HIGH SCHOOL DETECTIVE サクラの彼ら 作:土居内司令官(陸自ヲタ)
2047年5月19日 午前11時01分、日本皇国 新江戸府 浜崎市 赤先町7 赤先商店街。
日曜日、快晴の商店街の中、夢川、琉田、戸坂、永合の4人は人混みを掻き分けて走る。
「すいません、警察です! 通してください!」
「ちょっと通りますよ!」
夢川と琉田が叫び、4人は商店街の一角に建つ宝石店「ジュエリー牧原」の前にたどり着いた。群衆を押し退けると、宝石店のショーウィンドウに穴が開いていた。
「浜崎署の夢川です」
夢川は、店先に立っていた女性に警察手帳を見せる。すると、女性は窓ガラスの穴を指差した。
「刑事さん、ここです」
それを見上げる琉田は呟く。
「これで3件目ですよ、夢川先輩」
「分かってるよ」
その背後で、戸坂は無線機のマイクのボタンを押していた。
「こちら桜見608、7丁目の宝石店がやられました」
2047年5月19日 午前11時02分、日本皇国 新江戸府 浜崎市 城先町5-2-5 浜崎警察署3階 刑事課室。
「了解。浜崎署から赤先商店街の各移動へ、7丁目の宝石店にて被害発生。いいか、マル被は赤先商店街から出ていないんだ、絶対に捕まえろ!」
無線機のマイクを掴む八洲が叫び、その後ろでは道島や伊奈本、そしてベージュ髪ロングヘアの少女ーー桜見高校 3年風紀委員会 委員長の信田 紗綾監視員ーーが長机の上に広げた赤先商店街の地図に赤ペンで印を付けていた。
「この30分で、3件もガラスを割ってますね」
赤ペンの蓋を閉じる道島が呟き、伊奈本と信田は頷く。
「でも、赤先商店街から逃げる事はしないし、何のメッセージも無い。何が目的だろうね?」
伊奈本が信田に訊ねると、彼女は首を傾げる。
「何だろうね?」
一方で、新条は八洲の手からマイクを引ったくり、叫んだ。
「ホシは赤先商店街から一歩も出てないのよ! 一体何やってるの!? さっさと逮捕しなさい!」
2047年5月19日 午前11時03分、日本皇国 新江戸府 浜崎市 赤先町2 赤先商店街。
路地裏に停車していた、桜見303号車のゴールドツートン色の2ドアノッチバッククーペ・丹生館 パンテーラ3.0ブレンネロ(UF31AZ2後期型)の助手席で、倉田は無線機から聞こえた新条の大声に首を竦める。
「桜見303、了解」
それだけ言って、倉田はマイクを戻す。その隣の運転席に座る新山は、辺りを見渡しながら口を開く。
「一体何考えてんスかね? ショーウィンドウを割るだけ割って、逃げもせず、メッセージも残さず」
それを聞いた倉田は、新山に質問を返す。
「あんた、やさぐれた時はどうするんだ?」
「そりゃあ、盗んだバイクで走り出したり、校舎裏でタバコ吸ったり……」
そこで、新山は何かを思いついたように指パッチンをした。
「反抗期!」
倉田も指パッチンを返す。
「そうそれ。ってか、古臭くない? あと、タバコ吸ってんの?」
倉田の問い掛けに、新山は冷や汗を流しながら答える。
「やだなぁ姐さん。アタシゃ、健康優良不良少女っスよ? タバコなんて健康に悪い物吸わないっスよ」
「ふーん?」
そう言いながら、倉田はダッシュボード中央に埋め込まれたカーナビゲーションシステムの下のトレイを開く。そこには、備え付けの灰皿が組み込まれているが、何本もの吸殻が入っていた。
「何で風紀委員会の覆面パトカーに吸殻が大量に入ってるんだ?」
追い詰められた新山の目が泳ぐ。
「違うんスよ、姐さん。それはルカの吸殻でして……」
「まぁいいけどさ、あかりさんに見つかんなよ?」
黙認した倉田を、新山は抱き締める。
「姐さん! あざっス! 流石の懐! 胸は無いけど」
「何だよ気持ち悪いな! あと誰がペチャパイだって!?」
2047年5月19日 午前11時08分、日本皇国 新江戸府 浜崎市 赤先町5 赤先商店街。
多くの人でごった返す商店街を、櫻樹達が走る。
「すいません、風紀委員会です、通してください」
櫻樹が人混みを掻き分けて進むと、そこにはハンバーガーチェーン店「バーガーシェルフ 赤先店」が建っている。その店先に置かれた「Bs」と書かれた看板が割れている。
「桜見高校 風紀委員会の滝本です。被害はこれだけですか?」
滝本が訊ねると、男性店員が頷いた。
「はい、これを割られました」
「これで4件目だな」
そう呟き、櫻樹は無線機のマイクを持ち上げる。そこへ、1人の中年男性が近付いてきた。
「あんたら、風紀委員だろう?」
「ええ、そうですが」
男性の質問に、滝本が答える。すると、男性は口を開いた。
「犯人を見たんだ」
「本当ですか!?」
櫻樹達と一緒に来ていた田基が訊ねると、男性は頷く。
「あぁ。確か、身長はこれくらいの男の子だったなぁ」
そう言って、男性は自身の腰辺りに右手をかざす。
「服装は?」
メモ帳を片手に、長倉が質問する。
2047年5月19日 午前11時10分、日本皇国 新江戸府 浜崎市 赤先町8 赤先商店街。
商店街の人混みを避けるように走る真岳、鈴川、愛江の左耳に装着されたイヤホンから音声が流れる。
《桜見304と610から各移動へ。赤先5丁目のバーシェにて被害発生。マル目情報有り。マル被は身長140cmほど、10歳もいかないほどの男児で、紺色のパーカーに黄色の短パン姿とのこと。どうぞ》
それを聞いていた3人と制服警察官2人は、8丁目に建つ婦人服専門店「ラゾーナ川畑」にたどり着いた。その店先のショーウィンドウにも穴が開いている。
「桜見高校 生活委員会の鈴川です」
「桜見駅前交番の塩岳です」
鈴川と紫髪ショートヘアの女性警察官ーー浜崎警察署 桜見駅前交番の塩岳 悠里巡査部長ーーはそれぞれ身分証を見せ、女性店員から事情を聞く。一方の真岳は、野次馬を眺めていた。
「どうしたん、香はん?」
愛江が訊ねると、真岳は口を開いた。
「いやさ、愉快犯ならこの野次馬の中にいるんじゃないかなって思ってさ」
その時、真岳の目は野次馬の中に小さな少年に止まった。紺色のパーカーに黄色の短パン、そして彼の顔には真岳は見覚えがあった。
真岳と目が合った少年は、踵を返して逃走する。思わず、真岳は叫んだ。
「待って、颯希君!」
真岳は走り出す。それを見ていた愛江は、慌てて鈴川を呼ぶ。
「秀子はん、こっちや!」
「え? 塩岳さん、任せます!」
愛江と鈴川も、真岳を追って走り出した。
「何なの……?」
取り残された塩岳と、銀髪ミディアムヘアの女性警察官ーー浜崎警察署 桜見駅前交番の稷原 ひかり巡査ーーは途方に暮れる。
人混みを縫うように逃げる少年を、真岳は追い掛ける。その右手には、無線機のマイクが握られていた。
「こちら桜見412! マル被発見、マル被発見!」
2047年5月19日 午前11時13分、日本皇国 新江戸府 浜崎市 赤先町2 赤先商店街。
《マル被は8丁目から南へ逃走中! 応援願います!》
その声を聞いた新山と倉田は、パンテーラから飛び出した。
少年は路地裏へと曲がり、追い掛けてくる生活委員達を撒こうとする。しかし、行く手に何人も現れた。
「観念しな、イタズラ小僧!」
ニヤリと笑う新山を中心に、倉田、絵島、緑髪の青年ーー桜見高校 2年風紀委員の根川 通執行員ーー、タルボット、黒髪の青年ーー桜見高校 1年風紀委員の霞籘 和輝執行員ーー、羽崎、鈴端、竹沢、棚里が少年の正面に立ち塞がる。
少年が振り返ると、そこには真岳、鈴川、愛江、櫻樹、滝本、鎌谷、戸坂、長倉、永合、田基、夢川、琉田、黒髪ミディアムヘアの片眼鏡の男性ーー浜崎警察署 刑事課 強行犯係の馬庭 詩衣流巡査部長ーー、灰色ロングヘアの男性ーー浜崎警察署 刑事課 強行犯係の永尾 彰巡査長ーーが退路を塞いでいた。
少年は、新山達の方へ走り、何とか抜け出そうとするが、新山が素早く捕まえ、上空へと放り出す。
「馬鹿馬鹿、何やってんだ!?」
櫻樹が叫ぶが、重力に引かれて戻ってきた少年を受け止めた新山が地面へ降ろす。
「落としたらどうすんのさ!?」
真岳が詰め寄るが、新山はとぼける。
「大丈夫だって。こうしてキャッチしたんだし」
「そういう問題じゃないでしょ!?」
なおも怒鳴る真岳を余所に、新山は少年のパーカーの左ポケットの膨らみに気付いた。左手を伸ばして左ポケットに入っていた物を手に取る。
「見ぃーっけた、見っけた。凶器押収、はいこれ」
新山が倉田に「それ」を手渡す。それは、小さなY字型パチンコだった。
「こんな小さな子供が持ってちゃ駄目だろ。ま、親の拳銃を盗み出すよりマシか」
倉田はそう呟く。一方の新山は、少年の右ポケットへと手を伸ばし、ジャラジャラと大量の小さな何かを手に取る。
「実弾……50発、こりゃ銃刀法違反の現行犯逮捕だ」
そう言って、新山は右手に持った物を羽崎に手渡す。それは、パチンコで飛ばす銀色のベアリング球の大群だった。
真岳はしゃがみ、少年の目を見つめて問い詰める。
「颯希君、何であんな事をしたの? 悪い事だって分かってるよね?」
それを見ていた新山は質問する。
「香、その子と知り合いなの? 親戚?」
「そうじゃないよ」
そう言って、真岳は立ち上がる。
「ほら、秀子ちゃん、覚えてる? 2ヶ月前に関中町のゲーセンで補導した子だよ」
その言葉に、鈴川は思い出す。
「あぁ、思い出した。深夜徘徊で浜崎署へ連れて行ったな」
それを聞いた新山は、少年の頭を左手でワシャワシャと振る。
「前科持ちの凶悪犯って訳ね」
「そんなんじゃないって!」
新山の言葉に、真岳は彼女の頬をビンタした。
2047年5月19日 午後0時06分、日本皇国 新江戸府 浜崎市 城先町5-2-5 浜崎警察署3階 第1取調室。
椅子に座らされた少年ーー岸名小学校 1年3組の相本 颯希ーーは、俯いて口を固く閉ざしていた。
机の上で腕を組んで相本の顔を覗き込む真岳が、優しく問い掛ける。
「颯希君、何であんな事をしたの? 颯希君がした事は立派な犯罪なんだよ?」
しかし、相本は答えない。そこへ、信田がやってきた。
「香ちゃん、ちょっといいかな?」
「信田さん、どうしたんですか、それ?」
信田の手には、ショートケーキが載ったお盆があった。
「もうお昼だし、お腹空いてるかなと思ってね」
「いいですね。ほら、颯希君、食べな。苺のショートケーキだよぉ? 食べないなら、香お姉ちゃんがてっぺんの苺食べちゃうぞ?」
机の上に、苺のショートケーキが置かれる。しかし、相本はそれを払い除けた。
ショートケーキが宙を舞い、床に落ちてホイップクリームを飛び散らす。そして、紙皿が床を跳ねた。
それを見た信田の目が丸くなる。一方の真岳は、信田の背中を押した。
「信田さん、後はやっときますから」
そう言われ、信田は取調室から出る。
面談室の外に集まっていた風紀委員、生活委員、IPSS調査員、刑事達は静かに信田を見る。その視線に気付いた信田は首を振った。
「せっかく自腹で買ったケーキを、床に落とされました……」
そう呟く信田の肩を、新条は優しく叩く。一方の八洲は腕を組み、口を開いた。
「いくら小学生でも、ケーキで釣られないか……」
「下の毛も生えてないのに、何て生意気なんだ」
鈴端が息巻くが、すぐに田基と鈴川が彼の頭を勢いよく叩いた。
「ひっでぇ」
床に飛び散ったショートケーキの傍に立つ真岳は、相本を見下ろす。
「あたしだって、怒る時は怒るよ。怒らせたいんだな、アァ!?」
真岳は怒鳴る。すると、相本は口を開いた。
「おねいちゃんを、まってたんだ」
「あ、あたし?」
そして、相本は顔を上げる。その瞳には、涙が滲んでいた。
相本の涙に、真岳は言葉を失う。次の瞬間、相本は真岳に抱きつき、泣き喚いた。
「え、え? 颯希君、ど、どうしたの?」
真岳はただ、困惑するだけだった。
2047年5月19日 午後0時19分、日本皇国 新江戸府 浜崎市 城先町5-2-5 浜崎警察署3階 刑事課室。
「お待たせしました」
刑事課室へと真岳が入る。そんな彼女に、刑事課室にいた全員が視線を向ける。
「それで、動機は分かったのか?」
係長席に座っていた八洲が訊ねると、真岳は頷いた。
「はい。動機は、母親の捜索願です」
その言葉に、全員が耳を疑う。
「捜索願?」
新条が疑問を口にし、その隣の道島は首を傾げる。
「ええ。あの子、シングルマザーの家庭なんですけど、その母親が3日も帰ってないんですって。でも、補導歴があるから、警察署にそのまま伝えても相手にされないだろうって、ショーウィンドウを割る事を思いついたんですって」
真岳の説明を聞いたものの、棚里とタルボットは納得がいかない。
「それで、何枚もガラスを割るなんて、非効率的じゃないですか?」
「随分お高い捜索願ですわね。弁償代とか考えつかなかったのでしょうか?」
そんな2人を、真岳は小突く。
「それだけ必死だったんだよ」
それを聞いていた道島は、八洲に訊ねる。
「どうしましょう、八洲さん? もしあれなら、生活委員会だけで探しますが……」
しかし、八洲は首を横に振った。
「いえ、人探しなら大勢いた方がいいでしょう。幸い、急ぎの仕事を抱えている訳でもありませんし、強行犯係も捜索を行いましょう。よし皆、相本少年の捜索願を受理して、捜索に当たってくれ」
その指示に、強行犯係の刑事達は呼応する。新条も賛同し、風紀委員達に指示を出す。
「風紀委員会も手伝うわ。さ、探してちょうだい」
更に、黒髪ロングヘアの女性ーー浜崎警察署 刑事課 盗犯係 係長の白崎 智美警部補ーー、茶髪に口髭の厳つい男性ーー浜崎警察署 刑事課 知能犯係 係長の万丈 鈴一郎警部補ーーも加わる。
「八洲さん、私達盗犯係も手伝いますよ」
「俺達知能犯係も、情報収集に当たります」
それを聞いた八洲は立ち上がり、2人に頭を下げる。
「ありがとうございます、白崎警部補、鈴ちゃん」
一方の腕組みをする新条は、新山を呼び止めた。
「ちょっと新山、古河見てない?」
呼び止められた新山は、首を傾げる。
「さぁ、知らないっスけど? いつものように組長の尻尾を追い掛けてるか、男と一緒にいるんじゃないっスか?」
「まぁた銀狼会ね。新山、古河にも手伝うように言っときなさい」
「言っとけよ」
新条と真岳の念押しに、新山は「へぇい」と軽くあしらう。
そして、刑事課室から高校生達と刑事達がワラワラと出ていった。
2047年5月19日 午後1時38分、日本皇国 新江戸府 朱夢市 潤多町8-2-1 タナカオーカドー 朱夢店1階 サービスカウンター。
大型スーパーマーケットの案内所に、倉田、櫻樹、夢川、琉田の4人がやってきた。
「すみません、浜崎署の夢川です。相本 夢月さんについてお尋ねしたいんですが」
夢川はそう言って、カウンターに立っていた女性店員に警察手帳を見せた。若い女性は驚き、口元を抑える。
「相本さん、何かやったんですか?」
女性の言葉を、琉田が否定する。
「違います。ここ3日ほど、無断欠勤していますよね? その事で伺いまして」
それを聞き、女性店員は「少しお待ちください」と言って、電話を手に取る。
「あ、すみません。サービスカウンターの金城です。警察署の方が相本さんについてお尋ねしてまして……はい、分かりました」
女性は受話器を置き、4人を案内する。
「こちらです」
4人は顔を見合わせ、女性店員の後に続く。
案内されたのは、1階バックルームにある事務室だった。
「店長の榊原です」
そう言って、スーツ姿の眼鏡を掛けた男性が挨拶する。
「浜崎警察署 刑事課の夢川です」
「同じく琉田です」
「桜見高校 風紀委員会の倉田です」
「同じく櫻樹と申します」
4人はそれぞれ名乗り、警察手帳を見せる。そして、倉田が切り出した。
「本日お尋ねしたのは、相本 夢月さんについてです」
すると、眼鏡の男性ーータナカオーカドー 朱夢店 ストアマネージャーの榊原 義人ーーは会議室へと案内した。
会議室に入り、榊原は茶色のソファに座る。それに相対するように反対側のソファへ夢川と琉田は座り、倉田と櫻樹はその後ろに立つ。そして、榊原が口を開いた。
「相本さんですか。確かに、金曜日から欠勤しています」
メモ帳を手にした琉田が質問する。
「何か、変わった様子はありましたか?」
「変わった様子ですか……彼女、以前から子供の世話の為にいきなり休む事が多かったので、あまり分かりませんね。それに、彼女については私より……あ、ちょうどいい所に」
会議室へ1人の女性店員が入ってくる。4人が振り返り、店員を見る。そして、女性店員はお辞儀をした。
「朱夢店 サービスカウンター マスターチーフの松田です」
「松田さん、こちら浜崎署の刑事さんと桜見高校の風紀委員さん」
榊原の説明を受け、4人はそれぞれ警察手帳を見せる。
「相本さんについては、私より松田さんの方が詳しいので。松田さん、相本さんが欠勤している件での説明をお願いします」
「分かりました」
そして、夢川が女性店員ーータナカオーカドー 朱夢店 サービスカウンター マスターチーフの松田 理沙ーーに訊ねる。
「相本さんは金曜日から無断欠勤しているようですが、何か知りませんか?」
しかし、松田は困ったように言葉を紡ぐ。
「いえ、確かに前から突然休む事は多々ありましたが、必ず連絡はありましたし、無断欠勤がこんなに長く続くのは初めてです」
「何か言っていたりとかは? 旅行に行くとか」
櫻樹も質問するが、松田は首を振って否定する。
「それなら、事前連絡がある筈です。颯希君ーーいえ、彼女のお子さんもこの3日間、ここに電話を掛けていまして、私達も心配していました」
その言葉に、4人は再び顔を見合わせる。
2047年5月19日 午後1時42分、日本皇国 新江戸府 浜崎市 黄昏町5-3-1 メゾネット黄昏。
2階建てのアパートの前に、白い4ドアセダン・富木 ラウンデルファイターSi-Four(GRS211前期型)が停車し、運転席から鈴端、助手席から鈴川、後席から真岳と相本が降りる。
「ここなのか、坊ちゃんの家は?」
鈴端が質問すると、真岳は頷いた。
「そうだよ。悪いね、車出してもらって」
「お安い御用だよ。鈴川ちゃんの車は今無いし」
鈴端の言葉に、鈴川は元気を無くす。
「私のラウンデル、廃車になってしまったからな」
「しょうがないでしょ。代わりに軽傷で済んだんだから。もう新しい車買ったんでしょ」
真岳が鈴川を慰める。
「あぁ。もう注文している」
「へぇ、何買ったの?」
鈴端の問い掛けに、鈴川は答える。
「スポーツカーだ。今まで実用性重視でラウンデルだったが、今まであまり後席を使う機会が少なかったから、今度は私の趣味に振ってもいいかなと思ってな」
「秀子ちゃん、まさか2シーターじゃないよね?」
「ちゃんと後席もあるぞ。2ドアだから乗りにくいだろうが」
それを聞き、真岳は開いた口が塞がらない。それを見た鈴端が声を掛ける。
「まぁいいじゃない。高校生の内は好きな車に乗っててもさ。僕以外にもスポーツカー乗っている人も居るんだしさ、田基ちゃんとか竹沢先輩とか」
「いやでもさ……まぁいいか」
真岳は言葉を飲み込み、相本を連れて階段を登る。それに、鈴端と鈴川が続いた。
2047年5月19日 午後1時43分、日本皇国 新江戸府 浜崎市 元巻町 新江戸環状バイパス。
浜崎市と荘北市を繋ぐ唯一の巨大な吊り橋「新江戸大橋」の下層を通る新江戸環状バイパス、その第1走行車線を黄色の2ドアミッドシップスポーツカー・富木 ウィータ5000GTターボ(EX7)が走る。
その助手席に座る棚里が口を開く。
「いくら元旦那の所へ出向いて、3日も音沙汰無しって考えにくくないですか?」
その疑問に、ハンドルを握る竹沢が答える。
「確かに、何の連絡も無いなんておかしいけど。でも、私達は少しでも可能性があるなら探らないといけないの。本当に元旦那の所へ向かったかを確かめるのも仕事の内よ」
それを聞き、棚里は嘆く。
「非効率的な仕事ですね」
「あら、それならリボルバーをメインで使っているあなたもあまり人の事を言えないわよ?」
「私はトゥリーナを気に入っているんです。それに、こんな目立つ車で捜査する竹沢さんだって言えないでしょう」
そう言われ、竹沢は苦笑する。
「そうね。じゃ、今度からあなたの車に乗せてもらおうかしら?」
「……私のはただの3ドアコンパクトカーですよ?」
「あら、私の車より目立ちにくくていいじゃない」
「何で社用車を使わないんですか?」
そう訊かれ、竹沢はため息をついた。
「確かに、うちの営業所は4台所有しているわ。でも、その内2台は防弾仕様のSUVだし、1台はトラックよ。必然的に捜査で使えるのはあのイタリアセダンだけだけど、それは社長専用って一応なってるから、使いにくいのよ。だから、私達は自家用車で捜査するしかないの」
棚里は納得がいかないが、これ以上訊くのは野暮だと思い、話題を替える。
「そういえば以前、『私達が風紀委員会を辞めた』と言ってましたけど、元風紀委員なんですか?」
「えぇ、そうよ。と言っても、元風紀委員なのは私と辰美……羽崎の2人だけで、他は最初から探偵よ」
「何で辞めたんですか?」
「そうねぇ……」
そこで、竹沢の言葉が詰まる。
「『辞めざるを得ない事情があった』で納得するかしら?」
「そんなので『はい、分かりました』とはなりませんよ」
「そうね。でも、私としてはあまり言いたくないのよね」
沈黙が包むウィータ5000GTターボは吊り橋を渡り、荘北市へと向かう。
2047年5月19日 午後2時27分、日本皇国 新江戸府 浜崎市 赤先町9-2-3 赤先商店街。
赤先商店街の裏路地、風俗店や呑み屋が立ち並ぶ区域に青色の4ドアスポーツカー・東洋 RES-4タイプRS(SE3P後期型)が走ってきた。ロータリーエンジンの独特な音を響かせ、やがてとあるビルの前に止まる。そして、両側の前ドアが上へと跳ね上がった。
「全く、何だって見た目はドノーマルなのにガルウィングドアに換装してんのさ。乗り降りしにくいったらありゃしない」
助手席から、新山が文句を垂れながら降りる。運転席から降りた羽崎がそれに苦情を呈す。
「別にいいだろ。俺の車なんだから」
「ったく、ロータリーだけ積んだノンターボのセダンなのに、見栄っ張りなガルウィングドアなんか着けちゃってさ」
ブツブツ言いながら、新山はドアを下ろして閉める。
「言っとくが、こいつはスーパーチャージャーをボルトオンしてるし、吸気系も排気系も手を加えているから、190馬力から300近くまでパワーアップしているぞ」
羽崎が説明すると、新山は目を見開く。
「そんだけ手を入れてるのに、外見は純正リアスポイラーだけ? エアロキットを装着してないの?」
「外見はノーマルの方が好きなんだ。それに、お前だってノーマルの東洋製オープンカーに乗ってるだろ?」
「キャドーはノーマルでも充分走れるんだよ」
そう言い合いながら、2人は店へと向かう。すると、誰かの腕がニョキっと突き出た。
羽崎はヒップホルスター、新山は防弾チョッキ下腹部のホルスターへと右手を伸ばす。しかし、すぐに手を拳銃の銃把から離す。
腕を突き出したのは、私服姿の古河だった。
「何やってんのさ、ルカ? まさか、ホストの出待ち?」
新山が揶揄うように問い掛けると、古河は否定する。
「こんな時間にホストクラブがやってる訳無いでしょ。あなた達こそ、ここで何しているのよ? 健全な高校生が近寄っていい場所じゃないわよ」
「その言葉、そっくりそのままお返しするぞ。俺達は行方不明のシングルマザーを探しに来たんだよ」
羽崎がそう言うと、古河は口を開く。
「あらそ。それはご苦労さまね」
「つれないなぁ。ルカこそ、ここで何やってるのさ?」
新山が訊ねると、古河はキョトンとした顔で答える。
「何って、銀狼会幹部の尾行よ」
「まだ追ってたのかよ」
羽崎が呆れる。
「これが私の生き甲斐なのよ。文句言わないでくれる?」
「はいはい」
そんなため息をつく2人に、古河が質問する。
「それで、なんでシンママ探しにホストクラブに来るのよ? ここ、銀狼会の息が掛かってるって噂よ?」
「知るかよ。ただ、この辺で目撃情報があってな」
羽崎の言葉に、新山が続く。
「桜見駅前交番の塩岳さん達がさ、この辺りでホスト風の男性と女性が言い争っているのを仲裁しようとしたんだってさ。まぁ、警察官の姿見るなり2人は逃げたそうだけど。それで、その女性の特徴が正に目的のシンママにそっくりって訳」
古河は事態を把握する。
「なるほど。つまり、子供を放ったらかしにしてホストに金を貢ぎこんだって訳ね」
「そうそう、一気に行こうよ、一気に!」
そう言って、新山はベルティーニ 90-4を抜く。が、古河が制止する。
「待ちなさいよ。本当、辛抱ってものが無いわね」
「何でさぁルカぁ? ここは悪のソックスなんでしょ?」
「それを言うなら『悪の巣窟』だろ」
羽崎は呆れながら、新山のベルティーニ 90-4の銃口を下げさせる。
「とにかく、何の令状や根拠無しに勝手に踏み込めん。そんなのやったら、府警本部に呼び出されるぞ」
「羽崎の言う通りよ。現状、私達はここで見張るしか無いの」
羽崎と古河に言われ、新山は渋々ながら拳銃をホルスターに戻す。
その時、彼らの頭上からガラスが割れる音が聞こえた。
3人は上を見上げるが、ビル側面の窓ガラスは割れていない。
「ルカ、この場合はどうするのさ?」
新山の問い掛けに、古河はショルダーホルスターからブレナン B2023を抜きながら答える。
「『お話を伺います』、これに限るわ」
そして、2人は拳銃を片手に、ビルの中へと入っていく。
「それがお話する態度か?」
羽崎は眉をひそめながら、ヒップホルスターからMZC MZ-57を抜いて続いた。
2047年5月19日 午後2時30分、日本皇国 新江戸府 浜崎市 赤先町9-3-2-201 ユーノス赤先ビル2階 ナイトラブ店内。
床に倒れた、ボサボサの茶髪ロングヘアの女性のすぐ側に粉々に砕け散ったグラスの破片が散らばっている。
白いスーツを着た男性が女性に近付き、女性の頭を掴む。
「今日までにツケを払うって言ってたよなぁ、何だこのはした金はぁ!?」
そう叫び、男性は札束を床に投げつける。
「ごめんなさい……来週までには用意しますから……」
女性はか細い声を出すが、男性はそのまま女性の頭を床に叩きつける。
「そう言って先延ばしにして、もう2ヶ月経ってるんだよ! いい加減にしねぇと、沈めるぞゴラァ!」
白いスーツの男性が罵声を浴びせるが、そのすぐ後ろにいた小太りの中年男性が止める。
「まぁ待ちな。これ以上傷物しちゃあ、価値が下がっちまう」
そう言って、女性の側に屈む。
「相本さんよぉ、『仏の顔も三度まで』って言葉があるが、もう3度どころか5度も許しちまってるんだ。今日という今日は、あんたの全財産で返済してもらうからな」
「で、でも……もうそれでお金は全部です……」
顔が腫れ、鼻や口から血が垂れる女性の言葉に、中年男性は「チッチッチッ」と舌打ちする。
「まだ体があるじゃねぇか。今は無様な顔だが、整えればイける顔だ。それに、体つきもいい」
そう言って、中年男性は女性の胸を揉む。
「あんたみたいな子持ちの熟女でもな、市場価値ってもんがあるんだ」
「い、いやぁ……」
「断るってんなら、こいつが代わりに払う事になるんだがな」
中年男性は、スーツの内ポケットから1枚の写真を取り出す。そこには、ランドセルを背負った相本 颯希が写っていた。中年男性は女性に写真を見せる。
「まだ小学生らしいが、そういうのを好む連中もいる。そいつらに抱かせりゃ、少しは足しになるだろう」
「待ってください! その子には手を出さないで!」
女性は叫び、写真へ手を伸ばす。が、中年男性は立ち上がり、女性の手を蹴り飛ばす。そして、写真を仕舞った。
「なら、あんたが誠意を見せるべきだよなぁ?」
「あら、取り込み中だったかしら?」
突然の声、男性2人は入口を振り返る。
そこには、警察手帳をかざす新山と、その隣で腕を組む古河、そして羽崎の3人が立っていた。
「ふん、誰かと思えばガキンチョか」
中年男性は吐き捨てる。が、古河はたじろぐ事無く男性へと歩み寄る。
「随分な事をしてるじゃない、銀狼会 舎弟頭の山本 猛さん?」
小太りの男性ーー銀狼興行株式会社 営業部長であり、銀狼会 舎弟頭の山本 猛ーーは古河を睨みつける。
「まだウチを嗅ぎ回っていたのか。これは、単にツケを徴収していただけだ」
山本の言い訳に、新山は悪態をつく。
「けっ、何が『徴収』だよ。暴行罪、恐喝罪、その他もろもろ余罪がありそうな事をしちゃってさ」
そう言って、新山は手錠を取り出す。一方の古河は、右手だけで保持したブレナン B2023を山本に向ける。
「さて、色々と吐いてもらいましょうか?」
そう言いながら、古河と新山は山本達へと近寄る。
次の瞬間、突然羽崎が倒れた。
2047年5月19日 午後2時32分、日本皇国 新江戸府 浜崎市 黄昏町5-3-1-203 メゾネット黄昏 203号室。
床に寝そべって携帯ゲームをする相本少年の隣で、鈴端がその画面を覗き込む。
一方、キッチンダイニングの食卓を真岳、鈴川、そして倉田、櫻樹、夢川、琉田が囲んでいた。
「結局、何で休んでいるか分からずじまいですか……」
2脚しかない椅子の片方に座った真岳が呟くと、もう片方に座っていた夢川が頷く。
「結局、事情は一切の不明だ。あとは、他の報告を待つしかないな」
その一方、櫻樹と琉田はアルバムを開いていた。そこには、相本親子の写真が並んでいる。
「真岳ちゃん、夢月さんって本当に42歳?」
琉田の質問に、真岳はキョトンとする。
「えぇ、そうですけど。どうしたんですか?」
「いや、42には見えないなこりゃ」
櫻樹の言葉に、鈴端が反応する。
「マジですか!?」
すぐに櫻樹達へと寄り、アルバムを覗く。
「確かにべっぴんさんだなぁ。僕の対象外だけど」
「お前の頭は股間と直結してるのか?」
鈴端の言葉に、鈴川が突っ込みを入れる。すると、鈴端は反論した。
「やだなぁ、男なんて皆そんなもんだよ。ねぇ、パイセン? 夢川さん?」
問い掛けられた櫻樹と夢川に視線に集まるが、すぐに2人は否定する。
「そりゃお前だけだろ」
「鈴端君、俺は大人だよ? そんな訳無いじゃん」
右手を振る夢川に、琉田は訊ねる。
「でも、夢川先輩。この前、公安課の緑山ちゃんに色目使ってませんでしたっけ?」
その質問に、夢川は慌てる。
「おーいちょいちょい、琉田ちゃん!」
「公安課の緑山さんって?」
慌てる夢川を傍目に、真岳が倉田に質問する。
「公安課 組織対策係の緑山 仁美巡査部長だよ。かっちゃんに負けず劣らずのイケメン女子でな、署内にファンが多いらしい」
倉田の説明に、櫻樹は合点がいった。
「だから夢川さん、前に『脅迫文がロッカーに貼り付けられてた』なんてボヤいていたんですね」
「違う、違うよ! ただ、緑山ちゃんって、ちょっとね、あれじゃん?」
言い訳をする夢川に、琉田と倉田は軽蔑の眼差しを向ける。
「本当、男って最低だな」
鈴川がボソッと呟いた。
2047年5月19日 午後2時33分、日本皇国 新江戸府 浜崎市 赤先町9-3-2-201 ユーノス赤先ビル2階 ナイトラブ店内。
床へと、羽崎が倒れ込む。
「羽崎?」
「羽崎君!?」
古河と新山が振り返る。そこには、モップを手にした給仕服の男性が立っていた。
「山本さん! 今の内に!」
給仕服の男性が叫び、山本達は逃げ出す。
「待ちなさい!」
古河はブレナン B2023を構え直す。が、彼女の頭へとモップの先が振り下ろされる。古河の見開いた目には、迫り来るモップが映る。
「ルカ!」
咄嗟に、新山が左腕でモップを受け止める。鈍く、重い振動が彼女の左腕で揺らす。
「痛ってぇ!」
新山は痛みに叫び、左腕を振るう。古河はすぐに左足で給仕服の男性の腹部を蹴り飛ばす。
「ぐはっ!」
男性は後ろへと倒れ、一方で羽崎がよろよろと立ち上がる。
「羽崎、あなた大丈夫?」
古河が訊ねると、羽崎は頷いた。
「あぁ。全く、痛いのをくれたもんだ」
そんな3人の前で、給仕服の男性が立ち上がる。その背後では、山本達が女性を連れて入口から逃げる所だった。
「待ちなさいって言ってるのよ!」
ブレナン B2023を古河は再び構える。が、給仕服の男性がモップを出鱈目に振り回し、古河達は入口から遠ざかるしかなかった。
「追い掛けたきゃ、俺を倒してからだ!」
給仕服の男性が叫ぶ。それには、古河はため息をついた。
「全く、厄介ね。メグル、アレ出して」
「オーライ」
古河の指示に、新山は防弾チョッキの右脇腹辺りに装着された別のホルスターから1丁の拳銃を取り出し、古河に手渡す。
それは、全体が黄色く、まるで玩具のような見た目をした拳銃だった。
古河はそれを構え、銃口下に取り付けられたレーザーサイトで給仕服の男性を狙う。
「俺を撃つのか!? モップしか持ってないぞ! 俺を撃てば、あんたらは罪になる!」
給仕服の男性は慌てて弁明する。しかし、古河の目は据わっていた。
「安心して。死ぬ確率は低いから」
そう言って、古河は引き金を躊躇い無く引いた。
銃声が鳴り響き、銃口からクラッカーのように大量の紙片が飛び散る。そして、2本の釘のような物がワイヤーで拳銃に繋がれたまま射出され、給仕服を貫いて男性の上半身に食い込む。
直後、男性は目を見開いて後ろへ倒れた。男性から伸びるワイヤーと繋がったままの黄色い拳銃を手にする古河は、その拳銃を構えたまま男性に近付く。すぐに新山が男性の上体を少し起こし、後ろ手に手錠で拘束した。
その一部始終を見届けた古河は、銃口の部品を外して新山に返す。
「メグル、ありがと」
「どういたしまして。しっかし、スタンショットも案外効くもんだねぇ」
新山はそう関心しながら、返された黄色い拳銃ーーアメリカ製の電気ショック拳銃であるアクメディフェンス SS-26Pーーを右脇腹のホルスターへと戻す。
しかし、羽崎が2人を急かす。
「3人に逃げられたぞ。早く追わないと」
その言葉に、2人は慌てて店を出た。
2047年5月19日 午後2時39分、日本皇国 新江戸府 浜崎市 赤先町1 新江戸街道。
片側2車線の大通りを、桜見611号車の青色の2ドアスポーツカー・東洋 RES-3スピリットRタイプB(FD3S後期6型)が走る。その車内に、古河の声が響く。
《こちら……ねぇ羽崎、この車のコールサインは?》
《桜見605だ》
《桜見605から各移動、相本 夢月を発見したものの見失いました。現在赤先9丁目付近を捜索中。黒のセダン、新江戸305 明治のめ 23-74を手配してください》
《ルカ、あれは50系の富木 センタムだよ!》
《メグル、口を挟まないで!》
ギャーギャーと無線機越しに聞こえる喚き声に、助手席の長倉は辟易する。
「相変わらずうるさいな、あのコンビは」
「ま、それが取り柄みたいな所があるからねぇ」
長倉の苦言に、運転席の田基は苦笑する。そして、長倉が無線機のマイクを持ち上げた。
「こちら桜見611、現在赤先1丁目から新江戸街道を東進中、そちらに合流する。どうぞ」
《605から611、了解したわ》
その時、田基の視線は対抗車線を走る1台の車に目が止まった。
「あの車……」
田基が呟く。彼女の視線の先には、富木自動車株式会社が誇る高級自動車・富木 センタム(GZG50後期型)が走っていた。
すぐにハンドルを右へと回し、クラッチペダルとブレーキペダルを左足で踏み込み、左手でサイドブレーキレバーを引き上げる。
RES-3スピリットRタイプBの1.3tの車体は時計回りに回転し、対抗車線へとスピンする。
「田基!? どうしたんだ!?」
いきなりのスピンターンに、助手席の長倉が驚く。田基は据わった目つきで正面を見つめながら、左手でサイドブレーキレバーを戻し、シフトレバーを1速へと倒す。そしてアクセルペダルを踏み込んだ。
「長倉ちゃん、正面の車だよ!」
田基の叫びに、長倉は正面を走るセンタムを見る。ナンバープレートには[新江戸 め 23-74]と書かれていた。
急いで長倉は青色灯を持ち上げ、助手席側パワーウィンドウを下げる。そして、屋根に載せた。
新江戸街道を、グロリアスグレーメタリックの富木 センタム(GZG50後期型)が疾走する。それを、青色灯を点滅させてサイレン音を鳴らす2台の覆面パトカー、イノセントブルーマイカの東洋 RES-3スピリットRタイプB(FD3S後期6型)とストラトブルーマイカの東洋 RES-4タイプRS(SE3P後期型)がロータリーエンジンを唸らせて追跡する。
「たかがV12の高級車如きが、このブーストアップ仕様13Bツインロータリーの320馬力から逃げられると思うなよ!」
田基が叫び、アクセルペダルを目一杯踏み込む。回転計の針がレッドゾーンまで回り、レブリミットアラームが鳴り出す。素早くクラッチペダルを踏み付け、2速から3速へシフトアップさせる。
「無茶するなよ!」
助手席でドアにしがみつく長倉が叫ぶが、田基の耳には届かない。
「何やってるのさ! スーパーチャージャーで武装してるんでしょ! 何旧型に遅れ取ってるのさ!?」
RES-4タイプRSの後席で、新山が喚く。
「いくらスーパーチャージャー積んでても、FDには車重で劣るんだよ! あと、田基のFDもライトチューンされてた筈だ!」
羽崎が反論し、RES-3スピリットRタイプBの後ろでスリップストリームの体制に入る。
そんな中で、助手席の古河が呟いた。
「何で覆面パトカーで公道レースしてるのよ」
2047年5月19日 午後2時41分、日本皇国 新江戸府 浜崎市 赤先町2 新江戸街道 赤先2丁目交差点。
側道との交差点へ、3台が猛スピードで近付く。先頭の黒塗りの高級車・富木 センタムの後席では、顔が真っ赤に腫れた女性に、山本が拳銃を突きつけている。一方、運転席でハンドルを握る白いスーツの男性は、スマートフォンを片手に誰かと通話している。
「そうだ、探偵達のパトカーが追い掛けてくる。間に割り込め」
そう言って、男性はスマートフォンを助手席へと投げる。そして、アクセルペダルを更に踏み込んだ。
「悪あがきしたら事故っちゃうよ」
交差点を目前に加速するセンタムに対して田基は呟き、アクセルペダルを踏み込む。搭載された1.3L 13B-REW水冷2連回転機構過給器付内燃機関が唸り、ブーストアップによって280馬力から320馬力へと引き上げられたパワーによって1.3tの車体は加速する。
次の瞬間、対抗車線で右折待ちをしていた赤色のイタリア製2ドアミッドシップスポーツカー・ビショーネ L4(96018前期型)が突然飛び出し、RES-3スピリットRタイプBとRES-4タイプRSの進路を塞いだ。
「うわっ!」
田基は驚き、ブレーキペダルを踏み込む。同時にハンドルを左に切り、車体は右へと荷重移動する。彼女は素早くハンドルを右へと回し、左手でサイドブレーキレバーを目一杯引き上げる。4輪全てがロックしたRES-3スピリットRタイプBは車体を時計回りに回転させながら交差点でスピンターン、ビショーネ L4のフロント部分を掠めながら追い越す。田基はサイドブレーキレバーを戻しながらクラッチペダルを踏み付け、シフトレバーをリバースレンジへ倒し、アクセルペダルを踏み込んで車を後退させる。
「田基! 無茶するなって言っただろ!?」
助手席の長倉が叫ぶが、田基が反論する。
「それはあの車に言ってよ! 舌噛まないでよ!」
30km/hで後退するRES-3スピリットRタイプBは、前輪のステア舵によって反時計回りに回転、バックスピンターンをして、再びセンタムを追いかける。
一方のRES-4タイプRSはフルブレーキング、サイドブレーキも駆使して交差点でハーフスピンして停車した。
「何やってるのよ! 早く追い掛けなさいよ!」
助手席の古河が叱咤するが、羽崎は停止したエンジンを再始動させながら口を開く。
「無茶言うな。俺はスタントマンじゃないんだぞ」
シフトレバーを1速に入れ、RES-4タイプRSは走り出し、2台を追い掛ける。しかし、既に視界にいなかった。
2047年5月19日 午後3時01分、日本皇国 新江戸府 浜崎市 福原町8-9-3 銀狼興行ビル前。
銀狼興行ビルから、多くの男達が飛び出し、散り散りに去っていく。
その内の2人は、入り組んだ路地を走りながら辺りを見渡していた。
「俺はこっちを探す!」
「分かった!」
2人で交差点で別れる。すると、声を掛けられた。
「よぉ、誰を探しているんだ?」
赤いアロハシャツの男性が、声をした方を見る。そこには、紺色のブレザーに黒い防弾チョッキという出で立ちの櫻樹が立っていた。
「あんた、桜見風紀の櫻樹!」
「やけに銀狼会が騒がしいって聞けば、お尋ね者を探しているそうだな」
櫻樹の問い掛けに、アロハシャツの男性は唾を吐き捨てる。
「関係ねぇだろ、あんたらにはな」
次の瞬間、櫻樹はアロハシャツの男性の襟元を掴み、自動販売機に押し付けた。
「悪いが、俺達も探している人間がいてな。ここは一つ、情報共有しようや。な?」
「誰があんたらと組むかよ。離しやがれ」
「素直じゃねぇな。あんたらが探してんのは、相本 夢月だろ?」
「だから何だって言うんだ。いい加減離せ」
すると、櫻樹は手を離した。
「あっ、本当に相本 夢月を探してんだ」
櫻樹のとぼけた声に、アロハシャツの男性は睨みつける。
「分からずに訊いたのかよ、あんたは?」
「確証が無くてな。それが分かれば充分だ」
そう言って、櫻樹はアクメディフェンス SS-26Pを取り出し、アロハシャツの男性に電気ショックを与えた。
「ーーっ!?」
男性は倒れ、櫻樹はそれを傍目にスマートフォンを取り出した。
「もしもし、古河か? 櫻樹だ。下っ端をとっちめたらな、お前の読み通りだった。銀狼会は相本 夢月を血なまこになって探してるぞ」
2047年5月19日 午後3時21分、日本皇国 新江戸府 浜崎市 黄昏町5-3-1-203 メゾネット黄昏 203号室。
居間の床に寝そべって眠る相本少年を、真岳と鈴川は食卓から眺めていた。
「すっかり眠っているな」
「あれだけの事をしたんだもん。そりゃ疲れて寝ちゃうよ」
2人が小声で話す。すると、玄関ドアがノックされた。
「誰だろ? はいはーい、今出まーす」
真岳が立ち上がり、玄関へと向かう。
そして、扉を開けるのと同時に、真岳の顔に何かが噴射された。
真岳は声にならない悲鳴を上げ、顔を覆って悶絶する。
「香!?」
突然の事に驚いた鈴川は立ち上がり、ヒップホルスターからドナウアー&クルト UAP-9を引き抜き、玄関へと銃口を向ける。
しかし、入ってきた全身黒ずくめの大男は真岳を盾代わりにして鈴川に近付く。
「香を離せ!」
鈴川は叫び、天井へ向けて1発発砲した。銃声が轟き、錯乱状態の真岳は更に狂乱する。
そして、異常を察した相本少年は跳ね起きた。見れば、大男が真岳を人質にし、鈴川が拳銃を向けている。
両肘を曲げ、UAP-9を斜めにして密着状態で構える鈴川の額に汗が滲み出る。
「香を離せ。次は警告じゃないぞ」
鈴川はそう脅し、引き金を軽く引く。あと数mm引けば、撃鉄が作動し、撃針を打撃する事で9×19mm 118グレインフルメタルジャケット弾が発射される。
次の瞬間、大男は左手に持った催涙スプレーを鈴川に向け、催涙ガスを噴霧する。
黄色い液体を顔面に浴びた鈴川は、瞼を固く閉じる。しかし、液体に含まれる刺激性成分は容赦なく彼女の神経を侵し、まともに呼吸することすら困難になった。
大男は真岳を突き飛ばし、居間へと向かう。相本少年は南側の窓へとジリジリと後退するが、190cm以上ある大男はドカドカと近付く。
「やだ、香おねーちゃん!」
相本少年は叫ぶが、大男は相本少年を担ぎ上げた。そして、踵を返して玄関へ向かう。
2047年5月19日 午後3時42分、日本皇国 新江戸府 浜崎市 黄昏町5-3-1 メゾネット黄昏前。
住宅街の路地は、大勢のパトカーに埋め尽くされていた。
その中、RES-4タイプRSとRES-3スピリットRタイプBの周りにいた古河達の元へ、馬庭と永尾が近寄る。
「一応、2人は催涙ガスを喰らっただけで大事には至らないそうだ」
馬庭の報告に、新山は胸を撫で下ろした。
「良かったぁ。香が死んじゃったら、アタシ呪い殺される所だったよ」
「そうじゃないでしょ。颯希君が誘拐されちゃったんだから、大事だよ」
田基の言葉に、古河が頷く。そして、口を開いた。
「とにかく、現状分かっている事を整理するわ。相本 夢月はホストクラブに多額のツケがあり、それの返済を催促されていた。そんな中、徴収に来た銀狼会を振り払い、逃走。そして、息子の相本 颯希が誘拐された」
「じゃあ、その夢月さんは息子を取り返すべく、銀狼会に踏み込むの?」
古河の説明に、新山が質問を投げ掛ける。すると、古河は頷いた。
「えぇ。可能性の一つとして有り得るわ。でも、もう一つの可能性がある」
その言葉に、皆首を傾げる。が、羽崎が口を開いた。
「ツケを返済できる金を用意する。ま、この場合は身代金だな」
羽崎の答えに、古河は指パッチンをした。
「その通り。でも、そんなお金があるなら、とっくにツケを返しているはず。そうじゃないとしたら、メグルならどうする?」
突然問い掛けられた新山は目を見開く。そして、しばらく考え込んだ。
「……お金のある場所を襲撃するかな? 銀行とか、どっかさ」
「正解。でも、今日は日曜日よ。銀行はやってないし、他の場所を襲撃しても、充分なお金があるかは一種の賭けよ」
説明を続ける古河に、羽崎が口を挟む。
「俺なら、自分の職場を狙うな。勝手を知ってるしな」
羽崎の言葉に、古河は眉をひそめる。
「ホント、気味悪いくらい勘が鋭いわね。えぇ、可能性が高いのは、朱夢市のタナカオーカドーよ」
その言葉に、全員が驚く。そして、馬庭が口を開いた。
「じゃあ、今すぐ朱夢署に手配しないと」
「それと、銀狼会の方もお願いします。あくまでも、可能性の一つですから」
そう古河が言い切った所で、無線機が鳴り響いた。
《桜見高校から全移動へ。相本 夢月を発見しました》
2047年5月19日 午後3時47分、日本皇国 新江戸府 浜崎市 桜見町6-9-30 浜崎市立桜見高校 別棟1階 生徒会室 通信ブース。
IPSSブースと相対するガラス張りの小部屋の中で、眼鏡を掛けた黒髪ロングヘアの女性ーー伊奈本プライベートサーチ&セキリュティ株式会社 桜見高校営業所 通信オペレーターの三竹 透子ーーが、正面のPCモニターに映し出された防犯カメラ映像を見ながら無線機で連絡を取る。
「現在、相本 夢月は関中町の富木レンタカー 浜崎関中店前にいます。対応できる移動はありますか? どうぞ」
《こちら浜崎14、桜見駅前から向かいます、どうぞ》
2047年5月19日 午後4時12分、日本皇国 新江戸府 朱夢市 瑠々江町2 新江戸街道。
浜崎市と朱夢市を隔てる朱夢運河に掛けられた瑠々江橋を、白い5ドアハッチバックコンパクトカー・富木 ビビッド1.3F(NSP135前期型)が走る。その運転席には、目が据わったボサボサの茶髪ロングヘアの女性ーータナカオーカドー 朱夢店 サービスカウンター店員の相本 夢月ーーが座っていた。
橋を渡り切り、車は瑠々江2丁目交差点を左折し、細い路地へ入る。
運河沿いの道路を、ビビッド1.3Fが走る。すると、前方を青色の4ドアスポーツカー・東洋 RES-4タイプRSが塞いでいた。一本道である以上、退いてもらうか後退するしかない。相本はクラクションを鳴らした。
ビビッド1.3Fのクラクションが鳴り響く。すると、RES-4タイプRSから3人の若い男女が降りてきた。白いパーカーの紫髪の青年に、サングラスを掛けて深紅色のパーカーを羽織った紺色ジーパンの黒髪ショートヘアの少女、そして同じくサングラスを掛けた紺色ブレザーに紺色スカートの銀髪ウェーブミディアムヘアの少女の3人組は、ビビッド1.3Fへと近付く。
相本は左手のシフトレバーをドライブレンジからリバースレンジへ上げる。しかし、バックミラーを見れば、いつの間にか後ろには黄色の2ドアミッドシップスポーツカー・富木 ウィータ5000GTターボが退路を塞いでいた。
彼女は咄嗟に、上着のポケットに入れていたアメリカ製.38口径小型回転拳銃・アボット&レイモンド AR38シェリフスペシャルを握る。
2047年5月19日 午後4時38分、日本皇国 新江戸府 朱夢市 潤多町8-2-1 タナカオーカドー 朱夢店搬入口。
スーパーマーケットの搬入口へと、[信田警備保障]と書かれた白い小型ワンボックスカー・富木 ダイレクトバン(KDY240V後期型)がやってくる。そして、トラックバースに駐車した。
するとバックヤードから、紺色の制服を来た男性が2人近付いてきた。
「オーカ警備です。ご苦労さまです」
片方の男性が挨拶し、ダイレクトバンから降りた紺色の制服を来た男性も挨拶を返す。
「信田警備保障の笹沼です」
その時、銃声が鳴り響いた。
搬入口に接する道路から歩いてダイレクトバンに近付く相本 夢月は、硝煙が銃口から燻るアボット&レイモンド AR38シェリフスペシャルを右手に持ち、その銃口をダイレクトバンの周りにいる4人の警備員へ向けた。
信田警備保障の2人の警備員は、ヒップホルスターに収めていたオーストリア製9×19mm口径自動拳銃・ライカン 14へ手を伸ばそうとするが、再び銃声が鳴り響く。
「強盗よ! 車から離れなさい!」
相本 夢月が叫び、更に彼女の背後から拳銃を手にした2人の少女がやって来て警備員達に銃口を向ける。
警備員達は為す術なく両手を挙げ、ダイレクトバンから離れる。そして、相本達3人はダイレクトバンに乗り込む。4.0L N04C水冷直列4気筒自然吸気ディーゼル内燃機関が始動し、防弾仕様の車体が走り出す。
そして、そのままタナカオーカドーの搬入口から去っていった。
「現金輸送車強盗なんて、案外チョロいもんだねぇ」
ダイレクトバンのハンドルを握る銀髪ウェーブショートヘアのブレザーの少女が呟くと、助手席の黒髪ショートヘアの少女が口を開く。
「確かに、全うな生き方してれば、こんなスリルは味わえないわね」
一方で、荷室に座り込んだ相本 夢月は不安気な表情を浮かべていた。
「本当に、協力してもらっていいんでしょうか……?」
すると、運転席の銀髪ウェーブショートヘアの少女が答えた。
「いいのいいの。アタシら、人助けの為に生きてんだからさ。あ、さっき言った通り、それを着ててね。アタシの温もりが残ってるかもだけどさ」
「は、はい……」
相本 夢月は、上着を脱いで[PREFECT]と表示されている真っ黒なチョッキを羽織る。そして、再び上着を羽織った。
2047年5月19日 午後4時46分、日本皇国 新江戸府 朱夢市 潤多町8-2-1 タナカオーカドー 朱夢店搬入口。
搬入口へ、3台の覆面パトカーがやって来る。
先頭は馬庭と永尾が乗る浜崎42号車、シルバーメタリックの4ドアセダン・富木 パナケアA20(AZT240後期型)。
2台目は倉田と鎌谷が乗る桜見301号車、スーパーブラックの4ドアハードトップセダン・丹生館 フランシス250LV-4(ENY34前期型)。
そして最後尾は、櫻樹と滝本が乗る桜見304号車、スーパーブラックの4ドアハードトップセダン・丹生館 キリエグランツーリスモ250SV(MY34中期型)。
赤色灯を載せてサイレンを鳴らす3台が搬入口で停車し、6人がそれぞれ車から降りる。
「浜崎警察署の馬庭です。強盗犯の顔を見ましたか?」
警察手帳をかざす馬庭が、開口一番信田警備保障の警備員に訊ねる。すると、彼は答えた。
「はい、女性でした。ですが、社長命令ですぐに車を渡すように言われたもので……」
「社長命令!?」
警備員の受け答えに、倉田は驚いた。
「はい。社長から『風紀委員会の方々が防犯訓練で現金輸送車を襲うから、抵抗するな』と指示を受けまして……」
「その風紀委員会って、何処の誰ですか?」
櫻樹が問い詰めると、逆に警備員が驚いた。
「えっ、知らないんですか? 桜見高校の古河と名乗っていましたが……」
それを聞き、桜見高校 風紀委員会の4人は天を仰いだ。
「まぁたあいつらか……」
櫻樹のうわ言に、倉田は頷く。
「咲綾に頼み込んだな、勝手に」
「信田警備保障って、確かウチの委員長のお祖父さんが会長をしている信田精機の子会社ですもんね。何て都合がいいんだか」
倉田のボヤキに、鉄扇を片手にした鎌谷が言葉を続けた。
2047年5月19日 午後5時12分、日本皇国 新江戸府 浜崎市 城先町1-1-6 浜崎バスターミナルビル。
国営鉄道 臨港線 浜崎駅の目の前に建つ浜崎バスターミナルの一般来客用駐車場へ、富木 ダイレクトバンが入ってきた。
そして、外側の壁沿いの駐車スペースに前向きに止められた黒塗りの高級車・富木 センタムと通路を挟んだ内側駐車スペースに前向きで止まる。
運転席から、相本 夢月が降りる。一方、センタムの側でタバコを吹かしてしていた山本は、タバコを足元に落として靴底で火を消す。そして、口を開いた。
「要求通り、金は持ってきたんだろうな?」
「えぇ、この車に積んであるわ」
山本の問い掛けに、相本 夢月は答える。そして、トランクドアを開けて、荷室に置かれたアタッシュケースを持ち上げる。
「よし、そのまま通路に置いてもらおうか」
山本はそう指示するが、相本 夢月は首を横に振った。
「その前に、颯希を返して!」
その言葉を聞いた山本は呆れたように首を振り、センタムの窓をノックする。すると、後席左側のドアが開き、白いスーツを着た男性が降りる。その左腕には相本 颯希が抱えられており、彼は右手で拳銃を抜いて相本 颯希のこめかみに銃口を押し付ける。
「かぁさん!」
相本 颯希が叫び、何とか白スーツの男の腕を振り払おうと暴れるが、抜け出せない。
「颯希!」
相本 夢月も、瞳に涙を浮かべながら叫ぶ。しかし、山本が口を挟んだ。
「ガキを返して欲しくば、さっさとそれを寄越しな」
「……分かったわ」
相本 夢月は、アタッシュケースを抱き抱えたまま通路へ出る。
そして、銃声が轟いた。
腹部に銃弾を受けた相本 夢月は、床面へと倒れる。
「かぁさん!」
相本 颯希が泣き叫ぶ。
センタムの右隣の柱に隠れていた全身黒ずくめの大男が、銃口から煙が立ち上る拳銃を片手に小走りで倒れた相本 夢月に近付き、アタッシュケースを奪おうとする。しかし、相本 夢月は最後の力を振り絞ってアタッシュケースをしっかりと掴んでいた。
「颯希を……颯希を返して!」
相本 夢月は声を振り絞る。しかし、大男は彼女の腹部に蹴りを入れ、アタッシュケースを奪取した。そして、右手の拳銃を再び彼女へ向けた。
そこへ、サイレン音が近付く。山本達がその方向へ振り向くと、赤色灯を載せた真っ赤な2ドアスポーツカー・丹生館 フロイライン300ZXバージョンR2+2(Z32後期型)が走り寄ってきていた。
「くそっ、逃げるぞ」
山本が指示し、白スーツの男は相本 颯希を放り出す。そして、大男と共に山本の後を続いてフロイライン300ZXとは反対方向へ逃げ出した。
停車したフロイライン300ZXの運転席から茶髪シニョンの女性ーー新江戸府警察 刑事部 捜査一課 第7捜査係の仁科 香夜巡査長ーーが降り、助手席から降りた黒髪ショートヘアの女性ーー新江戸府警察 刑事部 捜査一課 第7捜査係の佐久井 麗美巡査部長ーーが無線機で連絡を取る。
「捜査173から全移動へ! 浜崎バスターミナル 3階駐車場にて銃撃事件発生! 救急車を要請します!」
そして、倒れた相本 夢月へ駆け寄る。
「かぁさん、かぁさん!」
相本 颯希が相本 夢月の体を涙ながらに揺する。そこへ、バイクのエンジン音が近付いてきた。佐久井と仁科が振り返ると、1台の日本製大型自動二輪車・スズヤ ヤイバGNX750Sが寄ってくる。そのハンドルは古河が握り、後ろから新山が抱きついていた。そして、2人の近くで止まった。
「ルカぁ、ちょっと遅れちゃったじゃんかぁ。全く、バイクを拝借するのにどれだけ時間掛かったか分かってる?」
後ろの新山がそう言うと、エンジンを空ぶかしする古河が反論する。
「四輪車だったら追い掛けられないでしょ。文句言うなら降りてちょうだい」
「ここまで来てそれ言う?」
言い合いをする古河達へ、佐久井が近付くなり怒鳴りつけた。
「あなた達ね! 一体何やってるの!? 一般市民を犠牲にして、そんなに犯人を逮捕するのが大事な訳!?」
「そうですよ! だいたい、バイクをノーヘルで2人乗りだなんて、警察官がしていい事じゃありませんよ!」
仁科も怒鳴るが、佐久井が彼女の口を塞ぐ。
「佐久井さん、犯人何処に行ったっスか?」
しかし、悪びれる事無く新山が訊ねる。その口調に、佐久井の怒りはエスカレートしていく。
「あなた達! あんな幼い子の母親が、子供の目の前で亡くなったと言うのに、何なのよその態度は!?」
「あ、それなら大丈夫っスよ」
「何が大丈夫なのよ!? これの何処が『大丈夫』って言える訳!?」
激昂する佐久井が新山に掴み掛かろうとした時、古河はスロットルを回して急発進、佐久井の手を振り切って走り去っていった。
「ちょっと、バカ共! 待ちなさい!」
佐久井が叫ぶ中、仁科は驚愕の表情を浮かべていた。
「先輩、先輩!」
「何よ!?」
仁科の指差す方向を、佐久井は見る。すると、倒れていた相本 夢月がよろよろと立ち上がっていた。
「あなた、撃たれたんじゃ!?」
佐久井も驚くが、相本 夢月は羽織っていた深紅色のパーカーの前を開ける。そこには、[PREFECT]という金色の刺繍が胸元に施された真っ黒な防弾チョッキがあった。
「防弾チョッキ……!? あいつら、全くもう」
理解した佐久井はそう呟き、軽く笑った。
立体駐車場の中を、山本達3人は駆け下りる。しかし、行く手を阻まれていた。
「残念だが、ここまでだ」
青色灯を載せたRES-4タイプRSが通路を塞ぎ、その運転席側に寄りかかって腕を組む羽崎がニヤリと笑う。その隣では、棚里がイタリア製.357口径回転拳銃・トゥリーナ リノセロンテを構えていた。
「ここまでです。卑劣な暴力団の方々」
棚里はそう言い、右親指でコッキングレバーを倒して内蔵式撃鉄を起こす。それによって、コッキングインジケーターピンが露出し、回転弾倉が時計回りに回転した。
しかし、男達は踵を返してエレベーターの方へ向かう。
「あ、待ちなさい!」
棚里は咄嗟に引き金を引こうとするが、羽崎はそれを止める。
「ここで撃つ必要は無いぞ」
「ですが、羽崎さん!」
そこへ、古河と新山が乗ったヤイバGNX750Sがやって来る。そして、男達を追ってそのまま自動ドアをくぐり抜けた。
「バイクで店内に入るなよ……。棚里、俺達は入口に回るぞ」
羽崎はそう言い、運転席側のドアを開ける。棚里も助手席側へ回り、RES-4タイプRSに乗り込んだ。
2047年5月19日 午後5時19分、日本皇国 新江戸府 浜崎市 城先町1-1-6 浜崎バスターミナルビル2階。
バスターミナルの上に設けられた複合商業施設の中を、山本達3人は走っていた。それを、2人乗りのオートバイが追い掛ける。
建物内をオートバイが疾走している為に訪れていた人々は逃げ惑う。
「退いた退いたぁ! 当たると死ぬほど痛いゾぉ!」
古河の腰にしがみつく新山が叫ぶ中、古河は人混みを縫うようにバイクのハンドルを操る。
やがて、山本達は浜崎駅と通じる大広間へと出た。しかし、そこにはイタリア製5.56×45mm口径自動小銃・ベルティーニ CRx-150A4やイタリア製手動散弾銃・ペアーノ ステラタクティカルを手にした桜見高校 風紀委員会の執行員達、拳銃を手にした浜崎警察署 刑事課の刑事達、そして生活委員とIPSS調査員達が待っていた。
山本達は周囲を見渡すが、いくつもの銃口を向けられ、逃げ場は無い。
そして、古河と新山が乗ったオートバイがやってきた。2人はバイクから降り、それぞれ拳銃を構える。
「観念しなよ、もう逃げられないんだからさ」
イタリア製.40口径自動拳銃・ベルティーニ 90-4を構える新山が宣告し、撃鉄を起こす。
しかし、古河は躊躇無くブレナン B2023の引き金を引いた。
銃声が轟き、大男が手にしていたアタッシュケースに穴が開く。
山本達は驚愕するが、古河は躊躇い無く発砲を続ける。放たれた無数の9×19mm 124グレインフルメタルジャケット弾はアタッシュケースを貫き、中に詰まった紙束を粉砕する。
「ルカぁ! これ、弁償どうすんのさ!?」
新山が叫ぶが、古河は意に介さずにブレナン B2023の弾倉を交換する。そして、口を開いた。
「知ったこっちゃ無いわ。こんな屑共にくれる金なんて無いもの」
大男がアタッシュケースを落とし、落ちた衝撃で開いた。しかし、飛び散ったのは本物の紙幣ではなく、大量の新聞紙だった。
それを見た新山は胸を撫で下ろす。
「何だ、ダミーじゃんか。脅かさないでよぉ」
「あら、いつ本物が入ってるなんて言ったかしら? そんなあぶない真似はしないわよ」
その場に崩れ落ちた山本達に、高校生達と刑事達が押し寄せ、取り押さえる。永合のドロップキックが山本に決まり、滝本が倒れた山本の背中に乗っかってスリーパーホールドを行う。一方の白スーツの男には鎌谷が鉄扇で腹部を突き、長倉が日本刀〈紅雪〉で峰打ちをする。そして夢川と琉田が後ろ手に手錠で拘束する。大男は、倉田と櫻樹の電撃警棒で滅多打ちにされ、更に真岳と鈴川が顔面を殴り、若干引いている田基と鈴端がプラスチックカフで拘束した。
2047年5月19日 午後7時15分、日本皇国 新江戸府 浜崎市 桜見町6-9-30 浜崎市立桜見高校 別棟1階 生徒会室 風紀委員会ブース。
「あかりさん、報告書です」
「始末書でごぜぇます」
顧問席に座って仏頂面を浮かべる新条へ、古河と新山が書類を提出する。
「あたしへの連絡無しに、信田警備保障へ根回しを行い、一般市民からバイクを借用し、それで浜崎駅バスターミナルビル内を爆走……その上、相本親子を危険な目に晒して、あんたら本当に懲りないわね」
落ち着いた口調で説教をする新条に、信田がそっとお茶を差し入れる。
「まぁまぁ、2人の活躍で被害が広がっていないんですから」
「信田、あんたもあんたよ!」
突然、新条は机を叩く。
「委員長であるならば! 古河達から提案された時点であたしに一報入れるべきでしょうが! 何の為の『監視員』の肩書きよ!? えぇ!?」
新条の怒声に、信田は決まりが悪そうな顔をする。そして、倉田に助けをすがるような視線を送るが、倉田はそっと目を逸らした。
一方の古河と新山は姿勢を低くして風紀委員会ブースから離れようとしていた。
「そこの2人! まだ話は終わってないわよ!」
新条が呼び止め、2人の背筋がピンと伸びる。