そして禁断のside系だ!店長,世間知らずな15歳女子を騙すのが得意だったぞ!
ーーーあの日のことは、今でも時々、夢に見る。
薄汚い獣人で、彼岸花で人殺しと最低限の必要なことだけ叩き込まれた暗殺者で、彼岸花がなくなったあとは他の生き方を知らなかったから殺しで食っていくことにして、
それでヤクザに雇われて
悪いことしたら始末されるっていうことだけ理解できたこの世界で、でもやっぱり殺す以外の生き方は知らなくて、生きるためにできることとして悪魔殺すことにして、
この世界じゃそんなに強くなかったから生きるためにできることをずっとして、とにかく生きてきた。
別に死にたいわけじゃないから、生きていた……まあ、じゃあ生きたかったかって言われると、どうなんだろう?ってなるんだけど。
まあ、死ぬまで生きるんだろうなって、それだけだった。
漂流者は、この世界に生きてる連中ほど、強くないし、生きたいと思ってる奴はあんまりいない。まあ、漂流者って全員が負け犬らしいから、そういうもんなんだろう。
漂流者には、時々、馬鹿みたいに生きることに貪欲なやつがいる。早々にこの世界の掟を学び、応用し、あっという間に楽しい暮らしとやらを手に入れる奴らだ。
『外殻』の野生児と『爆炎』の姫天使と『砂漠』の殺戮兎辺りは、上手くやりすぎてて怖いって散々言われている。
どいつもこいつも想像もあたしではできないくらいヤバい世界で生き抜いてきた、脳みそのネジが全部壊れてるような奴らだ。
普通だったらヤクザかカルトに雇われ拾われて、例の病院に突っ込んでってごみみたいに死ぬのが当たり前だったはずの奴ら。
でもすごく運か頭がいいみたいで、器用にこの世界に『適応』した。まともな庇護者を見つけ、始末されない程度に器用に掟を守り、いかにもこの世界の住人でございって顔で暮らしている。
本当に、この世界で知った『漫画』みたいな生き方をしてるやつらだ。知った時には組織に属さない一匹狼で、そこまで上手く出来るやつらがいるもんなのかって思った。
漂流者掲示板とかレルムでは、そういう、すごい奴らは大体噂になる。普通の漂流者にはできない、あんな生き方ができるなんて羨ましいと。
弱い弱い言われながら馬鹿みたいに豊かなこの世界のおこぼれに預かって、漂流者掲示板でこの世界について話して愚痴りあって、
慣れない言葉が飛び交う掲示板とか、長い長い呪文にしか見えないシロエwiki必死に読みこんで日々をせせこましく生きるしかできない凡人とは違う。
なんで、日本語も読めないんだ?って読み書きなんて『贅沢』できない世界で暮らしてた奴らがいることを考えてくれないくらいには『無茶ぶり』してくる、怖い世界でもある。
銃を捨てろ、そうすれば庇護してやる……それが嘘だったら、ただゴミみたいに殺されて終わるじゃないか。そんな怖いこと、なんで要求できるんだ?
そう、漂流者でも読み書きも出来ない連中の間では言われていた。あたしのいた安宿でたむろってたようなのだ。
この世界の連中は『タダで庇護してやる。信用しろ』なんて怖いことを言う。タダより高いものは無いなんて、どこでも一緒のはずなのに。
そういう意味では、ヤクザのがマシ。だなんていう奴もいる。あいつら、絶対に裏はあるが、裏があるからこそ、それなりのものは寄越す。そこをケチったら殺し合いになるのは、分かってるみたいだから、と。
贅沢覚えさせて、逃げられなくしてから、ヤバいことやらせようとしてる、なんて言ってる奴だっている。少なくとも、俺たちの世界で施しする奴らは大体そうだったと。
あたしだって彼岸花で読み書き算盤家事礼儀作法房中術叩き込まれてなかったら、いつものようにヤクザについて殺せばいいって突っ込んでいって、
それでこの世界のヤバい奴らにごみみたいに殺されてたはずだ。
あたしは、一つの生き方しか知らなかった。それ以外の生き方なんて、出来る気がしなかったし、教わりもしなかったから。
……だから、あんな『幸運』が訪れたのは、本当に、運がよかったと思う。信じたこともなかった神様に感謝しようかなって思ったくらいには。
いつもの日だと思っていた。日課になっていた暮らしだ。
据えた匂いがあって、気を抜くと財布や装備や命が盗まれかねないレルムの安宿で目を覚まし、身だしなみを整え、彼岸花で叩き込まれた習性で9時55分にあの場所につくように出る。
夢のような場所だった。
薄汚い獣人で、彼岸花の鉄砲玉で、ヤクザの雇われ化物だったあたしが、まともな人間扱い……
否、本当だったら、この腐れた耳さえ生えてなければ得られたはずの『姫』扱いしてもらえる場所だ。
「いらっしゃい。いい天気ですね」
ふんわりと、柔らかな笑顔で出迎えてくれる。そこには、汚い悪魔混じりの獣人風情が何でこんなところにいるなんて蔑みの顔は微塵もない。
あたしなんかでも、いてもいいんだと言ってくれる。
「もう開店してますよ。入ります?」
開店時間にはまだ5分はやいのに、それが当然だとでもいうようにお店に入れてもらえる。
掃除が行き届いていて、いい香りが漂う、居心地がいい場所。いつもの腐れた匂い漂ういつものレルムとは大違いの場所だ。
「いつもので?」
悪魔混じりに食わせるものはない、とは言われない。金を払えば、それが当然のようにちゃんとまともに対応してもらえる。
クソみたいな対応してきた店員に銃を突き付けて『まともに』やらせるなんて手間も絶対発生しない。
「どうぞ」
蔑みの言葉も、量のごまかしも、料理につば吐きかけられることもなく、笑顔で手早く持ってきてくれる。
それどころか、あたしなんかのために、先に準備を整えてくれている。まるで『薄汚い悪魔混じりの暗殺者』じゃなくて『大事な客人』に対するみたいに。
「今日は、夏ミカンのジャムのレアチーズケーキにしてみたんですよ。それと、定番枠はガトーショコラです」
毎日違うものが出てくるけど全部が甘くて、とろけるくらい美味しくて、こんな贅沢なものを食べさせてもらっていいのかと思いながら、黙って食べる。
食事中に喋るのは、行儀が悪いことくらいは知っている。
だから、あの貼り紙を見た時には、思わず息がつまるほど驚いた。
お菓子職人見習い募集!
驚くほどの好待遇で、配下を求める、直筆の書だ。なんと、簡単な雑用だけで衣食住を保障してくれるらしい。
何度読み返しても、
……きっと、本気で書いてる。だって、あたしなんかにあれだけ丁寧な対応をしてくれる人が出した告知だもの。
この、すごい場所に『仕官』できるかもしれない。そんな降ってわいた幸運に震えたのを覚えている。
思わず不躾にもう決まったのかと聞いてしまうくらいには。
「いやいやいや。ついさっき張ったばかりなので多分見たのすらあなたが初めてですねぇ」
……本当に、そんな幸運があっていいのかと思った。
いま、この瞬間だけ、他の誰にも見られてない今なら、あたしだけが仕官の好機を得られる。化物が、この店の主の『配下』になれる。
そう思ったら、いつの間にかあの募集の紙を『盗んで』いた。あたしには、この世界の札束よりも貴重な宝物に見えた。
あたしが産まれて初めて手にできた『未来への希望』そのものだったから。
大事に折りたたみ、コンビニとやらで履歴書を買い、何を書いていいのか分からなかったので、本当のことを書いた。殺した数は多すぎて覚えてなかったけど。
せめて字だけでも奇麗にしようと、なんども書き直したのを覚えている。
そうして、夜まで待って、仕官のために再び店を訪れた。
「それでは、面接を開始させていただきます」
そこには、昼間にはいなかったあたしみたいな付け焼刃じゃない本物の貴人に仕える従者……早坂先輩がいて、震えた。
まあ、これほどの方が従者がいないはずもないのは当たり前だったんだけど。
「……漂流者の方とお見受けします。そして、京の香りと血の臭いも感じます」
一瞬であたしが薄汚い彼岸花だって見抜かれて動揺しつつも、やはり世の中は厳しいのだなと思った。
すぐ隣では、何が起きてるのか分からないっていう店長様がいて、きょとんとしていた。
まあ、そりゃあ、そうだ。こんな美味い話、あるわけがないってようやく冷静になれた。楽しい夢だった。
「……さて、教えてくださいませんか?野良猫をやめて飼い猫になる気があるのなら」
だから、一度だけチャンスをやる。そう言われたときは、必死だった。洗いざらい、全部喋った。
貴人相手に隠し事なんて、そんな恐ろしいこと、出来ない。
ましてや仕官を望むのに、洗いざらい喋らないものなど、あとで裏切るつもりにしか見えないだろう。
どれもこれも、『常識』だ。
「……店長。これならば、雇っても宜しいかと思います。他はまだわかりかねますが、忠誠だけは、期待できそうです」
「あ、はい。採用で。よろしくお願いします。カズサちゃん」
だから、早坂先輩から『合格』が出た時には、本当に崩れ落ちそうになった。
それからはとんとん拍子に、安宿とは比べ物にならないほど奇麗な部屋を与えられ、配下……店員兼お菓子職人見習いになった。
店長が少し申し訳なさそうに説明した仕事は本当に誰でもできるような簡単なもので、それでいて本当に衣食住に風呂まで保証してもらっていいものかと思った。
「そう思うなら、忠誠と働きでもって返しなさい。それだけ重い『信頼』をされたのだと心得なさい……まったく、あの方は本当に目が離せませんね」
早坂先輩からため息と共にそう言われ、ようやくあたしは、行き場もなくさ迷う野良猫から飼い猫……店員になれたことを実感した。
「いいですか、あの方はこの世界においても貴重な存在『善人』です」
別の主を持ち、今は上との交渉の結果、一時的にこの店に『客将』としてお仕えしているという早坂先輩から、仕事を一通り教わった後に、忠告を受けた。
「善人、ですか?」
「そうです。『他の人の喜ぶ顔を見たい』や『誰かの役にたちたい』を本気で『私利私欲』だと思える、恐ろしい人たちです。
家族や友人、組織のためでもないのに、損しかないのに、例え自らが傷ついても、誰かを救うことに本気になれる方々です」
……なるほど。言われれば納得する。自分が損をするのを、むしろ喜べる人間……少し前のあたしだったら、理解できない存在だっただろう。
誰も彼も、自分のために、他人を利用することしか考えていない奴らばかりだ。あたしだってそうだ。
身内には甘い奴ってのはいるだろうけど、他人にまでそれが出来るのは、いると言われてもそんなはずないって冗談だと思ってただろう。
……だけど、あたしは知っている。店長を、本物の善人を。
そして気づいた。
「……もしかして早坂先輩も、善人に救われたんですか?」
「……そうですね。いずれ私の主になると思われる方も『善人』です。恐らくあの方が我らの『王』でなければ、我々はもっと無惨な末路を迎えていたでしょう。
なので他の方に奪われる前に、主には覚悟を決めてもらいたいのですがね。恋愛は戦、好きになった方が負けだなどと言ってる場合じゃ、ないでしょうに」
そうつぶやく早坂先輩は、ちょっと疲れた顔をしていた。
そこで、夢が終わって、目が覚めた。何度でも見たい、良い夢だった。
……朝、起きて。あたしはあたしに与えられた箪笥を漁って、今日着る服を取り出す。
定休日だけど、今日の担当はあたしだから、奇麗に洗濯された彼岸花の制服を着る。動きやすくて、軽くて、銃器が隠しやすい、いい服。
それとアイリの箪笥から、箪笥にしまい込まれてた魔女用の拳銃を借りていく。そういう約束になってるから。
使い慣れた相棒であるあたしの『マビノギオン』はちょっと大きくて隠し持つのが難しい。
アイリの拳銃は、攻撃力は頼りないけど、隠し持てるくらいには小さくて魔女の呪いがたっぷり詰まった特製の弾丸入りで、相手を無力化するのに向いている。
……『代々木で秘神崇めてたような魔女』らしい、護衛にはうってつけの拳銃だ。プレートバンダナ持ちでも少しでも通れば無力化できる魔力相性なのもいい。
ちなみに他に入ってるのは、どれもこれも可愛くて、奇麗で……防御力皆無の服ばかり。こんな贅沢な暮らしができるほどの禄を頂いている。
その箪笥の一番底には、ラミネート加工された、あの直筆の募集書がある。
どうも店長にとっては、恥ずかしいものらしいので、こうして見えないところに置いた、あたしの一番の宝物だ。
*
水曜日の定休日は、いつもよりゆっくり朝が流れる。店長が起きてくるのが朝8時だから、私たちもそれに合わせて7時まで寝坊できる。
アイリはちょっと早く起きて、普段はできない結界の補修とか、仕事道具の準備とかしてることが多い。
朝と夕方、満月や新月の夜は魔女にとって特別な時間らしい。その時しか入らない材料とかが沢山あるって。
ついでに今日のご飯担当は、アイリだから、焼きたてのパンが出てきた。それと簡単なおかずがいくつかと、爽やかなミントティー。
「それで店長。今日はどうするの?」
それを食べながら、さりげなく、予定を聞く。今日はあたしが担当だから。
「今日はですね。ちょっと気になってるお店があるので、そこに行こうかと思うのですよ!」
店長の休日は、お菓子の本の買い出しとか、別のお菓子屋(どこも奇麗だけど店長のお菓子ほどおいしくない)に行くか、喫茶店に行くことが多い。
本当に、お菓子ばかりで生きてる人なのだ。
「また、どこかの喫茶店?」
「ですねえ……あと、ちょっときまぐれのネタが……」
途中からちょっと声が小さくなったので、意識から外す。主が聞かれたくないことを聞き返すなんて、不躾な真似するのは仕える者としてやってはいけないことだ。
早坂先輩みたいに主に無礼な口を聴く『道化役』が勤まるなんて思うほど、信頼されてるなんて己惚れるつもりはない。
「ふーん。じゃあ、あたしもついてっていい?」
「お?カズサちゃんも興味ありますか!いいですねえ。じゃあ今日も二人で喫茶店巡りです!あ、アイリちゃんは?」
「あー、いえ、今日はちょっと用事が……お店でしたいことがあるんです」
「あ、そうなんですか……分かりました。楽しんでくださいね」
店長が少し寂しそうにする。
休日は、交代で仕事をこなす。片方が店長の護衛で、片方がお店を守る。私用は、日々の休憩時間で片づける。
そういうルールになった。幸い、どちらも危険に晒されたことは一度もないけど、それで油断したときこそ、酷いことが起きるものだ。
あたしも、アイリもここを絶対に守りたいという気持ちは一緒だ。そのためなら、命くらいは惜しくないとも。
だから、どんな場所にでもついていく。護衛してるなんて思われないように、さりげなく。
「ちなみに、なんて店?」
「ええ、この前雑誌で見た美味しい和菓子と珈琲を出すというお店『喫茶リコリコ』です!」
……それがたとえ、あたしみたいな『彼岸花』が絶対に近寄らないようにしてる、この世界の『彼岸花』こと『リコリス』の巣だったとしても。
*
「いらっしゃいませ~こちらへどうぞ~」
緑色の和服を着た店員に案内されながら、あたしと店長はリコリコの席の一つに座る。
(よし……リコリスの奴らはいないか)
リコリス。赤いのと青いの。漂流者の間じゃあちょっとした有名人だ。
悪魔との戦いはともかく、人間相手の戦いだったらその辺の漂流者ごときじゃあ相手にならないくらい強い。
特に赤いのは本気でヤバい。多分あたしじゃあ手も足も出ないだろう。そう思っておいた方がいい。
それがいないのは、気休めくらいにはなった。
「う~ん。どれにするか、迷いますねえ……」
店長が頼むものを選ぶまでじっと待つ。
じんわりと、視線を感じる……紫色の黒人。なるほど、ここの主か。
(顔覚えられたな……あとは、多分見抜かれた、か)
もう、悪いことは出来ないなと思いながら、それでも護衛の仕事をこなす。
彼岸花は、リコリスと比べて潜むのが苦手だ。これ見よがしに銃振り回して、殺しに行く鉄砲玉の仕事が多かったから。
あたしの世界では、貴人の護衛が刀や武器持って歩くのくらいは普通だったから、女学生が銃持ち歩いてもそこまで目立たなかった。
それと、暗殺されるような奴は、拳銃程度じゃ殺せないような防具着てるのが当たり前だったから、どうしても威力のある大型の銃使う必要があったのもある。
正面からの殺し合いなら彼岸花、こっそり殺るのならリコリス。漂流者の間じゃあそんな風に言われてる。
「カズサちゃん、どれにします?」
「え?えっと、じゃあ、これ?」
店長に振られて、とっさに一番安いのを選ぶ。三種類のお団子のセットらしい。
「いいですねえ。じゃあ、わたしはこのおはぎセットにしてみましょうか。今日は和菓子食べに来たわけですし。あとは……うん、珈琲ですね。おススメみたいですし」
店長も、今日は和菓子にするみたいだ。なんとなく店長は洋菓子ってイメージが強いから意外。
店長が緑の店員を呼んで、注文する。
「カズサちゃん、飲み物なんにします?」
「あ、その、煎茶で」
あたしは、和菓子ならお茶がいい。
「はいは~い。ちょっと待っててね」
注文を受けて、店員が奥に引っ込む。
「いやあ、和菓子食べるのも久しぶりな気がします。こう、毎日ケーキ食べてるからあんまり食べないんですよね和菓子」
店長は、楽しそうだ。いつも、いつでも。
「お待たせしました」
それからすぐに、和菓子が出てくる。試験管にささった、お団子が三本。
それと、奇麗なおはぎが四つ。
(あ、ちょっと懐かしい……)
この世界じゃあ、庶民の和菓子でもこんなに奇麗に盛り付けるんだなって思う。
「くっ……やはりこう、おしゃれな喫茶店だと盛り付け方のきれいさが違いますね……なんかうちの、地味な気がしますし」
そんなことないよ。味は、うちの店のが上だよ!
そう、思わずいいそうになる。店長はもっと自信持ってほしい。
……そう思いながらお団子を口にして……懐かしさでいっぱいになる。
(和菓子も、結構好きだったなあ)
彼岸花で、本当に時々だけど食べられたあんこの味。それを思い出す。悔しいけど、美味しい。
店長の洋菓子が新しい世界の味なら、和菓子は昔いた世界を思い出す味だ。
「……やっぱり、カズサちゃん、和菓子も好きっぽいですねえ」
そんなあたしを見て、店長はふにゃりと笑った。
「一つ、おすそ分けをしましょう」
そんなこと言いながら、おはぎをすっと差し出す。
……食べないのも失礼だから、食べた。甘い、あんこの味。
「さてさて、わたしもさっそく……う~ん。中々にいいお味してますねえ。このあんこ、すごい工夫してる感じのレシピな気がします」
店長は、一口食べただけでかなり見抜いていた。やっぱり、すごい。普段は頼りないけど、プロのお菓子職人なんだ。
あの店主も、じっとこっちを見てるのを感じる。どっちかというと、店長の方を。評価が気になるみたい。
「レシピが知りたいところですが……いや、お店の方に失礼ですね。うちみたいな適当じゃない秘伝のレシピっぽいです」
店長の評価に店主が気をよくしたのが見えた。少しだけ、笑った。多分、このお菓子、あの店主の手作りなんだろう。
「ですが、ピンときました!明日の気まぐれは、久方ぶりに『シベリア』にしましょう!」
「シベリア!?」
驚いた。この世界にもあったんだ、売ってるの、見たことなかった。
「……シベリア?」
店主の方は、知らないみたい。もしかして、この前のクリームケーキみたいに、結構珍しいのかな?
「店長、シベリアって、この世界にもあるの?」
「ありますよ。ちょっと東京では絶滅危惧種気味の珍しいお菓子になってしまいましたが、おじいさんが好きだったので、作れるのですよ」
店長が嬉しそうに言う。店主の方がじっと聞き耳を立てているのが分かる。気になるらしい。
「カズサちゃん、リクエストあります?あんことケーキの種類、好きなの選んでいいですよ」
「……いいの?」
そう言われて思わず問い返した。
「ええまあ。カズサちゃんスペシャルってことで、選択権をどうぞ」
「……えっと」
どうしよう。どんな味がいいかな……色々考える。
シベリアは、スポンジケーキで、羊羹をはさんだケーキだ。
店長の腕前で、好きな味を選べるなんて……本当に、悩む。どうしよう、うれしい。
「……まあ、明日までに決めてくれれば大丈夫です。何が食べたいかゆっくり悩むのも、お菓子の醍醐味なので」
そう言って、店長はたわいもない話をして、あたしもそれに合わせる。
頭のどこかで、何味がいいかなって考えながら。
翌日、悩みに悩んだ結果、あの日の夏ミカンジャムにちなんだ夏ミカンの羊羹に、紅茶を混ぜたスポンジケーキのシベリアが、本日の気まぐれになった。
……そして夕方。あの店主がスーツを着て、松葉づえをつきながら、リコリスの赤いのを連れて訪れた。結局、店主の中で謎になってしまったので気になったらしい。
「「「いらっしゃいませ」」」
新しいお客様の来店を、お店の店員3人、笑顔で出迎えた。ちょっとしてやったりって気分になりながら。
お客様は、神様らしいから、だれでもみんな平等にお客様なんですっていう、店長の言葉を思い出しながら。
結局、休みの日に和菓子食うだけのお話でした。はい。
カズサちゃんの掘り下げが甘かったからね。
ちなみになんでマカロンじゃねえんだよと言う原作ファンには
「店長がマカロンなんて難易度高い菓子作れるわけねえだろ!」
という身もふたもない感じの回答です。