銃手のヒーローアカデミア 作:自堕落者
そうして除籍を掛けた体力測定がスタートした。
最初の測定は50m走。
犬飼は換装する前に、この先の体力測定で使用するトリガーを思い浮かべる。
ボーダーのトリガーは量産型の為、8つまでしかトリガーをセットすることができなかったが、個性として発現したトリガーにセットできる上限はない。
だが、セットするトリガーが多い程戦闘中のトリガー切替が難しくなる。
現状、犬飼が戦闘中にミスなく切り替えができるトリガー個数は、両手合わせて12個が限界だった。
必要なトリガーをセットし終えると、戦闘体へ換装する。
更衣室で体操服を登録しておいたので、見た目的な変化はない。
傍で犬飼を見ていた障子が「コスチュームが必要ないとはこういうことか」と納得の表情を浮かべている。
50m走は名前順に二人ずつペアを組み、計測するらしい。
犬飼の出席番号は5番なので、出席番号6番の生徒と組むことになる。
3.04秒という驚異的な数値を叩き出した飯田に素直に称賛に声を上げていると、相澤に名前を呼ばれる。
「次、犬飼と麗日」
——————犬飼。
相澤の声に、遠い昔の記憶が重なった。もう朧げになってしまった前世の記憶が鮮明な音を取り戻し、耳の奥で木霊する。
犬飼は呆然と立ち尽くし、相澤を見た。
二宮さん……と、音にならない声が空気に溶ける。
呆然と立ち尽くす犬飼を不審に思った相澤が、もう一度「犬飼」と名前を呼んだ。
「どうした、さっさと位置につけ」
「……はい」
犬飼は頭を振って感傷を振り払う。心配そうにこちらを見る障子に何でもないと手を振ってこたえ、スタートの位置につく。
(……二宮さんの声だ)
人は声から忘れるという話をどこかで耳にしたことがある。事実その通り、犬飼は前世で関わった人の声を、もう鮮明に思い出すことができなかった。二宮の声でさえ自身の名前を呼ばれなければわからなかったほどだ。
もう2度と聞けるはずがないと思っていた声が聞けた。それは、この15年の孤独を癒すには十分過ぎる奇跡だった。
「ヨーイ……」
機械がスタート前の合図を鳴らす。
麗日が隣で走る体勢を取るのとは対照的に、犬飼は自然体のままゴールを見つめた。
「START!」
スタートの合図とほぼ同時に、犬飼のタイムが告げられた。
「0秒02」
『しゅ、瞬間移動!?』
それを見ていた生徒達が思わず叫ぶ。
相澤も僅かに眼を見開いて犬飼を見た。
犬飼が使用したトリガーは『テレポーター』。
視線の方向に使用者のトリオン体を瞬間移動させる効果を持つ。わりと癖のあるトリガーだが、50m走という競技においてはこれほど適したものもない。
「走る競技には自信があったのだが、まさか負けてしまうとは……!」
それを見ていた飯田がショックを受けた様子で固まっていた。『エンジン』という個性を持つ飯田は、その個性通り走ることに特化している。まさか同学年に負けるとは思っていなかったのだろう。
「いや、流石に長距離の移動はできないから、持久走だと普通に飯田くんの方が速いと思うよ? それに、エンジンがついてるのってカッコよくて俺は好きだな」
「……君はいい人だな!!」
「単純ね、飯田ちゃん」
浮かれった飯田をばっさりと切り捨てたのは、先程飯田と50mを走った、蛙の個性を持つと思われる少女だった。
「私は蛙吹梅雨。梅雨ちゃんと読んで」
「俺は飯田天哉という。……よろしく、つ、つゆ……蛙吹くん!」
「俺は犬飼澄晴。よろしくね梅雨ちゃん」
あっさり梅雨ちゃん呼びした犬飼を、真っ赤な顔をした飯田が信じられないものを見るような目で見つめる。
梅雨ちゃんは嬉しそうにケロケロと笑っていた。
ゴールした麗日が犬飼達を見つけ走ってくる。
「犬飼くんめっちゃ早いやん! ビックリしてこけそうになったよ!」
「ごめんごめん。麗日ちゃんなら大丈夫かなって思って」
「……犬飼くんって絶対モテるやろ?」
初対面でちゃん付けしてくる犬飼に、目をぱちくりさせる麗日。蛙吹や飯田までも同意するように頷いている。
「まあね」
「うわぁ」
「うわぁってなに?」
「隠さない辺りに余裕が感じられて、本当にモテるのねと感心しているのよ」
「解説しないで梅雨ちゃん!」
あわあわと蛙吹の口をふさぐ麗日。
仲がいいなぁと思って2人を見ていると、ズボンの裾を軽く引っ張られる感覚がして足元を見る。
そこには個性の影響なのか、平均より小柄な男子が犬飼のズボンを握っていた。
そして一言。
「死ね」
物凄い嫉妬が込められた声だった。
犬飼には珍しく、動揺で声が上ずった。
「え、俺何かしたっけ……?」
「初対面でなんてことを言うんだ君は! 失礼だぞ!」
「うるせぇ! 入学初日から女子に囲まれやがって! イケメンでモテる奴なんて滅べばいいんだ!」
凄い、と犬飼は思わず感心した。ここまで下心を隠さない人間がいるのか。
「峰田くんも雄英合格したんでしょ? 中学の時モテたんじゃない?」
「雄英合格あるあるだよね……!」
犬飼が尋ねると、麗日が同意の声を上げた。
峰田は悔しそうに首を振る。
「学校中の女子からお前が雄英に合格するなんて世も末、雄英も落ちたな……って言われた」
「何をしたんだ中学時代!?」
「それは……、秘密だ!」
「最低ね峰田ちゃん」
「急に雄英合格したの不安になってきた……」
「先生! 除籍にするなら峰田くんがいいと思います!」
犬飼は平穏な生活の為に峰田を売った。
話が聞こえていたのか、相澤は頭が痛いという様子で額を押さえている。
「……検討する」
「まだ何もしてないのに!?」
「まだってことはするつもりだったんじゃん!」
ギャーギャー騒ぐ生徒達に、相澤が怒鳴る。
「うるせぇぞお前ら。走り終わった奴は次の準備をしとけ」
「犬飼了解」
反射で前世の返事を返してしまい焦る犬飼だが、相澤はあまり気にしていないようだった。周囲も返事がいいなと不審がる様子はなく、犬飼はホッとして肩を落とす。
——————第二種目、握力。
「障子何キロ?」
「540」
「俺の軽く5倍以上なんだけど」
「タコってエロいよね……」
「先生ー! 峰田くんが障子にセクハラしてます!」
「!?」
「俺は女にしかセクハラしねぇ! 不名誉なこというな!」
「お前ら本当にいい加減にしろよ」
人生初のセクハラをされた障子。女子にしかセクハラをしないと断言して、女子のヘイトを一気に集めた峰田。またしても峰田を売る犬飼。キレる相澤。
場は混沌を極めていた。
——————第三種目、立ち幅跳び。
「次、犬飼」
グラスホッパーを展開し、跳ねるようにして距離を稼ぐ。
かなり長くつくられていた砂場を超え、グラウンド端のネットに到達。
流石にグラウンドを出るのはまずそうなので、Uターンしてきたときと同じようにグラスホッパーでスタート位置まで戻る。
「∞」
「∞!?」
クラスがざわつく。
——————第四種目、反復横跳び。
「ひゅううう!!!」
水を得た魚のように、峰田が3桁というすさまじい記録を叩き出す。2位以下を突き放す圧倒的な1位。
「反復横跳び3桁……! 凄いじゃないか峰田君!」
「男に褒められても嬉しくねぇーんだよ」
「落ち込まないで飯田くん。峰田くんがちょっと特殊な性癖なだけだから」
「辛辣だな犬飼」
女子は誰も見ていなかった。
——————第五種目、ボール投げ。
「セイ!!」
「∞」
麗日が2人目の∞記録を出した。
照れた顔で戻ってきた麗日とハイタッチを交わしていると、飯田が不安そうな顔をしているのに気づく。
視線の先には思いつめたような顔をした癖毛の男子。そういえば朝、麗日と3人で親し気に会話していたことを思い出す。
「飯田くんと麗日ちゃんって、緑谷くんと知り合いなの?」
今までのテストである程度名前と顔を一致させていた犬飼だが、念のため緑谷を指さして2人に問う。
その時緑谷の名前が呼ばれた。ボール投げの円内へ歩いていく彼の姿を見ながら、飯田が心配を滲ませた口調で答える。
「緑谷くんとは入試試験会場が一緒だったんだ」
「0P敵から私を助けてくれたんだよ! あの大きい敵を一撃で倒してて、凄いよね……!」
「んなわけあるか! あいつは無個性のザコだぞ!」
急に会話に入ってきた爆豪が、緑谷を指さし声を荒げる。
「無個性!? 無個性の人間が0P敵を一撃で倒すなんてできるはずがないだろう!?」
「……爆豪くんと緑谷くんって仲いいの?」
「中学まで一緒だっただけだわ!」
「高校もじゃん」
ツッコミを入れる麗日。彼女のその度胸の強さは何なのだろう。
そんなことを考えながらレーダーで緑谷を見る。
「……個性あるみたいだよ。緑谷くん」
「なんだそれ」
「レーダーみたいなものだよ。個性がある人間は赤い点で表示される。個性がない人間は感知できないから、間違いなく彼には個性があるよ」
全員が緑谷を見る。
振りかぶった彼の手から放たれたボールの飛距離は、46m。
「な……今確かに使おうって……」
「”個性”を消した」
「!?」
「つくづくあの入試は…合理性に欠くよ。
おまえのような奴も入学出来てしまう」
髪を上げた相澤の目が赤く光る。
犬飼は該当する個性を持つヒーローに全く心当たりがなかったが、緑谷は知っているようだった。
「消した…! あのゴーグル…、そうか……!
抹消ヒーロー、イレイザーヘッド!!!」
名前を聞いても犬飼はピンと来なかったが、蛙吹は聞いた事があるらしい。アングラ系ヒーローだそうだ。
確かに相澤の個性を考えれば、表舞台に立たない方が戦闘では優位に立てるだろう。
「見たとこ…”個性”を制御できないんだろう? また行動不能になって誰かに救けてもらうつもりだったか?」
「そっ、そんなつもりじゃ…!」
僅かに声を潜めてた相澤が、自身の首に巻いていた包帯の様なもので緑谷の体を拘束し、引き寄せる。
個性で強化された聴覚を持つ犬飼と障子、そしてもう一人の少女だけがその会話の全てを聞いていた。
「どういうつもりでも、周りはそうせざるをえなくなるって話だ。
昔、暑苦しいヒーローが大災害から一人で千人以上を救い出すという伝説を創った。
同じ蛮勇でも……おまえのは一人を救けて木偶の坊になるだけ。
緑谷出久。おまえの”力”じゃヒーローにはなれないよ」
そう告げた後、相澤の髪が下りる。
「”個性”は戻した……。ボール投げは2回だ。とっとと済ませな」
沈痛な面持ちで俯く緑谷。
何かを呟いているようだが、流石にそこまでは聞き取れなかった。
緑谷が2球目を投げる。
「SMASH!!」
掛け声とともに放たれたボールは、空を割くような勢いで飛んでいく。
ボールを握っていた右手人差し指が腫れあがっているが、両足骨折などと比べれば、動けないほどの怪我ではない。
大記録を見た麗日達がホッとしたように声を上げている。よほど心配していたのだろう。
「やっとヒーローらしい記録出したよーー」
「指が腫れあがっているぞ。入試の件といい……、おかしな個性だ……」
「スマートじゃないよね」
犬飼はチラリと爆豪を見た。
口を開けひどく驚愕している姿を見るに、彼の言っていた緑谷が無個性だというのは真実なのだろう。
個性の発現は4歳までだ。それに例外はない。
もし緑谷の個性が15歳で発現したとしたら、それは手足が急に一本生えたとかそういうレベルの話になる。
混乱した爆豪は、爆破し叫びながら緑谷に向かっていく。
「どーいうことだ、こら! ワケを言え。デク、てめぇ!!」
「うわああ!!!」
慄く緑谷。
止めようとした犬飼だったが、自身より先に動く人物を見つけ手を引く。
「んぐぇ!!」
緑谷に向かっていた爆豪の体を白い布が拘束する。
「ぐっ…んだこの布。固っ…!!」
「炭素繊維に特殊合金の鋼線を編み込んだ『捕縛武器』だ。
ったく、何度も”個性”使わすなよ…俺はドライアイなんだ」
相澤が爆豪の拘束を解く。
犬飼は轟から氷を、八百万からハンカチを作ってもらい、爆豪から逃げるようにこちらに走ってきた緑谷に渡す。
「轟くんと八百万ちゃんからだよ。指、冷やしたほうがいいんじゃない?」
「あ、ありがとう……」
麗日が心配そうに緑谷に駆け寄る。
障子が爆豪の方にチラリと視線を向けるが、犬飼は「2人の問題だからね、外野がとやかく言う事じゃないでしょ」と放置することを告げる。
というか言ったところで、緑谷はともかく、素直に聞く爆豪ではない。
障子もそう思ったらしく、爆豪に声を掛けることはなかった。
そして、その後上体起こし、長座体前屈、持久走と全ての種目が終了した。
「んじゃパパッと結果発表。
トータルは単純に各種目の評点を合計した数だ。
口頭で説明すんのは時間の無駄なので一括開示する」
その言葉と共に、空間に投影されたスクリーンに成績が表示される。
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1.八百万 百
2.犬飼 澄晴
3.轟 焦凍
4.爆豪 勝己
5.飯田 天哉
6.常闇 踏影
7.障子 目蔵
8.尾白 猿夫
9.切島 鋭児郎
10.芦戸 三奈
11.麗日 お茶子
12.砂藤 力動
13.蛙水 梅雨
14.青山 優雅
15.瀬呂 範太
16.上鳴 電気
17.耳郎 響香
18.葉隠 透
19.峰田 実
20.緑谷 出久
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「ちなみに除籍はウソな」
さらりと告げた相澤に、生徒たちの目が点になる。
「君らの最大限を引き出す合理的虚偽」
「はーーー!!!???」
「あんなのウソに決まってるじゃない……。ちょっと考えればわかりますわ」
驚きでまともな言葉が出ない飯田達に、八百万が呆れたように言う。
「そゆこと。これにて終わりだ。
教室にカリキュラム等の書類あるから目ぇ通しとけ。
緑谷。リカバリーガールのとこ行って治してもらえ。
明日からもっと過酷な試練の目白押しだ」
そう告げて、相澤は担任のサイン入りの「保健室利用書」を緑谷に渡す。
そのまま踵を返す相澤に、犬飼は言葉を投げかけた。
「相澤先生、雄英高校のヒーロー科の2年生って一クラスしかないらしいですね」
皆が一斉に犬飼を振り返った。
「……それがどうかしたか?」
相澤が足を止めて犬飼を見る。
「先生が一クラス全員除籍したんじゃないですか?」
障子がぎょっとした顔で犬飼を見る。
犬飼の言葉に反論したのは、相澤ではなく生徒だった。
「いや、さっき先生ウソだって言ってただろ?」
「そうですわ! そんな職権乱用認められるわけが……!」
「正解だ」
「え……?」
「あいつらにはヒーローとしての見込みがなかった。
だから除籍した。それだけの話だ。
……お前らも見込みがなければいつでも切り捨てる。覚悟することだな」
何か疑われている気がするが、犬飼自身に恥ずべきことなどないので笑って返す。相澤はそれ以上何も言わず、今度こそ校舎へ消えていった。
そして一気に騒ぎ出す生徒達。
「いやいやいやいや! 結局ウソなの? ホントなの!?」
「え? 明日から俺大丈夫かな? 既にやっていける気がしないんだけど……?」
「ほ、本当に除籍する教師がいらっしゃるなんて……!」
「終わった……。俺のバラ色スクールライフが……」
阿鼻叫喚である。
犬飼は処理落ちして固まっている障子の手を引いて、さっさとグラウンドを出る。轟や爆豪など動揺からいち早く立ち直った生徒も同じように校舎へ向かう。
他の生徒達は先程の衝撃のせいか、グラウンドから出る気配がない。
このままだと合理主義の鬼が飛んでくる気がした犬飼は、一応声を掛けることにした。
「みんな、早く着替えたほうがいいんじゃない?
モタモタしていると相澤先生に除籍されるよ?」
皆が一斉に走り出した。たった一日で、ここまで調教できている相澤先生の手腕に感心する犬飼だった。