銃手のヒーローアカデミア 作:自堕落者
コードネーム
雄英体育祭後、初の登校日。
全国中継された体育祭の反響は大きく、肌身でそれを感じた生徒達は話に花を咲かせていた。
「超声かけられた! 来る途中!!」
「あぁ俺も!」
芦戸と切島が嬉しそうに朝の出来事を語る。
「私もじろじろ見られて何か恥ずかしかった」
「葉隠さんはいつもなんじゃ……」
「おれなんか小学生にいきなりドンマイコールされたぜ」
「ドンマイ」
瀬呂の嘆きに蛙吹が100点満点の返しをする。
「流石雄英。やっぱり影響凄いんだね~」
クラスメイトの会話を聞いていた犬飼は、口々に語られる体験談に思わず感想を漏らしてしまった。
その言葉を落ち込んでいると受け取ったのか、周囲が慰めの言葉を掛ける。
「犬飼だって、寮暮らしじゃなきゃ俺達より声かけられてたって!」
「準優勝だし、顔もカッコいいし!」
「轟くんより?」
「それはないかなー」
「えー」
芦戸に笑顔で否定され、落ち込むふりをする。
急に名前を出された轟がきょとんとした顔で、犬飼達を見た。
「俺より犬飼の方がカッコいいだろ」
「……」
負けを悟った犬飼は、机に突っ伏した。
瀬呂は轟の右手を掴んで挙手させると、「勝者、轟!」と叫んだ。
「ありゃ勝てねぇわ」
「素面で言えるのが轟だよね」
「イケメン死ねッ!!」
上鳴の言葉に耳郎が頷く。
血涙を流す峰田を、緑谷と八百万が若干引いた眼差しで見つめる。
と、そこで始業のベルが鳴った。犬飼達は話をやめ、速やかに自席に着く。
ベルが鳴りやむと同時に教室に入ってきた相澤は、いつも通り気だるげな様子で「おはよう」と挨拶した。生徒達も声を揃えて返す。
「「「おはようございます!!」」」
「今日の”ヒーロー情報学”だが、ちょっと特別だぞ」
特別という言葉に、テスト等を思い浮かべた一部の生徒達の顔が強張る。だがそれはいい意味で裏切られた。
「コードネーム。ヒーロー名の考案だ」
「「「胸ふくらむヤツきたああああ!!」」」
皆が興奮で歓声を上げるが、担任の凍てついた眼差しに口を噤むと、行儀よく話の続きを待った。
「というのも、先日話した『プロからのドラフト指名』に関係してくる。指名が本格化するのは経験を積み、即戦力として判断される2,3年から……。つまり、今回来た”指名”は将来性に対する”興味”に近い。卒業までにその興味が削がれたら一方的にキャンセル……なんてことはよくある」
「大人は勝手だ!」
相澤の言葉で指名をキャンセルされた自分を想像したのか、峰田が震えながら嘆きの声をあげる。
そんな峰田とは対照的に、担任の言葉をポジティブに受け取った葉隠。
「頂いた指名がそのまま自分へのハードルになるんですね!」
「そ。で、その集計結果がこうだ」
黒板に、A組の指名件数が一覧で表示された。
轟 3,240
犬飼 3,010
爆豪 2,623
常闇 301
飯田 288
上鳴 272
八百万 108
切島 66
麗日 24
瀬呂 10
芦戸 9
障子 5
「例年はもっとバラけるんだが、今年は3人に注目が集まった」
一覧を見た生徒達、特に指名を貰えなかった生徒達が悔しげな声を漏らす。犬飼は敵に狙われている自分を指名する事務所があることに驚きつつも、体育祭の順位通りではない指名ランキングに驚いていた。
「1位轟、2位犬飼、3位爆豪って……」
「体育祭と順位逆転してんじゃん」
「犬飼の体に穴開けてたり、インタビューでキレ散らかしている奴とかビビるもんな……」
「ビビってんじゃねーよ、プロが!!」
麗日戦や犬飼戦での、爆豪の情け容赦のない戦い方が指名に影響しているのだろう。試合相手をほぼ全員気絶させた犬飼が言える事ではないが、常時不機嫌暴言製造機の爆豪と比較すれば、笑顔で話し方も柔らかい犬飼の方が、相対的にまともに見えたのかもしれない。
指名1位だった轟も、父親であるエンデヴァーが指名の理由であると思ったのか、あまり嬉しそうではなかった。むしろ、数件とはいえ指名を貰えた麗日や障子の方が嬉しそうである。
「この結果を踏まえ……指名の有無関係なく、いわゆる職場体験ってのに行ってもらう」
「!!」
「おまえらは一足先に敵と相対してしまったが、プロの活動を実際に体験してより実りのある訓練をしようってこった」
「それでヒーロー名か!」
「がぜん楽しみになってきた!!」
ヒーロー名で活動するという、まさにプロヒーローのような体験ができるとわかって、生徒達の目が期待で輝く。
それを見た相澤は、今までの経験から安易な名づけの危険性を説こうとした。
「まぁヒーロー名は仮ではあるが適当なもんは……」
「付けたら地獄を見ちゃうよ!! この時の名が世に認知され、そのままプロ名になってる人多いからね!!」
「ミッドナイト!!」
意外な人物の登場に驚く生徒達。
「まァそういうことだ。その辺のセンスをミッドナイトさんに査定してもらえ。俺はそういうのできん」
潔い担任である。
「将来自分がどうなるのか。名をつけることでイメージが固まり、そこに近づいていく。それが『名は体を表す』ってことだ。”オールマイト”とかな」
寝袋を準備しながらそう告げた担任に、生徒達は神妙な顔で頷く。
一人一つボードが配られる。
犬飼はペンを回しながら、自分のヒーロー名を如何するか考えた。
(将来自分がどうなるか……ねぇ)
名前のままというのも考えたが、プライバシー的にそれはあまり採用したくなかった。
後ろからクラスメイト達を見ると、半数以上が迷いなくボードに名前を書き終えている。
犬飼はとりあえず思いつく単語を羅列していくことにした。
——15分後。
「じゃあそろそろ出来た人から発表してね!」
まさかの発表形式に、生徒達に動揺が走る。
そんな大多数の生徒達を意にも介さず1番に名乗りを上げたのは、青山だった。
「行くよ」
青山は勢いよくボードを掲げる。
「輝きヒーロー、 "I can not stop twinkling"(キラキラが止められないよ☆)」
「短文!!!」
「そこはIをとってCan'tに省略した方が呼びやすい」
「それね! マドモアゼル☆」
もっと他に言うことがあるだろう、生徒達は思った。
「じゃあ次アタシね! エイリアンクイーン!!」
「2!! 血が強酸性のアレを目指してるの!? やめときな!!」
「ちぇー」
口を尖らせて席に着く芦戸。
連続で変なヒーロー名が発表されてしまったせいで、大喜利のようになってしまった発表に生徒達が尻込みする。
そんな空気を打ち壊してくれたのは、A組の良心である蛙吹だった。
「小学生の時から決めてたの。梅雨入りヒーロー”フロッピー”」
「カワイイ! 親しみやすくて良いわ! 皆から愛されるお手本のようなネーミングね!」
蛙水のお陰で空気が変わり、続く切島が過去のヒーローをリスペクトした「烈怒頼雄斗」というヒーロー名を発表したことで、流れは完全に修正された。
「ヒアヒーロー”イヤホン=ジャック”」
「触手ヒーロー”テンタコル”」
「テーピンヒーロー”セロファン”」
「武闘ヒーロー”テイルマン”」
「甘味ヒーロー”シュガーマン”」
「”ピンキー”!!」
「スタンガンヒーロー! チャージと稲妻で”チャージズマ”!」
「ステルスヒーロー”インビジブルガール”」
クラスメイトのヒーロー名がどんどん決まっていく。
犬飼は焦りから、隣席の砂藤を頼った。
「犬飼が悩むなんて意外だな」
「いいの浮かばないんだよね~……なんか良いのない?」
「丸投げかよ!?」
と言いつつ一緒に考えてくれるらしい。
犬飼が書きだしたヒーロー名とも呼べない単語の羅列を見ながら、案を出していく。
「犬飼は銃がメインだよな」
「うん。でも銃系の名前って意外と使われてるんだよね。スナイプ先生とかガンヘッドさんとかさ」
「確かにな……。じゃあ2つの単語を組み合わせるのはどうだ? 上鳴のチャージ+稲妻でチャージズマみたいな感じで。犬飼の武器はそのトリガーだろ? だったらそれに何か一単語足せばいいんじゃないか?」
「なるほど…………トリガーヘッド」
「お前の顔でそれはやめとけ」
真顔で却下された。
砂藤とあーでもないこーでもないと悩んでいると、コードネームを発表し戻ってきた常闇と目が合う。
常闇は犬飼のデスクに置かれた紙を見ると、一言告げた。
「お前の顔でトリガーヘッドはない」
「顔関係ある??」
「もっと華やかな名前の方が似合うだろう」
コスチュームがスーツの時点で華やかもないと思うのだが、せっかくもらったアドバイスである。
犬飼が悩んでいると、同じように考えこんでいた常闇が「そういえば……」と犬飼の心臓辺りを指さした。
「スーツのネクタイ裏に付けていたマーク、あれはどういう意味なんだ?」
「マーク? 入れてたかそんなの?」
「……目敏いね」
常闇の言うマークとは、前世、犬飼が所属していた二宮隊が使用していた隊エンブレムの事だろう。
”血の王冠”をモチーフとし、持っている才能(血)でトップになるという意が込められている。
(まぁ色々あって結局A級1位にはなれなかったんだよね~……)
個人ランクでいえば、二宮は射手1位になっていたが、犬飼は銃手ランクの10位前後をうろうろしていた。体育祭でも優勝を逃してしまった自分には相応しくないかもしれない。
——将来自分がどうなるのか。名をつけることでイメージが固まり、そこに近づいていく。それが『名は体を表す』ってことだ。
相澤の言葉が脳をよぎる。
どういうヒーローになりたいかと聞かれると答え難い。だが、どうありたいかという問いになら、犬飼は迷わず答えられる。
(おれは二宮隊の
例え世界が変わっても、そうありたい。
「……よしッ!」
ボードとペンを手に取ると、砂藤と常闇が覗き込んでくる。
「もっと無難な名前を付けると思ったけど……思い切ったな」
「ふむ。意外だが、不思議とお前に似合っている気がする。良い名だ」
神様のお墨付きをもらった犬飼は、手を挙げてミッドナイトに主張した。
「決まったのね! さぁどうぞ!」
教壇に立った犬飼は、ボードが皆に見えるように置く。そしてそこに書かれたヒーロー名を読み上げた。
「銃手ヒーロー”クラウン”。それがおれのヒーロー名です」
「クラウン……王冠って意味ね! 洒落てるわ! でもクラウンって名前は割とありふれているし、1位になるって意味にもとれるから期待も大きいわよ?」
「いずれ、ヒーロー”クラウン”と言えば、「おれ」だって言わせてみせます」
そう答えると、ミッドナイトは嬉しそうに笑って「その日を楽しみにしているわ」と言ってくれた。
自席に戻ろうとした犬飼は、飯田がボードに書こうとしていた文字を見て目を細めた。
”インゲニウム”。飯田の兄のヒーロー名であり、体育祭の日にヒーロー殺しと呼ばれる敵に襲われたヒーローの名でもある。
書こうとしていたところを見るに、兄に名を継いでほしいとでも言われたのかもしれない。それほど彼の兄の容態は悪いのだろう。
今日、ほとんど口を開いていない飯田。いつもなら騒がしいクラスメイトに注意の一つもしそうだが、その様子はなく、どこか思いつめたような顔で俯いている。
犬飼は掛ける言葉を探したが、結局何も言えなかった。
ニュース越しでしか知らない情報で慰めるには、あまりにも無神経な気がしたからだ。
結局、飯田はインゲニウムの名を皆の前で発表することはなかった。
その後、爆豪以外のヒーロー名がすべて決まったのを確認して、相澤は職場体験先の話に移った。
「職場体験は一週間後。肝心の職場だが、指名のあった者は個別にリストを渡すから、その中から自分で選択しろ。指名のなかった者は、予めこちらからオファーした全国の受け入れ可の事務所40件。この中から選んでもらう」
そう言って相澤が掲げた受け入れ先が書かれたリストに皆の視線が集中する。
「それぞれの活動地域や得意なジャンルが異なる。よく考えて選べよ」
「「「はい」」」
その後、職場体験先のリストが個人に配布された。
約3000件の事務所名だけが書かれた紙を見て、犬飼は調べるのが大変そうだなと僅かに顔をしかめた。そこに追い打ちをかける担任の一言。
「今週末までに提出しろよ」
「あと二日しかねーの!!」
「効率的に判断しろ、以上だ」
相澤は生徒の訴えをばっさりと切り捨てると、ミッドナイトと共に教室を出ていった。