HIGH SCHOOL DETECTIVE サクラの彼ら 作:土居内司令官(陸自ヲタ)
2047年6月11日 午前8時02分、日本皇国 新江戸府 浜崎市 桜見町6-9-30 浜崎市立桜見高校 職員用駐車場。
多くの生徒が登校し、正門をくぐる中、1台の真っ黒なスポーツカーが正門を通る。そして、職員用駐車場へ滑り込む。
「R33ST-Rじゃん」
それを見ていた新山が呟き、目を輝かせる。一方、古河と真岳は呆れた顔をしていた。
「こんなのが生活委員会の覆面パトカーになるなんて、どうかしてるわ」
「秀子ちゃん、本当に買っちゃったんだね……」
真っ黒なスポーツカーが停車し、運転席から鈴川が降りる。そして、誇らしげな表情を浮かべた。
「これが、私の新しい愛車、R33型丹生館 ホライゾンST-Rニグラ400Rだ」
それを聞き、新山が質問する。
「ニグラ400Rって、確か限定仕様のコンプリートカーじゃん。どーしたのそれ?」
「前に丹生館のホームページで限定復刻生産すると載っててな。気になっていたんだが、前のラウンデルが駄目になってしまったから、そのまま勢いでポチッたんだ」
「うひゃあ、行動力あるねぇ」
新山は関心しながら丹生館 ホライゾンST-Rニグラ400R(改BCNR33後期型)を眺める。田基も新山と並んで食い入るようにホライゾンST-Rを観察する。
「買ったままの純正仕様?」
田基が質問すると、鈴川は頷く。
「あぁ。とは言っても、防犯パトカー登録を済ませて無線機も積んであるから、新品そのままという訳でも無いが」
「へぇ。秀ちゃん、今度またどっか走りに行こうよ」
「いいぞ。ホライゾンST-Rなら、FD相手に勝負できるしな」
「R33相手でも、あたしのFDは負けないよ?」
そんな2人の会話に、鈴端は羽崎の脇腹を突く。
「はさみん、『俺も混ぜてよ』とか言わないの?」
「はさみん言うな。俺は走り屋じゃないんだ」
「えー? でも、はさみんのRES-4ってバリバリに改造してるじゃんか」
「あれは追跡用にそうしてるだけだ。峠や高速を攻めるようなセッティングじゃない」
そんな会話が繰り広げられる職員用駐車場へ、道島がやって来た。
「皆さん、どうしたんですか? こんなに集まっちゃって……あら、鈴川ちゃん、遂に届いたんですね?」
道島の声に、鈴川が反応する。
「おはようございます、道島先生。えぇ、私の新しい愛車です」
「R33ST-R、それもニグラ仕様ですか。いい買い物ですね。気分が高揚してきます」
そう言う道島は、駐車場に停められた1台の赤い3ドアハッチバックスポーツカー・丹生館 ラクティ(改RPS13後期型)を指差して微笑んだ。
「今度、手合わせ願えますか?」
「道島先生、それ本気で言ってますか?」
「私だって、若い頃は良く峠を攻めたんですよ? 今もですけど」
それを聞いた古河が首を振る。
「何で現職の教員が走り屋してるのよ……?」
2047年6月11日 午後0時59分、日本皇国 新江戸府 浜崎市 桜見町6-9-30 浜崎市立桜見高校 別棟1階 生徒会室 IPSSブース。
「なるほど、幼馴染の家庭を調べてほしいと」
「はい、お願いします。お金なら、出しますので」
IPSSブースのカウンターで、伊奈本と羽崎の2人は1人の男子生徒と会話をしていた。
男子生徒からの相談内容をノートに記していた伊奈本に、羽崎が小声で囁く。
「伊奈本、家庭のプライバシーに踏み込むような事は出来ないぞ。俺達じゃなくて、児相か市役所の案件だろ?」
その囁きに、伊奈本も小声で反論する。
「役人じゃ、深い所まで探れないじゃん? だからこそのあーしら探偵でしょ?」
「探偵は免罪符じゃないぞ。合法、非合法の線引きを弁えろって言ってんだ」
「大丈夫だって。万が一訴えられるような事があれば、トーちゃんの会社の弁護団でどうにかなるから」
「父親の会社頼みにするな。いくら日本五大財閥の1つである伊奈本財閥の優秀な弁護団でも、裁判沙汰になるとその後の捜査に支障が出るんだよ」
「その辺はさ、ほらそういうグレーゾーンはお得意じゃん?」
「好き好んでグレーゾーンを歩いてる訳じゃない。風紀委員会のバカ共と一緒にするな」
そんな2人の会話に、男子生徒は不安そうな顔を浮かべる。
「あの、引き受けてもらえるでしょうか……?」
「え? あー、大丈夫、大丈夫だから」
伊奈本が答えるが、羽崎が口を挟む。
「申し訳無いが、これは相手方の家族のプライバシーに関わる問題だ。俺達じゃどうーー」
「大丈夫だから! 引き受けるから、大丈夫だって!」
羽崎の口を無理やり塞ぎ、伊奈本はニッコリと笑った。
2047年6月11日 午後3時49分、日本皇国 新江戸府 浜崎市 桜見町6-9-30 浜崎市立桜見高校 別棟1階 IPSSブース。
「全員集まったな。じゃ、会議を始めるぞ」
IPSSブースに集合した調査員達を一瞥した羽崎は、手元の資料をめくりながら口を開いた。
「今回の依頼は、1年A組の島田 聡からだ。内容は、私立アンコローレ学園に通う同い年の幼馴染、吉永 穂奈美の家庭調査だ。どうやら、家庭内暴力、いわゆるDVを受けているらしい」
「それ、私達がやる必要があるのか?」
思わず長倉が質問すると、竹沢が口を挟んだ。
「どう考えても、児相か市役所の仕事よ。浮気調査でも無いのに、探偵が踏み込む領域じゃないわ」
それを聞き、羽崎は頭を掻く。
「俺もそう思ったさ。だけど、社長が引き受けちまったんだからしゃあないだろ」
調査員達は、社長席に座る伊奈本を見る。その視線を感じた伊奈本は、ニッコリ笑ってピースサインを出した。それを見て、調査員達はため息をつく。
「何で受けちゃうかなぁ」
「ホント、金持ちって訳分かんない事するよね」
鈴端と田基が天を仰ぐ。そんな中、棚里がオズオズと手を挙げた。
「あの、アンコローレ学園って浜崎市内唯一の私立校ですよね? そんな所に通うほどですから、お家もそれなりの資産を持っているから、DVなんて起きないんじゃ……」
すると、竹沢が首を振った。
「甘いわね。DVなんて、貧困層特有の問題じゃないわ。どの家庭でも起こり得る問題よ」
「そうそう。僕だって同級生によくぶたれるもん」
鈴端の言葉に、田基が勢いよく彼の頭を叩く。
「それはあんたの所為でしょ」
「ひっでぇ」
そんな中、永合が口を開いた。
「その吉永なら、あたい同中だぜ。なんなら、島田も聞いた事あるぜ」
「本当か?」
羽崎が訊ねると、永合は頷く。
「あぁ。あたいの一個下だが、『仲睦まじい』って有名だったぜ。高校が別々とは初耳だけどな」
「どんな人物だったか、分かるか?」
すると、永合はお手上げの姿勢を取った。
「さぁな。あくまでも一個下の有名人だったってだけで、接点はねぇよ。廊下ですれ違った事はあったかもしれねぇが、顔も知らんしな」
羽崎はため息をつき、手にしていた書類を閉じる。そして、口を開いた。
「とにかく、今は情報収集しかないな。詩織と棚里はアンコローレ学園の生活委員会にコンタクトを取って、学校での事情を聞いてくれ。夕乃、田基、阿川、荒葉は吉永家の監視、他は吉永の交友関係を洗うぞ」
羽崎の指示に、調査員達は席から立ち上がる。そして、職員用通用口へと向かう。
2047年6月11日 午後4時36分、日本皇国 新江戸府 浜崎市 刃金町2-3-4 私立アンコローレ学園。
大きな私立高校の正門前へ、白い3ドアハッチバックコンパクトカー・丹生館 アケボノGTI-R(スポーツコンセプト)がやってくる。正門でライフル銃を片手に立っていた警備員が車を止め、運転席へと近付く。
運転席側のパワーウィンドウが下がり、ハンドルを握っていた棚里は身分証を見せた。
「伊奈本プライベートサーチ&セキュリティの棚里です。こちらの生活委員会に用があって来ました」
棚里の言葉に、警備員は了承する。
「話は伺ってます。では、どうぞ」
ゲートが開き、アケボノGTI-Rは敷地内へと進む。
開けた来客用駐車場へ停車させ、棚里と竹沢が車から降りる。新緑の木漏れ日が2人を照らす。
「浜崎にも、こんな自然豊かな場所があったんですね」
立ち並ぶ木々を見上げる棚里が感嘆していると、竹沢が口を挟む。
「人工構造物の上に造られた人工の森よ? 本物の自然なんて、この海上プラントである新江戸府には一切無いわよ」
「竹沢さん、マジレスやめてください」
「はいはい」
そこへ、純白のブレザーをまとった白髪ロングヘアの少女がやってきた。
「伊奈本プライベートサーチ&セキュリティ社の方ですね?」
そう訊ねられ、2人は身分証を提示する。
「はい、棚里です」
「竹沢です」
すると、白髪の少女も身分証を取り出して自己紹介する。
「私立アンコローレ学園 生活委員会2年生の辺須 莉世(へんす りせ)と申します。お見知り置きを」
「よ、よろしくお願いします……」
「えぇ、こちらこそ」
困惑する棚里を連れ、辺須は校舎へと案内する。
2047年6月11日 午後4時36分、日本皇国 新江戸府 浜崎市 桜見町2-3-8 セフィーロ桜見2階。
桜見駅と直結した商業施設の通路を、長倉と田基が歩く。2人の視線の先は、人混みの中を歩く1人の純白のブレザーと灰色のスカートの女子高生に注がれていた。
「妙じゃないか? アンコローレ学園があるのは北の方の刃金町で、彼女の住所の岸名町もここから北だ、桜見町は遠回りしないと寄れない場所なんだが」
「何か目的でもあるんじゃないの? ほら、あたしらのお年頃なら放課後プラプラしたがるしさ」
2人が会話する中、純白のブレザーの女子高生ーー私立アンコローレ学園 1年3組の吉永 穂奈美ーーは歩く。
そして、通路を曲がった。長倉と田基は一旦その曲がり角を通り過ごし、すぐに立ち止まる。田基がスマートフォンを取り出し、長倉は吉永の後を追う。
田基は取り出したスマートフォンで、羽崎に電話を掛ける。
「もしもし、羽崎君?」
《田基、一体どうしたんだ?》
「セフィーロ桜見で吉永さんを発見して、今尾行してる所なんだけど」
《セフィーロ桜見? アンコローレ学園に通ってて、岸名町に住む人間が寄り道する場所じゃないな》
「でしょ? 桜15系統のバスの車内で見かけて追い掛けたらここに来たんだけど」
《目がいいな。とにかく、何かしらの目的があるだろうな。気付かれるなよ》
「分かってるって。切るよ」
一方、吉永を追う長倉は中年女性とすれ違いながら女子トイレへと入る。4つ並んだ個室の内、2つが埋まっている。長倉も1つに入り、スマートフォンを取り出してチャット形式のSNSアプリ「フミ」を起動した。
[吉永は女子トイレに入っていった]
そうメッセージを送ると、すぐに返信が返ってくる。
[りょーかい。出てきたら連絡するね]
長倉はそれを見て、トイレの水洗音ボタンを押した。
しばらく、田基は通路でスマートフォンを片手に立ち尽くす。すると、彼女の視界の端に純白のブレザーが写った。
すぐにフミで長倉に連絡を送る。
[出てきたよ]
そして、長倉から返事が届いた。
[すぐに出る。見失うな]
「りょーかいっと」
彼女は呟き、スマートフォンを紺色ブレザーの外ポケットに仕舞う。
長倉もトイレの個室から出る。すると、血相を変えた中年女性とすれ違うが、彼女は気にせず田基の所へ向かう。
2047年6月11日 午後4時39分、日本皇国 新江戸府 浜崎市 桜見町1-1-9 浜崎警察署 桜見駅前交番。
「ですから、あなたの銃器登録証を拝見しない限り、こちらも盗難届を受理出来ないんですよ」
「まぁ! あたくしの銃が盗まれたというのに、随分不親切ザマスね!?」
中年女性が、カウンターを挟んで稷原巡査に食い掛かる。稷原は何とか説得しようとするが、女性は聞く耳を持たない。
「おいーっす、遊びに来ましたぁ……何だ、先客がいたのか」
そこへ、軽い口調の新山とタルボットがやって来た。すかさず、稷原は助けを2人に求める。
「新山ちゃん、タルボットちゃん、丁度良い所に。この人、銃が盗まれたというのに登録証を見せてくれないんだよ」
「えぇ? アタシゃそういうの得意じゃないっスよ?」
新山はポリポリと頭を掻き、中年女性に向き合う。
「おばさん、その銃、ちゃんと登録したの?」
すると、中年女性は顔を真っ赤にした。
「まぁ失礼な! ちゃんと登録しております! それに、『おばさん』なんて酷いザマス!」
「今どき『ザマス』なんて聞いた事無いよ……んで、登録してるなら、見せられるよね?」
「それは任意でザマスよね!? こんな無礼な小娘には見せられないザマス!」
「あっそ。じゃ、銃器登録証不携帯の容疑で現行犯逮捕すっから、手出して」
呆れた顔をする新山が手錠を取り出す。すると、タルボットが割り込んだ。
「新山先輩、銃を持っていないのに登録証不携帯罪は冤罪ですわ!」
「お堅いなぁ麗羅ちゃん。このオバハンは一回痛い目に合わないと分かんないよ?」
そんな中、中年女性はパニックに陥ったように叫び出した。
「横暴な警察官に冤罪掛けられましたザマス! 皆さん、この小娘ザマス!」
交番の扉を開け放ち、駅前ロータリーに大声を響かせる。その声に、通行人達が交番の方へ視線を向ける。
「何叫んでんのさオバハン! ちょっ、不当逮捕じゃないからね! 見世物じゃないんだからさぁ!」
交番から飛び出そうとする中年女性を引き止めながら、新山も叫ぶ。
そこへ、雑巾を片手に持った塩岳巡査部長、そして府警本部 捜査一課の佐久井、仁科がやって来た。
「何叫んでるの? ここ、交番だよ?」
塩岳の言葉に、新山が反論する。
「塩岳さぁん、この人どうにかしてくださいよぉ」
「あんた、またバカやったの?」
中年女性の腰をしっかりとホールドする新山を見た佐久井が呟き、仁科が呆れた顔をする。
「違うんスよぉ、このオバハンがですねぇ……」
「言い訳は後、ほらさっさと戻る」
佐久井が新山と中年女性を押し戻し、再び交番の中へ入った。
塩岳と佐久井が中年女性から調書を取る間、新山とタルボットは仁科と会話する。
「天下の捜査一課のお2人がどうしてここにいるんスか?」
「天下だなんて止めてよ。この辺で指名手配犯を目撃したって情報があって、1機捜(第1機動捜査隊)とちょっとお話をしに来ただけだよ。まぁ、空振りだったけどね」
「あら、そうでしたの?」
「うん。それで、風紀委員の2人はここに何か用があるの?」
「いやぁ、単にパトロールついでに寄っただけっスよ。アタシら、普段から塩岳さん達と交流してるっすからね」
「まぁ、地域密着型の風紀委員会としては大事だよね。お姉さん、関心関心」
「仁科さん、だいぶ年上風吹かすようになったっスね」
「まぁ、20代後半に差し掛かると色々考えちゃうよね……今年もまた独身のままかってね……」
突然暗い雰囲気になった仁科に、新山とタルボットは言葉を失う。
そこへ、佐久井が戻ってきた。
「ちゃんと登録はされてたわよ。盗まれたのは.38口径の小型リボルバーで、セフィーロ桜見の2階のトイレに置き忘れたのを思い出して戻ってら、もう無かったと」
佐久井の報告を聞いた新山は、思わず漏らす。
「ドジだなぁ。拳銃をトイレに忘れるかなぁ?」
「警察官でも割とある事だよ。先月、神奈川県警の機捜隊員がコンビニのトイレに拳銃を置き忘れたの、ニュースになったでしょ?」
新山のボヤキに、塩岳が反論した。そして、佐久井が口を開く。
「じゃ、私達は本部に帰るから。後はよろしく」
「分かった。それじゃ」
塩岳が見送り、佐久井は仁科を連れて交番を出ていく。
「アタシらもこの辺でお暇させてもらおうかなぁ? 麗羅ちゃん、行くよ」
「は、はい」
新山とタルボットも交番を出ようとするが、塩岳が呼び止めた。
「待ちなさい。どうせ、あなた達も暇でしょ? 手伝ってくれない?」
「何言ってるんスか、塩岳さん? アタシらは風紀委員会で、落し物係じゃないんスよ」
「風紀委員と言えども、市民の奉仕者でしょ? 新条さんにはお借りするって連絡しとくから」
そう塩岳に言われ、新山とタルボットは目を合わせた。
2047年6月11日 午後5時12分、日本皇国 新江戸府 浜崎市 桜見町2-3-8 セフィーロ桜見1階 警備室。
多くのモニターが並ぶ部屋に、新山とタルボットがいた。
男性警備員がパソコンでモニターに映る防犯カメラ映像を操作する中、その背後に立っていた新山が文句を垂れる。
「何が『手伝って』だよ、ほとんど丸投げじゃんか」
「塩岳さん達も忙しいのでしょう? なら、わたくし達が担当してもおかしくないでしょう?」
「麗羅ちゃん、本当優しいね」
そんな中、警備員がマウスで映像を止めた。そこには、2階のトイレへ通じる通路が映っていた。
「ここでしょうか?」
警備員が訊ねると、新山は頷く。
「そうそう。この後は?」
警備員が再び映像を再生する。中年女性がトイレから出ていき、その後から純白ブレザーの女子高生と長倉がトイレに入っていった。
「あいえぇ!? 長倉ちゃん!? 長倉ちゃん、何で!?」
新山が驚くが、映像は進む。すると、タルボットが口を挟んだ。
「たまたま、でしょうか?」
「うーん、長倉ちゃんならちゃんと交番に届けそうだけどなぁ」
新山が唸るな中、映像は更に進み、純白ブレザーの女子高生がトイレから出てくる。その直後、血相を変えた中年女性がトイレに駆け込み、出てきた長倉とすれ違う。
「あれ、やけにトイレ早くない?」
「確かに、3分と掛かっていませんわね……」
新山の疑問に、タルボットは画面右下のタイムスタンプを見ながら呟く。
2047年6月11日 午後5時16分、日本皇国 新江戸府 浜崎市 岸名町7-7-1-208 オーパ岸名208号室。
家具がほとんど置かれて居ない殺風景な部屋の中、唯一置かれたダブルベッドの上で2人の男子高校生がライフルを伏せて構えていた。
片方はアメリカ製.338口径ブルバップ型ボルトアクション式手動小銃・フィールドテック SHRを構えるスキンヘッドにモヒカンを組み合わせた男子生徒ーー桜見高校 2年生であり、IPSS所属の荒葉 理衣太調査員ーー、そしてその隣にはアメリカ製7.62×51mm口径ブルバップ型自動小銃・ロンテック RBR-308を構える黒髪の男子生徒ーー桜見高校 2年生であり、IPSS所属の阿川 悠斗調査員ーーだった。
2人はそれぞれのライフルに取り付けられたスコープを使い、オーパ岸名の向かいに建つ一軒家を監視していた。
「俺達、いっつもこの役割だよなぁ」
荒葉がライフルを構えたまま呟く。すると、隣の阿川が言葉を返す。
「しょうがないじゃん。僕たち、スナイパーに任命されちゃったんだから。ま、現場を動き回る必要が無いから楽でしょ?」
「こうしてずっと同じ姿勢でいるのも辛いがな」
2047年6月11日 午後6時32分、日本皇国 新江戸府 浜崎市 岸名町7-5付近。
夜の帳が降り始めた閑静な住宅地の路地に、1台のセダンが路上駐車されている。
ダークレッドマイカの4ドアノッチバックボディに3.5L 2GR-FSE水冷V型6気筒DOHC自然吸気内燃機関を組み合わせた後輪駆動のセダン・富木 フレアX350Sをベースに富木自動車株式会社傘下のチューニングショップ「アーキテクト」が手掛けたコンプリートカー・富木 フレアX350S+アーキテクトスーパーチャージャー(改GRX133前期型)であった。
その運転席には、持ち主である長倉が座り、隣の助手席には田基が座っていた。2人は車内から一軒家を見張る。
「今の所、何も無いな」
「結局、セフィーロ桜見では本屋に寄ってちょっと立ち読みしてただけだもんね」
2人はそれぞれ口にし、田基はドリンクホルダーに収めていたペットボトル飲料を手に取る。
その時、長倉のスマートフォンが鳴った。鬱陶しそうに長倉はブレザーの外ポケットからスマートフォンを取り出す。
「電話? 誰?」
田基が訊ねると、長倉はスマートフォンの画面を彼女に見せた。
「新山だ」
「還ちゃん?」
長倉はスマートフォンの画面に触り、電話に出る。
「もしもし、長倉だ」
《もしもしもしもし? 突然なんだけどさ、.38口径のリボルバー見てない?》
電話越しに聞こえる新山の声に、長倉は眉をひそめる。
「突然なんだ? .38口径のリボルバーなら、私の持ち物だが」
《長倉ちゃんが使ってる銃を聞いてるんじゃないよ。セフィーロ桜見のトイレでリボルバー見てないかって聞いてるんだよ》
「見てないな。それで、.38口径のリボルバーがどうしたんだ?」
《いやそれがさ、どうもそのリボルバーをトイレに置き忘れたおバカさんがいるんだけど、肝心のリボルバーが見つかってないんだよ》
「それは大変だな。でも、何で風紀委員が落し物を探してるんだ?」
《塩岳さんに頼まれちゃったんだよぉ。まぁ、見てないならそれでいいんだけどさ》
「要件はそれだけか?」
《そうそう。じゃあねぇ》
直後、電話が切れる。長倉はスマートフォンを耳から離し、怪訝そうな顔を浮かべた。
「全く、騒がしい奴だな」
「還ちゃん、何だって?」
田基が訊ねると、長倉は答える。
「セフィーロ桜見のトイレで落し物を見ていないか、だと」
「還ちゃん、いつから落し物係に転属になったんだろう?」
「桜見交番の塩岳さんに手伝うよう言われたらしい」
「なるほどね」
そんな中、長倉は彼女の後ろ腰に装着されたバックサイドホルスターを意識する。そこには、長倉がバックアップ用に携帯していたアメリカ製.357口径回転拳銃・アボット&レイモンド AR380チェリーブロッサムが収められていた。
本来、長倉 依月はメインアームとしてスイス製9×19mm口径ポリマーフレーム自動拳銃・SAH P82をショルダーホルスターに収めて携行している。が、アメリカのペンシルベニア州 フィラデルフィアの鉄道警察隊で発生した暴発事故により、スイスアームズへーメル社は対応策としてストライカー撃発機構のマイナーチェンジを発表した。長倉はそれへの対応としてP82を馴染みのガンショップに預けていた。その為、今彼女の手元にある武器は装弾数5発の小型リボルバーであるAR380チェリーブロッサムだけであった。
アボット&レイモンド AR380チェリーブロッサム、アメリカの老舗銃器製造会社が護身用として開発した.38口径小型回転拳銃・AR38シェリフスペシャルをベースに日本警察向けに開発されたリボルバーである。スカンジウム合金製のフレームとチタン合金製5連発シリンダーを組み合わせ、軽量化しつつも.38スペシャル弾のみならず.357マグナム弾に対応したモデルである。2020年以降、日本警察は火力増強として自動拳銃へと置き換えつつあるが、比較的小型でありながら充分な威力を持つとして、今なお刑事課や公安課に配備され、同じ仕様の物が市販化されている。
長倉も、このAR380チェリーブロッサムのサイズと威力を気に入ってバックアップ用として購入したのであった。
2人は車内で無言の時を過ごす。すると、今度は田基のスマートフォンが鳴った。
「今度はあたしか……お、羽崎君だ」
田基のスマートフォンには、チャット形式SNSアプリ「フミ」のグループトーク画面が表示されていた。彼女は画面に触り、グループトークに参加する。
「はいはーい、こちら田基と長倉だよー」
《羽崎だ。ちょっと今までに分かった事を共有したくてな。今、吉永は自宅か?》
スマートフォンから聞こえる羽崎の声に、長倉が言葉を返す。
「あぁ、そうだ。セフィーロ桜見の本屋で立ち読みした後、自宅に直行だ」
《そうか。じゃ、今吉永家の前だな?》
「その通り」
羽崎の質問に、田基が答えた。
《じゃ、今こっちで把握している事を言うぞ。吉永と同じ、岸名中学出身の連中に話を聞いて来たんだが、どうも中学3年の時からDVを受けてたらしい》
そこへ、鈴端の声が割り込む。
《証言元はその吉永さんと仲が良かったっていう美術部1年生の子だよ。高校受験模試の後、顔を腫らしていたんだってさ》
《私立アンコローレ学園といえば、新江戸府一の進学校だからな。俺の推測だが、アンコローレの受験を巡っての事だろうな》
《それと、彼女の中学時代の成績なんだけど、アンコローレ学園にはギリギリだったってさ。それと、彼女の父親は相当な見栄っ張りらしくてさ、授業参観の時は高級車で学校に乗り付けて、色々宝石を身につけてたらしいよ。嫌味な成金野郎の典型だねこりゃ》
羽崎と鈴端の報告を、長倉と田基は静かに聞いていた。すると、竹沢と棚里の声も割り込んできた。
《私立アンコローレ学園の生活委員会から事情を聞いてきたわ》
《5月の中間試験の後、彼女は3日ほど休んだそうです。休んだ理由は『風邪の為』との事ですが、その後登校した際の体育の授業で、体に痣があったのを同級生の女子生徒が目撃し、生活委員会にタレコミを入れてます。ですが、家庭の事情には踏み込めないとして、生活委員会は特に何もしなかったそうです》
それを聞き、羽崎が口を挟む。
《ま、生活委員会じゃ無理な話だな。とにかく、これでハッキリした訳だが……》
そこで、羽崎は黙りこくった。
「どうしたんだ、辰美?」
「おーい、羽崎君?」
長倉と田基が訊ねると、羽崎が返答する。
《いや、事情が分かったとしても、俺達には介入できない案件だ。やはり、児童相談所か市役所に丸投げするしかないな》
《そうよねぇ……探偵には不可能な案件よ》
竹沢も羽崎の考えに同調すると、棚里と鈴端が反論する。
《ちょっと待ってください、彼女は被害者であるのは明確なんですよ!? 何でここで手を引くんですか!?》
《そうだよはさみん! それに竹沢先輩も! 依頼者に何て説明するのさ!?》
しかし、羽崎は冷静に説明する。
《暴行罪は申告制だ。本人から被害届が出ない限り、警察も民間調査会社も介入できない。下手な介入は、逆に俺達の立場が危うくなる》
《それで黙って待っていろって言うんですか!?》
《棚里、気持ちは分かるわ。けど、世の中正義心だけでは成り立たないのよ》
《でもさぁ、このまま何もしないって、探偵である意味があるのか?》
《鈴端、お前も落ち着け。お前の正義感も分からないでは無いが、民事に絡む事件は一筋縄では行かないんだよ。とにかく、この時間じゃ両方とも閉まってるから、明日電話しよう。依月、田基、見張り頼むぞ。8時くらいに夕乃と永合が交代に行くから》
そして、グループトークが終了した。
長倉と田基は再び無言になるが、田基の方が口を開いた。
「何か、感触悪い案件だね」
「同感だ」
長倉はそれだけ言うと、ドアハンドルに手を掛けた。
「すまない、ちょっと席を外す」
長倉の言葉に、田基は首を傾げた。
「どっか行くの?」
「お手洗いだ。岸名公園の公衆トイレへ行ってくる」
「りょーかい。見張っとくよ」
「頼むぞ」
長倉はドアを開け、フレアXから降りた。
2047年6月11日 午後6時35分、日本皇国 新江戸府 浜崎市 岸名町7-7-1-208 オーパ岸名208号室。
「お、亭主のお帰りかな?」
ロンテック RBR-308を構える阿川が呟き、荒葉は狙撃眼鏡で見張っていた一軒家のガレージを見る。すると、黒いイタリア製四輪駆動4ドアピックアップトラック・ビアンキーニ ポーラーベア(LM002後期型)が今まさに停車しようとしていた。
「見た事無い車だな。デカいし、何か高そうだな」
荒葉が感想を呟くと、阿川が答える。
「言えてる。鈴端の言ってた通りの成金みたいだね」
「確か、貿易会社の社長だったっけな」
「そうそう。『吉永トレードコーポレーション』っていう、そんなに大きくない会社の社長だよ」
2人が会話する中、ポーラーベアから降りた男性は家の玄関へと向かい、2人の死角となった。
2047年6月11日 午後6時32分、日本皇国 新江戸府 浜崎市 岸名町7-5付近。
フレアXの車内で、田基は1人一軒家を見張る。ガレージに入ったポーラーベアから降りた男性へと視線が注がれる。赤いジャケットに金色の腕時計と、金持ちアピール全開なファッションに、彼女は眉をひそめる。
「ヤダヤダ、ああいう成金センス」
そう呟く中、男性は玄関扉を開けて家へと入る。
そして、怒号が聞こえた。
田基は咄嗟にドアハンドルへ手を掛けて車から降りようとするが、羽崎の言葉を思い出し、留まる。
「探偵は民事不介入……しょうがないけど、でも……」
田基は、家のインターホンを押しに行くか迷う。しかし、先程の通話の事で行く勇気が出ない。
彼女は逡巡していると、突然窓がノックされた。
パワーウィンドウを下げると、警察手帳が視界に入る。そこには、[新江戸府警察 浜崎警察署 桜見高校風紀委員会 櫻樹 真理執行員]と書かれていた。
「櫻樹さんじゃないですか?」
田基がそう言うと、フレアXの左側に立つ櫻樹が車内を覗き込む。
「田基か。何してるんだ?」
「仕事ですよ、仕事。ここの家を見張るよう、依頼されてるんで」
田基がそう言うと、櫻樹とその隣に立つ古河がため息をついた。
「全く、パトロール中に不審な車があるって通報受けて来てみりゃ、長倉の車だったから拍子抜けしちゃったわ」
腕を組む古河が文句を言うと、田基は愛想笑いをした。
「悪いね、手間増やしちゃって」
そこへ、黒色の後輪駆動4ドアハードトップセダン・丹生館 ダフィーネクラブSタイプX(HC35後期型)が近付いてきた。
「あら、305じゃないの」
古河がそう言うと、フレアXの後ろに停車したダフィーネの助手席から新山が降りてきた。
「あ、ルカぁ。それに、これ長倉ちゃんの車じゃん。どうして?」
新山が訊ねると、古河はお手上げの姿勢をする。
「私達は、この不審な車に職質してた所よ。あなたこそ、今日のパトロールは桜見町方面じゃなかったの?」
「いやそれがさぁ、セフィーロ桜見で拳銃無くしちゃったオバハンがいてさぁ、それを拾ったかもしれない女子高生に事情聞きに来たんだよ」
新山の説明を聞き、田基は思わず車から降りて新山に訊ねる。
「その女子高生って、名前分かってるの!?」
「なっつん、いきなりどうしたのさ?」
いきなりの事に困惑する新山に、田基は問い詰める。
「ねぇ、名前は!?」
「いきなり何なの? 怖いよ? 名前はねぇ、確か吉永 小百合だっけ?」
新山の言葉に、ダフィーネの運転席に座っていたタルボットが思わず突っ込みを入れる。
「『吉永 穂奈美』ですわ! 名字しか合っていませんわ!」
「いやぁ悪い悪い。有名人と名前ごっちゃになっちった」
舌をペロッと出す新山に、古河は呆れる。
「一体いつの歌手よ。メグル、年齢詐称してない?」
「失礼だなぁルカぁ。アタシゃれっきとした10代だよぉ?」
そんな中、田基は血相を変えて新山に掴みかかる。
「ねぇ、それってセフィーロ桜見の2階のトイレじゃなかった!?」
「何さ何さ、なっつん。さっきからどうしたのさ?」
田基の必死さに、新山を初めとする風紀委員達は困惑する。
「どうだったの!?」
「確かに2階トイレだったよ。確か、長倉ちゃんも一緒に防犯カメラに映ってたけどさ」
「それ、あたしもそこにいたの!」
「え、えぇ?」
田基の言葉に、新山達は驚く。
「あたし達、吉永 穂奈美がDV受けてるんじゃないかって依頼されてて、彼女を尾行してたの! もし、そこで拳銃を拾ったなら……」
「考え過ぎでしょ。そこで拾ったとして、わざわざ他人の銃で犯行を行うかしら?」
田基の推測に突っ込む古河に、新山は激しく頷く。
「そうそう、ルカの言う通りだよ。だいたい、銃を拾ったとして、珍しい物でも無いでしょ。警察に送り届けてないのは問題だけどさ」
新山がそう言うが、田基は納得がいかない。
その時、銃声が2発鳴った。
風紀委員達は咄嗟にホルスターから拳銃を抜き、姿勢を低くする。
「いきなりドンパチ 岸名店ですかここは!?」
フレアXのリア左側に隠れた新山がそう言うと、古河が突っ込む。
「ステーキじゃなくて鉛玉をくれるなんて、とんだサービスじゃないの」
「冗談言ってる場合じゃないだろ」
そんな2人を櫻樹がたしなめ、無線機で連絡を取る。
「こちら桜見304から浜崎署、岸名町7丁目にて銃声を確認、応援頼みます! どうぞ!」
《浜崎署、了解。浜崎署から全移動へ、岸名7丁目にて銃撃事案発生。近い移動は急行願います、どうぞ》
そして、一軒家から1人の少女が飛び出してきた。すぐに古河は銃口を向けて叫んだ。
「風紀委員よ! 止まりなさい!」
右手でブレナン B2023を構え、左手を胸の前に置く古河の瞳は、まっすぐ少女を捉える。
怯えた表情の少女は、そのまま車道へと飛び出し、向かいにある岸名公園へと駆け込む。
「ルカ、麗羅! 追って!」
古河の指示に、新山は頷き、タルボットを連れて岸名公園へと向かう。一方の古河と櫻樹はそれぞれ拳銃を構え直し、一軒家へと向かう。
敷地内に入り、古河と櫻樹は外壁に背を付けて玄関に近付く。2人は頷き合い、古河は玄関扉に手を掛ける。そして、開け放った。
即座に櫻樹が飛び出し、手にしていたアメリカ製.45口径ポリマーフレーム自動拳銃・ビードンウェッバー パトリオットを屋内へと向ける。
照明が照らす玄関内は、散々たる状態だった。男性が靴置きにもたれ掛かるように倒れ、その奥の廊下には女性が倒れているが、両方とも出血している。櫻樹は左手で男性の首元に触れるが、既に脈拍は弱くなっていた。
古河は男性を超えて屋内へと進む。ブレナン B2023を小さく構えつつ、家屋内に人物が居ないか捜索を始めた。
新山、タルボット、田基の3人は岸名公園の中を疾走する。ポツポツと置かれた街灯が公園を照らすが、3人以外に人影は見当たらない。
「どこ行っちゃったのさぁ、全く」
イタリア製.40口径自動拳銃・ベルティーニ 90-4を右手で持つ新山が呟く。イタリア製9×19mm口径自動拳銃・ベルティーニ 94Gエレクトを手にしたタルボットと、ベルギー製5.7×28mm口径ポリマーフレーム自動拳銃・SFエルスタル P5728CRMを持つ田基が公園を見渡すが、動く影は無い。
そして、再び銃声が聞こえた。
3人は銃声が聞こえた公衆トイレへと走る。
「動くな! 風紀委員だ!」
アンダーマウントレールに装着したドイツ製ウェポンライト・カラーチェ PLFレーザーサイト付ピストルライトを点灯させたベルティーニ 90-4を構える新山が叫ぶ。
その銃口を向けた先、公衆トイレの裏手には、アボット&レイモンド AR380チェリーブロッサムを手に立ち尽くす長倉がいた。その姿を認め、新山達は銃口を下ろす。
「何だ、長倉ちゃんか」
「全く、脅かさないでくださいまし」
新山とタルボットはそれぞれ拳銃をホルスターに仕舞う。しかし、硝煙と別の匂いが鼻を襲う。
「この匂い……怪我したの?」
SFエルスタル P5728CRMを握り締めた田基が訊ねるが、長倉は身動き一つしない。
「長倉ちゃん? 一体何があったのさ?」
新山が問い掛けると、ようやく長倉は3人の方を振り返る。その彼女の顔面には、鮮血が飛び散っていた。
それを見て、タルボットと田基は言葉を失う。一方、新山は長倉の足元に見える物に気付いた。新山がしゃがみ、スマートフォンの懐中電灯機能で照らすと、そこには先程家から飛び出してきた少女が倒れていた。その右手には小型リボルバーが握られ、頭部は見るも無惨な状態だった。
「殺したの?」
新山が静かに問う。しかし、長倉は答えなかった。
2047年6月12日 午前8時45分、日本皇国 新江戸府 浜崎市 桜見町6-9-30 浜崎市立桜見高校 本校舎2階 2年C組教室。
「では、ホームルームを始めましょう」
教壇に立った道島が教室を眺める。いくつか空席が目立つが、すぐに鈴端が説明する。
「ゆうな先生ー、はさみんと長倉さん、あと古河さんと新山ちゃんですけど、浜崎署の方に呼び出されてるので欠席でーす」
「何かあったんですか?」
「さぁ?」
道島の質問に鈴端はとぼけるが、真岳と鈴川は怪しむ。
「どうせ何かの事件でしょ。昨日の岸名町の一家殺人事件とか」
「このタイミングだもんな。それだろう」
そんな2人の言葉に、鈴端は引き笑う。
「や、やだなぁ2人共。そんな訳無いじゃん」
すると、道島が注意する。
「ホームルーム中ですよ。私語は慎んでください」
「はい、すんません」
鈴端達が姿勢を正すが、教室内はまだザワついていた。道島は咳払いし、静粛を求める。
「やっと静かになりましたね。では、今日の注意事項ですが、2限目の世界史は担当の蛇喜多先生が急な仕事が入ってしまった為、自習となります。皆さん、ちゃんと自習してくださいね。特に、前回の中間試験で赤点を取った古河ちゃんと新山ちゃん……は、いませんでしたね。それと、自動車通学の注意点として、浜崎警察署の方から小言を頂いています」
粛々とホームルームが進む。そんな中、鈴端は窓の外を眺める。梅雨らしく、どんよりとした空が広がっていた。
2047年6月12日 午後0時16分、日本皇国 新江戸府 浜崎市 城先町5-2-5 浜崎警察署3階 刑事課室。
夢川と馬庭が、八洲に報告する。
「昨日の岸名町の事件ですが、死亡したのは吉永 寿さん、吉永 早織さん、そして2人の娘である吉永 穂奈美さんの3人、いずれも同一拳銃から発射された.38スペシャルのソフトポイント弾で、吉永 穂奈美さんが握りしめていた拳銃とライフルマークが一致しています」
「第一目撃者の1人、IPSSの田基調査員が、銃声がする前に吉永家から怒号が聞こえたと報告がありまして、またIPSSは吉永 穂奈美さんがDVを受けていたという疑惑で調査していたようです」
それを聞いた八洲は唸る。
「フムン。つまり、吉永 穂奈美さんは日常的にDVを受けていて、遂には拳銃で両親を射殺してしまったものの、家の前に既に風紀委員がいた事からパニックを起こして岸名公園に逃走、そして自殺した……という訳か。これは、被疑者死亡で送検するしかないな」
そこへ、琉田がやってきた。
「長倉ちゃんから調書取れました。公衆トイレから出た所で吉永 穂奈美さんと遭遇し、彼女が拳銃を手にしていた事から咄嗟に自分も銃を抜いてしまい、そして彼女はそれでパニックになって自殺をしてしまったと……」
それを聞いた夢川は呟く。
「まぁ仕方ないよな。目の前に銃を持った人間が現れたら、そうしちゃうよ」
「でも、目の前で死なれたら、結構堪えますよね……」
強行犯係の刑事達は黙ってしまう。
2047年6月12日 午後0時27分、日本皇国 新江戸府 浜崎市 城先町5-2-5 浜崎警察署屋上。
雨が降り始め、コンクリートを濡らす。そんな中、長倉は屋上で立ち尽くしていた。髪も服も、雨に濡れようが彼女は構わなかった。そして、右手に握り締めたアボット&レイモンド AR380チェリーブロッサムの撃鉄を右親指で起こし、自身のこめかみに銃口を向ける。
そして、引き金を引いた。
しかし、弾が発射されない。振り返ると、羽崎が左人差し指を撃鉄に挟んでいた。撃鉄の先、尖った撃針が彼の人差し指に突き刺さる。
「たつ……み……」
長倉が弱々しい声で呼ぶ。羽崎は長倉からアボット&レイモンド AR380チェリーブロッサムを取り上げ、引き金を引きながら撃鉄を戻す。
「依月、何早まった事してるんだ」
羽崎は静かに言う。雨が2人を濡らす。
「私は……私は、救えなかった……探偵失格だ……」
長倉が俯きながらそう言う。すると、羽崎は彼女の顎を引き上げ、目線を合わせる。
「いいか、あの時点で俺達に出来る事は何も無かった。そもそも、探偵だろうと警察官だろうと、その仕事は基本的に『手遅れ』なんだ。俺達は、その中で最善の結果を出すしかない」
羽崎の言葉に、長倉は押し黙る。そんな彼女の頬を雫が垂れる。
そして、羽崎は長倉を抱き締めた。
「お前まで死のうとするな。責任を負うなとは言わん、だが責任の取り方が違うだろ。お前が死んだら、誰が悲しむ?」
その言葉に、長倉は泣き叫ぶ。ビシャビシャに濡れた彼女の体を羽崎は抱き締め、頭を撫でる。
そんな2人を、屋上へ向かう階段の塔屋から古河、新山、竹沢が眺めていた。
「おーおー、妬けるねぇ、青春してるねぇ」
新山が茶化すように言うと、古河が彼女の頭を叩く。
「何言ってるのよ」
「ルカぁ、酷くない?」
抗議する新山を差し置いて、古河は竹沢に問い掛ける。
「いいんですか、放っておいて?」
すると、腕組みをしていた竹沢は口を開く。
「いいのよ。あの2人はそういう仲なのよ」
それを聞いた新山は驚く。
「えっ、マジっスか?」
「えぇ、本当よ」
竹沢が答えるが、古河は納得いかないように羽崎達を眺めていた。