ああ、これは夢だな。
みんなで焚火を囲み、珈琲を入れる準備をする師匠を見ながら、私はそれを自覚していた。
師匠が淹れる珈琲が好きだった。
黄色いタンポポの根をいっぱいに集めて焙煎して挽いて淹れる珈琲。
毎年春になると師匠と一緒に昼間はタンポポの根を掘り起こして、天日に干して乾かし、
夜になると焚火を起こして師匠が乾ききったタンポポの根を挽いた粉を焙煎しながら色んな話をしてくれた。
それは師匠が繰り広げてきた冒険の話だったり、大破壊前のおとぎ話だったり、心の怪盗団の仲間たちの話だったり……
なんでも知っている師匠の話はいつも面白くて、私たちは夢中になって聞き入ったものだ。
そして、話が終わって寝る前のひと時にタンポポの根で珈琲を淹れて飲む。
師匠はいつも飲むたびに少し顔をしかめて『お前たちにも本物の珈琲を飲ませてやりたかった』と嘆いていたけれども、
私にとってはタンポポで淹れる珈琲だけが師匠との思い出が一杯につまった、唯一の本物だった。
『ほれ、出来たぞ』
そしていつものように師匠が差し出した古いマグカップに注がれた珈琲を私は笑顔で受け取り……
窓のない閉ざされた部屋に据え付けのベッドで私は目を覚ました。
もうちょっとくらい、懐かしい夢を見ていたかったが、目が覚めてしまったものは仕方がない。
頑丈な鉄の扉に閉ざされ、ベッドとトイレと机くらいしかない殺風景な牢獄だが、熱くも寒くもないし、
隙間風だって入ってこないのだから上等な寝床だと思う。
昨日は大変だった。人外ハンター協会の依頼を受け、最近の地震で入り口が発見された古いトンネルの探索に入り、
奥の方にいた大破壊の頃の死者の怨念が集まったLvが47もある悪霊レギオンに仲魔を全員潰されつつもなんとか撃破し、
トンネルから出たらタイムスリップしていた。
地形にはうっすら見覚えがあるが壊れていない街に、阿修羅会が管理するシェルターの内部並に薄い悪魔の気配。
そしてその代わりとでもいうように溢れるほどにいる人間の群れ。
それは師匠から聞いた大破壊前の東京そのままの姿だった。
……そのせいか行きつけの人外ハンター協会がまるっと無くなっていたのとマッカが買い物に使えないのは大誤算だったが。
仕方がないので、大規模な掃討作戦でもあったのか悪魔の気配が無いヨヨギ公園に入り、
これからどうするのかを相棒と焚火をしながら話をしていたら、ゾンビ化してないゾンビコップみたいな連中に絡まれた。
サードアイでの鑑定結果は普通に青だったが、私は抵抗はせずそのままこの牢獄に運ばれた。
師匠から聞いた話ではあれは多分ケーサツ、という奴だ。
師匠の話では大破壊前にはたくさんいた、ヤクザや罪人を捕まえる組織だったはずだ。
シェルターの警備員みたいなものだろう。
ケーサツの連中は、単独では強くないが仲間を呼んで連携してくるし、なにしろ数が多いと言っていた。
なので大人しく従ってついていくことにした。手持ちの仲魔が全滅し、弾丸の残りも心もとない状況で戦うのは危険だと判断した。
情報も足りないし、いざとなれば逃げればいい。
家出少女がどうとか言っていたが、身体検査すらされていないので、まあそれほど怪しまれてはいない、はずだ。
相棒の方は足音が聞こえた時点ですぐに隠れたので見つかってはいない。無事逃げ切っているだろうから、そのうち助けに来るだろう。
師匠も言っていた。怪盗は牢獄に閉じ込められても仲間を信じてじっと助けを待つことも時には必要になると。
ここで下手に暴れたりましてや殺したりするのは私のもう一つの名に恥じぬ紳士的な行為ではないし。
一応ケーサツには聞かれるままに色々答えておいた。
名前はアマネ。歳は14歳。
10歳まではヨコハマ第7シェルターで家族と暮らしていたが、4年前の満月の日に悪魔が侵入してシェルターが壊滅、家族も私以外皆殺しにされた。
私も殺されそうになったところでシェルターの救援に来たアマミヤというデビルバスターに拾われてトウキョウに出てきて、デビルバスター見習いをしていた。
アマミヤが病気で死んだあとは独立してフリーのデビルバスターをしている。
大破壊前にもデビルバスターは居たと聞くし、トウキョウで若い女のデビルバスターならありふれた経歴だから問題ない。
師匠の方もよく知られた伝説のヒーローとしての名前ではない、ハンター協会に登録していた普通の名前の方を出した。
……と思ったのだが、どうもダメだったらしい。
顔がこわばってたし、そういう冗談はやめて一晩頭を冷やしなさいと怒られた。解せない。
とはいえ牢獄とは思えないほど上等な寝床に案内され、疲れがたまっていた私はすぐに寝落ちしてしまった。
体内の感覚でおおよその時間を割り出す。恐らくは深夜の丑三つ時。逢魔が時と並んで悪魔が活性化する危険な時間帯だ。
そして、この時間帯なら。
かちゃり、と音を立てて外側からしか開けられない扉の鍵が開く。
「ようやく見つけた。まったく、心配かけさせないでよね。ジェントルー」
そっと覗くのは、シルクハットに動きやすいドレスで出来た怪盗服、そして師匠からもらった、
幻惑を防ぐ効果がある異界製のピンクの縁のサングラスで顔を隠した猫の耳が生えた相棒の姿。
「悪かったな。ブルーキャット」
私の相棒である。
ブルーキャットは、子供たちの中では私より後に入った後輩だが、歳が近いこともあってずっと一緒にやってきた怪盗仲間だ。
人間ではなく獣人ワーキャットの里の生まれで、一人だけ青い髪をしていたせいで里に馴染めずいじめられていたという。
挙句に森の主だとか名乗っていた悪魔に生贄として捧げられそうになっていたので、森の主を師匠が倒して、報酬代わりに戴いてきたのである。
猫の獣人なだけに身体能力と反射神経は文字通り人間離れしており、雑魚悪魔くらいならば素手で引き裂いてしまうし、隠密行動も得意だ。
まあ、悪魔の血が混じってるせいかCOMPは扱えず銃の腕前もひどいものだが、そこは私とのコンビで補える。
「ま、いいよ。青猫は、どんなダメな子でも見捨てないんだから」
細かいことは気にしないとばかりに、ブルーキャットはすっかり口癖になったいつものセリフを吐く。
師匠から聞いた大破壊前のおとぎ話の一つに、何をやってもダメな少年のもとに訪れ、不思議な道具を腹の中から取り出し、
どんな願いも叶えてくれる幸運の青い猫の話があった。
想像すると少し怖い絵面だったが、大破壊前は日本人ならばどんな子供でも知ってるくらい有名な話だったらしい。
ブルーキャットは、その話が大好きだった。忌み子として嫌われる原因となった青い髪が、幸運の証だったことになるからと。
だからこそ、師匠に一人前の怪盗と認められてからは、青猫『ブルーキャット』と名乗るようになった。
「さて……っと、少し、重いな」
私もまた、反逆の意思を示していつもの怪盗服に身を包む。
大破壊前だからなのか身にまとうのに少し手間取った。
怪盗服は、反逆の意思。女子供とみれば多少は容赦するこの世界では自然とその力も弱まるのかもしれない。
とはいえ怪盗の姿になれば、隠密行動はお手の物だ。
「ん?鍵が……いない!?」
私が消えた部屋に気づいたらしいケーサツが騒ぎ始める。そのすぐそばの物陰に潜んでいる私たちにも気づかずに。
これも認知の力の一種らしい。
怪盗服を纏い、本気で忍んだ怪盗は『そこにいる』という確信を持つか、より優れた力を持った覚醒者で無ければ見つけることは出来ない。
隠れるという意思が私たちの姿を覆い隠すのだ。
「さてと、これからどうする?」
牢獄を抜け出し、そのままケーサツから離れたところまで歩いて朝を迎えたところでブルーキャットに尋ねられる。
(どうするか……か)
しなければならないこと、やりたいことは色々と考えつく。だが、そのとき思い浮かんだのは、師匠の最後の言葉だった。
(……もし本当に、ここが過去の世界ならば、もしかしたら、師匠の『やり残し』を覆せるかもしれない)
死の間際、もう起き上がることも出来なくなっていた師匠から、一度だけ聞いたことがある。
師匠は本当ならば世界を二回救えたかもしれない、らしい。
まだ大破壊が来る前、遠い過去に持ち掛けられたのだという。
怪盗団が永遠に英雄として活躍し続けられる波乱の世界と、世界中の人間に平穏で幸福な人生が約束される穏やかな世界。
自分に従えばそんな世界にしてやるとそれぞれ別の『神様』に言われたのだという。
だがそれは、自分の信じる正義のために戦い抜いてきた怪盗団の美学に反していた。
だからこそ師匠はその手を払いのけ、そんな提案をしてきた神様をぶちのめし、怪盗の矜持を貫いた。
美学を捨てた怪盗はもはや怪盗ではなくただの悪党にすぎないと。
……師匠とモルガナ以外の怪盗団が全員東京で核の炎に焼かれて死んだのは、その戦いから少ししてからだったという。
『……どっちか選んでたら、もしかしたらあいつらも、お前らも普通に幸せになれたかもしれねえ』
そう言った時の師匠の顔には深い後悔が刻まれていた。
どんな時も強く、優しく、多くの子供たちに怪盗としての生き方を伝えてきた師匠の、本当に悲しそうな顔。
それをなんとかしたかった。それにはまず。
「そうだな。やりたいことは……師匠にまた、会いたい」
その取引がもう終わったことなのか、まだなのかは師匠自身に聞かないとわからない。
まずはそれを確認しないことには一歩も進まないし、何よりまだこの世界に師匠が生きているならば、もう一度会いたい。
大破壊前の師匠について持っている情報は極端に少ないけれど、調査は元々怪盗団の十八番だ。
「あ、そういえばここが昔の世界なら師匠が生きてるかもしれないんだ……ん。分かった。付き合うよ」
ブルーキャットも私の言葉に同意する。そうと決まれば、やるべきことはいくつも思い浮かぶ。
師匠亡きあと、いくつかのグループに分かれた子供たちの中にも何人か、生死不明の行方不明になってた奴らがいたはず。
そいつらももしかしたら、私たちと同じくタイムスリップした可能性がある。
それにまずは大破壊前の世界について知る必要もある。何せ大破壊前のことは師匠の昔話でしか知らないのだ。
「となればまずは調査だな」
「だね」
ミッション、スタートだ。
そう決意する私の足元には大破壊があっても滅びなかった、少し早いタンポポの花が咲いていた。
怪盗っぽいのとAAが全然ない子らからチョイスしました。