異能力バトルで推しじゃない方の好感度を上げてしまう男の話   作:二本角

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始まりのための終わり

『黒葉さんっ!!』

 

 オカ研の部室で黒葉さんを追いかけるべきかどうか悩んでいたが、怪異の結界が展開されたとわかった瞬間、オレは反射的に部室を飛び出して魔女っ子、否、黒葉さんを探しに走っていた。

 とはいえ、黒葉さんはオレが立ち止まっている間に昨日の体育祭でも見せた健脚で相当な距離を稼いだようで、行方が分からなくなっていた。

 怪異の結界の中には、魔力の多い人間しか入ることはできず、誰かに聞こうにも聞ける人がいない。

 オレの中で激しい焦りが湧き上がってくる。

 

(ただでさえ黒葉さんの様子がヤバそうだったってのに、なんだこの魔力は!?絶対にヤバいヤツがいる!!早く黒葉さんを見つけないと!!)

 

 もう見慣れた怪異の結界であるが、今回この中に満ちる魔力は桁違いだ。

 オレは黒葉さんのように索敵スキルは持っていないが、そんなオレでも分かるくらい、この結界の主は強い力を持っている。

 部室を飛び出した様子からして、今の黒葉さんは普段の冷静さがなくなっているだろうし、そんな中でこのメチャクチャ強そうなヤツに見つかってしまったら・・・

 

『クソっ!!』

 

 オレは走りながら悪態を付く。

 後悔と自責が入り交じったような、胸がムカムカするような感情がぐるぐると駆け巡るっていた。

 

(・・・黒葉さんがああなったのは、オレのせいだ。でも)

 

 今の黒葉さんがああなってしまったのは、間違いなくオレのせいだ。

 それが原因で黒葉さんに何かあったら、オレは死んでも死にきれない。

 だが、だとすればどうすればよかったのか。

 

(オレは、自分で自分を間違えたとは思えない。だけど、それで黒葉さんを傷つけてしまったのは・・・ああ、クソっ!!)

 

 人間不信の黒葉さんにとって、オレが心のより所になっていたのは察していた。

 だから、オレはこの舞札祭で黒葉さんの味方になってくれる人を見つけようと思っていた。

 けど、黒葉さんのオレへの依存は想像以上で。

 そんな中で、オレは選ばなければならなかった。

 

 

--伊坂君。答えを教えてよ

 

 

 オレの心を救ってくれた恩人であり、オレの憧れである白上さん。

 こんなオレを慕ってくれる、オレの唯一の『同類』にして友達である黒葉さん。

 どちらを信じるのかを迫られ、その結果、オレは憧れの人の前で嘘はつけなかった。

 そのことそのものに後悔はない。

 オレは、『オレにとって』正しい選択をした。

 だが、それで黒葉さんが傷ついてしまったのは、間違いなくオレのせいだ。

 

 

--いくら正しいことでも、それで黒葉さんを傷つけてよかったのか?

 

 

『いいワケないだろうがっ!!ああ、でも!!』

 

 さっきから、考えがまとまらない。

 どうしても、思い浮かんでしまうことがある。

 

 

--黒葉さんを傷つけたオレが、どの面下げて黒葉さんを助けに行くって言うんだ?

 

 

--追いかけてどうするの?さっきの言葉は伊坂君の本心だよね?じゃあ、追いかけても意味がないよ。

 

 

『・・・・・』

 

 走るペースが少し落ちたのが自分でもわかった。

 同時に、オレは自分で自分を軽蔑する。

 

『はっ・・・怖いのかよ。黒葉さんに嫌われるのが』

 

 白上さんの肩を持った選択を後悔してはいない。

 だけど、切り捨てた黒葉さんから、唯一の同類にして友人である黒葉さんから嫌われるのは怖い。

 このまま黒葉さんを見つけて助けられたとしても、オレがやったことが消えるわけじゃない。

 黒葉さんに憎まれるか、軽蔑されるのは避けられないだろう。

 それは嫌だ。

 オレにいつも、それこそあの白上さんよりも長い間、たくさんの笑顔を向けてくれた黒葉さんに嫌われるのは。

 ・・・我がことながら実にクソみたいな考えだ。

 

『オレは・・・』

 

 足が止まった。

 なのに、頭の中ではまとまらない思考が、心の中では濁流のような感情がグルグルと渦を巻いている。

 こうしている今も、黒葉さんが危険な目に遭っているかもしれないのに。

 

 

--オアァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアっ!!!!!!!

 

 

『っ!?』

 

 オレが足を止めた直後、凄まじい光がグラウンドの方から飛んでくるのが見えた。

 今、オレはいるのは南校舎の二階の廊下。

 光はオレの少し前を横切っていき、後に残ったのは廊下が消し飛んだことでできた校舎の断面だけだった。

 

『な、なんて威力・・・』

 

 オレは思わずその場にへたり込んだ。

 本能的にわかったのだ。

 

(アレは、オレより強い)

 

 単純な破壊力だけならば、オレにも同じことはできるだろう。

 だが、『本質的な意味』で、この結界の主はオレと相性が悪い。

 今の『光』を見て、それを理解してしまった。

 

『う、あ・・・』

 

 オレは、反射的に胸を押さえた。

 強固な鎧に覆われたそこは、今は怪我などしていない。

 だが、オレが死神となった日、そこには大きな穴が空いた。

 あの大鎌が突き刺さる痛みが蘇る。

 同時に、自分の血とともに命の火が少しずつ失われていく感覚も。

 

(死ぬ・・・?アレと戦ったら、オレは、死ぬ)

 

 いつしか、廊下にへたり込んだまま、オレはガチガチと震えていた。

 強い力を得ていたがために気にしなくなっていた『死』が、すぐ傍まで迫っている。

 そう思った途端、震えが止まらなくなっていた。

 

(怖い・・・怖い!!)

 

 いつか、黒葉さんに語った台詞が脳裏によぎる。

 

 

--オレに何の力もなかったら、とっくに逃げてるよ

 

 

 オレがここまで戦えていたのは、白上さんや黒葉さんを助けたいという気持ちもあったが、それ以上にオレが強かったからだ。

 ここに来て、オレを殺しうる敵が現われ、黒葉さんに会わせる顔がないことも相まって、気持ちが完全に折れてしまった。

 もう、一歩も進める気がしなかった。

 そのときだった。

 

『カァアアアアアアアアアアアアっ!!!!』

『うおわぁああああああっ!?』

 

 突然、一羽のカラスがオレの頭に飛びかかってきた。

 そのまま、猛烈に怒り狂った声を上げながらガツンガツンとオレの兜を突きまくる。

 

『お、お前、アカバ?』

『クァアアアアっ!!』

 

 呆けたようにオレが名前を呟くと、アカバは怒り心頭といった様子はそのままに、返事をするように鳴き声を出した。

 

『カァッ!!』

 そして、すぐ傍の窓際に止まると、中庭の方を見てまた一声鳴く。

 

『な、中庭を見ろって?一体何が・・・何もないぞ?』

『クアッ!?』

 

 突然のアカバの襲撃で驚いたこともあり、オレは促されるままに中庭を見たが、そこには破壊の跡があるだけで何もなかった。

 北校舎の一部が消し飛んでグラウンドが見えているのは大きな変化ではあるが。

 アカバが『予想外!!』と言うかのように短く鳴く。

 

『・・・もしかして、あっちに黒葉さんがいるのか?』

『・・・カァッ!!』

 

 オレがグラウンドを指さすと、一拍置いてアカバが鳴いた。

 どうやら、あの北校舎の破壊跡のあたりに黒葉さんはいるらしい。

 未だにビリビリと来る魔力は健在で、さっきの攻撃をしてきたヤツはまだまだやる気だとわかる。

 あの魔法がオレを狙ったものでなく、それでもまだ魔法を撃つ気配があるということは、獲物である黒葉さんはまだ生きている。

 アカバの反応を見るに、中庭からさらにどこかに逃げてしまったようだが。

 しかし、あれだけ強力な攻撃ができる相手からいつまでも逃げ続けるのは無理がある。

 なにせ、かすっただけで体の一部が消滅してしまうような威力だ。

 早く。早く助けに行かなければならない。

 だけど。

 

『オレは・・・』

『クァア?』

 

 足が動かなかった。

 死の恐怖、黒葉さんに嫌われるかもしれない恐怖に縛られて。

 

『アカバ、ごめん。オレはもう・・・』

 

 泣き言が零れた。

 アカバの主を助けに行けない、どうしようもなく情けなくて自分本位な言い訳が。

 

『黒葉さんに合わせる顔なんて・・・』

『ふざけるんじゃないよっ!!』

『・・・へ?』

 

 急に知らない人の怒鳴り声が聞こえて、オレは俯いていた顔を上げた。

 

『は?え?誰・・・?』

『クアアアアアアアアっ!!(アンタが鶫を傷つけたんだろうっ!!その上、見殺しにするってのかいっ!?ふざけるんじゃないっ!!)』

『え?アカバ?お、お前喋れたの・・・?』

 

 周りを見渡すも、オレとアカバ以外にここには誰もいない。

 そして、なおも聞こえる怒鳴り声は、目の前のカラスの鳴き声と重なって聞こえていた。

 いつのまにかアカバの周りに嫌な気配のする黒い靄が立ちこめている。

 しかし、当の本人、否、本鳥は呆けたオレの様子などお構いなしに続けた。

 

『クワアアアアアアア!!(んなことはどうでもいいっ!!会わせる顔がない!?そんなのはアンタが自分で決めたことだろうっ!?せめて悪いと思ってるなら、言い訳でも詫びの一つでも直接顔会わせていれるのが筋だろうがっ!!)』

『そ、それは、そうだけど・・・』

 

 カラスに怒られて正座しているオレは、傍から見たら滑稽だろう。

 だが、鳥とは思えないような剣幕で叱るアカバの言葉を聞き流すことなどできなかった。

 まさしく、アカバの言うとおりだからだ。

 でも。

 

『そうだ。それは、そうだけど、オレ、怖くて・・・』

『カアアアアアアアアアアッ!!!(このクソガキがぁああああああああああっ!!)』

『うおわぁああああああっ!?』

 

 突如、顔に飛びかかってガンガンとクチバシを打ち付けてくるアカバ。

 その迫力に、オレは尻餅をつく。

 

『クォオオオオアアアアっ!!(アンタみたいなゴロツキがセンチメンタルになってもキモイだけなんだよっ!!全然似合いやしないっ!!大体っ!!)』

 

 そこで、アカバはオレの顔を真正面に見据えて。

 

『死んだら会わせる顔もなにもないだろうがっ!!』

『っ!?』

 

 ガツンっと頭を殴られたかのようだった。

 言われてみれば、『何を当たり前のことを』と思えるようなこと。

 

『アンタが鶫に嫌われるかどうかなんて、アタシには分からない。けど、鶫が死んだらそれすらできなくなるんだよ』

『・・・オレは』

 

 オレは、廊下に手を突いて立ち上がる。

 

『・・・やっぱり、黒葉さんに嫌われるのは怖い』

『・・・・・』

 

 アカバは何も言わない。

 未だに泣き言を言うオレに呆れているのか、それとも先を促しているのか。

 

『それに、死ぬのも怖い』

 

 この結界の主は、オレより強いかもしれない。

 戦ったら、死ぬかもしれない。

 けど、死ぬかもしれない目に遭うのはこれが初めてじゃない。

 黒葉さんを庇いながら戦った、あの『皇帝』のときのように。

 どうして、オレはあのとき戦えたのか。

 

『でも』

 

 その答えは、さっきアカバが思い出せてくれた。

 

『オレは、後悔だけはしたくないんだ』

 

 

--それなのに、ここで見ないふりをしたら、夜寝る前とかに『ああしとけばよかった』とか『オレが戦ってたら誰も怪我しなかったのに』とか後悔しそうだからさ。

 

 

 ああそうだ。

 確かにオレはこれまで、自分が強いから戦えていた。

 けど、力があるからそれだけで戦い続けたわけじゃない。

 オレは、黒葉さんを助けたい。

 オレは、黒葉さんがどれだけオレの心を支えてくれたのか、知ってしまっているのだ。

 知る前だったら、ここで逃げていただろう。

 でも、もうオレは理解してしまっている。

 なのに、ここで逃げてしまえば、オレは絶対に後悔する。

 死神になった日に、戦うことを選ばなかった『もしも』の道で味わうソレよりも遙かに大きな後悔を。

 生き残れたとしても、そんな後悔を抱えたまま生きていくことになる。

 それだけは嫌だった。

 そうなるくらいならば、例え負けることになったとしても。

 

『アカバ』

『・・・・・』

 

 オレは、窓に向かって一歩踏み出した。

 

『黒葉さんのところに、案内してくれ!!』

『カァアアっ!!(ハッ!!決めるのが遅いんだよクソガキ!!)』

 

 アカバがオレの方を見てから、窓を飛び立つ。

 オレも、アカバに続いて窓から飛び降り・・・

 

 

--オアァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアっ!!!!!!!

 

 

『うおっ!?』

『クアッ!?』

 

 二発目のビームが校舎を貫いた。

 

『な、ま、間に合わなかった・・・?』

『クアアアアアっ!!(しっかりおしっ!!まだ生きてるっ!!)』

『そ、そうなのか!!ならよしっ!!場所はっ!?』

『クゥウウ・・・(使い魔の方からじゃ視界の共有はできない・・・だが大まかにならわかる!!建物の中!!一階にいるっ!!)』

『わかった!!』

 

 一瞬、もう間に合わなかったと思ったが、アカバによればまだ生きているようだ。

 あんな攻撃を受けたら塵も残らないであろうから、黒葉さんは無事なはずだ。

 だが、黒葉さんの場所を探るためにわずかの間とはいえ足を止めてしまった。

 

 

崩大砲(ルイナ・カノン)

『『っ!?』』

 

 オレたちが予想していたよりも早く、三発目の魔法が放たれた。

 さっきは恐らく『穿(スラスト)』だったが、今度は『大砲(カノン)』。

 レベルが低い分発動が早かったのか。

 アカバが指し示した北校舎の一階が爆発した。

 

『そ、そんな・・・』

『まだだっ!!まだ生きてるっ!!』

 

 思わず崩れ落ちそうになったが、アカバが悲鳴のような声で叫んで、オレはなんとか堪えた。

 

『な、ならどこにっ!?』

『・・・上だっ!!』

『上っ!?』

 

 アカバの叫びに釣られて、オレは空を見上げた。

 空には、さっきの爆発で吹き飛んだ瓦礫が舞っている。

 その瓦礫の頂点を、アカバは翼で指し示す。

 

『カァッ!!(あの天辺だ!!)』

 

 アカバが示した場所は、校舎の屋上よりも高い空の上だ。

 オレの『死翔(デス・アクセル)』でも届くかわからない。

 けど、オレはあそこに行ける手段を知っていた。

 

『わかった!!あそこだな!!だったらやるしかないっ!!』

 

 うまくできるかどうかなんて分からない。

 けど、やるかやらないかではない。

 黒葉さんを助けるためには、やるしかないのだ。

 

 

--今のオレなら大丈夫!!

 

 

 いつの間にかできるようになっていた魔力操作。

 その技術を身につけたオレならばできると、無理矢理にでも信じ込む。

 

『アカバっ!!念のため離れてろっ!!』

 

 アカバに警告してから、オレは腰のバックルに差し込まれていたカードを抜き取って、天に掲げる。

 そして、叫んだ。

 

『『死纏(デス・ブースト)』!!』

 

 瞬間、掲げたカードから、ではなくオレの奥底から、凄まじい力の奔流が湧き上がる。

 黒い実体を持ったその力は、オレの全身を覆い尽くすだけでなく、周りに津波のように押し広がろうとするも。

 

「うぉおおおおおおおおおおおおっ!!」

 

 オレは、思いっきり叫んで、広がろうとする力を押さえつける。

 力はなおもオレに逆らうように暴れようとするが、オレはそこに流れを造り、オレの思うルートを巡らせた。

 いつかどこかでやった記憶があるようなないような曖昧なイメージ。

 その力がオレの指の延長であるかのように。

 いや、オレの身体を流れる血流のように。

 ・・・やがて、力は落ち着きを取り戻したかのようにオレの中に戻った。

 まだまだ気を払う必要はあるが、ひとまずはこれでいい。

 今までロクに『(ブースト)』を使えなかったオレからすれば快挙であるが、これはまだスタート地点に過ぎない。

 オレは、今のオレが使える魔法を思い浮かべる。

 オレの頭の中に、大河を進む船、王と民衆、横たわる死者、はためく軍旗・・・様々なイメージが湧き上がってくるが、オレが選ぶのは。

 

「レベル8!!『死喚(デス・コーリング)』来い!!『蒼ざめた騎馬(ペイルライダー)』!!」

 

 手に持ったカードの中で、髑髏の騎士がまたがる騎馬が光を放つ。

 オレは、現われた白い馬に飛び乗った。

 乗馬などしたことはないが、この馬はオレの身体の一部と言っていい。

 乗りこなせるという確信があった。

 そして馬にまたがったまま、オレは兜が外れたクリアな視界で空を見上げる。

 『(ブースト)』を制御するのにかかった時間は、体感ではそれなりだったが、実際には数秒も経っていなかったようだ。

 瓦礫は未だに空高くにある。

 だが、コレなら問題ない。

 

「よしっ!!跳ぶぜぇっ!!『死翔(デス・アクセル)』!!」

『ヒヒィィイイインンっ!!』

 

 そうして、オレと騎馬は紅い空に跳び上がった。

 小さく見えた瓦礫があっという間に近づいてくる。

 そして、その頂上で見つけた。

 

「いた!!あそこかっ!!」

 

 途中にある瓦礫を蹴ってさらに跳び上がる。

 そして、加速がなくなって落ち始める瞬間と、手が届いたのは同時だった。

 オレは、その名前を叫ぶ。

 

「黒葉さんっ!!!!!」

「・・・え?」

 

 返事があった。

 オレが毎日のように聞いていた声。

 ボンヤリとこちらを見上げる紅い瞳に、光が戻っていく。

 オレは。

 

「よかった・・・間に合った!!」

 

 安堵して、泣きそうになるのを堪えながら、オレは笑った。

 

 

-----

 

 

「伊坂くん・・・伊坂くんっ!!」

「く、黒葉さん・・・ちょ、ちょっと落ち着いてって!!ほら、怪我もしてるみたいだし!!」

「う、うぅ~~~~っ!!伊坂くん~~~っ!!」

 

 どうにか黒葉さんが墜落死するのを防げた。

 しかし、なぜだかオレにしがみ付いて泣いている黒葉さんをなんとか宥めようとするも、白上さんに見せていたのとは違う方向で感情が爆発してしまっている黒葉さんは聞く耳を持たない。

 どうやら嫌われたというわけではなさそうなのは喜ばしいが、今は困る。

 可及的速やかに落ち着いてもらって欲しいのだが、これは難儀しそうである。

 ここはオレたちが普段通う舞札高校ではあるが、今のオレたちがいるのは地上からおおきく離れた空中。

 しかも、オレの片手は乗っている馬の手綱を握っており、というか馬にまたがっていることもあって体制的にも結構不安定だ。

 おまけに。

 

(ぐぅっ・・・やっぱりちょっとキツイな)

 

 オレは、気合いを入れて魔力を制御する。

 今のオレは『(ブースト)』を使っているが、それによって『権能』も発動している。

 そして、自画自賛するようだが、オレの権能はかなり強力だ。

 下手をしたら、折角助けた黒葉さんを殺しかねないくらいには。

 そんなヤバい能力であるために制御も難しいから、オレはこれまで『(ブースト)』を使ってこなかった。

 今はどうにかこうにか抑えられているが、やはり気を遣う。

 しかも、すぐに落下しないよう、『死翔(デス・アクセル)』で小刻みに浮かび上がりながら、グラウンドの真ん中に生えた塔の周囲をグルグルと巡って、少しずつ地上に降りている状況で。

 正直、黒葉さんのことにまで気を回したらすぐに落ちてしまいそうだ。

 

(早く地上に降りて、黒葉さんを離れた場所に連れて行かないと!!)

 

 そう思うオレだが、世の中なかなか上手くいかない。

 黒葉さんをうまく助けられたことで運を使ってしまったのかもしれない。

 

 

--オアァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアっ!!!!!!!

 

 

「チッ!!もう少し大人しくしてろっての!!」

 

 塔がまたも咆哮を上げる。

 あれは、間違いなく大アルカナで最も不吉なカードである『塔』だろう。

 鎧ごしにも肌を刺すようなプレッシャーが強まり、塔の先端部分に光が集まっていく。

 そして。

 

崩大砲(ルイナ・カノン)

「そっちかよ!!『穿(スラスト)』なら避けれたのに!!」

 

 オレたちに確実に攻撃を当てるために、広範囲を攻撃できる魔法を選んだようだ。

 光の巨大爆弾が、オレたち目がけて飛んでくる。

 ・・・こうなったらイチかバチだ。

 

「食い尽くせぇえええええ!!」

 

 オレは、気張って抑えていた『力』を、少しだけ解放した。

 オレの周りに黒い靄が現われる。

 直後、光の砲撃が靄に命中し・・・一瞬で光が消えた。

 

『っ!?』

「ふぅぅううう・・・なんとかなった」

 

 顔がないどころか生物かどうかも怪しいのに、塔から驚いたような気配がする。

 ざまあみろと言いたいところだが、そんな余裕もなく、次の攻撃が来ないうちにオレは走り続け、なんとか地上にまで降りた。

 

「よし。これで落ちることは考えなくていい。後は逃げるだけだ・・・うぷっ」

 

 ひとまず『死翔(デス・アクセル)』の制御が楽になったが、まるで激重なラーメンを食べた後のような感覚がする。

 父さんが会社の健康診断でバリウムを飲んで『腹が重い』と言っていたが、その感覚に近いのだろうか。

 

「あ~、くそ。やっぱり光属性はマズいのか」

 

 この胃もたれするような感じは、オレの権能の代償だ。

 まあ、権能を光属性に使った場合だけだろうが。

 

崩穿(ルイナ・スラスト)』!!

「・・っと!!」

 

 少しばかり自分の権能について考えていると、オレたちが地上に降りる間に魔力のチャージが完了していたのか、今度は威力重視の『穿(スラスト)』が飛んでくる。

 だが、今度は二回目だ。

 

「効かねぇよ」

『・・・っ!!』

 

 オレが再び展開した権能で、極太のビームはかき消えた。

 さっきは驚きだったが、今は怒りのような感情が伝わってくる。

 どうやら、ご自慢の攻撃で傷一つ付けられなかったことが気に入らないようだが・・・

 

「ただの魔法なら、今のオレには意味ないぜ」

 

 黒葉さんにタロットのことを教えてもらって、自分なりに理解した、死神の権能。

 死神は、『始まりのための終わり』の象徴。

 オレの権能はその強制だ。

 この世界に存在するモノにはなんであれ『流れ』がある。

 生物ならば生命力の流れ、魔法ならば魔力の流れと言った具合に。

 オレの権能はその流れを強制的に終わらせ、さらにその『向き』を別の方向へ、『新たな始まり』へと変えることが出来る。

 例えば。

 

「・・・ふぅ~。やっと落ち着いたか」

 

 さっきオレが防いだ、あの塔の『穿(スラスト)』。

 魔法を構築していた魔力の流れを断ち、その力の方向を『オレの魔力』に変えた。

 光属性の魔力だったために闇属性のオレと相性が悪かったが、やっと消化が終わったようで、胃もたれの重い感覚が消える。

 代わりに、オレの中から力が湧き上がってきた。

 そう。オレの権能ならば本来吸収できない光であろうと、オレの魔力に変えることが出来るのだ。

 黒葉さんと出会ったころに遭遇した『女帝』の権能は、周囲の生命力や魔力を強制的に枯渇させるものだったが、オレの場合は枯渇させた分を取り込むことが出来る。

 そういう意味で、オレの権能は女帝の上位互換と言えるだろう。

 まあ、その分制御が大変で、下手に使えば周りにいる生き物から根こそぎ生命力を奪いかねない危険性があり、だからこそ今まで使ってこなかったのだが・・・

 

「って、そうだ!!黒葉さんはっ!?」

 

 オレは腕の中にいる黒葉さんに目を向ける。

 さっきの魔法を捌いたときはうまくできていたとは思うが、それでもこの権能が少しでも作用すれば大変なことになる。

 

「うぅ・・・」

「黒葉さんっ!?」

 

 黒葉さんの顔を見ると、色が真っ青になっていて、脂汗をかいていた。

 さっきまでオレにしがみ付いていたが、今はその腕も離れて、ぐったりしている。

 

「オレの権能で・・・いや、違う?これはまさか、内臓になにかあったのか!?」

 

 オレの権能のせいで黒葉さんから生命力を吸ってしまったのかと思ったが、黒葉さんの『流れ』は不安定ではあるものの枯れてしまってはいない。

 なにより、今の黒葉さんの様子にオレは既視感があった。

 オレが昔『縄張りを荒らしただろ!!』と因縁を付けられ、集団で襲いかかってきた半グレ共を撃退した際に、ボディーブローを喰らわせたときとそっくりなのだ。

 血こそ吐いていないが、内臓へのダメージは外からじゃわからない上に死に繋がる可能性もある。

 というか、あんな爆発で吹き飛ばされて、何のダメージも受けていないと考える方がおかしい。

 

「や、ヤバい!!早く病院に・・・って、結界があるんだった!!」

 

 早くきちんとした治療を受けさせたいが、今のオレたちは怪異の結界に閉じ込められている。

 これをどうにかするなら、主である目の前のデカブツを倒さなければならない。

 だが、今の黒葉さんを抱えたまま戦うなど論外だし、どこかに隠したいところだが、考えてみればあの『穿(スラスト)』ならこの結界内はすべて射的距離内だろう。

 オレ狙いなら権能でかき消せるが、乱射されればどうなるかわからない。

 

「こういうとき、黒葉さんならなにか薬とか持ってそうなのに・・・!!」

 

 これまでの戦いでオレが明確にダメージを受けたのは皇帝相手くらいだが、そのときは黒葉さんが持っていた薬ですぐに治療することができた。

 しかし、その黒葉さんがダウンしている以上、それに頼ることも出来ない。

 無駄に頑丈だったために、回復手段を黒葉さんに任せきりだったツケがこんなときに回ってくるとは・・・いや。

 

「いや、待て!!あるぞ!!」

 

 皇帝との戦いで思いだした。

 そうだ、あのときオレは使ったじゃないか。

 

「カップのクイーンのカード!!あれなら」

 

 皇帝の分身を最初に倒したとき、オレは『コインの10』を使って皇帝に呪いをかけた。

 その後に小アルカナのカードを使う機会はなかったが、何度か遭遇はしている。

 そして、つい昨日、強力な回復効果を持つ『カップのクイーン』を倒したばかりだ。

 オレはその場で止まり、手綱を持っていた方の手を離してベルトに挟まったカードを取り出そうとする。

 

崩穿(ルイナ・スラスト)

「なっ!?テメェ!!」

 

 足を止めたのを好機とみたのか、何度目かの魔法を撃ってくる塔。

 慌てて権能でかき消すが、腹に重たい感覚が蘇ってきて、顔が歪む。

 

崩弾(ルイナ・バレット)

「今度は『(バレット)』かよっ!!クソっ!!」

 

 次の攻撃までわずかでも間があるだろうと思ったが、間髪入れずに光の礫が弾幕となって飛んでくる。

 『(バレット)』の特性は軌道や形状、同時発射数などに応用が利くことがあるが、一番はその連射性だ。

 威力は最低でも、魔力消費が少なく、タメもほぼ必要ない。

 『穿(スラスト)』や『大砲(カノン)』を見るに、この塔の場合なら『(バレット)』でも無視できる攻撃力ではないだろう。

 オレは権能によるガードを維持したまま、騎馬を走らせて範囲外に逃れる。

 

崩弾(ルイナ・バレット)』『崩弾(ルイナ・バレット)』『崩弾(ルイナ・バレット)』『崩弾(ルイナ・バレット)』『崩弾(ルイナ・バレット)』『崩弾(ルイナ・バレット)

 

「この野郎っ!!オレに余計なことさせないつもりかよっ!!」

 

 光の弾幕が追いすがってくる。

 オレが黒葉さんを庇っていることは明らか。

 その上でわざわざ足を止めて小アルカナのカードを使うとなれば、回復を狙っているのは簡単に予想できるだろう。

 敵の回復行動は速攻で潰す。実に合理的で腹立たしい。

 

「けどっ!!今のオレならっ!!『霊薬よ(メディカーメン)』!!」

 

 オレは、権能で光の弾幕を打ち消しながら、なんとか摘まんでいた『カップのクイーン』を発動させる。

 青い光が湧き上がり、癒やしの力が黒葉さんに降り注いで・・・黒葉さんに届く前にかき消えた。

 

「んなっ!?」

 

 何が起きたのか?

 それは、オレの中に流れ込んできた清涼な魔力を感じ取った瞬間にわかった。

 

「オ、オレが吸っちまったのかっ!?」

 

 黒葉さんを助けたとき、オレは『死翔(デス・アクセル)』を使いながら権能で魔法をかき消したが、この小アルカナの魔法は本質的にオレの魔法ではない。

 権能を初めてまともに発動するオレでは、吸う魔法のコントロールまではまず不可能だ。

 『カップのクイーン』は水属性の魔力だからか、回復の魔法は光と違ってあっという間にオレの魔力に溶け込んだ。

 

「『カップのクイーン』は後一枚ある・・・けど」

 

 やるやらないではなく、やるしかない。

 だが、これはあまりに分が悪い。

 次は絶対に失敗できない。

 

「どうするっ!?マジでどうすんだっ!?」

 

 クソっ!!折角黒葉さんを助けられたのに、これではオレのせいで死なせかねない。

 それではここに来た意味がない。

 いっそ、オレが黒葉さんと代われれば・・・

 

「待った。代わる?いや、それは無理だけど、でも」

 

 ふと、閃いた。

 今のオレでは、権能を使いながら小アルカナの魔法は使えない。

 だが、権能を使うことはできているのだ。

 ならば。

 

「オレの生命力を、黒葉さんに流す!!」

 

 権能を使って、黒葉さんを助ける。

 オレの無駄に有り余った生命力を黒葉さんに渡す。

 それならばできる。

 オレは、手綱を持った手を黒葉さんのお腹に当てる。

 手綱を持っているせいでヘソの下辺りになってしまうが、まあ生命力を流すのに問題はないだろう。

 

「よし・・・勝手でごめんだけど、いくよ黒葉さんっ!!」

「・・・っ!?」

 

 騎馬のスピードを上げ、余計なモノが混ざらないように塔の攻撃を吸わずに回避しながら、オレの生命力の流れを少しだけ断ち切って、黒葉さんの中に注ぎ込んだ。

 すると、黒葉さんの中の流れが変わる。

 不安定で、少しずつ弱っていた流れの中にオレの生命力が流れ込み、混ざっていくのがわかった。

 

「んっ、あ、ああっ・・・あうっ!?」

「よしっ!!これならいけるっ!!」

 

 さっきまで無言でぐったりしていた黒葉さんの顔に赤みが差し、反応が返ってきた。

 黒葉さんの生命力が増していき、さらにオレ由来の無駄に強い流れによって不安定だった黒葉さんの流れも整っていく。

 なんか声の感じが少しおかしい気もするが、今はそんなことを気にしている余裕はない。

 

「これでどうだっ!!」

 

 ラストスパートをかけるように、全力でオレの『中身』を黒葉さんの中に注ぎ込んだ。

 

「あっ、あっ、あうっ、んあっ・・・ふわぁああああああっ!?」

 

 少し前まで真っ青だったのが嘘のように、顔を真っ赤に染めた黒葉さんが飛び起きた。

 その流れはさっきまでとは違う感じで乱れていたが、生命力に満ちあふれている。

 

「やった!!よかった!!黒葉さんっ!!」

 

 オレは、黒葉さんを助けられたことに喜んでその顔をのぞき込み・・・

 

「ま、まだダメ~~!!」

「おぐっ!?」

 

 助けたはずの黒葉さんに、思いっきりビンタを食らうのだった。

 

 

-----

 

 

『んん?ここは・・・』

 

 頭がボンヤリする。

 周りの風景もよくわからない。

 ただ。

 

『なんでワタシ、裸なんだろう?』

 

 なぜかワタシは服を着ていなかった。

 気が付けばベッドの上にいるが、ここはワタシの家なのだろうか。

 なんでこんなところにいるのかも、記憶が曖昧だ。

 

『・・・鶫』

『だ、誰っ!?』

 

 唐突に誰かに名前を呼ばれ、慌てて大事なところを手で隠した。

 その直後、すぐ隣に気配を感じる。

 

『やっと起きた、鶫』

『い、伊坂くんっ!?』

 

 隣にいたのは、いつも見慣れた顔の伊坂くん。

 ワタシの眼は嘘は付かない。

 その逞しい大胸筋の上に灯る優しい光は紛れもなく伊坂くんのものであった。

 問題は。

 

『な、なんで伊坂くんも裸なのっ!?』

 

 伊坂くんも裸だった。全裸だった。

 下の方はなんか光っててよく分からないが、上半身は今日の開会式の前に着替えるときに覗いた・・・否、見えてしまった逞しい身体で間違いない。

 

『なんでって・・・今から鶫と一つになるからだけど?』

『ひ、一つにっ!?』

 

 一つになる。

 つまりは、まあ、そういう意味。

 ワタシと伊坂くんが。

 

『え!?え!?ま、待って!!な、なんでっ!?ワタシと伊坂くんがっ!?』

 

 ワタシはあまりの急展開に、つい後ずさってしまい・・・腕を伊坂くんの力強い手で掴まれた。

 

『鶫は、嫌なの?オレとするの』

『い、嫌じゃないよっ!?嫌じゃないけど、ちょっと気がはやりすぎっていうか、急展開過ぎっていうか・・・』

『でも、オレのこと『伊坂くん』って呼んでるじゃん?オレの名前は誠二なのに』

『え?』

 

 ワタシの手を掴む伊坂くんは悲しそうな顔をしていた。

 

『嫌じゃないなら、オレのこと、名前で呼んで欲しいな』

『な、名前・・・伊坂くんの、名前』

 

 ワタシは、ごく自然に口に出していた。

 ずっと、呼びたかった名前を。

 

『・・・誠二くん』

 

 その名前は、驚くほどストンとワタシの胸の中に収まった。

 

『オレの名前、やっと呼んでくれたね』

『・・・うん』

 

 どうして、ワタシはこれまで誠二くんのことを名字で呼んでいたんだろう。

 名前を呼ぶだけで、こんなに幸せな気持ちになれるのに。

 

『鶫』

『うん』

『じゃあしよっか』

『うん・・・うん?』

 

 誠二くんも、ワタシの名前を呼んでくれる。

 その満足感に、ワタシは無意識に返事をしていて。

 

『鶫』

『あ、その、あ、あわわわわわ・・・・』

 

 いつの間にか、誠二くんの顔がすぐ傍に近づいてきていた。

 ワタシの脳内があっという間にバグる。

 

(せ、誠二くん近い近い近いっ!?い、今からそ、そういうことするならしょうがないかもだけどっ!?そういうことって何っ!?お、おしべとめしべがっ!?X染色体とY染色体がっ!?減数分裂してっ!?っていうか、やっぱりまだ早いよまだちゃんと告白とかデートもしてないし高校生で子育ては大変だしなんていうか早すぎるよっ!?)

 

 そうして。

 

「ま、まだダメ~~!!」

「おぶっ!?」

 

 すぐ近くに来ていた誠二くんの顔に平手打ちを食らわせてしまったのだった。

 

 

 

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