Re:OOO -いつかの明日を求めて- 作:オタクヤミー
カウント・ザ・メダルズ!
現在、オーズの使えるメダルは……。
タカ×1
クワガタ×1
カマキリ×1
バッタ×1
トラ×1
チーター×1
ゴリラ×1
タコ×1
「そこまで分かっているなら話は早い。一日遅れだが、ある方からの誕生日祝いだ」
ライドベンダーから降りた後藤がおもむろに黒く細長いプレゼントボックスを手に取り、アンク達に向けて差し出す。
アンクの予想通り……もとい“かつて”通りならば、中身はメダジャリバーだろう。これから激化するであろう戦いには欠かせないものの一つだ、素直に受け取る以外の選択肢はない。
「誕生日? ……アンクの?」
「ンなわけあるか」
エイジの言葉をばっさりと切り捨て、半ばひったくるようにして箱を受け取……ろうとして、想像以上の重さに思わず取り落としかける。
「ぐ、ぉぉ……!?」
「うわぁ! だ、大丈夫、アンク!?」
慌ててエイジが箱を支えたことでそのまま落とすような情けない真似はせずに済んだが、そもそも重量に負けそうになった時点でアンクにとっては十分に情けなく、しかしそれを言うのはもっと羞恥の上塗りになる気がして押し黙る。箱を支えているエイジがどうしてアンクが苦しげな声を上げたのかが全くわからないという顔をしていること、そして後藤が思わずといった様子で眉間の皺を深くしたのもそれを加速させた。
念のために言っておくと、アンクのリアクションは決しておかしいものではない。
メダジャリバーは確かに生身でも持ち上げられなくはない重量をしているが、あくまでそれは適度に鍛えた人間であればという注釈が付く。元警察官でライドベンダー隊の隊長をこなしていた後藤や、世界中を旅して時には戦地で荒事に巻き込まれもした映司、そしてごく一部の例外として類まれな怪力の持ち主である比奈なら兎も角、特に鍛えたりもしていない、ましてや今は戦闘直後で疲弊しているアンクのような人間が予備動作もなく扱えるようには出来ていないのだ。
だが、そんなことをアンクは知らないし、知っていたとしても自分だけがまともに扱えないという時点でプライドがいたく傷つけられることに変わりはない。結果として、アンクは無言でエイジに箱を押し付け、蓋を開けるだけの係に甘んじることとなった。
不機嫌に顔を歪めつつ蓋を取り払えば、そこには一振りの剣と数枚のセルメダルがいかにもプレゼントらしくペーパークッションの上に鎮座していた。
アンクの知るそのままのメダジャリバー、それを変身していないために持つことができず眺めるだけに留めていれば、しびれを切らした後藤が少し顔を歪めつつ持ち上げ、アンクに見せつけるようにセルメダルをセットしていく。
「その力──オーズのために開発された剣だ。メダルをセットすれば更に強力になる」
そう言ってオーズドライバーを指差した後藤に従うように、疲労を押し、まだエイジに返していなかったコアメダルをベルトに再び填めてオースキャナーを滑らせる。そしてタトバコンボへの変身が完了すると同時にメダジャリバーを右手で持ち上げれば、今度はあっさりと箱を離れてアンクの手に収まった。
「ふん、まあまあだな」
かつてのアンクは見ているだけだったが、成程、オーズのために開発されたというだけのことはある。変身した状態で握ればなかなか手に馴染み、先程のように重さに振り回されるなんてことは全くない。それに威力の方は“かつて”で折り紙付き、悪くないプレゼントだ。
……どうせ自分達が倒したヤミーから出たものを横からかっさらっていったであろうセルメダルをいかにも自分達の物だと言わんばかりに寄越してきたのには腹が立つが、今ここでそれを指摘して面倒ごとを引き起こすつもりはない。セルメダル数枚よりも圧倒的に価値があるメダジャリバーを寄越したことに免じて目を瞑ることにした。
「それから、移動にはあそこにある自動販売機を使え。メダルを入れればこれと同じバイクになる」
「バイク? って、えっと……ああ、この乗り物か。でもなんで?」
「……お前達が取り逃したもう一体のヤミーを追うのに必要だろう。場所はこいつが案内してくれる」
ライドベンダーの存在に首を傾げたエイジに後藤がため息交じりにそう言い、あらかじめヤミーの居場所を調べさせていたらしい、タイミング良く飛んできたタカカンドロイドの存在を示す。
それを見たことで、ようやくエイジも目の前の男が昨日自分を手助けした存在だと気付いたのだろう。驚愕に目を見開いてタカカンドロイドを指差し、後藤との間で視線を行き来させる。
「え、じゃあ、昨日俺をアンクの所に案内してくれたのも?」
「そういう命令だったからな。……早くヤミーの所に行け、手遅れになるぞ」
その言葉に状況を思い出したのか、エイジが一瞬で険しい表情を浮かべる。
「アンク」
「ああ、行くぞ」
後藤が示した自動販売機にセルメダルを投入して黒いボタンを押せばたちまち変形を始め、後藤が乗ってきたバイクと全く同じものが現れた。
状況が状況なだけあって騒ぐことはないものの目を白黒させるエイジを尻目に、メダジャリバーをライドベンダーに隠し──そのまま持ち歩けば銃刀法違反で逮捕待ったなしだ──座席に跨がる。そして横で眺めていたエイジに備え付けのヘルメットを投げ渡せば、エイジはしげしげと眺めた後、被らずに小脇に抱えてしまう。
「おい。何してんだ、早くしろ」
「え、いや、俺は普通に走ってけばいいだろ?」
「……普通の人間はバイクと並走なんて出来ないんだよ。余計な騒ぎを起こしたせいでさっきのグリードが戻ってきたらどうすんだ。分かったらさっさとそれ被って俺の後ろに乗れ、んで腕は俺の胴体に回せ。急げ!」
「わ、わかった!」
おっかなびっくりといった様子でヘルメットを被って言われた通りの姿勢で後ろに座ったエイジの腕を掴み、万が一にも吹き飛ばされないように腕に力を込めさせる。
それを待っていたかのように近くに滞空していたタカカンドロイドが鳴き声を上げ、アンク達を案内するようにヤミーを目指して飛び去っていき、アンクもそれを追ってすぐさまバイクを走らせた。
「ぅおぁぁ~……!?」
初めての感覚に襲われたエイジが素っ頓狂な声を上げ、それが段々とその場から遠ざかっていく。それを見送った後藤は乗ってきたライドベンダーを自動販売機の形に戻し、新たにタカカンドロイドを出すと地面に転がったままのセルメダルを回収していく。
セルメダルを咥えたタカカンドロイド達が鴻上ファウンデーションに向かって飛んでいけば、そこに残ったのは後藤と変形したライドベンダー……そしてアンク達にすっかり忘れ去られた買い物袋。後藤はそれを見てしばし立ち止まると、長いため息を吐いてそれを拾い上げ、再びバイクに戻したライドベンダーでアンク達の後を追いかけた。
タカカンドロイドを追いかけること十分程度、ようやくバイクを止めたアンク達の目の前に飛び込んできたのは、苦悶の声を上げながらも歩き続けるヤミーの宿主の姿だった。
道行く人々に悲鳴を上げられ、あるいは写真を撮られ、そのどれにも反応することはない……できないまま、ただその欲望を満たすために歩を進める。しかし、その口から漏れだす声は行動とはまるで異なっていて。
「い、嫌だ……もう食べたくない! 誰か……誰か止めてくれぇ……」
そう言いながらも足は止まらない。最早宿主の思いなど関係ない、ヤミーはただ生み出された時の欲望を叶えるためだけに宿主を操り続けるのみ。
顔色はすっかり悪くなっているにも関わらず、その動きはまるで別物のように力に満ち溢れている。群がる野次馬を強引に吹き飛ばし、蜘蛛の子を散らすように去っていった彼らには見向きもせずに食べ物があるであろう方面へと足を進め、最後の抵抗だとばかりに言葉だけは己の意思のままに発するその姿に、エイジは思わずといった様子で目を伏せた。
「ひどい……こんなのって……こんなのが、あのグリードのやり方だっていうのか……?」
目の前の光景を引き起こしたのが同じグリードであるからこそショックが大きいのか、その声は暗く、そしてどこか危うさを孕んでいる。ただでさえグリード各個人に関する記憶が消えているのだ、アンクの見た限りの本人の性質を考えれば無理もない。
だが今は一刻を争う状況、そんな感傷に浸らせてやる余裕はない。アンクはエイジの左腕を掴んで引っ張ることで意識を自分に向けさせ、今やるべきことを思い出させる。
「考えるのは後にしろ、今はとにかくあの男を助けるのが先だ。作戦は最初のやつでいいんだな?」
「……わかってる。それなら……このメダルで行って!」
気持ちを切り替えるように頭を何度か振ったエイジは、しばし考え込んだ後に自分を掴んでいたアンクの手に一枚のメダルを押し付けた。反射的に受け取ったそのメダルの色は青、まだ使ったことのなかったタコメダルだ。
「こいつは?」
「その足ならヤミーの動きを止められると思う。あれだけ苦しんでるんだ、絶対に一回で決めるよ!」
「……はっ、その顔が出来るなら上出来だ!」
タコメダルの特性を思い出し、エイジの言わんとすることを理解したアンクに否やはない。唇の両端を釣り上げ、ドライバーからバッタメダルを引き抜き、タコメダルに変える。
タカ! トラ! タコ!
バッタレッグからタコレッグに変わったことで先程までの跳躍力と瞬発力は失われたが、この局面においては最早そんなものは必要ない。
そのままヤミーの宿主目掛けて走り出せば、少し前に交戦したことをヤミーも覚えていたのか、僅かな宿主の自我すら塗り潰して迎撃の姿勢を取った。
残念ながら……あるいはアンクにとっては好都合なことに、それは悪手だ。アンクの目的は足止め、わざわざ迎撃のためにその場で立ち止まるなど良いようにしてくれと言っているようなもの。アンクはそのまま跳び上がると男の背後に回り、数メートルほど宙に浮いた状態になった瞬間にタコレッグの青い外骨格を八本に展開させた。
四方八方から襲い来る軟性の高い外骨格、それに気付いて避けようとした時にはもう遅い。吸盤状の筋肉・オクタキャプチャーの吸着力を利用し、二本を地面への固定に使い、残る六本で男が身動きを取れなくなるようにその四肢や胴に絡みつけば、もがくことすらまともに出来ないままに拘束されてしまう。
「エイジ、今だ!」
言うや否やエイジが駆け出し、その左腕を引いて勢いを付ける。そして掌底突きのような動きで男の胸元に左腕を強く押し付けた瞬間、何かが砕けるような音と共に銀色の金属片、セルメダルだったものが男の中から飛び出して辺り一面に転がった。
「ガ、ァァァ……!」
自分を構成するメダルを砕かれるという耐え難い衝撃に襲われたことで、そして己自身であり、同時に宿主と結合するために必要でもあったセルメダルが失われたことで、寄生していたヤミーがついにその姿を露わにする。
宿主の胸元、丁度エイジの手が当てられた部分からずるりと上半身だけを出したヤミーの姿は、アンク達が姿を見失っていた間に欲望を満たし続けていたこともあってか、既に白ヤミーではなく進化したネコヤミーのもの。欲望の正体が食欲であることを反映したのかずんぐりとした体躯のそのヤミーを、すかさずエイジの腕が逃すまいと掴む。
「こん……のぉ!」
「ヴ、グ……⁉︎」
一際気合の入った声と共に、徐々にヤミーが宿主から引っ張り出されていく。そしてその勢いのままにエイジが体を捻り、その弾みで完全に宿主から分離させられたネコヤミーはハンマー投げよろしく離れた所に放り投げられ、地面に叩きつけられて苦しげな呻き声を上げた。
それを見届けたアンクは外骨格を宿主であった男から外し、慣れた二本足の形態に戻ったタコレッグでもって地面に着地する。そして二人は互いに頷き合うと、アンクはヤミーに、エイジは男に向けてそれぞれ駆け出した。
「ふっ! ……チッ、まともに効かないか」
まずは一発、オーズの拳をヤミーの胴体にお見舞いする。しかし、出来るだけ反発の少なそうな場所を狙いはしたものの、その分厚い脂肪に阻まれて大したダメージが入ったようには思えない。続けて繰り出したパンチもあっさりと弾き返されてしまった。
ネコヤミーの厄介さの大半は、そのでっぷりと張り出した腹部の柔らかさにある。これのせいで生半可な攻撃は通用しない訳だが、さて、どうするか。
この手の装甲によく見られる特徴として、斬るよりも殴る方が効くというものがある。つまり、トラクローを使ったり下手にメダジャリバーで斬りかかるよりはこのまま拳で殴った方が良いというわけだ。
他に打撃が行えるメダルと言えばゴリラメダルと今使っているタコメダルもそうだが……ネコヤミーはこの図体でありながら俊敏さも併せ持っており、ゴリバゴーンの鈍い動きでは隙を突かれる可能性が高い。ならばタコメダルはと言えば、これはこれで本領が別にあるために向いているとは言い難い。あの八本足は一撃ごとの威力はどうしても低くなるため、数で圧倒しようにもダメージが入らず無意味という事態になりかねないというのがアンクの予想だった。
となれば、やはり映司がやった時のようにチーターメダルを使うのがいいだろう。タコレッグが柔であるならばチーターレッグは剛といったところ。あの足ならば威力と素早さの両方を備えている、ネコヤミーのような相手にはうってつけだ。
難点があるとすれば決定打にはならないことだが、それは後藤から受け取ったばかりのメダジャリバーでカバーすればいい。エイジがある程度砕いたとはいえまだまだセルメダルが残っている、もとい万全の動きができる現状ではメダジャリバーを使えるだけの隙はないが、使うだけの隙さえあれば一撃で倒せるだけの性能があの剣にはあるはずだ。
ヤミーの動きを止めるためにあまり効いていない拳や蹴りを何度も繰り出し、ほんの僅かにできた隙を使ってエイジの方を振り返る。
「エイ────」
「アンク、これ使って!」
しかし、エイジの名前を呼ぼうとしたアンクの声は、そのエイジの声が聞こえたこと、そしてメダルを投げ渡してきたことで途切れることになる。
受け取ったメダルを確かめれば、それは今まさにエイジに渡させようとしていたチーターメダルで、アンクは思わず動きを止めてしまう。ここぞとばかりに突進してきたネコヤミーから慌てて距離を取ってエイジに目を向ければ、再び寄生されるのを防ぐためか男を庇うように立っていたエイジがその左腕から冷気を発しながら再び声を上げた。
「早く! もうあんまり時間を稼げないんだ!」
その言葉が示す通り、昨日に比べて冷気の勢いがどこか弱いように見える。かろうじてネコヤミーの足元を凍り付かせることは出来ているが、ネコヤミー自身ががむしゃらに動いていることもあり、そう長く動きを止めることはできなさそうだ。
思えば、今日に入ってからは一度もセルメダルを補充出来ていない。その状態で連戦が続いたのだ、エイジの消耗はかなりのものなのだろう。先程のキリギリスヤミーのセルメダルを回収し損ねたのを悔やみつつ、アンクはすぐにタコメダルをチーターメダルと入れ替えてスキャンした。
タカ! トラ! チーター!
チーターレッグになるのと同時に、氷を砕いたネコヤミーがアンク目掛けて突進する。それを回避しようと足に力を込めた瞬間、想像以上のスピードでもって足が勝手に走り出した。
「うおっ!?」
蒸気を上げて猛スピードで回転を始めた足に上半身が反応しきれず、その勢いのままに妙な姿勢で転倒してしまう。
映司はすぐに使いこなしていたはずの足に振り回されてしまったのが恥ずかしいやら情けないやら。アンクは思わず状況を忘れ、マスク越しに顔を手で覆って呻き声を上げた。
「ちょっ、何してるんだよ!」
「うるさい、スピードに慣れてなかっただけだ!」
とはいえ、そんなアンクの心境をエイジやヤミーが考慮してくれるはずもない。再び突進してきたネコヤミーを転がるように避け、エイジに大声で言い訳まじりの返答をしつつ立ち上がったアンクは、今度こそその足を上手く使うために意識を集中する。
慎重に、それでいて素早く。まだ細かいコントロールが出来るとは思えない、なら一直線に走るのみ。クラウチングスタートのような姿勢を取ったアンクは、そのまま半ば足に引っ張られるようにこちらへ振り向いたネコヤミーへと駆けると、腕でその体にしがみついた上で蹴りをお見舞いする。
「はぁぁぁぁぁぁ──らぁっ!」
ぶよぶよと攻撃を弾き返す腹を、ならば効くまで叩けばいいとばかりに蹴り続ければ、やがて大量のセルメダルが蹴った先から転がり落ちていく。それを一体どれほど繰り返したのか、流石に足に疲れを覚えたアンクが一際強い蹴りと共にヤミーから腕を放せば、ヤミーはよろよろと後ずさって片膝をついた。
「エイジ、今だ!」
「え?」
「さっきの剣だ、早く寄越せ!」
比較的ライドベンダーの近くにいたエイジに催促をすれば、一拍置いてアンクが言ったのがメダジャリバーのことだと気付いたエイジがライドベンダーからメダジャリバーを引っ張り出す。
そして。
「これだよな? ……せいやっ!」
「バッ……!?」
あろうことか、アンクがいる方向めがけて槍投げのようにぶん投げた。
見事なほどに綺麗なフォームで投げられたメダジャリバーは、生命の危機を感じて固まったアンクのすぐ目の前を通りすぎ──今にも起き上がらんとしていたネコヤミーの腹部を貫き、そのまま地面に突き刺さってその体を縫い止める。
いくらアンクがセルメダルを削っていたとはいえ、あれだけ苦戦した守りを易々と突破した事実に唖然とする。次いで、もしもこの一撃が自分に当たっていたらという思考が頭を過り、知らずアンクの背筋を冷や汗が伝った。
「おま、そんな危ねぇ渡し方があるか!」
「アンクが渡せって言ったんだろ!?」
「もっと他に方法があっただろって意味だ馬鹿! 俺に当たったらどうすんだ! 死ぬぞ! 俺が!」
「だから当たらない様に投げたって!」
「わかるかぁ──!!」
アンクは渾身の叫びを発し、荒々しい手つきでメダジャリバーを地面から、もといネコヤミーから引き抜く。深々と突き刺さったせいでネコヤミーを足蹴にしなければ抜けなかったのにますますぞっとする羽目になったのは仕方がない事だと信じたい。
そしてアンクに足蹴にされたネコヤミーはというと、最早まともに受け身を取ることもできずにそのまま地面に転がってしまった。元々セルメダルがかなり削られていた所に追い討ちのようにメダジャリバーが突き刺さったのだ、当然と言えば当然のこと。それだけの隙があれば十分だとアンクはメダジャリバーを構え、オースキャナーで既に後藤によってセットされていたセルメダルをスキャンする。
スキャニングチャージ!
「ハァァァァ────!」
スキャンしたと同時に膨大なエネルギーが溢れ出し、青白い光となってメダジャリバーの刀身を包み込む。万が一にもエイジや男を巻き込まないように彼らに背を向け、アンクはその腕を大きく振るってネコヤミーを薙いだ。
瞬間、ネコヤミーはメダジャリバーが斬った軌道に沿い、空間ごと斜めにその体を斬られ、その上半身と下半身がずれる。しかし瞬きの後には斬られたはずの風景は元通りの姿を取り戻し、ただヤミーだけが斬撃の果てに爆散した。
今までのヤミーとは比べ物にならないほどのセルメダルが爆炎と共に飛び散るのを確認して振り抜いたメダジャリバーを下ろし、変身を解除しようとしたところで先程のカザリの襲撃を思い出す。
水平に戻そうとオースレイターに添えた手をそのままに周囲の気配を探ったが、特に妙な動きがあったりはしない。男は相変わらず倒れたままだし、エイジは飛び散ったセルメダルの内のいくつかをその左腕で吸収しているのが見える。強いて言うのであれば付近から後藤あたりが見ていたりはするだろうが、少なくともアンク達に襲いかかるような何者かがいる気配は無かった。もしかしたらカザリあたりが再度襲ってくる可能性もあるかと考えたが、流石に取り越し苦労だったようだ。
どこからかやってきたタカカンドロイドがセルメダルを回収しては飛び去っていくのを横目に見つつ、今度こそ変身を解除してエイジの元へ歩いていけば、ちょうど倒れていた男が目を覚ましたところだった。
「あ、俺……?」
「良かった……もう大丈夫ですよ。さっきまでのは、ヤ……えっと、悪い奴に操られてただけですから」
左腕を擬態させたエイジに助け起こされた男は、夢と現の間を彷徨うようにぼんやりした目をしてこそいるものの、今すぐ命の危険に晒されるようなことは無さそうに見えた。この分なら入院さえすればさほど後遺症も無く日常に戻れるだろう。暴飲暴食したせいで生活習慣病になる可能性はそれなりにあるが、そんなものは普段の生活からしてそうだと欲望やら体型やらから見て取れるし、いくら何でもアンクの管轄外だ。
とりあえず救急車くらいは呼んでやろうとスマートフォンを取り出したところに、その救急車、ついでにパトカーのサイレンが聞こえてくる。どうやら誰か……恐らくは先程逃げ出した野次馬あたりが呼んだらしい。手間が省けるのはありがたいとアンクはスマートフォンをしまい、男を介抱しているエイジの腕を掴んで立たせた。
「え、何?」
「行くぞ、もうすぐ警察が来る。色々聞かれたらまずい」
「警察って……それにこの人は?」
「説明は後でしてやる、早くしろ」
「でも」
そういえばその辺りの説明はしていなかったが、今からしようにも時間がない。とにかく今は走ろうとして、しかしすぐ近くまで迫ってきたサイレンの音にアンクはその考えを改めた。
このまま去ろうにもエイジが抵抗しかねない上、逃げている姿を見られたらそれはそれで厄介だ。後ろ暗いことがあると思われて色々と聞かれるなんてことになったら面倒極まりない。それに、男がアンクやエイジ、というよりはオーズについて言及したりすれば今後どうするかも変わってきてしまう。止めることは出来ずとも、せめて言及するかどうかの確認くらいはしなければ。
ならばとエイジを無理矢理に引っ張ってその場から離れ、去ったフリをして近くの茂みに身を隠す。これなら警察やら何やらを実際に見てどんなものかを知ることができるだろうし、あの男がどうなったかもわかる、エイジとしても文句はないはずだ。
「俺が良いって言うまでは静かにしてろ、いいな」
そう言ったのを最後に黙り込んだアンクに倣い、エイジは頷くだけに留めて茂みの隙間から男の様子を窺う。
未だに何が起きたのかを把握できていないのだろう、男は駆け付けた警察や救急隊員の問いかけにほとんど答えられずに困惑した様子を見せている。そしてそれは通報を受けた側も同じで、状況がいまいち把握できないこともあり、ひとまずまともに動けない男を病院に運ぶということで話が纏まったようだった。
男が担架に乗せられ、警察が付近の男の、というよりはヤミーの被害に遭った店舗へと話を聞きにこの場を立ち去る。男がアンク達に言及しなかったこともあり、二人の存在には気付かれていない。懸念だったことの確認も終わったことだ、再び警察が戻ってくる前に立ち去ることにする。
アンクは出来るだけ音を立てないように足を後ろに動かし、エイジに手で移動を促そうとして。
「ところで、どうせ入院するなら病院食がうまい所がいいんですけど!」
男が発した緊張感の欠片もない言葉に、思わずその場でずっこけた。
そういえば、確かにこういう男だった気がする。何十年と昔の記憶なせいですっかり忘れていたその人間の呆れたまでの欲望への弱さに脱力してしまう。
何というか、ヤミー二体のみならずグリード二人とやりあってまで助けた結果がこれというのはどうなのか。別に頼まれた訳ではないとはいえ、こうも学習していないのを見せられると骨を折った側としては複雑な気持ちにならざるを得ない。
「俺はあんな馬鹿のために戦ったのか……」
「ま、まあ、そういうこともあるって……あの人だってたくさん食べたいとは言ってないしさ」
エイジですら苦笑いをして無理のあるフォローを入れるだけなあたり、あの男の馬鹿さ加減がよく分かる。
とはいえ、そんな風に呆れることが出来るのもあの男が生きていたからこそだ。そう考えれば、決してアンクのしたことは無駄では無かったのだろう。多分、恐らく、きっと。
……どちらかというと、気になるのは。
「お前は何も思わないのか?」
「何が?」
エイジにそう尋ねても、特に思うところはないのか、ただ純粋に疑問を抱いた様子で聞き返されるのみ。
その様子からあの男に何らかの悪感情を抱いたりはしていないことは見て取れたが、念には念を入れてもう一歩踏み込んでみることにする。
「あの男、せっかく助けたのにあのザマだ。やる気が失せたりはしないのか?」
問うたそれは、映司ならばまずあり得ないことだ。しかしエイジというグリードならばどうか。
あのひったくり犯への反応を見るに、映司とは似ているようで異なる価値観の元に行動している可能性が高い。こんなことで人間を見限るとは思わないが、塵も積もればなんとやらと言うことだし、何かしら思う所があるのならば今の内にフォローを入れておかなければならないだろう。
「うーん……」
当のエイジはというと、アンクが尋ねて初めてそれを考えることになったのだろう、眉を寄せて考え込む。
首をひねり、傾げ、男が運ばれていった方を眺め、何秒ほど経ったのか。あまりはっきりとした答えは出なかったのだろう、エイジは若干申し訳なさそうに見える顔でおずおずと口を開いた。
「多分、そういうことはない、かな?」
「多分?」
「今のところはそういう気持ちはないっていうか……上手く言えないんだけどね。むしろ、ヤミーとかグリードなんかのせいで折角の好きなことを嫌いになるよりずっと良いと思うよ、うん」
相変わらず甘いことだと、アンクはその答えに呆れた顔で応える。だが、まあ、
「はぁ……まあ、それなら良いけどな」
アンク自身もどんな感情から出てきたのか分からないため息をこぼし、今度こそ立ち上がる。茂みに入っていたせいでついた汚れを払い落とせば、もうアンクが何かしらの事件に巻き込まれたなんてことは誰にも分からないことだろう。
「あの男の無事はわかったんだ、もういいだろ。
促されるように立ち上がったエイジの汚れも落とし、クスクシエへの帰路を急ぐ。
予定していた時間よりもすっかり遅れてしまったせいで比奈には色々と小言を言われるかもしれないが、命の危険に晒されたせいだろうか、今は何となくそれが恋しかった。
何となく早足になりつつ戻って来た営業時間内のクスクシエは、どうしたことか、人の気配があまりしなかった。
今日は平日かつ時間もピークではないとはいえ、アンクの知る限りここまで人気がしないことはそうそう無かったはずだ。少々違和感を感じつつドアノブに手をかけようとしたところで、その玄関先に一つの袋がかけられていることに気付く。
「あん?」
わざわざドアノブにかけてあるあたり、誰かの忘れ物か、あるいはクスクシエ宛ての荷物か。訝しみながらも手に取れば、そこに入っていたのは見覚えのある品々だった。
一番上に入っていた数枚の衣服から始まり、歯ブラシ、タオル、パジャマ、花柄やら水玉柄やらの色とりどりのパンツ。間違えようもない、今日アンクとエイジが出掛けた理由そのものだ。そして、それが何故ここにあるのかと言えば。
「…………ああ、そういえば忘れてたな」
どのタイミングだったか、そう言えばいつの間にか持っていなかった気がする。あまりにも色々と起こりすぎたせいですっかり頭から抜け落ちていた。
恐らくではあるが、これを届けたのは後藤だろう。まだ皆無と言っても差支えのない関係性であるにも関わらずわざわざここまで届けたあたりに根の善良さがよく見えるというもの。お陰で買い物に行ったのに何も持っていないなんてことを比奈や知世子に指摘される羽目になるのを避けられたことだし、次に会ったら礼くらいは言ってやろうとアンクは頭の片隅に入れておくことにした。
そして荷物をドアノブから外し、今度こそドアを開く。……そして閉じる。
「どうしたんだよ、アンク」
「あー……」
奇行としか言えないそれを見たエイジが目を瞬くのを横目に見つつ、今日になって何度目になるだろうか、アンクは再び過去の記憶に思いを馳せる。
ヤミーの宿主になったあの男、そういえば、“かつて”においてはクスクシエにも来ていなかっただろうか。確か、アンクはそのタイミングでカンドロイドを使って男を店の外に誘導したはずだ。その一連の事件からアンクの存在を失くせばどうなるか、その答えがつまりは先程アンクの視界に入ったものというわけで。
意を決してもう一度、今度は大きく扉を開く。
果たして目の前に広がったのは、床やらテーブルやらに散乱した皿、食材、空き缶。明らかに食い散らかした後にしか見えないそれは、あの男がクスクシエで暴食の限りを尽くした証左に他ならない。
「ああ、アンクちゃん、エイジくん! ようやく帰ってきてくれたのね~!」
「え、アンク達帰ってきたんですか!?」
そう言って駆け寄ってきた知世子の顔は憔悴していて、アンクの予想を更に裏付けていく。奥から顔を出した比奈が、いつものような衣装ではなく、動きやすく汚れてもいいような服装をしているのも拍車をかけた。
「……念のために聞くが、何があったんだ?」
分かり切ったことではあるが、それをアンクが把握しているのもおかしな話なので一応聞いてみる。すると、待ってましたと言わんばかりに知世子ががっしりとアンクの肩を掴み、感情を発露させるように前後に揺らしだした。
「聞いてアンクちゃん! ちょっと前に物騒な大食い男が出てね、色んなお店で食べ物を無理矢理食い尽くしていったのよ! うちも襲われてこの有様、比奈ちゃんのお陰でなんとか外に追い出せはしたんだけど、キッチンの方まで滅茶苦茶にされちゃって……もう大赤字よ~!!」
口に出す内にその時の恐怖や悔しさが蘇ってきたのだろう、段々と腕の強さが増していくせいで揺さぶられているアンクの視界が回っていく。ただでさえ連戦で疲れ切っていたアンクの体に追い打ちをかけるかのような行為に、最早振り払うだけの元気も残っていないアンクはただただ己の不運を呪うしかない。
エイジは相変わらずハラハラと見守るだけだし、比奈は比奈で片付けのために再びキッチンの方へ戻っていってアンクを助ける様子はない。結局、アンクが解放されたのは知世子が一通りの愚痴を吐き終わってからだった。
「わかった……わかったから……とりあえずエイジに手伝わせれば少しは早く終わるだろ。俺も荷物を置いたら手を貸してやる」
「ほんと? 助かるわー! それじゃエイジくん、まずはあっちの床の方から……」
かろうじて胃の中のものを吐かずに済んだアンクはひとまずの生贄にエイジを差し出し、比奈に何かを言われる前に階段を駆け上がる。そして、少しでも手伝う時間が減るようにと、殊更にゆっくりと買い物の中身を片付けるため、まずは袋の中からエイジの新しい服を手に取り……違和感のある感触に、意図とは別のところで手を止める。
何故だろうか、猛烈に嫌な予感がする。先程ざっくりと中身を確認した時には気付かなかったが、まさか後藤が何か盗聴器の類でも隠していたのだろうか、いやそれにしては感触が程遠い。そんな風に思考を回転させつつ、その違和感の元を目の前に持ってきて。
今日買ったばかりの、まだ試着以外で一度もエイジに着せていない紫のシャツが、戦闘の余波か何かのせいで若干焦げてしまっているのを見てしまう。
「…………」
いや、まあ。分かってはいるのだ。
焦げているということは、何かしら爆発した時の余波ということであって。今回戦ったヤミーには、ましてやカザリやウヴァにも、そういった攻撃方法は無かったわけであって。つまりこの焦げつきはアンクが変身したオーズの攻撃によって生まれたものということであって。
つまり、直接的な原因をたどれば、こうなったのもアンクの自業自得ということにもなるのだが。
「………………べ」
だからといって納得できるかと言えば、当然ながら答えはノーだ。
そもそもヤミーやグリードがわざわざ今日襲い掛かってこなければ、オーズに変身する必要なんて無かったのだ。変身さえしなければ、せっかくアンクが金を出した物が無駄になることだって無かった。つまり、そんな事態を引き起こした側に100%責任があるに決まっていて──。
「弁償しやがれ、あの猫野郎に虫頭ァァァァァァァァァ!!」
──そしてアンクは本日二度目の咆哮を上げた。
・鷹野アンク
今のところエイジによって一番命の危機を感じているのではなかろうか。どうして。
まあヤミーとオーズの耐久なら総合的にはオーズの方が上なので……仮にメダジャリバーが当たったとしても貫通したりのグロ描写にはならなかったので……(震え)。
・エイジ
出、出〜! ステータス攻撃力全振奴〜〜〜!!!
あのプトティラのメダルの正規の持ち主(暫定)やぞ。しょうがないね。
・後藤
複雑な感情を抱いていても落とし物は届けてくれる。結局どう足掻いても善人なんだなぁ。