つ猛者たちに事情を説明しに行ってもらっている。
「どうぞ。粗茶ですが」
四宮がこの学園に最後に残った茶葉で淹れた紅茶を出す。
顔つきは落ち着き払ったいつもの四宮だが、手が少し震えている。
「……それで、お話というのは」
それで俺の腹は決まった。
俺は四宮をかばうように少しだけ身を乗り出し、まっすぐに甘粕の目を見る。
実力で負けているのは、卑屈にならねばならない理由にはならない。
「ふむ。いい眼光だ。実力は足りんが、悪くはない」
そんな俺の目をまっすぐに見つめ返し、甘粕は笑みを深める。
まずは、合格。そう言っているように思えた。
「オレが来たのは、平たく言えば同盟のお誘い、といったところだな」
「同盟ですか?」
「ああ、そうだ。今、この世界には無数の漂流者が現れている。いちいち全部を敵に回しているほど、こちらには余裕がない」
それから、朗々と今の情勢をかいつまんで伝えてくる。
既に世界は幾度となく滅んだ。滅びの原因は様々だが、とにかく滅んだ。
そして今の周回もまた、世界は滅びかけている。
世界を滅ぼさんとする者たちが蠢き、GPは上がり続け、今や悪魔はびこる世界で生き残れるであろうボーダーラインはLv50にまで達している。
そして明確に世界を滅ぼさんとする宇宙怪獣が定期的に姿を現し、これまでに二度撃退している。
その、二度目の怪獣を撃破した直後から、俺たちのような過去の滅んだ周回からの漂流者が現れるようになった、らしい。
俺たち秀知院の生徒と教師を合わせた数がおおよそ四百人程度。全員が覚醒済だ。これは一つの周回から来た漂流者の中では屈指の規模だという。
それが日本に仇なす敵となられても、既にこの世に巣食う世界を滅ぼさんとする者たちの餌になっても大変困ったことになる
「……つまり、物資や食料の援助と引き換えに、俺たち秀知院の生徒を護国の刃として東京の守護に回したい。そういうことで良いんですね?」
SFかよ!?と頭を抱えたくなる情報だが、とりあえず今はそれを投げ捨てて、俺は確認すべきことを甘粕に問う。
今の話から、俺たちに求められていることは明白だ。
「そうなるな。今、東京ヤタガラスは未曽有の人手不足だ。多少の練度の差には目を瞑ってでもヤタガラスのことが分かる人手が欲しい」
直接の戦闘は危険でも、見張りや巡回、書類整理に文献調査。ネット上の監視に検証作業。
人の数がモノをいう分野はいくらでもある。
「今ちょうど、練度が低い覚醒したての学生や漂流者向けに、東京ヤタガラスと聖華学園が所持する異界での訓練の準備をしているところだ。
そこでお前たちを含めて鍛えなおし、世界崩壊を今度こそ防ぐ……どうだ?お前たちにとっても悪い話ではあるまい」
それだけでなく、より強くなるためのサポートもあるという。至れり尽くせりだ。
……それはつまり、そうせねばならないほどに事態がひっ迫しているということでもあるが。
「……会長」
「……わかりました。その話、お受けします。秀知院の生徒会会長、白銀御行として」
四宮と目くばせをして、俺はすぐに答えを返す。
この学園において、学園最強と認められた生徒会会長と生徒会には強い権限が与えられている。
学園の自治に関わることで生徒会長の決定を覆せるのはもうとっくに死んだライドウとその側近、あとはそれこそ陛下くらいだ。
「即決か」
向こうとしては少し意外だったらしく、甘粕は聞き返してきた。
それに、答える。
「護国の刃たるもの、迷う暇があるなら動け。やってから後悔しろ。そう言われていました……あなたによく似た人に」
そう、よく似た人だ。ライドウではない。だが、ここまでの話からしてその魂は同じはずだ。
ならば、求める答えと態度は決まっている。
「……いいだろう。商談成立だ。詳しいことは後で分かる奴を寄越すからそいつと交渉しろ」
交渉成立。甘粕は満足げに紅茶を飲み干し、宣言する。
細かい調整はまだまだ必要だろうが、とりあえずは戦闘は回避され、話もまとまった。なんとかなった。
俺はソファーに深々と身をゆだね、緊張を解く。
幾ら生徒会長とはいえ、こんな重い交渉をしたのは流石に初めてだ。
「会長。大丈夫ですか?」
四宮がそっとハンカチを取り出し、冷や汗まみれの俺の額をふく。
柔らかな絹の感触が心地よい。
やり遂げたという満足感を感じる。
「ところで、さっきからお前ら『お互いの考えてることなんて見ただけで分かるわ』みたいな空気を漂わせてるが、つきあってるのか?」
そんな、緩んだ一瞬を狙いすましたように、今まで微妙につまらなそうに黙っていた穢戸鳴がそんなことを言いだした。
「つきあってない!」
「つきあってません!」
反射的に二人同時に答えて、思わず俺はちょっとショックを受けた四宮の顔を見る。
多分俺も同じ顔をしてる。
ていうか、え!?違うの!?三か月ずっと一緒に行動してたのに!?と思ったし。
「なんだ違うのか。じゃあまだ、お前らはセックスしてないのか?」
「「セッ……!?」」
そんな俺たちに畳みかけるように追撃が飛んでくる。
「しねーよ!」
いやいやいや。この状況でセックスするのはアカンだろ。
親友に続いて四宮までそれとか、そんなん四条が死んでまう(流れ弾)やろ!?
……いや、ちょっと待て。じゃあ甘粕と穢戸鳴ってつまりそういう?
まだ中学生の圭ちゃんより年下に見えるのに?
俺は思わず甘粕の方を見た。甘粕(ロリコン疑惑)は……穢戸鳴によく似た笑顔だった。
「確かにこの世界にも四宮という名家はあったがこの前の京都の件で無事お取りつぶしになったし、そもそもあの家には公式に認められた『長女』はいなかった」
「……?」
なんだ? 嫌な予感がする。何が言いたいんだ?
「つまりここで庶民である白銀御行が京都の四宮家とは特に関係のない四宮かぐやを抱こうと子を為そうと邪魔をするものなどいないということだ。
大いに間違いを犯しても、いいということだぞ?」
「「なっ……!?」」
いやいやいや待て待て待て。いきなりそんなことを言われてもどうしろというんだ!?
ていうかなんだこいつ、あのバカ親父の同類か!?
「だ、ダメです!それは流石に早すぎます!セッ……はキッスを済ませてから月に二回のペースでデートを重ねて三か月後に夜景の見えるホテルでディナーを共にしてからです!」
錯乱したのか顔を真っ赤にした四宮が叫ぶ。
いやに具体的だな四宮!?
というか四宮はそういうプランがいいのか……そうか……は!?
「「もうお前ら付き合っちゃえよ」」
甘粕と穢戸鳴の声がはもった。
そんなわけで俺たち生徒会一同は甘粕を見送ることになった。
明日には細かい交渉をまとめる使いの者を寄越すらしい。今日はもう疲れた。勉学も鍛錬も休んで寝たい。
「ああ、そうだ。白銀御行。お前に一つだけ、教えてやろう」
帰るために鏡の前に立った甘粕が立ち止まり、思い出したように言う。
「お前からは奴と同じ才能を感じる。努力の才能だ……その才能をもっと磨くことだな。出来なければこの世界では好いた女一人守れんぞ」
それはこれまでの甘粕とは違う、真面目な顔での警告だ。
「もちろんですよ。今更俺は、立ち止まれません」
その警告に負けないようにそう答えると同時に俺は思わず傍らに立つ四宮の手を握る。汗ばんで熱くなった手で。
四宮の手がギュッと握り返してきた。同じく、汗ばんで熱くなった手で。
ちなみに白銀御行はCOMP併用のサマナー設定です。
剣術、銃、悪魔召喚それぞれ二流ですが、それを知識と鍛錬で補っています。
なお、秀知院学園の周回のカッスとふゆは普通に九頭竜に殴り殺されました。