HIGH SCHOOL DETECTIVE サクラの彼ら   作:土居内司令官(陸自ヲタ)

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第12話 射撃

 2047年8月6日 午前9時59分、日本皇国 新江戸府 浜崎市 桜見町1-1-1 国営鉄道 臨港線 桜見駅 南口ペデストリアンデッキ。

 

 炎天下の日差しの下、田基と長倉が高架広場を歩く。その先には、白いTシャツを着た古河が立っていた。何やら首を左に大きく反ったおかしな姿勢を取る古河を、田基は手を挙げて呼んだ。

「來ちゃーん、何してんのー?」

 田基の呼び声に気付いた古河は、目を見開いて叫んだ。

「来ないで!」

 直後、古河の胸元から赤い液体が飛び散った。硬直する田基と長倉の前で、赤い液体を撒き散らしながら古河は倒れた。直後、銃声が轟く。

 

 

 

 2047年8月5日 午前10時32分、日本皇国 新江戸府 浜崎市 黒江町2-3-6 黒江市民公園。

 

 巨大な野球場「黒江スタジアム」に隣接する黒江市民公園のベンチに、古河と新山は座っていた。

 炎天下の中、紺色にチェック柄のスカートと白いYシャツ、そして[PREFECT]と刺繍された黒色の防弾チョッキを着た新山はソフトクリームを舐めている。

「ホントに来んのぉ? もう2分過ぎてるよぉ」

 左手首のスマートウォッチを眺める新山が呟くと、紺色長ズボンに白いYシャツ、そして黒色の防弾チョッキを着て個人携帯型扇風機で自身の顔に風を送る古河が答えた。

「おかしいわね、時間には正確な人間のはずなのに」

「だいたい、信じられる訳ぇ? 突然『情報を渡したい。直接会わないと不安だ』っつって、アタシらを呼び出すなんて。いくら情報屋だからと言っても、信用する要素ゼロだよぉ?」

 文句を垂れる新山に、古河は苦言を呈す。

「メグル、待つのも良い女になる秘訣よ? それに、去年起きた大規模な拳銃密輸事件、それをたれ込んだ情報屋よ、少なくとも信じる要素はあるわ」

「去年の今頃だったっけ、その事件? でも、2分遅刻は無しでしょお。お、3分になった」

 辛抱がまるで無い新山に、古河はため息をつく。すると、白い野球ボールが彼女の足元へと転がってきた。

 古河が足でそれを止めると、離れた所にいる男児が声を掛けた。

「すみませーん、そのボール取ってくださーい!」

 古河は微笑む。

「しょうがないわね」

 そして、屈んでボールを取ろうとした時──何かが古河の後頭部を掠めた。

 その音を聞いた新山は、ソフトクリームを投げ捨ててホルスターからベルティーニ 90-4を取り出す。古河もブレナン B2023を取り出し、木陰へと走り出した。

 木陰に隠れた古河は一息つけ、呟く。

「全く、いきなり弾丸が飛んでくるなんて、危ない街ね」

「ルカ! 1時方向、白いビル! 『丹生館 ホライゾン』の広告の下だよ!」

 ベンチの背もたれに隠れた新山が叫び、古河はその方角へ目を凝らす。

 遠く離れた8階建ての白いビルの屋上には、[丹生館 ホライゾン370GT 大人の為のスポーツサルーン]という乗用車の広告が展示されている。その真下に、動く人影。

「メグル、あなた行って!」

「何でよぉ!? 狙われたのはルカなんだよ!?」

「分からないじゃないの! ほら、あなたの方が足速いんだから!」

 古河の叫びに、新山は渋々とベンチから出た。

「全くぅ、貸しだからね!」

 新山は叫び、拳銃片手にビルへと走る。

 

 

 

 2047年8月6日 午前10時35分、日本皇国 新江戸府 浜崎市 黒江町2-1-6 黒江スカイラインビル屋上。

 

 屋上塔屋の扉を開け放ち、新山はベルティーニ 90-4を構える。しかし、既に人影は無かった。

 屋上を捜索すると、床面に転がった金色の物体を見つけた。新山はしゃがみ、それを見つめる。それは、紛れもなくライフル用の薬莢であった。

「メグル、どう?」

 後から着いた古河が訊ねると、新山は立ち上がって首を振った。

「いんや、逃げられた。ま、薬莢がここにあるってことは、ここから狙撃したのは明白だね」

「何で非常階段から上がらないのよ。挟み撃ちに出来たのに」

 小言を言う古河に、新山は文句を垂れた。

「それならルカがそうすれば良かったじゃん。やっぱりルカ狙いだったんだしさ」

「それは……そうね」

 

 

 

 2047年8月5日 午前11時01分、日本皇国 新江戸府 浜崎市 黒江町2-3-6 黒江市民公園。

 

 黒江市民公園へ、赤色灯を載せてサイレンを鳴らす黒色の四輪駆動4ドアハードトップセダン・丹生館 フランシス250LV-4(MY34中期型)が駆けつける。それから降りた倉田と鎌谷が走り、規制線を潜る。

「夢川さん、状況は!?」

 倉田が訊ねると、先に現場入りをしていた夢川が答えた。

「怪我人はゼロ、あそこのベンチの後ろにある植え込みから、5.56mmの弾丸が発見された所。狙われたのは古河ちゃんだけど、一緒じゃなかったの?」

 すると、倉田は首を傾げた。

「いえ? てっきり現場にそのまま残ってるものかと……」

「狙撃現場の方にいるんじゃないですかね?」

 鎌谷が発言すると、2人の無線機が鳴った。

《浜崎46から現場の捜査員へ》

「はい、桜見301」

 倉田がマイクを持ち上げた。

「どうしたんですか、杏さん?」

 倉田が問い掛けると、無線機の向こうで鹿取が答えた。

《こちら鑑識の鹿取。倉田ちゃん、そっちに古河ちゃん達、いる? 現場の状況を聞かないと、鑑識のしようが無くてさ》

「え? そっちにもいないんですか!?」

 倉田は驚いた。隣に立つ鎌谷は鉄扇を取り出し、嘆いた。

「全く、困ったもんですよ。まさか現場を放置するなんて」

 

 

 

 2047年8月5日 午前11時03分、日本皇国 新江戸府 浜崎市 根本町5。

 

 市道11号線を、ゴールドツートンの後輪駆動2ドアノッチバッククーペ・丹生館 パンテーラ3.0ブレンネロ(UF31AZ2後期型)が走る。

「まぁ、何にせよその情報屋さんは、ルカを呼び出して殺そうとした訳だよ」

 ハンドルを握る新山の言葉に、助手席の古河はタバコの紫煙を吸い込む。そして、吐き出して口を開く。

「でも、最後に会ったのは1年前のタレコミが最後よ? 今更私を殺す理由があるかしら?」

「分かんないよぉ、どっかで買った恨みが回り回ってそうなったのかも」

「だとしたら、最悪そのものね」

 そして、丹生館 パンテーラ3.0ブレンネロはとあるアパートの前で止まった。

 2人は車から降り、今にも崩れ落ちそうなくらいにボロボロなアパートを見上げる。

「うわぁ、如何にもな廃墟じゃん」

 新山の言葉に、古河は反論する。

「これでも住民がいるのよ。現に、その情報屋の住所でもあるんだから」

「ふぅん? これで外れたら、お昼奢ってよ?」

「いいわよ」

 そして、2人はアパートへと踏み込んだ。

 

 102号室の扉を開け、2人は拳銃片手に突入する。家具が最低限置かれた質素な部屋に、住民の姿は無い。ちゃぶ台の上には、すっかり伸びきって冷めたカップラーメンが放置されている。

「ご飯を食べる暇も無く、部屋から出たのかしら?」

 ちゃぶ台の上を眺める古河に、窓の外を覗く新山が呼び掛けた。

「ルカぁ、水路に杏仁豆腐が浮かんでるよ」

 その言葉に、古河は窓へと近付いた。アパートの目と鼻の先を流れる岸名運河に、スキンヘッドの男性の死体が浮かんでいた。

 

 

 

 2047年8月5日 午前11時56分、日本皇国 新江戸府 浜崎市 桜見町6-9-30 浜崎市立桜見高校 別棟1階 生徒会室 風紀委員会ブース。

 

 古河の奢りで用意された、学食のトンカツ定食を前に、新山は手を合わせる。

 一方の古河は、顧問席に座る新条の前に立っていた。

「すると、その情報屋はあなたを呼び出した後で殺され、岸名運河に投げ込まれたと?」

「えぇ。少なくとも、部屋に残されていた食事や死亡推定時刻から、昨夜殺されたようです」

 新条の質問に、古河は答えた。

「で、狙われる心当たりは?」

「銀狼会に決まってます」

 古河の答えに、新条は机を叩いた。

「他にもあるでしょうが! 銀狼会と決めつけるのは落胆過ぎない!?」

「いえ、私を狙うのは銀狼会に決まってますよ! 今すぐ会長の長岡を引っ張ってください!」

「んな事できる訳無いでしょう!? 証拠を持ってきなさいよ、証拠を!」

「そうこうしてる内に、可愛い部下が死体に変わったらどうするんですか!?」

「自分でそんな事を言わないの! だいたいね、その程度で無垢な市民を殺人未遂で引っ張れる訳無いでしょう!?」

「無垢な市民? よく言いますね。長岡は、この浜崎市を取り仕切る巨大暴力団の親玉ですよ!? 他にもいくらでも引っ張れるじゃないですか!?」

「そんな事したら、警察の信頼が揺らぐってものでしょう!」

「暴力団を野放しにしてる時点で信頼は音を立てて崩れてますよ!」

 2人の言い争いに、慣れたように高校生達は耳を塞ぐ。

 そして、新条は口を開いた。

「とにかく、この騒動が落ち着くまで、あなたは謹慎してなさい! ご家族にも連絡して、浜崎署の人を警備につけるから!」

「謹慎!? そんなの酷いですよ!」

 古河は抗議するが、新条はピシャリと言い放つ。

「命を狙われているのに、外を彷徨いていたら殺されるでしょう!? とにかく、今日は書類仕事をすること! いいわね!?」

 新条の命令に、古河は力が抜けたように自分の席へと戻る。新山は振り向き、古河へと慰めの言葉を掛けた。

「まぁまぁルカ。今日ぐらいは落ち着こうよ? ね?」

「あなた、ホント優しいわね」

 古河の恨み節に、新山はフフンと鼻を鳴らした。

「人はこの優しさを『クール』と呼ぶんだよ」

「よく言いますわね」

 新山の席の向かいに座るタルボットが口を挟むと、そこへ大量の書類を抱えた信田がやって来た。

「古河ちゃん、手が空いているなら、今まで溜まりに溜まった報告書と始末書、お願いね?」

 そう言って、信田は書類の山を古河の席に置いた。更に、鈴川も書類の山を追加で古河の席に置く。

「これ、この前半期に判明した市内の半グレ集団の名前とメンバー、活動範囲の報告書。これを団体ごとに纏めておいて。浜崎署に提出するから」

 追加と言わんばかりに生徒会長の深堀も書類の山を持ってきた。

「古河さん、各部の月間報告書なんだけど、これを部毎に月順で纏めておいてくれるかな?」

 いつの間にか出来た書類の山に、古河の目は白黒する。

「こ、こんなに?」

「手が空いてるならいいじゃない。いい暇つぶしになるよ」

 信田の言葉に、古河はヘロヘロと椅子の背もたれへと倒れた。そして口を開く。

「ねぇ、誰か手伝ってくれない? 晩御飯、奢るわよ?」

 しかし、その問い掛けに誰も答えない。

「姐さん、どうです? たまには腹を割ってご飯食べません?」

 古河の問い掛けに、倉田は目を逸らした。

「いやぁ、気持ちはヤマヤマなんだけどな……でも、死にたくないし」

「かっちゃん、どう?」

 鎌谷は鉄扇で扇ぎながら視線を逸らす。

「命懸けの晩御飯は、ちょっと遠慮しちゃうなぁ」

「マコさん、筋肉、どう?」

 逃げようとしていた櫻樹と滝本が呼び止められるが、2人して振り返らずに答える。

「いや、僕、実家の手伝いがあるしなぁ」

「俺だって、女の子とご飯する趣味は無いし」

 そして、2人は逃げた。

「何よ、実家の手伝いって。どうせマコさんの父親が趣味でやってる喫茶店の給仕でしょうが!」

 古河は叫ぶが、2人は止まらない。すると、姿勢を低くして逃げようとしていたタルボットが目に止まった。

「あらぁ、麗羅、何処へ行くの?」

 タルボットは姿勢を正すが、背中を古河に向けたまま答える。

「いえ、ただ、今日は麻耶と約束していた喫茶店巡りの日ですので、先輩とのお約束は差し支えますわ!」

「先輩の言う事が聞けないっていうの?」

 古河は冷たく訊ねるが、タルボットは逃げ出した。

「勘弁してくださいましぃ!」

 捨て台詞を残して生徒会室から逃げるタルボットの後ろ姿に、古河は舌打ちする。そして、風紀委員会ブースに残っていた絵島、根川、霞籘の3人に話し掛けた。

「どう? 3人共」

「あーしは遠慮するよ。根川と霞籘もそうだろ?」

 絵島の言葉に、根川と霞籘が強く頷いた。古河は軽蔑の眼差しで3人を見つめる。

「全く、冷たいわねぇ……」

 古河は独りごち、机の上の書類の山を眺める。すると、新山が古河の背中から抱き締めた。

「ルカぁ、アタシがいるじゃんかぁ」

 新山の言葉に、古河の目頭が熱くなる。

「そうね、メグル……やっぱり私にはあなたしか居ないのね……」

「奢ってもらいまひょ、サバールの極上サーロインステーキ、200グラム!」

 さりげなく出た新山の要望に、古河の涙は引っ込んだ。

「何で200なのよ。50グラムにしなさいよ」

「50なんかで、食べ盛りのJKの胃袋を満たすと思ってる? 手伝ってあげるんだから、そんくらいの見返りあってもいいんじゃん」

 

 

 

 2047年8月5日 午後8時09分、日本皇国 新江戸府 浜崎市 桜見町2-3-8 セフィーロ桜見6階 ファミリーレストランサバール 桜見店。

 

 巨大外食グループ「スカイラッキー」の中でも洋食を専門とするサバールの店内で、新山は熱々の鉄板で肉汁を跳ね飛ばすステーキを切り分けていた。

「ルカを謹慎処分にしたのは、あかりさんの優しさだと思うよ? 学校内なら、襲われにくいしさ」

 そう言いながら、新山は熱々のステーキを口へ運ぶ。そんな新山の服装は、私服の水色のパーカーだったが、その前はきっちり上まで閉められている。

 新山の服装を眺めつつ、ドリンクバーから取ってきた野菜ジュースをストローで吸い込む古河は、新山の額から流れる汗に気付いた。

「メグル、そんなに暑いならパーカー脱いだらどう?」

「ん? いや、冷房効いてて寒いんだよぉ」

 新山の返答に、古河は彼女の顔に浮かぶ汗を指差した。

「そんなに汗掻いて、暑いなら脱ぎなさいよ。だいたい、お店の中でそんなに着込むものじゃないでしょう?」

「だから、寒いんだってば」

 すると、古河は左手を伸ばして、新山のパーカーのチャックに手を掛けた。そして、チャックを下ろす。すると、そこには[PREFECT]と刺繍された、風紀委員会の防弾チョッキがあった。

「メグル、随分変わったサマーベスト着てるのね」

 古河の言葉に、新山の額を汗とは別に冷や汗が流れる。

「だから言ったでしょ? 寒いって」

「防弾チョッキまで着て、そんなにステーキが食べたかったの? 奢りの話は無し、割り勘にしましょ」

 古河は椅子から立ち上がった。新山は慌てて残りのステーキを口へ放り込み、古河を追って立ち上がった。

 

 

 

 2047年8月5日 午後8時11分、日本皇国 新江戸府 浜崎市 関中町8。

 

 すっかり日が落ちて街灯の灯りが照らす路地を、古河はスタスタと歩く。それを新山が追い掛ける。

「ルカぁ、いくらなんでも酷いよぉ。アタシの残金、あと25円しかないんだよ? 給料日まで5日もあるのに、1日5円でどーしろって言うのさぁ」

「食い意地張ってる方が悪いのよ。だいたい、家に帰ればご飯が出てくるでしょう」

「アタシの母ちゃんが出すのは、薄味すぎるんだよぉ」

「随分健康的じゃない」

 古河の言い草に新山の文句は止まらない。

 その時、新山は通りの向こうに見えた反射に気付き、古河を突き飛ばした。

「ルカぁ!」

 突き飛ばされた古河はアスファルトへと倒れ込む。そして、銃声が轟いた。新山の腹部へと銃弾が当たり、新山は膝をついた。

「……っ、ゲホッ! くそう、痛いのくれちゃって!」

 新山が叫ぶと、通りの向こうの人影は車へ乗り込む所だった。起き上がった古河は、ショルダーホルスターからブレナン B2023を取り出し、新山に声を掛ける。

「やっぱりさっきのは奢りにしてあげるわ」

「そう来なくっちゃ!」

 2人は拳銃を片手に、車を追い掛ける。

 

 関中町の隣、福原町へと逃げ込んだ白い前輪駆動4ドアセダン・丹生館 スノーバードアリエル20M(KG11後期型)を追って古河と新山は、夜の路地を走っていた。そして、2人は立ち止まって拳銃を構えた。

「止めるわよ」

「おっけー」

 2人は狙いを澄まし、引き金を引いた。

 銃声が響き、放たれた9×19mm 124グレインフルメタルジャケット弾と.40A&R 165グレインフルメタルジャケット弾は、丹生館 スノーバードアリエル20Mの左後輪を抉った。コントロールを失った車はそのまま沿線沿いの空きビルの1階部分の窓を破って頭から突っ込む。そして止まった。

 2人は空きビルへ向かって走り出す。すると、車から降りた人影がライフルを乱射した。減音器によるくぐもった銃声が響き、2人は姿勢を低くする。

「おーおー、ここぞとばかりに撃ちまくっちゃってさ。これで射殺する言い訳が出来ちゃったね」

 新山はニヤリと笑うが、古河がそれを窘めた。

「メグル、雇い主を吐かせないと意味無いのよ? 狙うなら手か足にしなさい」

「でもさ、こんなに暗いと間違って頭に当てちゃうかもよ?」

 新山は軽口を叩きながら、ビルへと突入した。

 

 真っ暗なビルの中、2人は拳銃に取り付けたピストルライトの明かりを頼りに進み、階段を登る。

 すると、再びの銃撃。2人は姿勢を低くし、新山は床に散らばる廃材に身を隠した。

「好き放題撃っちゃって。こっちには防弾チョッキがあるんだゾ!?」

 新山は立ち上がり、ベルティーニ 90-4で応射する。すると、人影はライフルを投げ捨てて逃げ出した。

「弾切れかな?」

「追うわよ」

 2人は追い掛ける。

 

 階段を駆け下りる人影を追って、2人も階段を降りる。

 人影は車道に飛び出すと──そこへ車が接近していた。

「うわぁ!」

 間抜けな叫び声、そして人影は走ってきた車に跳ね飛ばされた。

 それを眺める新山は、ベルティーニ 90-4をホルスターに仕舞いながら口を開いた。

「アタシ、撃った訳じゃないよ?」

「分かってるわよ。車に当たったのよ」

 古河もため息を吐きながらショルダーホルスターにブレナン B2023を仕舞った。すると、新山は呑気に口を開いた。

「でも、これでルカは堂々とお日様の下を歩けるようになったじゃん? これで一件落着じゃない?」

「元から絶たないと駄目なのよ」

「そういうもん?」

 

 事故処理を駆け付けた警察官に任せた2人は、ビルに突っ込んだ丹生館 スノーバードアリエル20Mの車内を探っていた。

「プロの殺し屋が痕跡残すかなぁ? これだって盗難車なんだしさ」

 新山が文句を垂れながら後席をまさぐる。

「こういうのは、根気よく探さないと出てこないわ」

 運転席の辺りを探る古河の言葉に、新山は不満を剥き出した。

「ルカってホント執拗い女だよね。彼氏の部屋に招待されたら、真っ先にベッド下を探すタイプでしょ? そーゆーの、嫌われるよ? ソースはアタシ」

 すると、古河は何かを見つけた。運転席のドアポケットに、長いキーホルダーが着いた鍵を手に取る。長めのピンク色半透明のキーホルダーには[Nido d'amore関中 601号室]と書かれている。

「ほら、こうやって男の浮気の芽を摘んでおかないと、捨てられるわよ?」

 勝ち誇ったような表情の古河に、新山は苦虫を噛み潰したような顔をした。

「……アイシー」

 

 

 

 2047年8月5日 午後8時58分、日本皇国 新江戸府 浜崎市 関中町8-5-8 Nido d'amore関中 601号室。

 

 関中町のラブホテルの室内を、古河と新山は物色していた。

「こんな形でラブホに初めて入るなんて、最悪だなぁ」

 新山がボヤくと、古河が答えた。

「私だって初めてよ。まさか、同性のバディとなんて」

 部屋を物色するも、着替えしか見当たらない。財布、身分証、携帯電話、その他手掛かりになるような物は無かった。

「空振りね」

「徹底的にやってるね。こりゃお手上げだ」

 2人は呟く。すると、部屋に備え付けられた電話機が鳴った。

「メグル」

「おっけー」

 古河の指示で、新山が受話器を取った。

《もしもし、俺だ》

 電話から聞こえたのは、男の声だった。新山は咳払いし、低い声で答える。

「お、おう。どうした?」

《どうしたじゃないだろ。古河を始末したのか?》

 その声に、新山の言葉は詰まった。電話に耳を澄ます古河は頷き、新山は意を決して口を開いた。

「いや、まだだ」

《早くしろ。明日の昼までに古河の死亡記事が出なければ、息子を殺す》

「え? おい、ちょっと待て!」

 新山は大声を出すが、電話は切れてしまった。2人は顔を見合わせる。

 

 

 

 2047年8月6日 午前9時01分、日本皇国 新江戸府 浜崎市 福原町8-9-3 銀狼総業ビル。

 

 黒いスーツの男達が続々と倒されていく。そして、廊下に出来た男達の身体の山を、古河と新山は踏み越えていく。2人の手には、電磁警棒が握られていた。かつて日本警察が広く使用していた三段伸縮式特殊警棒とよく似た形状だが、グリップ内部にはバッテリーが仕込まれており、先端部からは高圧電流を放つ事が出来る。より効果的な制圧力を持った警棒を手にした2人の女子高生相手に、大柄な男達は為す術なく倒されていた。

「このアマぁ!」

 1人の男が2人に殴り掛かる。が、古河は電磁警棒でそれを受け止め、新山の電磁警棒が男の右脇腹に叩き付けられる。そして、男は姿勢を崩した。電磁警棒を素早く逆手に持ち替えた古河は、振り上げた右手を下ろして電磁警棒の先端を男の後ろ首に振り下ろす。そして、ボタンを押して高圧電流を放った。

「がぁぁぁっ!」

 男は悲鳴にならない雄叫びを上げ、白目を剥いて倒れる。倒れた男の顔面に、新山はトドメと言わんばかりに右足で蹴りを入れた。

「おやおや、何の騒ぎかと思えば──桜見高校のお嬢様じゃないか?」

 廊下へと姿を表した壮年の男性・銀狼総業株式会社社長の長岡 怜司は、廊下に築き上げられた屍の山と、その前に立つ古河と新山の姿を見回して呟いた。

「随分余裕そうですね、長岡さん?」

 古河は問い掛ける。その右手に握られた電磁警棒に力が入る。

「アタシの相棒を殺し屋に始末させようとするなんて、卑怯な事すんじゃん?」

「殺し屋に狙われて、おちおち眠れなかったから、こうして出向いたわよ」

 2人の女子高生の言葉に、長岡は首を傾げた。

「殺し屋? 何の話ですかな?」

「とぼけないで! 私をちまちま狙撃で殺そうとした馬鹿がいたのよ! 私を殺すつもりなら、直接『サシ』で来なさい!」

 古河は凄む。

 すると、背後から銃を突き付けられた。

「動くな。建造物侵入、暴行罪で現行犯逮捕する」

 新山が振り返ると、そこには拳銃を構えた羽崎、鈴端、棚里、竹沢、倉田、櫻樹が立っていた。

「止めないで。これは、私の問題よ」

 古河は怯む事なく、長岡へと歩き出した。

「古河! これ以上、いやもうあんただけの問題じゃないんだよ! えぇい、全員で止めろ!」

 倉田が叫び、高校生達は2人へと飛び掛かる。

 取り押さえられた古河は、暴れながら叫ぶ。

「長岡! 私は絶対にあなたを許さないわ! いつか殺してやる!」

「古河、落ち着け!」

「そーだよ! 一旦戻ろう!」

 暴れる古河を、羽崎と鈴端が引き止め、引っ張っていった。

 

 

 

 2047年8月6日 午前9時21分、日本皇国 新江戸府 浜崎市 桜見町6-9-30 浜崎市立桜見高校 別棟1階 生徒会室 風紀委員会ブース。

 

「こんの、大馬鹿者!」

 生徒会室に新条の怒鳴り声が響く。一方、新条の座る顧問席の前に立たされた古河と新山はむくれていた。

「私を狙うのは銀狼会に決まってます。だから事情聴取に向かっただけです」

 古河の言い訳に、新条は机を叩いた。

「証拠も無しに押しかけて、挙句20人も病院送りにして、何処が『事情聴取』よ!?」

「しかしですねぇ──」

「もうこれ以上言い訳は聞きたくないわ!」

 口を挟もうとした新山を、新条は一蹴する。

 そこへ、倉田がおずおずと口を挟んだ。

「あのぉ、殺し屋についての報告、いいですか?」

「……えぇ、どうぞ」

 新条は怒りを治め、倉田の言葉に耳を傾ける。

「昨夜、飲酒運転の車に撥ねられたのは三好 悦雄、38歳。陸軍 中央即応軍団 即応歩兵連隊 狙撃班に3年前まで在籍、その後海外でフリーの傭兵と活動していたようです。日本へは半年前に帰国、色々と真っ黒な依頼を受けていたようです。家族構成は10年前に離婚した元妻とその息子。両親は既に他界……まぁよくある殺し屋ですよ。それと、現場に落ちていたライフル、ドイツ製のドナウアー&クルト DK999ですが、黒江市民公園の狙撃の弾とライフルマークが一致、古河を狙ったのはこの1人で決まりですね」

「……背後関係は?」

 新条の質問に、今度は鎌谷が答えた。

「いやぁそれがですね……電話は外国人名義のプリペイド携帯から掛けられたものですし、その他情報は全く無し。困ったもんですよ」

 それを聞き、新条は古河と新山に命令を下した。

「とにかく、銀狼総業からは被害届が出ていないけど、この1件でのやらかしを踏まえ、あなた達2人を3日間の謹慎処分に下す。以上」

 すると、新山がズイッと顔を突き出した。

「あかりさん、お話があるんですが」

「何よ、抗議は受け付けないわよ?」

「違います」

 何時になく真面目な顔をした新山に、新条は彼女の真剣さを悟った。

「一体何よ?」

「ここではちょっと……」

 

 そして、新山と新条は第3面談室に入った。

「人質ぃ?」

 窓際の椅子に座った新条は、新山から昨夜の顛末を聞いていた。

「そうです。ハッキリと言ってたんスよ、ルカの死亡ニュースが今日のお昼までに流れないと、息子を殺すって」

 新条の前にある机を挟んで、扉側の椅子に座る新山がそう言うと、新条は考え込んだ。

「じゃあ、さっきの息子が誘拐されてると?」

「確証はありませんが、おそらくそうかと。で、これはアタシのアイデアなんスけど……」

 新山は一瞬、言葉を溜める。そして、口を開いた。

「ルカには、死んでもらいます」

 それを聞いた新条の開いた口が塞がらない。

「あなた……自分で何を言ってるか分かってる?」

 すると、新山は苦笑いした。

「やだなぁ、本当にルカを殺す訳じゃないっスよ? 特上の防弾チョッキを着てもらって、人通りの多い所でわざと銃で撃たれる。そうすれば、少なくともにえど放送は報道せざるを得ない訳っスよ」

「だからと言って……浜崎署やご家族になんて伝えればいいのよ?」

「それはまぁ……何とかしてもらう感じで」

「何でそこは投げやりなのよ。とにかく、この話は無かったことにしましょ」

 そう言って、新条は椅子から立ち上がろうとした。咄嗟に新山が止める。

「待ってくださいよ、あかりさん。あと2時間しか無いんスよ? 人質殺されちゃうんスよ?」

「でも、どうしようもないでしょう?」

 すると、新山はそっぽを向いた。

「あ、そーかそーか。殺し屋の息子だから、殺されてもいいんだぁ。へぇ、あかりさんってそういう人だったんだぁ」

「そうは言ってないでしょ。これは私達でどうにかできる話じゃないの。考える時間を頂戴」

「そんな事言ってる余裕無いんスよ!」

 新山は机を叩いた。

「今やるか、人質を見殺しにするか、判断しないといけないんスよ! 分かってるんスか!?」

 新山はデスクライトを新条に向けた。

 

 その後、第3面談室へと古河も招かれ、新山の作戦が伝えられた。しかし、腕を組んで壁に寄りかかる彼女は難色を示した。

「嫌よ。いくら防弾チョッキを着てても、銃弾を喰らいたくないわ」

「まぁまぁルカ、そう言わずにさ」

「古河、これは人質の命が掛かってるのよ。黙って殺されなさい」

 新山と新条の説得に、古河は首を振る。

「冗談じゃありませんよ。何処の誰かも分からない人間の為に命なんか張れません」

「でもさ、その息子、たぶんイケメンだよ?」

 新山が小声で囁くが、古河は鼻で笑った。

「顔も分からないのに? 冗談じゃないわよ」

 すると、新条は厳しい口調で言葉を放った。

「古河、これは命令よ。殺されなさい。これは、現状人質を無事に解放する唯一の手立てなんだから」

 それを聞き、古河はため息をついた。

「分かりました。メグル、ちょっと付き合って」

 渋々同意した古河は、新山を連れて第3面談室から出た。

 

 

 

 2047年8月6日 午前9時29分、日本皇国 新江戸府 浜崎市 桜見町6-9-30 浜崎市立桜見高校 屋内射撃場。

 

 校庭の真下に作られた射撃場に、イヤーマフを装着した古河と新山がいた。シューティングレンジで、新山は日本製5.56×45mm口径自動小銃・富正 FR-16を構え、銃をベンチレストに預けていた。

 今や西側を代表するアサルトライフルとなったケネット KR645(アメリカ軍制式採用名・MR60A2インファントリーライフル、通称ブラックライフル)やそのカービンモデルのケネット KR920(アメリカ軍制式採用名・MK94カービンライフル)等のCR-15系ライフルを開発したアメリカのコーネル社が、ソビエト連邦のグロトフ AG-47(及びそのコピー品)に対抗して開発したコーネル CR-18。しかし、コーネル社は倒産寸前の状態であった為、日本の大手銃器製造メーカー・富正工業株式会社に生産を委託した。CR-15系のダイレクトインピンジメント方式ではなく、グロトフ AG-47と同じガスピストン方式を採用しており、「西側規格のAG-47」とも呼ばれたCR-18だったが、同時期にアメリカ軍は大量導入したMR60A2を同盟国に破格の値段で売り付けており、CR-18のセールスは全くもって振るわなかった。結果、日本で製造されたCR-18の多くはテロリストの手に渡り、1970年代から1990年代にかけてイングランド連合王国内で発生した「北アイルランド内戦」で北アイルランド独立派テロリストに使用された過去がある。しかし、そんなマイナスイメージにめげずに富正工業株式会社は、CR-18で培った5.56×45mm口径ガスピストン方式自動小銃の設計製造技術を活かして、当時日本皇国軍の制式ライフル「富正 FR-5(制式名・63式7.62mm歩兵銃)」の後継として新型ライフルを開発した。それがFR-16である。

 富正 FR-16は、明らかにコーネル CR-18を意識して開発されている。しかし、弾倉はCR-18専用の物から西側標準規格のCR-15用に変更された他、3点バースト射撃機構(日本皇国軍内名称・3発制御点射機構)の採用、匍匐前進時に銃左側面を地面に擦り付けた際にセーフティレバーが動かないようにセーフティレバーを右側面のみとした設計(後には左側面にも追加された)、「安全(セーフポジション)↔連射(フルオートポジション)↔3点バースト(3発制御点射)↔単射(セミオートポジション)」と作動するセーフティレバー、榴弾砲の砲口制退器(マズルブレーキ)を真似て作られた大型の銃口消炎制退器(フラッシュハイドコンペンセイター)等、様々な革新的な設計が施されている。また、前作のFR-5で不評だった振り上げ式照準器(フリップアップサイト)を取りやめ、固定式に変更されている。そして、1988年に見事日本皇国軍制式ライフルの座を勝ち取り、「88式5.56mm歩兵銃」として採用された。

 現在では、ケネット KR940に採用されて有名になったモリスレールシステムの普及によってすっかり旧式となってしまい、21式5.56mm歩兵銃へと入れ替わっているが、黎明期に開発されたFR-16用モリスレールシステムパーツによってある程度の拡張性を備えている。古河はセールで安く売られていたこの銃を買い、南央銃器株式会社製のレールハンドガードやレールマウントキット、ストックバッファーチューブ、拡張マグウェルを装着していた。その上で、アメリカの大手銃器アクセサリーパーツメーカーであるPOC社製のPAGアングルドフォアグリップやPCT-15ストックを装着し、アメリカ軍で制式採用された実績を持つ中距離狙撃・近接射撃の両方に対応したクィントン EBS-02四倍率固定ハイブリッドスコープを取り付けて狙撃任務に使っていた。

 ベンチレストにハンドガードを載せ、新山は体重をデスクに預ける。そして、富正 FR-16に装着されたクィントン EBS-02四倍率固定ハイブリッドスコープの下側接眼レンズを覗き込む。ちなみに、このスコープ上部には接近戦用のクィントン CRDマイクロオープンドットサイトが装着されている。

 50m先の人型標的に、レンズに映し出された赤色の三角点を合わせる。そして、引き金を引いた。

 銃声が轟き、純正の銃口消炎制退器によって軽減された反動で銃が少しだけ跳ね上がる。

 そんな新山の隣では、古河が双眼鏡で的を見ていた。人型標的の頭部に、弾痕が1つ着いていた。

「頭に当ててどうするのよ? ヘルメットを被れないのに」

 古河の言葉に、ライフルを構える新山が応えた。

「おかしいなぁ。胸を狙ったはずなんだけど」

「それ、100mでゼロインしてるのよ。それを考慮して、少し下を狙ってちょうだい」

「狙ってそれなんだって」

 そして、新山は再び引き金を引いた。銃声、放たれた弾丸は的の胸部に当たった。

「やれば出来るじゃない」

 双眼鏡を覗く古河が感嘆すると、新山は再びスコープで狙いを澄ましながら口を動かした。

「今のは頭を狙ったの」

 新山の言葉に、古河は双眼鏡を覗きながら眉を顰めた。

「そんな訳ないでしょう。頭を狙ったなら、頭部の上を飛び越えるはずよ?」

「ルカ、これ純正のスコープだよね? レティクル狂ってるんじゃないの?」

「馬鹿言わないでよ。銃本体はセール品だけど、スコープはちゃんと正規ディーラーから取り寄せた代物よ? 本体とスコープはほぼ同じ価格だったのに」

「偽物か不良品掴まされたんじゃないの?」

 すると、古河は双眼鏡をシューティングデスクに置いた。

「メグル、それ返して」

 それだけ言うと、古河は新山から富正 FR-16を引ったくり、構える。立ったままスコープを覗き、狙いを定める。そして、引き金を引いた。

 すると、弾丸は素直に的の胸部に当たった。

「ほら、見なさい」

「えぇ、嘘ぉ」

 古河の勝ち誇った顔に、新山は苦言を呈す。

 

 

 

 2047年8月6日 午前9時57分、日本皇国 新江戸府 浜崎市 桜見町1-1-1 国営鉄道 臨港線 桜見駅 南口ペデストリアンデッキ。

 

 田基と長倉の2人は、炎天下の中ペデストリアンデッキを歩いていた。

「あっつー……」

 白いTシャツに紺色のショートパンツとラフな格好ながら、腰には堂々とホルスターとマガジンポーチの付いたガンベルトを巻く田基が、暑さに嘆きながら左手で額の汗を拭う。

「さっきからそれしか言ってないぞ。まぁ、確かに堪える暑さだが」

 長倉が彼女のボヤキに答える。そんな長倉の格好は、この真夏にしては有り得ない長袖の灰色パーカーに白色の長ズボンだった。

「長倉ちゃん、暑くないの? 見てるこっちが暑くなるんだけど」

「しょうがないだろ。私の肌は弱いんだ」

 田基の質問に、長倉は毅然と答えた。それを聞いた田基はゲンナリしながら返答した。

「そんな日焼けしやすいの? そういえば、体育の時もずっとジャージ着てたよね?」

「言っただろう。肌を晒したくないんだ」

 その時、田基は何かを見つけた。

「ん、來ちゃん?」

「古河か?」

 2人の視線の先、行き交う人々の波の中、古河は立っていた。何やら、顔を背けるような変な姿勢を取っている。

「何してるんだ?」

 長倉が首を傾げる中、田基は大声で古河を呼んだ。

「來ちゃーん、何してんのー?」

 田基の呼び声に気付いた古河は、目を見開いて叫んだ。

「来ないで!」

 直後、古河の胸元から赤い液体が飛び散った。硬直する田基と長倉の前で、赤い液体を撒き散らしながら古河は倒れた。直後、銃声が轟く。

 倒れた古河の周りに、赤色の液体が巻き散らかる。突然の銃声に、ペデストリアンデッキを歩いていた人々はパニックになり、方方へ逃げ惑う。

 そんな中、田基は姿勢を低くしてヒップホルスターからベルギー製5.7×28mm口径ポリマーフレーム自動拳銃・SFエルスタル P5728CRMを抜いていた。

「長倉ちゃん、救急車! あと來ちゃんの止血をお願い!」

「分かった!」

 長倉はスマートフォンを取り出すと、田基は一目散に駆け出した。先程の銃声が響いた時、田基の視線は素早く狙撃者を探していたのだ。

「古河! しっかりしろ!」

 倒れた古河へ長倉が駆け寄り、赤い液体が付着した胸部を圧迫して止血を始めた。しかし、押しても押しても液体がどんどんと溢れてくる。

「古河! クソっ、血がドロドロすぎるぞ! 不健康な生活をおくり過ぎだ!」

 長倉は必死に胸部圧迫を続ける。傍らに置いていたスマートフォンの画面には[119]とだけ表示されている。すると、スマートフォンから男性の声が流れた。

《はい、浜崎市消防局です。火事ですか、救急ですか?》

 それを聞き、長倉は叫ぶ。

「救急車だ! 桜見駅南口にて人が撃たれた! 今止血してるが、血が止まらない!」

《落ち着いてください。桜見駅南口ですね?》

「あぁ、そうだ!」

 すると、そこへ2人の女性警察官・浜崎警察署 桜見駅前交番の塩岳巡査部長と稷原巡査が駆け付けた。

「長倉ちゃん、一体どうしたんですか!?」

「それ、古河じゃない!? 撃たれたの!?」

 2人は倒れている古河に驚いた。すると、長倉は2人の方へ振り返り、声を荒らげた。

「私の代わりに電話に出てくれ! あと応援を頼みます! 今、田基が銃撃犯を捕まえに走っていった所だ!」

 それを聞き、塩岳は無線機のマイクを手に取りながら稷原に命令する。

「稷原、そこの電話に出て! こちら桜見駅前交番、浜崎署、応答願います!」

「はい!」

 稷原は膝をつき、長倉のスマートフォンを手に取った。

「電話変わりました! 桜見駅前交番の稷原 ひかり巡査です!」

《浜崎市消防局の茜元です。怪我人は1名ですか?》

「は、はい! そうです!」

《撃たれたのは、桜見高校の古河 來執行員で間違いないでしょうか?》

「はい、そうです! ……あれ?」

 スマートフォンから流れる音声に、稷原は首を傾げた。

「長倉ちゃん、撃たれたのは古河ちゃんと伝えましたか?」

 稷原の質問に、長倉は首を振った。

「いや、まだだ! 古河、気を持て!」

《もしもし、稷原巡査?》

 しかし、稷原はスマートフォンからの音声で我に返った。

「は、はい!?」

《現在、そちらに救急車が向かってます。すぐに搬送いたします》

「お、お願いします!」

 すると、通話が終わった瞬間に救急隊が駆け付けた。

 救急隊の素早い動きで、古河はストレッチャーに乗せられ、運ばれていく。

 それを、長倉達3人が見送る。そんな中、塩岳は気が付いた。

「ねぇ、血の匂いが全然しないんだけど?」

「あれ、本当ですね……長倉ちゃん、ちょっと失礼するよ?」

 稷原も気付き、長倉の両手にベットリとついた赤い液体の匂いを嗅いだ。

「ふんふん……これ、血じゃなくてケチャップですよ」

「け、ケチャップ!?」

 長倉は驚き、両手に大量に付着していた赤い液体を舐める。すると、彼女の舌をトマトの酸味が駆け巡った。

「確かに、ケチャップだ……」

 

 

 

 2047年8月6日 午前10時02分、日本皇国 新江戸府 浜崎市 桜見町1-1-3 桜見ロードスタービル1階。

 

 エントランスに拳銃片手で進入した田基は、下ってくるエレベーターに気付き、その扉の前で待つ。

 エレベーターが1階に到着し、扉が開いた。田基は咄嗟にSFエルスタル P5728CRMを構えた。

「動くな! 手を挙げろ!」

 すると、エレベーターに乗っていた銀髪ウェーブミディアムヘアの少女は慌てて両手を挙げた。

「うわぁ! ……って、なっつん?」

 それは、大きなカバンを背負った新山だった。彼女の姿を認めた田基は、拳銃の銃口を上げた。

「還!?」

「どうしたのさ、なっつん? そんな血相変えちゃって」

 呑気な新山に、田基は彼女の両肩を掴んで揺さぶった。

「大変なんだよ! 來ちゃんが撃たれたの!」

 すると、新山は頷いて口を開いた。

「うん、知ってる」

「し、知ってる?」

 呆気に取られる田基を残し、新山は建物から出ていった。

 

 

 

 2047年8月6日 午前10時36分、日本皇国 新江戸府 浜崎市 城元町5-2-5 浜崎警察署3階 刑事課室。

 

「本当なのか!? 古河が撃たれたってのは!?」

 八洲が叫び、それを聞いていた白崎と万丈は動揺する。すると、強行犯係長席前に立つ夢川が頷いた。

「はい、事実と言えば事実なんですが……」

 言葉に詰まる夢川に替わり、琉田が続けた。

「それが、第1目撃者の長倉ちゃんと駆け付けた塩岳さん達、あと鑑識作業をした鹿取さん達がですね、『現場に血液は1滴も無い』って言ってるんですよ。代わりに、大量のケチャップが巻き散らかっていたって……」

「ケチャップ!?」

 驚く八洲に、夢川が説明をする。

「はい。稷原巡査曰く、大丸醤油株式会社がタナカオーカドーのプライベートブランド『オーカプレミアム』向けに製造している『ザ・シンプルトマトケチャップ』との事でして、現在鑑定中です」

「ケチャップの品名までは訊いてないんだけどなぁ……」

 

 

 

 2047年8月6日 午前11時36分、日本皇国 新江戸府 浜崎市 関中町8-5-8 Nido d'amore関中 601号室。

 

 ラブホテルの室内で、新山はベッドに腰掛けていた。その手には、古河の愛銃である富正 FR-16が握られているが、彼女の視線は大型テレビに向いていた。そのテレビには、地元のテレビ局であるにえど放送の速報が流れていた。

《こちらは浜崎市立桜見高校前です。先程、桜見駅前にて、この学校の風紀委員を務めていた古河 來執行員が射殺されました。同校では早速、お別れを惜しむ同級生達が駆け付けています》

 女性リポーターが桜見高校の正門前で実況をしている。その背後では、制服を着込んで涙ぐむ真岳と、それに付き添う鈴川が桜見高校へと入っていく所だった。しかし、俯いて泣いているはずの真岳は一瞬、カメラに向かってウィンクをした。

「香ったら、余計な事を……というか、死んでないのバレてる?」

 テレビを見ていた新山が呟く。すると、誰かが部屋に入ってきた。咄嗟に新山は富正 FR-16を構えた。

 しかし、その銃口の先にいたのは両手を挙げた古河だった。

「1日に2度も殺さないでよ」

 古河の声に、新山はニヤリと笑って銃口を下ろした。

「何だルカか……幽霊にしては随分血色いいじゃん?」

 新山の軽口に、古河は首を振った。

「お陰で寿命が10年縮んだわ。撃たれるなんて初めてなのよ?」

「初めてがこの程度で済んで良かったじゃん。アタシらの仕事上、いつかは経験するんだしさ」

 ケラケラと笑う新山に、古河は頭を抱えた。その時、電話が鳴った。

「お、早速だね」

 新山は受話器を取った。

「もしもし?」

《ニュースを見た。あとは、銀狼会 会長の長岡だ。そいつを殺せば、息子を解放する》

「な、何だって!?」

 しかし、新山が驚くより先に、電話は切られてしまった。

 

 

 

 2047年8月6日 午後0時02分、日本皇国 新江戸府 浜崎市 桜見町6-9-30 浜崎市立桜見高校 体育館。

 

 体育館の壇上には、大量の花と共に古河の巨大な写真が飾られている。その両脇には立て看板が並び、[新江戸府警察 捜査一課長 鶴山 信周警視]、[新江戸府警察 浜崎警察署長 帖 力太警視]、[浜崎市立桜見高校 学校長 田中 孝子]、[浜崎市立桜見高校 風紀委員会顧問 新条 あかり警部補]、[伊奈本プライベートサーチ&セキュリティ株式会社 代表取締役社長 伊奈本 流美]等が書かれた紙が貼られている。そして、中心には棺が置かれていた。

 その脇に置かれたパイプ椅子に腰掛けた古河が睨む中、花束を抱えた高校生達が壇上に上がり、写真に向かって手を合わせる。そして、古河にも手を合わせた。

「遺影に写ってる人間が目の前にいながら、何してるのよ」

 不満そうに口を開く古河を、倉田が宥める。

「まぁまぁ。何処から見てるか分かんないし、それにほら……いい練習になるしさ」

「縁起でもないですよ、姐さん」

 古河はため息をついた。そんな中、生徒会長の深堀が木魚を叩き、うろ覚えのお経を読み上げる。

「皆してふざけてない?」

 古河の文句に、鈴端が苦笑した。

「まぁまぁ落ち着きなよ、古河ちゃん。実際に死んでないんだし、余興と思えば、ね?」

「それじゃ古河が死ぬ事になるぞ」

 羽崎が突っ込み、鈴端は舌をペロンと出した。体育館にいる高校生達は、練習をしている女子バレーボール部を除いて皆紺色のブレザーを着ていた。

「皆して酷くない? 來ちゃんの告別式なんだよ?」

 真岳が突っ込みを入れるが、そんな彼女は制服の上から[私が喪主です]と書かれた襷を掛けていた。

「一番ふざけてるのはあなたでしょ」

 古河が言うと、真岳は右手で自身の頭をポカっと叩いた。

「バレた?」

「バレバレよ」

 

 

 

 一方その頃、新山は第3面談室で新条に問い詰められていた。

 窓側の椅子に座った新山に対して、新条は扉側の椅子に座り、今朝とは逆の状態である。

「今度は銀狼会の組長を殺せと、電話があったのね?」

「まぁ……そうっスねぇ……」

 言い淀む新山に、新条は痺れを切らした。

「古河が死亡すれば人質が帰ってくるって言ったのはあんたでしょうが!」

「断定はしてなかったはずっスよ!」

「冗談じゃないわよ! 今度は長岡にも同じ真似をしろって言うの!? どうなのよ、えぇ!?」

 新条はデスクライトを新山に向けると、彼女は仰天して反り返った。

 

 

 

「で、何か分かったの?」

 体育館の壇上に置かれたパイプ椅子に腰掛ける古河の問い掛けに、羽崎は頷いた。

「あぁ。例のホテルに掛けられた電話番号、外国人名義のプリペイド携帯だったが、発信位置を逆探したら、曙町のマンションから掛けられたものだった」

「そんで、これがつい最近、そのマンションに越してきた人物だよ」

 鈴端が口を挟み、1枚の紙を古河に手渡した。古河はそれを見つめ、風紀委員達も彼女の背後から覗き込む。

「……誰よ、これ」

 開口一番、古河の怪訝そうな表情で言い放った。その言葉に、羽崎は苦笑した。

「だろうな。新崎 真二、24歳フリーター。本住所は浜崎市 黄昏町2-4-8-203。ただのしがない男だが、実際には別の人間が住んでいる」

「別の人間?」

 倉田が疑問を口にし、風紀委員達は首を傾げた。すると、棚里が1枚の写真を取り出した。

「マンションの防犯カメラに映っていました。黒田 露美雄、38歳。指定暴力団『火龍会』の幹部です」

 棚里の説明に、古河は唸った。

「火龍会って……横浜の暴力団じゃない」

「えぇ、本拠地は横浜市 中区 福富町……そんな連中が浜崎市で彷徨けば、間違いなく銀狼会と揉めるわね」

 竹沢の説明に、倉田は納得した。

「なるほど。火龍会は浜崎市に進出したいが、そうなれば銀狼会との戦争は避けられない。だから、組長の首を狙った。しかし、そうなれば銀狼会は報復を考えるし、何より警察に怪しまれる。先に古河を狙えば、目的をカモフラージュできるし、銀狼会に噛み付いていて、将来噛み付かれるかもしれない存在を消せる、と。こりゃ一本取られたな」

「姐さん、何納得してるんですか?」

 古河が抗議するが、羽崎が彼女に言葉を掛けた。

「いいじゃねぇか。これでお前は暴力団側に『対暴力団暴力装置』として認識されたのが分かったんだからな」

「冗談じゃないわよ。私を『未来からやってきた殺人ロボット』みたいに言わないでよ」

 羽崎の冗談に古河は突っ込むと、鈴川が口を挟んだ。

「『I'll be back』とでも言いそうだな」

「あのねぇ秀子、私はシュワルツェネッガーじゃなくてウィリス派なの」

「好みの問題か?」

 そんな中、倉田は手を叩いた。

「とにかく、そいつを当たるか。かっちゃん、私と一緒に曙町のマンションに行くよ。残りは浜崎市内にあるであろう火龍会の拠点を探して。はい、解散!」

 その声で、高校生達は壇上から駆け下りる。そんな中、鈴端はタルボットを呼び止めた。

「タルボットちゃん、ちょっといい?」

「何でしょうか?」

 すると、鈴端はタルボットに耳打ちをした。

「古河ちゃんを見張ってくれるかな?」

「どうしてですの?」

 首を傾げるタルボットに、鈴端が説明する。

「今の古河ちゃん、何か暴走しそうなんだよね」

 その言葉で、タルボットは古河の方を振り返った。見れば、古河はパイプ椅子に腰掛けながらも、天井を見つめて何かを考え込んでいた。いつもと違う雰囲気に、タルボットは怖気付いた。

「嫌ですわ。あんなに暗い雰囲気の古河先輩と一緒に居たくはありませんわ」

「まぁまぁそこを何とか。頼んだよ」

 それだけ言い残し、鈴端も壇上から降りて羽崎を追い掛けた。

 

 

 

 2047年8月6日 午後1時15分、日本皇国 新江戸府 浜崎市 曙町6-1-5 クレスタコート曙前。

 

 曙町に建つマンションの前を通る道路の路肩に、2台の車が停車していた。1台は深紅色の後輪駆動4ドアセダン・富木 フレアX350S+アーキテクトスーパーチャージャー(改GRX133前期型)で、もう1台は黒色の四輪駆動4ドアハードトップセダン・丹生館 フランシス250LV-4(ENY34前期型)であった。

 マンションから出てきた倉田は丹生館 フランシス250LV-4の助手席へと乗り込む。その隣の運転席では、鎌谷がスヤスヤと眠っていた。

「かっちゃん、張り込み中に寝るなよ」

 倉田に揺さぶられ、鎌谷は夢の世界から生還した。

「んっ……あぁ、姐さん、どうでした?」

「『どうでした』じゃないでしょ、スヤスヤ寝ちゃって……とにかく、607号室は黒だよ。隣近所に聞いたら、やっぱり住んでいるのは黒田だ」

「黒だけに?」

 鎌谷のボケに、倉田は思わず彼女の頭を叩いた。

「ボケてる場合じゃないでしょ」

 すると、マンションの駐車場から1台の車が出てきた。ドイツ製の後輪駆動4ドアセダン・MMW T6グランクーペ(F06前期型)であった。その後席には、黒田 露美雄の姿が見えた。

「かっちゃん、車出して。301から610、前方の白色セダンを尾行してくれ」

 倉田の指示で、2台のセダンは白色のドイツ製セダンを尾行し始めた。

 

 

 

 2047年8月6日 午後2時21分、日本皇国 新江戸府 浜崎市 金水町8-1-8 金水埠頭 廃倉庫前。

 

 金水埠頭に建つ廃倉庫の前に、富木 フレアX350S+アーキテクトスーパーチャージャーと丹生館 フランシス250LV-4が停まっている。そこへ、赤色灯を載せたゴールドツートンの後輪駆動2ドアノッチバッククーペ・丹生館 パンテーラ3.0ブレンネロ(UF31AZ2後期型)がやってきた。赤色灯を載せてこそいるが、サイレンは鳴らしていない。

 停車した丹生館 パンテーラ3.0ブレンネロの運転席から新山が降りると、2台のセダンに挟まれて地面に跪く4人の高校生達の元へ歩み寄った。

「何してんの、皆で? 小銭でも落としたの?」

 新山の質問に、長倉と倉田が顔を上げた。

「馬鹿言え。そんな訳無いだろう」

「そうだよ。中に人質がいるかもしれないのに、無闇に突入できないだろ」

 2人は口々に言うと、再び視線を地面に落とした。そこには、田基がチョークで廃倉庫の見取り図を描いていた。

「ここに黒田がいるんスよね?」

 その質問に、鎌谷は頷いた。

「そうそう。尾行してたらここまで来ちゃった」

「よし、一気に行きましょ、一気に!」

 新山はホルスターからベルティーニ 90-4を取り出した。すると、倉田と田基が立ち上がって新山の拳銃を下ろさせた。

「馬鹿馬鹿! さっきの話聞いてたか!?」

「還! 人質がいるって言ったのアンタでしょう!?」

 2人の言葉に、新山は思い出した。

「そうでした。じゃ、固く行きましょ?」

 ホルスターに拳銃を戻す新山の言葉に、倉田と鎌谷が眉を顰めた。

「固くぅ?」「良く言うよ」

 2人の言葉に、新山は少し考え、再び口を開く。

「じゃあ、慎重に行きましょ?」

 すると、長倉と田基が怪訝そうな表情をした。

「慎重にぃ?」「良く言うよねぇ」

 

 

 

 2047年8月6日 午後2時28分、日本皇国 新江戸府 浜崎市 桜見町6-9-30 浜崎市立桜見高校 体育館。

 

 お手洗いを済ませたタルボットが体育館へと戻ってきた。女子バレーボール部の練習の声やボールが跳ねる音が響く体育館を見回すと、壇上にいたはずの古河の姿が無い。

 慌ててタルボットは壇上に上がった。しかし、古河は何処にも居ない。

 ふと、棺を見ると、そこには2つの冊子が置かれていた。片方は浜崎市立桜見高校の生徒手帳、もう片方は新江戸府警察の警察手帳である。2つとも、古河の物であった。

「先輩……?」

 2つを手に取ったタルボットは呟く。

 

 

 

 2047年8月6日 午後2時46分、日本皇国 新江戸府 浜崎市 金水町8-1-8 金水埠頭 廃倉庫。

 

 打ち捨てられた倉庫内では、黒田がタバコを吸っていた。その隣には、縛られた少年。そして拳銃を手にした柄の悪い男達が立っている。

 そこへ、フォークリフトが近付いてきた。大量のダンボール箱を運ぶフォークリフトの運転席は見えない。

「な、何だぁ?」

 黒田は首を傾げるが、フォークリフトはどんどん迫ってくる。男達は人質の少年を連れて後退りする。

 しかし、フォークリフトはそれを追い掛けるようについてくる。やがて、行き止まりへと追い込まれた。

 そして、大量のダンボール箱が崩れて新山が姿を現した。

「そこまでだ!」

 拳銃を手にした新山が叫ぶと、黒田が訊ねた。

「誰だテメェは!?」

 すると、新山はフッと笑って名乗り上げた。

「子を思う父親に感化された女、桜見風紀の新山 還! さぁ、人質を返してもらおうかな?」

 しかし、黒田は笑い返した。

「はっ。風紀委員の女1人でやってきたと言うのか?」

 その言葉に、新山は左手で指パッチンしながら答えた。

「本当にそう思う?」

 新山の指パッチンを合図に、倉庫内に潜入していた高校生達と警察官達が一斉に姿を現した。その手に握られた拳銃や散弾銃、自動小銃の銃口は黒田達を狙っている。

 

「いやぁ、手堅かったですねぇ」

 イタリア製12番口径ポンプアクション式手動散弾銃・ペアーノ ステラタクティカルを構える鎌谷が呟くと、その隣でイタリア製5.56×45mm口径自動小銃・ベルティーニ CRx-150A4を構えた倉田が頷いた。

「本当にな。てかかっちゃん、その格好どうにかならなかったの?」

 その言葉で、鎌谷は自身の格好を見る。白色のYシャツに紺色チェック柄の長ズボン、そして風紀委員会の防弾チョッキの上から黄色の救命胴衣を身に付けていた。

「こんなの誰が用意したんですか?」

 鎌谷の質問に、倉田は首を振った。

「知らないよ」

 

 大量の銃口を向けられた男達は、拳銃を投げ捨てた。すると、新山はベルティーニ 90-4をホルスターに仕舞いながら黒田に近付いた。

「あんたね、殺し屋を雇ったのは?」

 新山の質問に、黒田は何度も頷いた。すると、新山は右手を振り上げた。

「じゃあこれは、狙われた女の相棒からのお礼だよっ!」

 そして、新山は黒田に右ストレートをお見舞いした。大量の高校生達と警察官達が男達に襲い掛かり、手錠やプラスチックカフで拘束する。

 

 

 

 逮捕された男達が続々とパトカーに乗せられていく。それを眺めていた新山へ、イタリア製7.62×51mm口径自動小銃・ベルティーニ CRx-200を手にした櫻樹が近付き、話し掛ける。

「新山、ちょっといいか?」

「何スか、パイセン?」

 すると、櫻樹は深刻そうに口を開いた。

「それがな、タルボットからの連絡なんだが、古河の奴が姿をくらましたらしい。それも、体育館の棺に自分の生徒手帳と警察手帳を残してな」

 それを聞いた新山は、目を見開いた。

「パイセン、ここ任せていいっスか?」

「あぁ、いいけど……何処行くんだ?」

 櫻樹の質問に、新山は丹生館 パンテーラ3.0ブレンネロへと走りながら答えた。

「1つ心当たりがあるんスよ!」

 そして、新山は丹生館 パンテーラ3.0ブレンネロに乗り込むと、エンジンを始動させて後退させた。そのままバックスピンターンをして、サイレンを鳴らして埠頭から出ていった。

 

 

 

 丹生館 パンテーラ3.0ブレンネロはサイレンを鳴らし、赤色灯を光らせて疾走する。府道18号線を東へ向かい、一般車を躱しながらかっ飛ばす。

 その運転席では、新山はハンドルを右へ左へ回していた。そして呟く。

「ルカぁ、早まらないでよ」

 新山はアクセルペダルを踏み込み、車を加速させた。

 

 

 

 2047年8月6日 午後2時57分、日本皇国 新江戸府 浜崎市 福原町8-9-1 カリーナ福原ビル。

 

 雑居ビルの屋上で、古河は富正 FR-16を手にタバコを吸っていた。紫煙を吐き出し、黄昏れる。

 眼下に見える銀狼総業ビルの正面玄関で動きがあった。2台のセダンが近付き、男達が慌ただしく整列する。

 古河は富正 FR-16のショットセレクターをセーフポジションからセミオートポジションへ回して槓杆を引き、初弾を薬室に送り込んだ。槓杆を少し引いて薬室を確認、そして槓杆を押し込んで閉鎖させる。

 床尾を右肩に当てて、クィントン EBS-02四倍率固定ハイブリッドスコープの下側接眼レンズを覗き込む。発光ダイオードによって三角型の照準点が光っている。

 やがて、銀狼総業ビルから1人の男性が出てきた。長岡 怜司、銀狼会組長。その頭部に照準点を重ね合わせる。

 右人差し指に力が入り、引き金をゆっくりと引く。軍用アサルトライフルらしく重くセットされたトリガープルに抗いながら、シアロックが外れるのを待つ。

 すると、突然スコープの視界が真っ暗になった。古河の右人差し指が伸び、引き金から離れる。そして目もスコープから離すと、何者かの左手でスコープの対物レンズを覆っていた。

 振り返ると、それは新山だった。古河の暴挙に、新山は首を振る。すると、古河は左肘で新山の顔面を殴った。

「ぐはっ!?」

 新山は殴り飛ばされ、古河は再度ライフルを構える。しかし、長岡は車に乗り込んだ所だった。そして、2台のセダンは出発していった。

 古河は富正 FR-16を傍らに置き、力が抜けたように屋上の柵へと寄りかかった。そして、笑いだした。

「ふふっ、ふふふふぁははは!」

「笑ってる場合じゃないでしょ!?」

 新山は古河に掴み掛かり、そして左ストレートを彼女の顔面に喰らわせた。古河は吹き飛ぶ。

「あとちょっとで、殺人犯になる所だったんだよ!? ちょっとはアタシに感謝しな!」

 殴られてもなお笑い続ける古河に、新山は怒鳴る。すると、古河はよろよろと立ち上がりながら口を開いた。

「メグル、あなたならきっと、ホシをパクって私を止めに来てくれると信じてたわ」

 その言葉に、新山の怒気は落ち着いた。そして、柵に寄りかかって呟いた。

「ルカの馬鹿、アタシの気も知らないで……」

 古河は長ズボンのポケットから「Fillboro」と書かれた紅白の箱を取り出し、中から2本のタバコを引き抜いた。その内1本を新山に渡し、もう片方を咥えた。一方の新山も、Yシャツの胸ポケットからオイルライターを取り出して火を付けた。それを古河が咥えるタバコへ差し出し、彼女のタバコへ引火させる。そして新山自身が咥えるタバコにも引火させた。

 オイルライターを仕舞い、2人はタバコを吹かす。

「ハマの潮風が、傷に染みちゃう」

 新山の呟きに、古河は紫煙と共に言葉を吐き出した。

「染みてるのは私の方よ……」

 屋上で、2人はただ紫煙を吐き出していた。

 

 

 

 2047年8月6日 午後3時16分、日本皇国 新江戸府 浜崎市 桜見町6-9-30 浜崎市立桜見高校 別棟1階 生徒会室。

 

 帰ってきた古河と新山を、新条が待ちかねていた。

「2人共、今回の葬式代なんだけどね、風紀委員会の予算からは出せないって。今は信田が立て替えているけど、彼女に返すように」

 そう言って、新条は2人に1枚の紙を手渡した。そこには、「借用書」と書かれている。

 古河と新山は、顔を見合わせた。

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