HIGH SCHOOL DETECTIVE サクラの彼ら 作:土居内司令官(陸自ヲタ)
2047年 4月1日 午前8時26分、日本皇国 新江戸府 浜崎市 元巻町。
元巻埠頭にほど近い駐車場に、1台の車が停まっている。上が金色、下が灰色のゴールドツートンカラーの2ドアノッチバッククーペで、トランク部には時代錯誤な自動車電話用アンテナが生えている。リアエッジには製造元である丹生館自動車株式会社のUFOのようなロゴ、そして車名である「PANTERA 3.0 BRENNERO」という銀色の装飾が施されている。
車内には女性が2人、それぞれ座席に身を預けて瞼を閉じていた。助手席の黒髪ショート、パンツスーツ姿の女性はサイドウインドウに頭をくっつけて口を半開きにして眠っていた。
安らかな寝息を立てていると、グローブボックスを外して取り付けられていた無線機が鳴った。
《浜崎署から桜見303、浜崎署から桜見303、応答願います。どうぞ》
無線機から流れる音声に気付いた黒髪ショートの女性は、運転席で眠るもう片方の女性の体を揺すった。
「新山ちゃん、ちょっと新山ちゃん。起きて、ほら呼んでるわよ」
座席を倒して心地よさそうに眠っていた銀髪ショートウェーブヘアの女性ーー否、少女は瞼を閉じたまま左手をグローブボックスの無線機へと伸ばし、マイクを取る。そして自分の口元へと近付けてマイクのボタンを押して口を開いた。
「こちら桜見303、どうぞ」
《こちら浜崎署。栗田 要の指紋照合結果が出ました。3年前、東京都 大田区で発生した銀行爆破事件の手配犯、吉沢 剛と一致しました。どうぞ》
それを聞き、助手席の黒髪ショートヘアの女性は一気に目が覚めた。
「やっぱりね。増援が到着次第パクるわーー」
そう言いかけたが、運転席にいた銀髪ショートウェーブヘアの少女は既に車を降りていた。慌てて彼女もドアを開けて車から降りて、銀髪の少女に抗議する。
「ちょっと、増援が来るまで待機しなさいよ!」
「そんな悠長な事言ってられないっスよ、ほら」
銀髪の少女が顎で示し、黒髪ショートの女性がその先を見る。そこには2階建てのアパートがあるが、2階の一室に光が灯っていた。
栗色ツインテールの少女が、白いシャツのボタンを閉める。そして襟元に赤いリボンを付けて、紺色のチェック柄のスカートにベルトを巻く。そのベルトには黒いナイロン製の袋が大小合わせて3つ付いていた。
ベルトを巻いた後、紺色のブレザーを羽織る。そして、机の上に置かれていたリボルバー拳銃を手に取った。本体、銃身共に銀色に光り、銃把は滑り止めのチェッカリングが施された茶色の木製グリップというそれーーイタリア製のトゥリーナ リノセロンテーーは、彼女の手には少し大きな代物だった。本体後部上方にあるシリンダーラッチを右親指で押し下げながら左手で回転弾倉を手前、銃の左側に押し出す。六角形の回転弾倉の頂点の位置に鈍く金色に光る薬莢が6つ刺さっている。
回転弾倉を戻してリボルバー拳銃をベルトの右腰辺りにある大きなナイロン製の袋ーーヒップホルスターーーに収める。そして、リボルバー拳銃の隣に置かれていた2つの黒い円形の物体を手に取る。片方中心には銀色のボタンがあり、もう片側には6発の弾薬が円形に並ぶそれは、リボルバー拳銃用のスピードローダーだった。彼女は2つのスピードローダーをベルトの左腰辺りの小さな2つのナイロン製の袋ーースピードローダーポーチーーにそれぞれ収めた。
「麻耶、そろそろ行くわよー」
部屋の外から声がする。それを聞いて、栗色ツインテールの少女ーー棚里 麻耶ーーは返事をした。
「はーい」
第1話 衝動
2047年4月1日 午前9時12分、日本皇国 新江戸府 浜崎市 桜見町6-9-30、浜崎市立桜見高校。
桜吹雪舞う桜見高校の正門は、多くの人で賑わっていた。ブレザーを来た高校生達と、それに付き添う保護者達が大勢押し寄せている。
正門には[浜崎市立桜見高校 入学式]という大きな看板が立てられており、今日が入学式ということを示していた。
「入学式の閲覧希望者はこちらに並んで記名をお願いします!」
紺色のブレザーに紺色のチェック柄のスカートの茶髪ポニーテールの女子生徒が叫び、テント前に人々を並ばせる。左腕には[桜見高校 生活委員]という腕章が装着されていたが、両手には大きなベージュ色のライフルが保持されていた。伸縮式の銃床に20発の弾薬が収められた透明な弾倉、黒い筒型光学照準器、被筒には黒の垂直型前方把握とレーザーサイト、そして銃剣が装着されたドイツ製の7.62×51mm口径自動小銃・ドナウアー&クルト DK012を持つ彼女は左手で前方把握を握りながら右手で列を示して入校者を並べさせる。
「秀子ちゃん、張り切ってるね〜」
大声を上げる茶髪ポニーテールの女子生徒に近付いた水色髪ショートヘアの女子生徒がそう話し掛けた。しかし、茶髪ポニーテールの女子生徒ーー桜見高校 2年生活委員の鈴川 秀子ーーは真面目な口調で返した。
「香、無駄口叩かずに生活委員の仕事を全うしろ」
そう返された水色髪ショートヘアの女子生徒ーー桜見高校 2年生活委員の真岳 香ーーは唇を尖らせる。
「そう言われたってさぁ、生徒会と教員のお手伝いだよ? あたし達の本来の仕事は『不良の補導』だし、お門違いもいいとこでしょ」
「頼まれたからにはきちんとやる。そういうものだ」
「頭硬いなぁ秀子ちゃん。ホント『生真面目』を体現してるよね」
「そういう香は『不真面目』そのものだな」
「どーせあたしは不真面目な軽い女ですよー。っていうか秀子ちゃん、そのライフル重くないの?」
「帯刀しているお前に言われたくは無い」
そう言いながら、鈴川は真岳の左腰に差されている日本刀を見る。柄も鞘も涼し気な水色で装飾されたそれは、確かに場違いな物であった。
「〈蒼雪〉はあたしのアイデンティティなの」
「今時そんな長物は流行らないぞ」
「そーゆー秀子ちゃんだって、わざわざ着剣装置を後付けしてる癖に。しかも7.62mm口径のライフルで」
「ストッピングパワーと接近戦を想定しての選択だ」
「それでそうなる? ホント秀子ちゃんって変わってるよね」
「お前が言うな」
棚里は[浜崎市立桜見高校 入学式]という看板の前で、右手でピースサインを作っていた。その正面にはカメラを構えた父親とその隣で微笑む母親。
「麻耶、もうちょっと左によって。そうそう」
父親がシャッターを切ろうとした時、パトカーのサイレン音が近付いてきた。
「何かしら?」
母親がサイレン音のする方へ向き、棚里も釣られてそちらへ首を向けた。
桜見高校 正門前の道路から先、大通りとの交差点で左急旋回する緑色のセダン型タクシー、そしてそれを追うように交差点をドリフトする、赤色灯を載せたゴールドツートンカラーのクーペの2台が桜見高校 正門前へとやって来た。
新江戸サルーン交通株式会社所属の緑色のセダン型タクシーーー富木 モッレセダン(YXS11後期型)ーーの車内には男が2人。運転席にはメガネを掛けた初老のタクシー運転手、そして彼の後頭部にオーストリア製9×19mm口径ポリマーフレーム自動拳銃・ライカン 14を突き付けて後席に座りながら後ろを見る男・栗田 要ーー否、吉沢 剛ーーがいた。
「もっとスピード出せねえのかよ!」
吉沢が叫ぶが、タクシー運転手は怯えながら否定する。
「無茶言わないでくださいーーうわっ、前にもパトカーが!」
その言葉で、吉沢は正面に目を向ける。すると、向こうからも赤色灯を載せた銀色のセダンが向かって来ていた。
銀色のセダンーー丹生館 ホライゾン350ST-8(PV35前期型)ーーは車体を右に向けながら急停車、片側一車線の道路を塞ぐ。
行き場を失ったモッレセダンタクシーも急停車し、吉沢は咄嗟にタクシーを降りた。しかし、タクシーの後ろにゴールドツートンカラーのクーペーー丹生館 パンテーラ3.0ブレンネロ(UF31AZ2後期型)ーーが車体を左に向けながら急停車して退路を塞いだ。
ホライゾン350ST-8から白いパーカーを着た黒髪の男性ーー新江戸府警察 浜崎警察署 刑事課 強行犯係の夢川 葵巡査部長ーーと黒いスーツ姿の栗色ロングヘアの女性ーー琉田 風令巡査長ーーが降りて、それぞれ拳銃を取り出す。一方のパンテーラ3.0ブレンネロの助手席から黒髪ショートヘアの女性ーー新江戸府警察本部 刑事部 捜査一課 7係の佐久井 麗美巡査部長ーーと銀髪ショートウェーブヘアの少女が降りた。銀髪の少女は紺色チェック柄のスカートに紺色のブレザーと、桜見高校の生徒と同じ出で立ちだが、ブレザーの下には黒い防弾チョッキがあり、胸の辺りには[PREFECT]という金色の表示、そして下腹部にはホルスターが装着されている。左腕には[桜見高校 風紀委員]の腕章があった。
銀髪の少女は右手で防弾チョッキの下腹部辺りのホルスターから黒い自動拳銃ーーイタリア製のベルティーニ 90-4ーーを取り出し、一方の左手でブレザーの右胸内ポケットから黒い物を取り出した。そこには警察の徽章と彼女の顔写真、そして[新江戸府警察 浜崎警察署 浜崎市立桜見高校 風紀委員会 新山 還執行員]の表記があった。
「桜見高校 風紀委員会だよ。えぇと……何の容疑でしたっけ?」
銀髪の少女ーー桜見高校 2年風紀委員の新山 還ーーが佐久井に訊ねると、彼女は拳銃を構えながらため息をついた。
「栗田 要、あなたを監禁容疑で現行犯逮捕します。いえ、吉沢 剛と言った方がいいかしら? 3年前の銀行爆破事件についても話してもらうわ」
すると、吉沢はその手にした自動拳銃・ライカン 14を桜見高校の正門へと向けた。
そして、銃声が鳴り響いた。
アスファルトの路面に、鈍く金色に光る薬莢が転がる。薬莢の縁には[.40A&R BAYSIDE ARMORY]と刻印されている。
そのすぐ側には、銃口から硝煙が立ち込めるベルティーニ 90-4を構えた新山が立っていた。
吉沢は右手の甲から出血し、ライカン 14が足元に転がる。素早く夢川と琉田が近付き、琉田がライカン 14を拾い上げて夢川が吉沢を後ろ手に拘束して手錠を掛ける。
一方の新山はベルティーニ 90-4のスライド後端のセーフティレバーを左親指で下ろしてホルスターに仕舞う。が、同じく拳銃を仕舞った佐久井に呼び止められた。
「あなたねぇ、何の躊躇無く発砲しないでよ!」
「だってあたしが撃たなきゃ、代わりに誰かが撃たれてたっスよ」
「説得とか警告の段階をすっ飛ばさないでちょうだい! あなた、法執行官の一人って自覚足りてないんじゃないかしら!?」
すると、琉田が2人の間に割って入った。
「まぁまぁ、佐久井さん。新山ちゃんだってこうすべきと行動した訳ですし」
しかし、佐久井の怒りは治まらなかった。
「署長に言うから、覚悟しなさい! 琉田巡査長、浜崎署まであいつを連行して」
そう言い残し、佐久井はホライゾン350ST-8へと向かう。一方の新山は頭を掻きながら呟いた。
「短気だなぁ佐久井さん。鉄分足りてないんじゃないの?」
2047年4月1日 午前11時01分、日本皇国 新江戸府 浜崎市 桜見町6-9-30 浜崎市立桜見高校 本校舎3階、1年C組教室。
トラブルはあったものの、桜見高校の入学式は滞りなく終わり、新入生達はこれから1年間過ごす教室へと移動していた。
「以上で、ここの説明は終わりよ。んじゃ、あとは解散。さよならー」
ざっくばらんな説明で終わらせた黒髪ロングヘアの女性教師ーー桜見高校 1年C組担任、数学ⅠA担当の道志 玲美ーーは教壇から降りて教室を出ていく。
その呆気なさに新入生達は少し戸惑うが、すぐに彼らは立ち上がって帰りの支度を始めたり、何人か集まって会話を始めた。
棚里もカバンを手にし、席を立ち上がる。すると、後ろの席に座っていた金髪ポニーテールの少女が話し掛けた。
「あら、棚里さん。もうお帰りですの?」
「ちょっと寄るとこがあってね」
「どちらに?」
「生徒会室なんだけど」
すると、金髪ポニーテールの少女が両手を合わせた。
「あら、奇遇ですわね。わたくしも生徒会室に用事がありましてよ」
「そうなんだ。じゃあーー」
「ええ、一緒に参りましょう」
彼女は麗羅=タルボット、イギリスと日本のハーフで、棚里と初日で仲良くなった人物である。
浜崎市立桜見高校は、生徒達が普段授業を受ける本校舎、体育館、別棟等から成る大きな高校である。
棚里とタルボットの2人は2階渡り廊下で本校舎から別棟へと向かう。別棟には職員室や音楽室、美術室、そして生徒会室が設けられている。
2人が職員室に入ると、そこで道志と出会した。
「どうしたの? 何か私に用?」
道志がそう問い掛けると、2人は首を振った。
「いえ、生徒会室に向かいたいのですが」
棚里がそう言うと、道志は右手で後ろを指差した。
「なら、そこの階段で下に降りて。右手にあるのが生徒会室だから」
「はい、ありがとうごさいます」
「失礼いたしますわ」
棚里はお辞儀をし、タルボットはスカートを両手で少し持ち上げてお礼をする。そして、2人は職員室の端にある階段を降りて行った。
「……どっかのお嬢様か、タルボットって」
道志はそう独りごちた。
「タルボットさんって、本当にお嬢様なんだね」
「名字で呼ばないでくださいまし。お嬢様と言っても、没落貴族の末裔というだけですわ」
「うわ、家系が違う」
2人はそんな会話をしながら、階段を降りて生徒会室に入った。そこは、生徒会室と呼ぶにはあまりにも巨大だった。別棟の1階部分の半分以上を占める床面積を持ち、いくつものカウンターや机が並び、生徒達が慌ただしく右往左往していた。
その光景を見た棚里は思わず、浜崎市役所を思い出す。生徒会室、というより役所のような雰囲気を出していた。
2人は[生徒会]というプレートが置かれたカウンターに近付き、そこにいた茶髪ミディアムヘアのメガネを掛けた男子生徒に話し掛けた。
「あのーー」
「ようこそ、桜見高校へ。君達、新入生だね? 何か用かい?」
タルボットが口を開く。
「風紀委員会はどちらでしょうか?」
「風紀委員会なら、この部屋の奥だね。ほら、あの人が集まっている所」
彼が示した部屋の奥には、何人かの生徒と大人達が集まって話をしていた。
そして棚里の方を向く。
「君も風紀委員会に用があるのかい?」
「いえ、伊奈本プライベートサーチ&セキュリティの事務所がここにあると聞いて」
「なら、ここの隣だね」
「ありがとうごさいます。にしても、生徒会室って広いですね」
棚里の言葉に、男子生徒は苦笑した。
「『生徒会室』とは名ばかりだけどね。確かに、生徒会はここで活動しているけど、風紀委員会と生活委員会、あと探偵事務所が同居しているのだから」
2人は男子生徒ーー桜見高校 2年生徒会長の深堀 月ーーにお礼をして、カウンターに設けられた腰高の扉を開いて進む。
「では、ここで」
棚里がそう言うと、タルボットは右手を振った。
「ええ、また明日にお会いいたしましょう」
棚里も右手を振り返し、[IPSS]と書かれたプレートが置かれたカウンターの奥へと進む。そこには、部屋の奥ほどでは無いが人が集まっていた。
「失礼します。本日入社した、棚里です」
棚里がそう挨拶すると、集まっていた5人が一斉に彼女の方を向いた。そして、中心にいた褐色肌に茶髪ロングヘアと、いかにもな外見の女子生徒が棚里に近付いた。
「いらっしゃい、そしてようこそ、伊奈本プライベートサーチ&セキュリティへ。あたしが社長の伊奈本 流美よ。……って面接の時に言ってるか」
黒ギャルのような格好の女子生徒ーー桜見高校 2年生、伊奈本プライベートサーチ&セキュリティ(IPSS)株式会社社長の伊奈本 流美ーーは舌を出しながら右手で自分の頭を小突く。そして、集まっていた他の4人の方を向いた。
「はい注目、新入社員の棚里 麻耶ちゃんだよ」
「新人の棚里です」
思わず、棚里は右手で敬礼する。それを見て、1人の黒髪の男子生徒が思わず吹き出した。
「うちは警察じゃないんだからさ。それに固いよ、うちはゆったりアットホームな職場なんだから」
その言葉に、隣にいた紫髪の男子生徒が反応する。
「それ、ブラック企業の常套句だからな」
「おっといけない」
黒髪ポニーテールの女子生徒も言葉を繋げる。
「まぁ、勤務時間的にはブラックだが」
「ちょっとちょっと、みんなして新人ビビらせてんじゃないよ」
ピンク髪ロングヘアの女子生徒が割って入り、棚里の前に立った。
「あたしは田基 なつ、よろしくね」
そう言って棚里に右手を差し出した。
「はい、よろしくお願いします」
棚里はピンク髪ロングヘアの女子生徒ーー桜見高校 2年生、IPSS所属の田基 なつ調査員ーーと握手する。それを、黒髪の男子生徒が羨望の眼差しで見ていた。
「次僕ね、鈴端 翔矢、よろしく」
そう言って黒髪の男子生徒ーー桜見高校 2年生、IPSS所属の鈴端 翔矢調査員ーーも右手を差し出すが、田基がそれを叩いた。
「あんたのようなナンパ男は近付いちゃ駄目だからね」
「ひっでぇ」
呆気に取られる棚里に、田基が警告する。
「いい? コイツはこの学校で一番のナンパ野郎だから近付いちゃ駄目だからね」
「は、はい……」
「僕は猛獣じゃないぞ。あ、ある意味猛獣か」
「黙っとれ」
「うっす」
鈴端は田基に圧倒される。それを尻目に、黒髪ポニーテールで左腰に帯刀した女子生徒が口を開く。
「長倉 依月だ。こっちは羽崎 辰美」
黒髪ポニーテールの女子生徒ーー桜見高校 2年生、IPSS所属の長倉 依月調査員ーーが右手で示した紫髪の男子生徒ーー桜見高校 2年生、IPSS所属の羽崎 辰美調査員ーーは頭を掻きあげた。
「俺の言うこと無くなったじゃねぇか。まあいい、羽崎 辰美、一応ここの所長兼課長だ」
その肩書きに、棚里は疑問を持った。
「よろしくお願いします……所長と課長なんですか?」
「本社は別にあってな、ここは『桜見高校営業事務所』ってなってるから所長を任されてる。ま、社長がいつもいるんだけどな」
羽崎の言葉に伊奈本が返す。
「しょうがないじゃん、放課後に会社まで移動するのめんどくさいもん。それにここなら、風紀委員と連絡しやすいし」
「電話使えよ」
「それもめんどいしぃ」
「堕落しきっとるな」
棚里は困惑するばかりだった。
一方のタルボットは生徒会室の奥へと進み、[風紀委員会]というプレートが置かれたカウンターの中へ入り、敬礼した。
「本日より桜見高校 風紀委員会に配属された、麗羅=タルボット執行員です」
すると、窓際に並んだ2つの机を囲んでいた人達がタルボットの方へ振り返った。その内、囲まれていた机の1つに座っていた茶髪ショートヘアの女性が椅子から立ち上がった。
「聞いてるわ。私がここの顧問の新条 あかりよ」
茶髪ショートヘアの女性ーー新江戸府警察 浜崎警察署 保安課 青少年係 浜崎市立桜見高校 風紀委員会顧問の新条 あかり警部補ーーがそう自己紹介する。
「早速で悪いんだけど、今G事案(テロ関連事件)の真っ最中なのよ。こちらが、府警本部 捜査一課の佐久井巡査部長と仁科巡査長、浜崎署 強行犯係の夢川巡査部長と琉田巡査長」
新条の紹介で、黒髪ショートヘアの佐久井 麗美巡査部長、茶髪シニョンの仁科 香夜巡査長、黒髪の夢川 葵巡査部長、茶髪ロングヘアの琉田 風令巡査長がそれぞれお辞儀し、タルボットもお辞儀で返した。
すると、タルボットの後ろから別の黒髪ショートヘアの女子生徒が近付いてきた。
「あかりさん、おはようございます」
開口一番挨拶をするも、そのままタルボットを押し退けて新条の目の前に飛び出す。
「おはようじゃないでしょ、もうお昼よ」
新条が苦言を呈すと、彼女はため息をつきながら文句を並べる。
「何で令状を出さないんですか? 組長パクるまであと一歩だったんですよ」
そんな彼女の言葉に、佐久井と夢川が嘆いた。
「まだ追い掛けてたの?」
「古河さんね、それは風紀委員じゃなくて、うちの公安課か、本部の組対(組織犯罪対策課)の管轄だからね?」
夢川の言葉に、黒髪ショートの少女は反論する。
「一体いつやってくれるんですか? そんな悠長にやってたら、犠牲者は増える一方ですよ」
「時期を待ちなさいって言ってるの。それに、今はG事案の真っ最中だから招集かけたの」
ヒートアップする黒髪ショートの少女を、新条が宥め、タルボットに紹介する。
「タルボット、紹介するわ。こちら、2年風紀委員の古河 來執行員よ。彼女は今日着任した1年風紀委員の麗羅=タルボット執行員」
「よろしくお願いいたしますわ」
紹介され、タルボットは黒髪ショートの少女ーー桜見高校 2年風紀委員の古河 來執行員ーーにお辞儀をする。しかし、古河の態度は素っ気なかった。
「ふぅん、よろしく。ところで、メグルは何処に?」
呆気に取られるタルボットを他所に、古河は新条に訊ねると、新条はため息をつきながら応えた。
「新山なら、倉田達と一緒に現場検証中よ。吉沢の自宅にあった筈の爆弾が無くなってたの」
「ば、爆弾!?」
新条の言葉に、タルボットは驚いた。
2047年4月1日 午後0時29分、日本皇国 新江戸府 浜崎市 元巻町5-8-12-205 ハイツ元巻 205号室。
アパートの周囲には、赤色灯を点灯させた複数のパトカーが停まっていた。
その内の1台、小型赤色灯を屋根に載せた黒色の4ドアハードトップセダンーー丹生館 フランシス250LV-4(ENY34前期型)ーーに寄りかかって両腕を伸ばす新山は欠伸をしていた。そこへ、黒髪ロングヘアの少女が近付いてきた。紺色のブレザーに紺色チェック柄のスカート、そして[PREFECT]と書かれた黒色の防弾チョッキを着て左腕には[桜見高校 風紀委員]という腕章を装着している。
「全く、吉沢を追い掛けるのに夢中で爆弾が盗まれるなんてヘマをするなんて」
黒髪ロングヘアの少女ーー桜見高校 3年風紀委員会副会長の倉田 美樹監視員補ーーが苦言を呈すと、新山が反論した。
「姐さん、犯人逃げたんスよ、しかもタクシー乗っ取って。現場の保存とどっちが優先なんスか?」
「そもそも、増援の到着を待たずに踏み込んだ新山が悪い」
「何で全部アタシの所為になるんスか! ……っあーもぉいいっスよ、アタシが悪ぅござんした」
「謝るのは私じゃないでしょ。反省文書いて、その前に爆弾を探す」
「へいへい」
「『はい』は1回」
「へぇい」
新山の舐め腐った態度に、倉田は両手を腰に当てて叱ろうとした時、無線機が鳴った。
《府警から浜崎市内の全移動へ。赤先町6丁目の学習塾『茗渓ゼミナール 赤先校』で爆発があったと入電中。浜崎市内で進行中のG事案との関連あり、至急現場へ急行し、調査願います、どうぞ》
それを聞き、倉田は防弾チョッキの左肩付近に取り付けられた無線機のボタンを押す。
「桜見301、了解。急行します」
倉田はフランシス250LV-4の運転席側のドアを開け、助手席側のドアを新山が開けた。2人は座席に座り、倉田がサイドブレーキを解除した。
2047年4月1日 午後0時58分、日本皇国 新江戸府 浜崎市 赤先町6-4-8 ラピート赤先ビル。
普段は多くの人で賑わう赤先商店街だが、今は多くのサイレン音が賑わいをかき消していた。
4階建てのビルの2階部分が焼け焦げ、周囲にはガラスの破片が散乱している。そして、消防士達がビルへと入っていく。
ビルから離れていく救急車と入れ違いに、赤色灯を載せた黒の丹生館 フランシス250LV-4と銀色の丹生館 ホライゾン350ST-8がビルへ近付き、停車する。フランシス250LV-4からは倉田と新山、そしてホライゾン350ST-8からは夢川、琉田、そして古河とタルボットが降りた。
「こりゃまた派手にいったな」
夢川が現場を見て嘆く。先に現場に入っていた機動捜査隊員から被害状況を聞いた琉田が報告する。
「死亡したのはここの講師と私立アンコローレ学園の生徒の2名、他重症3名と軽傷10名です。大半が10代の若者です」
その報告に、夢川は天を仰ぎ、古河は首を振るう。そして、タルボットは思わず口元を覆った。
一方の倉田は新山の脇腹を左肘で小突いた。
「あんたがヘマしてなきゃ、犠牲者出てないんだからね」
「はぁい」
新山のやさぐれた返事に、古河は眉を顰めて口を開いた。
「全く、あなたはいつも軽いわね」
その言葉に、新山は唇を尖らせた。
「なぁにぃ、深刻そうな顔を作れっての? アタシは役者じゃないんだよ」
「知ってるわよ。ただ、ちょっとは反省しているように見せなさいよ」
「アタシのモットーは『常に軽く』なんだよ」
「あなたは軽過ぎるって言ってるのよ」
「何さお高くとまっちゃってさ。そんなんだから『深窓の令嬢』なんて悪口言われるんだよ」
「それ、悪口じゃないわよ。それを言うなら『冷酷の非情』でしょ」
「そうとも言うけどさぁ」
「言わないわよ」
2人の止まらない言い合いに、倉田が仲裁に入ろうとした時、彼らが左耳に付けたイヤホンから音声が流れた。
《浜崎署から各移動、爆破事件のマル目(目撃者)情報あり。対象は白のオフロードバイクで岸名町方面へ北進、ナンバーは浜崎1 『英語』のえ 15-38、黒のジャンパーに紺色のジーパン、黒のヘルメットを着用した身長170cm程の細身、性別不明。以上のバイクに対して自署配備を発令》
即座に倉田と夢川が呼応する。
「桜見301、了解」
「浜崎43、了解。係長、バイク所有者は? どうぞ」
《浜崎市 関中町7-9-15-305 シティローレル関中305号室の新渡戸 純一名義で登録されている。年齢17歳、浜崎市立桜見高校 3年D組所属とのこと、以上浜崎署、通信終わり》
「浜崎43、了解」
そこへ、ゴールドツートンカラーのパンテーラ3.0ブレンネロが赤色灯を載せてやってきた。運転席から青髪ショートヘアの中性的な少女ーー桜見高校 2年風紀委員の鎌谷 勝己ーーと助手席から黒髪の中性的な少年ーー桜見高校 3年風紀委員の櫻樹 真理ーーが降りてきた。
「美樹、D組の新渡戸だって?」
開口一番、櫻樹が倉田にそう訪ねた。倉田は困惑の表情を浮かべたまま頷く。
「信じたくないけどな。夢川さん、真理と私でそっちを当たります」
その言葉に夢川は同意した。
「分かった。そっちは任せた。俺達は周囲の捜索に出るが、そっちは?」
夢川の問いかけに、古河が答える。
「わたしはメグルと一緒に塾長の所で事情聴取します」
「了解、よし行くぞ!」
夢川の指示で、全員それぞれの覆面パトカーに分乗する。
倉田と櫻樹が乗った黒のフランシス250LV-4は交差点を直進し、夢川達4人が乗ったホライゾン350ST-8は右折、そして新山と古河が乗ったパンテーラ3.0ブレンネロは左折する。
2047年4月1日 午後1時12分、日本皇国 新江戸府 浜崎市 桜見町6-9-30 浜崎市立桜見高校 職員用駐車場。
桜見高校に勤める教員の自家用車の他、自動車通学をする生徒の車、そして風紀委員会所属の覆面パトカーが停められている駐車場は慌ただしくなった。多くの生徒がそれぞれの車に駆け寄り、次々と赤色灯や青色灯を屋根に載せて走り出す。
その内の1台、真っ白なセダン・富木 ラウンデルファイターSi-Four(GRS211前期型)に羽崎と鈴端、そして棚里が駆け寄り、羽崎は助手席側のドアを、鈴端は運転席側のドアを、棚里は後部左側のドアをそれぞれ開けて乗り込む。
鈴端がスタートボタンを押してエンジンを始動、羽崎はグローブボックスに設けられた無線機のボタンを押して窓から青色灯を屋根に載せる。そして助手席側のサンバイザーを下げて外側のフラットビーム補助灯を作動させた。
「よし鈴端、出せ」
「オーライ」
羽崎の言葉で鈴端はシフトレバーをドライブレンジへ動かし、左足でパーキングブレーキを解除、発車させた。
正門を出て左折、サイレン音を鳴らしながら「桜見高校南」交差点を左折して片側3車線の大通り「新港通り」を東進する。後ろには生活委員会の鈴川と真岳が乗ったシルバーのセダン・富木 ラウンデル3.5ファイター+アーキテクトスーパーチャージャー(改GRS204前期型)が青色灯と青色フラットビーム補助灯を点灯させながら追走している。
ハンドルを握る鈴端は羽崎に訪ねた。
「はさみん、ルートは?」
「はさみん言うな。桜見駅前に出て福原町方面へ向かってくれ。桜見606から桜見412、福原町方面へ向かう、そっちは? どうぞ」
羽崎は無線機のマイクを持ち上げながら答えると、無線機から返事が返ってきた。
《桜見412は元巻埠頭を捜索してみるよ、どうぞ》
「了解、そっちは頼んだぞ、通信終わり」
羽崎はマイクを戻し、2台は新江戸環状バイパスの下にある「浜崎南立体」交差点へ差し掛かる。羽崎達のラウンデルファイターSi-Fourは左折、真岳達のラウンデル3.5ファイター+アーキテクトスーパーチャージャーは直進して別れた。
左折したラウンデルファイターSi-Fourはそのまま浜崎産業道路を北進し、桜見駅方面へ向かう。
後部座席に座った棚里は、羽崎に疑問を投げかけた。
「探偵なのに、警察の手伝いをするんですね」
「俺達国家認定調査員は、警察からの業務委託を受けられるからな。実際には警察の使いっ走りみたいなもんだ」
羽崎がそう答えると、鈴端は苦笑した。
「フィクションの探偵より、よっぽどハードワークだよ。こうして防犯用パトカーで捜査してるんだから」
3人を載せた白いセダンは「桜見駅前」交差点で右折し、桜見駅前を通り過ぎて福原町方面へ東進する。
「生活委員会もこうして捜査しているなら、わざわざ風紀委員会と分ける必要ってあるんでしょうか?」
棚里の次なる質問に、羽崎は答える。
「風紀委員会は都道府県 公安委員会の下に設立される高等学校の法執行機関だが、生活委員会は高校が独自に設立した自治機関だから、予算の出処が違う。ま、『不良生徒の補導』が仕事だから、今回は捜査に加わっているだけだ」
一方その頃、パンテーラ3.0ブレンネロはとあるマンションの前に停車した。
助手席から古河、運転席から新山が降りてマンションへ入り、新山がエレベーターのボタンを押した。
「何階だっけ?」
「7階よ」
新山の質問に古河が答えると、丁度のタイミングでエレベーターの扉が開いた。2人は乗り込み、新山が7階のボタンを押す。
エレベーターの扉が閉まり、2人を乗せた籠は上昇を始めた。
「それにしても、塾を爆弾で吹っ飛ばすなんて何考えてんだろね?」
「逮捕された吉沢の意思を継いで、とは考え辛いわね。吉沢は東京都内、それも警察署の目の前にある銀行を爆破するという明確なメッセージがあったわ。でも、今回は商店街の中にあるとはいえ、警察施設からは遠い上に何ら関係ない塾を爆破して、逃走時にはすぐ身元が割れるバイクだなんて、マヌケそのものね」
「となると、愉快犯?」
「さぁね。聞いてみるまで分からないわ」
扉が開き、2人はエレベーターを降りた。
そのまま廊下を進み、704号室のインターホンを古河が押した。
《はい、どちらさん?》
インターホンから男性の声が流れ、古河は警察手帳をかざしながら応えた。
「桜見高校 風紀委員会の古河です。お話をお伺いさせてよろしいですか?」
直後、扉が開いた。中から、部屋着姿の中年男性が出てくる。
「風紀委員会? 何かあったんですか?」
男性の質問に新山が返す。
「あなたの経営する塾が爆弾で吹っ飛ばされたんスよ」
「茗渓ゼミナール 赤先校の武井 康夫さんですね。あなたが塾長をしている塾が何者かに爆破されました。何か心当たりはありますか?」
「恨みを買ったとか、怪しい奴を見かけたとか何か無いっスか?」
2人から矢継ぎ早に出てくる言葉に、武井は驚愕の表情を浮かべた。
「爆破……!? そんな、心当たりなんて……」
「ショックを受けるのは分かります」
その時、新山はフラフラとメーターボックスへと倒れ込んだ。
「メグル!?」
古河が驚くが、新山は左手を挙げる。
「お昼まだ食べてなくてさ、もうお腹ペコペコで」
「全く、聞き込み中にだらしない」
古河は呆れ返るが、新山の耳に何かが聞こえた。それは、携帯電話の着信音のようなベル音だった。
「ちょっと待って。ルカ、伏せて!」
その言葉に、古河は武井を部屋の中へ押し倒す。新山も隣の部屋の方へ飛ぶ。
直後、メーターボックスが爆ぜた。
メーターボックスの扉が吹き飛び、共用廊下を飛び越えて階下へ落ちる。そして、メーターボックスから火の手が上がる。
「武井さん、無事ですか!? メグル、あなたは!?」
「えぇ、はい……」
「お気に入りのローファーが焦げちゃったよ全く!」
古河が武井と新山の無事を確認し、直ぐに防弾チョッキの左肩辺りの無線マイクのボタンを押した。
「桜見303から浜崎署! 武井氏宅にて爆発が発生! ただちに増援願います、どうぞ!」
《浜崎署、了解。浜崎署から各移動、青凪町3-2-5-705にて爆発が発生、一連の爆破事件との関連性あり、各捜査員は二時被害に留意しつつ現場を封鎖せよ、以上浜崎署》
即座に新山はホルスターからベルティーニ 90-4を引き抜き、セーフティレバーを上げて共用廊下の壁に隠れる。古河も防弾チョッキのホルスターからアメリカ製9×19mm口径自動拳銃・ブレナン B2023を抜いて、新山の隣に隠れつつ、マンションの向かいを伺う。
「私達が来て爆発ってことは、リモコン爆弾ね」
「あの中からケータイの着信音が聞こえたから、起爆スイッチはたぶんそれだよ。奇遇にも、吉沢の部屋にあったのも同じ携帯電話が付いた爆弾だったけど」
「それ、あなたの所為で盗まれた爆弾じゃないの!」
「ここでお説教は勘弁してよぉ。今は近くにいる犯人探さないと」
「それは増援に任せて、私達は武井さんの保護が優先よ! 武井さん、一緒に来てください!」
古河は武井を起こし、彼を屈めなさせながら自身も身を低くしつつ階段へ向かう。
「あ、ちょっちルカ! あーもう援護すりゃいいんでしょ!」
新山は悪態をつきながら、マンションの向かいへと拳銃を向けながら古河の後に続いた。
2047年4月1日 午後1時42分、日本皇国 新江戸府 浜崎市 城先町5-2-5 新江戸府警察 浜崎警察署 2階 第3会議室。
長机がいくつか並んだ部屋の中には、着の身着のまま連れられてきた武井と古河、新山、そして府警本部 捜査一課の佐久井と仁科がいた。
「武井さん、あなたが狙われる心当たりは本当にありませんか?」
椅子に座って呆然としている武井に、佐久井が詰め寄るが、彼は首を横に振った。
「いえ、本当、そのような覚えは無いんです……」
一方の新山は長机に腰掛け、左の革靴を手に取って眺めていた。
「はぁ、オキニの靴だったのになぁ……」
その靴は、茶色だったのが所々黒く変色していた。
「あなたの身代わりになったのよ。というか、これ全部あなたの失態だからね」
そう言い捨てる古河に、新山は抗議の目を向けた。
「ルカぁ、何で何もかもアタシの所為にするのさぁ」
「当然でしょ。あなたが爆弾を確保していれば、こんな騒ぎになってないの」
「だからってさぁーー」
言い合いを続ける2人に、佐久井はピシャリと言い放った。
「2人共うるさい」
「すみません」
「へぇい」
2047年4月1日 午後1時43分、日本皇国 新江戸府 浜崎市 関中町7-9-15 シティローレル関中。
マンションの共用廊下を歩く女性の前に、2人の高校生が立ちはだかった。
「桜見高校 風紀委員会の倉田です」
「同じく櫻樹です」
倉田と櫻樹はそれぞれ警察手帳を提示してお辞儀する。女性もお辞儀を返した。
「何か?」
「新渡戸 純一はどちらにいらっしゃいますか?」
倉田がそう訊くと、女性は怪訝な顔を浮かべた。
「うちの子が何かしたんですか?」
「いえ、まだそれは分かりませんが……」
櫻樹の返答に、女性は勢い良く言葉を返す。
「あなた達と違って、うちの子の将来はまだ決まってないんですよ!? 犯罪に手を染める筈がありません!」
「落ち着いてくだーー」
「出てってください! 何も話す事はありません!」
倉田の制止も聞かず、女性は2人を奥へと押し出した。
追いやられた2人は、やむ無く階段を降りる。
「美樹、新渡戸の奴が『クロ』って思ってるか?」
櫻樹の言葉に、倉田は眉を顰めた。
「今まで問題行動を起こしてないから、何とも言えないな。新山みたいなのだったら、すぐ納得できるけど」
「風紀委員会一の問題児と並べちゃアカンだろ」
「まぁそうだけどな。ただ、バイクの盗難届が出てない以上、奴は重要参考人に違いない」
2047年4月1日 午後2時59分、日本皇国 新江戸府 浜崎市 桜見町1-1 国鉄臨港線 桜見駅前。
駅前ロータリーの向かい側、赤先商店街の入口にある大きな時計「クロックモニュメント」の前に武井は立っていた。
職場が突然吹き飛び、そして自宅まで爆破された彼は行き場を失い、赤先商店街を彷徨いていた。
途方もなく、彼はベンチに腰掛ける。爆弾騒ぎがあったとは思えぬほどの喧騒の中、彼は呆然としていた。
「先生」
突然、背後から話し掛けられた。
振り返ると、そこには1人の男が立っていた。その人物に、武井は見覚えがあった。
「新渡戸君じゃないか。どうしたんだい、こんな所で? 公務員試験に向けて頑張っているかい?」
それは、黒いジャンパーに紺色のジーンズを纏った少年ーー桜見高校 3年D組の新渡戸 純一ーーだった。
「こんな時にも、かつての教え子の心配ですか。相変わらずですね」
「あぁ、君も聞いたのか。私の塾が爆弾で爆破されたって」
「えぇ、家まで吹き飛ばされて災難でしたね」
新渡戸の言葉に、武井は驚き、立ち上がる。
「どうして、それをーー」
「当然ですよ、僕がやったんですから」
新渡戸は武井に右手を向ける。その手には、黒光りする自動拳銃が握られていた。
時計が午後3時を告げる鐘を鳴らす。そして、武井は倒れた。
新渡戸は減音器が装着されたオーストリア製ポリマーフレーム自動拳銃・ライカン 16をジャンパーの内ポケットに仕舞い、駅の方へ歩く。
背後では悲鳴が上がっていた。
2047年4月1日 午後6時38分、日本皇国 新江戸府 浜崎市 城先町5-2-5 新江戸府警察 浜崎警察署 3階 刑事課室。
「殺害されたのは茗渓ゼミナール 赤先校 塾長の武井 康夫さん、41歳。腹部に銃弾を受けた事による失血死です」
夢川の報告に、琉田が続く。
「銃弾は9×19mmのホローポイント弾、線条痕にマエ(前科)はありません。現場に落ちていた薬莢からファストシルバー製と判明していますが、購入者は膨大です。また、目撃者の中に銃声を聞いた者がいない為、サプレッサー(減音器)が使用されたと思われます」
その報告を、部屋の中に集まっていた風紀委員、生活委員、伊奈本プライベートサーチ&セキュリティ(IPSS)所属調査員、警察官が聞いていた。
続いて倉田が壇上に上がり、夢川の隣に立った。
「重要参考人の新渡戸 純一について報告します。浜崎市立桜見高校 3年D組、目立った経歴は無し。そして、昨年11月まで茗渓ゼミナール 赤先校に通っていました」
その報告に、部屋にいた者達はどよめく。
「彼は都内の国立大を志望して通っていましたが、成績が上がらなかった事から、母親との三者面談の際に武井氏から『希望は無い』と告げられ、茗渓ゼミナールを辞めています。母親と塾に通っている生徒から証言取れました」
「そんな事で爆弾や殺人をするんですか?」
棚里の憤りに、羽崎が返す。
「人は何がトリガーになって暴走するか分からないからな。お前には『そんな事』だとしても、本人には充分動機となり得る事もある」
「でも、もしそうなら爆弾やサプレッサーは何処から仕入れたんだ? サプレッサーを買うには厳格な審査を受ける必要があるぞ」
生活委員の鈴川の疑問に、古河が答えた。
「それなら、さっき吉沢が吐いたわ。新江戸府に潜伏していた時に新渡戸と知り合い、次第に同志として認めるほどの仲になったとね。その交流が始まったのが11月辺りだから、合致するわね」
「そしたら、いきなり新渡戸が裏切り、吉沢を警察に密告、そんでアタシらが吉沢逮捕に翻弄されている間に爆弾とサプレッサー付拳銃をせしめたと。こりゃ一本取られたね」
新山が補足すると、佐久井は咳払いする。そして、壇上に上がった。
「とにかく、新渡戸 純一を重要参考人から被疑者に変更して指名手配、これ以上好き勝手させないわ」
そう言い切った佐久井に、おずおずと新条が手を挙げる。
「あー、それなんだけどさ」
「何かありますか、新条警部補?」
「新渡戸 純一なんだけど、まだ17歳なんだよね」
その言葉に、全員は再びどよめいた。
「17ってことはーー」
「改正少年法のギリギリ保護下って事。指名手配は出来るけど、名前も顔も公表出来ない。ましてや、刑法で裁く事も出来ないのよ」
棚里の質問に、銀髪ポニーテールで赤縁メガネの少女ーー桜見高校 3年生、IPSS所属調査員の竹沢 詩織ーーが解説する。
「それも、運悪くなのか、今日が18の誕生日なの、新渡戸の」
新条が更に付け加え、棚里とタルボットを除く全員が頭を抱えた。
「どうしたのでしょう? 明日になれば、通常通り逮捕できますでしょうに……」
タルボットの言葉に、新山は突っ込む。
「甘い、甘いよ、麗羅ちゃん」
「改正少年法の対象年齢の被疑者が起こした事件は、例え逮捕時に18歳だとしても事件が起きた時に17歳なら少年法に則った捜査が義務付けられているの」
古河が言葉を続け、新条は腕を組んで口を開いた。
「きっとこのタイミングを狙ったわね。あたし達がギリギリで通常捜査を行えないタイミングを狙って」
「随分な確信犯ですねぇ、その新渡戸とかいう3年生」
鈴端が呑気に言うと、彼の頭を田基が引っぱたいた。
「その所為で刑事さん達やうちらも困ってるんだから、気軽に言わないの」
「酷くない?」
鈴端は羽崎に同意を求めるが、羽崎はそっぽを向いた。
「はさみんまでひでぇや」
鈴端の呟きに誰も反応せず、佐久井は口を開く。
「とにかく、新渡戸を引っ張る事に変わりは無いわ。現状、彼を探す事に注力してちょうだい」
2047年4月1日 午後7時18分、日本皇国 新江戸府 浜崎市 岸名町6。
閑静な住宅街を、3台の車が連なって走る。
先頭は新山と古河の乗るメタリックゴールドツートンカラーの後輪駆動2ドアノッチバッククーペ・丹生館 パンテーラ3.0ブレンネロ(UF31AZ2後期型)。
2台目は鈴端、羽崎、棚里の乗るホワイトパールクリスタルの四輪駆動4ドアセダン・富木 ラウンデルファイターSi-Four(GRS211前期型)。
最後尾は鈴川と真岳の乗るシルバーメタリックの後輪駆動4ドアセダン・富木 ラウンデル3.5ファイター+アーキテクトスーパーチャージャー(改GRS204前期型)。
やがて、とある家の前で停車し、7人はそれぞれ車から降りる。
「こんな大勢で押しかけて、迷惑じゃないか?」
鈴川の疑問に、羽崎が答える。
「狙われてるかもしれないんだろ、だったら大勢の方がいいだろ」
そんなやり取りの中、新山がインターホンを押した。
《はい、どちらでしょうか?》
「桜見高校 風紀委員会の新山でぇす」
「同じく古河です。星加 すみれさんはいらっしゃいますか?」
2人は警察手帳をインターホンにかざすと、塀の向こうの玄関扉が開いた。
「すみれは私ですけど……」
そこにいたのは、黒髪三つ編みヘアのメガネを掛けた少女だった。
ラウンデルファイターに寄りかかった鈴端が口笛を吹き、真岳が彼の頭を引っぱたく。
「何で?」
「このナンパ野郎」
鈴端の疑問に、真岳が一言だけ返す。
そのやり取りを見ていた少女ーー私立アンコローレ学園 3年生の星加 すみれーーは呆気に取られる。
「後ろのバカな探偵は気にしないでください」
古河の言葉に、新山は「そうそう」と頷く。
「何か御用ですか?」
星加の質問に、古河が答える。
「ええ。積もる話ですので、お邪魔してよろしいですか?」
「はい、どうぞ」
星加が門を開け、7人は敷地内へと入っていく。
それを、黒いジャンパーを来た人物が双眼鏡で眺めていた。
双眼鏡の中で、玄関扉が閉まるのを確認すると、その人物は跨っていたバイクのエンジンを始動させて走り去った。
2047年4月1日 午後7時29分、日本皇国 新江戸府 浜崎市 岸名町6-8-18 星加邸。
7人は広いリビングに通された。すぐに古河と羽崎がカーテンを捲って窓の外を確認する。青芝が整った小さめな庭の向こうには生垣があり、さらに向こうは岸名運河が流れている。
「お飲み物はーー」
「いえ、お気になさらず」
星加の問いかけに鈴川が答える。一方の新山と鈴端はリビングを見渡していた。
「すっげーでかい家だなぁ」
「幾らすんだろぉ」
呑気に天井を見上げる2人を、真岳が呼び掛けた。
「失礼でしょ、2人共」
そう言う真岳に、新山が質問を投げかけた。
「というかさ、何で生活委員の香と秀子ちゃんがここにいるのさ?」
「そりゃ、うちの学校に関わる事件だからな」
「それに、あんたら2人だけに任せられないでしょ」
鈴川と真岳が順に答えるが、新山は納得いかなかつた。
「何でぇ? アタシとルカは信用ならないって事? ここにいるバカ探偵より頼りになるでしょお?」
「誰がバカタレだって?」
鈴端が抗議するが、真岳は意に介さない。
「還、そして來ちゃん、学校でどう呼ばれてるか知ってる?」
突然呼ばれた古河は新山と顔を見合わせるが、2人して首を傾げた。そんな2人を見て、真岳はため息をつき、2人を交互に指差しながら言った。
「『あぶない風紀委員』だよ」
「そんな神奈川県警のオッサンみたいに言わないでよ、アタシらプリプリの十代だよ?」
「その言い方が既に古臭い」
鈴川がため息をつきながら言った。
一方の星加は呆気に取られていた。
「あの、何か私に用があって来られたんですよね……?」
その言葉に、7人は我に返った。
「失礼しました。改めて、桜見高校 風紀委員会の古河です」
「同じく新山でぇす」
「桜見高校 生活委員会の鈴川です」
「右に同じく、真岳です」
「伊奈本プライベートサーチ&セキュリティの羽崎です」
「鈴端です、よろしくね」
「あ、棚里です」
7人はそれぞれ身分証を見せる。そして、古河が切り出した。
「今日ここに来たのは、茗渓ゼミナールについての事で伺いました」
「茗渓ゼミナール、ですか……?」
星加の疑問に、新山が答える。
「去年11月まで一緒に通ってた、新渡戸っていう奴についてなんだけど」
そんな新山の言葉に、星加は左腕で右腕を抑えながら答えた。
「彼の事はあまり知りません……」
そんな星加の言動に、羽崎が切り込む。
「そんな事ありませんよね? 事情は既に他の塾生から聞いています」
「知りません、本当です」
「では具体的に言いましょうか。新渡戸は貴女にーー」
「まぁまぁはさみん。辛い事はいいですから、ね?」
問いただす羽崎に、鈴端が割って入る。そして、星加に優しく問い掛ける。
「言い寄られたんだよね? 怖かったよね、良かったら僕の胸に飛び込ーー」
そこで、鈴川がピシャンと鈴端の頭を叩いた。
「痛ってぇ」
「このゲス野郎」
そう吐き捨てる鈴川に、鈴端は頭を抑えていた。
「みんな酷くない?」
その時、リビングの端に置かれていた電話機が鳴った。
「出てください」
古河の指示に、星加は小さく頷き、電話機に歩み寄って受話器を取った。
「はい、もしもし……ひっ!」
小さく悲鳴を挙げた星加に、古河と羽崎が駆け寄る。そして受話器に耳を近付けた。
《そこにいるんでしょう、すみれ? ……あと、警察官も》
受話器から流れる男の声を聞いた古河は、星加の代わりに受話器を持った。
「えぇそうよ。新渡戸 純一ね?」
《人に名前を訊く時は自分から名乗らなきゃ》
「これは失礼しました。桜見高校 風紀委員会の古河よ」
《何だ、風紀委員か。まぁいい。彼女と一緒に死んでもらうよ》
電話越しの脅迫じみた言葉に、古河はたじろがない。
「ここにも爆弾を仕掛けたの、武井宅のように?」
《ああそうさ。庭を見てご覧》
咄嗟に古河は新山へアイコンタクトを出す。
新山は頷き、カーテンを捲って庭を見ると、そこにはラジコンカーが走り回っていた。携帯電話が装着された黒い筒状の物体を載せて。
「ルカ、たぶん爆弾を乗っけたラジコンが走ってる」
その言葉に、星加はパニックに陥った。
「そんな、私……!?」
「大丈夫、大丈夫ですから。あなた、何が目的なの?」
古河は星加を宥めながら、電話の向こうにいる新渡戸を問いただす。
《目的? そんな物は無いさ。ただ、派手な事をしたかった。それで充分だろう?》
「それで3人も殺したっていうの? 狂ってるよ、アンタ」
電話に近付いた新山がそう言い放つと、受話器から笑い声が漏れた。
「何が可笑しいの?」
古河が、静かに、怒りを込めながら言葉を放つ。
《もっと言ってよ、そういう言葉。今まで僕は褒められるだけで叱られた事は無かったんだ。だからあの時、先生に叱られた時は心底腹立たしかったね》
「先生? ……武井さんね。だから殺したの?」
《そうだよ。僕を叱る奴はみんな殺す。すみれ、君も僕を振った時は強い言葉を言ったよね? 君も殺してあげる》
「そうはさせないわ。必ずあなたを逮捕する」
《僕が何処にいるか分からないのに?》
「野郎、舐めやがって。とっちめてやる」
そう意気込む新山が部屋を出ようとするが、古河が止めた。
「メグル、待って」
《そう。賢明な判断だね。僕は君達を見ている。その部屋から一歩でも出たり、外と連絡を取ろうとすればドカンさ》
その言葉を聞いた羽崎がリビングを見渡す。すると、カーテンレールの端に取り付けられた器具を見つけた。
「盗撮カメラか」
《人聞きの悪い。すみれを眺める為のカメラさ。君達はただの背景に過ぎない》
新山は地団駄を踏み、ソファにふんぞり返る。
「ったく、胸糞悪いったらありゃしない」
一方の古河は受話器を握り締めながら、策を練っていた。
2047年4月1日 午後11時24分、日本皇国 新江戸府 浜崎市 岸名町6。
路肩に止まる3台の車の後ろにもう1台止まった。ダイヤモンドシルバーメタリックの後輪駆動4ドアセダン・丹生館 ホライゾン350ST-8だった。
「前の、桜見高校の車ですよね?」
助手席の琉田が質問すると、ハンドルを握っていた夢川が頷く。
「こんなに連絡を寄越さないなんて、7人揃って何やってんだか」
一方、星加邸のリビングでは、8人は無言で過ごしていた。
過呼吸気味な星加をソファに座らせ、棚里が宥める。
古河は受話器を握ったまま、まだ考えていた。
《あと少しで君達はあの世へ行く。気分はどうだい?》
「心地いいと思う? 遺言を頼んでもいいかしら?」
《そんな注文は受けないよ。あと……あれ、腕時計が壊れてるや。今何時だい?》
「スマホ持ってないの?」
《持っていたら、GPS情報で僕を追い詰めるだろう? そんなマヌケな事はしないさ》
その言葉に、古河は何かを思いついた。
「そうね……今10時8分よ」
《まだそのくらいか》
「何時に爆破するのよ?」
《11時59分さ。それなら、僕は罪に問われないだろう?》
「そう……でも、そんなに長引かせて大丈夫なのかしら?」
古河は再び新山にアイコンタクトを送る。受け取った新山は小さく頷いた。
《どういう意味かな?》
「これだけ私達は外部との連絡を絶っているのよ。不審に思った浜崎署の刑事達がこの近辺を探しているわよ。ほら、あなたの背後にパトカーが」
《そんな筈は……!?》
電話の向こうから物音がする。その瞬間、古河は叫んだ。
「メグル!」
「ほいさ!」
新山は窓を開け放ち、庭へ出る。そして、ラジコンカーを拾い上げて生垣の向こうへ投げた。
《くそっ、謀ったな!》
受話器から慌てた声が聞こえる。
投げられたラジコンカーは岸名運河へ着水し、沈む。そして、爆発した。
巨大な水柱が上がった。庭に立ち尽くす新山がその水柱を見上げると、運河の向かいに建つビルの屋上で人影が動くのを発見した。
「ルカ、向かいのビルに新渡戸がいる!」
すぐに叫び、室内へと戻る。
それを聞き、古河達は慌てて廊下へと飛び出した。
棚里もソファから立ち上がるが、星加に止められる。
「待って! 私を置いていかないで!」
「あぁ、ちょっと! 鈴川さん!」
「え、私!?」
棚里は星加を鈴川に預け、廊下へ飛び出す。
ホライゾン350ST-8の車内にいた夢川と琉田は突然の爆発音に驚く。
「何なの!?」
「浜崎43から浜崎署! 岸名町6丁目で爆発が発生! 調査に向かいまーー」
その時、星加邸から古河達6人が飛び出してきた。
「あ! 來ちゃん達ですよ!」
「何がどうなってるんだ!?」
2人は6人を目で追う。6人は2台に分乗し、それぞれ赤色灯と青色灯を載せて走り去る。
「何なの……?」
琉田が呆気に取られた。
2047年4月1日 午後11時26分、日本皇国 新江戸府 浜崎市 岸名町5。
突然の爆発音に、走行していた青色の後輪駆動4ドアセダン・富木 ノーブレRS200Z(SXE10後期型)は停車した。
「爆発、ですよね?」
助手席に座っていた赤髪ポニーテールの少女ーー桜見高校 2年生、IPSS所属調査員の戸坂 夕乃ーーは辺りを見渡しながら問い掛ける。後部座席に座っていた竹沢がそれに答える。
「恐らくね」
すると、正面からサイレン音が聞こえてきた。ノーブレRS200Zに乗ってた3人は正面を見る。
やってきたのは、赤色灯を載せてテールをスライドさせるパンテーラ3.0ブレンネロと、青色灯を載せたラウンデルファイターSi-Fourだった。
2台は交差点を右折てきて、停車しているノーブレRS200Zとすれ違う。
「今の303と606ですよね!?」
すれ違った2台を追って振り返る戸坂の質問に、同じく後ろを見る竹沢が肯定した。
「間違いないわ。永合、追ってちょうだい!」
「任せろ!」
運転席でハンドルを握る青髪サイドテールの少女ーー桜見高校 2年生、IPSS所属調査員の永合 涼香ーーは左手でシフトレバーをドライブレンジからリバースレンジへ上げる。
3人を乗せたノーブレRS200Zは後退し、速度が乗った所でバックスピンターン、助手席の戸坂が青色灯を屋根に載せた。
静かな住宅街に、サイレン音が鳴り響く。
白いオフロードバイクを、3台の覆面パトカーが追い掛ける。
「桜見608から606、何があったんですか!?」
助手席の戸坂が無線機のマイクで訪ねると、返答があった。
《こちら606、新渡戸を発見、追跡中、どうぞ》
「新渡戸!? 新渡戸を見つけたんですか!?」
《ああそうだ。608、周り込めるか、どうぞ?》
「分かりました。涼香、もっと飛ばしてください!」
戸坂の指示に、永合はアクセルを踏み込んで答えた。
「よっしゃあ、飛ばすぜ!」
ノーブレRS200Zの心臓部である3S-GE水冷直列4気筒自然吸気内燃機関が唸りを上げ、ラウンデルファイターSi-Fourを追い越す。
ノーブレとパンテーラのヘッドライトがハイビームでオフロードバイクを照らす。オフロードバイクは交差点を右折し、新山は左手でサイドブレーキレバーを引き上げて後輪をロック、ハンドルを回してテールをスライドさせて右急旋回。サイドブレーキを解除してシフトレバーをドライブレンジからファーストレンジに下げ、アクセルペダルを踏み込んで加速する。
一方のノーブレRS200Zはフルブレーキング、制動装置を作動させながら急停止するも交差点を通り越してしまい、ラウンデルファイターSi-Fourは何事も無く交差点を右折していく。
「いきなり曲がんじゃねぇよあの野郎!」
「いいから早く出しなさい!」
バイクの運転手に怒鳴る永合に、後席の竹沢が指示を出し、ノーブレRS200Zは後退し、2台の後を追った。
VG30DET水冷V型6気筒過給器内燃機関が唸り、パンテーラ3.0ブレンネロはオフロードバイクを猛追する。
古河が助手席側パワーウィンドウを下げ、身を乗り出す。そして、右手に握ったブレナン B2023自動拳銃を前方のオフロードバイクに向ける。
住宅街に銃声が響く。後輪を撃ち抜かれたオフロードバイクはバランスを崩し、転倒する。
新山は素早くブレーキペダルを踏み込み、制動装置を作動させながら急停止する。すんでのところでパンテーラは停車したが、新渡戸はヘルメットを脱ぎ捨てて徒歩で逃走する。
「待ちなさない!」
古河はパンテーラから飛び出し、新山も後に続いた。
2047年4月1日 午後11時56分、日本皇国 新江戸府 浜崎市 片岡町2。
建設途中のビルへ、新渡戸は逃げ込む。それを、古河と新山が追い掛ける。
ビルを囲うフェンスで2人は一息をつけ、それぞれ手にした自動拳銃のスライドを少し引いて薬室を確認する。そこへ、IPSS調査員達と真岳も合流する。
「古河、奴はこの中か?」
羽崎が尋ね、古河は頷いた。
「よし、踏み込むぞ」
ブレザーを払い、ヒップホルスターからチェコ製5.7×28mm口径自動拳銃・MZC MZ-57を抜いた羽崎がそう言うが、古河が止める。
「待って」
「ルカぁ、待ってられないよ。あと3分で日付変わっちゃうよ」
新山も踏み込もうとした時、銃声が鳴った。6人は素早く屈み、それぞれ拳銃を抜きながらビルの外壁へ隠れた。
「新渡戸ぇ、聞こえてる!? さっさと投降しなさぁい!」
新山がそう叫ぶと、返事が返ってきた。
「うるせぇ! 少しでも近付いたら、撃ち殺す!」
真岳は腕時計を見る。液晶パネルは11時59分を示していた。
「もう逮捕しないとヤバいよ」
真岳が新山に囁くと、新山は焦った表情で頷いた。
「分かってるよ、もう撃たせられないって」
しかし、古河は姿勢を低くしてビルの中へ入っていった。
「あっ、ちょっちルカ!」
新山は叫び、古河の後に続く。それを見ていた羽崎はため息をついて嘆く。
「ったく、何考えてんだ。鈴端、棚里、突入するぞ」
羽崎の指示に、スイス製10×25mm口径自動拳銃・SAH P75ハンターを握る鈴端と、イタリア製.357口径回転拳銃・トゥリーナ リノセロンテを握る棚里は頷いた。
真っ暗なビルの中、古河はブレナン B2023のアンダーマウントレールに装着したピストルライトの明かりを頼りに進む。
廊下を進んでいた新渡戸の背中が露わになり、彼はライカン 16を適当に撃ちながら逃げる。
古河はしゃがみ、左手を胸に添え、右手だけでブレナン B2023を発砲、9×19mm フルメタルジャケット弾を彼の足元付近に着弾させる。しかし、新渡戸は少し怯んだだけでそのまま逃げる。
廊下の突き当たりに到達した新渡戸は扉を開けようとするが、開かない。ガチャガチャとドアノブを弄るが、やがてライトで照らされた。
振り返ると、ピストルライトを点灯させたブレナン B2023を右手だけで構え、左手を胸に添える古河の姿があった。彼は咄嗟にライカン 16を向けて引き金を引くが、感触が無い。見れば、スライドは後退位置で止まり、弾切れを表していた。
「あら、打ち止めかしら?」
古河は不敵な笑みを浮かべる。
「く、来るなぁ!」
新渡戸は叫ぶが、古河はじりじりと彼に近寄る。
「あれだけ好き放題撃ってたんですもの、撃たれる覚悟はあるかしら?」
そして、銃声。ブレナン B2023のスライドが後退し、硝煙をまとった薬莢が宙を舞う。彼の背後にある壁に着弾し、粉々のセメントが彼の左耳に当たる。
「ひっ、う、撃たないでくれ!」
新渡戸は懇願する。が、次々と銃声が鳴り響いた。
彼の右耳付近、右足付近、左足付近、そして股の下に着弾し、彼は力が抜けたようにその場へ座り込んだ。古河は右親指でスライドストップレバーを押し下げながら新渡戸へと近付く。
「ちょっちルカぁ! いくら何でも撃ち過ぎでしょう!」
廊下を走ってきた新山が叫ぶが、古河は気にせず新渡戸の側に立って彼を見下ろす。そして、ブレナン B2023の銃口を彼の頭に向けた。
「や、止めてくれ……」
新渡戸は涙ながらに訴える。しかし、古河は躊躇い無く引き金を引いた。
カチンと、撃鉄が撃針を打撃する。しかし、それだけだった。
古河は右中指でマガジンキャッチボタンを押し、空の弾倉を外してブレザーの外ポケットに仕舞い、ベルトの左腰側に着けたマガジンポーチから新たな弾倉を引き抜き、ブレナン B2023の銃把に挿入、スライドを引いた。
「何だ空撃ちか、脅かさないでよぉ」
ベルティーニ 90-4を構えていた新山はため息をつき、防弾チョッキのホルスターに仕舞う。
「こ、こんなの違法だ……僕はまだ未成年だ!」
新渡戸はそう叫ぶが、古河はスマートフォンを取り出した。
「あら、何か勘違いしていないかしら? もうあなたは『少年A』じゃなくて、『殺人犯・新渡戸 純一』よ」
そう言って、古河はスマートフォンのロック画面を新渡戸に見せた。そこには「2047/4/2 00:03」と表示されている。
「そ、そんな馬鹿な……!」
新渡戸はジャンパーのポケットに入れていた折り畳み携帯電話を取り出す。しかし、そこには同じ時刻が表示されていた。
「じゃあ、僕は……僕は……!」
「新渡戸 純一、あなたを銃刀法、道路交通法違反、建造物侵入の容疑で現行犯逮捕します」
古河は冷たくそう言い、手錠を掛けた。
2047年4月2日 午前0時46分、日本皇国 新江戸府 浜崎市 桜見町6-9-30 浜崎市立桜見高校 別棟1階 生徒会室 風紀委員会ブース。
「あかりさん、事件報告書です」
「始末書でごさいます」
古河と新山がそれぞれ書類を新条に提出する。
「うん、御苦労さん。しかしねぇ、言わせてもらうけど、今回不始末が多すぎない!?」
新条は椅子から立ち上がり、大声を出す。新山はそれに頷いた。
「そうだよルカぁ、日付超えて発砲させるなんて、酷くない?」
「あんたが言うな。ここまでの騒ぎになったのは新山の不始末がそもそもの原因だろ」
2人の背後に座っていた倉田が苦言を呈すと、新山は唇を尖らせた。
「だからこうして始末書を出したんスよ。ルカなんて日付越えさせてるんスからね……」
新山がそう抗議しながら古河の報告書を持ち上げる。が、そこに書かれた文字を見て、古河を見る。
「ルカぁ」
「何よ、気持ち悪いわね」
そこへ、緑髪ショートヘアの女性ーー桜見高校 2年C組担任、現代国語担当、生活委員会顧問の道島 ゆうなーーと真岳が歩み寄った。
「聞きましたよ、無理やり日付越えさせて発砲させたって」
「そうだよ、來ちゃん。いくら何でも今回のは酷いよ」
2人してそう言うと、古河は肩をすくめ、ブレザーの内ポケットからタバコ型駄菓子「カフェボロ」を取り出し、口に加えて歩き去った。
「ちょっちちょっちルカぁ」
新山も後に続く。そんな2人を見て、道島は新条に詰め寄る。
「あの2人をこのままにしていいんですか? 府警本部に言いますよ?」
すると、新条は古河の報告書を道島達に見せた。そこに書かれている文字を道島と真岳が見つめる。
「逮捕日時、4月1日23時59分。何か問題でも、道島先生?」
そう言われた道島と真岳は押し黙った。
「言い過ぎですよ、ゆうな先生」
真岳の言葉に、道島は頭を垂れた。
そんなやり取りを、IPSSの調査員達は静かに見ていた。