Re:OOO -いつかの明日を求めて-   作:オタクヤミー

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 お気に入り、感想、高評価等、誠にありがとうございます!
 せめて週一ニチアサ更新は維持したいと思って……おります……。
 


第7話 アルバイトと違和感と歓迎会

 

 時は少し遡り、アンクが信吾の病室を訪れた頃。

 

「それにしても、記憶喪失だなんて……色々と大変なんじゃない?」

「……そういうの、あまり良くわからなくて」

「それもそうね。きっと、まだ何が分からないのかも分からないんだものね……」

 

 クスクシエへと戻ってきたエイジを特に何も言わずに迎え入れた知世子はというと、エイジを椅子の一つへと座らせ、彼が手持無沙汰にならないように話しかけながらもせわしなく店内を行き来していた。

 

 比奈が信吾の見舞いに行ってしまったことで人手不足になってしまったが、だからといって次の営業日までにこなすべき仕事が待ってくれるわけではない。

 比奈というパワー系が抜けたことで改装のスピードが目に見えて落ちてしまっていることは否めないが、元々は彼女がアルバイトになる前からやっていた作業である。何も知らない者から見れば十分に鮮やかな手つきで店内がくるくると姿を変えていくのを、エイジは何とはなしにぼんやりと眺めていた。

 

 

 既に人間のものに擬態させた左手の中のタカメダルを握りしめ、先程のアンクとのやりとりを思い出す。

 

『次に同じようなことがあってみろ、今回みたいに上手く合流できるとも限らないだろうが。ベルトが無くて戦えずにやられるなんてのはごめんだな』

 

 アンクが言っていたことは紛れもない正論だった。それはエイジとしても認めざるを得ない。

 だが、それ以上にどうしてもコアメダルを渡す気にはなれなかった。相手がグリードやヤミーでは無かったとしても関係ない。あの瞬間、エイジは確かにこのコアメダルを自分の手から失いたくないと強く思ったのだ。

 

 きっと、渡すように言われたのがタカメダルでさえ無ければ、あそこまで感情を揺さぶられることはなかった。トラメダル、バッタメダル、タコメダル、ゴリラメダル──あるいは自分のメダルであったとしても、不安は抱きつつも仕方ないと自分を納得させることができただろう。

 それなのに、タカメダルを手放すとなってしまったらどうしようもなかった。自分自身にも感情のコントロールが出来ないまま、気が付けばエイジはアンクに向けて攻撃してしまっていたのだ。

 

 悪いことをしたとは思う。そして、再び似たようなことがあれば同じことをするだろうとも。

 今のエイジには過去の記憶など無いに等しいが、それだけは確信を持って言えた。

 

 何故自分のものでもないコアメダルに、こうも自分は執着しているのか。何故他のメダルとは異なる感情を抱いているのか。記憶を取り戻せば、それも分かるようになるのだろうか。

 グリード故にエイジには色彩などわからないが、かすかな記憶、あるいは知識の通りであれば赤という色をしているはずのタカメダル。このメダルの持ち主であるグリードは、どんな姿をしているのだろう。どんな性格で、“自分”とどんな関係だったのだろう。

 

(……会ってみたいな)

 

 出会う時は敵だろう。このコアメダルがある限り、そのグリードは完全復活を果たすことができず、エイジもまたグリードの完全復活を防がなければならないのだから。

 だが、それでも良いと、話したいと思った。これもまた、いるであろう他のほとんどのグリードには感じないことだ。それだけの感情を抱く何かが赤のメダルのグリードにはあるのだろうか。

 

 

 ……そんな風に自分の思考に没頭していたから気付けなかったのだろうか。

 ふと顔を上げた瞬間にエイジのモノクロの視界に入ったのは、何かに躓いて今にも倒れそうになっている知世子の姿と、それに巻き込まれたのであろう巨大な缶らしきものが自分の目の前に迫ってきている光景だった。

 

 口を開けているあたり、エイジが気付かなかっただけで悲鳴の一つでも上げていたのかもしれないが、後からそれを知ったところでどうにもなりはしない。

 このままなら間違いなくエイジを巻き込んで目も当てられないような大惨事になるであろうその様に、考えるよりも先に体が動いていた。

 

 さっと椅子から立ち上がり、知世子が倒れ込む正面から横へと体をずらす。そしてタカメダルを握っていたが故に使えない左腕はそのままに、右腕だけを使って知世子の体を受け止め、缶の方は片足を上げて支えとすることで倒れることを防ぐ。

 流れるような一連の動きは、知世子ですら唖然とするものだった。

 

「よっ、と……とと」

 

 軸足だけが地面に接している状態で見事に一人と一つを受け止めてみせたエイジは、そのまま缶を片足で器用に元の場所へと戻し、知世子が自力で立つのを支えてみせる。

 しばし呆然とされるがままになっていた知世子は、元通りになった缶と特に腕や足を痛めた様子もなく平然としているエイジの間で視線を何度も行き来させる。そして、数秒置いて何が起きたのかを理解して。

 

「エイジくん! ──第二のパワー系としてうちで働かない!?」

 

 エイジの両手を掴み、突然のことに困惑する彼のことなど目に入らないとばかりに輝くような笑みを浮かべた。

 

 

 

 

「……ってことがあって」

「何流されてんだエイジお前!?」

 

 このグリード、自分が追われる身だという自覚はあるのだろうか。そして知世子も事情は説明してあるはずなのに何をしているのか。

 あまりにもあまりな展開に先程までの気まずさなど一気に吹き飛んだ。エイジが木像を床に置いた瞬間、アンクはがっくんがっくんとその肩を掴んで揺さぶり迂闊さを責め立てる。

 視界の端に状況がわからずに困惑しきりの比奈の姿が見えたが、今はそれどころではない。何が何でもエイジのアルバイトを阻止しなければ。一般常識のないグリードが人前で働くなど、どう考えてもロクなことにならないに決まっている!

 

「お前もお前だ知世子! こいつの状況は説明しただろうが!」

「でも、お店にいれば人目があるから襲われる心配もないでしょ? いっそうちで住み込みで働けば、お店から出なくていいからお客さんにしか会わないわよ」

「ぐ……それを気にする相手じゃなかったらどうすんだ! 大体、記憶のないこいつがまともに働けるわけが、」

「それなら大丈夫! さっき一通り接客を教えてみたけど、するする飲み込んでくれたのよ~。もしかしたら記憶を無くす前はそういうお仕事してたのかも!」

 

(ンなわけがあるかーーーー!)

 

 飲食店で接客するグリードが存在してたまるか。仮に百歩譲ってそんなトンチキなことがあったとして、800年前の飲食店と現代の飲食店のマニュアルが同じなわけがない。いやそもそも、800年前のあの国に飲食店という概念が存在したのかすら興味の無かったアンクは知らないのだが。

 

「それに、エイジくんだっていつまでもアンクちゃんの所にお世話になるわけにもいかないでしょ? うちなら空いてる屋根裏部屋を使えばいいし、働いてる間のお給料は出すし、それを使って記憶を取り戻すための何かをするのもいいんじゃないかって思うの」

「そう、です……ね?」

「いや……だから…………」

 

 疑問形で同意をするな、流されるな。コアメダルを渡さないと主張した時の意思の強さはどうした。

 アンクは思わず頭を抱え、その場に崩れ落ちたくなるのを必死に堪えて舌打ちをした。

 

 何が厄介って、知世子の言っていることが一般的には正論であることだ。

 これで知世子の主張に矛盾があったりすればそこを突くなりしてアルバイトの話を無かったことにできたものを、これだけ正論で固められたらアンクが拒否するのがおかしいことになってしまう。例えばこれが長年の知り合いであったりすればその縁から近くに置いておきたいという言い訳もできた──アンクにそれが出来るかどうかは別として──が、出会って一日も経っていないという前提がある以上それも叶わない。

 

 とはいえ、このまま知世子の提案を受け入れるわけにはいかない。

 かつてのようにアンクも共に居候することになるなら兎も角、そうでないのならばアンクとエイジが一日の大半を離れて過ごすことになる。そうなれば、ヤミーが出現した時に気配を察知することも、ましてや変身することも出来ない状況になる可能性が高い。最悪のパターンとしては、知らない内にエイジがグリードにやられてしまう可能性すらある。

 だが、知世子にオーズのことを説明するわけにはいかない。この状況をひっくり返すためには一体どうすればいいのか、そう思考を巡らせようとしたアンクは、しかし次に知世子が発した言葉に固まることとなった。

 

「そこまで心配なら、アンクちゃんもうちに来る? 勿論、その場合はアンクちゃんには働いてもらうか家賃を払ってもらうことになるけど」

 

 渡りに船と言えばそうではある。さらりとアンクへは相応の対価を要求しているあたりに知世子の強かさが出ているが、当然と言えば当然なのでそれにアンクが何かを言うことはない、が。

 

「で、でも、別にアンクは家に戻ればいいだけだし、わざわざ知世子さんに迷惑をかけるのも……」

 

 状況が読めないながらも比奈が訝しげな声でそう呟く。

 そう、アンクがわざわざクスクシエに居候する理由はない。泉兄妹とアンクが住んでいるマンションとクスクシエは少し離れているとはいえ通勤が困難なわけでもなし、むしろこれくらいなら近所にあたる。アンクの部屋はアンクが旅に出るようになって以降もそのままなわけで、居候する理由など皆無なのだ。知世子とてそのあたりは概ね把握しているはずなのに、どうしてそこまでしてエイジが居候するようにしたいのか。

 

 アンクのそんな疑問を感じ取ったのだろう、知世子がどこか人を安心させる、それでいて真剣さも失わない笑みを浮かべる。

 思いつきや一時の気の迷いで言い出したのではないということは、その表情が十分すぎるほどに語っていた。

 

「アンクちゃんの心配もわかるわ。私はエイジくんの詳しい事情なんて知らないけど、すごく大変だってことはなんとなくわかるもの。でもね、だからって閉じこもってたら何も変わらないでしょ?」

「…………まあ、な」

「例えお店の中っていう狭い世界だとしても、外から来たお客さんと会って話をすれば、思い出せることだってあるかもしれない。もし思い出せなかったとしても、これからのエイジくんが目指すべき何かを見つける手助けにはなるかもしれないもの」

「目指すべき何か、ですか?」

「そう! やりたいこと、夢って言ってもいいかしら。今はまだ目の前のことでいっぱいいっぱいだろうけど、いずれはそういうことも考えなきゃならなくなると思うから」

 

 知世子の言葉はもっともだ。……エイジの前提を考慮しなければ、だが。

 果たして、グリードであるエイジにそんな未来が存在するのだろうか。かつてのアンクが命を欲したのでさえ、イレギュラーにイレギュラーが重なったが故のことだ。人間の体を乗っ取るほどに弱体化しているわけでもなく、恐らくは無の欲望から生まれたグリードであるエイジが人間的な夢を持つなど、そんな奇跡のようなことが、果たして。

 

 改めてエイジのことを見る。

 海賊風の衣装に身を包んだエイジは、知世子の言葉について考え込んでいるのか、どこか遠くを見るような眼差しをしている。少なくとも、そこに知世子や彼女の提案を厭うような色は無いように見えた。

 ……なら、アンクまで誘った意図は今一つ理解できないにせよ、ここは知世子の提案に乗るのもありだろうか。余計な出費が増えるのは少々痛手ではあるが、ここでエイジと離れるよりはマシ、背に腹は代えられない。

 

「そういうことなら俺もここで暮らしてやる。……働くのは気が向いたらな」

「そうこなくっちゃ! それじゃあ、アンクちゃんの分のベッドも用意しないと。さっき片付けちゃったのよね~」

「え、ええ!?」

 

 状況についていけていない比奈、流されるがままのエイジをその場に置いて、知世子はその答えを待っていたと言わんばかりに素早い動きで再び二階へと上がっていった。

 後に残された三人の間に微妙な空気が流れる。終始蚊帳の外だった比奈はアンクの真意を探るようにじっと彼を見つめ、次いで話題の中心にいたエイジに視線を移すとおずおずと口を開いた。

 

「ええと……この人が、アンクがさっき言ってた人?」

「ああ。名前も覚えてなかったから、エイジってのは俺がつけた名前だがな。エイジ、こっちは比奈だ。そのスカスカの頭に名前と顔を叩き込んどけ」

「ちょっとアンク、そんな言い方ないでしょ!」

「でっ!?」

 

 互いを紹介するついでに軽口を叩いたアンクの頭を比奈が彼女基準での手加減をしつつはたく。もう、と呆れたような声を上げた比奈は、そんなやりとりでいつもの調子を取り戻したのだろう。再びエイジの方を向いた時には、いつも通りと言うにはいささか固いながらも快活そうな笑顔を浮かべていた。

 

「エイジさん、初めまして。私、泉比奈って言います。アンクとは従兄弟なんです」

「初めまして。じゃあ……比奈ちゃん、でいいかな?」

「はい! 私もここで働いてるんです。何かあったら頼ってくださいね!」

 

 極めて穏やかな初対面。比奈が手を差し出して、それにエイジが一拍置いて戸惑いつつもその手を握る。“かつて”の二人の出会いをアンクは知らないが、きっと何事もなければこんな風に出会ったのだろうと容易く想像できるくらいにはありきたりなやり取り。

 ……「比奈ちゃん」、という呼称に思うところがないとはお世辞にも言えないが、それをエイジに言ってもしょうがない。問題があるとすれば、そんな細かいところにまで映司との共通点を探してしまうアンクの側だ。

 

 二人が親しくするのはアンクとしても都合が良かった。

 比奈に色々と突っ込んで聞かれる可能性が減るし(エイジを心配して何かを聞かれる可能性はあるが不信感から聞かれるよりはずっとマシだ)、信吾とエイジが出会った時に比奈が取り成してくれるかもしれない。それに何より、いざという時──エイジが記憶を取り戻した時、情を抱く人間が一人でも多くいれば、それだけエイジがこちら側に留まる理由が増えるだろうから。

 だからこそ、本来は泉家での同居の方が良かったのだが……むしろここは結果オーライとするべきかもしれない。クスクシエに居候していれば、泉家にいるよりはヤミーやグリードへの対応がしやすくなるはずだ。場合によっては夜間に出ていく可能性がある身としては泉家はいささか不便なのも事実だった。

 

 

 そうとなれば、これで当面の住居や生活の問題は解決したと見ていいだろう。

 次に問題になることがあるとすれば……。

 

(カザリ、だな)

 

 年月を経てだんだんと薄れつつある記憶をなんとか引っ張り出す。

 

 確か、封印が解けてから最初に接触したグリードはカザリだったはずだ。カザリは口が上手い、エイジが言いくるめられるようなことが無いようにしなければ。と言っても、あのコアメダルへの執着からしてその心配は無さそうだが。

 エイジと他のグリードの因縁次第では他のグリードから先に接触してくる可能性も無くはないが、危険度が高いのはどう考えてもカザリだ。このぽやぽやしたエイジというグリードに狡猾なカザリの相手が務まるとはお世辞にも思えない、まずは奴のことを念頭に置いて行動する必要があるだろうと判断する。

 

 それに、上手く行けばエイジの記憶の手がかりを得ることだってできるかもしれない。

 エイジの失われた記憶がどのようなものであったとしても、大まかな内容が分からなければ警戒すべき点もわからないままだ。元から人間に協力的だったのか、あるいは記憶を失ったことによってバグのようなものが発生しただけなのか、それによってアンクがやるべきことは変わってくる。そのためにも、まずは情報収集をしなければ。

 

「ああ、だから俺、第二のパワー系って言われたんだ」

「う……で、でも、私の担当はパワー系じゃなくてかわいい系だから! うん! そう!」

 

 気が合ったのかなんなのか談笑するエイジと比奈を横目に、アンクはスマートフォンを取り出してネットの海へと潜っていく。

 

 この時期のグリードはまだ人間に擬態するという思考に至っていない。それはヤミーの写真がすぐに見つかったこと等からも明らかだ。面倒ごとを避けるためにも人目を避けるくらいはしているかもしれないが、だからといってこのご時世に誰一人にも見咎められずに動き回るなど出来るはずもない。

 少しそれらしいワードで検索してみれば、案の定、出るわ出るわ盗み撮りの写真。新たなヤミーはまだ発生していないこともあって話題が下火になっているが、グリード達は今でもぽつぽつと目撃情報が上げられている。

 

 今回の目当てであるカザリ。ついでにメズールとガメル、こちらは一緒に行動しているのか、大体の写真や書き込みで二人まとめての姿が確認できた。

 そのまま画面をスクロールしていき、何度か検索ワードを変えて彼らの居場所を割り出していく。最初は順調だったその作業、しかし数分ほど経ったところでアンクは眉を寄せてスマートフォンの背面を苛立たしげに指で叩いた。

 

(……ウヴァと“アンク”の情報がない。どうなってやがる?)

 

 “アンク”の情報が少ないのは分からなくもない。かつての自分と同じく右腕だけなのであれば隠れやすいし、人間に乗り移っているのであれば目撃情報が出るはずもないからだ。

 だが、ウヴァの目撃情報がほとんど見当たらないのはどういうことか。恐らくグリード達が復活した直後であろう、カザリ、メズール、ガメルと共に撮影された写真、そしてヤミーを生み出した前後であろう写真は見つかったが、その少し後から目撃情報がぱったりと無くなっている。あのいっそ清々しいまでに生き汚いウヴァのことだ、ヤミーを二体続けて倒されたことで一度潜伏することにしたという可能性は十分にあるが……それだけではないとアンクの勘が訴えていた。

 

 動向が全く掴めないグリードが二人。その二人が最初からカザリと積極的に手を組むようなタイプかと言われると微妙なところだが、コアメダルが無い現状を踏まえればその可能性は十分にある。特にウヴァであれば良いように利用されるのが容易に想像できた。

 コンボの一つも使えない、仮にメダルがあったとしてもアンクの体が持つかどうかが分からない今、二体以上のグリードを相手取るのは出来るだけ避けたい。いくらエイジがそこそこの戦力になると言っても、それはあくまでヤミーが相手だからだ。グリードが相手となってしまえば、今のエイジではいくら紫のコアメダルの力があったとしても焼け石に水程度でしかないだろう。そもそも……。

 

 

「ああー! そうだ、その前に!」

 

 スマートフォンを弄りつつ思考を巡らせていたアンクは、しかし二階から聞こえてきた大声に反射的に顔を上げた。同じくエイジと比奈も音の発生源を振り返る中、当の本人である知世子はその慌てたようなセリフとは裏腹に満面の笑みで一階に降り、そのままキッチンへと足を踏み入れる。

 

「もうそろそろ夕ご飯の時間だもの。せっかくアンクちゃんとエイジくんが今日からここに住むんだから、ちょっとした歓迎会くらいはしないと!」

 

 その言葉にスマートフォン上の時計を見れば、確かにもうそろそろ一般的には夕飯時と言われる時刻に差し掛かりつつあった。どうやら、あまりにも激動の一日だったせいで時間の感覚が麻痺していたらしい。

 知世子は夕飯に使うであろう食材を慣れた手つきで引っ張り出しつつ、器用にも再びのマシンガントークを繰り広げていく。

 

「比奈ちゃんはどう、一緒に食べる? エイジくんも、苦手な食べ物とか分かれば遠慮なく言ってね」

「それじゃあ、エイジさんさえ良ければ……アンクの旅の最中の話とかも聞きたいし」

「食べ物、食べ物、は……」

「わからない? じゃあいくつか作ってみるから、それを食べて好きな味とかを探していきましょ! あ、アンクちゃんの分は鶏肉さえ無ければ大丈夫よね。そうだ、折角ならフェアで出すメニューの試食も兼ねようかしら」

「あ、ああ……」

 

 言ったからには鶏肉は絶対に入れるなよ、と続けようとして、はたと思い出す。

 まるで人間のように振る舞うせいですっかりそのことが頭から抜け落ちていた。いくらエイジが人間の姿を取っていようと、いくら映司に似ていようと、グリードはグリードだ。グリードに食事などという行為は必要なく──味覚なんてものは存在しない。

 弾かれたようにエイジの方を見れば、自分の味覚について把握しているのかいないのか、どこかぼんやりとした様子で知世子が調理する手元を眺めている。料理というものに興味があるというよりは、ただ目の前で起きている事象を情報として記録しているかのようなその無機質な目を見れば、エイジも例外なく感覚がほとんどないグリードであることは嫌と言うほどに理解できた。

 

 けれど、それをアンクが指摘することはできない。指摘すればエイジが人間ではないと明かすことになるし、何より本来アンクが知るはずのない情報だ。二度目であれば以前の様子から察したと誤魔化すこともできるが、その二度目のためには今回だけでも食べてもらう必要が出てくる。

 いや、あるいは味がしないことを馬鹿正直に口にする可能性すらあるか。人間のフリをしろとは言ったが、そもそもエイジが把握している人間というのがどのようなものなのかをアンクは知らない。記憶がない今、味覚がないことを当たり前だと、あるいは個性の範疇とすることは十分にあり得ることだった。

 

 そんなアンクの憂いなど知らぬとばかりに、知世子は手際よく様々な料理を完成させていく。

 以前会った時は旅先だったために食べる機会など無かった、“かつて”ぶりの知世子の料理。それをまさかこんな気分で食べることになるとは。

 

 机に並べられた色鮮やかな料理たち。それを見て訝しげな顔をしたエイジには、きっと全てモノクロの砂嵐に覆われて見えているのだろう。

 その顔をどんな感情からだと思ったのか、知世子はエイジの目の前にカトラリーを置くと隣に座り、慈愛に満ちた笑みで話しかけた。

 

「さ、遠慮しないで。これから一緒に働くんだもの、仲良くなるための一歩だと思ってちょうだい」

「仲良くなるため」

 

 オウムのように知世子の言葉を復唱したエイジは、促されるがままにフォークを手に取り、先にいただきますと口にして食べ始めていた比奈の様子を伺うと、そのままちょうど目の前に置かれているサルマガンディーと呼ばれるサラダを取って口に運ぶ。

 器用なもので、エイジの食器の使い方はどう見ても使い慣れた人間のそれだった。少なくともこれなら食事という行為に縁のない存在だと見抜かれるようなことは無さそうなくらいには。

 

 アンクが、そして知世子が見守る中、エイジが比奈の方を見つめつつ口にしたサラダを咀嚼し嚥下する。まるで比奈の行動をトレースしているかのようなその動き、いや、実際にその通りなのだろう。あくまでエイジは、目の前にいる参考にできるであろう人間がしていることの真似をして、アンクの「人間のように振る舞え」という指示を守っているだけのことなのだ。

 

「どう、美味しい?」

「……はい。美味しいです」

「良かった! まだまだ沢山あるから、どんどん食べてね!」

 

 知世子に美味しいか聞かれた瞬間にエイジがアンクの様子を伺うようにちらりと見たのに、視線を向けられたアンクだけが気付いた。

 アンクが苦虫を噛み潰したような顔で頷けば、数秒のタイムラグと共にエイジは“美味しい”という言葉を返す。知世子がその微妙な間に、そしてサラダを口にした瞬間から全く変わることのないエイジの表情に気付かなかったのは、そもそも相手の味覚がないなどという事態を想定することなどまずないが故か。好都合なはずのその反応がもどかしく感じられて、アンクは今日になってもう何度目かも分からない舌打ちをしたくなるのを必死に堪えた。

 

 エイジの元から視線を逸らし、自分の前に置かれた鶏肉が除かれたサラダを口にする。

 悪くない、それどころか旅先で色々と食べ歩いたアンクが間違いなく美味しいと言える味だ。それなのに、その人間として当たり前の感覚こそがこの空間に歪さをもたらしていることを知っているだけで、どうしようもなく虚しくなる。

 

 顔を上げた先、相も変わらずに一定のペースで料理を口に運び続け、時にまだ湯気の立つ熱いスープを息を吹きかけて冷ますことすらせずに飲み込んでいたエイジが、少し首を傾げて口を開く。

 

『これでいいんだよな?』

 

 口の動きだけで伝えられたその言葉に、アンクは何か致命的な間違いを犯してしまったような気がして、今すぐにこの場から逃げ出したくなって──それを誤魔化し、抑えつけるために無理矢理に口に突っ込んだ料理は、やはり嫌味なくらいに美味しかった。

 




 
 なんかめちゃくちゃ暗いけどまだ原作で言う二話くらいのお話だしこの小説はハッピーエンドのために書いてます(弁明)。

 
・鷹野アンク

 流れるようにクスクシエに居候することが決まった。近場に家があるのに居候とかどういうことなんだろうね。
 一発目からの比奈ちゃん呼びだったり明らかに味覚がないエイジの様子にまたメンタルがゴリゴリする可哀想なお人。別に間違った対応なんて一切していないのに深く考えてひたすらに傷付く。おかしい、この小説は曇らせではないはず……。


・エイジ

 あくまで人間の姿を模しているだけで体はグリードのそれなので力持ち。生身で並ぶくらい怪力な比奈ちゃんがおかしい。
 現状では味があるという感覚を知らないため、味のない食事に対して快不快を覚えることすらない。何なら熱い・冷たいすらよくわからない時点でかつてのアンクよりヤバい(小説版参照)。何もわからないまま求められているであろうリアクションをするだけの存在と化している。


・比奈

 原作と違って特に思うところがないスタートなので最初から平穏。この後もずっと平穏だとは言っていない。


・知世子

 二人のことをとっても心配している。
 
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