A.こんな状況
それは、たったの一年前の記憶。
わたしが生まれ変わった日の記憶。
「ごめ……んね……おも……ない?」
「お、おも、重くないよ……軽い、軽いよ」
おかあさんを背負ったわたしは、戦術研究室に向かっていた。
わたしが生まれてすぐに覚醒を果たして、普通の大人よりはるかに筋力があることを差し引いても、泣きそうになるくらい、おかあさんは、軽かった。
元より背も体重も私と同じくらいだったおかあさんは、今では身長も体重も私の半分だ。
下半身がなくなっているんだから、間違いない。
絶望にへたり込みそうになって、それでも食いしばって歩く。おかあさんの『最後のお願い』を聞けるのは、今はもう、わたししかいないんだ。
そして、部屋について、それからあかあさんの言う通り、戦術研究室に入る。
そこには、お父さんがガンで亡くなった2歳の時から一度も入ったことのなかった、だけど思い出通りの部屋があった。
お父さんが12年間、考えに考えて編み出してきた九頭竜
聖華学園将棋部のみんなからもらった、ちょっと不格好な手作りの将棋盤と将棋の駒。
お父さんの汚い字で『勇気』と揮毫された扇子。
そして、部屋の中央に飾られた、研究しつくされ、もう完全に死んでサマリカームでも復活できないことを確認してから記念に飾られた、おかあさんが打ち取った九頭竜の首。
(うん。そうだよね……最後は、ここで)
すとんと、納得する。おかあさんも最後くらい思い出に包まれて終わりたいんだろうと。
今日は、色々ありすぎた。
一番上で、みんなに慕われてたカズキにいさんが死んだ。食いつくされて死体も残らなかったと、泣きながら斗貴子義姉さんが伝えに来た。
九頭竜一族で一番強かったもも子ねえさんは生きたまま攫われた。多分二度と帰ってこないだろう。
そしておかあさんは、九頭竜一族で一番若く、一番弱いわたしを庇って御覧のあり様だ。
ああ、今日が
「そうだね。最後は、おかあさんといっしょに死ねてよかったよ……」
そして、泣き笑いで言う私に、おかあさんは笑って。
「だらぶち」
一言だけ言い放った。
「お、おかあさん? それ、何語?」
おかあさんは、懐のデビライザーを抜き放っていた。
「だらぶち……だけど……ありがと……あい……わたしは……おわらない……なんどでも……あきらめない」
おかあさんの目は、死んでいなかった。もうあと数分生きられるかどうかの状況でもなお。
「こう、こう、こう、こうこう、こうこうこう、こうこうこうこうこうこうこうこうこうこうこう……」
ぶつぶつと、ここではないどこかを見て、壊れた通信機みたいにこうこう呟きながら震える手で、デビライザーをかかげる。
「おもいだして、きた……せかいを……ほろぼした……とき……のこと……ならば……もういっかい……こんどこそ……まもる……から」
うわごとのようにわけのわからないことをつぶやきながら、お母さんはデビライザーで、ぱん、と魔力の塊で九頭竜の頭を撃った。
そしてそのまま今度は自分のこめかみにデビライザーをあてて、にっこりとわらって……引き金を引きながらだれも知らない魔法を使った。
ーーー九頭竜
その瞬間のことは、わたしは思い出せない……二度と思い出したくない。
だから、これが始まりの記憶。
「ワダ……シワ……リュオ……Cthulhu……コンゴドモ……ヨロ……ジク」
『おかあさん』がわたしと無理やり契約し、わたしのデビライザーに潜り込んだときの記憶。
死体すら残らないという結果に、その場に残されたおかあさんの血塗れのデビライザーを抱きしめて泣きながら、私は誓った。
おかあさんと一緒に、何年、何十年かけてもティンダロスを『詰ませる』と。
……そしてわたしはおかあさんを駆使して学園中のティンダロスどもを撃退し、学園の英雄に……姫宮になってしまう道に踏み出した。
『Lv97』になったおかあさんの狂った強さを見て狂喜乱舞した織莉子ママは、わたしに強くなるためのすべてをくれた。
装備と消耗品は言うまでもなく、カヴンの上位互換機種を作ろうとした結果、エル先生と忍者先生が拘り過ぎたせいで1機作っただけで
常に一番強い悪魔がいる場所に赴き、そこにいたティンダロスを蹴散らし、その戦いで得た膨大なマグネタイトをわたしに供給し、恐ろしいほどの速さでわたしを強くしていく悪魔を使役するものとして。
*
「負けたか……」
イロハ、空条、スレッタが敗北したのを確認し、俺はため息をついた。
「……なあ、天衣。もう、終わりにしないか?」
一応聞いてみる。正直なところ、天衣を戦わせたくはなかった。だが。
『却下よ。投了するのは詰んでから。それはまでは相手が失着するまで丸一晩だって粘り続ける。それが清滝一門の末裔『九頭竜一族』よ』
ああ、そうだろうよ。お前ならそういうことは分かっていた。お前、カズキの妹……『九頭竜一族』だもんな。
「分かっているんだろう?アレは危険だ。使えば使うほど、汚染される。殺し合いならともかく、親善試合ごときで、使うような代物じゃない」
それでも、少しでも考えを変えてもらいたくて言葉を重ねる。
あの化物は危険だ。危険すぎる。見ているだけで心を犯される、考えがどんどん悪魔のそれになる、とてつもなく危険な代物だ。
ルールーの最初の一手を【招来の舞踏】で捨ててまでCOMPに入った時点で『DEAD』状態になるように設定しているのだって、その影響を少しでも減らすためだ。
……あれはもう、断じて『あい先生』じゃない。
『なに?おかあさんを侮辱するの?蝶野』
普段はちゃんとパピヨンと呼ぶ天衣が、俺が捨てた人間だった頃の名前で呼ぶときは苛立った時の証。やはり、逆鱗なのだろう。
……これ以上は、何を言っても無駄だな。
『分かった。気をつけろよ? 向こうの第13生徒会は、強いぞ』
『分かってるわよ……そっちも分かってると思うけど、理事長室には近づかないようにね。パピヨン』
天衣との通信を切って、ため息をつく。
天衣は、あれを『おかあさん』と呼ぶ。目の前で、九頭竜の首と合体し、怪物と化したそれを。
あの化物には兵器として運用するにはいくつもの欠陥があるが、その中でも特にひどいのが『天衣の命令すら最低限しか聞かないこと』と『味方の範囲が酷く狭い』ことだ。
天衣があれに命じられるのは
そのうえであれは
あのすさまじいまでの威力を誇る全体攻撃の数々に、平気でこちらも巻き込んで来るのだ。
見るものすべてを敵とみなすよりはよほどましなんだろうが、この1年で何度も天衣とルールーだけを絶望的な死地に送り込む原因になっていたのは間違いない。
無論、天衣とあの化物にしか勝利を為しえなかった戦場はいくつもあったし、それを為し遂げるたびに天衣は
勝つためならば大概のことを投げ捨てて狂ったように研究を重ね、
勝つために手段を択ばぬ
それが、畏怖と熱狂を持って求められ、聖華学園の英雄と称えられた『九頭竜一族最後にして最強の一人』だった。
カズキの父親、九頭竜八一は、史上最年少で竜王戦を制して、名人と並ぶ最強の棋士の証を手にした、最強の棋士の一人だったという。
将棋にすべてをささげ、将棋に勝つためだけに生きてきたというその九頭竜八一は、世界が壊れた日、名人との初めての竜王防衛戦が差し迫った時期にたまたま仕事で東京に一人で来ていたらしい。
そして、滅ぶ世界で避難民として保護されて聖華学園にきた日……プロ棋士ただ一人の生存者になった日に将棋を捨てた。
『もう、誰も俺から竜王を奪えないから』
そういって、将棋に使っていた頭と時間を、悪魔殺しに使うようになった。
覚醒できぬ愚者のまま、異能を使える異能者からそのスキルの内容を聞き出し、研究を重ね、数々の悪魔殺しの
九頭竜
九頭竜撃退戦で教師の8割と当時の生徒会の半数を失ったとはいえ、それでも理事長はご満悦だった、らしい。首一つとはいえ九頭竜を撃退できたなら安い代償だと。
そして、九頭竜を撃退してから、学園では結婚と出産が奨励された。
産めよ増やせよ野に満ちよ。
そうしてオレの両親も含めて次々と学生たちは夫と妻となり、父と母になっていった。
誰も彼も親友や恋人を九頭竜撃退戦で失って、一人でいるのがたまらなく怖かったから、そう両親は言っていた。
その狂乱と言ってもいい婚活ブームであい先生が目を付けたのが九頭竜先生だった。
と言っても結ばれるのは結構大変だったと聞く、九頭竜先生はおっぱいがデカい人と銀髪が好きだったらしいから。
『もう日本の法律なんて関係ないんですから、お酒くらいいいじゃないですか。わたしみたいなちんちくりんでよかったら、お酌しますから』
といってしこたま飲まされた翌日に朝起きたら隣に全裸で処女を散らしたあい先生(おっぱい小さくて黒髪)が寝ていたときと、
ちゃんとゴムつけてたのに半年後には陽性の妊娠検査薬を笑顔で見せられた時は、流石の九頭竜先生も首でも括ろうかと思ったらしい。
……理由は『プロ棋士が幼女淫行に走って孕ませる
そうして生まれた最初の子が九頭竜カズキ。人間だった頃は病弱で、何かと浮くことが多かったオレの親友だった。
天衣が生まれてすぐ、カズキに相談があると呼ばれたときのことは、今でも覚えている。
「確か今度生まれた子、お前が名付け親になることになったんだったか?」
なんでも、6番目の子の名前を、当時小学校低学年だったカズキが考えることになったらしい。
そして辞書を調べていい感じの名前が出来たんだが、お前の評価も聞きたいと、相談されたのだ。
「うん。本当は親父がつけるはずだったんだけどさ。
『この子は将来絶対将棋が強くなる!』とか言ってつけようとした
最強の女流棋士の名前の『銀子』がさ、親父が昔一緒に暮らしてて、
しかも好きだった女の子の名前だってバレてお袋がマジギレしたんだよね……
で、代わりに俺がつけることになった」
「お、おう……」
経緯は思った以上にひどかったが。
「それで色々考えてこの名前にしたんだ」
そういってさらさらとメモ用紙にその名前と振り仮名を書く。
「
「まあ、それはそうなんだけど」
俺の疑問に対して苦笑し、カズキはさらに続けて文字を書いて、四字熟語にした。
「天衣無縫。天女の衣みたいに自然で、自由で、何物にもしばられないって意味らしい。
こんな世界だけど、あの子くらいは『九頭竜一族』なんて忘れて自由に生きてほしいんだ……もう6人目だし、戦うのは俺とか、もも子でいいかなって」
「お前が言うのか総領息子……『九頭竜一族』と言えば『九頭竜王』と『九頭竜殺し』が始祖になった聖華学園の誇る最強の一族って触れ込みだろう?」
最高の頭脳を持つ『竜王Lv0』であり一族をまとめあげる『九頭竜王』
最強の戦力であり、見事に九頭竜
その優れた
父親以外は全員が覚醒を果たしている未来の聖華学園を背負う王の一族。生まれたばかりの一番下の子……天衣ももう、異能に目覚めつつあると聞いている。
「……初めてだったんだよ。親父が自分の子供に『将棋が強くなる』って言ったの。
だからきっと、ものすごい将棋の才能があると思う。オレたち、戦いは出来ても将棋はさっぱりだから」
お袋も才能はあったらしいんだけどね。そう言いつつ、カズキは深刻な顔をして続ける。
「……もしかしたら親父、そんなに長くないかもしれない。将棋に人生を捧げて、将棋を捨てた人が、将棋を思い出した。
それってつまり『人生が終わりかけで過去を振り返りだした』ってことだろ」
ま、多分気のせいだけどね。そう言って歳の割に大人びた親友は笑って不安を打ち消した。
2年後に、九頭竜八一は若くして発症したガンで死んだ。発症から数週間だった。
オカルト治療ができない愚者であり、流石にがん治療は専門外な医者しかいなかった学園では助けられなかった。
……もしあそこで、九頭竜八一を失っていなかったならば、ティンダロス相手にもここまで無様を晒さずに済んだのではないかと、今でも思う。
「思えばもう、10年経つのか……」
天衣は、10歳になった。まだ10歳なのに、学園最強の姫宮様だ。
……皮肉なものだ。九頭竜から自由になってほしいと願われ名付けられた天衣が一番、九頭竜に囚われ、九頭竜一族を体現しているのだから。
「あとは、あいつ等次第か……」
この周回の第13生徒会。奴らはイロハを、承太郎を、スレッタを下した。九頭竜一族なんてまるで関係ない奴らだけで、だ。
「ここまで来たなら、やってみろ。アイツを倒して天衣を、九頭竜の呪いから救って見せろ」
それは、祈りだ。もしかしたら、ひょっとして、万が一くらいにはあの無敵の
*
「やあ、大変だったね」
「ちっす」
理事長室前の廊下で、私たちはボロボロの装備を纏った多仲君と合流した。
「あれ?相良はどうした?」
「あー、ちょっとオレがブッ殺した向こうの書記の人、治療のために外に運び出してるっすわ。もう仲魔も装備もボロボロでついて行っても足手まといだからって」
比企谷君の質問に、多仲君が答える。まあ、向こうもこちらと同等か数の差分だけ強かったと考えれば無理もないだろう。
「そっかあ……うん。確かにイロハちゃんの技量での砲撃を連射で食らったらそうもなるよねぇ」
一人の管使いとしての棗副会長と戦った時のことを思い出したんだろう。何とも言えない顔で花子君が遠い目をする。
棗副会長は、本当に強かった。
刀こそ所持していなかったが管から2体同時召喚した悪魔の指揮をこなしながら手にした拳銃の銃弾を超高速で入れ替え、
あらゆる属性や状態異常を試してくる上に、悪魔業界において伝説として語られる『前転』まがいの動きさえして見せた。
正直、私一人で挑んでいたら負けてたと思う。それくらいの強さだった。
「……で、行くんですか?俺は正直『会長は普通にわたしより強いですよ?』とかイロハ先輩に言われる人と戦いたくないんすけど」
「……行くしかないだろう。試合を終わらせるためにも」
気が進まないという表情を隠そうともしない比企谷君に、私もため息と共に答える。
殺されることはないだろうし、やるしかないだろう。
『流石に会長の手札教える不義理はできませんので、一言だけ。ヤバいと思ったら速攻降参するのをお勧めします……死体が
棗副会長のとてつもなく不吉な助言に一抹の不安を覚えながら、私は理事長室というプレートが付いた扉をくぐった。
「ようこそいらっしゃいました。皆様、お待ちしておりました」
椅子も机も窓すらない昔の3Dダンジョンゲームのごときシンプルな部屋の中央で、彼女らは待っていた。
一人はすでに挨拶をかわし、知己となったルールー君。そして……
「君がアイ君、だね?」
「へぇ。織莉子ママ、ちゃんと気づいてたのね。私の、正体に」
喪服のような漆黒の制服を着た幼い少女……第13生徒会会長のアイ君は、私の言葉に不敵に笑い返す。
「一応聞くが、まだやるかい?君たちの要求は受け入れよう。
君たちの強さは、とてもよく理解できた。
流石に姫宮を名乗ってもらうのは困るが、君たちを今の周回で第13生徒会と認めても、誰も文句を言わないだろう。それだけの強さがある」
無理であろうことは分かっていた。アイ君は黎明の祈り手で何度も見てきた目と同じ目をしている。
どこまでも誰よりも強くあろうとする修羅の目と、必ず殺してやるつもりの敵がいると言う漂流してきた復讐者の目だ。
それが両方宿っている子が止まるはずが、ない。
「やるわ。貴方達はとても強い……倒せば
案の定拒否され、そのまま戦いの号砲を鳴らすように、天にデビライザーを掲げ、引き金を引く。
現れたのは、いうなれば巨大ロボ。
どこかルールー君を思わせる姿をした、部屋にあわせたのか身の丈3mほどの鋼の巨人だった。
「ルールーロボ!? HUGプリ17話でキュアエールを倒すためにクライアス社に記憶を消されたルールーが乗ってたルールーロボだと!?」
多仲君が叫ぶ。ああうん。知ってたよ。
イロハ君によれば、ルールー君の製作者の片割れ、君らしいもんね。
少しだけ、そうほんの少しだけついていけない世界を感じながら、私はルールー君を見る。
ルールー君は戦場のただなかにあり、華麗に待っていた。
そして、悪魔が現れる。
「
こともなげにルールー君が口にした言葉に私は身震いし、叫ぶ!
「比企谷君!アナライズを今すぐやめろ!あれは【知ってはならない存在】だ!」
私の怒声にびくりと身体を震わせた比企谷君は慌ててアナライズを止める。
危なかった。もし実行していたら、最悪COMPが破壊されていただろう。
ボ卿たちの間でwikiにはまだほとんど載せていない『未確認情報』として出回っている噂がある。
この世には『セプテントリオン以外』にもアナライズ・トラップを発動させる悪魔がいるらしい。
法則は、不明。他の神話に出てくる悪魔もいれば、どの神話大系にも出てこない、誰も聞いたことのない悪魔もいる。
強いて言うならば、精神世界に近い魔界の奥底や先の九頭竜戦や白魔女救出大規模オフ会、京都討滅戦など、極めて大規模な戦いで発見されることが多い、謎の悪魔。
『不思議の国のアリスと鏡の国のアリスに関わる名前を持つ悪魔』が危険であることが分かっているほかはほんの数体だけ判明していて、
アナライズ・トラップが発動して初めて分かることからボ卿たちの間で【知ってはならない存在】と名付けられたそれら。
クトゥルー、またはクトゥルフ、またはク・リトル・リトルは、その中で判明している数少ない一体……
Lv120という規格外の超高レベルであった大悪魔であり、出現した瞬間に空港を破壊し、無数の人間を発狂に追い込んだという【九頭竜】の別称である。
大気を震わせながら、それが地面から生えるように姿を見せた。
上半身は長い黒髪で、全裸の少女。いっそ美しいと思う白い肌には、己が異形であることを示すように、六本の腕が生えている。
下半身は、鱗に覆われた蛇……否、龍のそれだ。上半身をはるかに超える長さでとぐろを巻いている。
私の知る九頭竜とは似ても似つかぬ造形の悪魔であり、危険すぎてアナライズは出来ないが、間違いないことが一つ。
この悪魔、恐ろしいほどの高レベルだ。私よりはるか高みにいるアイ君よりも間違いなく上の。
コォォォォォ……コォォォォォ……
深い呼吸をしながら、ゆっくりと目を開き、こちらを捕らえる。
敵悪魔は種族不明:クトゥルフ
蛇のごとき縦割れの瞳孔が私たちを敵と認識した瞬間から、戦いは始まった。
*
最初に動いたのは、クトゥルフだった。
音のない、強烈な絶叫。衝撃ではなく振動でもってすべてを破壊する万能の【山津波】が私たちを襲う。
「ぐっ……うおらぁぁぁぁ!」
全身にずんと来る振動に耐えながら多仲君が素早く飛び出し、
雲鷹の域に達した、万能の刃。その一撃。
「
それが空を切ったことで数ある相性の中でも特に危険な相性持ちであることが判明する。
「気をつけろ!恐らく耐性は【魔法喰い】だ!」
「ご名答」
その流れに合わせるように、アイ君が魔法を使用する。
「まずはラクカジャ」
アイ君の初手はラクカジャ。地味ながら手堅い。
魔法喰いは万能を含めたあらゆる魔法を吸収するが、それ故か物理に弱いという特性を持つ。
その弱点を突かれたくないということだろう。
「……こちらも体制を立て直すぞ!」
補助もなしで攻撃も防御も共に危険であると判断した私たちは、回復と強化、弱体を駆使して体制を整える。
「ラスタキャンディです」
「デ・カジャ」
そして向こうの行動もまた、お手本のような強化の流れだ。
ルールー君がラスタキャンディで弱体を上書きして、ルールーロボがデカジャでこっちの強化を消す。
相手の耐性やスキルをある程度見抜くまでは無理に攻撃に回らない。
悪魔召喚士の鉄則どおりである。
(なるほど、戦いなれている……だが)
予想より良い流れかもしれないと、内心安堵する。
一連の流れでクトゥルフは1度しか動かなかった。
(恐らくだが……クトゥルフは獣の眼光も竜の眼光もない!)
この手の強力な悪魔は眼光持ちと呼ばれる高速行動をしてくるものが多い。それがないことが知れたことが収穫だった。
相手の要は、クトゥルフとアイ君だ。
だが、アイ君はそれを守るように立つルールーロボがどうしても邪魔になる。
(となるとまずは、クトゥルフをなんとかすべきか)
明らかに補助や回復の重要性を熟知しているだろうルールー君も何とかしたいところだが、あの圧倒的火力を何とかしなければ、こちらが崩れるほうが恐らく早い。
「よ、っと!消させてもらう」
「耐性、確定させないとねってうわ!?」「コウ!」
先ほどのラスタキャンディの余波で上がっているクトゥルフの能力上昇を比企谷君がデカジャで下げて、花子君が手にした包丁で攻撃する。
その攻撃に対して、クトゥルフが【猛反撃】をしてきて花子君にダメージを与えた……うかつに物理攻撃を加えればこうなるという見本である。
だが、その包丁の一撃は確かにクトゥルフの肉を大きくえぐった。
予想通りの物理弱点耐性!
お返しとばかりに帰って来た再びの【山津波】の絶叫
……もしかしてだが、クトゥルフは行動パターンが限られている?
「多仲君!」
「……っスー」
突破口が、見えた。
私の指示より先に、多仲君は暗刃の構えのまま、精神統一を行う。
一手を捨てることで次の渾身の一撃に備える【チャージ】の構え。
(次で、勝負だ!)
私の思いは、他のみんなにも伝わったのだろう。
それぞれが回復しつつもタルカジャやアイテムなどで攻撃力を増加させる。
「くっ!?ラクカジャ!」
「メディアラハン」
「デ・クンダ」
こちらの意図を正確に読み取ったらしい彼らが防御と回復に専念する。
「コウ、コウ、コウ……」
クトゥルフも空気で感じ取ったのか、警戒する素振りを見せる。
(テトラカーンを使われたら、中止する!だが!)
多仲君の方が、早い!
「忍手、暗刃!」
弾丸よりもなお早く、多仲君が飛び出し、クトゥルフにまっすぐと突っ込んでいく。
「ぶっ……殺す!」
全力を乗せた、最高の一撃。その速度はクトゥルフの反応速度をも超え……
「コウ、コウ、コウ、コウコウコウコウコウコウコウコウ……コウ!」
クトゥルフが、ニヤリと、嗤ったように見えた。
「ぐ、がぁぁ!?」
多仲君が吹っ飛んだ……本来なら致死となるほどのダメージを【食いしばり】ながら。
一体何が起こったのか……そう思っているところに、ルールー君が朗々と声を上げる。
「かつてこの世界には、釣りなる遊びがあったそうでございます」
「その釣りなる遊び、まず
「彼女が行っているのはただそれだけ。渾身の物理攻撃。テトラカーンで物理攻撃が反射。そして事故死。いつもどこでもよく聞く話にございます」
「ただまあ少し違うとしたら、使うタイミング。ただそれだけでしょうね」
「相手をよく見て、攻撃の流れを読み、起こりを見切って、もはや止められぬその一瞬を完全に見抜いた上で、テトラカーン」
そこで初めて言葉が途切れ、一つ息を吸う。
「それが九頭竜
「これまでおよそ300ほどの
流れるような口上に聞き入った私たちを叱責するように、ルールーが叫ぶ。
「そしてこれは将棋界に伝わっていたという盤外戦術、口上述べて流れを乱す
「わたしさ、あんまりそういうノリ好きじゃないんだけど……天の使い、汝、そのまま硫黄の火となり敵を滅ぼせ……CALL、パワー!」
などと言いつつ、中二病っぽい文言と共に、会長がもう一つのデビライザーを抜いた。
古ぼけて、血まみれの、壊れかけたデビライザー。そこから撃ちだされたのは、羽の生えた鎧兜の
「九頭竜
撃ちだされた瞬間、絶叫と共に
「クソがぁ……まだ倒れっかよお……」
その後には、大ダメージを受けた私たちと、【不屈の闘志】で持って立ち上がった、
ククク……所詮奴は眼光もボス耐性もデカジャデクンダもないボス悪魔の面汚しよ……