異能力バトルで推しじゃない方の好感度を上げてしまう男の話   作:二本角

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思い出せた言葉

 

--ワタシは、なにをしてるんだろう?

 

「はぁっ、はぁっ、はぁっ・・・!!」

 

 夕焼けに染まる南校舎の廊下を、ワタシは走っていた。

 普段は勿論だが、舞札祭の最中にそんなことをすれば苦情は必至のはずだが、店じまいが近いからか、廊下に人は少ないために咎められることもない。

 そんな廊下をワタシは全力で走るが、なぜそうしているのか自分でもわからない。

 しかし、そんなはっきりとしない頭の中など知らないように、ワタシの足はぐんぐんとワタシを遠くへ運んでいく。

 昨日の体育祭でそうだったように、これまで『伊坂くん』と鍛えてきた足は去年までの自分が嘘だったかのようなたくましさで・・・

 

「っ!!!!」

 

 

--オレは、白上さんを信じたい。いや、白上さんになら騙されてもいい・・・

 

 

 思い浮かんだ名前を打ち消すように、また思考をゼロにする。

 さっきから、この繰り返しだった。

 それでも、元々が虚弱なワタシだ。

 限界はそんなに待たずにやってきた。

 

「はっ、はっ、はっ・・・」

 

 どこをどう通ってきたかの記憶も曖昧だが、気が付けばワタシは北校舎と南校舎の間にある中庭まで降りてきていた。

 そこでとうとう力尽き、近くの木に手を突くと。

 

「う゛、おえぇっ・・・」

 

 胃の中のものを吐き出した。

 そのまま、内蔵の中身が空になるまで嘔吐を続ける。

 周りに生徒はもうおらず、明らかに体調が悪いワタシを気に懸ける者もいない。

 今のワタシにとって、それはとてもありがたくて、同時にワタシを現実から逃がさないことを意味する。

 動き続ける体力もなく、誰にも邪魔されない場所では、湧き上がってくる思考は止められなかった。

 つい、ワタシは呟いてしまう。

 

「伊坂くん・・・う゛ぉええっ!?」

 

 その名前を呟いた途端、走りすぎたことによるものとはまったく異なる原因で生まれた吐き気から、ワタシはまた嘔吐した。

 もう胃の中にモノは残っていないから、水のようなものしか出なかったけど。

 

(伊坂くん、伊坂くん、伊坂くん伊坂くん伊坂くん伊坂くん伊坂くん伊坂くん伊坂くん伊坂くん伊坂くん伊坂くん伊坂くん伊坂くん・・・どうして)

 

 ワタシの異能は、ワタシ自身を見ることは出来ない。

 だから、ワタシの感情だけは、客観的な評価ができない。

 それでも今のワタシの心に溢れるモノの正体はわかっていた。

 

(ワタシを、裏切ったの?ワタシを、騙したの?・・・ううん、違う。わかってる)

 

 一つは悲しみ。

 そこに憎悪の感情は湧いてこなかった。

 前に、伊坂くんがお昼休みに来れなくなったとわかったときには、伊坂くんを責めてしまったが、今のワタシにその感情は存在しなかった。

 それは、あの白上羽衣に対しても。

 

 

--キミが見たい『色』が見えないのは、私のせいじゃなくて、『キミ』が原因だよ

 

 

「・・・っ!!」

 

 ワタシの呪われた瞳。

 その呪いの忌まわしさを知っているからこそ、その言葉はワタシの胸に深く突き刺さった。

 同時に、ワタシは真実に行き着く。

 いや、この中庭に着く前に、あの部室でもう気付いていたことだ。

 それもまた、白上羽衣に告げられたこと。

 

 

--それはさっきの約束と同じ、キミの勘違いだよ

 

 

「全部、全部、ワタシが勘違いしていただけ・・・伊坂くんは悪くない。ワタシが、バカだっただけなんだ」

 

 すべては、ワタシの勝手な思い込み。

 ただのバカな勘違い。

 そのことに、ワタシはようやく気が付いた。

 

「伊坂くんは、一度もワタシに『好き』って言ってくれたこと、ないもんね」

 

 『キミみたいな子は好き』と言われたことはあるが、それが『そういう意味』じゃないなんてことはワタシだって気が付いていた。

 けれど、ワタシにはこの眼がある。

 だから、勝手に勘違いをしてしまっただけ。

 そう、ワタシは『納得』してしまったのだ。

 白上羽衣が伊坂くんに何らかの精神干渉をしていることは間違いないだろう。

 だが、それにしたって感情を書き換えてしまうような強力な魔法をかけているということはない。

 ワタシの瞳は、『真実』しか映さない・・・というわけではないが、『嘘』だけはつかない。

 それを、ワタシはよく知っているから。

 だからこそ、伊坂くんはもちろん、白上にも憎悪が湧いてこないのだ。

 あのときに見た伊坂くんの心の灯りは、伊坂くんの本心だと、どうしようもなく理解してしまった。

 白上への恋慕も、ワタシに見せた困惑の色も。

 そりゃあ、伊坂くんだってワタシのことを嫌っていたわけではない。

 むしろ、ワタシの人生で出会った中でもトップクラスにワタシに好意を向けてくれていた。

 それは間違いないと分かる。

 ワタシに向けてくれていた優しいピンクの炎は、紛れもない純粋なモノで、ワタシを想ってのモノだった。

 けれども、それはあくまで『好意』であって、『恋慕』ではなかった。

 気が付こうと思えば、いつでもできたはずだ。

 見ようと思えば見えたはずだ。

 伊坂くんがワタシにあの色を向けてくれなかった理由も。

 他に好きな人がいたことも。

 いや、違う。

 

「ワタシは、見たいモノしか見ようとしなかったんだ」

 

 ワタシの眼は嘘は付かない。

 けど、すべてを映してくれるわけではない。

 だから、ワタシはワタシの眼に映るモノから真実を導くわけだが、そこでワタシ自身が曇ってしまった。

 初めて現われた同類を前にして、初めての好きな人ができて、舞い上がってしまった。

 ワタシは、ワタシに都合のいい現実しか見えなくなっていた。否、見ようとしなかったのだ。

 

「はは、あはは・・・」

 

 思わず、乾いた笑いが漏れる。

 これこそが、伊坂くんや白上への憎悪が出てこない理由。

 ワタシの心に洪水のように溢れる、もう一つの感情。

 

「ワタシ、バカだ。どうしようもない、愚か者だよ」

 

 黒葉鶫自身に対する、侮蔑、軽蔑、嘲笑。

 あまりにも愚かな道化に対する呆れを通り越して笑いが出てくるほどの蔑みの感情。

 伊坂くんも、あの白上だって悪くない。

 すべては、あまりにも愚かな己自身が、勝手に舞い上がって地面に無様に墜ちただけ。

 それを、心の底から理解してしまった。

 

「・・・もう、いいや」

 

 これまで味わったことのない幸福。

 それが、張りぼての幻だとわかってしまった。

 けれど、張りぼてであっても、偽物であっても、それは確かに幸せだった。

 ワタシは、それを知ってしまった。

 もう、それが二度と手に入らないのが分かっているのに。

 だというのに、この先を進んでいける気などあるわけがない。

 悲しみも侮蔑も、どちらも濁流のようにあふれ出て、流れ去っていった。

 後に残るのは、乾いた絶望だけ。

 ワタシは、持ったままだった杖を首に向けた。

 ワタシの実力など小アルカナと張り合うのが関の山だが、それでも一般人を殺せるくらいの魔法は使える。

 ただの人間とそう変わらないワタシを殺すのには十分だ。

 

(イグニス)・・・」

 

(ごめんなさい、おばあちゃん)

 

 呪文を唱えようとしながら、心の中で謝る。

 おばあちゃんが生きていたら、こんなことは絶対に止めるはずだ。

 おばあちゃんは、ワタシにちゃんと生きていて欲しいと最後まで思っていてくれたから。

 けど、もう無理なのだ。

 おばあちゃんはもういない。

 唯一の同類であった伊坂くんには、もう好きな人がいる。

 瘴気に塗れたワタシを受け入れてくれる人間など砂漠で宝石を探すくらい難しいし、そんな気力は残っていない。

 なにより、ワタシにはこの眼がある。

 この眼がある限り、ワタシと真の意味で一緒にあれる人などいない。

 ワタシ自身の愚かしさがある限り、ワタシは必ずまた繰り返す。

 自分の都合のいいものだけを見て、勝手に自分で自分を裏切って、絶望する。

 そんなことを何度もしでかしてしまうくらいなら、ワタシは消えてしまいたい。

 ワタシは、首に向けていた杖の頭を、眼に向け直した。

 

(そういえば・・・)

 

 「(バレッ)・・・」

 

 呪文を唱え終わる刹那。

 ふと頭によぎった。

 

(おばあちゃんが言ってたこと、思い出せなかったな)

 

 

--鶫にも、いつか・・・

 

 

 おばあちゃんが、ワタシがまだ小さい頃に言ってくれたこと。

 結局、事ここに至るまで思い出すことはなかった。

 そのことは。ああ、そのことだけは。

 

(心残り、かも)

 

 そう思った瞬間だった。

 それで、呪文を唱えるのがコンマ数秒遅れ・・・

 

 

『カァアアアアアアっ!?』

「きゃぁっ!?」

 

 黒い小さな影が、ワタシの顔めがけて飛びかかってきた。

 驚いたワタシは、悲鳴を上げて詠唱を中断してしまう。

 

「ア、アカバ?」

『カァッ!!カァッ!!カァアアアアアッ!!』

 

 黒い影の正体は、ワタシの使い魔であるカラスのアカバだった。

 いつもはワタシの言うことをよく聞いてくれる大人しいカラスなのだが、今は烈火の如く怒り狂い、ワタシに説教するかのように鳴き立てる。

 

「・・・アカバ。ごめんね。でも、アカバももう自由になっていいんだよ」

『カァッ!?』

 

 使い魔のアカバにとって、主であるワタシの死は見過ごせないことなのだろう。

 だが、もういいのだ。

 もう、ワタシに縛られる必要はない。

 

「アカバは、おばあちゃんが死んじゃってから、ずっと傍にいてくれたよね。でも、もういいの」

 

 ワタシとアカバが出会ったのは、おばあちゃんの葬儀が終わった日だ。

 おばあちゃんが生前に財産の管理などを任せていた弁護士やら税理士やらの人たちが取り仕切ってくれた葬儀を終えた後、ワタシは何も考えることが出来ずにボウッとしていた。

 今のように絶望はしていなかったが、それはおばあちゃんの死が突然のことで、事態を飲み込めていなかったからだろう。

 そうやって屋敷の庭で呆けていたところに、アカバはやってきた。

 

『・・・カラス?』

『カァッ!!』

 

 なぜか、ワタシのそばを離れようとしない、そこらのカラスよりもいやに体のおおきいカラス。

 

『あ、ちょっと・・・』

『カァアアア!!』

 

 カラスは、ワタシのすぐ近くまで寄ってくると、ワタシの服を突き始めた。

 まるで何かを探すようなその仕草に、警戒より興味が勝った。

 

『お腹空いてるの?パン食べる?』

『カァアアアア!!』

 

 アニマルセラピーという言葉がある。

 動物とのふれあいで、鬱やボケが抑制されるというものだが、このときのワタシもそうだったのだろう。

 いや、ただの動物ではここまで上手くはいかなかったかもしれない。

 アカバは、どういうわけかワタシに最初から懐いていた。

 そうでなかったら、ワタシも関心を持つことはなかっただろう。

 

『これ、使い魔の契約に使う薬なの。使い魔っていうのは、力とか住処を与える代わりに魔法使いに使える動物のことで・・・って、こんなことを今言ってもしょうがないよね』

『カァッ!!』

 

 だから、ワタシがアカバを使い魔にしたのはある意味で必然だった。

 使い魔のことは元々知っていたが、改めて書庫を調べ直し、使い魔契約の儀式を行って、アカバを正式に使い魔にした。

 アカバという名前を付けたのも、このときだ。

 

『うちのおばあちゃんはね、『黒葉アカネ』って言うの。あなたとは、おばあちゃんのお葬式の日に会った。きっと何かの縁だと思う。だから、おばあちゃんの名前から字をとって・・・うん。アカバ。あなたの名前は『アカバ』だよ』

『カァアアアアアアアっ!!』

 

 そうして、アカバはワタシの使い魔になった。

 伊坂くんに会う前、怪異から必死で逃げるときも、アカバが偵察してくれていなければ間違いなく殺されていただろう。

 アカバ自身、巻き込まれて死んでいてもおかしくなかった。

 儀式の怪異に狙われるなど、伊坂くん並の力があっても、いや、あの伊坂くんですらピンチになることがあったのだから。

 そう。だからこそ。

 

「だからアカバ。もう自由に生きていい・・・」

『クワァァッ!!!!』

「痛っ!?痛いよアカバ!!」

 

 ワタシから離れて自由に生きて欲しい。

 だというのに、アカバはますます怒ったようにワタシを突き回す。

 もはや自分に魔法を放つどころではなく、ワタシはオロオロしながら防戦一方になるばかり。

 そのときだった。

 

 

--オオオオオオオオオオオオオオオオッ!!

 

 

「っ!?何っ!?」

『クワッ!?』

 

 視界が一瞬で紅に染まった。

 同時に、おぞましい叫び声が響く。

 これが何なのか、ワタシもアカバもよく知っていた。

 

「儀式の結界・・・」

 

 伊坂くんがいない中、ワタシは久しぶりに、身一つで儀式と対峙する。

 唯一の違いと言えば。

 

 

--オアァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアっ!!!!!!!

 

 

「ヒィッ!?」

 

 今回出現した怪異は、これまで現れた怪異とは格が違うということだった。

 

 

-----

 

『『塔』ノ構築ヲ完了』

『顕現ヲ確認』

 

 どことも知れない、闇しか存在しない空間。

 そこに、どこからともなく声が響く。

 無機質で事務的な内容なのにも関わらず、声にはどこか興奮したような感情が込められているようにも思える。

 

『現在、『(ブースト)』ハ使用不可。魔力ノ供給ガ完了次第、『(ブースト)』モードヘ移行予定』

 

 舞札高校グラウンドに現われたその怪異は、まさしく『塔』であった。

 

『・・・・・』

 

 外見は、レンガをいくつもいくつも積み上げてできた塔。

 先端には王冠のような形状のドームが乗っている。

 言ってしまえばそれだけの建造物だ。

 これまで舞札に現われた異形の怪異たちに比べれば、地味とすら言える。

 しかし、それが秘める力は、それらとは一線を画く。

 

『魔術師ヲ発見』

 

 闇の中から声が響く。

 ターゲットを見つけたのだ。

 それも、厄介なボディーガードもいない。

 だが、それは彼らにとっては不都合だ。

 

『魔術師ヲ倒シタ場合、『死神』ガ暴走スル危険性ガアル』

 

 それは、これまで出現した怪異が撃破された際に得られたデータだ。

 魔術師と死神はこれまでペアで行動しており、魔術師が入れ知恵することで、死神は非常にローコストで手の内をほとんど明かすことなく大アルカナを撃破してきた。

 『女教皇』をけしかけて魔術師が単独の隙を狙ったときも、結局はすぐに死神が駆けつけてきて倒された。

 逆に死神が単独行動をしているときに『正義』と『恋人』を向かわせたことがあったが、これも撃破されている。もっとも、このときの戦闘データには不明瞭な部分が多いのだが。

 このことから、死神は単独でも、否、周りに庇護対象である魔術師がいないときこそ、イレギュラープレイヤーに由来する強力な隠し球を使えるようになる可能性が高いと判断された。

 そのため、この魔術師と死神のコンビを倒す際には、同時に相手取った上で・・・

 

『魔術師ヲ追イ込ミ、隙ヲ作ッタ後ニ死神カラ消セ』

 

 

--オアァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアっ!!!!!!!

 

 

 塔は口などないにも関わらず、雄叫びを上げる。

 頂上にある、ドームの先端に光が集まっていく。

 

『『崩穿(ルイナ・スラスト)』』

 

 次の瞬間、眩い光条が放たれ、舞札高校北校舎の一部が『消滅』した。

 

 

-----

 

 

「はぁっ、はっ・・・!!な、何今の!?」

 

 怪異の結界に閉じ込められたのがわかり、慌てて周囲を見回したとき、遠くに、ドス黒い光が現われたのが見えた。

 あれは強烈な悪意と敵意の輝き。

 それも、悍ましいほどの魔力がその黒い光を中心に集まっていくのが感じられ、ワタシは咄嗟にアカバを抱えて走った。

 その直後、さっきまでワタシがいたところが眩い白い光に呑み込まれていった。

 そして、つい振り返ってみてみれば。

 

「な、何、あれ・・・?」

 

 ワタシがいる中庭は、南校舎と北校舎に挟まれた間にある。

 そして、舞札高校のグラウンドは北校舎の裏側、舞札高校敷地内の北側にある。

 つまり、普通ならば中庭からグラウンドを見ることは出来ない。

 だというのに、今のワタシの眼にはグラウンドと、そこにそびえ立つ巨大な『塔』が見えていた。

 ついでに、少し目線を反対側に向けてみれば、南校舎の南側にある、教員用の駐車場も。

 グラウンドから職員用駐車場まで、一車線道路が開通したかのように。

 

「な、なんて破壊力・・・」

『クアァアア・・・』

 

 強烈なエネルギーを持った攻撃が、北校舎を消滅させ、さらに南校舎の一部を消し飛ばした。

 言ってしまえばそれだけだが、にわかには信じがたい。

 ワタシが知っている一番強い存在は伊坂くんだが、伊坂くんの『死穿(デス・スラスト)』でもここまでの威力はないはずだ。

 それをなし得るのは・・・

 

「あれが、『塔』」

 

 タロットの16番目の大アルカナ。

 最も不吉なカード。

 それが象徴するものは。

 

「『崩壊』・・・」

 

 まさに、塔のカードが象徴とするものを体現するかのよう。

 ワタシの心映しの宝玉は他人の感情が分かる瞳だが、感情、精神の力というのは魔力の源の一つだ。

 元々生まれついての魔法使いとして本能的に魔力の量というのはわかるのだが、この眼を通すことでより正確に相手の力を測ることができる。

 そんなワタシの見るところによれば・・・

 

「い、伊坂くんよりも、強い・・・?」

 

 ワタシが知る一番強い存在は伊坂くんだ。

 ワタシが近くにいると『(ブースト)』が使えないために全力を見たことはないが、それでもこれまで現われた大アルカナを倒してきた。

 だが、今ワタシの眼に映る『塔』の魔力は、『(ブースト)』を使っている様子もないのに伊坂くんよりも多い。

 魔力の量そのものが直接強さに繋がるわけではないが、それでも指標にはなる。

 あの塔は、伊坂くんよりも強い可能性があるというわけだ。

 つまり。

 

(ワタシじゃ絶対に勝てない・・・)

 

 もともと、ワタシが勝てると断言できるのは小アルカナの数札くらいだ。

 大アルカナ相手では逃げるのが精一杯。

 しかし、あの塔では、逃げることすらできるかどうか・・・

 ならば、ワタシができることなど一つしかない。

 

「アカバ!!逃げて!!」

『クワッ!?』

 

 ワタシは抱えていたアカバを上に向かって放り投げた。

 突然空中に投げ出されたアカバは一瞬驚いたような鳴き声を出すが、すぐに羽ばたいて、ワタシのすぐ近くの地面に降り立った。

 だが、その間にワタシはアカバに背を向けて走り出していた。

 さきほど開いたばかりの北校舎を貫通した道に向かって。

 

「ワ、ワタシはここだよっ!!『火弾(イグニス・バレット)』!!」

 

 同時に、ここからでも見えるくらいの巨大な塔に火の玉を放つ。

 あれだけ大きな的だ。

 ワタシの戦闘経験など大したものではないが、さすがに外しはしない。

 火の玉は真っ直ぐ進み、塔の外壁にぶつかって爆発する。

 

(ワタシなんかの攻撃じゃ効かないだろうけど、気を引くことは出来るはず)

 

 ワタシの命などどうでもいい。

 伊坂くんに選ばれなかった時点で、もうこの世界に未練などない。

 けど、アカバはダメだ。

 アカバはワタシがこの儀式に巻き込んでしまった被害者だ。

 こんな勝ち目ゼロの戦い、いや処刑の巻き添えで命を落すなんてあってはならない。

 伊坂くんに出会う前、おばあちゃんがいなくなってしまった後。

 その間を生きていけたのはアカバのおかげなのだ。

 

(その恩は、ここで返す!!)

 

 そう意気込みつつ、塔の出方をうかがっていると、煙が晴れた。

 所詮はワタシ程度が放つ最下級の魔法。

 当然ダメージなどないだろうが、狙いをワタシに引きつけられればいい。

 そんなワタシの眼に驚くべきモノが映った。

 

「え?き、効いてる・・・?」

 

 レンガ造りの壁に、距離が開いていてもわかるくらいの大きな亀裂が入っていた。

 

 

--オォォオオオオオオオオオオオオオオオオオっ!!!!???

 

 

「きゃっ!?」

 

 塔の叫び声で一瞬身がすくむ。

 しかし、響く声とドーム状の先端に灯る暗い青色は、確かに塔が苦痛に喘いでいることを示していた。

 

「な、なんで?でも、これはチャンスかも・・・!!」

 

 倒すことはできなくても、ダメージを与えて怯ませることができるなら格段に時間は稼ぎやすくなる。

 ・・・後から思い返してみれば、このときのワタシは色々とありすぎて頭が回っていなかったのだろう。

 レベル9の伊坂くんよりも強そうな大アルカナが最下級の魔法で傷つくなど、何の意味もないはずがないというのに。

 

 

--オアァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアっ!!!!!!!

 

 

「またっ!?でもっ!!」

 

 塔の灯りが再びドス黒く染まったかと思えば、血のような赤が混ざる。

 手傷を与えたワタシに怒っているのだろう。再び攻撃魔法を撃ってくるつもりのようだ。

 感じる魔力からして、もう一度『穿(スラスト)』を放つつもりか。

 さっきの攻撃が直撃すれば、ワタシなど塵も残らない。

 だが、攻撃の予兆を察知できるワタシなら、回避くらいはなんとかできる。

 

(さっきの攻撃、撃ってくるまでにタメがあった。その間に逃げれば・・・!!)

 

 狙いを付けさせないために、瓦礫もまとめて消し飛んで出入りし放題になった北校舎に入り込む。

 魔法が放たれるまでに距離を稼ぎ、攻撃を外させる。

 そして、その後にまた挑発して怯ませながら逃げて時間を稼ぐ。

 そうすれば、アカバも逃げられるはずだ。

 そう思いながら廊下を走り続ける。

 

(塔の攻撃範囲的にもう大丈夫!!でも、もう少し猶予はあるから念のため・・・)

 

 そんなワタシの意志を嘲笑うかのように。

 

『『崩穿(ルイナ・スラスト)』』

「え?」

 

 ワタシの予想よりも早く、破壊の光条が放たれた。

 それは一瞬だった。

 窓の外からピカッと光が瞬いたと思った瞬間。

 

「あぐっ!?」

 

 フワリと体が浮いたかと思えば、近くの壁にしたたかに叩きつけられていた。

 

「ゲホッ、ゲホッ・・・!!」

 

 体の中から無理矢理空気を吐き出そうとするかのように咳が出て、息が出来なくなる。

 身体中に痺れにも似たビリビリとした痛みが走り、完全に足が止まってしまった。

 

(な、なんで?まだ余裕はあった、はず、なのに・・・しかも)

 

 溢れてくる涙を拭いながら目を開けると、また見慣れた風景が一変していた。

 北校舎が東校舎と西校舎に分かれてしまっている。

 

(さっきよりも、威力が上がってる・・・?)

 

 一撃目で北校舎の一部が綺麗に吹き飛んで一車線道路くらいの幅の道が出来ていたが、さっきの攻撃でその道が広がっていたのだ。

 一撃目よりも攻撃の範囲が広く、今度は二車線道路くらいの範囲が消え失せている。

 自分はギリギリで光の直撃は避けられたようだが、余波だけで吹き飛ばされてしまったのだろう。

 

「に、逃げ、なきゃ・・・」

 

 アカバが逃げられたかどうかわからない。

 自分の予想よりも早く、強い攻撃ができるのならば、もう少し時間を稼ぎたい。

 そのためには、早く立ち上がって走らなければならない。

 ワタシは、ヨロヨロと生まれたての子鹿のように立ち上がる。

 体を打ち付けたときに切ったのか、おでこの辺りから血が流れてきて前が見えにくいし、なんでか分からないけど吐き気が止まらない。

 

(さっきと同じくらいの間隔で撃ってくるなら、もうすぐ・・・)

 

「はぁっ、はぁっ・・・」

 

 行きを荒げながら、壁に手を突いて歩く。

 向こうにワタシの位置がバレているのかどうかはわからない。

 だが、窓の外に見える赤黒い光は消えていないから、まだまだ続けるつもりなのは確かだ。

 なら、ワタシはその矛先がワタシに向けられるようにしなければならない。

 

「イ、『火弾(イグニス・バレット)』・・・」

 

 

--オォォオオオオオオオオオオオオオオオオオっ!!!!

 

 

 窓を開け、塔に向かってまた魔法を放つ。

 目が見えにくい上に震える腕で撃ったからか、塔に当たらず地面を抉っただけのようだが、ワタシの位置を知らせることはできた。

 赤黒い光が、ワタシがいる辺りを向いたのがわかった。

 

「ここまで、かな・・・うぷっ」

 

 吐き気が限界に来て、ワタシはとうとう座り込んでしまった。

 もしかしたら内蔵にダメージがいっているのかもしれない。

 だが、今から骨も残らず消えてなくなるのなら、些細なことだ。

 

「アカバは、ちゃんと、逃げられた、かな・・・ああ、視界を、合わせれば、よかった、のか。でも、もう、関係、ないかな」

 

 魔法使いの使い魔と主は視界を同調させることができる。

 そんな基本的なことも忘れていたことに、こんなときなのについ笑ってしまった。

 だが、今更アカバの視界を覗いたところで結果は変わらないだろう。

 まだ近くにいたら、もうすぐ放たれる魔法に巻き込まれてしまう。

 アカバが逃げていないのが見えてしまったら、そんな光景が確定してしまいそうで嫌だった。

 願わくば。

 

「安全なところ、に」

 

 あの塔をなんとかできるくらい強い存在がいるところまで逃げていて欲しい。

 そう心の底から祈る。

 そのとき、ワタシの頭の中に思い浮かんだのは、1人の男の子で。

 

『『崩大砲《ルイナ・カノン》』』

「あっ・・・」

 

 次の瞬間、ワタシは紅い空の中を飛んでいた。

 

(周りごと、吹き飛ばされた、のかな)

 

 ワタシがいる辺りは分かっても、正確な場所は分からなかったのだろう。

 だから、範囲攻撃でまるごと吹き飛ばそうとして、ワタシがいた場所が地面ごと打ち上げられてしまったのか。

 

(なんか、色んなモノが、ゆっくりに見える)

 

 空を舞いながら、同じように墜ちていく瓦礫を見ると、いやに遅く感じる。

 どれくらい高く飛ばされたのか、あれだけ大きく高く見えた塔が少し小さく見えた。

 再び塔の先端が光り始め、次の魔法の準備をしようとしているのもわかる。

 同時に、ワタシの脳裏に次々と色んな光景が、記憶が通り過ぎていく。

 

(これが、走馬灯ってやつなのかな)

 

 小さいころ、両親に疎まれていた記憶。

 捨てられるように送り出された先でおばあちゃんに出会って、しばらくの間は穏やかだった。

 周りの人たちは親と同じように冷たかったけど、おばあちゃんはいつでも優しかった。

 そんなおばあちゃんが、あるとき突然死んでしまった。

 それで、なにもかもボンヤリしてよく分からないうちにアカバと一緒に暮らすようになって。

 アカバはワタシを慰めてくれたけど、それでも惰性みたいに生きていくのは苦しくて。

 きっとワタシは、知らず知らずのうちに望んでいた。

 

(早く、終わってくれないかな)

 

 いつの間にか、儀式なんていう怪異に巻き込まれた。

 ワタシはおばあちゃんの言いつけを守ろうとして藻掻いて生き残って。

 それでも、心の奥では願っていた。

 

(早く、早く消えてしまいたい)

 

 辛い世界から早く消えてしまいたかった。

 なんとか逃げ延びてはいたけれど、きっと殺されることになっても受け入れていただろう。

 そんなワタシが、今の今まで生きていたのは。

 

(幸せを、知ってしまったから)

 

 出会ってしまったのだ。

 ワタシに幸福を教えてくれる人に。

 本当に幸せだったのだ。

 おばあちゃんと一緒にいたときとはまた違う種類の幸福。

 けれども熱くて、フワフワして、心が飛んでいってしまいそうなくらいに。

 だから。

 

(だから、早く、ワタシを消して欲しい)

 

 

--カァっ!!

 

--わかった!!あそこだな!!だったらやるしかないっ!!

 

 

 本当の本当に幸せ『だった』のだ。

 その人がワタシの運命の人でないと知るまでは。

 一度その温もりを知ってしまったからには、もう忘れることなんてできない。

 だけど、もうワタシにはそれを手に入れることはできない。

 ならば、生きていくのが辛いだけ。

 だから、消えてしまいたい。

 この胸が張り裂けそうなくらいの悲しみと痛みも諸共に。

 さっきも思い浮かべて、今も、いいや、この先もずっとワタシの中に居座ってしまいそうな人への想いも記憶も。

 

 

(でも、これが最後、なら)

 

 

--「『死纏(デス・ブースト)』」!!

 

 

 だけど、これでワタシが、黒葉鶫が最後だと言うのなら。

 

 

--レベル8!!「『死喚(デス・コーリング)』」!!来い!!『蒼ざめた騎馬(ペイルライダー)』!!

 

 

「さい、ごに、会い、たかった・・・」

 

 ワタシは選ばれなかった。

 運命の人じゃなかった。

 でも、これで最後だというのならば、一目でもいいから会いたかった。

 

 

--よしっ!!跳ぶぜぇっ!!『死翔(デス・アクセル)』!!

 

--ヒヒィィイイインンっ!!

 

 

 息も絶え絶えだけど、ワタシはその人の名前を呟いた。

 

 

「いさか、くん」

 

 それは、本当に消えてしまいそうなくらい小さな声だった。

 それでも確かに、ワタシは名前を呼んで・・・

 

「黒葉さんっ!!!!!」

「・・・え?」

 

 気が付けば、またも視界が変わっていた。

 いや、視界どころか場所まで変わっている。

 さっきまで、紅い空を見ながら何もないところを墜ちていったのに。

 今のワタシが収まっているのは、黒い鎧に覆われた逞しい腕の中。

 普通だったら硬くて痛いだろうけど、風を受けてはためくマントがちょうど下敷きになっていて、柔らかくワタシを受け止めてくれていた。

 一体誰が?

 その答えは、最初から眼に映っていた。

 

「よかった・・・間に合った!!」

 

 子供が見たら泣いてしまいそうなくらい怖い顔。

 でも、いつもワタシを守ってくれた、優しい顔。

 そんな顔を安心したように、泣き笑いのようにクシャリと歪める。

 この紅い空の下では禍々しい兜に覆われているはずの素顔が、ワタシに向かって強く揺らめく優しい色の光とともに、はっきりと見えていた。

 

 

「・・・あ」

 

 その瞬間、ワタシは思い出した。

 

 

--だからね、鶫。お前が、よく考えて、その力を正しいことに使えるなら・・・

 

 

 それは、ずっと思い出せなかった台詞の続き。

 

 

--鶫にも、いつか・・・

 

 

「って、黒葉さん血が出てるじゃん!?ヤバい、どうしよう・・・」

「いさかくん・・・伊坂くんっ!!」

「おわわっ!?く、黒葉さんっ!?」

 

 怪我のことも、今の状況のことも、すべてが頭から吹き飛んでいた。

 その名前を呼びながら、ワタシは全力でしがみ付く。

 もう二度と離れたくないと刻みつけるように。

 ワタシの・・・

 

--鶫にも、いつか、鶫だけの『王子様』が来てくれるからね。

 

 

 ワタシの王子様に。

 

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