学園の外では何やら1時間ごとにLv90の巨大悪魔と取り巻きのそこそこなレベルの悪魔が現れて激しい戦闘が行われているらしい今の昨今。
私たちは久方ぶりに放課後に全員が集まれることになりました。
イロハ様が申請して借りた応接室の一つ。そこでお菓子と飲み物を用意して雑談をすることにしたのです。
(昔は毎日こうして過ごしていたものですが……)
旧校舎の電算室で流れていた、ゆっくりした時間を思い出します。
アズサ様がたを失った最後の撤退戦を最後に戦いから解放されたあと、この時代に流れ着くまでの準備期間の間は、
それぞれ生活と鍛錬と九頭竜技巧の発展に励みつつ、こうして雑談やゲームに興じていたものです。
あの時期は例えるならば、ティンダロスとの戦いから解放された、つかの間の春休みと言ったところでしょうか。
旧校舎には季節の概念はありませんでしたし、熱くも寒くもなかったので春休みでしょう。この時代に流れ着いたのも春だったわけですし。
昨今はそれぞれがやるべきことをやった結果、こうして一つの場所に集まることもグッと少なくなりました。
平日どころか休日ですら全員のスケジュールが合わなくなりましたし。
「学園内部はいまのところ平和ね……林水先生は用事があるらしくて連絡取れなくなったけど、警備部は通常稼働してるし」
天衣様は、私の淹れた紅茶を優雅に飲んでゆっくりとしていました。
外出禁止令が出されたので、ゆっくりと過ごしています。
「相良君も姿が見えませんし、今週は予定が見事に全部すっ飛びましたねえ……
なんだかゆっくりできるの久しぶりな気がします」
ミスリルのテッサCEOから、今週の予定は全部キャンセルさせてくださいというメールを貰ったというイロハ様も、応接室のソファーに全身を預けながらだらけきっています。
最近はしょっちゅう外部の人間とお話したり、学園の他の生徒会などともお付き合いしていらっしゃるようで、いつみても何かの仕事をしている状態でした。
日曜日は休むのだけは絶対に譲らないようにしているようなのですが、その貴重な休日は基本寮の自室で寝るか読書をして過ごすようでまともにお話も出来ない状態が続いてましたし。
「そ、そうですね……エル先生、大丈夫でしょうか。新型造魔の性能チェックがてらレイドに行くって言ってましたが」
今は主にエルネスティ先生のところで造魔や装備のテストパイロットをやっているスレッタ様が心配そうに言います。
最近はどんな初見の武器でも達人級に使いこなせる凄い使い魔の人がいたりして新しいお付き合いも増えて青春してる!
などと言っていましたので、それが失われるのを恐れているのかもしれません。人間、死ぬときは本当に一瞬ですから。
「エルネスティ先生なら大丈夫だろう。あの人は、この世界で立派に戦い抜いてきた大人なんだからな。よほどのことがなければ不覚は取るまい」
パピヨン様がモヒカン先生の助手を務めていらっしゃる聖華学園の悪魔合体施設は今、絶賛改築中でお休みです。
1週間後からLvが上がりまくった学生の悪魔合体で地獄になるのが目に見えているので、今のうちにしっかり休んで英気を養えということらしいです。
もっとも、パピヨン様も助手の仕事以外にも外で何やら色々とやっているようではありますが……私には何故か情報来ないのですよね……解せぬ。
「鈴谷たちも幽鬼が大量発生してるところに狩りに行くっつってたからな……女っ気がねえのは久しぶりだ」
イロハ様と同じくソファーに身体を預けている空条様は少しお疲れのようです。男女比2対5の空間で女っ気が無いというのは、意味が理解できません。
まあ最近はペルソナ使いお悩み相談室みたいなことになってるとかで何かとモテていらっしゃるのでそういう感想にもなるのでしょう。
ティンダロスとの戦いで行方不明になったもも子様ももういないわけですし、新しい恋を見つけるべき時期なのでしょう。
「……一体何の集まりなんだコレ?てかこいつら誰だ?」
……え?誰?なんか知らない人が混じってるんですが。怖。
とまあそんな感じで、私たちは久方ぶりに出来た暇な放課後を満喫していました。
例の採集大決戦などとも称されるレイドバトルについては、我々は参加しないことにしました。
『あんなん絶対なんかの罠だからとりあえず無視。巫女様から指示があるまで待機』
我々の心が一つになり、導き出された結論です。だってあれ、どう見てもガンナーズヘヴンの同類ですし。
「しかしちょっとこうしていると……少し心がざわつくわ。
こっちに来てから、こんなに平和だったの初めてだから」
天衣様は少し落ち着きがなくなっていました。こちらに来てから、色々ありましたから。
それに対し、私は微笑んで言います。
「大丈夫ですよ。きっと何しろ天衣様は将来『女王』になられる御方なのですから。もっとどっしりと構えていればいいのです」
プピッ、と天衣様が紅茶を吹き出しました……何かおかしなことを言ったでしょうか?
「な!?それ今、関係ないでしょ!?」
……はて?なぜ恥ずかしがる必要が?
「あ、あのう……天衣さん、女王になるんですか?」
「みたいです。この前の天衣様の習字の宿題のテーマが『将来の夢』でした。そこで『女王』と書いていたので間違いありません」
おずおずと問うてきたスレッタ様に大きく頷きます。
元々天衣様はお父上の八一様よりは奇麗な字を書けるようになりたいと習字にはこだわりがあるのです。納得いくまで何回も書き直していました。
そこはもっと現代的に『総理大臣』でよかった気もするのですが、天衣様とてまだ10歳。『プリンセス』に憧れる気持ちもあるということでしょう。
そう納得し素直に応援することにしました。天衣様のご意思には絶対服従の完全造魔なので。
「女王だあ?この世界、王族にでも産まれなきゃ妃はともかく女王にはなれないんじゃないのか?」
「……いや、どうなんだろうな?天衣のことだからどっか外国で自分で新しい国を興すつもりなのかもしれねえ……ちなみにアンタ誰だ?」
だらけたバカ話の雰囲気のまま、謎の人と空条様がお話をしています。あ、空条様も謎の人の正体知らないんですね。
「いや待て。天衣は基本的には現実主義者だぞ。それでこのご時世に女王など……ああ、なるほど。そういうことか」
「まあ、天衣らしいと言えば天衣らしい夢なのではないでしょうか」
少し考えて何かに気づいたらしいパピヨン様と、最初から分かっていたらしいイロハ様が納得して頷いています。
「おい。パピ♡ヨン。どういうことだ?説明しろ」
それに不満を感じたらしい謎の人がパピヨン様に問いかけます。どうやらパピヨン様の関係者らしいです。
もしかして新しく増やした仲魔かなにかでしょうか?
「分からんか……流石のお前も『将棋』についてまでは調べ切れなかったようだな」
……将棋?将棋と女王になにか関係があるのでしょうか?
「女王はこの世界にいくつかある棋士のタイトルの一つです。女流棋士という、女性だけがなれる棋士が取れるタイトルの中では最高峰のものだそうで」
そう思っていたところで、イロハ様から解説が入ります。そういえばイロハ様、結構将棋好きみたいなんですよね。強さはそこまででもないのですが。
しかし、そんなものがあるとは全然知りませんでした。ていうか女流棋士という仕事自体初めて聞きました。
「……あんたね。主人の趣味くらい把握しておきなさいよ。常識でしょうが」
いやでもプリキュアに棋士はいませんでしたし、Micopediaにも書いてありませんでした……という私の表情を見て、天衣様がはあ、とあきれたようなため息をつきました。
「7月の末に、マイナビ女子オープンっていう女子なら誰でも参加可能な公式棋戦が開催されるわ。それに優勝したら小学生だって『女王』になれるのよ」
「つまりそれに参加して10歳にして将棋界の女王になるという夢だったわけですか?案外すんなり叶うものなのですね女王」
随分とあっさり叶う夢にしたんだなと思いましたが、10歳にして姫宮を勤めた天衣様ならそれくらい楽勝ということなのでしょう。
と思っていましたらものすごい顔をしかめられました。
「無理に決まってるでしょ」
「え……?でも聖華学園では普通に最強でしたよね?」
私が完成したころにはもう、大人の男でも天衣様に勝てる人はいないとまで言われていました。将棋人口、八一先生の影響で結構多かったのに。
だから普通にこの時代でも無双できるくらいには強いのかと。
「母数が違いすぎるわよ母数が。そもそもこっちの女子、私の知ってる女子とは割と別物に強いわよ。
お父さんの頃は女性では無理って言われてたプロ棋士どころか今は失冠してるけど玉座で防衛にも1回は成功してる『峠なゆた*1』とかいるし」
なるほど……全然知りませんでした。将棋って奥が深い。
「では、天衣様はその並みいる強豪を倒して女王を目指す、と」
「そうね。最初の1回、今年か、来年には一度出て、それでとりあえず『女流棋士』を目指すつもり。そこまでなら多分、いけるわ」
ほう、行けるのですか。基本的に無理なことは言わない天衣様がそういうのなら、いけるのでしょうが。
「ほう。そうなのか?お前、さっきは無理っつってた気がするが」
「正直、プロや、女流でもタイトル持ちに勝てるほどの実力は今はまだ無いわ。でも、アマチュアとか普通の女流棋士相手なら何とかなると思う。
ネットの将棋での私の戦績見る限りではね。もちろん、実戦とネットでは色々違うだろうし、断言はできないけど、お墨付きも貰ったしね」
空条様のからかい交じりの言葉に、天衣様はすました顔で答えました。
ネットでの将棋……あれですね。お風呂に入ってから寝るまでの2時間だけパソコンでやっている奴です。
それで思い返すと、最初は毎回当然のように勝っていたのですが、最近はちょっと負けて肩を落とすことも多かったように思います。
「ネットの将棋、ですか?」
「そうよ。今の時代、将棋アプリやサイトはいくらでもあるわ。それで今、大体勝率7割くらいかしら」
スレッタ様の問いに頷きながら答えます。でも7割って結構低くないですか?
「7割?お前にしては随分と負けがこんでいるように思うが……」
同じことを思ったらしいパピヨン様の問いかけに、天衣様は悲しそうに言います。
「……最近あからさまに強い奴にばかり挑まれるのよ。なんか有名になったみたいで。まあ強い相手と戦った方が勉強にはなるんだけどね……で、この前女流のタイトル持ちにギリギリで負けたの」
なるほど、相手のレベルが上がったのですか。それなら、急速に負ける割合が上がるのも仕方がないのでしょうか。
「それでその人、将棋記者もやってる人でね。取材というか、匿名でもいいんでインタビューしたいってチャットで来たのよ。その時にどこの誰だかの自己紹介もあったわ」
ああ、そういえば数日前、珍しく夜更かししてチャットをしてたようにも思います。
普段は対戦が終わったらさっさと離脱していたので、珍しいとは思っていました。
「……もしや『鵠』さんですかね?」
「そうよ。
『強さの割に随分と序盤の研究が浅い子やなあとは思ってたけど、まさか師匠すらおらんJSだったとは思わんやん』って。
まあ、『嬲り殺しの万智』なんて異名取る人だし、皮肉なんだとは思うけどね」
何かに思い至ったらしいイロハ様の質問に答える天衣様は苦笑しながらも、少し嬉しそうに見えます。年頃の、夢見る女の子といった感じです。
なるほど、こうして天衣様も普通の女の子になっていくのですねえ……
そう感慨深く思う私の後ろで……
「……反省室とかいう奴ら、本気でコイツが『この国の女王』になると思ってるんじゃねえかこれ?」
謎の人がぽつりとつぶやいているのが聞こえました。
いつだってみんな自分が常識人だと思ってるよ。
そんなもんだよと言いつつ、後編に続く。
ちなみに天ちゃんの現在の将棋力は『原作5巻時点』くらいです。
と言っても原作と違い、凡庸な序盤戦術から中盤以降隙が出来た瞬間にくらいついてくる、
あいちゃんと八一を合わせたようなスタイルになっています。
二人の子供だし、くぐった修羅場の数が違いすぎるし、
何よりまともに将棋やってる暇が物理的になかったからね!