HIGH SCHOOL DETECTIVE サクラの彼ら 作:土居内司令官(陸自ヲタ)
2047年7月24日 午前8時36分、日本皇国 北海道 根室支庁 択捉郡 択捉島 留別市 天寧町8。
日本皇国の北端付近に位置する択捉島の中心付近、単冠湾を望む天寧町。そこには日本海軍 択捉鎮守府が置かれている。
第二次世界大戦時、ソビエト連邦に対抗する為に設置された海軍基地は、その後アメリカ合衆国に接収されて択捉海軍基地となったが、1953年に発足した日本海軍に引き渡され、その後長くに渡る第三次世界大戦の最前線基地の一つだった。現在、ソビエト連邦崩壊後のロシア共和国とは、アメリカ合衆国、日本皇国、イングランド連合王国、オーストラリア連邦から成る「環太平洋条約機構(通称・海洋同盟)」によって最前線基地では無くなり、ロシア共和国海軍の遠征艦隊の寄港地の一つとしてなっている。
それに伴い、択捉島は日本皇国とロシア共和国によって共同開発され、北海道有数の工業地帯となっていた。
択捉鎮守府に程近い天寧漁港の波止場に建てられた倉庫の外壁に、羽崎は寄りかかっていた。羽織っていた黒いパーカーを捲り、ベルトに挟んでいたオーストリア製.357口径ポリマーフレーム自動拳銃・ライカン 28を取り出す。そして、スライドを少し引いて薬室を確認する。しかし、そこには弾が入っていなかった。
やがて、1台の車がやって来た。キリッと吊り上がったヘッドライトが特徴的な、丹生館自動車株式会社の後輪駆動2ドアノッチバッククーペ・丹生館 ラクスspecR(S15後期型)であった。
白いクーペは、岸壁で止まる。そして、ヘッドライトを2回点滅させた。
すると、停泊していたクルーザーから3人のスーツを着た男達が降りてきた。その内の1人はアタッシュケースを手にしている。
それを見て、ラクスspecRに乗っていた男も車から降りる。そして、トランクから真っ黒なボストンバッグを取り出した。
そこへ、足音が近付く。ラクスspecRの男が左へと振り向くと、羽崎が拳銃を向けながら近付いていた。
男は青ざめ、ボストンバッグを離す。そして口を開いた。
「やめ、やめてくれ! 俺はただこいつらに誘われただけで、ヤクは返すから命だけは!」
すると、羽崎は左手でパーカーのポケットから身分証を取り出した。
「安心しな、組の殺し屋じゃない。分かったから、そいつを寄越しな」
そう言って、羽崎は男の足元にあるボストンバッグを指さす。すると、男は慌てた様子でラクスspecRの運転席に回り込み、車に乗り込む。そして、勢いよく後退して去っていった。更に、クルーザーの3人の男達も逃げる。
「待て!」
羽崎は叫ぶ。しかし、よろけてしまい、地面に手をつく。そして、ボストンバッグを抱えてライカン 28を右手だけで構えるが、その視界が揺らぐ。羽崎は必死に瞼を擦るが、不明瞭な視界が晴れる事は無かった。
「良い演技だったぜ、探偵さんよ?」
声を掛けられる。見上げれば、逃げたはずの3人の男達が羽崎の傍に立ち、見下ろしていた。すると、羽崎はライカン 28の銃口を男達に向けた。
「何のつもりだ?」
3人の中心にいた、白髪の中年男性が訊ねる。その問い掛けに、羽崎は答える。
「気が変わった。こいつは、お前らに渡す訳にはいかなくなっちまったんだよ」
そして、羽崎は立ち上がる。が、その足元はおぼつかない。
「弾は抜いて渡したはずだ」
男の声に、羽崎はニヤリと笑う。
「だったら、てめぇのタマを賭けてみろよ」
「銃を捨てなさい」
すると、別の声が割り込んだ。見れば、クルーザーの船首に立つ女性が、小型自動拳銃を羽崎に向けていた。
「何だ、お仲間か?」
羽崎が問い掛けると、中年男性は両手をスラックスのポケットに入れたままほくそ笑んだ。
「保険は掛けておくものだ。こういう時の為にな?」
それを聞き、羽崎はため息をついた。
「随分なお仲間だな。付き合う相手、間違えてんじゃねぇか?」
羽崎は女性に問い掛ける。しかし、女性は笑った。
「口説いてるつもり? あんたみたいな若い探偵と付き合っても、贅沢なんて出来ないじゃない」
「俺の月給知ったら、驚くぜ?」
羽崎は軽口を叩く。しかし、その身体は限界を迎えつつある。
そして、羽崎は残った力を振り絞って引き金を引いた。撃鉄兼撃針のストライカーを止めていたシアロックが外れ、バネによってストライカーは前進、薬室に収まった薬莢底部の雷管を叩く事で弾丸が射出され、中年男性の額に穴を開けるーーはずだった。
銃声は発生せず、ストライカーが前進しただけの虚しい金属音だけが響いた。
「ははっ、はははっ」
羽崎の乾いた笑いが辺りを包む。そして、彼はライカン 28を再びベルトに挟み、ボストンバッグを持ち上げる。そして口を開いた。
「お望み通り、渡してやるよ」
羽崎はそう言い切った次の瞬間、ボストンバッグを放り投げた。
放物線を描くボストンバッグは、クルーザーの船首にいた女性にぶつかり、彼女はよろける。
そして、羽崎は海へと飛び込んだ。
「あの野郎!」
2人の男はとっさに抜いた拳銃を海に向ける。が、中年男性がそれを止めた。
「やめろ。軍事基地の近くで銃声を鳴らせば、只事では済まない。それに、奴の身体じゃそう遠くまで行けないはずだ。探せ」
中年男性の指示で、2人の男達は走り出した。
2047年7月24日 午前9時15分、日本皇国 北海道 根室支庁 択捉郡 択捉島 留別市 天寧町4-6-1。
細く入り組んだ路地の片隅で、羽崎はうずくまり、震えていた。
そこへ、足音が近付く。羽崎の顔が上がり、その鋭い視線は足音の方へと向く。
そこには、緑色のワンピースをまとった女性が立っていた。そして、羽崎の方へと屈んでいた。
「あの、大丈夫ですか……?」
そう訊ねられた羽崎は、左手を振って答える。
「大丈夫です。ちょっと具合が悪くて……すぐに移動しますから」
そう言って羽崎は立ち上がろうとするが、よろけてしまう。咄嗟に女性が羽崎の上半身を支える。
「本当に大丈夫ですか? 救急車でもーー」
そう女性が言いかけた途端、羽崎は拒否した。
「呼ぶな! 救急車も、警察も……」
その時、羽崎は自身の大声に気付いた。怯えた表情の女性に気付き、羽崎は微笑む。
「呼ばないでもらえますか……?」
2047年7月24日 午後0時56分、日本皇国 新江戸府 浜崎市 桜見町6-9-30 浜崎市立桜見高校 別棟1階 生徒会室。
「一体羽崎君は何処行っちゃったんですか?」
IPSSブースでお弁当を食べていた調査員達に、道島が質問をする。
「もう3日目ですよ、羽崎君の無断欠席。お家に電話しても誰も出ませんし……」
心配そうな表情を浮かべる道島の視線を避けるように、調査員達は弁当を抱えてそそくさと去る。それに気付いた道島は、最後尾にいた棚里を呼び止めた。
「棚里ちゃん、何か知りませんか?」
呼び止められた棚里は、背筋をピンと伸ばし、道島に背中を向けながら答える。
「いえ、私は普段から羽崎さんにお世話になっていますので、具体的な論評は避けさせていただきます」
そう言って、棚里も2階の職員室へと向かう階段へと去っていく。
取り残された道島は、途方に暮れた。
2047年7月24日 午後0時59分、日本皇国 新江戸府 浜崎市 桜見町6-9-30 浜崎市立桜見高校 本校舎1階 学生食堂。
盛り付けられたカレーライスを前に、鈴端は両手を合わせる。そして、スプーンを手に取った。
次の瞬間、空いていた鈴端の周りの席が急に埋まった。
見れば、鈴端の正面には真岳が座り、その左隣には鈴川が座る。そして、鈴端の両隣を古河と新山が挟んでいた。
「どうしたんだよ、みんなして?」
鈴端が訊ねると、正面の真岳が眉をひそめながら口を開いた。
「決まってるでしょ。羽崎君、一体何処行っちゃったの?」
「知る訳ないでしょ。そりゃあ、僕ははさみんのバディだけどさ、四六時中一緒にいる訳じゃないんだよ?」
鈴端の答えに、左隣の古河がため息をついた。
「ただ病気で休んでいたり、仕事だったりしたらそれでいいのよ。けど、何かの事件に巻き込まれたら、たまったものじゃないわ」
その言葉に、新山が返す。
「ルカったら、ツンデレだなぁ。素直に『心配なんだからねっ!』って言えばいいのに」
すると、古河はヒラヒラと左手を振った。
「そんなんじゃないわよ。単にあいつの死体が見つかったら、私の仕事が増えちゃうもの」
「死体って……そんな縁起でもない事言わないでよ」
さらりと出た古河の言葉に、鈴端は困惑する。
すると、長倉と戸坂もトレーを手に鈴端達の元へやって来た。
「何だ、鈴端。いつからそんなモテモテになったんだ?」
「意外と隅に置けませんね、鈴端君」
2人の揶揄いに、鈴端は否定する。
「2人共やめてよぉ。そんな和やかな風に見える?」
「いや、見えない」
長倉がすぐに否定し、鈴川の左隣に座る。戸坂はその正面、新山の右隣に座った。
割り箸を手に取った2人に、真岳が質問をする。
「ねぇ、2人共羽崎君の行方は知らない?」
すると、2人は首を横に振った。
「いや、検討もつかない。電話もフミも返信が無いし、お手上げだ」
「家の箪笥を見ても、この3日間弄った形跡がありませんでしたし」
「郵便受けにも3日分の新聞が溜まってたしな」
そんな2人の会話に、古河達の眉がピクッと反応した。
「何であいつの家の中を知ってるのよ?」
「まさか、この前のラブホで見たのって、捜査じゃなくて純粋に……?」
「え、羽崎君家の合鍵持ってんの?」
「何というか、爛れているな」
4人の言葉に、長倉と戸坂の手が止まる。しかし、新山は追撃を続ける。
「何処まで行ったの? 手繋ぎデート? それともキス? それともーー」
そこで、新山の言葉を遮って長倉が反論する。
「私達はまだ高校生だぞ!? そんな肉体関係なんてある訳無いじゃないか!?」
しかし、その顔は真っ赤に染まっていた。すると、戸坂はため息をついた。
「依月、バレバレですよ」
そして、戸坂は自身の右手で輪っかを作り、そこへ左人差し指を出し入れするジェスチャーを新山に見せた。
「そりゃあ、健全な男女ですからね。やる事ヤッてますよ」
「……わーお」
古河達は、そのジェスチャーを見て固まる。そして、長倉は座っていた丸椅子から転げ落ちた。
「あっ、ちょっと、依月!?」
戸坂が倒れた長倉へと駆け寄る中、頬杖をついていた古河はボソッと呟いた。
「あのハレンチ野郎……」
2047年7月24日 午後1時26分、日本皇国 新江戸府 浜崎市 桜見町6-9-30 浜崎市立桜見高校 別棟1階 生徒会室 生活委員会ブース。
「じゃ、本当に知らないんですか?」
道島の問い掛けに、鈴端は頷く。
「えぇ。最近は大した事件も依頼もありませんでしたからね。ま、細々とした依頼はありましたけど、浮気調査とか迷い猫探しくらいでしたから、別行動でした」
鈴端の答えに、顧問席に座る道島は右手を顎に当てる。
「じゃあ、羽崎君は何で3日も無断欠席しているのでしょうか……?」
それを聞いていた新条が口を挟む。
「というか、保護者はどうしたのよ? お家に居るんでしょ?」
その質問に、竹沢が答えた。
「いえ、あいつの両親は今、イタリアに長期出張中なので、家は留守なんです」
それを聞き、高校生達と2人の大人は黙りこくってしまう。すると、タルボットがおずおずと口を開いた。
「あの、それでしたら、捜索願を出されては?」
それを聞いた新山が、呆れたように訊ねる。
「何処に出すのさ?」
「それは勿論、警察ですわ」
それを聞き、古河がため息をつく。
「それで、桜見高校の生徒が行方不明になっているから、探すのは私達になるわよ?」
「あ、そうですわね……」
そんな会話に一同ため息をつく中、鈴端のスマートフォンが鳴った。
「すんません、ちょっと電話が……」
鈴端は踵を返し、ズボンのポケットからスマートフォンを取り出す。その画面には、[016-401-0416]と表示されていたが、鈴端にはこんな番号に見覚えが無い。
「誰だろ?」
鈴端は呟く。そんな鈴端のスマートフォンの画面を盗み見た古河は、即座に自身のスマートフォンで検索をする。
鈴端は画面にタップし、本体を耳に当てた。
「もしもし?」
《……端か?》
電話の向こうから、か細い声が聞こえる。
「鈴端ですけど、おたく……もしかして、はさみん?」
電話越しに聞こえる声に、鈴端は覚えがあった。そして、その名を口にする。それを聞いていたその場の全員が、鈴端を見る。
《あぁ、俺だ》
「はさみん、一体何処にいるのさ? 3日も無断欠席しちゃってさ、あと少しで風紀委員会に捜索願を出すとこだったんだよ?」
《動けねぇんだよ……》
「あぁ? 何でぇ?」
隣で道島が、電話を変わるように催促するが、鈴端はそれをあしらう。すると、電話の声が変わった。
《もしもし? 羽崎さんを保護している、岡町といいます》
それは、女性の声だった。思わず鈴端の背筋が伸びる。
「あ、どうも。はさみん……あー、いや、羽崎君の同僚の鈴端と言います」
《彼、具合が悪いようなんですが、病院へ行くのを拒んでまして……迎えに来ていただけますか?》
道島が「電話変わってください」と小声で囁くが、鈴端はそれを無視する。
「場所、言ってもらえます? すぐに車で行きますので」
《天寧町4-6-1の『フォルツァ天寧』という洋服屋です》
「て、天寧町?」
鈴端が首を傾げる。
一方の古河は、先程鈴端のスマートフォンに表示されていた電話番号の検索結果を、皆に見せていた。
《択捉島 留別市です》
「え、択捉島!?」
鈴端は驚く。
そして、古河のスマートフォンを見ていた皆も驚いた。
「択捉って、北海道の!?」
新条の声が、皆の気持ちを代弁する。
「ちょっとですね、僕達がいるのは新江戸府なんですよ。えぇ、東京湾の。ちょっと上司と相談しますねぇ、失礼します」
鈴端は電話を切る。そして振り返り、口を開いた。
「どうしましょ?」
その問い掛けに、竹沢が真っ先に答える。
「決まってるでしょ。行くわよ、択捉島に」
「ちょ、ちょっと待ってください!」
それに、棚里が待ったを掛けた。
「今からですか!? 択捉島って、北端ですよ!? そんな遠足感覚で行けるような場所じゃありませんよ!?」
「そうっスよ、竹沢先輩! 車で簡単に行ける場所でも無いっスよ!?」
「それに、午後の授業はどうするんですか?」
新山と古河も制止するが、竹沢の決心は揺らがない。
「私はIPSSの社員で、辰美はここの所長で、私の上司であり、彼氏でもあるのよ。止めたいなら、拘束しなさい」
「いや、覚悟決まり過ぎですよ先輩」
鈴端が苦言を呈すが、竹沢は鈴端を問いただす。
「あら、じゃああなたは辰美が野垂れ死ぬのがお望みかしら?」
「そうじゃないですけど、いくらなんでもねぇ?」
そう言って鈴端は、IPSS調査員達を見る。勿論、そのほとんどが困惑していたが、ただ2人、長倉と戸坂も竹沢と同じ表情をしていた。
「行きますよ。詩織さん」
「えぇ、辰美の為なら地球の果てまで……は言い過ぎですが、択捉島くらいまでなら」
「うぉん、マジかよ長倉ちゃん、戸坂ちゃん……」
そんな中、1人視線を泳がせていた伊奈本に、古河と新条は気が付いた。
「伊奈本、あんた、何か言いたい事でもあるの?」
新条の質問に、伊奈本は慌てて首を振った。
「いえそんな! いや、あたしは何も知りませんから!」
「それ、知ってる人間の常套句よ」
腕を組む古河の言葉に、全員が頷く。そして、新条は信田に指示を出した。
「信田、伊奈本を誘拐容疑で緊急逮捕して」
「あっ、はい!」
信田は手錠を取り出し、伊奈本の両手に掛ける。カチャンという無機質な音が響いた。
「え?」
伊奈本の頭は理解が追いつかない。そして、倉田と鎌谷がそのまま伊奈本を第1面談室へと連れていく。
「え、ちょっと何これ……誘拐? 何で自分の部下を誘拐しなきゃならないんですか!? ちょっと、さーちゃん!? 美樹姉ちゃんもかっちゃんもちょっとさぁ!」
抵抗する伊奈本を、倉田と鎌谷が第1面談室へと押し込める。
「さてと……道島先生、悪いですが、3人ほど半休を取ります」
竹沢が道島にそう言う。道島は困惑したままだが、新条が変わりに口を開いた。
「択捉島まで行く宛はあるの?」
「えぇ。飛行機があります」
竹沢の言葉に、新条は頷いた。
「そう……3人なんてショボイ人数じゃなくて、もっと多くてもいいわ。風紀委員一同、これを『羽崎 辰美誘拐事件』として取り扱う。古河、新山、IPSSに同行して羽崎を連れ戻して来なさい。担任には私が話をつけておくわ」
「新条警部補、恩に着ます」
竹沢は一礼し、長倉達を連れて更衣室へと向かう。その途中、IPSSブースの正面にあるIPSS通信室に寄り、オペレーターに話をつける。
それを見ていた道島は、新条に訊ねた。
「いいんでしょうか……?」
「あなただって、教え子が行方不明になっているんだから、もっと堂々としなさいよ」
新条の返事に、道島は言葉を噛み締める。
「えぇ、そうですね……」
2047年7月24日 午後1時48分、日本皇国 新江戸府 浜崎市 桜見町6-9-30 浜崎市立桜見高校 校庭。
人工芝の整った校庭に、完全武装の高校生達が立っていた。全員防弾チョッキを纏い、手には自動小銃や短機関銃、散弾銃等が握られている。
それを、本校舎の窓から多くの生徒達が見下ろしていた。
やがて、エンジン音が近付いてきた。イタリア製5.56×45mm口径自動小銃・ベルティーニ CRx-150A4を手にした新山が見上げると、そこには1機の飛行機が浮かんでいた。
かまぼこのようなずんぐりむっくりな胴体に、その上部から主翼が生えている。そして、その主翼の両端には巨大なプロペラがついたエンジンが装着されている。そのエンジン部分が回転し、プロペラは上を向く。そして、ヘリコプターのように垂直に校庭へと着陸した。
アメリカのソネットヘリコプター、パシフィックエアロプレーンプロダクツ、日本の山羽重工、伊奈本重工、信田精機の5社が共同開発したティルトローター型輸送機・VM-07B ハミングバードの後部ランプドアが開いた。
「これ、米軍のヘリコプターじゃん! どうしちゃったのさ!?」
甲高いエンジン音に掻き消されぬよう大声で質問する新山に、戸坂が答えた。
「確かにアメリカ海兵隊を初め、日米両軍の陸海空軍に配備されているティルトローター機ですが! 民間販売もされているんですよ! それで、伊奈本航空株式会社が保有しておりまして! それを借りたんです!」
「御託はいいから、乗り込むわよ!」
竹沢の指示で、高校生達はVM-07B ハミングバードに乗り込んだ。
そして、後部ランプドアが閉まり、機体がふわりと浮き上がる。充分に速度が乗った所でエンジンが再び回転し、水平飛行モードに切り替わる。そのまま機首は北東へと向く。
高校生達を乗せたVM-07B ハミングバードは、茨城県沖上空を飛んでいた。
「すっごーい、本当に飛んでるよルカぁ」
「当たり前でしょう。飛行機なんだから」
まるで列車の車窓を眺めるように窓の外を覗く新山に、腕を組んだままツッコミを入れる。
2047年7月24日 午後4時09分、日本皇国 北海道 根室支庁 択捉郡 択捉島 留別市 留別町2-3-5 市営択捉飛行場。
1本の短い滑走路と駐機場を備える小さな空港は、択捉島唯一の民間用空港である。留別町の南隣にある歳萌町には、日本海軍の択捉航空基地が所在しているが、そちらは完全な軍用空港である。海軍の対潜哨戒機や空軍の局地戦闘機が配備され、民間機は余程の緊急事態でない限りは着陸を許されない。
VM-07B ハミングバードは滑走路に近付く。ランディングギアダウン、主翼両端のエンジンが少し上を向いて短距離離着陸モードに切り替わる。同時に主翼後端のフラップが下がり、低速時の揚力を稼ぐ。
そして、滑走路に触れた。ランディングギアに内蔵されたディスクブレーキによって減速し、そのまま駐機場へと移動する。そして、停車した。
後部ランプドアが開き、高校生達が続々と降りる。
「永合、いくら何でも機関銃は物騒すぎます」
戸坂の苦言に、イスラエル製5.56×45mm口径ベルト給弾式軽機関銃・IFI メギドを肩に担いだ永合が口答えをする。
「何があるか分からねぇから持ってきたんだろ?」
「ここは修羅の国じゃないのよ」
古河も文句を言うと、永合は肩をすくめた。そして、高校生達はロビーへと歩いて向かう。
2047年7月24日 午後4時35分、日本皇国 北海道 根室支庁 択捉郡 択捉島 留別市 天寧町8。
市の中心部として発展した留別町、工業地帯の振別町とは異なり、天寧町は住宅地が広がる、言わばベッドタウンである。
そんな天寧町の繁華街を、真っ白な前輪駆動5ドアミニバン・穂村 ステップバンG(RK1前期型)と水色の前輪駆動5ドアハッチバックセダン・穂村 アクエーレG(ZE2前期型)が走る。
穂村 ステップバンGの運転席には鈴端、助手席には棚里、後席には竹沢、長倉、戸坂が座っている。その後ろを追走する穂村 アクエーレGには新山と古河が乗っている。
2台共、市営択捉飛行場の近辺で営業していた穂村レンタカー 択捉飛行場前店で借りたレンタカーだ。
「この辺で止めてちょうだい」
「了解です」
竹沢の指示に鈴端は従い、路肩に停車した。そのすぐ後ろにアクエーレGも停車する。
戸坂が左側のスライドドアを開け放ち、車から降りる。長倉もそれに続いて降りる。
「棚里、車に残ってて。すぐに出せるようにエンジン回したままでね」
「分かりました」
竹沢の言葉に棚里は頷き、助手席から降りる。そして、反対側に回り込んで鈴端と交代する。
「さて、ハーレム野郎にご挨拶と洒落こみますか」
一方、アクエーレGからは軽口を叩く新山と神妙な面持ちな古河が降りた。
「あなた達まで来る必要は無いわよ」
そんな2人を見た竹沢が小言を言うと、新山はヘラヘラと笑う。
「何言ってんスか、竹沢先輩? アタシら、『同行する』ように言われてるんスよ?」
新山の言葉に、竹沢はため息をついた。
「……まぁいいわ。邪魔しないでちょうだい」
そして、6人は歩き出した。
やがて、2階建ての洋服屋「フォルツァ天寧」に辿り着いた。6人は扉を潜り、店内へと入る。チリンチリンと、扉についたベルが来店を知らせる。
「いらっしゃいま……」
商品の手入れをしていた女性が振り返るが、すぐに言葉に詰まった。そこには、防弾チョッキを着た6人の高校生が立っていた。
「どうも、電話でお話した鈴端です」
「竹沢です」
「長倉です」
「戸坂です」
「桜見高校 風紀委員会の古河です」
「同じく新山でぇす」
6人はそれぞれ名乗りながら身分証を見せる。それには、女性は言葉を失う。
「探偵と、風紀委員……ですか」
「えぇ。羽崎の身柄を引き受けに来ました」
古河の言葉に、鈴端は文句を言おうとするが、竹沢がそれを止める。そして、女性に向かって口を開いた。
「彼は何処に?」
「2階です」
「どうも」
それだけ言って、店の奥へと向かおうとする鈴端と長倉を、女性が止める。
「待ってください」
「どうしました?」
古河が訊ねると、女性は答える。
「実は、監視されているんです……」
「監視? ストーカー?」
新山がすぐに店の外をキョロキョロと見るが、古河が彼女の首根っこを掴んで視線を店内へと戻す。
「なるほど、羽崎は何かヤバい仕事を引きちゃったという訳ね」
合点のいった古河の言葉に、竹沢は頷く。そして口を開いた。
「2人は店の裏を確認して。鈴端、私と一緒に辰美を抱えて逃げるから、依月、夕乃は援護をお願い」
その指示に5人は頷き、古河と新山は正面入口から外に出る。
「棚里、合図したら店の前に車を移動させて」
《分かりました》
無線で連絡を取った竹沢は、鈴端と共に店の奥へ向かう。
狭い階段を上がった2人は、一番手前の部屋に入る。
大量のダンボールが積み重ねられたその部屋の奥、窓側に置かれた茶色のソファに、羽崎は横たわっていた。
「辰美!」
「はさみん!」
2人は駆け寄る。
「悪いな、迎えに来てもらって……」
羽崎はゆっくりと立ち上がろうとするが、ふらついている。すぐに鈴端と竹沢が彼を支える。
「いいってことよ、バディだからさ」
「それにしても、あなたがこんなになるなんて……」
2人は口々に言う。
「事情説明は後だ……とにかく、1人で居られる場所に連れてってくれ……」
「お安い御用!」
羽崎を支える鈴端と竹沢は、部屋から出る。
一方、店の裏ではスーツ姿の2人の男が自動拳銃を手にしていた。その銃口には、筒型の消音器が装着されている。
「風紀委員会よ、手を挙げなさい」
「言う通りにしないと蜂の巣にしちゃうゾ?」
突然掛けられた声に2人は振り向く。そこには、自動拳銃を構えた古河と新山が立っていた。
「全く、サプレッサー付ピストルなんて物騒な物持っちゃって。銃刀法違反でパクッちゃうゾ?」
新山はそう言いながら、左親指でベルティーニ 90-4の撃鉄を起こす。
しかし、男は咄嗟に闇雲に発砲した。銃弾が古河と新山を掠める。
「バカヤロー! いきなり撃つなよ!」
すぐに屈んだ新山が叫ぶ。一方、建物の陰に隠れた古河は新山の安否を確認する。
「メグル、無事!?」
「アタシは大丈夫! ルカは!?」
「私もよ!」
「奴ら、店に入っちゃったよ!」
新山の声に、古河は叫んだ。
「追って!」
「はいよ!」
2人も店の裏口に突入した。
店内では、羽崎を支える鈴端と竹沢の後方へと長倉と戸坂が拳銃を向けていた。
裏口から入ってきた男達の姿を見て、長倉のスイス製9×19mm口径ポリマーフレーム自動拳銃・SAH P82と戸坂のアメリカ製.45口径自動拳銃・フォレット カスタムファイターが火を吹く。
狭い店内で銃声が反響し、女性は悲鳴を挙げる。咄嗟に戸坂は女性を引き連れ、鈴端達の後を追って店から出た。長倉もそれに続き、店を出る。
店の前の道路に、ステップバンGが真ん中を塞ぐように止まっている。鈴端が右側スライドドアを開け放ち、羽崎を抱いて乗り込む。そして、竹沢が羽崎の下半身を車内へと押し込めて右側スライドドアを閉めた。一方、戸坂は引き連れてきた女性をステップバンGの助手席に押し込め、ボンネットの陰に隠れてフォレット カスタムファイターを構え直す。
「依月! こっちです!」
戸坂の叫びに答えるように、店から飛び出た長倉もステップバンGの陰に滑り込む。
「棚里、バックでゆっくり出して!」
「は、はい!」
運転席の棚里は、竹沢の声でインパネシフトレバーをニュートラルレンジからリバースレンジに倒す。そしてアクセルペダルを少し踏み込んだ。
ステップバンGがゆっくりと後退し、交差点へ向かう。その陰では、戸坂と長倉が店から出ようとする2人の男目掛けて銃撃を続けていた。
「カバー!」
ボンネットの陰から銃撃をしていた戸坂が叫び、助手席側へと後退する。そして、変わりに長倉がボンネットの陰に隠れ、SAH P82の引き金を引く。その隙に、戸坂はフォレット カスタムファイターの8連拡張弾倉を交換する。
店の横の路地から、古河と新山が走り出る。そして、後退しているステップバンGの陰に回り込み、交差点の向こうに止まっているアクエーレGへと走る。
新山と古河はアクエーレGに乗り込み、エンジンを始動させる。サイドブレーキレバーを下げ、フロアシフトレバーをパーキングレンジからスポーツレンジに引き倒す。そしてアクセルペダルを踏み込んだ。
急発進したアクエーレGの助手席では、古河がブレナン B2023の20連拡張弾倉を交換する。そして、パワーウィンドウを下げた。
「長倉、戸坂! こっちよ!」
交差点内で停車したアクエーレGの助手席から古河は叫び、ブレナン B2023を店に向ける。そして、銃撃する。
ステップバンGの陰に隠れていた長倉と戸坂はアクエーレGへと走り、後席に乗り込む。
「メグル、出して!」
「オーライ!」
後席ドアが閉まったのを確認した古河が叫び、新山はアクセルペダルを踏み込む。搭載された1.3L LDA水冷直列4気筒SOHC自然吸気内燃機関とモーターの組み合わせによる102馬力で車体が加速する。その後をステップバンGも続く。
天寧町を横断する市道16号線を、アクエーレGとステップバンGが疾走する。しかし、その後をシルバーの前輪駆動4ドアセダン・富木 アバンサールセダンLi(AZT251後期型)が追い掛ける。
「まずいよ、追ってくる」
ステップバンGの中央席から後ろを振り返る鈴端が呟く。
3台は「天寧町5丁目交差点」に差し掛かる。すると、ステップバンGとアバンサールセダンLiの間に割り込むように1台の白いクーペが急停車した。
アバンサールセダンLiは咄嗟に右へ転回し、クーペをかわす。しかし、それをクーペは追いかけ出した。
アバンサールセダンLiの後ろに喰いついた白い前輪駆動3ドアハッチバッククーペ・穂村 テリオクーペR(DC2後期型)の運転席では、田基が左手でフロアシフトレバーを2速から3速へと押し倒す。クラッチペダルから足を離し、アクセルペダルを踏み込むと1.8L B18C水冷直列4気筒DOHC自然吸気内燃機関が咆哮を上げる。
「さすが穂村のVTEC! 吹け上がりがいいね!」
歓声を上げる田基に、助手席の永合がたしなめる。
「今は車を褒める時じゃねぇだろ! ハンドルそのまま! 奴のケツを穴あきチーズにするぜ!」
永合は助手席側パワーウィンドウを下げ、身を乗り出す。そして、その手にしたIFI メギドを構えた。銃床を左肩に当て、左親指で銃把左側のセーフティレバーをセーフポジションからファイアポジションに下げ、左人差し指を引き金に掛ける。金属製の照準器を左目で覗き込み、前方のアバンサールセダンLiを狙う。そして、引き金を引いた。
放たれた無数の5.56×45mm 77グレインジャケテッドホローポイント弾は、永合の宣言通りにアバンサールセダンLiを穴あきチーズに変えていく。メギド機関銃から射出された薬莢とベルトリンクは、走行風に煽られアスファルトへと飛んでいく。
そして、アバンサールセダンLiは左側のガードレールに突っ込み、大破する。田基のハンドルさばきによってテリオクーペRは反対車線へと飛び出し、アバンサールセダンLiの残骸を回避し、先行するアクエーレGとステップバンGを追い掛ける。
「ひゅーっ、さすがマシンガン。火力が違う」
ステップバンGの車内で、後ろを振り返る鈴端が感嘆する。そんな中、竹沢は羽崎の左手首の痣に気が付いた。
「あなた、この注射痕……シャブをやったのね?」
その言葉に、車内にいた全員が驚く。
「そんな、はさみん……腰は打ちつけてもシャブは打たないって約束したじゃんか……」
嘆く鈴端の頭を叩き、竹沢は問い詰める。
「ねぇ、何を追っていたの?」
すると、羽崎は口を開いた。
「後で説明するっつったろ……とにかく今は1人にさせてくれ……」
「病院行った方がいいんじゃないの?」
鈴端の言葉に、羽崎は思わず怒鳴った。
「今コイツを抜かねぇと、俺は全部を捨ててシャブに注ぎ込んじまうんだよ!」
その言葉に、竹沢は一瞬悲哀の表情を浮かべる。が、すぐに運転席の棚里の言葉で戻った。
「竹沢さん、とりあえず予約したホテルに向かいます」
「待って、ホテルはすぐにバレるわ。何処かで辰美を匿わないと」
すると、助手席の女性が提案を出した。
「それなら、都合のいい部屋があります」
それを聞き、竹沢は頷く。
「お願いします。棚里、そっちへ向かってちょうだい」
「了解です」
3台の車は、坂道を登る。
2047年7月24日 午後5時42分、日本皇国 北海道 根室支庁 択捉郡 択捉島 留別市 天寧町10-1-6 インサイト天寧。
単冠湾を見下ろす恩根登山の麓に建つマンションの駐車場に、3台の車が滑り込む。
ステップバンGの助手席から降りた女性に連れられる形で、高校生達はマンションへと入っていく。
エレベーターで6階へ上がり、古河と新山が先導して廊下を進む。その後を女性と探偵達が続き、最後尾をイスラエル製5.56×45mm口径軽機関銃・IFI メギドを腰だめで構える永合が固める。
やがて、608号室の前に辿り着いた。女性が鍵を開け、拳銃を構えた長倉と戸坂が室内を探る。安全を確認し、竹沢と鈴端が羽崎を室内へと運び込む。
「はさみん、とりあえずそこで横になろう?」
鈴端が居間のソファを指差すが、羽崎は首を振る。
「とにかく1人にしてくれ……」
その言葉を聞き、竹沢は女性に訊ねる。
「他の部屋は?」
すると、女性は居間の隣にある部屋へ案内する。
「こちらです」
2人は羽崎をそこへ運ぶ。そこには、シンプルなシングルベッドが置かれており、2人はベッドまで羽崎を運ぶ。
「ほら、横になりなさい」
竹沢が羽崎をベッドに降ろそうとするが、羽崎はそれを拒み、ベッドの傍に座った。そして、口を開いた。
「おい、手錠はあるか?」
その言葉に、鈴端は返事する。
「手錠より薬の方がいいんじゃないの?」
「とにかく手錠を寄越せ!」
羽崎の叫びに、竹沢と鈴端は顔を見合わせる。そして、新山を呼んだ。
「新山ちゃん、手錠貸して」
「手錠? いいけどさ?」
呼ばれて部屋に入った新山が手錠を取り出し、それを鈴端に手渡す。
「サンキュ」
鈴端は礼を言い、羽崎に差し出した。
「ほらはさみん、手錠」
すると羽崎は手錠を引ったくり、片方を自身の左手首に、もう片方をベッドのパイプに掛けて拘束した。
「はさみん?」
「辰美?」
2人は呆気に取られるが、羽崎は叫ぶ。
「出てっくれ! 頼むから、1人にさせてくれ……」
それを聞き、3人は部屋を出た。
居間では、永合がメギド機関銃の手入れをし、古河達が壁やコンセントを探り、盗聴器の類が無いか確認していた。
「大丈夫だ」
長倉の声に、竹沢は頷く。そして、女性の方を向いた。
「ありがとうございます。辰美……いえ、羽崎をここまで匿ってもらって」
「いえ、いいんですよ。何か、彼を放っておけなくて……」
すると、古河が口を挟んだ。
「この部屋は一体?」
「前のカレが住んでいたんです。でも、『東京へ出る』と言って、一方的に出ていっちゃって……私より、東京の方が魅力的に見えたんでしょうね……私ったら、本当男運が無いんです……」
女性の言葉に、居間は沈黙の間が包む。
2047年7月24日 午後11時06分、日本皇国 北海道 根室支庁 択捉郡 択捉島 留別市 天寧町10-1-6-608 インサイト天寧。
ガツンガツンと、金属音が響く。そして、羽崎のうめき声が探偵達の耳に届く。
「辰美……」
居間と寝室を隔てる扉の前に座る竹沢が呟く。そこへ、長倉が近付く。
「詩織さん、寝た方がいい。ずっと起きてるだろ?」
その問い掛けに、竹沢は顔を上げて微笑んだ。
「私は大丈夫よ、依月。あなたこそ寝なさい」
「私も大丈夫だ」
長倉はそう返し、竹沢にマグカップを手渡す。熱々のコーヒーが注がれたマグカップを受け取った竹沢は、それを啜る。その隣に、長倉が座った。
「詩織さん……」
長倉の言葉を、竹沢は遮る。
「彼から大丈夫よ。何しろ、私達を虜にした男よ?」
「……そうだな」
長倉は頷く。その時、チャイムが鳴った。
壁に寄りかかっていた古河が咄嗟にホルスターからブレナン B2023を取り出し、玄関に向ける。
拳銃を片手に、古河は廊下を進む。そして、玄関扉に手を掛ける。
「誰?」
その問い掛けに、扉の向こうから返事が返ってきた。
「ルカぁ、アタシと鈴端君だよ」
それを聞き、古河は扉を開けた。そこには、レジ袋を両手に提げた新山と鈴端が立っていた。
「お使い行ってきたよ」
「とりあえず夜食と飲み物、買ってきたよ」
2人はパンパンのレジ袋を見せる。それを見て、古河は右親指でブレナン B2023のサムセーフティを上げた。
「買いすぎじゃないの、それ?」
「やだなぁ、アタシら食い盛りだよ? こんくらいないと一晩持たないって」
2人は608号室へと入った。
居間のソファで、家主の女性・岡町 紗枝と棚里が仮眠を取る。その前にひかれた絨毯の上で、高校生達は菓子パンやスナック菓子を頬張る。
「まるで合宿ね」
古河はそう呟き、サンドイッチを口に運ぶ。すると、鈴端は苦笑した。
「特殊な事情だけどね」
そんな中、戸坂は呟く。
「辰美君、無事だといいんですが……」
「大丈夫だって。シャブに負けてたら、とっくに廃人になってるよ」
ポテトチップスを頬張る新山が呑気に言う。オレンジジュースでポテトチップスを流し込み、竹沢の方を向いた。
「竹沢先輩、1つ質問いいっスか?」
「何よ?」
「先輩と羽崎君、あと長倉ちゃんと戸坂ちゃんっていつからデキてたんスか?」
その質問に、長倉はむせる。田基が彼女の背中を擦る中、鈴端が口を開く。
「新山ちゃん、直球過ぎない?」
「そうよ、メグル。修学旅行の夜じゃないんだから」
古河も苦言を呈すが、新山は口を尖らせる。
「いやだって気になってんだもん。皆だってそうでしょ?」
新山の言葉に、鈴端は渋々ながら頷く。
「まぁ確かに気になってたけどさ。僕の目を盗んで3人ものカノジョを手に入れてた訳でしょ?」
「あんた、言い方。まぁ、あたしもちょっと気になってたけど」
田基も賛同する。しかし、ロシア製.357口径中折れ式(トップブレイク)回転拳銃・グロトフ RG-357を弄っていた永合は否定する。
「あたしは別にどうでもいい。あいつなんか、仕事上の付き合いだけだからな」
「永合ちゃん、水を差さないでよぉ」
新山が抗議するが、永合はグロトフ RG-357に6発の.357マグナム弾を込めながら反論する。
「だいたい、何であんたらは他人の色恋沙汰にそんなに興味あるんだよ。そっちの方が訳分からん」
すると、竹沢は口を開いた。
「ま、確かにその通りだけど。でも話す事も無いし、話しましょうか」
それを聞き、新山が歓喜する。
「おぉ、ワクテカ!」
竹沢は咳払いし、言葉を続ける。
「そうねぇ、最初は私が口説かれたのよ」
「はさみんにですか?」
鈴端の質問に、竹沢は頷く。
「えぇ。辰美の方が先に風紀委員会を辞めて、その後よ。『俺と一緒に働いてくれ』って、今のIPSSにスカウトされたのよ」
高校生達は静かに竹沢の言葉に耳を傾ける。
「もちろん、最初は断っていたわ。でも、彼の熱意に押されて、その上その時は府警本部の体制に嫌気が指してた事もあって、誘いに乗ったわ。そして、彼に口説かれたの」
「ヒュー!」
新山が口笛を吹く。
「で、その後、依月に呼び出されてね。何と、私の目の前で辰美に告白したのよ? 全く笑っちゃうわよね、よりにもよってカノジョ持ちの男に、そのカノジョの目の前で愛を告げるなんて」
竹沢は笑うが、長倉は顔を真っ赤にする。
「そこは詳細に言わなくていいだろう!」
一方、田基は長倉の方を向いていた。
「長倉ちゃん、大胆な事するねぇ」
「しょうがないだろ!? 辰美だけを呼んだはずなのに、詩織さんまで来てしまったんだから!」
「長倉、声抑えなさい」
古河の声に、長倉はしゅんとする。すると、竹沢が再び口を開いた。
「でもね、オッケーしちゃったのよ」
「え、羽崎君が?」
新山が目を丸くしながら問うと、竹沢は首を振った。
「いいえ、私よ」
その答えに全員が驚いた。
「え、えぇ!? 何で!? だって、竹沢先輩はその時もう羽崎君の恋人だったんスよねぇ!?」
新山が思わず大声を出すが、古河が静かにするようジェスチャーをする。
一方、竹沢は言葉を続けた。
「えぇ。依月の体って、とっても引き締まってるのよ? 私だって抱きたかったのよ」
「え、竹沢さんって男も女もイける口なんですか?」
田基の質問に、竹沢は頷く。
「あら、言ってなかったかしら? 私、ちょっとバイセクシャルなのよ」
「いや、ちょっとじゃないぞ。毎回もみくちゃにされてるんだが?」
長倉は抗議する一方で、鈴端は視線を逸らしていた。
「ねぇこれって、僕耳を塞いだ方がいい?」
「何言ってるのよ。そこまで生々しくないでしょう?」
鈴端のボヤキに、古河が突っ込む。しかし、竹沢は続ける。
「それで、何処からともなく夕乃が私達の仲を聞きつけて、割り込んだのよ」
すると、戸坂は反論した。
「割り込んだって酷い言い草ですね。私だって依月を狙っていたんですよ」
そうあっけらかんに言う戸坂に対して、長倉は顔を真っ赤にして俯いていた。
「じゃあ、これって羽崎君のハーレムじゃなくて、長倉ちゃんのハーレムじゃないっスか」
頭から湯気が出る長倉を差し置いて、新山がそう言うと、竹沢は頷いた。
「えぇそうよ。皆依月を愛してるのよ」
「もう止めてくれ……」
長倉は顔を手で覆ったまま床にゴロンと転がった。
2047年7月25日 午前6時28分、日本皇国 北海道 根室支庁 択捉郡 択捉島 留別市 天寧町10-1-6 インサイト天寧。
朝日が居間を包む。結局、竹沢と長倉、戸坂の3人は一睡もしなかった。
床で雑魚寝する高校生達を起こさないよう、竹沢は立ち上がる。すると、寝室から声が聞こえた。
「詩織、依月、夕乃……いるか?」
それを聞き、3人は寝室の扉に駆け寄る。
「辰美!?」
「大丈夫なのか!?」
「辰美君、無事ですか!?」
3人は口々に問う。すると、返事があった。
「あぁ。入って大丈夫だ」
3人は扉を開け放ち、寝室へと入る。そこには、憔悴しきった羽崎が、か弱く微笑んでいた。
「心配掛けたな」
羽崎の声を聞き、3人は安堵する。
「全く、心配させないでよ。新山を起こして」
胸を撫で下ろした竹沢の指示に、戸坂は頷き、居間に戻る。
「本当に大丈夫なのか?」
長倉の問い掛けに、羽崎は頷く。
「あぁ。粗方抜けたからな」
そこへ、欠伸をする新山を連れた戸坂が戻ってきた。
「連れてきましたよ。新山さん、手錠の鍵を」
「はいはい、これ」
目をこする新山は、眠そうにブレザーのポケットから手錠の鍵を取り出し、それを竹沢に投げ渡す。
受け取った竹沢は、その鍵で羽崎に掛けられた手錠を外す。その左手首は、痛々しく真っ赤になっていた。
「全く、無茶するわねあなた」
竹沢の言葉に、羽崎は返事する。
「こうでもしなきゃシャブは抜けねぇよ。お前達を捨てる事なんて出来ないからな」
「あら、浮ついた事言ってくれるじゃない?」
竹沢は微笑む。そして、新山の方を振り返った。
「新山、お風呂用意してくれない?」
「へいへい」
新山は欠伸をしながら寝室を出た。
2047年7月25日 午前8時49分、日本皇国 北海道 根室支庁 択捉郡 択捉島 留別市 天寧町10-1-6 インサイト天寧。
食卓で朝食を食べる羽崎を尻目に、鈴端はスマートフォンを耳に当てていた。
「えぇ、はさみんは無事です。まぁ、まだ本調子って訳ではありませんが」
《そうですか。それなら良かったです》
その電話の相手は、道島であった。
《それで、今日中には帰れそうですか?》
「あー、それなんですけど……」
すると、古河と新山の2人が鈴端に「電話を切れ」とジェスチャーを送っていた。鈴端は右手でサムズアップし、応える。
「あれ、先生の声が聞こえないな。電波が悪いのかな?」
《何言ってるんですか? 鈴端君の声は良く聞こえますよ?》
「あれ、完全に聞こえなくなっちゃったな。すんません、一旦切りますね」
《ちょっと! 鈴端君!?》
鈴端は一方的に電話を切った。
2047年7月25日 午前8時50分、日本皇国 新江戸府 浜崎市 桜見町6-9-30 浜崎市立桜見高校 別棟1階 生徒会室 生活委員会ブース。
「切れちゃいました……」
顧問席で、固定電話の受話器を握り締めた道島がそう言う。すると、腕組みをして立っていた新条が唸る。
「何かタイミング良く電波が悪くなったわね」
2047年7月25日 午前9時42分、日本皇国 北海道 根室支庁 択捉郡 択捉島 留別市 具谷町8。
市道26号線を、穂村 アクエーレGが走る。その運転席には新山、助手席には古河、後席には羽崎と鈴端が座っていた。
「それで、覚醒剤密輸の疑惑があるから調査してくれって依頼されたのね?」
古河の問い掛けに、羽崎は頷く。
「あぁ。依頼したのはアメリカのDEA(麻薬取締局)だ。どうも、在日米軍内で覚醒剤の売買が大事になっているらしくてな、それで俺に依頼が来たんだ」
「すごいじゃん、アメリカから依頼だなんて」
ハンドルを握る新山が感嘆するが、古河はそれを否定する。
「何言ってるのよ。DEAは日本への捜査権を持たないし、あくまで疑惑の上に在日米軍絡みよ? 地元警察にも捜査協力は出来ないから探偵に話を持っていたのよ」
古河の説明に、羽崎が口を挟む。
「ご名答。それで、俺はその疑惑の元である豊原貿易商事に潜入したんだが……」
「そしたら後ろからゴツンとされて、シャブ漬けにされて択捉島まで運ばれたと? はさみんにしてはドジったね」
鈴端の揶揄いに、羽崎は頷く。
「何処かの天パと違って、後ろに目は付いてないんでな」
それを聞き、古河はスマートフォンの画面をタップする。
「今の顛末をあかりさんに送ったわ。向こうで風紀委員達が動くはずよ」
「そいつは頼もしい」
古河の言葉に、羽崎は軽口を叩く。すると、古河は後ろを振り返った。
「仮にもこれはあなたの誘拐事件なのよ? 風紀委員会が捜査しなくて誰が捜査するのよ?」
「それは言えてるな」
「全く、他人事みたいに言わないでよ」
4人を乗せたアクエーレGは交差点を曲がり、路地へ入る。
「コラ待て! アタシゃ組の殺し屋じゃないっての!」
アパートの部屋の中で、新山は叫ぶ。一方の部屋の主は窓を開け放ってベランダから逃走する。
新山もそれに続き、2階の窓から飛び降りる。そして、眼下の道路に着地する。そのまま路肩に停車していたアクエーレGに乗り込み、車を発進させる。
男は海へ向かって逃げる。それを、新山と古河の乗る水色の穂村 アクエーレGが追い掛ける。
「よぉし、そのままそのまま……ドンピシャリ!」
男は波止場に向かって走る。運転席でガッツポーズをする新山は右手でハンドルを回し、波止場へ向かう。
男は波止場の先へと走る。すると、波止場に止まっていた車の陰から羽崎と鈴端が姿を表した。
「よぉ、昨日ぶりだな」
羽崎の声に、男は驚き止まる。羽崎はジーンズのポケットに手を入れたまま、男を見る。
「俺達は組の殺し屋じゃねぇって、何度言ったら分かるんだ?」
波止場の岸壁に、男は寄りかかって立っている。岸壁の上に座る羽崎がその右足を男の左肩に乗せ、古河達3人が男を取り囲む。
「金に目が眩んで、組のシャブを豊原貿易商事に横流ししようとしたのか?」
羽崎の問い掛けに、男は頷く。
「枝元って女が俺の所を訪れて、俺を誑かしたんだ。言い値で買うから、シャブを持ってこいって……それで、シャブを」
「しかし、俺がその場にいた事で奴らは金を払わずに済んだ。お前が逃げ出したからな」
羽崎の言葉に、男は羽崎を見上げる。
「俺、殺されるのか……?」
男の問い掛けに、羽崎はため息をついた。
「あぁ。間違いなくな」
「勘弁してくれよ……なぁ、俺を助けてくれよ!」
男の大声に、タバコを咥えた古河が思わず男を壁ドンする。
「ずいぶん調子いいわね? あなたのようなチンピラは、海に沈むのがお似合いよ」
それを聞き、男は震え上がる。
「古河、脅すのもその辺にしとけ」
羽崎の制止で、古河は岸壁から離れる。そして、羽崎は男を見下ろす。
「海の藻屑になりたくなければ、とっとと逃げるんだな。大阪でも沖縄でもな」
そして、鈴端と新山が男の両腕を掴み、押し出した。
それを見ていた古河は紫煙を吐き出し、タバコの先に留まる灰を捨てる。そして、羽崎を見上げた。
「それで、どうするの?」
「決まってるさ。奴ら、豊原貿易商事を当たる」
羽崎の言葉に、鈴端は首を傾げた。
「でも、何処をどう探すんだよ、はさみん? その、枝元って人の名前しか分からないんだしさ」
「簡単だ。この辺にあるホテルっつったら、1つしか無いだろ?」
羽崎はそう言い、スマートフォンを取り出して耳に当てる。
「詩織、ロイヤルコンチネントホテル天寧を当たってくれ……枝元って女が宿泊しているはずだ」
2047年7月25日 午前9時51分、日本皇国 北海道 根室支庁 択捉郡 択捉島 留別市 天寧町1-2-1 ロイヤルコンチネントホテル天寧。
ホテルの送迎スペースに白い前輪駆動5ドアミニバン・穂村 ステップバンGが滑り込む。そして、運転席から棚里、助手席から竹沢、後席スライドドアから長倉と戸坂が降りた。
4人はロビーへと向かった。
「その方なら、ただいま外出されております」
フロントのホテルマンが、そう答えた。すると、長倉が訊ね返した。
「何処へ行ったか、分かりませんか?」
ホテルマンは首を傾げる。そして、口を開いた。
「行先までは……あっ、老門ジオパークかもしれません。そこまでのバスを訊かれましたので」
それを聞き、竹沢が聞き返す。
「老門ジオパーク?」
「えぇ。天寧町の北にある老門町の動物園です」
2047年7月25日 午前10時12分、日本皇国 北海道 根室支庁 択捉郡 択捉島 留別市 老門町5-6-1 老門ジオパーク。
恩根登山の中腹に建つ動物園の駐車場に、アクエーレGとステップバンGがやってくる。そして、駐車スペースに停まっている白いクーペ・穂村 テリオクーペRと紺色の四輪駆動5ドアSUV・穂村 インターセクト20X(RT4後期型)の傍に停車した。
2台からそれぞれ高校生達が降りると、テリオクーペRとインターセクト20Xに寄りかかっていた田基、永合、阿川、荒葉が近寄った。
「一応警備室に寄ってみたんだけどね、返されちゃった」
田基の言葉に、新山は天を仰いだ。
「なっつん、そこは強行突破して防犯カメラ映像を確認してよぉ」
「そんなの犯罪じゃん。それに、その枝元って人、人相が分からないんだよ?」
2人の言い争いに、鈴端と阿川が割って入る。
「まぁまぁまぁ2人共」
「ここで喧嘩しても仕方ないでしょ」
そして、羽崎が口を開いた。
「とにかく、手分けして探そう。身長160cmほどの痩せ型で、黒髪ロングヘア、そこそこの美人だ」
その言葉に、古河はため息をつく。
「全く参考にならないわね」
羽崎が言い返す。
「他に何と言えばいいんだよ?」
「とにかく、探すしかないわよ」
竹沢がなだめ、荒葉から差し出された入場券を受け取る。そして、高校生達は動物園へと入っていった。
ミーアキャットがキョロキョロと首を動かす。
それを見ていた新山も同じポーズを取り、首を動かした。
「おたくも、誰か探してるの?」
カンガルーが飛び跳ねる前で、鈴端も飛び跳ねる。そして、羽崎に訊ねる。
「なぁはさみん、ホントに見つかるか?」
「馬鹿な事してねぇで探せ」
羽崎はジーンズのポケットに手を入れたまま歩き去る。
「ちょっとちょっと、はさみん!」
鈴端が慌てて追い掛ける。
ホッキョクグマの展示スペースの前に、黒いワンピースをまとった女性が立っている。ベンチに黒いボストンバッグを置き、離れる。すると、アタッシュケースを持った壮年の男性が近付き、ベンチに座る。そして、アタッシュケースとボストンバッグを入れ替え、ボストンバッグを持って立ち上がり、離れていく。
女性は振り返り、ベンチの上に置かれたアタッシュケースを持ち上げる。そして、歩き出した。
その一部始終を、長倉と田基が見つめていた。2人は少し離れた場所から、ジュースを飲みながらそれを見ていた。
「あれ、何かの取り引きだよね?」
「あぁ、如何にもなやり取りだったな」
2人は頷き合い、田基はスマートフォンを取り出した。
「もしもし、羽崎君? シロクマの所でそれらしき人を見かけたから、尾行するね」
連絡を受けた羽崎と鈴端が、入場ゲートへと走る。しかし、その途中で羽崎は咳き込み、立ち止まる。
「はさみん!?」
鈴端が駆け寄ると、羽崎は呼吸を整えて返事した。
「悪いな、まだ抜け切れてなくてな」
「大丈夫?」
「あぁ、何とかな」
すると、そこへ長倉と田基が駆け寄る。
「ごめん、途中で撒かれちゃった」
田基の謝罪に、羽崎は頷く。
「仕方ないさ。どうも用心深いらしいな。とにかく、ホテルを当たるぞ」
4人は入場ゲートを目指す。
2047年7月25日 午前11時13分、日本皇国 北海道 根室支庁 択捉郡 択捉島 留別市 天寧町1-2-1 ロイヤルコンチネントホテル天寧 812号室。
部屋へと古河と新山が突入し、拳銃を構える。しかし、室内は無人だった。
古河は部屋を見渡す。ゴミがいくつか散乱しているが、荷物は見当たらない。
「こりゃトンズラしたね。チェックアウトせずに逃走だなんて、セコイ女」
空っぽのクローゼットを眺める新山が呟く。すると、部屋に羽崎と鈴端が入ってきた。
「どうだ?」
羽崎の質問に、ブレナン B2023をホルスターに仕舞う古河はお手上げのポーズを取った。
「ずらかった後よ。ジオパークでの尾行がバレたか、それとも用事が済んだからさっさと出ていったか、はっきりしないけど」
古河の言葉を聞き、羽崎は天を仰いだ。一方、鈴端はテレビの前に置かれたバインダーを手に取る。
「お、はさみん、岩盤浴だってさ。健康に良さそうだから入っていこうよ?」
「終わったらな」
羽崎は鈴端を連れて部屋を出る。その後に、古河と新山も続いた。
フロントロビーでは、竹沢達がソファに座ってタブレット端末を見ていた。そこには、ホテルの宿泊客の情報が乗っている。
「何かあった?」
そこへ、古河達が戻ってくる。新山の問い掛けに、棚里は顔を上げて首を振った。
「いいえ。枝元という女性はいません。恐らく偽名で宿泊したんでしょう」
「こっちも手掛かり無しか」
羽崎がボヤくと、タブレットを見ていた長倉が呼び止めた。
「辰美、新江戸府からの客が1人いるぞ」
それを聞き、高校生達は長倉の元へ集まる。
「豪練寺 晃輝、住所は新江戸府 茜原市 金木町7-6-1。昨日やって来て、ついさっきチェックアウトしたようだな」
長倉の呼び上げに、羽崎は考え込む。一方、新山は長倉のタブレット端末の嗅いでいた。
「ルカ、ちょっとこれ匂わない?」
新山の質問に、古河は頷く。
「確かに怪しいわね」
2047年7月25日 午前11時38分、日本皇国 北海道 根室支庁 択捉郡 択捉島 留別市 天寧町10-1-6 インサイト天寧。
駐車場に、4台の車が戻ってくる。そして、高校生達が降りた。
そのまま608号室へと向かうと、その部屋の扉が少し開いていた。気付いた戸坂と永合がそれぞれ拳銃を取り出し、部屋へと突入する。
両手に1丁ずつアメリカ製9×19mm口径ポリマーフレーム自動拳銃・アボット&レイモンド DUP-9Lパフォーマンスを持つ永合を先頭に、部屋の中を捜索する。しかし、部屋は既に無人だった。そして、家具が荒らされていた。
「まずいな、ここがバレたぞ」
永合の呟きに、戸坂が頷く。後から入ってきた高校生達も、部屋の中を見渡す。
「どーしよ、ルカ?」
新山の問い掛けに、古河は羽崎を見る。
「決まってるでしょ、目的はコイツよ」
「あぁ、そうだな」
羽崎は頷く。すると、キッチンカウンターに置かれた電話機がなった。羽崎がその受話器を取る。
「もしもし?」
《よぉ、探偵さん。やっぱり生きてたか》
その声に、羽崎は聞き覚えがあった。
「豊原貿易商事の下っ端か。あぁ、五体満足さ」
《女は預かった。返して欲しくば、4時に具谷ヨットハーバーへ来い、1人でな。仲間や警察を引き連れていれば、女は殺す》
「分かった」
羽崎はそれだけ返し、受話器を戻す。すると、鈴端が問い掛けた。
「はさみん、何だって?」
「具谷ヨットハーバーに4時、1人で来いだと」
それを聞いていた竹沢が口を挟む。
「まさか、本当に1人で行くつもり?」
羽崎は頷く。
「これは俺の尻拭いだ。1人で蹴りをつける。ま、保険は掛けるがな」
そう言うと、羽崎はジーンズに挟んでいたオーストリア製.357口径ポリマーフレーム自動拳銃・ライカン 28を取り出した。それを見た古河が訊ねる。
「あら、あなたチェコ製の銃にこだわりがあったんじゃないの? そんなオーストリア製のありふれたポリマー拳銃だなんて、らしくないじゃない」
すると羽崎は左手を振った。
「これは俺のじゃなくて、奴らの銃だ。俺のは奴らが持ってる」
「ふーん?」
腕を組む古河の前で、羽崎はライカン 28の15連弾倉を抜き取る。その弾倉は空っぽだった。
「なぁ、誰か.357SAHを持ってないか?」
羽崎の質問に、高校生達は首を傾げる。
「そんなマイナーな弾、誰が持ってるのよ?」
呆れる古河の隣で、棚里が新山に質問する。
「.357SAHって、あまり聞き慣れない弾ですけど、何ですか?」
すると、新山はマガジンポーチから12連弾倉を取り出し、そこから1発の.40A&R弾を取り出して棚里に見せた。
「この.40A&R弾の薬莢の先端を絞って、.357マグナムの弾丸を取り付けた弾だよ。元々フィンランドのノスラ社が『.357マグナムと同等の威力持つ自動拳銃用の弾』として10×25mm ノスラオートを開発したけど、その反動からあまり評価されなかったの。そこで、薬莢全長を短くして発射薬を減らしたものをアメリカのアボット&レイモンドが開発して、.40A&Rが誕生したんだよ。けど、弾丸の初速が低くて貫通能力が低いから、更にスイスのスイスアームズへーメルが.40A&Rをボトルネックにして.357マグナムの弾丸を取り付けて高初速化、貫通能力を上げたのが.357SAHって訳。ま、.40A&Rの牙城を崩すほど売れた訳でもないんだけどね」
新山の説明を棚里が聞き入る中、竹沢は羽崎に訊ねた。
「.357SAHなんかでどうするのよ?」
「奴らに一泡吹かせるんだよ。1発でいいから」
「本当に1発でいいの?」
「あぁ、1発だ」
2047年7月25日 午後4時00分、日本皇国 北海道 根室支庁 択捉郡 択捉島 留別市 具谷町4-4-1 具谷ヨットハーバー クルーザー置き場。
日が傾きかけるヨットハーバーに、羽崎はたった1人で立っていた。
そこへ、声が響き渡った。
「本当に1人で来るとはな」
羽崎が声のした方へ振り返る。そこには、黒いスーツを着た男が立っていた。その左腕では岡町 紗枝が抱き抱えられ、右手のチェコ製5.7×28mm口径自動拳銃・MZC MZ57Cの銃口が彼女のこめかみに押し付けられている。
「警察にも話していないんだな?」
男の問い掛けに、羽崎は両手をポケットに入れたまま答える。
「みっともなくて言えるかよ、てめぇらとシャブのパーティで盛り上がったなんてよ」
「ふ、全くだ」
その時、羽崎は視線に気付き、再度振り返る。すると、背後では別の男が羽崎に拳銃を向けていた。チェコ製5.7×28mm口径、MZC MZ57だ。両方とも、羽崎の愛銃である。
「自分の銃で死ぬなんて本望だろ?」
MZ57を持つ男が言うと、羽崎は鼻で笑った。
「まだ死ぬ気はねぇよ」
「強がりはそれまでだ」
すると、羽崎はまた振り返り、岡町にMZ57Cを突き付ける男を向いた。そして、ライカン 28を取り出す。
「また同じ手か。2度も引っ掛かるもんか」
MZ57Cを持つ男が強がる。羽崎は口を開いた。
「賭けてみろよ、てめぇらのタマでよ」
「弾の無い銃なんて、ただのオモチャだろう」
男がそう言い切った瞬間、羽崎は引き金を引いた。スライドに内蔵された撃針を止めていたシアーロックが外れ、バネ仕掛けで撃針が前進する。そして、薬莢底部の雷管を叩く。これによって発射薬に点火され、7グラムの115グレインジャケテッドホローポイント弾が撃ち出され、八角形を捻って作られたポリゴナル銃身の中を回転しながら進む。そして470m/sという速度で飛翔した。
放たれた弾丸は、男の右肩を撃ち抜いた。その手に握られていたMZC MZ57Cが宙を舞い、男は倒れる。
「野郎っ!」
MZC MZ57を持っていた男が叫び、引き金を引こうとする。直後、彼の左肩から血飛沫が飛び散った。それから遅れて銃声が轟く。
2047年7月25日 午後4時02分、日本皇国 北海道 根室支庁 択捉郡 択捉島 留別市 天寧町10-1-6 インサイト天寧 屋上。
屋上に、2人が腹這いになっていた。
「ショルダーヒット、崩れ落ちる。ナイスショット」
アメリカ製7.62×51mm口径ブルパップ型自動小銃・ロンテック RBR-308を構え、装着された狙撃眼鏡を覗く阿川の報告に、その右隣の荒葉は構えていたアメリカ製.338口径ブルパップ型ボルトアクション式手動小銃・フィールドテック SHRの槓杆を右手で上げて引く。排莢口から長い.338ライホマグナムの薬莢が硝煙をまといながら排出され、床面を跳ねた。
「900m先の肩を撃ち抜くなんて、やっぱすげーな」
阿川の声に、立ち上がった荒葉が答える。
「何言ってんだ。この為に特訓したんだぜ? それに、羽崎自身もこんくらい出来るぜ」
「……やっぱ羽崎ってバケモンじゃね?」
阿川の呟きに、荒葉はフィールドテック SHRの弾倉を外しながら頷いた。
「否定できねぇな」
2047年7月25日 午後4時03分、日本皇国 北海道 根室支庁 択捉郡 択捉島 留別市 具谷町4-4-1 具谷ヨットハーバー クルーザー置き場。
地面に倒れる男に、羽崎は近付く。そして、地面に転がったMZC MZ57を持ち上げながら口を開いた。
「.338ライホマグナムによる狙撃、実に900m。てめぇらの失敗は、カウンタースナイパーを配置しなかった事だ。これ、返してもらうぞ」
そして羽崎は振り返り、岡町へと歩み寄る。
「お世話になりました。この御恩は忘れません」
羽崎の言葉に、岡町は微笑む。
「えぇ。探偵さん、またいつか」
2047年7月25日 午後7時15分、日本皇国 新江戸府 浜崎市 桜見町6-9-30 浜崎市立桜見高校 別棟1階 生徒会室。
見慣れた大きな部屋へと、高校生達が入ってくる。
「羽崎君!?」
「あ、生きてた」
生徒会ブースで、深堀会長と気群副会長が呆気に取られる。
「戻ったのか、良かった良かった」
「ほんま、タフやなぁ」
生活委員会ブースで、鈴川と愛江が出迎える。
「羽崎君、ご無事で何よりです」
「ん、報告よろしく」
風紀委員会ブースで、道島は涙ぐみ、椅子に座る新条は書類から目を上げずに口を開いた。周りの風紀委員達が、羽崎を見る。
「ただいま帰還しました。新条警部補、道島先生、ご迷惑お掛けしました」
顧問席の前まで歩いた羽崎は一礼する。すると、新条は手にしていたバインダーから1枚の紙を取り出し、机の上に置いた。
「豊原貿易商事を洗ってみたけど、実態の無いダミーカンパニーだったわ」
「登録されてる住所も行ってみたけど、もぬけの殻だったしな」
新条と倉田の言葉に、鈴端と新山が声を上げる。
「そんな訳無いじゃないですか。だって、はさみんは豊原貿易商事に潜入捜査してたんですよ?」
「そうっスよ。じゃ、アタシらが択捉島で追ってたのは亡霊だと言うんスか?」
新条はため息をつく。
「実態が無い以上、調べようが無いじゃない。現に会社は無くなっているのよ?」
その時、風紀委員達が身に付けていた無線機が鳴った。
《府警から浜崎市内の各移動、元巻埠頭 Dバースにて女性の死体が浮いていると110番入電中。近い移動は急行し、調査願いたい。以上、府警》
それを聞き、倉田は風紀委員達へと振り返る。
「よし、出動!」
桜見高校の職員用駐車場へと、高校生達が走る。次々と覆面パトカーに乗り込み、赤色灯や青色灯を屋根に載せ、サイレンを起動する。そして、駐車場から続々と覆面パトカーが発進していく。
2047年7月25日 午後7時23分、日本皇国 新江戸府 浜崎市 元巻町3 元巻埠頭 Dバース。
波止場に、多くのパトカーが集まっている。そこへ、ゴールドツートン色の後輪駆動2ドアノッチバッククーペ・丹生館 パンテーラ3.0ブレンネロ(UF31AZ2後期型)と茶色の前輪駆動4ドアセダン・ビショーネ 951セダン(939前期型)がやってきた。
パンテーラ3.0ブレンネロからは新山と古河、951セダンからは棚里、竹沢、羽崎、鈴端が降り、規制線を潜る。
「お疲れっスー」
引き上げられた遺体の傍で鑑識作業をする赤髪ショートヘアの女性・鑑識係の鹿取 杏へと新山が声を掛ける。
「お疲れ様。択捉島からトンボ帰りで殺しのヤマなんて、災難だね」
鹿取の返事に、古河が質問する。
「死因は?」
「検死待ちだけど、多分胸部に1発ズドンだね。弾丸の特定は不可能、高初速のフルメタルジャケット弾か何かを使ったらしくて、弾が貫通して背中から抜けてる」
鹿取の説明を聞く傍ら、棚里は遺体に手を合わせる。すると、隣の竹沢が口を開いた。
「身元を示す物は見つかりました?」
その質問に、鹿取は首を振る。
「財布、携帯電話の類は無し。その辺は司法解剖で歯型を取るしか無いね」
しかし、羽崎は遺体に見覚えがあった。
「ある程度のヒントなら出せる。こいつは、枝元っていう豊原貿易商事の社長の愛人だ」
その言葉に、古河達が驚愕する。
「え、この女性が枝元さん?」
「羽崎、それ本当なの?」
新山と古河の問い掛けに、羽崎は頷く。
「あぁ、間違いない」