Re:OOO -いつかの明日を求めて- 作:オタクヤミー
信吾さんの口調がわからない……悲しみ……。
いくつかのセルメダルを拾ってはエイジに押し付け、その左腕が呑み込むのを見届ける。
表面上は平気そうだったが、やはりあれだけ力を使えば相応の消耗だったのだろう。いやいやながらも既に数十枚は取り込んでいるあたり、あれ以上戦闘が長引いていたらまずいことになっていたかもしれない。
「……これくらいかな。流石にこれ以上は取り込みたくない」
「ヤミーと戦う前と同じ程度にはなってるんだろうな?」
「なってる! なってるから!」
本気で拒否し始めたあたり、誤魔化している訳ではないのだろう。もっとも、今のアンクにはその印象が正しいかを判断する根拠などほとんどないので願望込みになってしまうのだが。
(……それにしても)
ひとまず心配はいらなくなったであろうエイジから視線を外し、アンクはぐるりと周囲を見渡して目を凝らす。
オトシブミヤミーが暴れていたせいもあってか周囲に人影はない……少なくとも、アンクの目に映る範囲では。なら、アンクが認識できない場所はどうだろうか。
アンクの撤退を手助けし、エイジをアンクの元へ導いたタカカンドロイド。間違いなくあれを使った者がどこかにいるはずだ。“かつて”と同じなのであれば後藤だろうが、それらしき人影は見当たらない。
アンクの記憶違いでさえ無ければ、オトシブミヤミーと戦った時に後藤と初めて出会い、メダジャリバーを受け取り、ライドベンダーやタコカンドロイドの存在を知ったはず。だが、今のところ後藤──というよりも、鴻上ファウンデーションからの接触はない。監視されているのは確かなのだから、鴻上ファウンデーションとしてはこちらに見つかってはならないということだろうか。それに、カマキリヤミーを倒した直後にタカカンドロイドがセルメダルの回収に来なかったのも引っかかる。
鴻上がオーズをわざわざ放置するとは思えない。厳密にはタカカンドロイドのサポートがあった時点で放置されているとは言えないかもしれないが、少なくともアンクの知る鴻上らしくないことは確かだ。
この一件で彼らのサポートの有用さを思い知った身としては早く接触しておきたいのだが──そこまで考えたところで、スマートフォンが通知を知らせ、アンクの思考は打ち切られた。
気が付けば、オトシブミヤミーと遭遇してからそれなりの時間が経過してしまっていた。比奈あたりから催促が来たのかと通知を確かめ、その表示が『知世子』であったことでエイジの今の状況を思い出す。
「……エイジ。お前、あそこ出てくる時に知世子に声かけたか?」
「かけてないよ、ヤミーの気配に気付いてすぐに出てきたから」
「………………」
せめて一声かけるくらいはしろと言いたかったが、そのお陰でヤミーが成長し切る前に倒せたことも事実だ。今回ばかりはエイジを責めるのは筋違いというものだろう。
幸いと言うべきか、知世子であれば比奈ほど説明が面倒にはならないはずだ。比奈とは違って。場合によってはこの後彼女への言い訳が必要になるかもしれないことに頭を痛めつつ、着信が切れる前にと通話ボタンをタップする。
『あ、アンクちゃん、ようやく出てくれたのね! 実は、さっき二階から戻ってきたらエイジくんがどこにもいなくて……!』
「だろうな。なにせ目の前にいる」
『そうなの!?』
「忘れ物を届けに来たらしくてな、そういうことならすぐに帰らせる。次にこういうことがあったらちゃんと声かけるようには言っておく」
『ううん、無事ならいいのよ。それじゃあ、エイジくんに気をつけて戻ってくるように伝えてちょうだいね』
「ああ」
別に嘘は言っていない。オーズドライバーなりコアメダルなりを事前に渡すように言わなかったアンクにも非はあるし、それを忘れ物と言うこともまあ出来るだろう、多分。
後はエイジと口裏を合わせておかなければ。律儀に通話中は黙っていた──もしかしたら、比奈との電話の時のことを覚えていたのかもしれない──エイジに向き合い、外したオーズドライバーとコアメダルをそれとなく握って話しかける。
「知世子にはお前が忘れ物を届けに来たって風に伝えてある。戻ったら話を合わせておけ」
「忘れ物?」
「
手にしたオーズドライバーとコアメダルを示せば、エイジは当然のようにそれに手を伸ばす。しかし、その手が触れる直前にアンクが手を引いたことで、エイジの手は空を切るだけに終わった。
「……なんのつもりだよ」
途端険しい表情になったエイジが、敵意にも似た視線をアンクに向ける。ぞわりと背筋を駆け抜ける寒気に反射的に震えそうになり、しかし気合でそれを抑え込んで手の中の物を強く握りしめた。
グリードとして、そしてまだ出会ったばかりの相手に対する反応としては確かに正しいのかもしれない。しかし、今回のような事態が今後も起こり得る以上はあっさりと渡すわけにはいかないのだ。
「このベルトとメダルは俺が預かる」
「駄目だ」
「そう言ってられるのも今の内だ。次に同じようなことがあってみろ、今回みたいに上手く合流できるとも限らないだろうが。ベルトが無くて戦えずにやられるなんてのはごめんだな」
「ならベルトは渡す。メダルは返せ」
「コレがないと変身できないのにか?」
────答えは、アンクのすぐ横を掠めた冷気でもって返された。
その能力と同じく凍てついた目がアンクを睨みつける。折角見つけたオーズの変身者であるはずのアンクであっても排除を辞さないとでも言わんばかりに──否、辞さないのだろう。それだけの強さの意思がエイジの瞳にはあった。
どうしてここまで渡すのを拒絶するのだろうか。いくらコアメダルとはいえ、今アンクの手元にあるものは全てエイジのものではないはず。もし仮にエイジのものだったとしても、あれだけメダルを取り込むことに嫌悪感を感じているエイジがこうまでするのは流石におかしい。
だが、今それを考えたところでどうしようもない。
ここでコアメダルを渡さなければ、少なくともエイジとの協力関係は無くなり、最悪アンクの命すら危うくなる。それでは本末転倒というものだ。
いざという時に変身できないのは痛いが、それで目先の危機を無駄に増やすのも馬鹿馬鹿しい。引き際を見誤らないのが鷹野アンクという男だった。
「……わかった、メダルは返す。これでいいな?」
オーズドライバーは反対の手に取り、コアメダルだけをエイジに向けて差し出す。エイジはそれを見るや否や乱暴な手つきでアンクの手からコアメダルを奪い取ると、タカメダルだけを左手に握り、残りを懐に仕舞った。
安心したような、憂うような表情で手の中のタカメダルを見つめるエイジからは、先程の突き刺すような空気がすっかり消え失せている。それを認識したところで、ようやくアンクはこわばらせていた身体からゆっくりと力を抜いた。……正直に言ってしまうと、生きた心地がしなかったのだ。
「…………俺はもう行く。お前もさっさとクスクシエに戻れ」
謝るのも何か違う、というよりも謝るのはどちらかというと攻撃してきたエイジなのだがそれを求めるわけにもいかず……仮に謝られたとしても素直に受け入れられるとは思えず、アンクはただそう吐き捨てて踵を返す。
しばらくして後ろから小さく、ごめん、と呟くような声がしたのは聞こえなかったフリをした。
ヤミーに遭遇するというトラブルこそあったものの、幸いにして面会時間が終わる前には病院に着くことができた。
比奈からのメールに書いてあったもの、それから暇つぶしになるかと信吾の部屋から持ち出した数冊の本を持って病室のドアをノックし、返事を待たずに開け放つ。偶々なのか何らかの事情があったのか信吾にあてがわれた個室には、当然と言うべきか信吾と比奈以外の姿はない。
ドアが開かれる音に反応してアンクの方を振り返った二人の姿は、最後に見た数ヵ月前とほとんど変わらない。勿論、良い意味でだ。心配の種だった信吾自身も特に問題なく動けているようだった。
「アンク!」
「アンク、ひさしぶり! 随分遅かったけど、何かあったの?」
「とりあえず静かにしろ、病院だろうが。あと俺の心配の前に信吾の心配しなくてどうすんだ」
「お兄ちゃんの心配ならもうずっとしてるし、後遺症もないってことだから大丈夫!」
「身体を数ヶ所ぶつけはしたけど、骨折とかは無いって。事情が事情だから数日様子を見るけど、何事もなければすぐに退院できるよ」
「ならいい」
いや、良くはないが。これに懲りたら一般人の身でありながらヤミーに挑むなどという蛮行をしないでもらいたいところである。
もっとも、それを言えばオーズやら何やらについて説明しなければならなくなるため、アンクとしては言うという選択肢はない。それはわざわざ必要もないのに危険なことに巻き込みたくないという気持ちからでもあり、説明が面倒という気持ちからでもあった。
「それで、頼んだものは?」
「こっちだ。これは暇つぶしにでも使え」
「ありがとう」
隠し持っている(つもりの)スマートフォンなりを持って来れば信吾としてはもっと良かったのかもしれないが、比奈に見られれば大目玉では済まされないのが目に見えている。“かつて”はその趣味から隠し持っていたスマートフォンのお陰で色々と情報を探ったりできた恩もあったため、それくらいの気は回していた。
それを信吾が笑顔で受け取り、しかしその表情がアンクを見てだんだんと曇っていく。
「ごめんな、帰ってきて早々にこんなことになって」
「どうせクスクシエに顔出すくらいしかやることなんざ無かったからな。……それで、そもそもどうして入院なんてことになった?」
「それが……」
信吾がどれだけ事態を把握しているのかによって、アンクがエイジをどう説明するのかも変わってくる。そのためにまずは怪我について聞いてみれば、帰ってきたのは困惑し、何と言えばいいのかわからないとばかりの苦々しい表情だった。
さもありなん。ヤミーなんて、普通の人間にしてみればアニメやコミックに出て来る怪物そのものだ。それが現実に現れて襲われたなどと言ったところで頭がおかしくなったと疑われかねない。この様子だと、医者に説明するのにも苦労したのではないだろうか。
「お兄ちゃん、さっきからずっとこの調子なの。何度言っても詳しいことは教えてくれなくて」
比奈の苦言にますます申し訳そうな顔をしつつ、しかし信吾は自分が見たであろうものを語りはしない。
このままでは話が進まないと判断したアンクは、おもむろに自らのスマートフォンを取り出した。
「単刀直入に聞くぞ。……信吾、お前が入院したのはこれが原因じゃないのか?」
「……え」
「なに、これ……?」
スマートフォンの画面を二人に向けて突き出せば、信吾は驚愕、比奈は困惑した様子を見せる。
それもそうだろう、何せ、今アンクのスマートフォンの画面に表示されているのは、他でもないカマキリヤミーの写真なのだから。
目覚めたばかりのグリードは現代の事情に疎い。それは“かつて”も今も変わらないことはエイジの様子から分かっている。
ならばと夢見町近辺でグリードやヤミーといった一般的に化け物と言われるであろう姿形のモノが目撃されていないかと調べてみれば、案の定、隠れて行動するなどという頭のない彼らは普通に道行く人々に撮影され、ネットに晒されていた。
「アンク、どこでこれを……!?」
「たまたま見かけてな。今日起きた事件で上手く説明できないようなことなら、これが一番可能性として高いと思っただけだ」
誰かに嘘を信じさせるには、一欠片の真実を混ぜ込ませればいいのだという。あるいは、どちらとも取れる言い回しをすることで、あえて勘違いするように誘導するか。
この場合の真実というのは、勿論「たまたま見かけた」の部分だ。実際はこの目で見たわけだが、この文脈であればネットで見かけたと勝手に勘違いしてくれるだろう。可能性が高いどころかこの目でほとんど全てを見届けたという事実を覆い隠し、追求されることがないようにする。
「今じゃネットはこの話題で持ちきりだ。他にも何体か見た目の違う奴がいるらしい。確かに、こんなモンを口頭で説明されたところでそう簡単には信じられないだろうな」
「じ、じゃあ、本当にこんなのがいたってこと?」
「……ああ。こいつに襲われている人がいて、助けようとしたけど歯が立たなかったんだ。俺と上司はすぐにやられて、目が覚めた時にはその襲われた人もこの怪物も見当たらなかった」
悔しげに布団ごと手を握り込む信吾は、きっとエイジがヤミーにやられてしまったと思っているのだろう。当のそいつはピンピンしているどころかついさっきまでアンクと行動を共にしていたわけだが。
アンクとしても早めに安心させてやりたい気持ちはあるが、ここでエイジに言及してしまえば何故襲われていたのが彼だと知っているのかと聞かれるに決まっている。信吾にはもう少しだけその罪悪感と付き合ってもらうとした。
「そう気に病むな。そいつだって上手く逃げおおせてるかもしれないだろ」
「それは……いや、そうだな。ありがとう、アンク」
「ふん」
貼り付けたようなものではあれど笑顔を浮かべた信吾を見やり、照れ隠しのように鼻を鳴らす。こんな風に誰かを励ますなんていうのはアンクの性に合わないというのに、全く周囲の人間ときたら。
ついでに様子を確認するかと比奈の方をちらりと見れば、今度は時々見せる微笑ましげな顔を向けられる。……そう、おまけにこれだ。アンクがこういった言動を取る度に、素直じゃないんだからと口や目で語ってくるのも鬱陶しくてたまらない。アンクがいたたまれない空気に耐え切れなくなるのはすぐだった。
「そんなことより、こっちからも少し話がある」
「話って?」
いささかあからさますぎる話題の切り替えではあったが、二人がそれに言及することはない。
アンクは一度スマートフォンを仕舞い、出来る限り真剣な、そして沈痛に見える表情を作ってみせる。
「実は、ここに来る途中で人間を拾ってな」
「はぁ?」
「ひろ……え、拾った? いや、犬や猫じゃないんだから……」
「記憶がない上に怪しい連中に追われてるらしい。そのまま放置しておくのも寝覚めが悪いからひとまず俺が匿うことにした。住む場所も俺の部屋なら問題ないだろ」
アンクのあまりの言い方に困惑する比奈と信吾のリアクションなど気にも留めず、畳みかけるように口を開く。
滅茶苦茶なことを言っている自覚はある。普通であれば警察に駆け込むなりすればいいだけの話なのだ、何なら目の前に警察官の一人がいるのだから。そして信吾は間違いなくその正義感から保護すると言い出すだろう。
だからこそ、アンクの側から先手を打たなければならない。
「警察に連れていくことも考えたんだがな。名前すらわからない上に大した持ち物もない、おまけに厄介な連中に追われてるときた。警察に行ったりして大勢に自分の存在が知られるのは避けた方がいいってことらしい」
厳密には本人がそう言い出したわけではなくアンクがついさっき考えた理由ではあるのだが、それを信吾と比奈が察することなどできるはずもない。
比奈は早速その不幸な境遇にある見知らぬ人間に同情を見せているし、信吾の方も、事情が事情なだけあってか複雑そうではありつつもアンクの言葉を否定する素振りはないように思える。この分ならば上手く押し通すことができるだろう。
「……まあ、本人が警察に行く意思がないなら俺達に出来る事なんてないしな。ただ、捜索願が出てたりしたら話は別だ」
「ああ、わかってる。そもそも、あいつの記憶が戻ればいいだけの話だしな」
それに、信吾は知る由もないが、エイジがグリードである以上は捜索願が出る事などありえない。やがてエイジの記憶が戻ったとしても、その頃にはどうせ情が湧くなりしてエイジのことをすっかり受け入れているだろうし、一度匿う許可さえ取れればこちらのものだ。
後はエイジと信吾を合わせた時に生じる問題だが……これはエイジに口裏を合わせてもらう他にない。
信吾が頭を打つなりしてヤミーのことを忘れていればそれが一番だったが、流石にそう上手くはいかなかった。二人がヤミーを前に出会っていたとして、その上でエイジに色々とヤミーやその後のことについて聞かせないためには……。
(記憶を失ったのが信吾と会った後だとすれば、まあ辻褄は合うか)
筋書きはこうだ。
ヤミーに襲われたエイジは、信吾ともう一人の刑事の助力によりその場から逃げ出す、もといヤミーという追手から逃げきることは叶ったものの、何らかのアクシデントによって記憶を失ってしまう。
エイジは直前にあった出来事こそ忘れてしまってはいたものの、染みついた恐怖によってか、奇妙な輩に追われていたことだけは覚えていた。どこかへ逃げようにも記憶喪失故に迂闊に動き回ることもできず、そこをたまたま通りすがったアンクと出会ったことで保護されるに至る。
……アンクが保護する理由が妙に薄くなってはしまうが、そればかりは仕方がない。先程信吾に言った通り、放置するのも寝覚めが悪い、という理由で何とかするしかないだろう。
信吾としても、記憶喪失が相手となれば色々と聞き出すこともできないはず。後はエイジが余計なボロさえ出さなければ問題ない。
「そういうわけだから、しばらくは俺とあともう一人が家にいることになる。そいつの分の金は俺が入れるから問題ないだろ」
「あ、ああ。わかった」
「話はこれで終わりだ。お前の無事もわかったことだし、俺はそろそろクスクシエに戻る。比奈、お前はどうする?」
そう比奈に問いかければ、信吾の件ですっかり頭から抜けていたのだろう、今思い出したと言わんばかりの顔をした。
「あ、そうだ。私もそろそろ戻らないと……バイト、途中で抜けてきちゃったし。お兄ちゃんはそれで大丈夫?」
「大丈夫。俺のことよりも、さっきの怪物の件もあるし、二人とも気をつけて」
「う、うん」
未だヤミーの存在について半信半疑なのだろう、信吾の言葉に曖昧に頷く比奈を連れて病室から出る。
そして病院を出てしばらくしたところで、比奈が遠慮がちにアンクの裾を引いた。その顔では、困惑、不安、様々な表情がくるくると色を変えていて……十中八九信吾が入院した件について思案を巡らせているのだろう、アンクはそう察してこっそり溜息をついた。
「ねえ、アンク。アンクはさっきの化け物のこと、どう思う? お兄ちゃんが嘘を言ってるとは思わないけど、流石にちょっと……」
「どうも何も、これだけ大騒ぎになってるんだ。事情がどうあれ、ああいう奴らがいるのは事実だろうな」
「でも、あんなのが他にもいるんだとしたら……お兄ちゃん、このまま警察でいて大丈夫なのかな」
「…………さあな」
比奈の心配はもっともだ。事実、警察官としてヤミーに果敢に立ち向かったことで今回の事態に繋がったのだから。
泉家の両親はかつてと同じくもういない。アンクを引き取ってしばらくした後に帰らぬ人となってしまった。今回は家族の枠にアンクという人間が加わっていたとはいえ、実の兄は信吾一人なのだ。そんな彼が危険に晒されるかもしれないとあっては平静でいられないのも無理はない。
アンクはIFの世界──アンクにとっての元の世界で、信吾が瀕死の重傷を負ったことをしっかりと覚えている。現時点で信吾が無事でいる時点でアンクの知る流れとはずれてしまっている上、“アンク”が憑依していないこともある、この先信吾が無事でいられるという保証をすることはできなかった。
アンクがオーズとして積極的にヤミーやグリードと戦うことでそういった被害を未然に防ぐことはできるが、それにも限度というものはある。しかし、それを言い出してしまえば、夢見町にいる時点で被害に遭う可能性というのはそれなりにあるのだ。それを踏まえると、いくら比奈が心配しようがどうしようもないという結論しか出しようがなかった。
お互いに何とも言えない空気を出しつつ、クスクシエの扉を開く。
何はともあれ、エイジの回収と、それから口裏合わせをしなければ。先程の別れが別れだったためにアンクとしては少し話しづらいがそうも言ってはいられない、そう憂鬱な気持ちを抱えて顔を上げ──。
アンクの目が、目の前に現れた巨大な木像の虚ろな目と合った。
「……………………、は?」
しばし呆然としたアンクが思わず漏らした声に反応して、見るからに重たそうな木像がゆらゆらと動く。よくよく見れば、木像は宙に浮いているというよりも何者かによって持ち上げられていて。
そしてその後ろからひょっこりと顔を出したのは、どこか気まずそうな顔をした──何故か海賊を彷彿とさせる服を着て頭にバンダナを巻いたエイジだった。
・鷹野アンク
地雷踏んだのは自分なので何とか我慢した。昔の自分だったらまあキレるしな……という。
とはいえ暫定この世界の映司であるエイジでなければブチギレていた。故人の顔をされているので強く出れない。
・エイジ
じゃれあった直後にギスギスをするな、グッピーを殺すな。
本編序盤のアンクですら顔をグリードの腕で掴んだりしたぐらいなのにこいつはさぁ……。
・比奈
アンクはスマホを持っているだけなので良し。お兄ちゃんは機械類全般オタクなので苦言を呈す。