銃手のヒーローアカデミア 作:自堕落者
昼休み。
ファンシーな文字で『リカバリーガール出張保険所』と書かれた一室に、緑谷はいた。騎馬戦で個性を使用した際、痛めた指を治療してもらうためだ。
「これでよし」
リカバリーガールの声に、呆然としていた意識が現実に引き戻される。
「ありがとうございまぁぁぁあ!! オ、オールマイト!? いいいつの間に!?」
椅子から転げ落ちそうになるくらい驚く緑谷に、「気づいてなかったのかい」とリカバリーガールが呆れたように言った。
「すみません! ボーっとしてて!!」
座っていた椅子を譲ろうとする緑谷を、オールマイトは鷹揚に笑って制止した。
「騎馬戦での君の様子が気になってね……何か、あったのかい?」
騎馬戦、という単語にあからさまに気落ちした緑谷を見て、オールマイトが深刻な様子で問いかける。
緑谷は力なく首を振った。
「違う、違うんですオールマイトッ……。僕は…、何もできなかった……」
騎馬戦中、心操の個性で操られていたのだと説明すれば、オールマイトは合点がいったという様子で頷き、首を言傾げた。
「あれ? でも君個性使ったんだよね?」
「え?」
オールマイトは、包帯が巻かれた緑谷の手を指さして言った。
「えっと、洗脳中も意識はあったんです。モヤが掛かった感じでしたけど。でも一瞬そのモヤが晴れたみたいになって、指先だけが動いたので個性を使ったらその時心操くんの個性も解けたみたいで……」
緑谷はギュッと治療されたばかりの拳を握りこんだ。
「……オールマイト」
思い出すのは、体育祭前にオールマイトと交わした会話。
「50分前後…!?」
「あぁ…私の活動限界時間だ。無茶が続いてね。マッスルフォームはギリギリ一時間半くらい維持出来るって感じ」
「そんなことに…!」
体育祭の開催が相澤からクラスへ通達された日の昼休み、緑谷はオールマイトから呼び出されていた。
そこで聞かれた衝撃の事実に、緑谷の声が震えた。
「それより体育祭の話だ。君まだ”ワン・フォー・オール”の調整できないだろ。どうしよっか」
「…す、すみません!」
「謝る必要はないよ、これから少しずつできるようになればいい。……ただ」
不自然に切られた言葉に、緑谷は俯いていた顔を上げた。
オールマイトの静かな瞳が、真っすぐに自分を見据えている。
「ぶっちゃけ、私が平和の象徴として立っていられる時間って、実はそんなに長くない」
緑谷に個性を譲渡してしまった今、オールマイトに残された力は、限られている。
「悪意を蓄えている奴の中にそれに気づき始めている者がいる。君に”力”を授けたのは”私”を継いでほしいからだ!」
ビリビリと肌を刺す覇気。
緑谷はグッと息を飲む。
「体育祭…全国が注目しているビッグイベント! 今こうして話しているのは他でもない! 次世代のオールマイト…象徴の卵……『君が来た!』ってことを世の中に知らしめてほしい!!」
…そう、言われていたのに。
「騎馬戦で勝ち残れたのは……、心操くんの力です。僕はッ何もできなかったッ!」
「……」
「皆、本気で戦ってる! 一番を目指してる! それなのに、何もできなかった僕が勝ち残るなんて……!!」
苦しい。
期待に応えられないことがこんなにも辛いだなんて、緑谷は知らなかった。
オールマイトの願いを叶えるなら、自分はきっと本選に出るべきだ。
でも、緑谷の理性がそれを許さない。
開会式前、轟が自分に宣戦布告してくれたことすら、今は重く圧し掛かって、体を絞めつけているように感じた。
「……オールマイト」
「なんだい」
「僕は、どうしたらいいんでしょうか……」
涙をこぼす緑谷に、オールマイトは慰めようと伸ばした手を伸ばし、引っ込めた。それを見たリカバリーガールが、情けないその男の背中を力一杯叩く。
「あんたまた変にプレッシャーかけたろ」
「痛っ! ひ、必要なことなのです!!」
叩かれた脇腹を押さえながら、オールマイトは緑谷に言った。
「緑谷少年、今戦っているのは君だ……私じゃない」
「それは……そうなんですが」
「だから決めるのは君だ。このチャンスを生かすも殺すも君が決めるんだ」
オールマイトの優しい声に、緑谷は「もう少し、考えてみます……」と口にするのが精一杯だった。
数分後落ち着きを取り戻した緑谷は、一つ、騎馬戦で気になったことをオールマイトに尋ねた。
「そうだ、オールマイト。僕…幻覚が見えたんです」
「幻覚?」
「8…9人…? 人数は定かじゃないんですけど、洗脳で頭にモヤがかかったような感じになった時、そのモヤを払うかのように幻覚が浮かんで…、瞬間的に辛うじて指先だけ動いたって感じで…。オールマイトのような髪型の人もいました…。あれは…ワン・フォー・オールを紡いできた人の意思のようなものなんでしょうか?」
恐る恐る尋ねると、オールマイトは顔を真っ青にしていった。
「怖ぁ…何それ……」
知らなかったらしい。
「えぇ! ご存じかと!!」
「いや、私も若かりし頃見たことはあるよ。ワン・フォー・オールを掴んできたっていうわかりやすい進歩だね」
「?」
どういう意味だろうと、その言葉の先を待つ。
「”個性”に染みついた面影のようなものだと思う。そこに意思どうこうか介在せず、双方干渉出来る類のものじゃない。つまりその幻覚が洗脳を解いたのではなく、君の強い想いは面影を見るに至り、心操少年の”洗脳”に対し、一瞬、指先だけでも打ち勝ったってことなんじゃないか?」
「なんか全然釈然としませんけど……」
「食い下がるな! それより昼食を取らなくていいのかい!? もう時間ないよ?」
「え!?」
時計を見ると、昼休憩終了まで20分程しか残っていない。
「お二人ともありがとうございました!」
「あいよ」
頭を下げて走り去っていく緑谷の足音が完全に遠ざかったのを聞き届けてから、リカバリーガールは言った。
「あんたもいたってね」
個性は正しく受け継がれている。
オールマイトは湧きあがる様々な思いに蓋をして、象徴としての答えを返した。
「良いことです…」
食堂に向かって走っていた緑谷は、その途中に設置されたモニターの前に立つ麗日に気づいた。
モニターにはちょうど騎馬戦の映像が流れており、胸がギュッと締め付けられるようだった。
「麗日さん……大丈夫?」
どう声を掛ければいいか、悩んだ末に出した答えは結局ありふれたものだった。
麗日の肩が僅かに跳ねる。
「デク君……」
その声で、緑谷は彼女も自分と同じ悩みを抱えているのだとわかった。
「尾白くんね、辞退するんやって。何もできなかった自分が勝ち進むなんてできないって……」
緑谷が返答に悩んでいると、麗日はモニターから目を逸らさず、告げた。
「私は出ようと思う」
「……え?」
緑谷の動揺に気づかない麗日は、震える声で続けた。
「多分、尾白くんの選択が正しいんやと思う。何もしてない人間が勝ちあがるなんて間違ってる、間違ってるけど……私は勝ちたい。 そこに少しでも可能性があるなら、賭けてみたいって思う」
そこで初めて、麗日が振り返った。
「多分、ここで辞退してもしなくても、私……後悔する。だったらやって後悔した方がいい!」
あぁ、彼女は本当に強い人間だ。
緑谷とは違う。周囲に恨まれても、覚悟を貫く意思がある。
今の自分に足りなかったものを、緑谷はようやく自覚した。
どっちも大切だった。自分のプライドも、周囲からの期待も大切で、手放せなかった。
——————『君に”力”を授けたのは”私”を継いでほしいからだ!』
オールマイトに残された時間は少ない。
それが明日かもしれないし、一年、もっとずっと先かもしれない。
だが、チャンスを棒に振って他の人と同じように努力するだけでは、きっと彼の立つ場所には辿り着けない。
「僕も出るよ」
気づくとそう口にしていた。
「デクくん……?」
目を丸くする麗日に、今度は自分の意思ではっきりと覚悟を口にする。
「本選、頑張ろうね」