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漂流者的に常在戦場の精神持ちは多分プラス要素


事例3.SRT Rabbit小隊

汚水の臭いに混じって血の臭いが立ち込める下水道のわずかな隙間。

それが私たちの最後の場所だった。

「ミヤコ。教範は知っているな?」

全身血塗れになったサキが残った左腕で懐から取り出したのは、小隊にたった一発だけ配備された大型の車両用の手榴弾。

至近距離で爆破させれば戦車をも横転させるそれは、私たち四人を蘇生不能なほどに木っ端微塵に吹き飛ばせる代物だ。

「救援は望めない。そして悪魔やマシンと戦うだけの力はもう残っていない

 ……教範では」

「……護国の士たらんとするならば虜囚の辱めを受けてはならない。

 潔く玉砕すべし……ですね」

死してゾンビと化してかつての同胞を襲うのも、マシンに捕まって脳と身体と魂を弄られてターミネーターになるのも、命尽きるまで悪魔を産み続ける苗床になるのも嫌ならば、死体も残らないくらいに爆砕するしかない。

それが、この国で機械を支配する電子の悪魔デカグラマトンに支配された殺人マシンやデカグラマトンによる電脳儀式で召喚された悪魔との血塗られた闘いの歴史から生み出された教訓だった。

「そうだ……私にはもうピンを抜くだけの力も残っていない。出来るのは、お前だけだ」

サキが千切れかけ、だらりとぶら下がっている自らの右腕と、足元に転がる二人を見る。

モエの死体はただねているように見えた。

悪魔からドルミナーを受けて眠りについたあと、気がついたら死んでいたのだ。

首元に呪殺無効のドッグタグをかけたまま。

ミユは、お腹を抑えて丸まった姿のまま、もう動かなくなっていた。

先達の血で書かれたマニュアルに従い銃撃に弱いはずの鳥型の悪魔を撃った瞬間、内臓が破裂した。

回復アイテムも魔力も尽きた状態では延命処置すらできなかった。

 

私も生きてはいるがもう限界を迎えている。

先ほど悪魔の攻撃で足を骨折した。もうここから動けない。

 

(ここまで、ですか……)

悪魔やデカグラマトンから人間の世界を、正義を取り戻そうと戦ってきたSRTは多分、もうない。

私たちは遠く空からミサイルが降ってくるのをミユが見つけたとき、咄嗟に下水道に飛び込むことが出来て、その直後に世界が終わったかと思うような轟音が響いた。

地上はひどい有様になっているだろうし、私たちと同じく咄嗟に避難できた部隊はそう多くないだろう。

仮に司令部が残ってたとしてもこれから残存戦力を集め、組織を再編するのだって時間がいる。

少なくともここに今すぐに救援に来れるような余裕は無いと思う。

そして何より、潜伏のために入りミサイルのさく裂した後の下水道は、見たことのない悪魔が跳梁跋扈する私たちどころか、SRT最強と名高い黛隊長率いる最精鋭部隊でも数時間で全滅するような地獄だった。

 

「……わかりました。サキ、それを、私に」

絶望と共に手榴弾をサキより受け取り、安全ピンに手をかける。

 

これを抜けば、数秒後に私たちは木っ端微塵になる。それで終わり。

15年しか生きてない私たちは消える。

そう考えると自然と手が震え……違う!?

 

「え?あ……」

 

その震えが、恐れから来るものだと思い反応が遅れたが、目の前でサキが立っていられなくなってその場に転び倒れ込んだことで気づいた。

(緊縛!?)

身体がまともに動かず、そのまま私も立っていられなくなってへたり込む。

不意打ちからの緊縛魔法に、なすすべなく無力化された。

すぐに小柄な悪魔が寄ってきて、身動きが取れないように縛り上げられる。

その後ろに、人影があった。

 

『こちらはウルズ7。下水道哨戒中に不審人物を発見。

 現在抵抗できないよう拘束中。数4。レベルは30前後。全員若い女。

 二名が死亡。日本では滅多に見ないタイプの武装だ。

 漂流者の可能性が疑われる……了解。武装解除後、出口まで搬送する』

 

そこに立っていたのは、白い装甲服に身を包んだターミネーターらしき何か……

不意打ちで殺したり、徹底的に手足を潰したりせず、自動的な判断プログラムに寄らずに上層部に状況報告と指令を受け取るという、どこか人間味のある動きは、デカグラマトンに改造されたターミネーターとは違う気がする。

彼……仮称ウルズ7は周囲に数体の悪魔を連れている。

緊縛された状態で動けない私たちの武装を手慣れた様子で剥がしながら、回復魔法と蘇生魔法を駆使して治療を施していく。

「……んあ。ごめん、寝てた?ってなにこれ?!どういう状況これ?!」

「ん……あ、あれ?お腹が、い、痛くない……?」

先ほどまで死んでいたモエとミユが目を覚まし、困惑している。

抵抗できないように拘束具をつけられてはいるものの、命に別状はなさそうだ。

「おい!貴様!ウルズ7とか言ったな!一体どこの所属の、何者だ!」

緊縛で体がまともに動かない上に悪魔に丁寧に武器になる装備を剝がされているサキがウルズ7に問いかける。

その白いターミネーターは少しだけ黙った後、名乗る。

 

『聖華学園、第13生徒会庶務。相良宗介。これからお前たちを拠点まで運ぶ護衛任務を担当する』

 

それが……私たちラビット小隊の上司であり、先輩となる相良先輩との出会いだった。

 

 

ーーーあれから、およそ1か月が過ぎた。

 

この1か月の間に、随分と目まぐるしく、いろいろなことがあった。

病院に運ばれ、検査を受け、見たこともないほど豪華な食事を貪り、支給された奇麗な衣服と清潔な4人部屋の病室に困惑しつつ、何日ぶりかの安眠を得た。

 

その翌日には退院と同時に全員バラバラに事情聴取され、この危険で平和な世界が私たちのいた周回よりも遠い未来であると告げられた。

そして、その後はこの世界で生きていけるかの知識と常識を問われるテストを行って、全員無事合格した私たちは聖華学園に入学することになった。

私たちのように暮らすべき住居を持たない漂流者の学生は聖華学園の寮で暮らすことになり、日々の衣食住を保障されて平日は学業と鍛錬に専念している。

 

一週間のうちの二日、土曜日と日曜日は外出を含めて好きなことをしていていいという贅沢な休暇制度まである、穏やかな生活。

なんなら卒業までの3年間はただの『学生』として暮らしてもよいとまで言われた。

 

それは、生まれた時にはもうデカグラマトンとの戦いで小学生以上の子供はみんな学校に集められて軍事教練を受けることが義務付けられていた私たちの世界にはなかったもので、とても強く自分たちが異邦人であることを感じた。

 

日曜日。私たちは食べ放題の朝食を各々食べながら、今日の予定を小隊の仲間たちに告げる。

平日は基本全員同じ教室で授業を受け、放課後は連携訓練したり旧校舎の探索をしているのだが、休日は各自、好きなように過ごすことにしている。

安全のため、学外に先輩の同伴なしに単独で出ることだけは避けるようにしているが、それ以外の縛りはほとんどない、文字通りの意味で休みの日だ。

 

「私は今日も部屋に戻ってサバイバルガイドの翻訳だな。

もう少しで終わりそうなんだ」

いつものように大量のウィンナーをおかずに山盛りのご飯を食べながらサキが言った。

入隊当初から教範やマニュアルの類を読むのを趣味していたサキは今、相良先輩からの依頼で翻訳をしている。

トーキョー・サバイバル・ガイドという、相良先輩が親しく付き合っている外部組織の漂流者が書いたマニュアルで、この世界の対人戦、対悪魔戦のノウハウの他、

装備や消耗品の調達に向いているレルム、逆に近づかないことを推奨される危険なレルム。

そして東京各地にある、主要な異界の脅威度や入るために必要な手続き、推奨レベルをまとめたものだ。

この世界の膨大な検証情報から必要な情報を集めて解説している非常に良い本なのだが、英語版しかないため、日本語しか読めない漂流者にも読めるよう、翻訳を進めているのだ。

その任務は今は主にサキが担当している。完了したら学内の漂流者生徒に配布する予定らしい。

 

「私は、サバゲー同好会の体験入部に参加するわ。あそこさあ、武器とか装備とか色々揃ってるんだよねぇ」

SRT時代は貴重品で、学生にはまず回ってこなかった砂糖を贅沢に入れた甘い食後の珈琲を飲みながらモエが今日の予定を口にする。

武器マニアのモエは、部活動というものをやりたいらしい……この学園で唯一、大手を振って銃器の扱いができる部活だ。

普段は対悪魔用に調整したモデルガンを使っているが、いざというときのために実銃も揃えているという噂もある。

私たちと同じく銃をメインに使う漂流者が既に何人か部員になっているとも聞くし、多分事実だろう。

 

「あのう、私は八幡先輩のスキル補習に行きます……もう少しだけ頑張ればドロンパ覚えられるかもしれないって」

ちょっと少なめの量のご飯を奇麗に食べ終えたミユは、生徒会や部活の先輩方が開催しているスキル補習に参加するようだ。

ドロンパはこの世界に来て初めて知った魔法の一つで、透明となることで相手の認識から外れ、あらゆる物理攻撃を避けられるようになるという。

狙撃ポイントに潜み隠れる隠密を求められるスナイパーのミユにとって、喉から手が出るくらいに欲しいスキルの一つであることは間違いない。

それに八幡先輩は相良先輩と同じく漂流者のことを知る第13生徒会のメンバーで、実力も折り紙付きだ。その人が言うのだから、ミユがドロンパを習得する日も近いのだと思う。

 

みんなそれぞれ、自分のやりたいことを見極めて動いている。もちろん、私も。

「私は……デモニカの講習会に参加しますね。将来、私たちのメイン武装になる可能性が高いと思いますし、今日の講師のグランツという人は『大隊』の隊員だと相良先輩が言ってましたので」

この学園で休日に開かれる講習会の一つに参加する予定だ。

霊的才能のない人間でも悪魔と戦えるようになるというデモニカはデカグラマトンに乗っ取られかねないために電子装備に大幅な制限があったSRTにはなかった装備だし、何より相良先輩が使っている装備でもある。

そこに加えて講師が漂流者の中でも最大に近い規模と他の漂流者と比べて頭一つ分飛びぬけた実力を持つ組織と噂されている『大隊』の隊員となれば、興味を惹かれる。

講習に参加するのも元の世界からデモニカを持ち込んだ子だったり、軍人をやっていた子が多いだろうから、顔つなぎにもなる。

ラビット小隊の隊長として、参加しておく必要があるのだ。

 

「あの、確かそれ、相良先輩も講師の助手として参加するって……」

「相良先輩、競争率高いからねえ」

「ミヤコは分かりやすいよな」

断じて、他意はない。

 

 

三人と別れ、講習会は午後から開始ということで、午前は自主的に訓練をすることにする。

校庭に出て準備運動をして、それから技相性の投げ技を中心にした格闘技やナイフを中心に白兵戦闘術訓練を体育会系の部活の邪魔にならない場所でやる。

 

今の時代、ミユが死んだときのように銃撃を無効どころか反射する悪魔とて珍しくないし、人間もプレートバンダナという装備で銃撃相性は9割防ぐのが普通。

 

警棒と手斧とナイフと手足による攻撃はすべて物理相性だが細かく見ていくと攻撃相性が違い、悪魔相手だと与えられるダメージに大きな差が出るし、一つの武器に習熟すればその威力は数割も上がる。

どれもこれも私の知らなかった知識だ。

 

故に私たちのように魔法をあまり得意としない物理主体のデビルバスターは戦うための手段を数多く用意し、それを実戦で使いこなすには地道な訓練が必要だし、

レベルだけ上げた促成栽培では今の前線では通用しないという相良先輩の言うことは、理屈では分かる。

 

それでも中等部にキリギリスの精鋭並に強いデビルサマナーの漂流者がいるとか、私たちと同じ高等部の女子漂流者に実力を認められて生徒会役員になった子がいるとか、そういう話を聞くと、焦る。

私たちラビット小隊は精鋭だったはずなのに、同じような年齢の子供と同程度、下手するとそれ以下の実力しか示せていない。

こちらに来て、平日の放課後は毎日のように小隊で悪魔の出る訓練場である旧校舎の探索をして、レベルも上げたが、外で戦えるボーダーラインと言われている50にはまだまだ届いておらず、

今の私たちの世話役兼上司であり、頻繁に外の任務を引き受けている相良先輩から任せられる任務も校内のもめごとへの対応だけで、外の任務を任されたことは一度もない。

あまりにも弱い自分への嫌悪、周りとの実力差への焦り、相良先輩に認められたい、隣にいさせてほしいという説明が難しい気持ち……そんな雑念がいくら消そうとしても、消えない。

 

(ダメだ。雑念は、捨てないと……今は訓練にしゅうちゅ!?)

 

それを見つけた私は咄嗟に校舎の陰に身を隠す。

前方からは相良先輩と……見慣れない女が歩いて来ていた。

「グランツが講師として来校することについては通達がありましたが、まさか艦長自ら学園の査察にいらっしゃるとはその……驚きました」

「サガラさん。査察ではありません。今日の私は非番です。プライベートです。

会社の業務に便乗して親交を深めるために遊びに来た、一個人です。

 誰かが隠れて聞いているかもしれないのに、みだりにその呼び方をするのは不用心ではありませんか?」

「失礼いたしました!テスタロ「テッサです。テッサと呼んでください」……テッサ、さん」

「さんはいりません。もっと親しみを込めてテッサと呼んでください。それとも、サガラさんは大してよく知りもしない私なんかとは仲良くしたくない、とでもいうおつもりですか?」

「い、いえ!そんなことはありません!大変光栄であります!テッサさ……テッサ」

「よろしい♪」

真面目な相良先輩をからかうように言葉を紡ぎ、強引に愛称で呼ばせている女。

名前呼びなんて私もされたことないのに。

常に苗字呼びなのに……そう思いながら敵を観察する。

私と同じ、奇麗な銀髪が印象的な女。恐らく歳は私より少し上。

艦長という呼びかたからするとどこかの組織の幹部だろうか?

 

それにしてはあまり強そうには……

 

「学生さん。盗み聴きは、よくないぞ?」

「え?あ……」

そんなことを考えながら見ていたら、ポンと肩を叩かれる。

いつの間に!?気配が感じられなかった!

驚きながらも私は咄嗟に転がって距離を取り、相手を見て驚く。

(デモニカ!?)

そこには大柄な、どこかカエルを思わせるデモニカスーツを纏った人間が一人。

声の調子からすると男だと思うが、警備員ではない。装備の形式が違いすぎる。

「きゃっ!?」

「テッサ!」

突然転がりだしてきた私に女は驚きの声を上げ、それをかばうように相良先輩が抱き寄せて腰の銃を抜く。

一触即発の状況に一瞬で陥った。

「おーい、サガラ。もしかしてこの子、お前の知り合いか?」

そんな状況を崩すためか、あえてデモニカの男が軽い口調で相良先輩に問いかける。

「……月雪?こんなところで何をしている」

その言葉で相良先輩も私が誰なのかに気づいて怪訝な顔をして問いかけてくる。

「あ、その……はい。その。訓練をしておりまして、帰りに相良先輩を見かけ、その……すみませんでした!」

観念して、立ち上がり頭を下げる。恥ずかしさで顔が真っ赤になった。

「サガラさん。その子はお知り合いですか?」

「はい。自分が先日保護してから世話役を任されている後輩です。

 か……テッサと同じ漂流者の」

そんな私を見て、女が相良先輩に問いかける。抱き寄せられたまま。

「まあ。ドリフターだったんですか。随分と可愛らしい子ですね。

 ……一人だけですか?」

「いえ。そこの月雪ほか3名、合計4名で構成された小隊全員の面倒を任されております」

相良先輩が答えた瞬間、何かを悟ったらしい女が相良先輩に問いかける。

「……全員女の子ですか?」

「肯定です」

「可愛い子ばかりだったりします?」

「こ、肯定です」

「ふーん。そうですか。私がエナジードリンクとチョコレート片手に毎日過労死するんじゃないかというほどの殺人的な量の業務にいそしんでいる間にサガラさんは新しく初々しくて可愛い女の子を4人もお世話していたわけですか……」

相良先輩の生真面目な答えに見る見るうちに機嫌が悪くなっていく。

……ついでに相良先輩の顔色も。

「さ、サガラ!そんなことよりこのかわいこちゃんのこと紹介してくれよ!」

その空気を打破するためにデモニカの男がおどけて言う。

多分、根は良い人なんだろう。SRTにもこういう感じの人は結構いた。

「そ、そうだな。月雪」

「はい。自分は聖華学園第13生徒会、相良宗介先輩旗下、ラビット小隊隊長の月雪ミヤコであります!非才の身ではありますが、よろしくお願いいたします!」

相良先輩に促され、敬礼と共に名乗る。

「ええ。月雪さんですね。私はテレサ・テスタロッサ。ミスリルというPMCのCEOをやっています。貴女と同じ、ドリフターでもありますので、よろしくお願いしますね」

私の言葉に合わせて銀髪の女……テスタロッサさんも名乗る。CEOというのは確か、社長という意味だったはず。

PMC、民間軍事会社ということは、悪魔退治専門の傭兵ということでいいのだろうか?

「えーと、同じくミスリルの第一営業部、ウォーレン・グランツだ。よろしくな。ツキユキ」

続いてデモニカの男がヘルメットを外して名乗る。意外と若い金髪の男性だ。顔立ちからすると外人だろうか。

名前には聞き覚えがある。確か今日のデモニカ講習の講師の人だ。ということは先ほどのミスリルというのが噂に聞く『大隊』の正式名称ということなのだろう。

相良先輩が一緒にいたのもそれでかと納得する。なぜ社長も一緒なのかはさておき。

「さて、自己紹介も終わったところで、親睦を深めるためにも月雪さんもランチを一緒しませんか?ちょうど相良さんとも食事をするつもりでしたので」

「はい。ありがとうございます。お言葉に甘えさせていただきますね」

冷静に値踏みをする瞳で私を見ながら言うテスタロッサに私も負けないように睨み返しつつ、言った。

負けられない。そう強く思った。

「サガラ、お前こっちでも相変わらずモテるんだな」

「いや、つい最近まではそんなことは無かった……はずなんだが」

後ろでグランツさんと相良先輩がこそこそ話をしているのは、聞き流した。

 

 

それから、私たちは昼食をとることにした。

購買部のヒルダさんに運んでもらった熱々のピザとフライドチキンにキンキンに冷えたコーラ、デザートにはアイスクリームまでついているという御馳走だ。

場所は生徒会が用意した空き教室。外には警備員が3人ほどしっかり見張りとして立っているのを確認し、武装を解除して食事にいそしむ。

「うん。美味い。やっぱりこういうジャンクなものこそ文明の味だな。

 これで冷えたビールがあれば完璧だったんだが」

「今は業務中だ。講習の後の親睦会までは我慢しろ。

 だが、この食事が文明の味というのは肯定する」

「調味料や食材を補給してからは艦の料理も随分改善されましたが、こういうカロリーの暴力、みたいな料理は中々出てきませんからね」

「私はこちらに来て初めて食べました……とても、美味しいです」

燻製されたベーコンと新鮮な野菜をふんだんに使った、舌を火傷しそうなほどに熱いピザに、肉汁溢れるフライドチキンを甘くて冷たいコーラで流し込む。

ぼそぼその保存食か、冷え切った缶詰。それか野菜なんだか野草なんだかわからないものが入った身体が温まることだけが取り柄の雑炊に、現地調達した肉を焼いた血の臭いと味がする焼肉。

炊き立てのご飯で作った温かいおにぎりが御馳走だったSRT時代から考えると、とてつもない贅沢な味がする。

結構な量が用意されていたのだが、たわいもない話をしながら食べているだけで見る見るうちに消えていく。

「……それで、月雪さんはどのようにして相良さんとお知り合いになったのです?」

机一杯に並べられた料理があらかた4人のお腹の中に消え、デザートのアイスクリームを食べながら、テスタロッサが尋ねてくる。

「聞いてくれるんですか?」

「ええ。情報収集は大事ですもの」

アイスクリームを舐めながら、テスタロッサがしれっという。

「まあ、そういうことなら……」

とはいえあの時のことを話すのは私もやぶさかではない。

文字通り、すべてを諦めて玉砕しようとしたときに現れた白鎧のヒーロー、相良先輩との出会いの話だから。

 

そうしてテスタロッサに促されるままに色々話した。

先輩との出会いの話から始まって、私たちの所属していたSRTがどんな組織だったか。なぜ設立されたか。デカグラマトンに支配されかけていた元の世界がどんなだったか……

 

「子供まで徴兵してたのか……これが、大隊長が言ってた『後期の漂流者』って奴なのか?」

私の話に、グランツさんが顔をしかめて、言う。

「漂流者の中でことさらに強い者は子供が多いと聞く。

 幼少から悪魔との戦いに馴染み、適応できた一握りの天賦の才の持ち主だそうだ……俺も似たようなものだが」

相良先輩の顔も、少し辛そうだ。確かにこの世界だと子供は戦うことどころか最低限の戦闘術を身につける訓練すら受けるのは稀、という話は聞いていたけれど。

 

「なるほど……恐らくですが、そのデカグラマトンはこの周回では既に討伐済みですね」

そんな中、私の話を黙って聞いていたテスタロッサは、頬に指をあてて呟いた。

「え!?」

デカグラマトンはまだ表れていないが、もしかしたらこの世界でも……そう思っていた私はその言葉に驚愕する。

「テッサ、何か知っているのか?」

「ええ。ちょっと待ってくださいね」

相良先輩の問いかけに一つ頷いて、懐から取り出したスマホを操作して何かのリストのようなものを表示して私たちに見せる。

「これは、ドリフターたちの証言を元に作成、分類した、世界崩壊要因となり得る悪魔のリストです」

YHVH、ルシファー、サタン、イザナミ、セト、ミカエル、アスラおう、シヴァ、ブラフマー……神話にはそれほど詳しくない私でも知っているような各神話の主神やそれに準じるような強大な悪魔の名前がずらずらと並んでいる。

テスタロッタはそのリストをどんどんスライドさせていく。

リストの下の方はメムアレフやイナルナ、ヤルダバオトと言った聞き覚えがない灰色になった名前が並んでいる。

「先日キリギリスが撃破したというアリオトが違う周回では別の名前で呼ばれていたことを元に、発生原因と悪魔の特徴からこの周回での悪魔名の対応表も併せて作成しました。そのうちの一つ……」

そう言いながらパッドを操作して灰色になっている名前をタッチして悪魔の情報を表示する。

 

大霊マニトゥ。Lv87。

 

物理に強く魔法全般に弱い、バッドステータスはすべて無効

 

電子ネットワークのハッキングと悪魔の召喚、人間の魂の収集、改造が主な能力。

 

この周回においてはX年前に天海市に出現し、当時のファントムソサエティを壊滅させた。

 

民間のデビルサマナー(キリギリスに参加していることを確認済)により撃破済み。

 

別周回においては電子ネットワークの乗っ取りや魂のハッキング能力とでも言うべきもので大規模な洗脳を行い、AIによる管理社会を作成する傾向あり。

 

別周回における主な呼称は『ノアシステム』『デカグラマトン』『スカイネット』『親愛なるコンピュータ』『ジョン・ヘンリー・エデン大統領』など。

 

「電子ネットワークに巣食う悪魔であり、電霊を産みだした強力な悪魔だったそうです。

 デカグラマトンは名前こそ違いますが、これかその亜種とみていいでしょう」

そう締めくくるテスタロッサの言葉に、思わず息をのむ。

 

倒した?人間には絶対に倒せないと言われてたアレを?

それも相良先輩から聞いた昨今のインフレが始まるよりも前に?民間人が?

 

一体何がどうなっているのか。混乱する私に、テスタロッサが再び言葉を紡ぐ。

「……この世界は、すでに私たちの世界を滅ぼした悪魔を両手に余るほどの数撃破することに成功し、繁栄してきました。

 そしてそのうえでなお、滅びかけている……それほどの地獄なのですよ」

その顔に浮かんでいるのは、ありありとした危機感だった。

「……すみません。テスタロッタさん。少々よろしいでしょうか」

思わず言葉を失った私に、外から声を掛けられる。

「はい。なんですか?」

「実はテスタロッタさんがいると聞きつけた学園の教師と生徒会、それといくつかの部の部長が、ぜひともお話をさせていただきたいと申し入れがあったのですが……本日は休暇と伺っていますので、お断りいたしましょうか?」

外の警備員さんが手短に用件を伝えてくる。漂流者の組織としては最大の規模を持つ大隊の司令官ともなると、こういうことはよくあるのかもしれない。

「いえ。大丈夫です……グランツさん、今日の私は『半休』だと、マデューカスさんに連絡を入れておいてください」

「了解」

少し諦めた顔で傍らのグランツさんに伝えたテスタロッタが、ふと何かを思い出したように持っていたカバンから紙袋を取り出した。

「相良さん。こちらはターニャさんから預かってきた貸し出し品です。

 忘れないうちに、渡しておきますね……

 自腹で購入した私物につき汚したり壊した場合は新品で弁償してもらうのでそのつもりで丁寧に扱え、だそうです」

「はい。確かにお借りいたします。少佐殿によろしくお伝えください」

それを受け取り、相良先輩が深く礼をする。

「さてと。俺は講義の準備があるからこの辺で。サガラ、お前はどうする?」

「一度寮の部屋に戻り、これを置いてくる。紛失してはことだからな」

それからグランツさんに予定を伝え、席を立った。

「了解。じゃあヒトサンマルマルに、控室で合流な」

「了解した。月雪、お前はどうする?」

「私も、グランツさんの講義に参加する予定ですので……途中までご一緒させていただいてもいいですか?」

相良先輩の言葉に、私も立ちあがり、昼食会はこれで解散ということになった。

 

 

寮に向かう道すがら、私は相良先輩に問いかけた。

「伺ってもよいことかはわかりませんが……そちらの紙袋の中身について、お聞きしても?」

「構わん。仕事には関係ない趣味の品……いや、ある意味では任務に関係あるともいえる。お前たちラビット小隊にも無関係ではないか」

そう言いながら、相良先輩は紙袋の中身を見せてくる。

「これは……?」

相良先輩が受け取った紙袋には、BDと書籍が入っていた。

ちらりと見える限り、白と青のロボットが描かれていたり、女の子が乗った戦車や戦闘機が描かれている。

「少佐殿に頼んで選んでもらった『初心者おススメ入門アニメ・映画・漫画傑作選』だ」

「えっと……それはつまり、娯楽用品ということですか?」

アニメや映画は分かる……遠い過去の娯楽品だ。

私たちが物心つく頃には電子チップが積まれた電化製品はいつデカグラマトンに乗っ取られるかわからないということで廃れた品だったが、黛隊長が愛好していると聞いたことがある。

あとはモエがこちらで支給されたスマホや、どこかから借り出してきたパソコンを使って色々見てたはずだ。

「肯定だ……今、この世界において最も強大な組織と言われているのがキリギリスだというのは知っているな?」

「もちろんです」

頷く。掲示板の閲覧者だけで数万人。

 

その閲覧者と繋がりあるものたちを入れれば恐らく10万にも届く数が居て、トップ層は私の知ってる世界で間違いなく最強だったデカグラマトン……

マニトゥのLv87をはるかに上回る悪魔を息をするように狩る。

そんな異能者の組織なんて、私の世界には存在しなかった。

 

いわゆる権力とは無縁ながら、そのネットワークの多様さ、どこにでもいる横のつながりの凄まじさ。

 

今、この地獄じみた強さを持つ悪魔がいくらでもいる世界で少なくない数の漂流者が文明的な生活をおくれているのも、キリギリスのネットワークの賜物だというし、先ほど見せられたリストもキリギリス掲示板の情報から作られたもののはずだ。

「俺たち聖華学園は、キリギリスとは強いつながりを持っている……

 だが俺は、彼らの文化であるオタク知識に疎く、キリギリス掲示板をうまく活用できていない。

忍者(シノハ)にキュアプリンセスはプリンセスプリキュアではないのは常識っすよと言われても、理解が及ばんのだ」

「確かに、そうですね」

例えはよくわからなかったがそこまで聞けば、相良先輩の嘆きにも共感できる。

 

そしてそんなキリギリスの要と言えるのがキリギリス掲示板。

キリギリスが情報交換に使うネットワーク上のツールだが、そこではオタク知識が要求される。

私も含めて元々娯楽がない世界から来た者もいる漂流者専用板ならば見ることもできるが、それ以外の情報を見ようとすればオタク知識に基づいた認証を突破しなくてはならない。

 

だが、私たちラビット小隊だと認証突破はモエが聞きかじりの知識を使って少しできるくらいで、私たちはほとんど対応できていないのが実情だ。

「他の生徒会役員は多かれ少なかれ専門的な知識を持っていて、キリギリス掲示板を活用していると聞くし、オタク知識に疎かった理事長閣下も、

今は時の流れが速くなる異界にこもり、文字通りの意味で寿命と睡眠時間を削ってまでオタク知識の収拾に余念がないと聞く」

「そこまで……」

確かに一度ネットワークごしに理事長閣下を拝見したときは非情にお疲れのご様子で、度重なる戦いで心を壊した兵士のようだとすら思ったが……そんなことまでして文字通り身を犠牲にしてらしたのならば納得だ。

そして、オタク知識にはそれほどの価値があるという意味でもある。

「少佐殿は月雪と同じ漂流者でありながら、オタク知識にも堪能でいらっしゃる。

 それに、過去の周回では俺と同じ釜の飯を食った仲であったらくてな、恥を忍んで相談した結果が」

「その紙袋の中身ということですね」

相良先輩は、努力を怠らない。

いついかなる時も、全力で、真っすぐで、不器用だけれど、前に進み続ける。

 

そういうところに私は惚れたのだ。

 

「肯定だ。少佐殿は俺が楽しめるであろうミリタリー系を中心に揃えたと言っていた。

 少し、楽しみでもある……月雪。もしよければ、だが」

「ええ。ご相伴に預かってもよろしいでしょうか?

 出来れば、ラビット小隊全員で」

相良先輩の提案に一も二もなく頷く。

ラビット小隊にとっても、キリギリスの情報は必要だし、それになにより。

 

……好きな人たちみんなで見る映画はきっと楽しいだろうから。




子供でも分かるデモニカの基本の講習を外国語(日本語)でやれと無茶ぶりされるグランツ君
リハーサルのたびに大隊長から飛んでくる素人質問(やたら鋭い)にへこむグランツ君
日本語ネイティブの隊員に頼み込み、なんとか前日に及第点を取るグランツ君

そして当日朝にマデューカス副艦長に呼び出され、学園に艦長が休暇で訪れるので死んでも守れと言われるグランツ君

……病院でのやらかしが原因かなって。
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