銃手のヒーローアカデミア 作:自堕落者
深く沈んでいた意識が、ゆっくりと浮上する。
暫くふわふわとした感覚に浸っていた犬飼だったが、嗅ぎ慣れない匂いに重い瞼を開ける。どこだ、ここは。
目を開けると、眩しいほど白い天井が視界一杯に広がった。
「……! 起きたか!?」
誰かの声が聞こえた。
緩慢な動作で声がした方を振り向くと、心操がひどく憔悴した様子で犬飼を見つめていた。
「し、んそう……?」
そう呟いた瞬間、眠る直前の出来事が走馬灯のように犬飼の脳裏をよぎった。
「試合!!」
そう叫んで、慌てて起き上がろうとした犬飼を止めたのは、いつの間にか傍に寄って来ていたリカバリーガールだった。
「落ち着きな。今、爆豪と麗日が試合中だ。あんたの出番まではあと1試合ある。十分間に合うよ」
「よかった……!」
リカバリーガールの言葉にホッとしたのも束の間、また意識が落ちそうになる。
頭を揺らす犬飼を見て、リカバリーガールは「まだミッドナイトの個性が消えてないみたいだね」と言った。
「その状態で試合に出る気かい?」
「……大丈夫です」
犬飼は頭を振って僅かに眠気を飛ばすと、トリオン体に換装した。
「直前までトリオン体で乗り切ります」
「……ずっとそのままでいればいいだろう? ミッドナイトには私から言っていくよ」
流石にそれは対戦相手に失礼だろう。
犬飼は礼を言って、リカバリーガールの提案を固辞した。
これは対応できなかった自分の責任であり、対戦者には関係のない話なのだから。
ベッドから降りて会場に戻ろうとした犬飼を、それまで沈黙を貫いていた心操が呼び止めた。
「……おい」
「ん?」
「……今回はダメだったとしても、俺は諦めない。絶対ヒーロー科入って、資格取得して…おまえより立派にヒーローやってやる!」
心操は後悔や不安を押し殺して、犬飼にそう宣言した。
審判を洗脳するという反則ギリギリの手段に出た心操が、今回の結果でヒーロー科に入れるかどうか犬飼には分らない。
だが、その背を押す人間が一人くらいいてもいいはずだ。
「洗脳って敵にいたら厄介な個性だよね」
「……」
「でもそれって、味方だったら凄く心強いってことなんだと思うよ」
心操が呆然と犬飼を見た。
「心操くん真面目だから今まで個性ほとんど使ったことなかったでしょ?」
「え……、あ、あぁ」
「ヒーローになるなら、まず自分の個性を深く知った方がいい。不安なら先生に相談してみなよ。普通科でも話くらい聞いてくれるだろうし、頑張って」
そう言って犬飼は保健室を出た。
「~~完敗したッ! なんだよアレ!? 本当に同い年かよ!?」
叫びながら蹲った心操の肩を、リカバリーガールはそっと撫でた。
「心強いってさ」
「~~~ッ……!!」
肩を震わせる心操。
個性を打ち明けるたび、敵向きの個性だと揶揄された。敵だったらと言われたことは星の数ほどあるが、味方だったらと同級生に言われたのは初めてだった。
犬飼は強い。だからこそ、普通科である心操の事なんて歯牙にもかけていないと思っていた。
だが、そんなことはなかった。
「まだまだこれからさね、頑張りな」
心操は涙をぐっと堪え、微かに頷いた。
試合の為に控室に向けて歩いていた犬飼は、廊下の先で緑谷とNO.2ヒーロー”エンデヴァー”が見え反射的に身を隠した。
(なんで隠れたんだろう……)
自分のしたことに首を傾げていると、エンデヴァーは脇をすり抜けてステージに向かおうとする緑谷を呼び止めた。
「ウチの焦凍にはオールマイトを越える義務がある。君との試合はテストベッドとしてとても有益なものとなるだろう」
その言葉で、犬飼は轟が頑なに左の個性を使わない理由をなんとなく悟った。
(おれの親もなかなかだけど……こっちも凄いな)
犬飼が感心するレベルで、目の前の男はクソだった。よくヒーローとして活動できているな。
「くれぐれもみっともない試合はしないでくれたまえ。言いたいのはそれだけだ。直前に失礼した」
本当に失礼である。
流石に割っていった方がいいかと思案していた犬飼の心配を打ち消したのは、緑谷だった。
「……僕は、オールマイトじゃありません……」
「そんなものは当たりま……」
「当たり前の事ですよね…」
緑谷は犬飼の知らない轟の事情を、おそらく知っている。
そして彼は、他人の為なら、たとえ相手が格上だろうと反論できる人間だった。
「轟くんもあなたじゃない」
エンデヴァーがいなくなったことを確認して、犬飼はカメレオンを解いた。
試合前に凄い会話を聞いてしまった気がする。
控室で休んで精神的疲労を癒そう。そう思った犬飼だったが、ドアノブに手をかけた瞬間、控室の中から誰かの泣き声が聞こえてギョッとした。
僅かに扉を開けて中を覗くと、麗日が誰かと電話越しに話していた。泣かされているというより、悔しさで泣いている麗日を電話越しの誰かが励ましているという感じだった。
流石にこの中に入るのは憚られて、そっとドアを閉める。
「……ステージ見るか」
そう独り言を零して、ステージに続く廊下を歩く。
(そういえば……おれスマホの電源切ったままだったな)
流石にもう両親からの連絡はないだろうと、一度換装を解いてスマホ取り出し、電源を入れる。
——————凄い量の着信とメッセージが、A組から届いていた。
やらかした……! そう気づいたとき、タイミングよく着信音が鳴った。慌てて電話に出る。
「もしも」「犬飼!? 大丈夫? 倒れてない? 今どこ!?」
尾白の矢継ぎ早の質問に、犬飼はかなり心配をかけてしまったことを悟り、珍しく殊勝に謝った。
「今、控室だよ。ごめんね、心操くん運んだあと、個性解いたらミッドナイト先生の個性で眠っちゃって……」
そう答えると、尾白の後ろから「よかった~っ」というクラスメイトの安堵した声が聞こえた。
「そうなんだ……全然連絡つかないから皆心配してたんだよ」
「本当にごめん! この試合終わったらちゃんと戻るから!」
「……わかった。轟達の試合が終わったら、次、犬飼とB組の塩崎さんだよね。頑張って!」
「うん、ありがとう!」
電話が切れる。
「塩崎さん……ってことは、上鳴負けちゃったのか~」
スマホで雄英体育祭と検索すると、速報が出ていた。
4戦目 上鳴 vs 塩崎 (勝者:塩崎)
5戦目 常闇 vs 八百万 (勝者:常闇)
6戦目 切島 vs 障子 (勝者:障子)
7戦目 芦戸 vs 飯田 (勝者:飯田)
8戦目 爆豪 vs 麗日 (勝者:爆豪)
「障子勝ってる……! 切島が場外負けってことは、投げ飛ばしたのかな?」
試合結果を確認している間に、2回戦の始まりを告げるアナウンスが響いた。
ステージの入り口に寄り掛かり、次の試合を観戦する。
『待ちに待った2回戦! 戦うのは障害物競走で激しい1位争いを繰り広げたこの2人! 緑谷 対 轟 !!』
試合開始の合図で、もはや十八番となった轟の先制氷結攻撃が緑谷を襲った。
それを緑谷が自身の個性を発動させ、衝撃で吹き飛ばす。
腫れあがった緑谷の右中指。自壊するのを承知のうえで、それでも轟に勝とうと緑谷は必死に足掻いていた。
再度、轟の攻撃が来る。
『まーーた破ったあ!!!』
右手の人差し指が犠牲に、緑谷が攻撃を相殺する。
(なるほど……考えたね)
個性が身体機能である限り、必ず限度が存在する。犬飼であればトリオン切れがそれにあたるだろう。
轟の個性は強力だが、無敵ではない。
緑谷の攻撃を耐久戦だと判断した轟が、連続で氷結を仕掛ける。
『轟、緑谷のパワーに怯むことなく近接へ!!』
右手の指すべてを使ってしまった緑谷は、騎馬戦で負傷した左腕で個性を使用し、轟の近接攻撃を退けた。
「もうそこらのプロ以上だよアレ……」
「さすがはNO.2の息子って感じだ」
強力な攻撃で緑谷を追い詰める轟に、観客から感嘆の声が零れる。
『圧倒的に攻め続けた轟!! とどめの氷結を———…』
モニターに轟が映る。その右半身がうっすらと白くなっていることに、犬飼は気づいた。勿論、緑谷も気づいたのだろう。
「どこを見てるんだ…!」
緑谷の右手から、高威力の衝撃波が放たれ轟の氷を消し飛ばした。
その痛ましさに、犬飼は僅かに眉を寄せる。
「何でそこまで…」
「震えてるよ、轟くん。”個性”だって身体機能の一つだ。君自身、冷気に耐えられる限度があるんだろう…!? でもそれって、左側の熱を使えば解決出来るもんなんじゃないのか……?」
緑谷の声が、会場を揺らす。
「……っ!! 皆、本気でやってる! 勝って…目標に近付くた為に…っ、一番になる為に! 半分の力で勝つ!? まだ僕は君に傷一つ付けられちゃいないぞ!」
痛む拳をぎゅっと握りしめ、緑谷は叫んだ。
「全力でかかって来い!!」
———轟くんもあなたじゃない。
試合前の緑谷の言葉が、重なって聞こえた気がした。
「……何のつもりだ。全力…? クソ親父に金でも握らされたか…?」
この言葉で、犬飼は轟が自分で緑谷に事情を説明したのだと確信した。
父親を憎んでいる轟に、その個性を使えと緑谷が言ったため誤解したのだろう。
距離を詰める轟の腹に、緑谷は右拳を叩きこんだ。まともに食らった轟が数メートル吹っ飛ばされる。
『モロだぁ—————生々しいの入ったぁ!!』
痛めた拳で殴った緑谷が、右腕の痛みに小さく呻く。
ボロボロになりながらも必死に勝利に食らいつく緑谷に、観客から悲鳴に近い心配の声が上がった。
それもそうだろう。
犬飼も勝利の為なら躊躇なく自分を犠牲にできる。だがそれはトリオン体に痛みがないからだ。
痛みがあれば、流石に犬飼だって戦い方を考える。
「何でそこまで……」
「期待に応えたいんだ…! 笑って応えられるような…カッコいい人に…なりたいんだ!」
緑谷の必死な叫びが、直接的な攻撃よりも深く轟に刺さった。
「だから全力でやってんだ、皆! 君の境遇も、君の決心も! 僕なんかに計り知れるもんじゃない……でも! 全力も出さないで一番になって、完全否定なんてフザけるなって今は思ってる!」
「親父を———…」
「君の! 力じゃないか!!」
その言葉に、轟の顔が泣き出しそうな顔をした。
そして、その左半身から炎が噴き出す。
あれほど戦闘において左側の個性を使わなかった轟に、緑谷は遂にその禁を破らせた。
それを見たエンデヴァーが観客席から歓喜の声を上げるが、轟は全く反応しない。ただ、緑谷だけを真っすぐ見つめていた。
『エンデヴァーさん急に”激励”か…? 親バカなのね』
犬飼が客席のエンデヴァーを呆れた目で見ていると、轟と緑谷が最後の一撃を放とうとしていた。
今の緑谷に轟の高威力の攻撃を相殺する力は残っていない。
犬飼と同じ判断をしたセメントス、ミッドナイトが各々の個性で二人の攻撃を相殺しようとするが、2人が衝突するほうが早かった。
緑谷の超パワーと轟の炎がぶつかり合い、凄まじい爆発を生む。
爆風で吹っ飛ばされた緑谷が、犬飼がいるゲート目掛けて飛んでくる。犬飼は壁に叩きつけられる寸前でその体を受け止め、瓦礫と熱風から緑谷を守る為固定シールドを展開した。
『何今の…おまえのクラス何なの…』
『散々冷やされた空気が瞬間的に熱され膨張したんだ』
『それでこの爆風て、どんだけ高熱だよ! ったく何も見えねー。オイこれ勝負はどうなって…』
砂塵が少しずつ晴れていく。
『って犬飼!? なんでいんの!?』
犬飼が気を失った緑谷を抱えているのを見て、ミッドナイトは審判として判定を下した。
「緑谷くん、場外。轟くん———……三回戦進出!!」
腕の中でぐったりと気を失う緑谷。
満身創痍なその姿に、犬飼は何も言うことができなかった。