天ちゃんが一番尖ってた頃のお話
ーーーもしもこの世界に本当に将棋の神様が居たのなら、断言できる。奴の種族は『狂神』だ。 ~九頭竜八一が最後に記した言葉より~
……何が、起こった?
瀕死の重傷を負ってなお、とある異界神話の元支配者にして現ティンダロスの一人である魔王フラロウスの中にあるのは恐怖でも怒りでもなく、困惑であった。
いつものように聖華学園を滅ぼそうとした結果、突然発生したあの『龍王:クトゥルフ』というあり得ぬ存在を葬り去るために、必勝の一手を揃えたはずだ。
徹底的に奴を分析した末に考え抜いた一手は、今もまだ稼働している。
一段高くなった舞台の左右では、未だ洗脳済の無数のフラロウスの信者たちが祈りの言葉を唱え続けている。
タルカジャタルカジャタルカジャタルカジャタルカジャタルカジャタルカジャタルカジャタルカジャタルカジャ……
テトラコワーステトラコワーステトラコワーステトラコワーステトラコワーステトラコワーステトラコワーステトラコワース……
数の暴力に頼った脳死連打。それこそが必勝の一手であった。
常にテトラコワースが発動するこの空間では、ほんの刹那だってテトラカーンを維持できない。
そしてデカジャすら間に合わぬほどの高速で常に限界まで強化され続けるフラロウスの剣は物理に弱いクトゥルフを一撃で葬り去る。
その、はずであった。
だが、結果は無様なもので当然のようにテトラカーンで反射され、極大まで威力を跳ね上げられた剣は自らを一撃で【食いしばり】を発動させ
「あ、あり得ぬ……何故だ。何故……」
こうなってしまえば既に死に体である。恐らく数秒後にあのあらゆるものを押し流す【山津波】が押し寄せ、フラロウスは無数の信者ともども即死する。
それは定められた運命のように思えた。
「知りたいならば、教えてあげるわ」
カチャリ、と音を立て、真っ赤な血に染まった銃口が突き付けられた。
「クトゥルフ使い!貴様!」
いつの間にか、あの恐るべき蛇神が姿を消していた。帰還したらしい。
(奴がいない!今なら……無理か)
勝機かとみて立ち上がりそうになり、ダメであることを知る。
クトゥルフ使い。クトゥルフを何故か使役できる、聖華学園の生徒の一人。
いわばクトゥルフを前線に運ぶために必要な生贄の巫女ではあるが、決して弱くはない。
数々の戦いをあの蛇神と共に生き延びてきたこのガキは、赤い銃から悪魔を
その一撃で放たれる最大の一撃はメギドラオンに匹敵する。クトゥルフの山津波ほどの威力は無いが、瀕死のフラロウスと信者を即死させるには充分すぎる威力を持つ。
先手を取るに賭ける?一撃では無理だ。傍らに侍る薄紫色の髪持つ従者は一瞬の躊躇もなく主人を庇うし、そもそも本人が一撃では絶対に死なない。
【食いしばり(この少女は『九頭竜
やはり、どうしようもない状況であった。
それにこのガキ……クトゥルフ使いは、一切の躊躇がないことでも知られている。
強力な物理攻撃スキルがなかったが故にクトゥルフに手も足も出ずに少しでも長く生き延びようと命乞いをしたブラックライダーが、快く仲魔に受け入れられ……
その10秒後に『弾丸にされて』空を突き抜けてこの世から永久消滅した。
『なんでコイツ、私の恩師の仇なのに命乞いして助けてもらえると思ったのかしら?……あ、ルールー。
となんでもないことのように言ったくだりは、わずかな畏怖が交じった冗談として語られている。
どちらにせよ、死の運命は変わらぬ。
(ならばせめて、情報を!無駄話などしたことを公開するがよい!)
この戦いは【上】も見ているはずだ。突如発生した最強のクトゥルフを誰が始末するのか。面白おかしい余興として。
フラロウスは情報を抜くために無駄話につきあうことにした。今後誰かがクトゥルフを始末するだろうと。
「いいだろう。語るがよい。少女よ」
馬鹿なガキめ。そう思いながら幾分優し気に問いかける。
嘘をつかば、見抜く。その権能がフラロウスにはあった。
「ええ。教えてあげるわ」
「おかあさんがね、経験を積んで、いわば進化したのよ」
「進化?だと」
その可能性に思い至る。知っている。
(……クトゥルフ。一体どれだけの悪魔を殺してきた?)
余興としてあのクトゥルフを始末したものに褒美を与える。
その文言により、ティンダロスの弱小の神々が何体も挑んで散っていった。
万能の山津波で押し流され、物理で攻撃してとてつもない速さで発動するテトラカーンに反射され、同じく魔法喰い相性を持つものが普通にクトゥルフと従者の拳で砕かれ、
ガードキルをかけて魔法が通るようにしたのは良いが普通に強化と弱体を重ねられてダメージレースで負け、食いしばった瞬間を狙いすまして飛んでくるクトゥルフ使いのメギドラオンにより潰される。
次はこの方法でどうか、いや、こうすれば行けるのでは?そんな遊び半分で盛り上がって来た。フラロウスとて、その一人である。
Lv差があって経験値が少なくあろうとも、塵も積もれば山となる。それは当然の話であった。
(くっ、いつのまにかLv97からLv98に挙がるほどの遊びを繰り返してきたということか……)
例の
だが、Lvが97から98に上がるのは想定の範囲外だった。
「貴方達にもあるんでしょ?Lvが上がって新しいスキル覚えるのって」
その通り。悪魔は多くの悪魔を狩ることでLvが上がるし、時に種族が変異する。
この周回の人間が知っているとは思わなかったが、常識ではある。
「そして、何よりもも子姉さんが残してくれていた九頭竜
そう言いながら、クトゥルフ使いは一つのノートを取り出した。
ピンクの大学ノートであり、表紙には九頭竜技巧集 九頭竜もも子と記してあった。
「ノートにはこう記してあったわ……九頭竜
クトゥルフ使いは正確に読み上げた。語尾を強調したのも、!を再現するためのようだ。
「なんだ貴様それは!?ふざけているのか!?」
「しょうがないでしょ!?九頭竜技巧は考案者が名前決めるってのがうちの伝統なのよ!?」
フラロウスが激高し、クトゥルフ使いもまた初めて感情をあらわにした。顔が、真っ赤であった。
「だが、完全無欠のテトラカーンだと!?そのようなもの見たことも聞いたことがない!」
「……どうして無いと言い切れるの?」
思わず反論したフラロウスに、クトゥルフ使いは問いかけた。
「なに……?」
「……アンタたちティンダロスには色々な悪魔がいるけれど、その中に龍王のクトゥルフはいるかしら?」
黙りこくった。それが答えであった。
「神とか言われるきわめて強力な悪魔。そいつらはいつも『そいつにしか使えない』特殊な……そう固有スキルとでもいうべきものを持っていたわ」
一つ一つ、丁寧に語る……噛んで含めるように。
「それで、本当に断言できる?あなたたちが何度も戦って敗れてきたおかあさん……強力な悪魔である龍王クトゥルフには固有スキルが無いと」
フラロウスは、嘘を見抜ける悪魔である。だからこそ、分かる。
(コイツは一度も嘘をついていない!)
そのことに絶句し、悟る。
(まさか、あるというのか完全無欠のテトラカーン!)
実際に、テトラカーンの対策であったテトラコワースが通じなかった。だからこそこうしてクトゥルフ使いに遊ばれた。
【上】が盛り上がっているのが、分かった。未知のスキルの発見を喜んでいた。
敗北を認めたフラロウスにクトゥルフ使いは、そっとノートを押し付ける。
「あげるわ。もう使わないから……冥途の土産にでもなさい」
そのまま、赤い銃が火を噴いた。
ーーー九頭竜技巧
そして、フラロウスはピンクの大学ノートを抱えて消滅し、従者の少女が勝利を祝うように舞を舞う。
【招来の舞踏】
数秒後に、すべての信者がクトゥルフの【山津波】で消滅した。
「何とか今回も生き延びたわね」
危うい綱渡りをまたもや終えたことに安堵する。怪しまれてはいないだろうか?
見ていたであろう奴らの【上】に、あの流れを、ただの
あのノートは、姉の形見のようなものだったが、それでもなお、どうしても処分する必要があった。
明かされれば負ける、重大な秘密が記してあったのだ……そう。
九頭竜技巧 すごいテトラカーン……どんな攻撃だろうと、何をされても物理だったら絶対に10秒間反射する、すごいテトラカーンです!
九頭竜技巧 超すごいパンチ……上のは嘘でした。すごいテトラカーンをも貫く、超すごいパンチです!空条君を物反鏡ごとぶち抜きました!
……おかあさんと自分を生き残らせるのに、知っていることすら決して悟られてはいけない重要な情報であった。
(ティンダロス……奴らの中には絶対にいるはず……超すごいパンチの使い手が)
確信すらある。九頭竜一族最強の脳筋こと九頭竜もも子ねえさんは恐るべき脳筋理論で数々の常識を覆して常識の破壊者とまで言われていたが、
ティンダロスは天衣にとってもまた、常識から外れた異形の存在である。無いという楽観視をするわけにはいかなかった。
実際、何度もティンダロスからは自分の知らない『未知』を押し付けられ、苦しめられてきたのだ。
(未知には、未知で返す!それしかない)
察するに
そして必敗の流れを変えるために、どうしても九頭竜
九頭竜
(ここまで来たらもう……信じるしかないわね)
通じたか。通じてないかは、神のみぞ知るという奴だ。
その決意を胸に、天衣はルールーに言った。
「ルールー……一ついいかしら?」
「はい。なんでしょう?」
「すごいテトラカーンは、私が進化させたわ。だから名前を変える」
「え?」
「あなた、少し不満そうだったでしょう?せっかくの新手なのに、ダサいって」
不思議そうにするルールーに天衣は言う。
「…………キュアブロッサムのようで、可愛いと思いますが?」
嘘だ。お前のセンスは主にエル先生と忍者先生から受け継いだ忍者とロボとプリキュアで出来ている。だからきっと、ダサいと思ったはずだ。
というか目を反らして言っても説得力がないぞ。
最初は本当にロボットのようだったのに、随分と表情豊かになったなと思いながら、少し天衣は笑う。
「新しい名前はもう考えてあるの。九頭竜
「よろしいかと。しかし名前の由来は?」
「それはね……」
忍者のセンスで釣りつつ、さっき適当に考えた由来を説明する。純真無垢な従者は、きっと説明したとおりに解説してくれるだろう。
神釣詐欺がただのテトラカーンだと。上が聞いていたら、誤魔化すための嘘だなと思うように。
古代のインターネットにおいて『釣り』とは『騙す』という意味を含むという、父から聞いた言葉を隠すように。
(一度でも疑いを持たせれば、きっと物理攻撃は避けるはず。例えばおかあさんの集中とか)
すごいテトラカーン改め神釣詐欺を放つのはクトゥルフにとってもかなりの負担らしく、放つ一瞬を見極めるためにコウコウ……と呟きだす。
それは天衣にとって数少ない母の名残を思わせる微笑ましい動作であったが、同時に一部の悪魔が大技を使う前兆として見せる『赤い光』を集める動作にも似る。
それが、奴らに真実を見抜くのを鈍らせると天衣は確信していた。
「さしあたって、次の手は読めるわ。恐らく『サマナー殺し』。悪魔が殺せないならサマナーを殺せ。基本だものね」
そう、悪魔を、おかあさんを殺されることこそが天衣にとっての一番の敗北なのだ。手札も構成も戦術も、おかあさんありきなのだから。
それをさせないために、天衣は決意していた。自分が囮になることを。
「いよいよ私も挑むときが来たのね……九頭竜
待っているのは地獄であることも知っている。死んでも死なないためには、まず死なないといけないのだ。
「……何回目で成功するかしら?」
百までで行けると良いなと思う天衣の顔は、まるで死を恐れるごく普通の少女のようであった。
九頭竜一族最後の生き残り、九頭竜天衣。彼女もまた、異能に目覚め他の一族とは一線を画する能力の持ち主である。
その能力は『知恵』
一瞬の機転と知性で、力体力魔力素早さが足りないのを補う存在である。
奴らが初手で本気出してたら普通に死んでるよね?ってことでこんな感じに。
しょうがなかったんや!D2貫通や真4F貫通を使わせないためには命張るしかなかったんや!