HIGH SCHOOL DETECTIVE サクラの彼ら 作:土居内司令官(陸自ヲタ)
2047年8月1日 午前9時36分、日本皇国 新江戸府 浜崎市 鷹見町9。
浜崎市と朱夢市を隔てる新江戸水道へと向かう朱夢街道を、赤色灯を屋根に載せてサイレンを鳴らす黒色の四輪駆動4ドアハードトップセダン・丹生館 フランシス250LV-4(MY34中期型)と赤色のイタリア製前輪駆動3ドアハッチバックコンパクトカー・ビショーネ トリミラコンペティツィオーネ(955142中期型)、そして焦げ茶色の後輪駆動4ドアセダン・富木 ラウンデルロイヤルキャビン(GRS182前期型)や白黒パトカーが行列を成して走っていた。
先頭を走る丹生館 フランシス250LV-4の助手席からは倉田が身を乗り出し、いわゆる「箱乗り」の状態で誘導棒を振って一般車に端へ寄るように指図していた。運転席のタルボットが右へ左へハンドルを回し、一般車を躱しながらアクセルペダルを踏み込む。
大勢のパトカーは一般車を躱しつつ、朱夢水道へと向かう。
2047年8月1日 午前9時38分、日本皇国 新江戸府 浜崎市 鷹見町──朱夢市 瑠々江町 瑠々江橋。
浜崎市と朱夢市を繋ぐ瑠々江橋は、片側3車線の大通りである。しかし、その浜崎市方面の車線を2つ塞ぐように前輪駆動5ドアライトバン・富木 ビジネスボックスF(改NCP58G後期型)が止まっていた。その車体側面には[扶桑警備保障]と書かれており、所々に赤い液体が付着していた。
既に数台のパトカーと救急車が周囲を囲んでおり、その中へ丹生館 フランシス250LV-4は滑り込んで停車した。
「はぁぁ、死ぬかと思った……」
助手席から、へろへろと倉田が降りる。すると、フランシス250LV-4の後ろに止まったトリミラコンペティツィオーネから降りた黒髪ロングヘアの女子高生・私立アンコローレ学園 高等部 2年生、風紀委員会 副委員長の月詠 結兎監視員補が話し掛けた。
「随分と大袈裟ですわね、倉田副委員長?」
「うるさいな。こちとら桜見高校からずっと箱乗りしてたんだからな」
2人の言い合いに、白手袋を嵌める銀髪ロングポニーテールの女子高生・私立アンコローレ学園 高等部 2年生、風紀委員会の樋川 椛執行員が口を挟む。
「結兎ちゃん、今は桜見の連中と言い争ってる場合じゃないやろ?」
「そうですね、椛ちゃん」
そんな2人に、フランシス250LV-4の運転席から降りたタルボットが口を開く。
「何と言うか……アンコローレの人達で付き合いにくい雰囲気ですわね?」
その問い掛けに、倉田は頷く。
「そりゃ、浜崎市唯一にして新江戸府1のお嬢様校だからな。私達とは住む世界が違う」
2人も白手袋を取り出し、橋の真ん中で立ち往生したライトバンへ向かう。
ライトバンの周りでは、何人もの鑑識官が写真を撮り、指紋や飛び散った血液、薬莢を採取している。
「遅かったかぁ」
現場を見回した夢川が呟く。その呟きに、タルボットは首を傾げた。
「どういう事ですの?」
すると、夢川の隣に立つ琉田が説明した。
「ほら見て、あれは朱夢署の捜査員だよ。それにここは、私達浜崎署と朱夢署の管轄の境界線。普通なら機捜隊や捜査一課が陣頭指揮を取って合同捜査になるんだけど……まだその人達が居ないしなぁ」
「琉田ちゃん、帰るよ」
説明を終えた琉田に、夢川が話し掛ける。タルボットが見回すと、倉田もアンコローレの2人も踵を返していた。
「どうしたんですの?」
タルボットが訊ねると、倉田は首を振った。
「ここは優秀な朱夢署の人達に任せるんだよ。ほら、さっさと帰るよ」
倉田に促され、タルボットも渋々車へ戻ろうとした時、背後から話し掛けられた。
「おやおや、誰かと思えば浜崎署の方々ではありませんか?」
その声に、夢川は立ち止まる。そして、嫌そうに振り返った。
「これは、朱夢署の愛造巡査部長。お久しぶりです」
夢川は社交辞令を口にするが、その顔は嫌悪感丸出しであった。
一方の男性・新江戸府警察 朱夢警察署 刑事課 捜査一係の愛造(あいつくり) 聖都巡査部長はニヤニヤと笑っていた。
「浜崎署の方々も、わざわざここまで来るとはね。ま、一応ここもそちらの管轄ですが」
愛造の言葉に、夢川の顔は厳しくなる。
「何を仰りますか。そちらの管轄でもありますよね?」
「えぇ、この通り」
そう言って、愛造は脇の歩道に立つ標識を指さした。その標識は丁度富木 ビジネスボックスの傍に立っており、夢川達には[ようこそ朱夢市へ]と書かれている。しかし、愛造の方には[海と風の街 浜崎市]と書かれていた。
つまり、富木 ビジネスボックスは浜崎市と朱夢市の市境に止まっていたのであった。
「この現金輸送車は浜崎市へ向かおうとし、ちょうど浜崎市に差し掛かった所で襲撃された。つまり、浜崎署が捜査を主導すべきでは?」
愛造の言葉に、琉田は思わず富木 ビジネスボックスのフロントバンパーの前に立って口を開いた。
「何言ってるんですか? 境界線はここですよ?」
「そちらこそ。境界線はここです」
愛造は歩道に立つ市境を示す標識を指差す。すると、タルボットはビジネスボックスの後輪を指差した。
「でも、リアタイヤは朱夢市にありますわ」
「それを言ったら、前輪は浜崎市にあります。まぁ、検挙率を言えば我々に意見を申せないでしょうが、ここは一つ、穏便に合同捜査といきましょうや?」
愛造の言葉に、タルボットと琉田は叫ぶ。
「何なんですの!? さっきから上から目線で言うばかりで!」
「そんな偉そうに言わないでもらえますか!?」
そんな2人を、倉田と夢川が宥める。
「待て待て。見え透いた挑発に乗るな、麗羅」
「そうだよ。検挙率の事言われたら、何も言えないのは事実なんだから」
「何でそんなに弱気なんですの!?」
タルボットは倉田の手を払い除ける。
「さっきから検挙率検挙率と、そんなに検挙率が大事ですの!?」
愛造へ掴み掛かろうとするタルボットを、倉田と夢川が必死に抑える。
「待て麗羅! 朱夢署はこの新江戸府警で一番の検挙率なんだよ!」
「それに対して浜崎署はナンバー2なんだから!」
「ナンバー2ならいいじゃありませんの!」
暴れるタルボットに、樋川は欠伸をしながら口を挟んだ。
「正確には、下から2番目な。上からやと7番目。まぁ、新江戸府警察の警察署は8つしか無いしなぁ」
その言葉で、タルボットはすんと落ち着いた。
2047年8月1日 午前9時58分、日本皇国 新江戸府 浜崎市 桜見町6-9-30 浜崎市立桜見高校 別棟1階 生徒会室 風紀委員会ブース。
鎌谷、絵島、新山、タルボットの席の上に広げられた新江戸府の地図を、高校生達が眺めていた。
「事件現場は、ここ?」
真岳が地図上へ消しゴムを置きながら訊ねると、古河は頷いた。消しゴムが置かれたのは、浜崎市と朱夢市を隔てる朱夢水道に架けられた瑠々江橋であった。
「サンセット銀行 朱夢本店から浜崎支店へと向かう途中だった扶桑警備保障の現金輸送車が、何とも都合よく瑠々江橋の上で襲撃され、乗っていた警備員2名は銃で撃たれて重症……幸い、通行量の多い新江戸街道だったから、緊急通報が早くて九死に一生を得たって訳だ」
櫻樹の解説に、鎌谷は鉄扇で自身を扇ぎながら疑問を口にする。
「でもパイセン、わざわざ目撃者の多い瑠々江橋で襲撃しますかね?」
「そこだよなぁ……セオリー通りにいけば、この現金輸送車は途中、曙町を通る。住宅街だから人通りは少ない、そっちの方が好都合だ」
櫻樹の言葉に、古河は頷いた。
「そうですね、今回の犯人は、大胆な人間か、ただの馬鹿か……」
「いや、幾ら馬鹿でも瑠々江橋を選ばないでしょ?」
新山が口を挟むと、古河は頷いた。そして、絵島に訊ねる。
「ねぇ、絵島。今現場には誰が出てたっけ?」
「ん? 確か姐さんと麗羅、あと夢川さん達」
絵島の回答に、古河は天を仰いだ。
「これは負けたわね」
「長い物には巻かれる主義の集まりじゃんかぁ」
新山も感嘆する。すると、新条が風紀委員会ブースに戻ってきた。
「みんな、よく聞いて」
新条は手を叩き、風紀委員達を集める。
「今回の事件は、浜崎署と朱夢署の合同捜査で進める事が決まったわ。陣頭指揮を取る為、府警本部から捜査一課 7係が派遣される……それと、今回の捜査から古河と新山、タルボットを外す」
その言葉に、古河と新山は目を見開いた。そして、新条に抗議する。
「ちょっと待ってください。どうして私が外されるんですか? メグルと麗羅ならまだ分かりますけど」
「ルカぁ、酷くない? それに、アタシらは浜崎市1のスーパー風紀委員っスよ?」
そんな2人の声に、新条はため息をつく。
「あんたらがいたら、朱夢署と騒ぎを起こすでしょうが」
かくして、3人は捜査から外された。
2047年8月1日 午前10時28分、日本皇国 新江戸府 浜崎市 関中町5。
浜崎街道を、黒色の後輪駆動4ドアハードトップセダン・丹生館 ダフィーネクラブSタイプX(HC35後期型)が走る。
「ったく、あかりさんめ。まるでアタシらがトラブルメーカーみたいに言っちゃってさ」
助手席に座る新山は、不貞腐れたように缶コーヒーを啜る。
「仕方がありませんわ。先輩方は行動する度に迷惑を振り撒きますもの……わたくしまで同じように見られたのは心外ですけども」
ハンドルを握るタルボットが小言を言うと、助手席の新山の眉が釣り上がった。
「あぁん? 麗羅ちゃん、何っつった?」
「ですから、先輩方はトラブルメーカーだと言いましたわ」
「その後だよ」
「え? それなら、先輩方と同じように見られたくないと──」
「この生意気お嬢様め!」
新山はタルボットの首にチョークスリーパーを掛けようとするが、後席の古河がそれを止める。
「止めなさいよ。今は運転中よ?」
それを聞き、新山は席に戻った。タルボットは安堵し、ルームミラーで古河を見た。
「助かりましたわ、古河先輩」
「何言ってるのよ? 降りたらとっちめるわ」
「全然助かってませんわ!?」
タルボットが叫ぶと、新山は前方の異変に気付いた。
黒髪ショートヘアの女性が、歩道から車道へと飛び出してきたのであった。
「麗羅! ブレーキ、ブレーキ!」
新山の叫びに、タルボットは咄嗟にブレーキペダルを強く踏み込んだ。3人を乗せたダフィーネクラブSタイプXは急停車し、3人は慣性の法則で前のめりになった。
制動装置で急停車したダフィーネクラブSタイプXの車内で、ハンドルを握るタルボットの顔が真っ青になる。
「ひ、轢いて……いませんわよね?」
「多分、大丈夫よ」
古河が固唾を飲み込みながらタルボットを慰める。一方の新山は、助手席から勢いよく降りて女性の元へ向かう。
「危ないじゃんか! 『車道へ飛び出してはいけません』って小学校で習わなかったのさ!?」
開口一番、女性の心配よりも怒鳴りが先の新山に、車内で古河がため息をついた。
女性を乗せて丹生館 ダフィーネクラブSタイプXは走る。カーナビには最寄りの新江戸府立大学付属病院までの道案内が表示されていた。
「すみません、病院まで送ってもらえるなんて……でも、もう大丈夫です」
後席に座る女性がそう言うと、古河は口を開いた。
「おかしいわね。さっきまであんなに痛がっていたのに、もう歩ける気になるなんて」
「一応病院で診てもらった方がいいんじゃないっスか?」
助手席の新山もそう口にし、ルームミラーをチラリと見る。そして、気付いた。
「ルカ、後ろ」
その言葉で、古河は後ろを振り返る。4人の乗る丹生館 ダフィーネクラブSタイプXの後ろにピッタリ張り付くように白色の後輪駆動4ドアハードトップセダン・丹生館 ダフィーネグランドサルーン(HC34後期型)が後を付けていた。
「麗羅、次の交差点を左折して」
古河が指示を出すと、運転席のタルボットは首を傾げた。
「えぇ? だって、病院はまっすぐですわよ?」
「いいから。とにかく左折して」
タルボットは渋々ウィンカーレバーを動かし、「黒江4丁目交差点」を左折させる。すると、後ろの丹生館 ダフィーネグランドサルーンも急旋回して追い掛けてくる。
「やっぱり尾行ね」
後ろを振り返る古河が呟くと、助手席の新山はニヤリと笑った。
「狙いはアタシら? それとも、足を挫いたシンデレラ?」
「メグル、あなた何か恨まれる事したの?」
古河の問い掛けに、新山は右手を振った。
「無い無い。ルカの方じゃない? あんだけ銀狼会を追い掛けて回してるんだしさ」
「それもそうね」
そんな掛け合いを他所に、タルボットはアクセルペダルを踏み込む。路地に入っても猛スピードで疾走する丹生館 ダフィーネクラブSタイプXを、丹生館 ダフィーネグランドサルーンが猛追する。
「あら、随分としつこいじゃない。私、そういう男嫌いなのよね」
古河が軽口を叩くと、新山はゲラゲラと笑った。
「せめて『情熱的』って言ってあげなよぉ。暗い夜道で背後から刺されちゃうゾ?」
「そんなの、銃で返り討ちにするだけよ」
「おぉおぉ、怖い恐い」
そして、新山は足元に転がっていた赤色灯を手に取った。
「さぁて、いっちょご挨拶と洒落こみますか」
助手席側パワーウィンドウを下げ、赤色灯を屋根に載せる。それを見た後席の女性は驚く。
「あなた達、警察だったの!?」
「風紀委員会よ」
驚く女性に、古河は警察手帳を見せる。そこには古河の顔写真の他、[新江戸府警察 浜崎警察署 浜崎市立桜見高校 風紀委員会 古河 來執行員]という文字、そして警察のエンブレムが施されている。
「それも、ただの風紀委員じゃないっスよ。なんつったって、桜見高校が誇るスーパー風紀委員、ビューティ古河とキューティ新山っスからね」
冗談を言う新山に、タルボットは呆れた。
「その自称、まだ使ってらしたんですのね」
「自称は大事だよ? 麗羅ちゃんも何か名乗ったら?」
新山の言葉に、タルボットは考え込む。そして口を開いた。
「うーん、『グレイシャス麗羅』なんてどうでしょう?」
「グレイシャス? 何それ?」
首を傾げる新山に、古河が口を挟む。
「上品な、という意味だったはずよ」
「上品? 冗談は寝て言ってよぉ」
「冗談じゃありませんわ」
2047年8月1日 午前10時41分、日本皇国 新江戸府 浜崎市 元巻町 元巻埠頭 Cバース。
新江戸湾へと突き出た突堤を、丹生館 ダフィーネクラブSタイプXが走る。そして、突堤の先端で急停車した。
古河と新山が車から降り、それぞれ拳銃を構える。そして、追ってきた丹生館 ダフィーネグランドサルーンへと銃口を向ける。
が、丹生館 ダフィーネグランドサルーンは急旋回し、踵を返していった。
「あら?」
「ちょっとぉ、拍子抜けするんスけどぉ」
2人は呆気に取られ、拳銃をホルスターに仕舞う。そして、車に戻ろうとして気付いた。
「あれ、シンデレラが居なくなってるんだけど?」
間の抜けた新山の声に、古河は冗談を放った。
「時計の針が12時になったんでしょう。まだ10時だけど」
しかし、丹生館 ダフィーネクラブSタイプXの後席に座っていたはずの女性が居なくなってる事に、古河も気付いた。
「麗羅、何処行ったの?」
運転席のタルボットへ、古河が訊ねると彼女はあっけらかんと答えた。
「あの方なら、さっき降りましたわ」
「何で引き止めないのさ!」
新山の怒鳴り声が響いた。
2047年8月1日 午前10時56分、日本皇国 新江戸府 曙町1。
《浜崎捜査から桜見301、浜崎捜査から桜見301、応答願います、どうぞ》
黒色の四輪駆動4ドアハードトップセダン・丹生館 フランシス250LV-4の車載無線機が鳴り、助手席の倉田がマイクを持ち上げた。
「こちら桜見301。八洲さん、どうしました? どうぞ」
《こちら浜崎捜査。現場から逃走した車両の持ち主が判明した。松永 啓斗、25歳、フリーター。住所は曙町8-4-1-206 サンライズセドリック曙、車両は黒のセダン、どうぞ》
「桜見301、了解。急行します、通信終わり」
そのやり取りを聞いていた鎌谷はハンドルを強く握った。
「飛ばしますよ、姐さん!」
「かっちゃん、程々にな?」
倉田の忠告を他所に、鎌谷はサイドブレーキレバーを引き上げ、フランシス250LV-4をスピンターンさせる。
「うわあぁ!」
倉田は絶叫する。スピンターンを決めたフランシス250LV-4は四輪全てをホイールスピンさせながら加速する。倉田は赤色灯を屋根に載せ、サイレンを鳴らす。
やがて、丹生館 フランシス250LV-4は曙町8丁目にあるアパートへと辿り着いた。鎌谷と倉田が車から降り、2階へ向かう階段を駆け上がる。そして、206号室の前に立つ。
「松永さん、いらっしゃいますか? 桜見高校 風紀委員会の者です」
倉田がインターホンを鳴らすと、屋内から物音がした。
「松永さん? 居るんでしょう?」
倉田は扉をノックするが、一向に開く気配が無い。すると、鎌谷は防弾チョッキのホルスターからアメリカ製.357口径8連発回転拳銃・アボット&レイモンド AR357R8デューティマグナムを取り出した。
高品質な.357口径回転拳銃・アボット&レイモンド AR357レースマグナムをベースに、8連発回転弾倉やアクセサリーレールを追加して戦闘力を高めた回転拳銃を構えた鎌谷は、その銃口を扉の鍵穴に向ける。そして、引き金を引いた。
銃声が轟き、錠が粉砕される。鎌谷は扉をこじ開け、突入した。倉田もアメリカ製.44口径回転拳銃・アボット&レイモンド AR491スネークハンターを手に続いた。
室内では、1人の男性が急いで身支度をしていた。青色のダッフルバッグに札束を詰め込んでいる。
「松永 啓斗、現金輸送車襲撃犯だよね?」
アボット&レイモンド AR357R8デューティマグナムを構える鎌谷は、不敵に微笑みながら訊ねる。そして、右親指で撃鉄を起こした。
男は舌打ちし、手にしていたスマートフォンを鎌谷に向かって投げつけた。
「うわっ!?」
鎌谷は咄嗟にしゃがみ、飛んできたスマートフォンを躱す。投げられたスマートフォンは、無惨にも冷蔵庫にぶつかって床を跳ねる。
「待て!」
倉田はアボット&レイモンド AR491スネークハンターを構えるが、男は窓を開け放って外へと飛び降りる。
「くそっ、やってくれるな!」
舌打ちしながら倉田は窓から外を見る。男は道路を逃げていた。
「姐さん、後はお任せを!」
鎌谷の声に、倉田は振り返る。すると、鎌谷も男に続いて窓から飛び降りていった。
「あ、おい! かっちゃん!?」
倉田は驚くが、下の道路を走っていた紺色の後輪駆動4ドアハードトップセダン・丹生館 キリエグランツーリスモ250SVに乗っていた櫻樹と滝本もまた、窓から飛び降りて拳銃片手に全力疾走する鎌谷に驚いていた。
倉田は防弾チョッキの左肩に取り付けられた無線機のマイクを手に取った。
「真理、滝本! かっちゃんを追え!」
男は住宅街を走る。それを、拳銃片手に鎌谷が追い掛ける。
やがて、曲がり角に差し掛かった。男は曲がり、鎌谷もそれに続こうとした。突然の銃声に、鎌谷は慌てて曲がり角の陰に隠れる。
「今日のボクは短気だよぉ。よくも怒らせてくれたね」
鎌谷は独りごち、アボット&レイモンド AR357R8デューティマグナムの撃鉄を起こす。
そして、陰から飛び出して発砲した。路上駐車された車の陰に隠れた男へ向けて弾丸が放たれ、.357マグナム弾の銃声が閑静な住宅街に響いた。
「かっちゃん!」
倉田の叫び声が届き、3人が鎌谷の傍へと走り寄る。一方の鎌谷はアボット&レイモンド AR357R8デューティマグナムの回転弾倉を左側面へと振り出し、銃口を上にして排莢槓(エジェクションロッド)を左手の掌で叩く。8発の使用済み薬莢がアスファルトの路面を跳ね、鎌谷は右手でスピードローダーを回転弾倉に嵌める。
拳銃を手にした櫻樹と滝本が車へと近付く。2人は慎重に車の陰へと銃口を向ける。
そこには、物言わぬ死体と成り果てた男の姿があった。
ただ呆然と立ち尽くす2人に駆け寄った倉田と鎌谷も、死体に気付いた。つい先程まで追い掛けていたはずの男の変わり果てた姿を見た鎌谷は、口を開いた。
「あちゃあ」
2047年8月1日 午前11時01分、日本皇国 新江戸府 浜崎市 曙町8。
住宅街の路地を、赤色灯を載せてサイレンを鳴らす丹生館 ダフィーネクラブSタイプXが疾走する。
《桜見304から浜崎署、重要参考人の松永 啓斗が銃で撃たれて死亡、検視官を要請します。どうぞ》
《浜崎署、了解。浜崎署から浜崎11、警邏131へ。曙町8丁目にて銃撃事案発生、現場へ急行してください。どうぞ》
《こらぁ鎌谷! 何射殺してるのよ!? あんたまであの馬鹿共のレベルまで落ちたら、一体この風紀委員会はどうなるのよ!? えぇ!?》
《新条さん、私用で無線を使わないでください!》
車載無線機から流れる罵声に、助手席の新山は首を竦めた。
「何やってんだよ、かっちゃんの奴ぅ。何で射殺なんてしちゃうかなぁ」
新山のボヤキに、後席の古河が口を挟む。
「あら、あなただって隙あらば殺そうとするじゃない」
「よしてよルカぁ。アタシゃ平和主義者だよ?」
新山の言葉に、運転席のタルボットはため息をついた。
「よく言いますわね」
その時、古河は何かに気付いた。
「麗羅、止めて」
「え? あ、はい」
タルボットのブレーキ操作で、丹生館 ダフィーネクラブSタイプXは交差点の真ん中で止まった。
「どーしたのルカ?」
助手席の新山が古河の方を振り向きながら訊ねると、古河は車の左側を指差した。
「さっきのシンデレラよ」
「えぇ? 元巻埠頭から曙町に移動した訳無いでしょぉ、車で10分も掛かるっていうのに……あ、ホントだ」
新山も気付いた。交差点の左側の路地を、先程の女性が歩いている。が、交差点の真ん中で停車した覆面パトカーに気付き、踵を返して逃げ始める。
「麗羅、追って」
「承知致しましたわ!」
古河の言葉で、タルボットはシフトレバーをドライブレンジからリバースレンジへと引き倒す。丹生館 ダフィーネクラブSタイプXは少し後退し、交差点を左折して女性を追い掛ける。
女性は小走りで交差点を右折し、追い掛けてくる覆面パトカーを撒こうとする。そして、沿線の民家の敷地へとハンドバッグの中身を投げ入れた。しかし、生身の人間の足では乗用車には敵わない。女性に続いて交差点を右折した丹生館 ダフィーネクラブSタイプXは、女性を追い越してその行く手を阻むように停車した。
後席右側のドアから古河が、助手席から新山が降り、女性の前に立つ。
「どうして逃げるのよ? あなたが健全な市民なら、パトカーから逃げる必要は無い筈よ?」
問い詰める古河に、女性は口を噤む。
「よしなよルカぁ。そーやって誰も彼も犯人扱いしたら逆恨みされちゃうゾ? ソースはアタシ」
「それは信頼できる話ね」
2人は冗談を言い合いながら、女性に近付く。そして、古河は口を開いた。
「とりあえず、任意同行します。宜しいですね?」
口を噤んだままの女性を、古河は丹生館 ダフィーネクラブSタイプXの後席に乗せた。
2047年8月1日 午前11時35分、日本皇国 新江戸府 浜崎市 桜見町6-9-30 浜崎市立桜見高校 別棟1階 生徒会室 風紀委員会ブース。
「ただでさえてんやわんやだと言うのに、これ以上厄介事を持ち込まないでちょうだい!」
生徒会室に新条の怒鳴り声が響く。高校生達は慣れた手付きで耳を塞ぐ。
「鎌谷がホシを射殺してしまった上で、不審者を引っ張ってきたですって!? そんなの地域課に丸投げしなさいよ!」
止まらない新条の怒りに、新山は口を挟む。
「しかしですねぇ、彼女、パトカー見て逃げ出したんですよ? それもかっちゃんの事件現場付近で。怪しさ満点レストランですよ」
「何訳分からない事言ってんのよ! しかも、何で外された捜査の現場に近付いているのよ!? 命令違反じゃないの!」
「だって、かっちゃんが殺人犯になっちゃったんですよ? 同僚として最後の言葉を掛けに行こうとして──」
「言い訳は無用! もうあたしは知らない!」
そんな怒鳴り声を他所に、第3面談室に古河は立っていた。その視線の先には、椅子に座った女性がいる。彼女はツンと済ました顔で古河から目を逸らしていた。
「さっき、気付いたのだけれど──」
古河は口を開く。
「あなた、変わった香水を付けてるのね。まるで火薬のような匂い──いえ、硝煙そのものと言った方がいいかしら? 男が好む匂いでは無さそうね」
「高校生に何が分かるというの?」
女性は目を逸らしたまま反論する。
「これでも、私は結構経験豊富よ? 数々の男を手玉に取ってきたんですもの」
「ふぅん……どうせその男達は全員豚箱にぶち込まれたんでしょう?」
女性の問い掛けに、古河は苦笑する。
「鋭いわね。えぇ、全員もれなくムショ行きになったわ。まぁ、1人を除いて」
「それで、一体どうするの? 私を銃刀法違反で逮捕するの? 言っておくけど、今私は銃を持ってないわ」
「知ってるわ。持ち物検査をしたのは他ならぬ私と後輩だもの。でもね──」
そこで、古河は女性の顎を掴み、目を合わせた。
「発射残渣検査をすれば、ハッキリするわ」
しかし、女性は臆する事無く言い返す。
「それは任意でしょう? 協力しないわ」
「そう。協力しないというなら、私はあなたを疑うまでよ。言っとくけど、男だろうと女だろうと、一度狙ったらしつこいのよ、私」
女性の顎を掴んだまま言う古河に、女性はフフっと笑った。
「じゃあ、これでも?」
「何を?」
聞き返す古河の頭を、女性は掴む。そして、接吻した。
唇が触れ合うなんて優しいものではなく、古河の口内を女性の舌が侵食する激しいキッス。突然の事に、酸欠になりつつある古河の頭は理解が追い付かない。
1分、いや10分とも取れるような濃密な時間が過ぎ、ようやく女性の唇が古河から離れた。
「同性とキスするのは初めて?」
古河の唾液を舐め取った女性は、妖艶に微笑む。一方、古河の頭はようやく理解を終え、羞恥心が脳を支配する。
「は、初めてに決まってるでしょう!?」
古河は顔を真っ赤にして答える。すると、女性の顔から微笑みが消えた。
「助けて! 風紀委員に襲われる!」
突然の女性の叫びに、古河の思考は停止した。
悲鳴を聞きつけ、新条と新山が第3面談室へと突入する。
「あんた何やらかした!?」
開口一番、新条は怒鳴る。キョトンとした古河に対して、女性は新条の腕に縋る。
「この風紀委員に襲われそうになったんです! キスされたし、信じられない!」
「何ですって!?」
新条は古河を睨み付ける。
「あんた、取り調べで何やってんのよ!?」
「そーだぞルカ! かっちゃんじゃないんだからさぁ!」
「新山! あんたは黙ってなさい!」
2人の言い争いに、古河は口を挟んだ。
「あかりさん、これは誤解です!」
「誤解!? キスしたのは嘘ってこと!? どうなの!?」
新条の問い掛けに、古河は頬を赤らめて視線を逸らす。
「いえ、キスしたのは事実ですけども……」
「じゃあやっぱりやってるじゃない! あーもう……あんたら謹慎してなさい!」
2047年8月1日 午後0時02分、日本皇国 新江戸府 浜崎市 桜見町6-9-30 浜崎市立桜見高校 別棟1階 生徒会室 風紀委員会ブース。
きつねうどんのカップ麺にお湯を注ぎ、蓋を閉める。永合はカップ麺を手に休憩スペースから自分の席へと戻る。視界の端で、風紀委員会ブースの自分の席で呆然とした古河が気になり、コンビニ弁当を頬張る田基に質問する。
「なぁ、古河の奴、一体どうしちまったんだ? あんなに覇気が無いの、見た事無いぜ?」
冷えて固まった白米を飲み込む田基が口を開く。
「何か取り調べ中に、襲いかかったらしいよ、來ちゃん」
「襲いかかった? いつもの暴力取り調べか」
すると、田基は首を振った。
「性的に、らしいよ」
「何だ、イケメンの容疑者を逆レしたのか」
「相手は女性だってさ」
「あぁ? 古河までそっちの人間だったのか?」
「そこまでは知らないよ。それで、謹慎になっちゃったってさ」
「は、古河も随分落ちたもんだな」
永合の言葉に、田基は眉を顰めるが、何も言い返せなかった。
2047年8月1日 午後0時09分、日本皇国 新江戸府 浜崎市 関中町2。
新江戸街道を、緑色のタクシーが走る。その後席には、黒髪ショートの女性が座っていた。
そして、タクシーの後ろには青色の後輪駆動4ドアスポーツカー・東洋 RES-4タイプRS(SE3P後期型)が後を付けていた。
広島県 広島市に拠点を置く東洋自動車株式会社は、世界で唯一回転機構内燃機関(ロータリーエンジン)を生産する会社である。その東洋自動車が出したロータリーエンジン搭載スポーツカー・RES(Rotary Engine Sports)シリーズの4代目が、このRES-4である。田基の愛車である3代目・RES-3(FD3S型)までの3ドアハッチバックスタイルから一新し、「4名乗車を前提とするスポーツカールックなファミリーカー」というコンセプトで作られたRES-4は、それまでのロータリー+ターボから自然吸気ロータリーとなり、その性能は控えめになった。ボディスタイルはスポーツカールックを維持する為に客室(キャビン)は切り詰められ、前席ドアと後席ドアが一体となって開く観音開きが採用されている。
羽崎は、このRES-4の後期型に追加された走りのグレード・タイプRSを愛車として選び、スーパーチャージャーを装着して性能を上げている。他にも、見栄っ張りなガルウィングドアに換装している。
そんなRES-4タイプRSの車内では、羽崎がハンドルを握り、助手席には竹沢が座っていた。
「全く、非番に呼び出しだなんて最悪だわ」
竹沢が嘆くと、運転席の羽崎が口を開く。
「仕方ないだろ。鎌谷の奴がやらかしたんだから」
「お陰で消化不良よ。熱りが冷めないわ」
「それは俺も」
やがて、タクシーは貿易道路と交わる「関中立体交差点」の右折レーンへと入っていった。東洋 RES-4タイプRSもそれに続く。
幾度となく信号は赤色から青色へと変化する。しかし、右折レーンに並んだ車列は動く事無く、どんどん車列が長くなる。
「変ね。ここの交差点ってこんなに動かない事なんてあったかしら?」
助手席の竹沢が首を傾げる。すると、羽崎はカーナビの画面を操作した。
「どうやら、特殊な事例らしいな」
羽崎の言葉に、竹沢はカーナビ画面を見つめる。右折レーンの先、貿易道路の元巻埠頭方面の車線が赤く塗られ、渋滞を示している。更にその先、新江戸環状バイパスと繋がる「桜見南立体交差点」の先にある新江戸大橋にバツ印が点滅していた。竹沢の右人差し指がそれに触れると、[トラック荷崩れによる封鎖]と表示された。
「何でトラックが荷崩れ起こしてるのよ」
「潮風に煽られてバランスを崩したのかもな」
2人は会話する中、羽崎はステレオを操作する。地元のラジオ局「FMにえど」から「首都圏道路情報」へと切り替えると、女性らしい人工音声が流れ始めた。
《──湾岸線上りは、豊洲支線で発生した交通事故の影響で、豊洲インターチェンジを先頭に5kmの渋滞が発生しています。続いて、一般道です。新江戸府の新江戸環状バイパス内回り線では、新江戸大橋で発生した車両事故の影響で、桜見南立体交差点を先頭に3kmの渋滞が発生しています。新江戸府警察 交通管制センターによりますと、現在内回り線へと車両進入を全面的に禁止しており、首都高速道路 新江戸線及び新江戸環状バイパス外回り線への誘導を開始しているとのことです》
「こりゃ当分動かないな」
羽崎はそう呟き、伸びをする。一方、竹沢はため息をついた。
「冗談じゃないわよ。せっかくの休日を楽しんでいたのに呼び出しで予定を全キャンセル、そしてよく分からない人物の尾行を頼まれたと思ったら大渋滞で身動きが取れないなんて、災難だわ」
「明日は伊奈本に言って、休日にしてもらうか」
その時、前方のタクシーの後部左側のドアが開いた。そこから、1人の女性が降りる。
「流石に徒歩へ切り替えたか」
羽崎が呟き、竹沢は頷く。
「こんだけ動かなきゃ、仕方ないわね」
そして、竹沢は車載無線機のマイクを手に取った。
「こちら605、対象はタクシーを降りて徒歩で移動を開始したわ」
《606……いや、鈴端、了解!》
新江戸街道の歩道を、鈴端は自転車で疾走する。その左耳には小型ワイヤレスイヤホンが装着され、無線機と繋がっている。
「桜見高校のハンサム鈴端、シンデレラを追い掛けて自転車で移動中! 現在シンデレラは元巻埠頭方面へ向かっています! さぁ、僕の脚力よ、持ってくれ!」
2047年8月1日 午後0時18分、日本皇国 新江戸府 浜崎市 桜見町6-9-30 浜崎市立桜見高校 別棟1階 生徒会室 通信ブース。
伊奈本プライベートサーチ&セキュリティが生徒会室内に設けた通信司令室には、同社の通信オペレーターである三岳 透子の他、新条と新山がいた。
「余計な事言ってないで、真面目に尾行しなさい!」
新条がマイクに向かって叫ぶ。
謎の女性に対する取り調べで古河は失態を犯したが、だからといって女性への疑惑が晴れた訳ではない。射殺された松永 啓斗の件で、遺体や鎌谷の位置関係からは有り得ない方向から銃撃を浴びた事が判明し、更に体内からは鎌谷の.357マグナム弾ではなく.32AKP弾のホローポイント弾が見つかった事から鎌谷は無罪放免となった。その上、現場周辺を捜索した櫻樹が民家の敷地から減音器(サウンドサプレッサー)付のドイツ製.32口径自動拳銃・アイクラー SP-29を見つけた事、そしてそれが見つかった場所が、ちょうど古河達が女性を任意同行を行った場所の目と鼻の先であった事から、新条は表向き女性を釈放としつつも調査員達に尾行を命じていた。
「元巻埠頭方面に向かってる……612、元巻埠頭へ先回りしてちょうだい。611はいつでも鈴端と交代できるように裏路地で待機して。どうぞ」
《612、棚里、了解です》
《611、長倉、了解した》
新条の指示で、桜見612号車、前輪駆動3ドアハッチバックスポーツカー・丹生館 アケボノGTI-Rに乗る棚里と、桜見611号車、後輪駆動3ドアハッチバックスポーツカー・東洋 RES-3スピリットRタイプBに乗る田基と長倉が動く。
その時、鈴端の間抜けな声が流れた。
《……あ!》
「どうしたのよ、鈴端?」
新条が訊ねると、鈴端の返答があった。
《シンデレラが元巻埠頭から方向を変えて新江戸環状バイパス高架下歩道橋へ向かいました! 桜見駅方面です! あと、尾行バレました!》
「何やってるのよ! こっちは業務委託を頼んでいるのよ!?」
新条の罵声に、新山はボソッと呟いた。
「金払ってんのはあかりさんじゃなくて府警っスけどね」
2047年8月1日 午後0時21分、日本皇国 新江戸府 浜崎市 元巻町2 新江戸府環状バイパス高架下歩道橋。
新江戸環状バイパスの下を潜る歩道橋を、女性は走る。その後を、自転車を担いだ鈴端が走って追い掛ける。
「このぉ、僕の健脚から逃げられると思うなよ!」
鈴端は叫ぶ。すると、左耳のイヤホンからとても大きな音が鳴った。
《鈴端ぁ! 負けるなぁ! まくれまくれ!》
新山の声と共に、鐘の音がイヤホンから流れる。
《ちょっと、新山、うるさいよ!》
《まくれまくれー!》
新条の声が新山の大声と鐘の音で掻き消される。
「もうちょっと静かに応援してよ、新山ちゃん!」
鈴端は左耳のワイヤレスイヤホンを取り、そしてパーカーのポケットに仕舞った。
2047年8月1日 午後0時22分、日本皇国 新江戸府 浜崎市 桜見町1-1-1 国営鉄道 臨港線 桜見駅 南口ペデストリアンデッキ。
新江戸環状バイパス高架下歩道橋と直結した南口ペデストリアンデッキを、女性が走る。
すると、その行く手を2人組の男性が阻んだ。片方のスキンヘッドの男が、女性に話し掛ける。
「松永と宮出が持ってた金はどうした?」
女性は立ち止まり、口を開く。
「……知らないわ」
「知らない訳無いだろう。松永が電話で言ったぜ、『宮出と桑村が俺を殺しに来る』ってな。そして、あんたは松永を殺して分前を横取りした。俺達も殺すつもりだろう?」
「……何の話?」
女性はシラを切る。すると、もう片方の長髪の男は拳銃を取り出した。
「とぼけるな! 殺される前に、てめぇをバラしてやる!」
女性は驚く。そこへ、自転車を担いだ鈴端が到着した。
「レディに手ぇ上げてんじゃねぇぞこのゲス野郎!」
鈴端は叫び、担いでいた自転車を高く持ち上げると、それを長髪の男性目掛けて放り投げた。
「うわっ、何だこいつ!」
長髪の男は後退りして、飛んできた自転車を躱す。鈴端はスキンヘッドへと突進し、タックルで突き飛ばす。
スキンヘッドの男が突き飛ばされ、倒れる。鈴端は素早くヒップホルスターからスイス製10×25mm口径自動拳銃・SAH P75ハンターを取り出し、長髪の男に向ける。
長髪の男は、慌てて拳銃を投げ捨てて両手を挙げる。しかし、起き上がったスキンヘッドの男が鈴端にタックルを仕返し、鈴端はバランスを崩して倒れた。
「このっ!」
床面に倒れた鈴端は、仰向けの状態でSAH P75ハンターを構え直す。そして、1発撃った。
銃声が轟き、弾丸がスキンヘッドの男の右頬を掠める。
遠巻きに見ていた人々は、突然の銃声でパニックになり、逃げ惑う。
その混乱に乗じて、女性も2人組も逃げ出す。
「待て!」
起き上がった鈴端はSAH P75ハンターを構える。しかし、逃げ惑う一般市民を背景に逃げる3人を撃てなかった。
「何やってんの、あの馬鹿!」
「またひと騒動起きてしまったな」
桜見駅前南口バスロータリー内の一般車スペースに停まっていた青色の後輪駆動3ドアハッチバックスポーツカー・東洋 RES-3スピリットRタイプB(FD3S後期6型)の車内で、逃げ惑う人々を見掛けた田基が叫び、長倉は呆れていた。
やがて、前方に停まっていた白色の後輪駆動4ドアハードトップセダン・丹生館 ダフィーネグランドサルーン(HC34後期型)へと2人組の男性が乗り込んでいった。
急発進していくセダンをただ見つめていた2人の耳へ、鈴端の声が届く。
《こちら鈴端! シンデレラに接触した2人組の男性を発見、スキンヘッドに白色Yシャツと黒の長髪に茶色のジャケット! 松永とか宮出とか桑村とか言ってたから、多分例の現金輸送車襲撃事件の関係者だよ!》
それを聞き、田基は直ぐに鍵を捻ってエンジンを始動させた。長倉も青色灯を手に持つ。
搭載された1.3L 13B-REW水冷二連回転機構過給器付内燃機関が唸りを上げ、田基の左手がシフトレバーをニュートラルレンジからファーストレンジへと動かす。長倉は青色灯を屋根に載せ、無線機のマイクを手に取った。
「こちら611、その2人組を追跡する。車両は白のセダン、ナンバーは新江戸352 煙草のた 38-17、浜崎街道を北へ向かった」
そして、田基はアクセルペダルを踏み込んだ。サイレンを鳴らす東洋 RES-3スピリットRタイプBは急発進し、丹生館 ダフィーネグランドサルーンを追跡し始める。
2047年8月1日 午後0時25分、日本皇国 新江戸府 浜崎市 桜見町6-9-30 浜崎市立桜見高校 別棟1階 生徒会室 通信ブース。
「桜見高校、了解。絶対逃がさないでよ!」
新条が叫び、長倉の声が帰ってくる。
《611、了解!》
そして、新条は三岳の肩を叩いた。
「浜崎署に応援要請、お願い」
「分かりました」
三岳は応え、マイクに向かって口を開いた。
「桜見高校から浜崎署、現金輸送車襲撃事件の重要参考人が車両で逃走中。車種は白のセダン、新江戸352 煙草のた 38-17、桜見駅前から浜崎街道を北進中。近い移動はありませんか? どうぞ」
《こちら機捜121、現在浜崎街道を黒江4丁目交差点から南進中──おっと、ミノル、あれだ》
《オーライ!》
第1機動捜査隊 浜崎方面捜査班の牧村と高見の声に、新条は安堵する。しかし、そこへ信田がやって来た。
「あかりさん! 古河ちゃんと麗羅ちゃんが居なくなりました!」
信田の声に、新条の眉が釣り上がる。隣の新山は、咄嗟に首を振った。
「知らないっスよ、アタシ!」
2047年8月1日 午後0時29分、日本皇国 新江戸府 浜崎市 黒江町5。
路地裏へと逃げ込んだ丹生館 ダフィーネグランドサルーンを、サイレンを鳴らして青色灯を光らせる東洋 RES-3スピリットRタイプBが追い掛ける。
しかし、その行く手を1台の覆面パトカーが塞いでいた。先回りした機捜121号車、ゴールドツートンの後輪駆動2ドアノッチバッククーペ・丹生館 パンテーラ3.0ウルティマ(UF31前期型)が狭い路地を塞ぐように停車しており、2人の男性が拳銃を構えて待っていた。
丹生館 ダフィーネグランドサルーンは急停車し、そのすぐ後ろに東洋 RES-3スピリットRタイプBが止まる。
車から降りた田基と長倉も拳銃を構えて、丹生館 ダフィーネグランドサルーンへと近付く。すると、ダフィーネグランドサルーンから2人の男が両手を挙げながら降りてきた。
「待て、投降する! 撃たないでくれ!」
助手席から降りたスキンヘッドの男が叫ぶ。すると、丹生館 パンテーラ3.0ウルティマの助手席ドアに寄りかかっていた黒スーツにサングラスの男性・新江戸府警察 刑事部 初動捜査課 第1機動捜査隊 浜崎方面捜査班の牧村 健巡査部長はその手にしたアメリカ製.357口径回転拳銃・アボット&レイモンド AR339リファインドマグナムの撃鉄を起こしながら近付いた。
「他のお仲間は? 瑠々江橋の現金輸送車襲撃事件のホシは4人組だったはずだ」
牧村の問い掛けに、運転席から降りた長髪の男性が答える。
「松永と宮出だ! 俺達は、同じ大学のサークルにいたんだ!」
「それ、ホント? 嘘だったら承知しないよ?」
パンテーラ3.0ウルティマのボンネットに寄りかかったまま、スナブノーズ銃身仕様のアメリカ製.357口径回転拳銃・ケネット ヴェノムを構える黄色スーツにサングラスの男性・新江戸府警察 刑事部 初動捜査課 第1機動捜査隊 浜崎方面捜査班の高見 稔巡査部長がニヤリと笑って訊ねると、長髪の男性は激しく頷いた。
そんな中、長倉はSAH P82を構えながらスキンヘッドの男性の背後に近付き、問い掛けた。
「桑村という女は何者だ?」
「宮出のツレだ! 宮出と桑村がつるんで、松永をバラして分前を横取りしたんだよ!」
2047年8月1日 午後0時31分、日本皇国 新江戸府 浜崎市 関中町1。
新江戸街道の根本町方面の車道を、鈴端が自転車で疾走する。その前方には、黒色のタクシーが走っていた。
「こちら鈴端! シンデレラは新江戸街道のタクシーを拾って西進中! 人間の足じゃエンジンに敵わないよ!」
鈴端は泣き言を叫びながらペダルを漕ぐ。しかし、みるみるとタクシーに離されていく。すると、後方からクラクションが鳴らされた。
「あーもう、自転車で車道走って悪かったね!」
鈴端は叫びながら振り返る。そこには、ゴールドツートンの後輪駆動2ドアハッチバッククーペ・丹生館 パンテーラ3.0ブレンネロ(UF31AZ2後期型)が走っていた。
パンテーラ3.0ブレンネロが鈴端の自転車を追い越し、助手席の古河がピースサインを鈴端に見せた。
それを見た鈴端の全身から力が抜け、車道の左端で自転車を止めた。
「古河ちゃんめ。全く、待機してたんならそう言ってよ……」
新江戸街道と国道416号線が交わる「関中1丁目交差点」を右折した黒色のタクシーに続き、丹生館 パンテーラ3.0ブレンネロも右折し、国道416号線を北上する。
2047年8月1日 午後1時06分、日本皇国 新江戸府 浜崎市 波柄町3-1-6 波柄埠頭 客船ターミナル。
横浜市の大さん橋埠頭に次ぐ関東圏の巨大国際客船ターミナルである波柄埠頭の送迎用自動車プールへと黒色タクシーが滑り込む。そして、その後席から女性が降りた。
そして、客船ターミナルへと向かう。客船ターミナルと言っても、内部には観光客向けの売店が多く立ち並んでおり、ちょっとした商業施設となっている。
しかし、女性はそのどれにも目をくれず、まっすぐ歩き続ける。それを、古河とタルボットが尾行する。
「奏美!」
客船ターミナル1階、搭乗手続きカウンターの前に立っていた男性が叫ぶ。すると、女性は駆け出した。
そして、2人は抱き合う。傍目には、ただのカップルにしか見えない。
そこへ、古河は近付いた。
「宮出さんと桑村さんね? 客船で国外逃亡だなんて、随分ロマンチックじゃない?」
その声に、女性は振り向いた。そこには、古河とタルボットが立っていた。一方の男性の背後には羽崎と竹沢が立っている。
「だけど、御伽噺のようにハッピーエンドで終わらせないわ。そうしないと、私達の顔が立たないもの」
古河はそう言って、手錠を取り出した。
2047年8月1日 午後2時32分、日本皇国 新江戸府 浜崎市 桜見町6-9-30 浜崎市立桜見高校 別棟1階 生徒会室 風紀委員会ブース。
「宮出 明斗と桑村 奏美の2人は、松永の分前を横取りした後、香港行きの客船で逃亡しようとしていたようです」
鎌谷の報告を、新条は静かに聞いていた。
「それも、IPSSの調査で判明して羽崎君達が先回りしていたお陰で粉砕できましたけどね」
「……それで、どうして古河とタルボットはそこにいたの?」
新条の問い掛けに、椅子に座っていた古河はビクッと震えた。
「わ、私ですか……?」
古河は恐る恐ると新条の方へ顔を向ける。すると、新条の口が開いた。
「私、謹慎って言ったよね? 始末書、出して」