HIGH SCHOOL DETECTIVE サクラの彼ら   作:土居内司令官(陸自ヲタ)

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第10話 逸脱

 2047年7月29日 午後1時28分、日本皇国 新江戸府 浜崎市 城元町1-1-1 城元公園。

 

 新江戸湾に面した巨大な公園「城元公園」には、私服姿の高校生や刑事が大勢たむろしていた。

「ねぇ、次は何処行く?」

 ベンチに座り、羽崎の左腕に抱きつく古河が甘い声で羽崎に訊ねる。すると、羽崎が口を開いた。

「そうだなぁ、映画でも見に行くか?」

「ピンク映画じゃないわよね?」

「お望みなら、君を今すぐピンクにしようか?」

「やだぁ」

 ベンチに座る古河と羽崎は、まるでバカップルのようであった。

 

「古河め、辰美にあんな甘い顔をして……辰美も辰美で、鼻の下を伸ばすんじゃない」

 そんな2人を、木陰から長倉が見ていた。その左手のペットボトルはひしゃげ、中身のジュースが溢れ出る。

「長倉ちゃん、あれ演技だって何度言えば分かるの? それにジュース溢れてるよ?」

 田基が忠告するが、長倉の左手から力が抜ける気配は無い。

「だいたい、今は仕事の真っ最中なんだから、羽崎君や古河ちゃんじゃなくて、あっちを見てよ」

 田基が長倉の首を無理やり動かし、別のベンチへと視線を向ける。そこには、白い紙袋が放置されていた。

 ようやく長倉の正気が戻った。

「すまない、気が動転していた」

「そりゃ彼氏が目の前で女とイチャついてたら、そうなっちゃうだろうけどさ、さすがにあの2人だって弁えているはずだよ?」

 田基がそう言い、左手首の腕時計を見る。

「あと2分で約束の時間だよ。ほら、しっかり見張って」

 

 一方、ベンチでイチャついていた古河と羽崎の顔が真顔に戻った。2人は小声で話す。

「全く、これで3人ほどの女に恨まれちゃったじゃない」

「そういう配置だから仕方ないだろ。それに、お前も俺もその気は無いと分かってるはずだ」

「だといいけど。でも、仕事とはいえあなたとバカップルを演じたくなかったわ」

「俺も同感だ。せめて詩織や依月だったらもっと自然に演じられたんだがな」

「それじゃ演技じゃなくて素の状態じゃないの。どうせ仕事そっちのけでおっぱじめるだろうから八洲係長がこう決めたんでしょ」

「あかりさんの進言が決め手だがな。それに、俺達はプロだ、仕事とプライベートの分別はつく」

「どの口が言ってるのよ。同僚に手を出しまくってるヤリチンの癖に」

「あ? 俺の経験人数は3人だけだぞ?」

「訊いてないし、聞きたくもないわ」

 

「あの2人、本当に大丈夫でしょうか?」

 夢川と手を繋ぐ琉田が小声で囁くと、夢川は頷いた。

「犬猿の仲だからなぁ、あの2人。何でこんな配置にしちゃったんだか……」

 その時、2人の左耳に装着されたイヤホンから阿川の声が流れた。

《桜見611から各移動、目標に近付く人陰あり。白のTシャツにベージュ色のカーゴパンツです。南西より接近中》

 夢川は左手を口元に近付け、小声で話す。

「浜崎41了解、確認した」

 2人の視線の先、白いTシャツにベージュ色のカーゴパンツの男性が、紙袋が置かれたベンチへと近付く。

 

 紙袋が置かれたベンチを囲む高校生達と刑事達に、緊張感が走る。モニュメントの傍で見張っている鈴川も、思わずソフトクリームを舐める口を止める。

 その視線の先、男性がベンチに座る。そして、紙袋に手を掛けた。

 

 それを見る全員が固唾を飲み込む。男性は紙袋の中を覗き──そして驚いた。

「う、うわぁ!」

 男性の間抜けな大声に、思わず見ていた高校生達と刑事達がその場でズッコケる。

 

「何だ、今の間抜けな声は?」

 思わずソフトクリームを落としてしまった鈴川が呆気に取られる。その隣に立っていた真岳も首を傾げる。

「あれ、誘拐犯じゃないよね?」

「誘拐犯なら、あんな間抜けな声を出すと思いはりますか?」

 愛江も驚いていた。

 

 

 

 2047年7月29日 午後1時42分、日本皇国 新江戸府 浜崎市 城先町5-9-5 浜崎警察署3階 刑事課室。

 

「何て事をしてくれたんだよぉ……」

 強行犯係長の席で、八洲が頭を抱える。その前には高校生達と刑事達が立たされていた。

「ただ落し物を見つけたと思い込んだ男性に、全員して反応してたら怪しまれるに決まってるでしょ。何で平常心を持ち合わせていないのよ、あなた達は?」

 八洲の隣に立つ新条が腕を組みながら高校生達に問い詰める。

「新条警部補、お言葉ですが、あと2分で予告時刻になるというタイミングでやってきた男性に、全員が犯人と思い込んでしまうのは仕方ないと思います」

 敬礼をする古河がそう言うと、隣の新山も同調する。

「そうっスよ。皆して犯人と思っちゃったんスからね」

 すると、新条の眉が釣り上がった。

「そういう時こそ平常心をってんでしょうが! お陰で誘拐犯達に警察が張り込んでるとバレたでしょうが!」

 そう怒鳴られ、新山は口をつむぐ。

 その時、八洲のデスクの電話機が鳴った。八洲が受話器を手に取る。

「はい、浜崎警察署 強行犯係……本当ですか!?」

 八洲は驚き、立ち上がる。

 

 

 

 2047年7月29日 午後3時15分、日本皇国 新江戸府 浜崎市 桜見町6-9-30 浜崎市立桜見高校 別棟1階 生徒会室。

 

「冗談ですよね、捜査中止なんて?」

 風紀委員会ブースへと向かう新条に、古河が追いすがる。しかし、彼女は仕方ないと言わんばかりに口を開いた。

「しょうがないでしょ。府警本部がそう決めちゃったんだし、何より人質は無事に帰ってきたのよ。手の打ちようが無いじゃない」

「だからと言って、ここで引き下がったら犯人の思う壷ですよ? それに、人質が無事に帰ってきたって事は裏取引をしたに決まってます」

 苦情を言う古河に、新条は振り返る。

「その証拠も無いでしょ? 古河、あなたも組織の人間なんだから、聞き分けを良くしなさい」

 それだけ言うと、新条は顧問席へ向かって歩き出す。

 古河は思わず、足元のゴミ箱を蹴飛ばした。

 

 

 

 2047年7月29日 午後3時26分、日本皇国 新江戸府 浜崎市 黒江町2 黒江スタジアム前歩道橋。

 

 浜崎市で最大面積を誇る野球場「黒江スタジアム」へと向かう歩道橋の上で、真岳は欄干に寄りかかって黄昏ていた。そこへ、2人組の男が近付く。

「そこのかわい子ちゃん、今1人?」

 男に話し掛けられ、真岳は振り返る。

「こんな所で何してるの?」

 男の質問に、真岳は答える。

「友達と遊ぶ約束してたんだけど、その友達が急に来れなくなっちゃって暇してたとこ」

「じゃあ、俺らと遊ぶ?」

 それを聞き、真岳はニヤリと笑う。

「いいけど、『魔女の軟膏』持ってる? あれが無いと楽しめないんだよねぇ」

 すると、2人の男はズボンのポケットから小瓶を取り出した。

「もちろん持ってるよ」

「そりゃ良かった。じゃ、遊びに行こっか、警察署へ」

 真岳が笑顔で放った言葉に、男達の表情から笑みが消える。そして、真岳はウェストポーチから生徒手帳を取り出す。

「危険薬物取締法違反の現行犯で、逮捕します」

 男達は慌てて逃げようとする。が、歩道橋の両端には既に羽崎と鈴端、鈴川、愛江が行く手を阻んでいた。

「観念しろ、桜見高校 生活委員会だ」

 鈴川がそう言い、ドイツ製9×19mm口径ポリマーフレーム自動拳銃・ドナウアー&クルト UAP-9をヒップホルスターから抜き出す。その隣に立つ愛江もアメリカ製.50口径回転拳銃・アボット&レイモンド AR50エレファントマグナムを構えている。

 そして、男達は逮捕された。そんな中、真岳は歩道橋から下の車道を見下ろす。その先では、1台の黒いセダンが路肩に停車していた。そこへ、1人の男の子を抱き抱えた黒いスーツの男が近付き、後席へと乗り込む。

「あれって誘拐なのかな……?」

 真岳は呟く。

 

 

 

 2047年7月29日 午後3時36分、日本皇国 新江戸府 浜崎市 黒江町2-3-5 黒江スタジアム前。

 

「それで本当なの? 目の前で誘拐が起きたってのは?」

 新山の質問に、真岳は思わず怒鳴る。

「さっきからそう言ってるでしょ! 何で同級生の言う事を信用できない訳!?」

 すると、鈴川が真岳をなだめる。

「まぁまぁ香。確認なんだから」

 古河が口を開く。

「で、一応ナンバーの照会を掛けてみたら、久沢商会の社用車だったわ。そんな足の付きやすい車でわざわざ誘拐なんてするかしら?」

 それを聞き、羽崎も同調する。

「誘拐犯にしちゃお粗末だな」

「でしょ? やっぱ誘拐じゃないんじゃないの?」

 新山が言うと、2人の無線機が鳴った。

「はい、桜見303」

 古河がマイクを手に取り、応答する。すると、倉田の声が流れた。

《こちら301、倉田だ。誘拐……まぁ便宜上誘拐としておくが、誘拐されたのは岸名町の岩島 成人、7歳。私立アンコローレ学園 初等部に通う坊ちゃんだ。父親はベイサイドアーモリー社長の岩島 健人、41歳》

「ベイサイドアーモリーって、府警への弾薬納入メーカーじゃないっスか」

 新山が驚くと、倉田が言葉を続ける。

《今事情を聴取したんだが、その岩島 健人氏は頑なに誘拐を認めないんだ》

「認めない?」

 古河が口を開く。すると、櫻樹の声が混じる。

《こっちも被害届が無いと動けないからな……こいつは参ったな。とにかく、現状何か出来る訳ではない。301から303、通常業務に戻れ、どうぞ》

「303了解」

 古河はマイクを防弾チョッキの左肩部分に引っ掛ける。

「どーしよ、ルカ?」

 新山が訊ねると、古河は答えた。

「決まってるでしょ。久沢商会を当たるわ」

「通常業務に戻れつってたろ、マコさん」

 羽崎が口を挟むと、古河はとぼけた。

「あら、通常業務として久沢商会に防犯確認に向かうのよ。それに探偵は引っ込んでなさい」

 2人の間に緊張感が漂うが、すぐに新山が古河を引っ張った。

「まぁまぁルカ。さっさと行くよ」

 そのまま2人は路肩に停車しているゴールドツートンの後輪駆動2ドアノッチバッククーペ・丹生館 パンテーラ3.0ブレンネロ(UF31AZ2後期型)に向かい、乗り込んだ。

 

 

 

 2047年7月29日 午後3時51分、日本皇国 新江戸府 浜崎市 福原町1-5-1 久沢商会。

 

 小さな輸入雑貨店である久沢商会へ、丹生館 パンテーラ3.0ブレンネロが近付く。そして、一方通行の道路の路肩に停車した。運転席から新山、助手席から古河が降り、久沢商会へと向かう。

 

「送迎?」

「えぇ、そうですよ」

 社長室へと案内された2人の質問に、社長の久沢が答える。

「わざわざ社用車で他人の子供を出迎えに向かったと言うんですか?」

 本革のソファに座って質問をする古河へ、久沢が珈琲を振る舞う。

「えぇ。岩島さんは大学時代の先輩でしてね。今も個人的な繋がりがあるんですよ。それに、岩島さんはうちの顧客ですし、サービスの一環でそういう事もしたりしてるんですよ」

「ふーん?」

 疑いを持つ新山が、差し出された珈琲を啜る。

「話は以上でしょうか? 私も忙しくてね、これから別のお客さんへ訪問しなくてはならないんです」

 久沢は灰色のスーツのボタンを留め、ソファから立ち上がる。

「そうですか。では、防犯確認は以上です。ご協力、ありがとうございました」

 古河も立ち上がる。それを見た新山は慌てて珈琲を飲み干す。

「あちち、じゃ失礼しやしたー」

 2人は社長室から出る。それを、久沢は見送る。

 

「やっぱ怪しいよね?」

 建物から出た新山が訊ねると、古河は頷く。そして、手にしていたスマートフォンを新山に見せた。

「同じ大学に通ってたように言ってたけど、岩島氏は国立東京技術大学 工学部、対して久沢氏は私立望洋大学 経済学部よ。キャンパスも御茶ノ水と神奈川県 秦野市だし、まるで接点が無いわ」

「おーおー、怪しさ満点」

 新山がニヤリと笑い、踵を返して久沢商会にもう一度入ろうとする。が、それを古河が止めた。

「待ちなさい。被害届が出てない以上、捜査は出来ないのよ」

「じゃあ、このままこまねいていろって言うのさ?」

「残念ながらね」

 唇を尖らせる新山を置いて、古河は車へと戻る。

 

 

 

 2047年7月29日 午後5時21分、日本皇国 新江戸府 浜崎市 桜見町6-9-30 浜崎市立桜見高校 別棟1階 生徒会室 風紀委員会ブース。

 

「大馬鹿者!」

 生徒会室に新条の怒鳴り声が響く。生徒会室にいた全員は思わず首を竦め、耳を塞ぐ。

「被害届が出てないのに、久沢商会を犯人扱いしないでちょうだい! お陰で久沢商会とベイサイドアーモリー両方から苦情が出たのよ!」

「しかしですねぇ──」

「言い訳をしない!」

 新山に対して新条が怒鳴る。すると、古河は天を仰ぎながら口を開いた。

「じゃあ甘い言葉でも囁けと仰るんですか?」

「そういう問題でもないの! あなた達ねぇ、4月から今月に掛けて、府警内で三冠取ってるのよ!? 自重しなさい!」

「三冠?」

 新山が首を傾げる。そして古河を見るが、彼女も首を傾げていた。

 新条は咳払いをする。

「発砲数、古河は82発で堂々の1位、新山は81発で2位! 書いた始末書と受けた処分の量、2人共で同率1位! 全く不名誉な称号じゃない! とにかく、自重すること! 分かった!?」

 新条の問い掛けに、2人は上を向きながら答える。

「へぇい」「はぁい」

「返事でハモらないの。始末書書いて」

 新条が2人を解放し、デスク上の書類に目を落とす。2人はそれぞれ自分の席へ戻る。

 

 

 

 2047年7月29日 午後6時32分、日本皇国 新江戸府 浜崎市 福原町1。

 

 久沢商会を見張るように、一方通行の道路の路肩に1台の車が停車している。ゴールドツートンの後輪駆動2ドアノッチバッククーペ・丹生館 パンテーラ3.0ブレンネロ(UF31AZ2後期型)である。

 その車内、運転席には新山が、助手席には古河が座り、タバコを吸っている。2人の視線は久沢商会へと注がれている。

「にしても、今回の誘拐、ちょっと変じゃない?」

 タバコを片手に缶コーヒーを啜る新山が訊ねる。

「えぇ、確かに変ね。被害届が出たのは3件、出てないのを含めるともっとあるけど、いずれも被害届が撤回された後で人質が無事に戻ってる……警察を介さずに犯人と直接交渉をしたようね」

「身代金さえ払えばいい……そんな風に思われたんじゃ、犯人がどんどん犯行を重ねていくっていうのに。金持ちはヤダヤダ」

 新山がタバコの先に溜まった灰を、ダッシュボード中央下側の灰皿へ落とす。古河はスポーツドリンクを傾け、喉を潤す。

「とはいえ、被害届が出てないと私達は動けないわ」

「でもさ、子供が誘拐されたんだよ? 普通なら被害届出すでしょ」

「そこなのよねぇ……」

 古河はタバコを咥え、紫煙を取り込む。

「何か、裏の事情でもあるのかしら。『被害届を取り下げなければ、子供を返さない』と言われたとか」

「その上で身代金も要求されちゃ、タチが悪いね」

 新山も紫煙を取り込み、味を堪能する。

「でもさ、皆が動けないというなら、アタシらが動かないといけないでしょ。三冠王ってそういうもんでしょ?」

 新山の問い掛けに、古河は頷く。

「給料分は働かないと、契約更新で揉めるよね?」

 更に古河は頷く。

「やるっきゃないでしょ」

「そうね」

 2人は吸いかけのタバコを灰皿に押し込める。新山は刺しっぱなしの鍵を捻って、エンジンを始動させた。

 

 久沢商会から1人の男性が出てくる。建物のシャッターを閉め、国鉄 桜見駅へ向かって歩き出した。

 岸名運河に架けられた第二福原橋を、男性が渡る。そこへ、丹生館 パンテーラ3.0ブレンネロがやってくる。そして、男性の前を塞ぐように停車した。

「……?」

 男性は怪訝そうな表情をする。助手席側のドアが開き、黒いTシャツに灰色のパーカーを羽織った古河が降りると、男性の腹部にブレナン B2023を突き付けた。

「騒ぐと撃つわよ?」

 古河は微笑む。男性は不愉快そうに訊ねた。

「何の真似だ?」

「あなたを誘拐するのよ」

 そして、古河はそのまま男性をパンテーラの後席へと押し込めた。古河もその隣に座り、ドアを閉める。それを確認した新山はアクセルペダルを踏み込み、車を発進させた。

 3人を乗せた丹生館 パンテーラ3.0ブレンネロは交差点を左折し、黄昏町へ向かう。

「たんまり稼がせてもらうでぇ。いやぁ、誘拐って興奮しちゃう」

 ハンドルを握る新山は、テンションを上げながらアクセルペダルを踏む。

 

 

 

 2047年7月30日 午前9時01分、日本皇国 新江戸府 浜崎市 福原町1-5-1 久沢商会 社長室。

 

 いつも通り出社した久沢は、デスクに座って予定を確認する。そこへ、電話が鳴った。

 受話器を持ち上げ、耳に当てる。

「はい、久沢商会です」

 すると、女性の声が聞こえた。

《誘拐させてもろたで、久沢はん?》

「何だって?」

 久沢が思わず聞き返した。

 

「せやからぁ、お宅の社員を誘拐したんや。ちょい待ちぃ、今声聞かせたる」

 椅子に座って電話をする新山は、隣で縛られた男性へスマートフォンを差し出す。男性は口をつむぐが、古河がブレナン B2023の銃口を彼の左脇腹へグリグリと押し付けており、渋々口を開いた。

「社長、私です。コイツら、金を出さないと殺すと言ってます。今も、ピストルを向けられてます」

 男性がそう言うと、新山は再びスマートフォンを自身の耳に当てた。

「ほな、分かったろ? 1億ほど用意してもらおか?」

《1億? そんな金はうちには無い》

 電話越しに聞こえる久沢の声に、新山は恫喝する。

「あるに決まっとるやろ! お宅、セコイ稼業でたんまり儲けてはるんやろ? 可愛い社員君が吐いてくれたで、お偉いさんの子供を攫って銭をたんまり持っとるとな」

《何の話だ。まるで私が誘拐でもしてるように聞こえるが?》

「そのまんまや。誘拐しとるんやろ? 銭を寄越さない言うんやったら、社員君をバラして、然る所に話を持ってくで。自慢やないけどな、うちは銀狼会に知り合いがいるんや。最近はヤクザ業もすっかり下火でな、金に困った連中に『久沢商会は表に出せない金を大量に持っとる』って話したら、どうなると思う?」

 新山はそう言い切ると、タバコを咥えて紫煙を吸い込む。一方の古河は「知り合いがいるのは私の方よ」と小声で呟いた。それを聞いた男性は震え上がる。

「どないやねん!? 払うんか、払わないんか!?」

 新山は怒鳴る。すると、電話の向こうから返答があった。

《……分かった、金は用意する。ただ、すぐは無理だ》

「ほな、また掛け直すで」

 スマートフォンを置き、新山は椅子から立ち上がる。そして、部屋の隅へと移動した。そこへ古河も近付く。

「案外チョロいもんだね。これで久沢が現金を持ってきた所をパクれば、それが動かぬ証拠って訳よ」

「いい事考えるじゃない」

 2人は小声で話す。すると、新山はショルダーホルスターからベルティーニ 90-4を取り出した。

「ついでにここで撃ちまくって、真の三冠王に輝いちゃる」

 覚悟を決める新山に、古河は吹き出した。

「無茶言わないの。だって相手は、この私よ?」

 

 

 

 2047年7月30日 午前9時09分、日本皇国 新江戸府 浜崎市 桜見町6-9-30 浜崎市立桜見高校 別棟1階 生徒会室 生活委員会ブース。

 

 電話機が鳴り、書類を整理していた真岳が受話器を取る。

「はい、桜見高校 生活委員会です。──え? 浜崎署じゃないのかって? まぁ違いますけど、でも一応嘱託調査機関ですし、浜崎署にも顔が通じてるんで、代わりに伝えましょうか? ──誘拐!?」

 真岳の大声に、生徒会室にいた全員が彼女の方を振り向いた。

 

 

 

 2047年7月30日 午前9時32分、日本皇国 新江戸府 浜崎市 福原町1-5-1 久沢商会 社長室。

 

 社長室の応接用の長机の上には、大量の機械が置かれている。そして、それを挟むソファには高校生と刑事が座っていた。

「よりにもよって、ここの社員が誘拐されるとはな……」

 お誕生日席に座る倉田が嘆く。その右前方に座る鎌谷が鉄扇で自身を扇ぎながら頷く。

「本当ですよ。どうなってるんですかね?」

 そんな鎌谷の右隣に座る真岳はニコニコしていた。倉田はため息をつき、真岳に訊ねる。

「何で生活委員がここにいるんだよ?」

「だって電話取ったの、あたしですよ?」

 真岳は悪びれる事無く答えた。

「誘拐事件の現場に居合わせるなんて、あたし初めて。ワクワクしちゃう」

「遊びじゃないんだよ」

 鎌谷が忠告する中、倉田は「情けない……」と呟いて頭を抱えた。そんな3人を尻目に、夢川と琉田、櫻樹、滝本が機械の準備をする。そこへ、久沢が部屋へと入ってきた。

 高校生達と刑事達が立ち上がり、お辞儀をする。

「どうも、浜崎署 強行犯係の夢川です」

「桜見高校 風紀委員会 副委員長の倉田です」

 2人が自己紹介をした後、鎌谷が久沢に話し掛ける。

「犯人から電話がありましたら、話をビローンと伸ばしてください」

 そう言いながら、鎌谷は両手でピザ生地を伸ばすジェスチャーをする。

「まぁ、パタンで終わりでしょうが、一応逆探知をしておりますので」

「分かりました」

 鎌谷の説明に、久沢は頷いた。するとその時、社長席の電話が鳴った。

 すぐに真岳は目の前の電話の受話器を持ち上げ、口を開く。

「もしもし、三岳さん? 逆探知お願いします」

 そして、受話器を戻す。高校生達と刑事達はすぐにイヤホンを耳に嵌める。鎌谷は社長席を指差し、久沢に電話に出るよう促した。

「お願いします」

 久沢は頷き、社長席の電話を取る。

「もしもし、久沢です」

《えぇ朝やなぁ。どや、用意は出来たか?》

 高校生達と刑事達が装着しているイヤホンには、今久沢が電話でしている会話を盗聴している音声が流れている。聞こえた女性の声に、彼らは聞き覚えがあった。

「まだだ」

 久沢の回答に、電話の主は苛立つ。

《何でや。1晩あったやろ? まさか話をビローンと伸ばすんやないやろな?》

「おんや?」

 鎌谷が首を傾げる。

「そんな訳が無いだろう。銀行が開くのを待っているんだ」

 久沢が返答する。すると、電話の主が質問を投げ掛ける。

《まさか、サツにたれ込んだんじゃないやろな?》

「そんな訳が無いだろう」

 久沢は返事をしつつも、高校生達の方を振り返る。

《ホンマやろな? ウチはな、サツ大っ嫌いなんや!》

 その声に、真岳は眉を顰める。一方、夢川と櫻樹は首を傾げていた。

「とにかく、金は用意する。何処に持っていけばいい?」

 久沢の質問に、電話の主は怒鳴る。

《それより先に金を確実に用意するのが優先やろがい! どのくらいで用意できるんや!?》

「そうだな……」

 久沢が考え込むが、鎌谷がピースサインを見せた。それを見て、久沢は答える。

「2時間くらいだ」

 

「ほんまやろなぁ? 嘘だったら、社員の心臓を郵便で送り付けるで?」

 スマートフォンを耳に当てる新山に、歯磨きの真っ最中の古河が歯ブラシ片手に口を開く。

「そろそろ切った方がいいわよ」

「ん? ちょっと待ちぃな……」

 新山はスマートフォンのマイクを左手で覆い、古河に訊ねる。

「何で?」

「逆探知されてたらどうするのよ?」

 古河の言葉に、新山はハッとして再び電話に出る。

「ほな、12時にまた掛け直すさかい、おおきに」

 そして、新山は電話を切った。

 

 電話が切れ、久沢は受話器を戻す。一方の高校生達は嘆いていた。倉田は頭を抱え、鎌谷は鉄扇で扇ぎながら天を仰ぐ。真岳は外したイヤホンを振り回しながら神妙な面持ちで長机を見つめる。櫻樹、滝本、夢川、琉田の4人は互いの顔を見合っていた。

 長机の上に置かれた電話が鳴り、真岳が受話器を持ち上げた。

「はい、三岳さん? ……え、逆探知できた? 本当に出来ちゃったの?」

 それを聞き、高校生達は更に嘆いた。久沢は心配そうに高校生達を眺める。

 

 

 

 2047年7月30日 午前9時42分、日本皇国 新江戸府 浜崎市 桜見町6-9-30 浜崎市立桜見高校 別棟1階 生徒会室 風紀委員会ブース。

 

「あ? 誘拐犯は風紀委員で、長電話をしていて逆探知された?」

 電話で話す新条の言葉に、紅茶を啜る棚里が首を傾げる。

「麗羅、何だろうね、風紀委員が誘拐犯って?」

 その隣で同じく紅茶を啜るタルボットが口を開いた。

「いるんですのよ。そういう『没落風紀委員』というのが。犯罪行為に手を染めるクズ野郎ですわ」

「わぁ、辛辣」

 棚里がそう呟く中、新条は電話を続ける。

「全く笑い話にもならないわよ。代わりに私が笑っちゃう。……それで本当なのね? 古河と新山が犯人って」

 それを聞き、棚里とタルボット、そして煎茶を用意していた信田の目が見開いた。

「あらぁ」

 驚く棚里の隣で、タルボットは眉を顰める。

「長電話お好きですもの、あの2人方」

 

 

 

 2047年7月30日 午前9時43分、日本皇国 新江戸府 浜崎市 福原町1。

 

 一方通行の道路の路肩に停車した黒色の四輪駆動4ドアハードトップセダン・丹生館 フランシス250LV-4(MY34中期型)の傍で、倉田はスマートフォンを握り締めていた。

「どうします? その……逮捕しますか?」

 倉田の問い掛けに、新条の返答がスピーカーから流れた。

《しょうがないでしょ。逮捕してちょうだい》

「了解です」

 倉田は通話を切る。倉田を囲んでいた高校生達と刑事達が顔を見合わせる中、倉田は口を開く。

「逮捕するっきゃないよ」

 すると、鎌谷は鉄扇を取り出して神妙な面持ちで呟く。

「相手は拳銃で武装していますからね……こりゃ銃撃戦になりますよ」

「風紀委員、というか同僚相手に銃撃戦なんて気が進みませんよ」

 滝本が嘆くが、櫻樹が口を挟む。

「仕方ないだろ。つーか、鎌谷、不安になる事言うんじゃない」

「だって事実じゃないですか、パイセン?」

 2人の言い争いに、夢川が割って入る。

「まぁ、とにかく行くしかないよ。あんまり気が進まないけどね」

 その言葉で、高校生達と刑事達はそれぞれの車へと分かれて乗り込む。

 そして、鎌谷と倉田の乗る桜見301号車・丹生館 フランシス250LV-4、櫻樹と滝本、真岳の乗る桜見304号車・丹生館 キリエグランツーリスモ250SV、夢川と琉田の乗る浜崎44号車・富木 ラウンデルロイヤルキャビンは発車した。

 

 

 

 2047年7月30日 午前10時11分、日本皇国 新江戸府 浜崎市 根本町3-1-8 根本埠頭 空き倉庫。

 

 打ち捨てられた廃倉庫の2階にある宿直室で、新山はタバコを吹かしていた。吐き出した紫煙が天井へ上がる。

「メグル、そろそろ金の受け取り場所を考えた方がいいんじゃないかしら?」

 隣でタバコを吸う古河の問い掛けに、新山はタバコの先を灰皿の上でポンポンと払った。

「ほな、うちの会社にしよっか? 手間省けるし」

 その返事に、古河は指パッチンをした。

「名案ね」

 その時、廃倉庫内に聞き覚えのある声が響き渡った。

「誘拐犯に告ぐ! お前達は既に包囲されている! 人質を連れて出てこい!」

 その声に驚き、新山は思わずタバコを灰皿に落とした。

「何や何や?」

 2人は窓へと急いで近付く。宿直室の外、1階の荷物置き場には拳銃を手にした7人組がいた。

 

 アメリカ製.44口径自動拳銃・マグナムコンバット サハラファルコンを構える倉田、アメリカ製.357口径8連発回転拳銃・アボット&レイモンド AR357R8デューティマグナムを構える鎌谷、アメリカ製.45口径ポリマーフレーム自動拳銃・ビードンウェッバー パトリオットを構える櫻樹、ドイツ製.40口径ポリマーフレーム自動拳銃・ドナウアー&クルト UAP-40を構える滝本、新江戸府警察制式装備のイタリア製9×19mm口径ポリマーフレーム自動拳銃・ベルティーニ EPx-9を構える夢川と琉田、そしてそれに囲まれるように仁王立ちする真岳は、宿直室を見上げていた。

「何でや!? なんで香がここにいるんや!?」

 驚く新山に、古河が冷静に言い放つ。

「あなた、『久沢は警察を呼ばない』って言ってなかった?」

「ルカだって『そう思う』って言ったじゃん!」

 新山の返事に、古河はそっぽを向く。

「あらそ。あらそう、あなたを信用した私が馬鹿だったわ」

「何だとぉ!?」

 新山は古河に掴みかかる。

 

 その様子を見上げていた鎌谷が口を開いた。

「姐さん、どうやら仲間割れしたようですよ」

 しかし、倉田は左手で頭を抱えていた。

「情けない……」

 そんな中、真岳は声を張り上げる。

「こらぁ! 還! 來ちゃん! いい加減出てきなさい! 同級生として、恥ずかしいんだよ! それでも風紀委員なの!?」

 

 真岳の叫びを聞いた、ロープでぐるぐる巻きに拘束された男性が驚く。

「風紀委員? あんたら、警察の手下だったのか?」

 その問い掛けに、今まさに古河へ殴り掛かろうとしていた新山の手が止まる。そして、男性の方へ振り返る。

「もう犯罪者になっちゃったんだよ! あんたの所為で!」

「メグル、今はとにかく逃げましょう」

 男性へ殴り掛かろうとする新山を、古河が制止する。

「でも、逃げるってどうやって?」

「こいつを盾にするのよ」

 新山の疑問に、古河は男性の左肩を引き上げながら答えた。

 

「ご両親も泣いてるよ! 家に残してきた弟さんに、顔向けできるの!?」

 真岳は説得を続ける。そこへ、宿直室から伸びる階段を3人の人影が降りてきた。

「アタシに弟なんて居ないよ!」

 それは、ベルティーニ 90-4を手にした新山を先頭にした3人だった。

「コノヤロー、3人兄弟だってのは分かってるんだよ!」

 真岳の叫びに対して、新山は古河に訊ねる。

「ルカって弟いたっけ?」

「私、いる。鉄雄っていうの」

「それ、バイク乗り回して超能力使いそうな名前だね」

「良してよ。私の弟はただの鉄道好きよ?」

 2人は呑気な会話をするが、その手に握られた拳銃は真岳達を向いている。

「2人共、お、落ち着け。今ならまだ間に合うぞ!」

 マグナムコンバット サハラファルコンを手にした倉田が叫ぶ。

「私達が黙っていればいいんだから! ね、ね!?」

 しかし、新山は倉田の説得を一蹴する。

「サツの言う事なんか信用出来るか!」

「特に、桜見高校の人間はね」

 古河の付け足しに、真岳はビクッとした。

「まずい、見抜かれてる」

「ほら、早く拳銃を捨てな! さもないとこいつの頭に鉛玉を1発ドカンとするぞ!」

 新山は叫び、男性のこめかみにベルティーニ 90-4の銃口を押し付ける。そして、右親指で撃鉄を起こした。その音に、男性は震える。

 やむなく、真岳達は手にしていた拳銃を投げ捨てる。

「バックアップの拳銃もだよ! アタシら法執行機関の人間は2丁持ちしてんの知ってんだからね!」

「というか当事者でしょ」

 新山の指示に、古河は呆れながら突っ込む。それを聞き、倉田は防弾チョッキのホルスターに収まっていたアメリカ製.44口径回転拳銃・アボット&レイモンド AR491スネークハンターを、櫻樹はバックサイドホルスターからスイス製.45口径自動拳銃・SAH P75エレクトを、滝本は左腰のヒップホルスターからアメリカ製.40口径回転拳銃・アボット&レイモンド AR149デルタスペシャルを、真岳はバックサイドホルスターからオーストリア製9×19mm口径ポリマーフレーム自動拳銃・ライカン 16を、夢川と琉田はバックサイドホルスターからアメリカ製.357口径回転拳銃・アボット&レイモンド AR380チェリーブロッサムを取り出して投げ捨てた。

 ただ1人、鎌谷だけはアボット&レイモンド AR357R8デューティマグナムを握りながら、左手でブレザーの内ポケットから鉄扇を取り出して投げ捨てた。

「かっちゃん! 扇子じゃなくてその手の銃とバックアップの銃を捨てろっつってんの!」

「いい加減にしなさいよ、かっちゃん」

 新山が叫び、古河はブレナン B2023の銃口を鎌谷に向ける。鎌谷は渋々、手にしていたアボット&レイモンド AR357R8デューティマグナムを捨て、バックサイドホルスターのアメリカ製.357口径回転拳銃・ケネット ヴェノムを捨てた。

 男性を連れ、古河と新山は7人の横を通る。

「もう遅いぞ、もう手遅れだぞ?」

 両手を挙げる倉田が最後の説得を試みるが、古河と新山はそのまま倉庫から出ていった。

「追え! 絶対に逃がすな!」

 倉田が叫び、5人は拳銃を拾いつつ走り出す。ただ1人、鎌谷は鉄扇だけを拾って走り出そうとした。

「かっちゃん! 扇子じゃなくて銃を拾え! 扇子でどうすんだよ!?」

 倉田の叫びで、鎌谷は慌てて2丁の回転拳銃を拾い上げた。

 

 7人は倉庫前に止めていた3台の車に駆け寄り、乗り込む。そして、走り去る丹生館 パンテーラ3.0ブレンネロを追い掛けて走り出した。

 

 

 

 2047年7月30日 午前10時19分、日本皇国 新江戸府 浜崎市 紫水町4。

 

 新江戸街道を、1台の黄色の2ドアミッドシップスポーツカー・富木 ウィータ5000GTターボ(EX7)が走る。その運転席には竹沢、助手席には棚里が乗っている。

「本当なの、古河と新山が誘拐をやらかしたっていうのは?」

 竹沢の質問に、棚里は頷く。

「はい。新条さんが電話でそう怒鳴ってましたから」

「何やってるのよ、あの2人……」

 竹沢が呆れると、無線機が鳴った。

《桜見301から各移動! 久沢商会社員誘拐事件の犯人が、人質を連れて逃走! 車両はゴールドツートンのクーペ、ナンバーは新江戸330 紅葉のも 54-17! 現在、市道28号線を関中町方面へ追跡中! 応援願います!》

 流れた倉田の声に、竹沢が目を見開く。

「今のナンバー……303号車じゃないの!」

「だから言ったじゃないですか」

「半信半疑だったのよ。棚里、青灯出して」

 竹沢の指示に、棚里は足元に転がっていた青色灯を持ち上げる。そして、パワーウィンドウを下げて屋根に乗せた。竹沢はサイレンアンプを起動させ、サイレンを鳴らす。アクセルペダルを踏み込み、搭載された5.0L 91E水冷V型8気筒DOHC過給器付内燃機関が唸る。

 

 

 

 市道28号線を、丹生館 パンテーラ3.0ブレンネロが疾走する。その後ろから、赤色灯を光らせてサイレンを鳴り響かせる丹生館 フランシス250LV-4、丹生館 キリエグランツーリスモ250SV、富木 ラウンデルロイヤルキャビンが猛追する。

 やがて、4台は「紫水6丁目交差点」に差し掛かった。赤信号を無視して、パンテーラ3.0ブレンネロは交差点を突っ切る。これによって、右から交差点に進入していた小型トラックが急ブレーキを掛けて姿勢を崩す。そして、横転した。フランシス250LV-4の他2台は急停止し、横転したトラックに既の所で停車した。

 

 

 

 2047年7月30日 午前10時26分、日本皇国 新江戸府 浜崎市 桜見町6-9-30 浜崎市立桜見高校 別棟1階 生徒会室 風紀委員会ブース。

 

「逃げられた? ……えぇ、探してちょうだい」

 新条は受話器を戻し、隣の委員長席に座る信田に話し掛けた。

「信田、硯用意して」

「あかりさん?」

 信田は驚く。そこへ、タルボットが駆け寄る。

「あかりさん、辞表っていう字をご存知ですの!? 舌って書いて──」

「うるさいわね! イギリス人に言われたくないわ!」

 

 

 

 2047年7月30日 午前10時38分、日本皇国 新江戸府 浜崎市 曙町3-1-2 タイマー曙3丁目駐車場。

 

 自走式立体駐車場の中、丹生館 パンテーラ3.0ブレンネロは駐車スペースに収まっていた。

 その後席では、怯える男性にブレナン B2023を突き付ける古河がタバコを吹かしていた。

「どーしよぉ、ルカぁ。これでアタシら、警察官から犯罪者へトラバーユしちゃったよぉ」

 ハンドルに抱き抱える新山が弱音を吐く。しかし、古河は紫煙を吐き出すだけだった。

「はぁ、姐さん達しつこいからなぁ……かといって、自首してもかっちゃんにねっっとり絞られるしなぁ」

「策なら、あるわよ」

 ようやく古河が口を開いた。新山が振り返る。

「どんな?」

「こいつらが持ってる金を奪って、海外へトンズラするのよ。香港、台湾、ソウル……まぁ、何処へでも」

 しかし、そんな古河の言葉に男性は首を振って否定する。

「金なんか無い」

「誘拐で儲けたのはどうしたのよ?」

 古河が訊ねると、男性は口を噤んだ。

「ふぅん、言わないのね。なら、こっちにも考えがあるわ」

 古河は、男性の左脇腹に突き付けていたブレナン B2023を頭部へと上げる。そして、その銃口を男性のこめかみにグリグリと押し付けた。

「10秒以内に言わないのなら、ここで殺して新江戸湾に浮かべるわ」

「ま、まま待ってくれ!」

 男性は震え上がる。しかし、後ろを振り返る新山が静かに言い放った。

「ルカ、10秒も要らないよ。足でまといになるだけだし、もうここで殺しちゃおうよ。お気の毒だけど、アンタは犠牲フライだよ」

 それを聞き、古河は引き金に掛けた右人差し指に力を込める。

「待ってくれ! 言う、言うから命だけは!」

「何を言うっていうのさ? 命乞いしても無駄だよ。ルカ、撃てないならアタシが撃つよ?」

 新山はショルダーホルスターからベルティーニ 90-4を取り出して撃鉄を起こす。恐怖に染まった表情の男性は、震えながら口を開く。

「金は俺が持ってるんじゃない!」

「久沢ね?」

 古河の問い掛けに、男性は何度も頷く。

「最近、業績が良くないから、また拳銃の密輸をしようって、社長が……」

「なるほど。その活動資金として、誘拐を起こした訳ね?」

 古河は納得し、新山は正面に向き合う。

「ほな、社長はんとこへ行こか」

 そう言って、新山は3.0L VG30DET水冷V型6気筒DOHC過給器付内燃機関を始動させた。

 

 コインパーキングを出て、パンテーラ3.0ブレナンは福原町へ向かう。その様子を、反対車線を走っていた丹生館 フランシス250LV-4に乗った鎌谷と倉田が見つける。

 鎌谷はすぐに車を反転させ、アクセルペダルを踏み込む。一方の倉田は無線機のマイクを握り締める。

「こちら桜見301、桜見301! 古河達を発見! 現在曙町3丁目! 福原町方面へ追跡中! おそらく久沢商会へ向かっている!」

 

 

 

 2047年7月30日 午前10時46分、日本皇国 新江戸府 浜崎市 福原町1。

 

 久沢商会の前を通る一方通行の道路へ、丹生館 パンテーラ3.0ブレンネロがやってくる。そして、路肩で停車した。

 運転席から新山、助手席から古河が降り、久沢商会へ向かう。が、その2人の前に真岳が立ちはだかった。真岳の右手にはオーストリア製9×19mm口径ポリマーフレーム自動拳銃・ライカン 14が握られ、その銃口は2人を向いている。

「香、そこ退いて」

 新山が言うと、真岳の右人差し指はライカン 14の引き金に触れた。唯一の安全装置であるトリガーセーフティが解除される。

「生活委員のあなたには、重すぎる犯罪よ。退きなさい」

 古河も口を開くが、真岳は退かない。

「軽い犯罪者だっているよ。風紀委員でありながら、誘拐、恐喝をしでかす2人組とかね」

 言い放った真岳は、ライカン 14を両手で握り締める。すると、古河はショルダーホルスターからブレナン B2023を抜き、真岳に向けた。

「ちょ、ちょっと!?」

 真岳は驚くが、古河の目はまっすぐ真岳を捉えている。

「いいから退きなさい」

 古河は忠告する。

「退かない! あたしだって、正義の味方の端くれだもん!」

 真岳は叫び、ライカン 14の銃口を古河に向ける。

 そこへ、丹生館 フランシス250LV-4がサイレンを鳴らしながらやって来た。鎌谷と倉田が車から降り、拳銃を向け合う2人を見る。

「古河! 何やってんだ!?」

「古河ちゃん、新山ちゃん! もう逃げられないよ!」

 2人は叫び、鎌谷はアボット&レイモンド AR357R8デューティマグナムを構えて新山を狙う。

 しかし、狙われた新山は冷たく言う。

「止めたいなら、撃てば?」

「……っ! 本当に、撃つよ!?」

 額から汗が流れる鎌谷は、左親指で撃鉄を起こす。回転弾倉が回転し、シングルアクションでの射撃態勢が整う。

 倉田もバックサイドホルスターからマグナムコンバット サハラファルコンを取り出し、左親指でスライドセーフティレバーを押し上げて構える。大口径のマグナム拳銃2丁を向けられた新山は、身動ぎ一つもしない。

 すると、久沢商会から久沢が出てきた。その手には、アタッシュケースが握られている。

 古河はブレナン B2023の銃口を動かし、久沢の左手を狙う。そして、引き金を引いた。

 

 乾いた銃声が、街角に響く。

 

 鈍く金色に光る薬莢が、アスファルトの路面を跳ねる。そして、久沢の左手からは鮮血が垂れていた。

 逃げ出した久沢を、古河は追い掛ける。一方、真岳はライカン 14を握り締めたままヘロヘロと尻餅を付いた。

「そんな、來ちゃんがあたしを撃った……」

「香を撃ったんじゃないの」

 新山が慰めるが、真岳は泣き出してしまう。

「來ちゃんがあたしを撃ったぁぁ」

「だから香を撃った訳じゃなくて──あ、これで涙拭きなよ」

 歩道に転がっていたアタッシュケースを持ち上げ、新山はそれを真岳に差し出す。そして、古河を追って走り出した。

 何が何だか理解が追い付かない倉田と鎌谷の前で、真岳は泣きじゃくりながらアタッシュケースを開ける。そこには、大量の一万円札が入っていた。

「……何これ」

 真岳の涙が止まる。

 

 桜見駅へ向かう道路を、久沢は走って逃げる。それを、古河と新山が追っていた。

「待てコラ! 今までの誘拐事件について全部喋って貰うゾ!」

 新山が叫んだ途端、久沢は振り返って拳銃で撃った。

 2人は咄嗟にしゃがみ、銃撃を躱す。

「これで撃つ理由が出来たわね」

 勝ち誇ったように笑う古河に、新山は呼び止めた。

「ちょっとルカぁ! さっき撃ったでしょーが!」

「こんなの早い者勝ちよ!」

 2人は再び走り出す。

 

 第三桜見橋を渡ろうとする久沢の背中を、古河と新山は狙う。そして、ほぼ同時に引き金を引いた。

 

 放たれた2発の弾丸、古河の9×19mm 124グレインフルメタルジャケット弾は久沢の右太ももを、新山の.40A&R 165グレインフルメタルジャケット弾は久沢の左太ももを撃ち抜き、久沢は転倒した。

「ルカぁ、何で撃っちゃうのさぁ? これじゃアタシ三冠王になれないじゃんかぁ」

 抗議する新山に、古河はフフンと笑った。

「来季があるわよ」

「自由契約になっちゃったらどーすんだよぉ。トドメ刺したろかコイツ!」

 新山はベルティーニ 90-4の銃口を久沢の頭に向けるが、古河がそれを止める。

「何考えてるのよ。それじゃ不正スコアじゃないの」

 

 

 

 2047年7月30日 午後2時26分、日本皇国 新江戸府 浜崎市 桜見町6-9-30 浜崎市立桜見高校 別棟1階 生徒会室 風紀委員会ブース。

 

「いやさすがですよ、あかりさん。古河達に囮捜査を命じての大立ち回り」

「流石、府警本部 保安部きってのエースと呼ばれたあかりさんですよ。2人に誘拐犯を演じさせるなんて」

 倉田と鎌谷が新条を褒め称えるが、当の新条は顧問席に座り、腕を組みながら窓の外を眺めている。

 そこへ、古河と新山が帰ってきた。2人は姿勢を低くしているが、滝本と絵島が2人の首根っこを掴み、新条の前へと連れていく。

 2人は姿勢を但し、敬礼した。

「新条警部補、色々ご迷惑おかけして申し訳ございません。しかし、ああしなければ手掛かりはありませんでした」

「本官らは、連続誘拐事件の捜査の為に奔走しており、本気で誘拐を企てた訳ではございません!」

 2人が言い訳を並べると、新条は立ち上がって振り返る。古河と新山はもちろん、その場にいた高校生達は咄嗟に耳を塞ぐ。

 が、真岳が水を指した。

「まぁまぁあかりさん。2人のお陰で迷宮入り確定の事件が解決したんですし、終わり良ければ全てヨシッ! ってね?」

 真岳は微笑みながら、新条の肩を叩いた。すっかり怒りが収まってしまった新条はため息をつき、古河と新山に言い残す。

「始末書、明日まで」

 そう言って、新条は椅子に戻った。高校生達は安堵するが、古河と新山は顔を見合わせる。

 そんな2人の肩を、真岳は叩いた。

「で、あたしに拳銃向けて怖い思いをさせたんだから、何かお返しがあってもいいよねぇ?」

「お返し?」

 新山が聞き返すと、真岳は頷いた。

「ディナーとか洋服とか。それくらいの見返りはあるよねぇ?」

 強請る真岳を前に、古河は何かを思い出した。

「そういえば私、B2023を定期メンテナンスに出さないといけないんだったわ」

「アタシも、キャドーを車検に出さないと」

 2人は言い訳を作り、真岳から離れる。

 置いていかれた真岳は、ここぞとばかりに大声を出した。

「ぶぁーか!」

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