HIGH SCHOOL DETECTIVE サクラの彼ら   作:土居内司令官(陸自ヲタ)

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第6話 記憶

 2047年7月6日 午前0時14分、日本皇国 新江戸府 浜崎市 根本町6。

 

 岸名運河に架けられた橋を街灯が照らし、その下を1台の車がゆっくりと進んでいた。

 ゴールドツートン色の後輪駆動2ドアノッチバッククーペ・丹生館 パンテーラ3.0ブレンネロ(UF31AZ2後期型)であった。ナンバープレートには[新江戸330 も 54-17]と表記され、車内には着脱式赤色灯、車載無線機、サンバイザー固定式フラットビーム前面赤色灯が用意された、れっきとした覆面パトカーである。丹生館自動車株式会社が1980年代に「ハイソサエティカーブーム」に乗っかって開発した後輪駆動2ドアノッチバッククーペ・丹生館 パンテーラ3.0ウルティマターボ(UF31後期型)をベースに、イタリアの自動車デザイン企業「ジェンナーリデザイン」が手掛けた車で、直線主体の前期型から丸みを帯びた後期型を更に丸くしたデザインが特徴である。そのエンジンはベースのパンテーラ3.0ウルティマターボと同じ3.0L VG30DET水冷V型6気筒DOHC過給器付内燃機関だが、その咆哮は無かった。

 そんなパンテーラ3.0ブレンネロの後ろには、新山と古河がいた。2人は白いYシャツの上から風紀委員会指定の防弾チョッキを纏い、車を押している。

「全く、パトカーのガス欠なんて聞いた事無いや」

 車を押す新山がそうボヤくと、同じく車を押す古河が突っ込む。

「何で……ガソスタに寄らなかったのよ?」

「しょうがないじゃんか、こう忙しかったら寄る暇も無かったんだしさぁ、だいたいこの辺にガソスタ無いでしょ」

 新山が反論した時、橋の下り坂でパンテーラ3.0ブレンネロは勝手に走り出す。

 2人は寄り掛かる所を無くして地面に倒れ、制御を失った車は無人状態で走る。そして、ゴミ収集所に突っ込んで止まった。

 古河と新山は急いでパンテーラ3.0ブレンネロに駆け寄り、新山は運転席側のドアに蹴りを入れる。

「自動制御ブレーキでも付けとけよ、丹生館さんよぉ!」

 その新山の叫び声が閑静な住宅街に響き渡り、沿線の家の2階の窓が開いた。

「うるさいわね! 今何時だと思ってるの!?」

 窓から身を乗り出した女性の叫びに、古河と新山は首を竦める。

「警察呼ぶわよ!」

 女性はそう吐き捨て、窓を閉める。それを見上げていた2人は顔を見合わせる。

「警察を呼ぶ、だってさ」

 新山がそう呟くと、古河はため息をついた。

「是非とも呼んでほしいわね……全く、こんな時に無線機もスマホもバッテリー切れだなんてツイてないわ」

 それを聞き、新山は運転席側のドアを開けて車内に滑り込む。そして、助手席側グローブボックスに取り付けられた無線機に手を伸ばした。

「こちら桜見303、桜見高校、浜崎署、応答願います。浜崎署? 桜見高校? ちょっと、誰か返事してよ」

 無線機のマイクを握り締める新山は問い掛けるが、返事は無い。

「その無線機、壊れてるんじゃないの?」

 車に寄り掛かった古河の言葉に、新山は顔をしかめる。

「止めてよぉルカ。だってちゃんと無線機のランプついてるんだよ……あれ、消えちゃった」

 新山が反論する中、先程まで無線機のランプに灯っていた光が消えてしまう。

「どうしよう、ルカ?」

 新山が訊ねると、古河は答えた。

「メグル、あなた小銭持ってる?」

「そりゃ持ってるけどさ。何、コイントスでもしようって言うの?」

「この近くにあるはずの公衆電話まで行ってきてくれないかしら?」

「ルカが行けばいいじゃんか」

「ここで車が盗まれないか見張る必要があるのよ」

「それ、アタシでもいいじゃん」

 強情な新山に、古河は再びため息をつき、ズボンのポケットに入れていた財布を取り出す。

「じゃ、お望み通りコイントスで決めましょう」

 古河は財布から50円玉を取り出す。そして、新山に訊ねる。

「どっちにする?」

「んじゃぁ、桜が描いてる方」

「オッケー」

 古河は50円玉を上へ放り、それを右手の甲でキャッチし、左手で隠す。固唾を飲み込む新山が見つめる中、古河が屈んで左手を退かす。そこには、花の模様が描かれた面を上にした50円玉があった。

「やった、アタシの勝ち!」

 ガッツポーズをする新山に、古河が冷や水を掛ける。

「メグル、これは桜じゃなくて菊よ。だから私の勝ち」

「ルカぁ、いくら何でもそれは無くない?」

「だってあなた、『桜が描かれている方』って言ったじゃない」

「いやでもさぁ……分かったよ」

 新山は文句を垂れながらも運転席から立ち上がろうとした時、車に衝撃が走る。

 ドスンという音と振動で車が震え、屋根がベッコリと凹んだ。

「何何?」

 新山が立ち上がって車から降りる。そこには、言葉を失った古河が立ち尽くし、車の屋根を見ていた。新山も吊られて振り返ると、パンテーラ3.0ブレンネロの屋根に少女が座っていた。

「え、何これ? 降ってきたの?」

 新山が困惑しながら訊くと、古河は頷く。

「えぇ、落ちてきたの」

 2人は車上の少女を見る。茶髪の三つ編みに、白いワンピース姿で、黒いトランクケースを抱いている。そして、2人に訊ねた。

「あなた達、誰?」

 その問い掛けに、新山は答える。

「誰って、見れば分かるでしょ。アタシら風紀委員だよ?」

 そう言って、新山は自身の防弾チョッキを指差す。そこには、[PREFECT]という金色の刺繍が施されたパッチが取り付けられている。

「風紀委員? という事は、お巡りさん?」

 少女の質問に、古河は頷く。

「えぇ、そうよ。あなた、何で落ちてきたのかしら?」

 古河が逆に問いただすと、少女は首を傾げながら答えた。

「分からないの。ただ、怖い人に追い掛けられて」

「怖い人?」

 新山も首を傾げるが、古河が彼女の肩を叩いた。

「メグル、あなたちょっと見てきなさいよ」

 そう言って、目の前に建つマンションを顎で示した。新山は抗議する。

「何でアタシなのさ?」

「あら、さっきのコイントスの結果、忘れたのかしら?」

「……わーったよ、行ってくりゃいいんでしょ」

 新山は諦め、ホルスターからベルティーニ90-4を取り出してマンションへ掛けていった。

 

 一方、車に残った古河はタバコを取り出し、マッチを擦って火を着ける。そして、紫煙を吐き出した。少女はパンテーラ3.0ブレンネロの屋根の上で座りながらそれを見る。すると、古河が口を開いた。

「そういえば、あなたの名前を訊いてなかったわね。お名前は?」

 すると、少女は首を横に振った。古河は眉をひそめる。

「どうして? 名前ぐらい教えてくれてもいいじゃないの。ちなみに、私は浜崎市立桜見高校 風紀委員会の古河 來よ」

「……分からないの」

 少女のか細い声に、古河は反芻する。

「分からない? 名前くらいあるでしょう」

「分からないの。どうして、ここにいるかも……」

 その言葉に、古河は1つの可能性を見出す。

「あなた、記憶喪失ね?」

 そこへ、息を切らした新山が帰ってきた。

「ちょっとちょっと、誰もいなかったんだけどぉ?」

 帰ってくるなりそう言う新山に、少女は否定する。

「嘘よ! だって、2人に追い掛けられてたんですもの!」

「2人ぃ? 共用廊下には人っ子一人もいなかったゾぉ?」

 疑う新山に、古河は言葉を返す。

「このマンションの住民かもしれないでしょ」

「でもさぁ」

 新山が言葉を返そうとした時、サイレン音が耳に届いた。2人は口を閉じ、耳を澄ます。

「これ、パトカーだね」

「えぇ。この近くで事件があったのかも」

 2人は頷き合い、古河はタバコを投げ捨て、少女を車から降ろす。

 そして、サイレン音のする方へ少女を連れて走った。

 

 

 

 2047年7月6日 午前0時26分、日本皇国 新江戸府 根本町7-2-1 根本第一公園。

 

 閑静な住宅街にパトカーのサイレン音が響き渡り、赤色灯の光が眩く辺りを照らす。

 公園の茂みを警察官達が取り囲み、鑑識官達が地面を這いずり回る。そこへ、白手袋を嵌めた夢川と永尾がやってくる。

 2人は規制線の前に立つ制服警官に挨拶し、規制線を潜る。そこには、1人のスーツ姿の男性が仰向けに倒れていた。白いYシャツの胸部は赤く染まり、それが照明に照らされていた。

「今日の当番は夢川と永尾だったか」

「こんな夜に殺しだなんて、ツイてないね」

 男性の遺体の傍に立っていた2人の男性が、夢川と永尾に声を掛ける。夢川はお辞儀をし、言葉を返した。

「全くですよ。それで、身元は?」

 すると、立っていた2人の片方、黄色いスーツにサングラスの男性ーー新江戸府警察 刑事部 第1機動捜査隊 浜崎方面捜査班の高見 稔巡査部長ーーは首を振った。

「財布もケータイも無し。胸を拳銃で1発ズドンとやった後、持っていったんじゃないかな」

 すると、その隣の黒いスーツにサングラスの男性ーー新江戸府警察 刑事部 第1機動捜査隊 浜崎方面捜査班の牧村 健巡査部長ーーは否定した。

「物取りの犯行にしては、不可解な点が多いな。正面から撃っているし、その割には踏み荒らした後が少ない」

 すると、古河が口を挟んだ。

「私なら、背後から撃つわね」

「となると、このガイシャとホシは知り合いで、オヤジ狩りじゃなくて怨恨による犯行って事?」

 更に新山も口を挟み、夢川は頭を抱えた。

「何で風紀委員の2人がいるんだよ……?」

 そんな夢川のボヤきに、古河と新山は悪びれる事無く言い返す。

「野暮用で近くにいたんですよ」

「そうっスよ。それに、アタシらだってちゃんと捜査権あるっスからね」

 すると、牧村は高見の肩を叩き、夢川に声を掛けた。

「夢川、ここは頼むぞ。ミノル、俺達は聞き込みだ」

 高見はそれに答える。

「オッケー、マキ。それじゃあね」

 2人は規制線から出て、公園の目の前に止めていた覆面パトカーのゴールドツートン色の2ドアノッチバッククーペ・丹生館 パンテーラ3.0ウルティマ(UF31前期型)へと向かった。

 

 そして、残された夢川は古河と新山を見る。

「野暮用って何だい?」

 夢川の質問に、古河が答える。

「2週間前、根本埠頭で起きた覚醒剤密輸の件を追っていました」

「それ、府警本部の組対に引き継いだ筈だけど?」

 永尾が口を挟むと、新山は反論する。

「そうは言っても、アタシらが見つけたヤマっスよ? アタシらが追わなきゃ示しがつかないじゃないっスか」

「だからってなぁ……」

 夢川が言い掛けた所で、古河が言葉を重ねる。

「それに、記憶喪失の少女を保護したんですよ」

「そうそう。それに、アタシらの覆面、ガス欠しちゃった上にスマホも無線機もバッテリー切れしちゃって、大変だったんスよ?」

 新山の言葉に、夢川と永尾は首を傾げる。

「記憶喪失?」

「何処にいるの?」

 2人の言葉に、古河と新山は辺りを見渡す。

「やだなぁ、さっきまでここに……あれ?」

「何処行っちゃったのかしら?」

 古河と新山が辺りを探すが、警察官しか見当たらない。

「おかしいなぁ、一緒にいたんスよぉ?」

 新山の言葉に、青ざめた永尾が訊ねる。

「まさか、幽霊じゃないよね?」

「何言ってるんスか永尾さん。いくら夏だからって、覆面パトカーに降ってくる幽霊なんて聞いた事無いっスよ」

 そんな2人のやり取りに、夢川が口を挟む。

「と、とにかく夜遅いし、一旦署に戻ろう。ね、ね?」

 必死に覆面パトカーへ戻ろうとする夢川に、新山が声を掛ける。

「あれ、夢川さんもそういうの駄目なんスか? つぅか、幽霊じゃないっスよ。だってアタシらの覆面の屋根がべコンと凹んだんスよ」

「いいからいいから、早く戻ろう」

 夢川と永尾は、古河と新山の背中を押して規制線の外に出る。そしてそのまま浜崎44号車であるブラッキッシュレッドマイカの4ドアセダン・富木 ラウンデルロイヤルキャビン(GRS182前期型)へと向かった。

 

 

 

 2047年7月6日 午前11時06分、日本皇国 新江戸府 浜崎市 城先町5-2-5 浜崎警察署3階 刑事課室。

 

 窓が開け放たれ、蒸し風呂のような暑さで包まれた部屋に、刑事達や高校生達が集まっていた。

「殺された男性ですが、歯型から身元が判明しました。佐伯 守、36歳、吉永トレードコーポレーションの社員です」

 夢川の報告に、長倉は俯く。それを見ていた琉田は夢川の脇腹をつついた。

「先輩、その社名は禁句ですよ」

「しょうがないでしょ、被害者がそうなってるんだからさ」

 2人のやり取りに、羽崎が口を挟む。

「まぁまぁ。それで、凶器は?」

 すると、古河は怪訝そうに口を開く。

「探偵が仕切らないでよ」

「別にいいだろ、浜崎署から正式に業務委託を受けてんだからよ」

「それは人手が足りない時でしょ。今は引っ込んでなさいよ」

 突如始まった古河と羽崎の口喧嘩に、新山と鈴端が慌てて割り込む。

「どうどうどう、ルカ」

「はさみんもちょっと黙ってなよ」

 古河と羽崎はまだ口喧嘩をしようとなるが、強行犯係の刑事達の視線に気付き、押し黙った。

 改めて、夢川が口を開く。

「……凶器は9×19mm フルメタルジャケット弾、ライフルマークにマエはありません。また、現場の薬莢からベイサイドアーモリー製と判明しています」

「ベイサイドアーモリー、地元企業じゃないっスか」

 新山の言葉に、倉田が頷く。

「あぁ。荘北市の企業だが、新江戸府警に弾薬を納入している。ま、市販もしているけどな」

 すると、今まで黙っていた八洲が立ち上がった。

「購入者から当たるのは無理だな。夢川達はガイシャの交友関係を当たってくれ。風紀委員会は付近の目撃情報の聞き込み、IPSSはそのサポートに回ってくれ」

 その指示に、刑事達と高校生達が呼応する。しかしそこへ、交通課の水原巡査部長がやってきた。

「新条警部補、ちょっとよろしいでしょうか?」

 水原に呼び掛けられた新条は首を傾げる。

「わたし?」

「えぇ。根本町の住民から、ゴミ収集所に覆面パトカーが突っ込んだままと、苦情が来まして。レッカー移動してもよろしいでしょうか?」

 それを聞き、古河と新山は即座に姿勢を低くし、刑事課室から出ていく。

 一方の新条の眉は釣り上がる。

「何号車?」

「303号車です」

 水原から聞いた新条は、怒りを滲ませながら風紀委員達に問いただす。

「昨日303号車を使ったのは?」

 思わず風紀委員達は視線を逸らし、倉田が恐る恐る口を開いた。

「あー……古河と、新山ですが……」

「古河! 新山!」

 新条が怒鳴るが、既に2人の姿は無い。すると、琉田があっけらかんと声を出す。

「2人なら、なんか姿勢を低くして出ていきましたよ?」

「大至急連れ戻しなさい!」

 浜崎警察署3階に、新条の大声が響き渡った。

 

 

 

 2047年7月6日 午前11時23分、日本皇国 新江戸府 浜崎市 城先町5-2-5 浜崎警察署 緊急車両用駐車場。

 

 多くのパトカーが停められた駐車場へ、夢川と琉田が出てくる。

「全く、あの2人は困ったもんだよ」

 夢川が愚痴り、琉田は頷く。

「本当ですよねー。『自由奔放』って言葉は2人の為にあるようなものですよ」

 言い合いながら、2人は浜崎43号車であるダイヤモンドシルバーメタリックの後輪駆動4ドアセダン・丹生館ホライゾン350ST-8(PV35前期型)が停められているはずのスペースへ近付く。しかし、そこは空いており、ホライゾン350ST-8の姿は無い。

「あれ、43号車が無い」

 夢川は驚く。

「先輩、43号車の鍵って受け取りましったっけ?」

 青ざめる琉田が訊くと、夢川も青ざめる。

「そういえば、交通課から借りてないな……」

「じゃ、鍵差しっぱなしだったって事ですよね……?」

「言うな琉田ちゃん。盗まれたなんて決して言わないでよ……」

 そこへ、桜見608号車である青色の後輪駆動4ドアセダン・富木 ノーブレRS200Z(SXE10後期型)が近付き、運転席側のパワーウィンドウが下がる。そして、永合が顔を出した。

「何やってるだよ、2人して」

 永合の問い掛けに、夢川は振り返る。

「永合ちゃん、ここに停めてあった43号車知らない?」

 夢川が質問すると、ノーブレRS200Zの助手席に座る戸坂が答えた。

「それなら、さっき古河と新山が乗ってましたよ?」

 それを聞き、夢川と琉田の眉が釣り上がった。

「あの2人……!」

 

 

 

 2047年7月6日 午前11時29分、日本皇国 新江戸府 浜崎市 関中町7 新江戸街道。

 

 大通りを、丹生館 ホライゾン350ST-8が疾走する。純正リアウィングとカーナビテレビ用TA型アンテナが装着された4ドアノッチバックセダンのハンドルを、新山が握る。

「何で根本埠頭へ向かうのさ? 殺しの方は追わなくていいの?」

 新山が訊ねると、助手席に座った古河が答える。

「例の覚醒剤密輸の件、あの辺りには吉永トレードコーポレーションの倉庫があるのよ。そして、今回社員が殺されたのは、そこから程近い根本第一公園……繋がりが無いとは思えないじゃない」

「考えすぎじゃないの?」

「決め付けは良くないわ。関係があるのか無いのか、ハッキリさせるのも仕事の内よ」

「へいへい」

 2人を乗せたホライゾン350ST-8は西へ向かって走る。

 

 

 

 2047年7月6日 午後0時32分、日本皇国 新江戸府 浜崎市 根本町6-3-8 レイション根本6丁目店 駐車場。

 

 青地に白い樽のシルエットが目印のコンビニ「レイション」の駐車場に、3台の覆面パトカーが停車している。

 1台は桜見304号車、ドアミラーの代わりに銀色のフェンダーミラーを装着したダークブルーパールの後輪駆動4ドアハードトップセダン・丹生館 キリエグランツーリスモ250SV(MY34中期型)。

 その隣には桜見606号車、鈴端の愛車であるホワイトパールクリスタルシャインの四輪駆動4ドアセダン・富木 ラウンデルファイターSi-Four(GRS211前期型)。

 更に隣は桜見612号車、棚里が所有するホワイトパールの前輪駆動3ドアハッチバックスポーツコンパクトカー・丹生館 アケボノGTI-R(スポーツコンセプト)。

 そして、その3台の周りには櫻樹、滝本、鈴端、羽崎、棚里、竹沢の6人が集まっていた。

「じゃ、そっちも収穫無しか」

 櫻樹の問い掛けに、IPSSの4人は頷く。

「まぁしょうがないですよ。夜遅かった訳ですし、起きてた人間も数える程な上、その人達もゲームやテレビに集中していて、外なんか見てなかったんですから」

 鈴端の説明に、棚里が言葉を続ける。

「辛うじてあった目撃情報も、結局は桜見303号車のお2人の騒動でしたし。何の成果も無し、ですよ。それにしても、そのお2人は浜崎43号車を盗んで何処に行ってしまったんでしょうか?」

 その言葉に、羽崎は口を挟む。

「奴らの事だ、何かしらの手掛かりで動いているだろう。連絡無しは考えもんだが」

「本当だよ。迷惑掛けられる側も考えて欲しいものだよ」

 滝本の意見に、櫻樹と竹沢が深く頷く。

 すると、2台の車が新たにコンビニの駐車場へ入ってきた。

 片方はホワイトパールの後輪駆動4ドアハードトップセダン・丹生館 キリエ2.0ブロアムJ(Y33後期型)、もう片方はブラックパールの後輪駆動4ドアハードトップセダン・丹生館 ダフィーネクラブSタイプX(HC35後期型)であり、両方とも桜見高校 風紀委員会の覆面パトカーである。

「302と305ですね」

 滝本がそう言い、櫻樹が頷く。2台はそれぞれ駐車スペースに止まる。そして、根川、霞籘、タルボット、絵島の4人が降りた。4人は6人の姿を認め、近寄る。

「何ですか、ここはいつから警察施設になったんですか?」

 根川の質問に、櫻樹は苦笑する。

「たまたま集まっちまっただけだよ。そっちは収穫あったか?」

 すると、霞籘とタルボットは首を横に振った。

「目撃情報、全然ありませんでした」

「こちらも同様ですわ。夜分遅かったのもあって、あってもパトカーのサイレン音で気付いたとかその程度でしたわ……」

 更に、絵島も付け加える。

「マル目から当たるってのは空振りですよ。浜崎署の進展に期待するだけですね」

 その時、全員の無線機が一斉に鳴った。

《浜崎署から全移動へ。根本埠頭 浜崎税関署跡にて銃撃事案発生。現在、浜崎43が対応中。至急急行願います、どうぞ》

「桜見304、及び302、305、606、612、了解。急行します、どうぞ」

 櫻樹が答え、高校生達は各々の覆面パトカーへ戻って乗り込む。

 そして、それぞれ赤色灯や青色灯を屋根に載せて、慌ただしくコンビニの駐車場から飛び出していった。

 

 

 

 2047年7月6日 午後0時36分、日本皇国 新江戸府 浜崎市 根本町2-3-6 根本埠頭 浜崎税関署跡。

 

 現在では元巻埠頭へと移転した浜崎税関署跡の廃墟に銃声が鳴り響く。

 複数の弾痕が着いた浜崎43号車、丹生館 ホライゾン350ST-8の左側には、拳銃を手にした古河と新山が隠れているが、そこへ容赦なく弾丸の嵐が降り注ぐ。

「借りパクしてきた覆面を穴だらけにしやがって!」

 新山が悪態をつくが、銃撃の最中2人は身動きが取れない。

 そこへ、複数のサイレン音が近付く。振り返ると、複数のパトカーが走り寄ってきていた。

 桜見304号車、丹生館 キリエグランツーリスモ250SVがホライゾン350ST-8から少し離れた所で停車し、他のパトカーもそれに続いて停車する。そして、多くの高校生や警察官がパトカーから飛び出した。

 その内の1台である青色灯を載せた桜見609号車、ダークブルーマイカメタリックの前輪駆動5ドアハッチバックワゴン・富木 ソルプレッサi-S(ACT10後期型)から降りた荒葉と阿川はそれぞれ手にしたドイツ製.45口径短機関銃・ドナウアー&クルト MMP-45とアメリカ製ブルパップ型7.62×51mm口径自動小銃・ロンテック RBR-308で廃墟へと応射し、銃声が増える。

 その援護の元、櫻樹はホライゾン350ST-8へと近付き、古河と新山に訊ねた。

「一体何がどうしてこうなったんだ!?」

「怒鳴らないでくださいっスよ、パイセン!」

 新山が両耳を塞ぐ中、古河は説明する。

「根本埠頭で彷徨いていた不審者に職質掛けようとしたら、いきなり逃走してこの有様ですよ。訳分からないのは私達もです」

 それを聞き、櫻樹は嘆く。

「全く、浜崎署の覆面車をボロボロにして『分かりません』とはな……絵島! 盾を用意しろ! 他は何でもいいから銃を持て!」

 櫻樹の指示で、絵島は丹生館 ダフィーネクラブSタイプXのトランクスペースからライオットシールドを取り出す。他の高校生達も覆面パトカーのトランクスペースから自動小銃を取り出し、槓杆を引いた。

 

 そして、ライオットシールドを構えた絵島を先頭に、根川、霞籘、タルボットが続き、廃墟に近付く。車に残った他の高校生達は各々自動小銃で廃墟を銃撃し、援護する。

「こちら305、入口に到着。これから突入します」

 絵島が連絡し、櫻樹が答える。

《了解。気を付けろよ……あ、おい! 古河! 新山!》

「マコさん?」

 突然無線機の向こうから聞こえた櫻樹の怒声に、絵島は質問する。すると、櫻樹は答えた。

《バカ2人が勝手にそっちへ行った! 羽崎、お前らでバカ共のケツを拭いてきてくれ!》

《了解です。鈴端、詩織、棚里、ついてこい!》

 無線機越しのやり取りに、絵島はため息をついた後に廃墟のエントランスへと入っていく。その後から、絵島の右肩に左手を置く根川達も続く。

「根川、右! 霞籘は左を確認!」

 絵島の指示で根本と霞籘はそれぞれ別れ、拳銃を片手にエントランス内を確認する。昼間だというのに暗いエントランス内には4人以外に動く物は無い。

「クリア!」

「クリアです!」

 安全を確認した2人はすぐに絵島の後ろへ戻り、絵島はエントランスの奥の廊下へ進む。

 

 一方、空いていた窓から廃墟内へと入った古河と新山は背中を合わせて廊下の両方へと拳銃を向ける。

「クリア」

「こっちもクリアだよ。そんで、どう探す?」

 新山の問い掛けを背中越しに聞いた古河は、フッと笑って答えた。

「決まってるでしょ。銃撃された3階へ向かうわ」

「オーライ」

 そこへ、自動小銃片手に窓を乗り越える羽崎がやってきた。

「何で2人だけで行こうとするんだよ」

 窓を乗り越え、アメリカ製ブルパップ型5.56×45mm口径自動小銃・プレストン CDRを構え直す羽崎の文句に、古河は鼻であしらう。

「これは私達のヤマよ。邪魔はさせないわ」

「さっきまで車の陰で縮こまってた癖によ。俺達もついて行くぞ」

「……勝手にしなさい」

 古河の声に、羽崎は肩をすくめる。そして、同じく窓から入ってきた鈴端達に指示を出す。

「シックスフォーメーションだ。俺が先頭に立つ。鈴端と棚里は側面、詩織は後方を頼む」

「りょーかい」

「はい」

「えぇ、任せて」

 6人は羽崎を先頭に陣形を組み、廊下を進む。

 

 絵島達は階段を上がり、2階へ到達する。

「根川、上階を。霞籘は廊下の右、麗羅は廊下の左」

 絵島の指示で、3人は散らばる。根川は上階へ向かう階段を、霞籘とタルボットは廊下を警戒する。

「上階クリア」

「廊下、クリアです」

「こちらもクリアですわ」

 再び4人は陣形を組み、絵島達は2階の廊下を進む。

 すると、動く人影が廊下の奥に見えた。絵島は叫ぶ。

「風紀委員会だ!」

 そして、右手だけで保持したアメリカ製10×25mm口径自動拳銃・ケネット デルタエレクトレールをライオットシールドの右端から出して発砲する。他の3人もそれぞれ拳銃を構えて銃撃する。

 しかし、人影はすぐに右側の部屋へと隠れる。

「くそっ、こちら305! 2階にてマル被発見!」

《こちら606、南側から向かい、挟み撃ちにするぞ。誤射するなよ》

「305了解!」

 絵島は連絡を終え、右手のケネット デルタエレクトレールを一旦防弾チョッキのホルスターに仕舞い、右親指でマガジンキャッチボタンを押す。そして、8連弾倉を外してブレザーの右外ポケットに収める。

「根川、あーしの左側からマガジン取って」

「分かった」

 絵島の声に根川は呼応し、左手で絵島の左腰に装着されている3連マグポーチへ手を伸ばし、8連弾倉を1本取り出した。

「ほらよ」

「あんがと」

 絵島の右肩へと差し出された8連弾倉を右手で受け取り、彼女はそれをケネット デルタエレクトレールの銃把へと挿入する。すると、廊下の向こう側から羽崎達6人が向かってくるのが見えた。

 絵島は右手でハンドサインを出し、左側の部屋を指し示す。羽崎は頷き、部屋の入口近付くまで移動する。

 そして、ライオットシールドを構えた絵島を先頭に部屋の中へ突入する。

「風紀委員会だ!」

「銃を捨てろ!」

「無駄な抵抗はやめろ!」

「もう諦めてくださいまし!」

 突入した10人は口々に叫びながら部屋の中で散開する。それらの視線と銃口は、部屋の中にいた1人の男性に集中する。

「分かった! 撃たないでくれ!」

 男性は持っていた小型短機関銃を投げ捨て、両手を挙げる。

「羽崎、カバーしてくれ」

「了解」

 イスラエル製9×19mm口径ポリマーフレーム自動拳銃・IFI イェリコ945を構えた根川が男性に近付き、羽崎がその後ろからプレストン CDRの銃口を男性に向ける。

 男性の身体検査をし、ショルダーホルスターに収まっていた弾倉を取り上げ、それを捨てる。そして手錠で後ろ手に拘束する。

 一方、竹沢は床に転がっていたイスラエル製9×19mm口径小型短機関銃・IFI カトラーピストルによく似た何かを拾い上げ、口を開いた。

「イスラエル製の純正品じゃなくて、三流メーカーのコピー品じゃないの。それも、わざわざフルオート出来るように無理矢理改造しちゃって。あらら、もうフレームがガタガタじゃないの」

 その言葉を聞き流した古河は、男性に問い詰める。

「何で職質を拒否したのよ? こんな違法銃を持ってたから?」

「あぁ、そうだよ」

 男性が答えるが、古河は彼の胸倉を掴んだ。

「それだけじゃないでしょ? どうして吉永トレードコーポレーションの倉庫付近を彷徨いていたのよ?」

「良しなよルカぁ。この場で問い詰めたって吐く訳ないでしょ」

 新山が仲裁に入り、古河は手を離す。そして、根川と霞籘が男性を連れて部屋を出ていった。

 

 拘束された男性を、応援に来た新江戸府警察 地域部 警邏課 第1警邏隊の白黒4ドアセダンパトカー・富木 ラウンデルロイヤル(GRS210前期型)の後席に乗せ、その隣に警察官が座る。そして、パトカーはそのまま浜崎警察署へ向けて走り出した。

 一方、櫻樹は古河と新山を地べたに正座させていた。

「それで、浜崎署の覆面車を穴だらけにして、一体お前らは何してたんだ?」

 櫻樹の質問に、新山が答える。

「やだなぁパイセン。決まってるじゃないですか、捜査っスよ、捜査」

「ほーん? お前らに割り当てられていた303号車をガス欠で放置した挙句、浜崎署から43号車を盗み、更にそれを穴だらけにして自走不可能にしてまで、捜査が大事か?」

 その言葉に、古河と新山は押し黙る。

「そもそも、僕達風紀委員会は目撃情報を集めるよう言われてたはずだが、何故事件現場から離れた根本埠頭にいる?」

「あー、それはですねぇ……ルカ、何とか言ってよ」

 新山が古河の左脇腹をつつくが、古河は首を振る。

「今の櫻樹先輩に色々言っても無駄よ」

「ほぉう、分かってるじゃねぇか。大方、この近辺であった覚醒剤密輸事件を勝手に追ってたんだろ?」

「さすがパイセン!」

「煽てりゃ僕の怒りが収まると思ったのか?」

 そこへ、竹沢が口を挟む。

「ねぇ、ちょっといい?」

「あ? 何か用か?」

 眉がつり上がった櫻樹が聞き返すと、竹沢は頷く。

「えぇ、ちょっとね。今、桜見高校に、古河ちゃん当ての電話が掛かっているのよ」

「私?」

 古河は首を傾げるが、新山は揶揄うように口を開く。

「浜崎署の人でしょ? 『43号車をどうしてくれるんだ』ってさ」

「それはお前だろ、新山」

 櫻樹の正論に、新山は首をすくめる。しかし、竹沢は首を振った。

「いえ、違うわ。『怖い人に追い掛けられてるから、関中町の喫茶ノワールまで来て』って内容らしいわ」

 それを聞き、古河はすぐに立ち上がる。

「メグル、運転して!」

「オーライ!」

 2人はすぐ側にあった丹生館 キリエグランツーリスモ250SVに乗り込む。

「おい! 話は終わってないぞ! 304を勝手に持っていくな!」

 櫻樹の呼び止めも虚しく、古河と新山が乗り込んだキリエグランツーリスモはそのまま走り去ってしまった。

 

 

 

 2047年7月6日 午後1時01分、日本皇国 新江戸府 浜崎市 関中町5。

 

 赤色灯を載せ、サイレンを鳴らす丹生館 キリエグランツーリスモ250SVは交差点を左折し、新江戸街道から路地へと入る。そして、雑居ビルの前で停車した。

「喫茶ノワールはこの辺だけど……」

 そう新山が呟いた時、車が衝撃で揺れた。2人が車から降りると、車の屋根に白いワンピースの少女が座っていた。

「またあなたね」

 古河が呆れながら訊ねると、少女は雑居ビルを指さして口を開いた。

「昨夜の人にまた追い掛けられたの!」

 それを聞き、古河は新山を顎で指示する。

「へいへい」

 新山は不服ながらも雑居ビルへ向かう。

 一方の古河は、少女に訊ねた。

「ねぇ、あなた。一体誰なのよ? 何処から来たのよ?」

 しかし、少女は首を横に振る。

「分からないの……風紀委員さん、私は、誰なの?」

「私に分かる訳無いでしょう。何で追われるのかも分からないの?」

 すると、少女は口をつぐんだ。

「何かあったのね?」

「分からないの……昨夜、公園からずっと追われてて……」

 その言葉に、古河はピンと来た。

「公園……根本第一公園ね? そこで何を見たの?」

「男の人が言い争ってて、銃声がして……そしたら、追われて……」

 すると、新山が戻ってきた。

「やっぱり誰も居ないよ。あーあ、これで2台目だよ。またまた屋根がベッコリ凹んじゃってさぁ」

 すると、古河は新山に向かって口を開いた。

「メグル、彼女は重要参考人よ」

「重要参考人? 何の?」

「昨夜の根本第一公園の殺しよ。彼女、一部始終を見てたんですって」

「そいつはラッキー」

 そして、2人は少女を屋根から降ろし、後席に座らせた。

 

 

 

 2047年7月6日 午後1時36分、日本皇国 新江戸府 浜崎市 桜見町6-9-30 浜崎市立桜見高校 別棟1階 生徒会室 風紀委員会ブース。

 

「この、大馬鹿者!」

 生徒会室に、新条の怒鳴り声が響く。部屋にいた高校生達は思わず耳を塞ぐ。

 風紀委員会 顧問席の前に立つ古河と新山が首を竦める中、新条は2人を怒鳴る。

「303号車をガス欠で放置して屋根凹ませて、43号車は盗んだ上に蜂の巣にされ、その上304号車まで屋根を凹ませて、どれだけ迷惑掛けりゃ気が済むのよ、えぇ!?」

 すると、新山は言い訳を口にする。

「しかしですねぇ、あかりさん……」

「言い訳しないでちょうだい! だいたいね、命令無視して一体何やらかしてるのよ!」

 その覇気に、2人は黙る。

「全く、署長に説明する私の立場も考えてちょうだい! 今日は謹慎してなさい!」

 新条は捨て台詞を残し、生徒会室から出ていった。

 古河と新山はそれぞれ自分の机に戻り、引き出しからカップラーメンを取り出すと、タルボットが休憩スペースからヤカンを持ってきた。そして、2人のカップラーメンに熱湯を注ぐ。

「サンキュー、気が利くじゃん」

 新山がお礼を言うと、タルボットは返事をする。

「どういたしましてですわ。それにしても、お二方は『懲りる』という言葉をご存知でして?」

「アタシの辞書にそんな言葉は無いよ。ねぇ、ルカ?」

 タルボットの文句を流す新山の問い掛けに、古河は頷く。

「そうね。こんなのでへこたれるようなら、風紀委員失格よ」

「お前ら、加減ってものをいい加減に把握しろ」

 開き直る2人に櫻樹が文句を言う中、倉田と鎌谷が生徒会室に戻ってきた。

「おかえりー」

「『ただいま』だろ。春日部市の5歳児みたいな言い間違いをするな」

 鎌谷の小ボケに櫻樹が突っ込む中、倉田が口を開いた。

「例の記憶喪失の少女な、今は警察病院で検査を受けてる。それと、浜崎署の刑事達が聴き込んだんだが、特に有力な情報は得られなかった」

 その報告に、風紀委員達はガクッと肩を落とした。

「姐さん、そりゃ無いっスよ。せっかくの手掛かりだっていうのに」

 新山が文句を言うと、倉田は彼女の額をピシャリと叩く。

「しょうがないだろ、記憶喪失だし、深夜の公園だったんだからな」

 

 3分経ち、古河と新山は割り箸を割ってカップラーメンの蓋を開けた。

「こうなると、彼女が一体何者なのか、思い出してもらうしか無いわね」

 ラーメンを啜りながら、古河は呟く。すると、新山が言葉を返した。

「でも、どうやって? 手掛かりは一切無いんだよ?」

「簡単よ。浜崎市内を連れ回って、記憶のピースを組み立てるのよ」

「ふーん……何処をどう回るのさ?」

「それはあなたが考えなさい」

「何でアタシなのさ? 言い出しっぺなんだからルカが考えなよ」

「駄目よ。私は覚醒剤密輸の方を当たるから」

「懲りないねぇ」

 面談室の扉の方を向きながらラーメンを啜る2人の背後で、新条は新山の席の隣、鎌谷の席に座る。それを見ていた風紀委員達は咄嗟に耳を塞いだり、後ずさりする。

「やっぱり覚醒剤が絡んでると思うのよ、この事件」

「でもさ、夢川さんの言ってた通り、覚醒剤の件は府警本部に引き継いじゃったんだよ? それを末端のアタシらがほじくり返したら、あかりさんのストレスが溜まってヤケ酒起こして、肝硬変でバタンキューだよ? 寝覚めが悪くなっちゃうじゃん」

「全然悪くならないわよ。あなた、変な所で繊細なのね」

「誰が肝硬変でコロリですって?」

 突然聞こえた新条の声に、古河と新山の箸が止まる。振り返ると、そこには額に青筋が浮いた新条が座っていた。

 新山の目が泳ぎ、言い訳を口にする。

「いや、『ストレスあかり』っていう漫画の観光編というパートでですね、主人公が毒キノコを食べちゃってパタンキューとなっちゃうっていう展開はアリかなぁって話してただけっスよ」

「何言ってるの? さっき、あたしが言った事を覚えてるの?」

 新条の質問に、古河が向き合う。

「えぇ、『今日一日謹慎』ですよね?」

「明日もよ。というか、この事件の捜査からあなた達2人を外す。以上」

 それだけ言い残し、新条は顧問席へと戻る。

 2人は目線を合わせ、肩をすくめた。

 

 

 

 2047年7月6日 午後2時19分、日本皇国 新江戸府 朱夢市 壇摩町2-1-6 新江戸府警察病院 来客用駐車場。

 

 自走式立体駐車場に止められた富木 ラウンデルファイターSi-Four(GRS211前期型)の車内に、鈴端と羽崎がいた。2人はそれぞれ、チェコ製5.7×28mm口径自動拳銃・MZC MZ-57とスイス製10×25mm口径自動拳銃・SAH P75ハンターの薬室を確認していた。

 チェコスロバキア時代を代表する傑作自動拳銃・MZC(モラヴィア造兵廠) MZ-75をベースに、ベルギーのSFエルスタル(エルスタル造兵廠)が開発した5.7×28mm SF180弾を使用できるようにモラヴィアファイアアームズ社(略称は造兵廠時代から継承したMZC)が開発したのがMZ-57である。全体のフォルムはMZ-75の近代化改修モデルであるMZ-75Sに似せたアンダーマウントレール付フレームを持たせつつ、スライド上面の排莢口前方には同社初のポリマーフレーム自動拳銃・MZC MZ-95と同じチャージングデバイスを設け、ベルトに引っ掛ける事で片手でのコッキングを可能とした実戦仕様である。羽崎はこれに、至近距離戦闘用のマズルスパイクガードやオーウェル社製トリチウムサイト、シュアフラッシュ社製F400Uレーザーサイト付ピストルライトを取り付けている。彼が拳銃用弾薬として普及している他の弾薬ではなく、敢えて5.7×28mm口径を選んでいるのは、対ボディーアーマー貫徹能力ではなく、その弾薬の細さから生まれる多装弾数からであり、深い意味は無い。

 一方、鈴端はフィンランドのノスラ社が開発した高火力拳銃弾・10×25mm ノスラオート弾の持つストッピングパワーを重視しており、スイスの名門銃器製造会社・スイスアームズへーメル社(SAH)の傑作自動拳銃P75のバリエーションモデルであるP75ハンターを選択していた。P75自体、スイス軍や日本皇国軍に9×19mm弾仕様が制式採用されていた実績を持っており、単列弾倉から復列弾倉へと設計を変更したP76も世界中の軍特殊部隊で採用されており、その信頼性と集弾性は折り紙付きである。また、マニュアルセーフティを持たずにデコッキングレバーのみを備えるという設計も鈴端が選んだ理由だった。咄嗟の撃ち合いでは、コンマ数秒の違いが生死を別ける。その状況を考えれば、セーフティレバーを操作せずに引き金を引くだけでいいP75の設計は理にかなっていた。羽崎のMZC MZ-57(及びMZ-75の派生型)はダブルアクショントリガーを備えながらも、セーフティにデコッキング機能を持たせずに撃鉄を起こしたまま安全装置を作動させるコック&ロックとは真逆の考えである。

 2人は拳銃をヒップホルスターに仕舞い、羽崎は左手首のスマートウォッチを見る。すると、鈴端が口を開いた。

「まさか、探偵の僕達が人攫いの真似事をするなんてね」

「しょうがないだろ。事件解決の為にひと騒動起こせって言ってんだからよ」

 羽崎の言葉に、鈴端は苦笑する。

「事件解決の為に事件を起こすなんて、本末転倒じゃない?」

「時間だ、行くぞ」

 2人は真っ黒な目出し帽を被り、車から降りる。

 

 警察病院のエントランスは、閑散としていた。

 そこへ、2人の目出し帽を被った全身黒ずくめの男がやって来て、片方は天井へ向けて拳銃を発砲した。

 突然の銃声に、警察病院はパニックに陥る。2人は次々にエントランスにいた人々へ銃口を向けつつ、階段を登る。

 

 

 

 2047年7月6日 午後2時22分、日本皇国 新江戸府 朱夢市 潤多町9-1-1 新江戸府警察本部9階 本部指令センター。

 

「府警から朱夢市内の全移動へ。警察病院にて銃撃事案発生、現在怪我人の情報はありませんが、入院検査を受けていた氏名不明の女性が誘拐された模様。被疑者は男性2名、身長180cm程で黒い上下に黒の目出し帽を着用、両者とも拳銃で武装。女性を誘拐した後、白のセダンで逃走したとの事です。ナンバー、新江戸 36H マッチのま 20-30。近い移動は捜索を願います、どうぞ」

 

 

 

 2047年7月6日 午後2時23分、日本皇国 新江戸府 朱夢市 壇摩町6。

 

 府道15号線を北上していた丹生館 アケボノGTI-Rの車内に、傍受していた警察無線の音声が流れる。それを聞いていた棚里はハンドルを強く握るが、助手席の竹沢は何か引っ掛かっていた。

「新江戸36H ま 20-30の白いセダン……」

「どうしたんですか、竹沢さん?」

 棚里が質問すると、彼女は左手を顎に当てた。

「どっかで見た気がするのよねぇ、そのナンバーの車……」

「白いセダンなんて、良く見掛けるじゃないですか。それに、分類番号にアルファベットなんて、珍しいものではないでしょう? 私のこの車だって『3F0』ですし、竹沢さんの車も同じじゃないですか」

「それはそうなんだけど、何か引っ掛かるのよねぇ……記憶に靄が掛かっているような気がして、もどかしいのよ」

 2人がそんな会話をする中、アケボノGTI-Rは新江戸府警察病院へ向けて走る。その時、対向車線を走る1台の白いセダンに2人の目が止まる。

 それは、世界最大手の自動車製造会社・富木自動車株式会社の代表する後輪駆動4ドアセダン・ラウンデルシリーズの中でも、「リボーンラウンデル」のキャッチコピーを持つS210系の四輪駆動のスポーツグレード・富木 ラウンデルファイターSi-Four(GRS211前期型)であった。他グレードはハイブリッドシステムを組み込む中、硬派な2.5L 4GR-FSE水冷V型6気筒DOHC自然吸気内燃機関のみを搭載し、6速オートマチックを組み合わせたその車に、2人は確かに見覚えがあった。そして、ナンバープレートも[新江戸36H ま 20-30]で一致している。

 棚里は左手でサイドブレーキレバーを引き上げ、車体をスピンさせる。車重を支える20インチ大径タイヤが叫び、白煙を撒き散らす。そして1.6L MR16DDT水冷直列4気筒DOHC過給器付内燃機関機関が唸り、純正200馬力のパワーでラウンデルファイターを追尾する。

 

「不味いなぁ、棚里ちゃんの車だよ」

 ハンドルを握る鈴端がルームミラーで後ろを見る。そこには、青色灯を載せたアケボノGTI-Rが追い掛けてくる様子が映っていた。

「関係ないさ。このまま合流地点へ向かえ」

 後席の羽崎がそう指示し、鈴端は「りょーかい」と返す。その羽崎の右手に握られたMZC MZ-57の銃口は、右隣に座る白いワンピースの少女へと向けられていた。

 

 

 

 2047年7月6日 午後2時38分、日本皇国 新江戸府 浜崎市 鶴目町5-3-8。

 

 新江戸環状バイパスの高架下の空き地へ、ラウンデルファイターSi-FourとアケボノGTI-Rがやって来る。

 しかし、既に赤色灯を屋根に載せた丹生館 ダフィーネクラブSタイプXに寄りかかった新山が待ち受けていた。その手には、イタリア製のポンプアクション式手動散弾銃・ペアーノ ステラタクティカルが握られている。

 停車したラウンデルファイターから目出し帽を被ったままの鈴端と羽崎、そして白いワンピースの少女が降りる。羽崎は左手で少女の左腕を掴み、右手の拳銃を少女のこめかみに当てていた。

「その子を離しな、外道」

 新山はそう呟き、ステラタクティカルの先台をスライドさせる。薬室へと散弾実包が送り込まれる無機質な金属音が響く。

「へっ、警察の子犬ちゃん1人じゃないか。そんなんで僕達に勝てると思うのか?」

 SAH P75ハンターを手にした鈴端がそう言うと、新山はステラタクティカルを構え、鈴端へ銃口を向ける。

 急停車したアケボノGTI-Rから棚里と竹沢も降り、それぞれ拳銃を取り出す。

「一体何考えているんですか!?」

 イタリア製.357口径回転拳銃・トゥリーナ リノセロンテを構える棚里が叫ぶ。しかし、羽崎はそれを無視し、新山に向かって口を開いた。

「こっちには人質がいるんだ。撃てるもんなら撃ってみろ」

 そして、羽崎はMZC MZ-57の銃口に装着されたマズルスパイクガードを少女のこめかみへ押し当てる。少女は怯えた表情で震えていた。

 

 すると、新山は躊躇いなく引き金を引いた。

 

 ペアーノ ステラタクティカルの銃口から火が吹き出し、鈴端は倒れる。そして、新山の左手は素早く先台を再びスライドさせて排莢、そして装填動作を行い、羽崎に銃口を向けて引き金を引いた。

 

 羽崎と鈴端が倒れ、棚里と竹沢が呆気に取られる中、新山は少女の元へ駆け寄り、その左腕を取ってダフィーネクラブSタイプXの助手席に座らせる。そして、運転席へ回って乗り込み、そのまま走り去った。

 

「辰美!」

「羽崎さん! 鈴端さん!」

 取り残された棚里と竹沢は、倒れた羽崎の元へ駆け寄る。すると、羽崎は呻きながらも立ち上がった。

「痛ってぇな、やっぱビーンバッグは堪えるな」

 2人が驚く中、羽崎は腹部をさする。出血はしておらず、足元には小さな白い麻袋が転がっていた。

 竹沢がそれを拾い上げ、カラクリに気付いた。

「何よ、暴徒鎮圧用のビーンバッグ弾じゃない。心配させないでよ」

「いくら防弾チョッキ着てても、12ゲージのバックショットなんか喰らいたくないからな。鈴端、いつまで寝てるんだよ」

 羽崎がそう言うと、丸まった姿勢で倒れたままの鈴端が口を開く。

「かわい子ちゃんのキスじゃないと起きれない……」

「じゃ、そのまま寝てろ」

「そりゃ無いだろ、はさみん」

「はさみん言うな」

 そして鈴端も起き上がり、羽崎に文句を垂れる。

「いいよなはさみんは。美人な彼女がいて、その上女の子達に慕われているんだからさ」

「嫉妬するなら、お前も彼女作ればいいじゃねぇか」

「そりゃ努力はしてるけどさ、もう会話してくれる子が知り合いしかいないんだよぉ……」

「ナンパのし過ぎなんだよ」

 そんな2人の与太話に、棚里が口を挟む。

「一体何なんですか? 何でこんな真似をしたんですか?」

「そうやれって、アイツに言われたんだよ」

「アイツ?」

 羽崎の返しに、棚里は首をひねる。

 

 

 

 2047年7月6日 午後2時41分、日本皇国 新江戸府 浜崎市 曙町7。

 

 岸名町へと向かう市道6号線を、ダフィーネクラブSタイプXは北上する。

「いやぁ、誘拐されるなんて災難だねぇ」

 ハンドルを握る新山が呑気に言うが、後席の少女はまだ怯えた顔をしていた。

「そういやさ、何か思い出した?」

「何をですか……?」

「自分の名前とかさ、何で公園にいたのか、とかね」

 新山はルームミラーを見ながら尋問するが、少女は首を振る。

「いえ、何も……」

「そっかそっか。まぁ、ゆっくり思い出しなよ」

 そう言った時、新山の目はルームミラー越しに見える後ろの車に止まった。

「……ちょっと荒っぽくなるよ」

 新山はそれだけ言って、シフトレバーをドライブレンジからセカンドレンジへ倒す。そして、アクセルペダルを踏み込んだ。搭載された2.0L RB20DE水冷直列6気筒DOHC自然吸気内燃機関が唸り、155馬力のパワーで1.4tの車体を加速させる。

 そんなダフィーネクラブSタイプXを、1台の黒色の4ドアハードトップセダンが追い掛ける。

 

 

 

 2047年7月6日 午後2時43分、日本皇国 新江戸府 浜崎市 関中町8-9-1 アコード関中ビル前。

 

 新江戸街道の路肩に停車した、富木 フレアX350S+アーキテクトスーパーチャージャーの左後ろのドアが開き、古河が車から降りる。そして、目の前の雑居ビルを見上げた。

「本当にいいの? 謹慎中なんでしょ?」

 すると、助手席側の窓から田基が声を掛けた。古河ははにかむ。

「私が真面目に謹慎すると思ってるの?」

「……無いとは思ってたけどさ、あたしらまで怒られるのは勘弁だからね」

 田基はそれだけ言い、窓を閉める。そして、フレアX350S+アーキテクトスーパーチャージャーは発進していった。

 見送った古河は、雑居ビルへと足を踏み入れる。

 

 

 

 2047年7月6日 午後2時46分、日本皇国 新江戸府 浜崎市 曙町3-1-2 タイマー曙3丁目駐車場。

 

 自走式立体駐車場の中を、ダフィーネクラブSタイプXは疾走する。しかし、並走していた黒色の4ドアハードトップセダンはダフィーネの前へ回り込み、停車する。新山はブレーキペダルを踏み込み、ダフィーネを急停車させる。

「車に残ってて」

 シートベルトを外した新山はそう言い残し、ドアを開けて車から降りる。正面に横向きに止まった黒色の4ドアハードトップセダン・丹生館 フランシス250LV-4から2人の紺色ブレザーを着た少女が降り、新山を睨む。が、その頭部は黒いストッキングで覆われていた。

「次々と変質者ばっか現れちゃってさ……喰らえ!」

 新山が2人へと飛び掛り、乱闘が始まった。ストッキングで変装した2人の女子高生が倒れ、その上に新山がのしかかる。

「2人相手だろうと負けないゾコラ!」

「2人に勝てるわけないだろ!」

 のしかかられた青髪ショートヘアの女子高生が叫ぶ。新山も、彼女の胸倉を掴みながら叫び返す。

「バカヤローお前、アタシは勝つゾお前!」

 すると、青髪ショートヘアの女子高生の下敷きになっていた黒髪ロングへアの女子高生が悲鳴を上げる。

「どけかっちゃん! 拳銃出せ!」

 その言葉で、青髪ショートヘアの女子高生はブレザーの内ポケットから鉄扇を取り出すが、黒髪ロングヘアが頭を叩く。

「馬鹿! それ扇子だよ!」

 慌てて青髪ショートヘアは鉄扇を仕舞い、ショルダーホルスターから拳銃を出そうとするが、新山に転がされる。そして、黒髪ロングヘアへと新山が掴みかかる。

「離せコラ! あ"ーっ!」

「シュバルゴ! 抵抗するな!」

 新山は黒髪ロングヘアを引き上げ、立たせる。そして、小声で呟いた。

「姐さん、殴って殴って」

「本当に?」

 黒髪ロングヘアが聞き返すが、新山は頷く。そして、黒髪ロングヘアは右腕を振りかぶる。が、その前に新山の右ストレートが彼女の顔面に命中した。

 黒髪ロングヘアは吹き飛び、地面を転がる。そして、新山は余韻に浸るが、青髪ショートヘアが後ろから抱きついた。

「あーやめろ、お前、何処触ってたんだ!?」

 新山が叫ぶが、青髪ショートヘアの右手は新山の右胸を握っていた。

「いいカラダしてるじゃないか!」

「おめー、オンナの乳揉んで喜んでじゃねぇよお前!」

 新山の叫びも虚しく、青髪ショートヘアの右手は新山の乳を揉みしだく。そして、その左手は新山の下半身へと伸びた。

「いいケツしてるじゃんかぁ」

「何だお前、オンナ大好きなのかよ!?」

 2人がナニかを始めた頃、よろよろと立ち上がった黒髪ロングヘアが叫んだ。

「2人共! いないんだけど!?」

 その言葉に、新山と青髪ショートヘアははっとする。振り返ってダフィーネを見ると、既に車内は無人だった。

「あちゃあ」

 新山から手を離した青髪ショートヘアは、ストッキングを脱ぎながら呟いた。

 

 

 

 2047年7月6日 午後3時18分、日本皇国 新江戸府 浜崎市 桜見町6-9-30 浜崎市立桜見高校 別棟1階 生徒会室 風紀委員会ブース。

 

「一体どれだけ不始末を重ねるのよ!?」

 生徒会室に新条の怒鳴り声が再び響く。そんな彼女の前には、倉田、鎌谷、羽崎、鈴端の4人が立たされていた。

「重要参考人を誘拐して、挙句見失うなんて、うちどころか浜崎署きっての大問題よ! 府警本部になんて報告すればいいのよ全く!」

 ヒートアップする新条の怒鳴り声に、倉田が抑えようと手を出すが、新条はそれを払い除ける。

「だいたい、副委員長であるあんたも何やってるのよ!?」

「あ、いえ、その、新山に頼まれまして……」

 倉田が苦し紛れに言い訳をすると、新条は自分の机を叩く。

「じゃあその新山は何処行ったのよ!? あと、古河も居なくなってるじゃない!? 謹慎の話は一体どうなったのよ!?」

「あかりさん、そんな怒鳴ると、血管がプッツンしますよ?」

 鎌谷が口を挟むと、新条は彼女を指差す。

「じゃあそうならないように、自重しなさい!」

 

 一方、生活委員会ブースでは、真岳と鈴川が耳を塞いでいた。

「今日も酷いな」

「全く、還と來ちゃんの所為だよ。耳栓買わないと」

 

 

 

 2047年7月6日 午後3時39分、日本皇国 新江戸府 浜崎市 桜見町1-1-1 国営鉄道 臨港線 桜見駅北口。

 

 バスロータリーがある南口とは反対側にある小さな改札口・北口に、白いワンピースの少女がいた。彼女は改札口の近くにあるコインロッカーに近付き、左手首に装着していたリストバンドの中から、鍵を取り出す。そして、一番下の段にある8番ロッカーを開けた。

 その中には、1つのトランクケースが入っている。彼女はそれを引き出し、抱える。すると、視線に気が付いた。

 振り返ると、黒いスーツに無精髭の男がすぐ後ろに立っていた。その顔を見て、少女は硬直する。

「やっぱり、俺の顔に見覚えがあったか」

 男はそれだけ言うと、少女の右腕を掴む。そして、引っ張った。

「嫌だ、助けて!」

「喚くな!」

 少女が叫び、男は彼女の顔をビンタする。

 そこへ、2人の女性警察官が駆け付ける。

「そこ! 何やってるんですか!?」

 それは、桜見駅前交番の塩岳巡査部長と稷原巡査であった。2人の姿を見た男は、少女を連れて北口ペデストリアンデッキの階段を駆け下りる。

「待ちなさい!」

 塩岳が叫び、2人も続いて階段を駆け下りるが、既に男達は車に乗り込んで走り去っていた。

 呼吸を整える稷原の隣で、塩岳は無線機のマイクのボタンを押す。

「こちら浜崎14から浜崎署! 桜見駅北口にて誘拐事件発生! 黒いスーツ、身長180cmほどの男性が白いワンピースの160cmの少女を連れて車で逃走! 車種は白のミニバン、ナンバーは新江戸510 手紙のて 36-25! 国道716号線を元巻埠頭方面へ逃走しました! 至急追跡願います、どうぞ!」

 

 

 

 2047年7月6日 午後3時40分、日本皇国 新江戸府 浜崎市 多賀町6。

 

 府道9号線を東進していた丹生館 ダフィーネクラブSタイプXの無線機が、浜崎署から流れる音声を出していた。

《浜崎署から各移動へ。桜見駅北口にて誘拐事件が発生。白いワンピースの女性が連れ去られ、白いミニバンで国道716号線を元巻埠頭方面へ逃走中の模様。なお連れ去られた女性は、根本第一公園殺人事件の重要参考人の可能性あり。元巻埠頭近辺に緊急配備発令》

 それを聞いていた新山は、アクセルペダルを踏み込む。しかし、燃料計の針は[E]に程近く、燃料不足警告灯が点滅していた。

 新山は舌打ちし、沿線沿いのガソリンスタンド「エネガス 浜崎多賀サービスステーション」に立ち寄る。

 しかし、そのガソリンスタンドは混んでいた。4基ある給油機が全て埋まっている。

 新山はクラクションを鳴らし、窓から身を乗り出して店員を呼ぶ。

「ねぇちょっと、こっちは急いでるんだけど!」

 すると、店員が返事をした。

「すいません、順番に伺いますんで」

 それを聞いた新山は悪態をつく。

「ったくもー」

 そして、助手席の座面に転がっていた赤色灯を手に取って屋根に載せると、カーオーディオを取り払って取り付けられたサイレンアンプのボタンを押してサイレンを起動させた。次にシフトレバーをニュートラルレンジからリバースレンジへ倒し、アクセルペダルを踏み込んだ。ガス欠寸前のダフィーネクラブSタイプXは後退し、府道9号線へと戻る。新山はシフトレバーをドライブレンジに戻し、再びアクセルペダルを踏み付ける。

 サイレンを鳴らしたダフィーネクラブSタイプXが走り去り、ガソリンスタンドにいた人々はそれを見送った。

 

 

 

 2047年7月6日 午後3時46分、日本皇国 新江戸府 浜崎市 元巻町5。

 

 元巻埠頭へと向かう貿易道路を、赤色灯を載せたダフィーネクラブSタイプXは南下する。しかし、その道中で突然エンジン音が止まり、ゆっくりと減速し始める。

 新山が正面のインパネを見ると、速度計の左隣にある燃料計の針は[E]を下回っていた。

「まぁたガス欠ケツケツ……クソ!」

 そう吐き捨て、新山はドアを開けて車から降りる。そして、元巻埠頭目指して走り出した。

 

 新江戸府は、東京湾上に作られた人工都市である。中心部は「新江戸湾」と呼ばれる内海が広がり、それをコの字状に複数のメガフロートが囲む構造である。

 そして、元巻埠頭は新江戸湾と東京湾を隔てる新江戸大橋が架かる新江戸湾口に面した貿易埠頭である。数多くの倉庫やトラックターミナル、コンテナヤードが立ち並び、一般人は滅多に立ち入らない区域である。

 そんな元巻埠頭の道路を、新山は疾走していた。

「白のミニバン……白のミニバン……白いバンはいっぱい居るのによぉ!」

 新山は叫び、道路の真ん中で立ち止まる。そして、辺りを見渡した。しかし、見えるのは大型トラックや白色のワンボックスカーばかりで、ミニバンはおろか乗用車の姿は見えない。

 新山は再び走り出した。

 

 

 

 2047年7月6日 午後3時51分、日本皇国 新江戸府 浜崎市 元巻町9-1-15 新港貿易商事 第3倉庫。

 

 大量のダンボール箱が積まれた棚が立ち並ぶ倉庫の中、2人の男が立っている。片方は黒いスーツに無精髭の男、もう片方は白いスーツにアロハシャツの小太りな男であった。

 その2人の視線の先には、トランクケースを抱えた白いワンピースの少女が尻餅をついていた。

「兄貴、本当に殺しちまうので?」

 白スーツの男が訊ねると、無精髭の男は頷く。

「こいつは俺の顔を見ちまってる。生かしてはおけねぇよ」

 そして、ベルトで挟んでいた自動拳銃を取り出した。その銃口は、少女へ向く。

 少女は怯えた表情で後退るが、その銃口は少女の頭を追う。

「そこまでだ!」

 突然、倉庫内に声が響き渡る。

 男達、そして少女が辺りを見渡すと、倉庫の通用口に銀髪ウェーブヘアで紺色のブレザーを着た少女が決めポーズをして立っていた。

「誰だてめぇは!?」

 無精髭の男が叫ぶ。すると、紺色ブレザーの少女は名乗りだした。

「地獄から来た女、桜見風紀の新山 還!」

 そして、新山は素早く防弾チョッキの下腹部に取り付けられたホルスターからイタリア製.40口径自動拳銃・ベルティーニ 90-4を取り出し、右親指でスライド後端のセーフティレバーを弾き上げて安全装置を解除、発砲する。

 放たれた.40A&R 165グレインフルメタルジャケット弾は、無精髭の男が握っていたベルギー製9×19mm口径ポリマーフレーム自動拳銃・SFエルスタル SFS-9の銃口に当たり、弾き飛ばす。

 無精髭の男が自身の右手を抑える中、新山は白いワンピースの少女へ走り寄り、立ち上がらせる。そして、背中を見せて逃げようとする。

「小癪なぁ!」

 その背中を、白スーツの男が拳銃で狙う。そして、引き金を引いた。

 

 銃声が轟き、新山は床へと倒れる。

 

 が、新山はそのまま転がり、ベルティーニ 90-4を構え直して床に倒れたまま応射した。真鍮製の鈍く金色に光る薬莢が床を跳ねる。

 しかし、白スーツの男に当たらない。白スーツの男は無精髭の男を連れて棚の陰へと隠れる。

「ったく、痛いのくれちゃってさぁ、痛たた」

 新山は立ち上がり、背中をさする。白いワンピースの少女が彼女の背中を見ると、ブレザーの背中部分に穴が空いている。しかし、出血はしていなかった。

「大丈夫だって。防弾チョッキが守ってくれたからさ。……背中にもプレート入れてて良かった」

 少女の視線に気付いた新山はそう答え、ベルティーニ 90-4の弾倉を交換する。そして、少女を連れて男達とは反対方向へと逃げた。

 

 倉庫内に銃声が響く。棚を挟んだ20m範囲で銃撃戦が繰り広げられる。

 新山の射撃は棚を抉り、ダンボール箱に穴を開ける。一方、白スーツの男の銃撃も同様であり、双方が弾を無駄に消耗する。

 ベルティーニ 90-4のスライドが後退位置で止まり、新山は素早く右中指でマガジンキャッチボタンを押す。プラスチック製の12連弾倉がスムーズに落ちず、新山は銃を振るって無理やり弾倉を捨てる。そして、ベルトの左腰側に着けていたマガジンポーチから新たな弾倉を抜き取り、銃把に挿入、左親指でスライドストップレバーを押し下げる。

 そして、銃声が鳴り止んだ。新山の鋭い目付きは周りを見渡し、彼女の緊張感がひしひしと少女にも伝わる。

 

 しかし、新山の死角から白スーツの男が拳銃で狙っていた。その手に握られたロシア製9×19mm口径自動拳銃・グロトフ AP-04ヴァローナの銃口は、新山の頭を狙っていた。

 

 そして、再び銃声が鳴った。

 

 新山は驚き、振り返る。すると、血がボタボタと溢れ出る右手を抑える白スーツの男が呻いており、そして古河がブレナン B2023を男に向けていた。

「ルカぁ!」

 新山が叫ぶと、古河は左手でピースサインを出した。

 

 

 

 2047年7月6日 午後5時58分、日本皇国 新江戸府 浜崎市 桜見町6-9-30 浜崎市立桜見高校 別棟1階 生徒会室 風紀委員会ブース。

 

「今回の犯人は銀狼会系暴力団の一員で、吉永トレードコーポレーションと覚醒剤を取引していたようです。しかし、社長の吉永氏が亡くなった事で取引に支障が生じ、それで揉めたとのことです」

 倉田の報告に、新条は頷く。そして、口を開いた。

「それで、あの少女は結局誰だったの?」

 その質問に、鎌谷が答えた。

「それがですね、兵庫県から家出したんですって。記憶喪失っていうのは嘘でして、務めていたアクセサリー工場から製品を盗み、それで遥々東京まで逃げてきたと。ただ、その工場からは盗難届が出ていないので、逮捕は出来ません」

「じゃあ、偶然目撃者になったっていうだけ? 随分踊らされたものねぇ」

 新条の言葉に、風紀委員、そして調査員達は深く頷く。そんな中、新条は古河と新山を呼び出した。

「古河ちゃん、新山ちゃん、ちょっといらっしゃい」

 呼ばれた2人は、恐る恐る新条の座る顧問席の前に出る。

「あの、何でしょう?」

「謹慎破った事でお叱りでしょうか?」

 2人の問い掛けに、新条はニッコリと笑う。

「怒っちゃいないわよ。はいこれ」

 そう言いながら、新条は2人に大量の書類を手渡した。2人は顔を見合わせる。

「謹慎を破った事、303号車をガス欠で放置して屋根を凹ませた事、43号車を浜崎署から盗んで蜂の巣にした事、304号車を強奪して屋根を凹ませた事、少女を誘拐するようIPSSに頼んだ事、倉田と鎌谷に暴漢役をやらせた事、ガス欠の305号車を放置してガードレールにぶつけた事……もう始末書が溜まりに溜まってるから、明日までに書く事。以上、解散」

 新条の言葉に、古河と新山はヘロヘロと倒れた。

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