ザ、ザザザ、ザザザザザーーー
「どうやら今回はここまでのようですね」
本館の方で大きな爆発音がしたのを最後に、断末魔の悲鳴も聞こえなくなったのを確認し、私は奴らとの38回目の戦いが終わったことを確認した。
(アズサ……貴女の献身は決して忘れません)
最後に校内に残り、校舎全体を使った爆破で、多くの猟犬を道連れに散った相良先生の弟子のことを少しだけ思う。
1年前、奴らが襲撃してくる直前に学生時代の相良先生と同じ第13生徒会庶務に任命されたときの誇らしげな顔と、つい先ほど、最後に自分が殿を勤めるので先に行けと言った、覚悟を秘めた表情。
また、私より先に生徒が死んだ……生き残った生徒は目の前の5人と1た……否、6人だけだ。計画の予定値より1人減ってしまった。
だがそんな感傷に浸っている暇はない。やるべきことをやる。時間がない。
「……
「謹んで、お受けいたしますわ。理事長」
手にしていたデビライザーをしまい込み、喪服のような黒いドレスで優雅に礼をして、姫宮の名を継ぐことを了承する天衣は、あまりにも幼い。
この中の誰よりも若い10歳。にも拘わらず今日この日まで戦い抜いた我が校最強の生徒で……あい先生が残した忘れ形見の最後の一人。
「……これから、旧校舎を魔界に沈めます。その後、あなたたちの手で帰還すれば次に至ることが出来るでしょう。次にたどり着いたら、最初に私に連絡なさい。きっとすぐには信用してもらえないでしょうけど」
20年間、考え続け、入念に準備を重ねてきた最後の一手。かつて軽子坂高校で起きたという、学校を丸ごと魔界に沈め、現世に帰還させた事件。それを再現した『旧校舎箱舟計画』を実行する。
あの事件は、たった一人の魔人皇を名乗った少年の手で起こされ、一人の英雄と、魔神皇の妹という二人の生徒の力で解決された。
素人同然状態だったところから始めて魔界を巡って魔神皇を打ち倒し、生徒と先生がたに多くの犠牲を出しつつも学校を現世に戻すことに成功したのだ……彼らもまた、世界が崩壊した日に散ったらしいけれども。
それを再現する。幸い20年以上に及ぶ研究の果てに『時間転移に最も適性が高い悪魔召喚プログラム』を併用することである程度操作が出来るようになった。
いつ、どの周回になるかはわからないが、理論上は必ず聖華学園の旧校舎異界と繋がるようにはできた。
たった6人で勝つことは出来ないだろう。だが、それでも未来からの正確な情報20年分は役に立つはず。上手く行ったなら次の周回では規模を拡大すればいい。
私には、何度でもやり直せる機会だけは与えられているのだから。
そして魔界堕としを起動させようとしたときのことだった。
「……最後に一つだけ、お願いしたいことがあります」
天衣が、ぽつりと呟いた。
「なんですか?」
「……抱きしめてちょうだい。最後に、一度だけでいいから」
その瞬間だけ、母親を『あんな形』で失い、その代わりにLv80を越えた最強の学生としての顔ではなく、10歳の少女の顔をしていた。
「次の世界もきっと、多くの困難が待ち受けているでしょう。貴女たちは私が見てきた歴代の中でも最強の生徒会ですが、それでもなお、勝てないかもしれない……ですが、信じています。貴女たちなら、世界を救えると」
ここまでを生き延びてきた最強の6人を見る。みな、この学園で産まれ育った者たち、優秀な
……ティンダロスの初襲撃であいを筆頭に何人もの教師を失って1年が過ぎた。ティンダロスといつ終わるとも知れぬ戦いを繰り広げ負けた1年間、私は天衣をこの計画の要として育て続けてきた。
道具とみていることを悟られないように冷酷に、最強の駒になるように……彼女が、次の私の命令に従うように。
だから、これでいい。最後まで厳しくも愛情を持った母親代わりとして振舞い、次の私に、託す。
「うん。ちょっと世界救って来るね。織莉子ママ」
「行ってらっしゃい。わが校最後の第13生徒会……」
そして、6人が旧校舎の中に入り、魔界堕としを起動させ、消失する。
この周回でやるべきことは終わった。
私が結界を破壊して一足遅く雪崩れ込んできたティンダロスの猟犬に食いちぎられて死んだのは、それからすぐのことだった。
ザ、ザザザ、ザザザザザーーー
ある日の昼下がり、30時間耐久で見続けたアニメの最終回のエンディングテーマを聞きながら寝落ちした私は夢から覚め、私は今見た記憶を反芻する。
見えた夢は、かつての私が20年かけたらしい計画の最後の瞬間。こんなの私やってたんだ。
なんとなく、二度とやらなかった、ダメだった理由は分かった。
……あの子ら、誰一人として見覚えない!マジで、思い出せる限りでは一回も見てない!
私が見覚えがここまで無いのなら、恐らくは世界崩壊後の聖華学園で生まれ、あの別れた日からただの一度も出会っていないのだろう。真っ先に私に連絡しろって言い含められた状態なのに。
この周回でやたら集まった新情報から考えれば、何が起きたのかは大体わかる。旧校舎ごと魔界に堕ちたあの子たちはまだ『浮上』していない……いや待てまずい。それはそれでまずい。
何がまずいって、20年以上先の自分の未来がはっきり見えたという事実がまずい。
私の過去視は、現在の私の年齢より外れるほど、あやふやで大雑把にしかわからない。だが、例外もある。
この周回に、関係するものが出現した場合だけ、はっきり見えることがある。それはつまり。
「織莉子!大変だよ!聖華学園の旧校舎異界がよくわかんない異界とつながったって!」
……このタイミングで出てくるわけだ。
*
ーーーこの先、危険につき関係者以外立ち入り禁止 第13生徒会
それは異変と呼ぶにはあまりにもささやかな変化であった。
旧校舎異界の中層。適正レベル30ほどの地点に無数にある教室の扉にいつの間にか貼られた、貼り紙。
それを見かけた学生サマナーや異能者は何人もいたが、特に疑問には思わなかったらしい。
短期間に変化著しいこの旧校舎異界で、適正レベルを越えた凶悪な悪魔が湧いたか何かして、事態の解決が図られるまで生徒会が一時的に封印するのはよくあることだ。
またLv30近い異能者ともなれば、触らぬ神に祟りなしという言葉の大事さもちゃんと理解している。故に誰もその先に行こうとする無謀なものはいなかった。
他の、訓練中の生徒会の面々も、公式には存在しないはずの、この学校の裏の生徒会とでもいうべき第13生徒会がその名前を出していることに少し疑問を覚えただけだったようだ。
先の学園受胎事件の騒動後、生徒会役員には13番目の生徒会が実在することが明かされた。
どこの誰が第13生徒会の役員なのかを知っている面子となると限られるものの、第13生徒会が存在することと、彼らは他の12の生徒会よりも強いことは知っている。
彼らが動くのならばこの階層の適正からは大きく外れているんだろうとは思い、要請があったときのために出動の準備くらいはしておくか、そう思った程度であろう。
故にこの異変が異変であることを察知出来たのは彼らのみ。
……誰一人貼った覚えがない貼り紙を貼った連中を見つけ出す必要が出てきた第13生徒会の面々だけであった。
「というわけで、今後の方針について話し合おうと思う」
花子君、相良君、比企谷君、多仲君の顔を見渡しながら、私は『自称第13生徒会対策会議』の始まりを宣言する。
会議の取り仕切りを勤めるのは、生徒会長の代わりに私である。
私の名前は林水敦信。かつてこの学園で生徒会長『姫宮』を名乗り、無事学園を卒業した今は世界滅亡回避を目的とした趣味サークル『キリギリス』の検証班にて検証を進めている無職の身である。
キリギリスの検証活動は未だ黎明の見えぬ、あと十年はかかるのでは言われるほどの大事業ではあるが、何分趣味のサークル活動でもあるので、参加不参加はそれぞれの都合に合わせて選べる。
ある意味では忙しく、ある意味では暇な我が身であるがゆえに、今回に限り卒業後も母校に顔を出す面倒な先輩として指揮を執り、
引継ぎと膨大なマニュアルの把握に忙しい生徒会長とその補佐を務めている界塚君以外のメンバーで今回の事態に挑むこととなった。
先日の学園受胎に、突如現れた漂流者たち。それを取り込み、病院を狙う凶悪なテロ事件を起こした反社会的勢力。世界は混迷をきわめている。
その最中に起きたのが今回の事件『自称第13生徒会出現事案』である。
学園内部に突如現れた、貼り紙。誰が貼ったのかと全員で情報を突き合わせて初めて事態に気づいた我々は、早速動き出した。
貼り紙の貼られた扉の向こう側に、異界探査用のドローンを送り込み、中がどうなっているのかを調べることにしたのだ。
貼り紙が貼られた。それだけのことでも2つ分かることがある。
1つ、扉の向こう側には旧校舎とはまた違う異界があり、そこには第13生徒会を自称する何かがいること
2つ、その扉の向こう側の何かが一度は旧校舎異界に出てきて日本語で書かれた貼り紙を貼ったこと
それだけでも色々と推察は出来る。私が今お世話になっているボ卿たちならばそれだけで3時間は盛り上がれるだろう。
我々がこの事態に際し選んだ最初の一手は、ドローンによる探査。異界内部からでも通信できる探査用ドローンを送り込み、内部の調査をする。
元より途中で何者かに破壊されるのは想定内……そして想定通り、ドローンはある程度扉の向こう側に広がる異界の様子を映し出したところで正体不明の存在の一撃で破壊され、カメラ映像が暗転した。
とりあえず判明した事象について、我々はそれぞれの感想を口にする。
「……人間かそれに類する奴が住んでるのは間違いなさそうだな。畑も家畜小屋もあった」
最初に単独行動や隠密によるサポートを得意とする比企谷君が最初に映った校庭の様子から察したことを述べる。
校庭の一部が耕された畑となっていたし、隅の方に鶏小屋らしきものが見えた。どちらも、純粋な悪魔ならば必要とはしないものだ。
つまり食料を必要とする人間がいるということだろう。
「……聖華学園の校舎、だったねえ。ちょっと古い感じだった」
次に言葉を紡いだのは花子君だった。彼はこの学園に縛られた怪異であり、この学園内部の学校を由来とする怪異系の悪魔……いわゆる七不思議の元締めでもある。
この学園内部に張り巡らされた裏の道も含め、聖華学園の内部についてならば、誰よりも詳しいだろう。
「敵方の攻撃手段はなんだ?あれにはエネミーソナーも搭載していた。それの範囲外からの攻撃……閣下、陸八魔のような超長距離射程を持つ攻撃に心当たりはありませんか?
あのドローンには狙撃を警戒し、銃撃へはかなり強い耐性を付与していました。自分の見立てでは破壊されたときの状況からして銃撃ではないように思うのですが」
続いて相良君が自らの見解を口にし、私に質問してくる。良い傾向だ。彼もこの1年の間に随分と成長し、以前の、ともすると戦争バカなどと呼ばれていた頃よりずいぶんと視野が広くなったように思う。
昨今では相良君自身が保護した漂流者の軍人で構成された小隊1つを部下兼後輩として世話しているらしい。今回飛ばしたドローンも、彼女らの改造した品だと聞いた。
「空の色がなんかおかしかったのと……遮蔽が取れるようなもんが何もなかったっすね。あれなら
多仲君は一流の忍者でもあり、素手で万能攻撃を繰り出せるほどの近接戦のプロである。その彼には、屋内にも拘わらず開けたつくりになっていたのが気になるようだ。
本拠地でこそ防御側に有利を取りやすい奇襲や伏兵を嫌がる……あちらはあまり数が多くないのだろうか?それに。
「校舎の中はほぼ無人だったな。椅子や机も整頓されすぎている……旧校舎異界に雰囲気が近いな」
校舎内の教室の様子が私には気になった。
黒板に机と椅子が並ぶ教室には、わずかなズレもなく定規ではかったかのように規則正しく並んでいた……誰も使わない、見た目を真似た異界のように。
そしてそれは見慣れたものでもある……悪魔はほぼ机や椅子を使わない。
それぞれに意見を出し合ったところで、一息つく。
昨今の研究で、漂流者の使う悪魔召喚プログラムで呼び出せる形式のものならば超長距離射程を持つ悪魔については心当たりがある。
それを述べようとした、その時だった。
撃墜と同時に消えていたカメラが再び起動し、どこかの部屋を映し出す。
目立つのは、悪魔合体用の装置が中央に置かれた、どこかの部屋。
先ほどまでの生活感のない校舎の様子とは対照的に部屋の隅にゴミがあふれたゴミ箱が置かれていたり、部屋の隅にたたまれた毛布があったり、机の上に乱雑に資料や筆記用具、食べかすがついたままの食器が転がっていたり、なんとも生活感を感じさせるものだ。
(ふむ。これは……)
ドローンのマイクがかすかな息遣いの音を拾い上げる。人が、いる。
それから、声が聞こえてきた。
『……直ったぞ。電波を飛ばしている。動力はどうにもならんが、カメラとマイクは復活しているはずだ』
『ほう、じゃあコイツに話しかければとりあえず向こうと話ができるってわけか』
『あ、それは、無理です。スピーカー、ついてないんで向こうの声は聴けない、です』
『えー、直すの結構面倒だったんですけど……しょうがないですねぇ。やっぱりこっちから出向きますか?』
続いて聞こえてくるのは複数人の声。声の調子からすると男が二人に、女が二人だろうか。
カメラには意図的に写り込まないようにしているらしく、姿は確認できない。
『……その前に、とりあえず角道をあけておきましょ。ルールー、お願い』
『かしこまりました。姫宮様』
やや遅れて、幼い声が命令を下す声が聞こえる。会話のやりとりからして『姫宮』らしい……ふむ。これは。
色々と情報が集まってきたところで、自称第13生徒会の一員らしき少女がカメラの前に立ち、深く頭を下げた。
『これを送り込んだ皆様。初めまして。私は、第13生徒会の会計補佐、ルールーと申します。暗い明日から輝く未来を抱きしめるためにやってきた使者です。Lvは67……我々の中では最も低いLvとなっています』
どこか人形のような印象を感じる少女であった。
かっちりとセットされた人間には珍しい藤色の髪に、血の気を感じさせない白い肌の少女が無表情に言葉を紡いでいる。
第13生徒会の一員であるということは、学生であるはずだが、学生というよりはまるでどこかの企業の秘書のようだ。
(完全造魔……か?)
これらの特徴から、私はその正体を考えてみる。
悪魔業界で何年か前にヴィクトル氏によりプロトタイプが作られ、技術公開された今は悪魔関係者のところにはそれなりにいるという、人間とそっくりの姿をした造魔。
作った当初は造魔の特徴である虚心の要素が強いが、長ずれば人間と変わらないほどの感情を得たりすることもある。それの印象に近い。
……何故か多仲君が『!?』という顔をしている。もしかしたら彼が愛してやまぬプリキュアに何か関係がある姿なのかもしれない。
そんなことを考えながら、話の続きを聞く。
『我々は、あなた方にとっての未来から来ました。この世界には暗い明日が待っています。恐らくそれは聖華学園の生徒会長であればご存じでしょう』
いきなりの言葉だが、驚きはない。それはもはや、共通認識だ。どの周回であっても姫宮を勤めていたものならば全員理事長から聞かされている。
つまりは、あちらの『姫宮』も同様であろう。
『我々の要求は一つだけ。我々を『聖華学園の生徒会』と認めていただきたい。ですが、突然そのようなことを言われても困るでしょう……
そこで、我々はあなた方との『親善試合』を申し込みたいと考えています』
どういうことかと、我々は顔を見合わせる。
聖華学園の生徒会である以上、世界の崩壊を防ぐのが目的のはずと考えていいはずだが。
『詳しいお話は、当校の校庭にてお話したいと思います……これから二時間、私がおりますので、人員を整理し、お尋ねください』
ルールーを名乗る少女が恭しくお辞儀をすると同時にプツリ、と通信が切れる。
さて、これからどうするか。
私はこの場の全員の顔を見ながら考えた。
というわけで導入編です。