異能力バトルで推しじゃない方の好感度を上げてしまう男の話   作:二本角

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契約とか重要な設定、頭脳戦になると作者の頭が悪いせいで筆が中々進みませんでした。


『月』の謀略

(対策を考えねばならん)

 

 女の子らしいぬいぐるみ、陸上部のトレーニングウェア、参考書。

 雑多なものがそこらに転がる少々散らかり気味の部屋で、その部屋の主である白上羽衣は、否、その身体の中にいるもう一つの人格であるツキコはそう呟いた。

 時刻はもう夜。

 こんな時間になぜそんなことを言い出すのか。

 時は少し遡る。

 

 

-----

 

 

 ツキコが塔のカードを回収した後も、もともとの強度が高かったのか、結界は長時間残留した。

 そのため、結界の外に出たときにはもう誰もいなくなっており、白上羽衣のスマホにあった通知で打ち上げのことを知ったツキコは、これをサボると後々面倒になると考え、白上羽衣に主導権を戻して参加させたのだ。

 打ち上げの内容については、『D組最高!!最優秀賞とったど~!!』やら、『でも、オカ研もすごかったよね!!』だの、『つーか、伊坂どこ行った?』と言った聞く価値もない話ばかりで、思考にふけりたいこともあってすべて聞き流していた。

 だが。

 

「そういえば、羽衣は伊坂君に会った?」

「え?」

「ほら?オカ研、今年の開会式すごかったじゃん?お店の方も人気あったっていうし、羽衣なら行ったのかなって」

 

 不意に、クラスの女子が白上羽衣にそんなことを聞いてきた。

 

(・・・チッ)

 

 白上羽衣の深層意識の中で、ツキコは舌打ちする。

 

(当てつけのつもりか?不愉快な)

 

 ツキコにとって、今日の夕方にオカ研を訪れた以降の出来事はこれまでの長い経験の中でも屈指の不快なイベントだった。

 

(今思い出しても腸が煮えくりかえる・・・!!あの毒虫がっ!!)

 

 本当ならば、今日の後夜祭を以て、白上羽衣と伊坂誠二は結ばれるはずだった。

 事実、伊坂誠二は白上羽衣を選んだはずなのだ。

 割って入ってきた、黒葉鶫という名前の毒虫を、伊坂誠二は一度拒絶したのだから。

 だが、そこに塔が現われ、お人好しの誠二は黒葉鶫を放っておけなかった。

 結果的に、伊坂誠二は白上羽衣を放り出して黒葉鶫を助けに行き、その中で白上羽衣と結ばれることよりも黒葉鶫の命を優先すると宣言した。

 あの場において、伊坂誠二と黒葉鶫が塔を倒さなければツキコも死んでいたことを考えれば、そこまではまだ百歩譲って見逃してもいい。

 しかし、その後のことは到底許せるモノではない。

 

(塔による誠二の記憶喪失・・・それをいいことに、白上羽衣に取らせるはずだった誠二の隣を、あの毒虫がかすめ取った!!)

 

 塔の最後の悪あがき。

 消滅、破綻といった力を扱う塔は、その権能を以て伊坂誠二が戦う理由となる、もっとも大事な記憶を消した。

 塔そのものが滅びかけていたこともあり、記憶の喪失はごくわずかで済んだようだが、伊坂誠二にとってもっとも大事な記憶、『白上羽衣と後夜祭で踊り、結ばれる約束』を完全に忘れてしまったのだ。

 そして、その隙を黒葉鶫は見逃さず、塔の結界の中で2人で踊ることで伊坂誠二の後夜祭の思い出に自身を刻み込んだ。

 

(塔さえいなければ、こんなことには・・・いや、そもそも)

 

 そこで、ツキコは不快そうに周りを見回す。

 

この身体(白上羽衣)が、誠二を繋ぎ止めるほどに好かれていれば・・・!!)

 

 ツキコが伊坂誠二の存在を知った当初から考えていた作戦。

 それは、伊坂誠二が懸想する白上羽衣を利用して、強力な死神に守ってもらい、儀式を最後まで進めることだった。

 己の存在を気取られることなく白上羽衣と伊坂誠二を結びつけ、間接的に陰から伊坂誠二を操ろうとした。

 結局は伊坂誠二にツキコのことを見破られてその初期案はご破算となったが。

 しかしその代わりにツキコとして伊坂誠二と契約を結ぶことで協力を取り付けることはできた。

 そして、初期案にせよ契約を利用したプランにせよ、重要なのは伊坂誠二が抱く白上羽衣への好意だ。

 

(契約の条件に、『いかなる場合でも誠二が白上羽衣を守ること』を加えなかったのは失敗だった・・・それさえあれば、あの場で毒虫を助けに行くこともなかったというのに)

 

 伊坂誠二とツキコの間に結んだ契約は、『これは違反である』とわずかにでも思った時点で破れなくなる。

 そして、ツキコが意識の表層にいなければ伊坂誠二は契約の内容を忘却してしまうので、契約の拘束力もなくなってしまう。

 そのことを、ツキコは問題視していなかった。

 なにせ、伊坂誠二の方が白上羽衣を好いているのだ。

 緊急事態となれば何を言わずとも白上羽衣を、ひいてはその中にいるツキコを守ってくれる。

 そう思っていたのだから。

 だが、それは甘すぎた。

 

(まさか、誠二があの場で毒虫の方を選ぶとは・・・使えない奴め!!)

 

 伊坂誠二という魔法使いの性質を見誤っていた。

 伊坂誠二はお人好しで、惚れた女がいたとしても、ピンチに陥った者がいればそちらを優先して助けてしまう。

 白上羽衣は、伊坂誠二の本質を変えるほどには好かれていなかったのだ。

 だから、ツキコは決めた。

 

(この身体は役に立たん。土壇場で誠二を引き留められないなら、意味はない。ゆくゆくは・・・)

 

 伊坂誠二の記憶を消し去った塔の力。

 その力の欠片を、ツキコは手に入れている。

 伊坂誠二の中から、あの忌まわしい黒葉鶫の記憶とともに白上羽衣のすべてを消し去ってやるのだ。

 白上羽衣が役に立たないというなら、自分がその座を奪うまで。

 そして、己こそが伊坂誠二を支える唯一と思わせる。いや、そうなるのだ。

 

(そうだ。それが一番いい。もっと早くに気が付いてれば良かったのだ。そうだったなら、今頃は)

 

 ツキコは歯噛みする。

 白上羽衣ではなく、このツキコこそが伊坂誠二にとっての唯一となっていれば。

 そうなれば、自分は今頃こんなところで人間に囲まれてなどいない。

 誠二と2人だけでいられたはずだ。

 あの毒虫など塔に消させればいい。

 そうだったのなら、今頃2人だけで月光の下を歩くことができていたのに。

 ツキコがそうして今日のことを悔やんでいるときだった。

 

「伊坂・・・誠二・・・!!」

「・・・羽衣?」

(・・・何だと?)

 

 白上羽衣が、うめくようにその名前を呟いた。

 これまで中にいるツキコすら聞いたことがないような、怨念すら滲んだ声音で。

 

(・・・これは。チッ!!静かにしてろ!!)

 

 何か非常にマズい事態が起きている。

 それを察したツキコは、内部から白上羽衣の精神に干渉する。

 伊坂誠二への悪感情が周囲にバレることは、儀式の進行において大きなマイナスだ。

 そう思っていたことで、この精神干渉は伊坂誠二との契約に違反しなかった。

 

「・・・・・うう」

「羽衣?どうしたの?調子悪いなら、タクシー呼ぼうか?」

「・・・ううん、大丈夫」

 

 意識が混濁したのは一瞬。

 すぐに、白上羽衣は『いつもの誰にでも優しい白上羽衣』に戻った。

 

(・・・白上羽衣。『誠二とは舞札祭で一度も会わなかった』と言え)

 

「私、伊坂君とは今日は一回も会わなかったよ」

「そうなの?」

「グラウンドで別れた後にオカ研に行ったのかと思ったのに」

「あはは・・・あの後、ちょっと疲れが出て部室で休んでたんだよ。行きたかったけどね」

「そうなんだ・・・」

「まあ、羽衣も午前中は本当に忙しかったからねぇ」

 

 伊坂誠二は、オカ研で白上羽衣と会ったことを完全に忘れている。

 それなのに、白上羽衣が伊坂誠二と会ったと言うのは不自然だ。

 そう判断したために、ツキコは白上羽衣に嘘を付かせた。

 その嘘は嘘と思われなかったようで、周囲の人間との会話はその後も淀みなく進んで行く。

 普段見慣れたのと同じ白上羽衣の様子に、さっきのことは気のせいかなにかだろうと、クラスメイトたちはスルーすることに決めたようだ。

 だが、ツキコとしてはそうはいかない。

 

(・・・これは、白上羽衣の中にある憎悪が強まっている)

 

 もとより、白上羽衣は伊坂誠二に強い悪感情を抱いている。

 それは、ただ人外を恐れるというだけでなく、光と闇の属性相性、伊坂誠二の顔が異能に関係なくめちゃくちゃ怖いことなどがあるのだが、今の白上羽衣の悪感情は今までの比ではない。

 

(これほどとは・・・恐怖より憎悪、殺意が上回っている。誠二と出会ったら、変身して殺しにかかりに行きかねない。もしや、『正義』と『恋人』の代償か?)

 

 黒葉鶫の心を完全に折るために、ツキコは契約に抵触しない形でダイレクトに己の意志を反映できるように、逆位置の『正義』と同じく逆位置の『恋人』を使って、白上羽衣を強い催眠状態に堕とし、操り人形とした。

 黒葉鶫の精神を痛めつけるという目的は達成できたものの、結果的にさらに伊坂誠二と黒葉鶫の仲を深めてしまうことになり裏目に出てしまったわけだが、その有用性は実証できた。

 最終的に白上羽衣の存在を伊坂誠二の中から消し去るつもりとはいえ、まだしばらくは白上羽衣のガワにも利用価値はある。

 そう思っていたツキコからすれば、今後も要所要所で使っていくつもりだったが、思わぬ落とし穴だ。

 

(チッ!!どこまでも忌々しい・・・だが、これほどとなれば放っておくワケにはいかん)

 

 白上羽衣がクラスメイトたちと和気藹々と歓談する中、ツキコは考えを巡らせるのだった。

 

 

-----

 

 

 そして、時は現在に戻る。

 

(考えねばならん。この悪感情への対策と、今後の方針を)

 

 白上羽衣が抱く、伊坂誠二への殺意へと昇華するほどの憎悪。

 これはマズい。

 

(私が宥めればなんとかなる。だが、それでも白上羽衣に好意的な台詞を言わせるのはもう無理だな)

 

 舞札祭の約束を取り付けたときもそうだが、白上羽衣が伊坂誠二に好意があるような台詞を言わせることで、仲を深めさせるのが基本的な方針だった。

 事実、伊坂誠二にツキコが気取られるまでは、ほとんどの場面でツキコが白上羽衣の精神を乗っ取って仲がいいふりをしていた。

 その手はツキコの存在がバレたことで使えなくなったが、ツキコが白上羽衣の深層にいる間、暗示をかけるようにして間接的に操ることで似たようなことは言わせられた。

 白上羽衣の記憶を伊坂誠二から抹消するのが前提としても、それまでは伊坂誠二が持つ白上羽衣への好意を利用するつもりであったのだ。

 伊坂誠二が一番隙を見せるとすれば、好意を持っている白上羽衣の前である可能性がもっとも高いのだから。

 しかし、ここまで憎悪が強ければ、ツキコが直接操りでもしなければ好意があるフリをさせるのは不可能だ。

 せいぜい、当たり障りのない対応をさせるのが限界だろう。

 

(つまり、白上羽衣を利用して誠二の依存度を高める策はもう使えない。だがまあ、これはいい。思い返してみれば誠二に私の存在がバレている時点であまりアテにできる方法ではない。ならば、常時私が表に出るしかないが・・・・・問題はあの毒虫だ)

 

 これ以上、白上羽衣を利用した方法は取れないが、もとよりそこまで頼れるものではなくなっている。

 ならば、ツキコ自らが表に出てアプローチをかけるしかない。

 伊坂誠二は超が付くほどのお人好しであり、自惚れではなく、契約がなくとももはや自分を殺すことはできないとツキコは確信している。

 現に初めて会った頃には険悪だったが、『恋人』を倒した後からは伊坂誠二の態度は大幅に軟化しており、ツキコとしては屈辱でしかないが、魔力操作が黒葉鶫のために役立った際には本心から礼を言われてもいる。

 伊坂誠二が好きなのは白上羽衣だが、ツキコだってその距離を縮めることができないわけではないはずだ。

 塔のカードを使い、白上羽衣の記憶を消せばさらにその立ち位置は盤石となるだろう。

 だが、そこで障害となるのが黒葉鶫である。

 

(私が表層に出てきた場合、あの毒虫には確実にバレる・・・いや、もうバレている可能性すらある)

 

 オカ研で黒葉鶫の心を折ったときには、その忌まわしい眼のことを知らなかったこともあるが、どうせこれが最後になるだろうと己の存在を気取られたことを大して気にしなかった。

 しかし、黒葉鶫は立ち直り、生き残った。

 ツキコが表に出ているときに、心映しの宝玉で見られれば、かつてのイレギュラープレイヤーのように己の存在に気付くとツキコは知っている。

 いや、誠二と結んだ契約に気付いたことから、人間のプレイヤーが知るはずもないことを吹き込んだ者がいることにはすでに思い至っている。

 

(オカ研を訪れたときの私が、ヤツの眼から見ればどう映っていたのかは私にはわからん。だが、違和感を抱かせるようなものであったと見るべきか)

 

 心映しの宝玉。

 それは、他人の感情を色として見ることができる瞳。

 その瞳を持つ者はありとあらゆる幻を見破ることができる。

 

(・・・どういうわけか、あの瞳に関する情報は最初から知っていた。生前に所持者が身近にいたのかもしれんが、ともかく、あの毒虫には月の幻影は通用しない。恐らく、白上羽衣にかかっていた催眠にも気が付いている)

 

 オカ研を訪れたとき、白上羽衣の心はツキコが掌握し、内側から操っていた。

 その際の偽りの感情を、あの瞳は捉えていたとみるべきだ。

 

(もうバレている。あるいは、バレていなくとも時間の問題。仮に見破られていなくとも、私が表に出ることを封じられたも同然・・・どこまでも忌々しい)

 

 儀式を勝ち抜くためには伊坂誠二の協力がいる。

 契約があるとはいえ、その契約を伊坂誠二が忘れているときには効果がない。

 白上羽衣への好意はともすれば後回しにされることもあり、契約による拘束がない場合には、白上羽衣ないしはツキコがさらに伊坂誠二との仲を深めておかなければ安心できない。

 白上羽衣は伊坂誠二に非常に強い憎悪を持っており、仲を深めるどころではない。

 伊坂誠二と関わりを強めるためには、さらには契約の効果を発揮させるためにはツキコが表に出ていなければならない。

 しかし、ツキコが表に出ていれば黒葉鶫に確実にバレる。

 もしかしたら、もうすでに気付かれている可能性もある。

 バレれば、まず間違いなく伊坂誠二がいない隙を見計らって黒葉鶫が殺しに来る。

 まさに八歩塞がり。詰みの一歩手前だ。

 この状況を解決する方法など・・・

 

(いや、ある!!一つだけ!!)

 

 自らが置かれた状況を一つ一つ見つめ直し、整理して、ツキコは思い至った。

 

(・・・それには、誠二と話を付けなければならんな。だが、私の予想が正しければ、誠二にとってももう大した意味はなくなっているはず。すべては)

 

 己が生き残り、なおかつ誠二との距離を縮められるかもしれない。

 ともすれば、黒葉鶫への揺さぶりになり得る方法を。

 

(すべては、明日だ。明日、誠二と会ってからだ・・・)

 

「ふわ~~~あ。寝よ」

 

 ちょうどそこで、白上羽衣も眠りにつくことにしたようだ。

 そんな白上羽衣を、ツキコは冷めた目で見やる。

 

(ふん。臆病者め。差別主義者め!!誠二の本質をわかろうともせず本能に従って憎むままなど、獣と変わらん下等生物が。もうお前には頼らん)

 

 伊坂誠二の本質。

 その凶悪な外見に似合わない、あまりにもお人好しで優しい性格。

 それを知らずに、知ろうともせず、人間の本能のままに伊坂誠二を憎む白上羽衣を心の底から侮蔑して、ツキコもまた意識を闇に沈めるのであった。

 

 

-----

 

 

「ワタシは黒葉鶫って言うんです・・・よろしくお願いしますね?」

「え、えっと・・・黒葉さんだね?アタシは白上羽衣だよ。昨日、開会式で見たけど、オカ研すごかったね。あはは・・」

 

 黒葉さんが白上さんに挨拶する。

 黒葉さんはオレの一歩前に出ているので、その表情は見えない。

 その声音からして、きっと笑顔なのだろうとは思うけど。

 でも。

 

(な、なんだ・・・!?寒気が・・・)

 

 不思議と、オレの中の何かが警鐘を鳴らしていた。

 

(い、今の黒葉さん、何かがヤバい!!)

 

 黒葉さんと最もよく接すると言って間違いのないオレだからこそそう思った。

 今の黒葉さんは、普段と何かが違う。

 ふとしたことがきっかけで、ぷつりと糸が切れてしまいそうな。

 まるで決壊寸前のダムや爆発寸前の時限爆弾でも見ているかのような怖さを感じる。

 

(し、白上さん、怯えてないよな?怯えてるようなら、怖いけど割って入らないと)

 

 黒葉さんの迫力が伝わっているのがオレだけなのかどうかわからない。

 だが、白上さんの声は若干震えており、どうにも気圧されているような気がする。

 どうして黒葉さんがピリピリしているのかはわからないが、雰囲気的にオレが止めに入らなければと思い、白上さんを見たときだった。

 

(ん?・・・白上さん、だよな?)

 

 違和感を覚えた。

 自慢ではないが、オレは毎朝白上さんをじっくりとチラ見している。

 だから、白上さんの変化にはどんな些細なことにも気付く自身がある。

 そんなオレの審美眼によれば、白上さんはいつも通りなのだが・・・どうにも『何か』が違うような気がする。

 それが何なのかはわからない。

 だが。

 

(何だ?すごい、嫌な感じがする・・・不良に囲まれたときとか、怪異と戦うときみたいな・・・それにそれだけじゃなくて、昨日のアカバさんみたいに、輪郭がブレて見えるような?)

 

 まず感じたのは、肌を刺すようなピリピリとした感覚。

 これは黒葉さんの放つものではない。向きが違う。

 白上さんの方から感じるのは、不良と喧嘩になる直前や、怪異が襲いかかってきたときに感じるソレを薄めたような何か。

 一番しっくりくるのは、『敵意』だろうか。

 それと、昨日、ビビっていたオレの背中を押してくれたときのアカバさんのように、『何か』がブレて見えるような気がする。

 

(いやいや、何考えてんだオレ。白上さんだぞ?あの天使のように優しい白上さんが、敵意なんて向けてくるわけないだろ。それに、ブレて見えるって意味がわからん。眼にゴミでも入ったか?)

 

 そして、オレが目をこすってからもう一度白上さんを見ると、白上さんもまた、オレを見ていた。

 

「っ!?」

 

 

--お前が憎い

 

 

 これまで見たことがない。そして見ることなどないと思っていた光景がそこにあった。

 いつもの、キラキラと輝く瞳はそこになく、代わりにあるのは黒く濁った憎悪の眼差し。

 それが、オレに向けられていた。

 それだけで、オレは動けなくなるも・・・

 

「おはよう、伊坂君」

「・・・え?」

 

 次の瞬間には、いつもの白上さんがそこにいた。

 

「あれ?どうしたの?元気ない?」

「い、いや、そんなことないよ!!オレは元気なのが取り柄だから!!」

「そっか。うん、伊坂君らしいね!!」

 

 そこにいるのは、いつもの白上さんだ。

 黒くよどんだ瞳などなかったかのように、いつものように明るい笑顔。

 つい、さっきのことは幻だったのかと思ってしまう。

 

(いや、そうだ。気のせいだよ。まさか、白上さんがオレにあんな眼を向けてくるわけないしな)

 

 オレは半ば自分に言い聞かせるようにそう思った。

 しかし、依然として気になることはある。

 

「白上さん、その・・・」

「ん?」

「いや・・・なんでもない」

(白上さんが、なんかブレて見えるのはそのままだ。何だコレ?見てると、なんか思い出しそうになるけど・・・痛っ!?)

 

 目をこすっても、白上さんがブレて見えるのは変わらなかった。

 周りは正常に見えるのに、白上さんだけがブレて見えるのはどうにも不気味で、見ているとめまいがしそうだ。

 オレは不意に襲いかかってきた頭痛を堪える。

 

「・・・やっぱり。『中』に何かいる?」

 

 白上さんと挨拶を交わしてから無言だった黒葉さんが小さく何かを呟いたが、それが何なのかは聞こえなかった。

 だが、白上さんには聞こえていたらしい。

 否、目の前にいる少女は、もはや白上さんではなかった。

 

『・・・ふん。相も変わらず忌々しい眼だ』

「っ!?お前っ!!ツキ・・・」

 

 鋭い頭痛が急に治まった。

 同時に聞こえてきたのは、白上さんの声でありながら白上さんが放ったものではない声。

 その声の主を、オレは知っていた。

 その正体を口に出す前に、相手は先に呪文を唱えていた。

 

『『月光天蓋(ルナ・コルティナ)』』

「っ!?これは、結界!?誠二くんっ!!」

「いや、大丈夫。この結界は無害だよ」

「え?」

 

 身構える黒葉さんを落ち着かせるように、オレは周りに広がった光のカーテンを眺めながら言った。

 そう、この光の結界に直接何かを攻撃するような能力はない。

 そして、この結界の中では、何を言おうが、何をしようが外に漏れることも見られることもない。

 だから、オレは白上さんには絶対に使わない口調で、白上さんの姿をした相手に話しかける。

 

「で、朝っぱらから何だよ?・・・ツキコ」

『なに。昨日はいろいろとあったからな。話したいことができただけだ・・・そこのチビも交えてな』

「あん?黒葉さんと?・・・お前」

『そう睨むな。何度も言っているだろう?お前と私の間には『契約』がある。まあ、契約がなくともお前を敵に回すようなバカな真似はせんよ』

「ならいいけどよ」

「契、約?」

 

 突然の事態について来れないのか、黒葉さんが唖然とした表情で呟いた。

 まあ、それも当然か。

 なにせ、今まで白上さんだと思っていた相手が、急に変な魔法を使った上に妙な口調で話し始めたのだから。

 

「ああ、コイツは・・・」

 

 オレが紹介も兼ねて黒葉さんに事情を説明しようとしたときだ。

 

『おい誠二。お前、私が表に出る前から私に気付いていたな?』

「あん?んなことねーぞ?契約のこともさっきまで忘れてたし・・・あ、でも、なんか白上さんがブレて見えたな」

『ほう?やはりな・・・』

「契約・・・それに、さっきまで忘れる?」

 

 オレが話そうとするのに割り込むように、ツキコが話しかけてきた。

 オレは、話の内容が気になったのもあって、つい応えてしまう。

 すると、ツキコはニヤリと笑った。

 

『お前、昨日派手に『(ブースト)』を使っただろう?それに、恐らくはお前本来の魔法も。死神の力と、死神に最高の適性を持つお前自身の魔法に慣れたせいで、亡霊だった私への感知能力が上がったのだろうな』

「そうなのか・・・いや、なるほど、道理で。ん?でもそうなると、お前との契約の・・・」

『ああ。お前と結んだ契約の一つに意味がなくなったわけだ。となれば、これは破棄するが・・・別に良いな?』

「ん~・・・まあ、もう意味がないしな。お前が表に出てるかどうかはマジでわかるみたいだし・・・それなら」

「亡霊?それに表に出てるかわかる?・・・まさか!!」

 

⑥ 伊坂誠二はツキコが白上羽衣の精神と入れ替わっている時以外、すべての契約内容ならびにツキコの存在を忘却する

 

 オレがツキコと結んだ契約の一つだ。

 オレはツキコが白上さんの中に引っ込んでいるとき、ツキコの存在を忘れてしまう。

 これは、オレが白上さんにツキコの存在をバラしてしまわないようにするために結んだ契約だ。

 オレとしても業腹だが、ツキコによって白上さんの安全はある程度担保されている。

 しかし、まさか自分の中に身体を乗っ取っている存在がいるなどと言ってパニックになってもらうわけにもいかないので、オレがボロを出さないようにしているというワケだ。

 だが、この契約があっても尚、オレがツキコの存在に感づいてしまうというのならば意味はない。

 むしろ、ツキコのことを忘れているのに白上さんがブレていることに触れてやぶ蛇になりかねない。

 それならば、最初からツキコのことを覚えておいた方がいい。

 ・・・オレがツキコに慣れて、自然に振る舞えるようになったというのもあるのだろうが。

 

「・・・誠二くんっ!!ダメ!!」

「別にいいぞ・・・ん?どうしたの黒葉さん?」

 

 オレがツキコの申し出を受け入れるのと、黒葉さんがオレを制止するのは同時だった。

 

『クフフッ!!お互いの同意が得られたな?これで・・・お前が私と結んだ契約を忘れることはない。このツキコのこともなぁ?』

「っ!!」

「お、おう・・・?」

 

 『してやったり』といったニヤケ面のツキコと、鬼気迫る表情で歯噛みする黒葉さん。

 今の会話の中で一体何があったのか、何もわからない馬鹿なオレには、どうして2人がそんな顔をしているのかも当然理解できていないのであった。

 

 

-----

 

 

(クハハハハっ!!手に入れたぞ!!私が生き残る手段!!最高の盾を!!)

 

 目の前で歯噛みする毒虫を見ながら、私は口の端がつり上がるのを抑えきれなかった。

 朝一でこの女がD組で待ち構えていたときに驚いたが、逆にチャンスでもあり、事実、もうこの毒虫が私を害することはできなくなった。

 盛大に嗤ってやりたいのを堪えながらも、私は己の策が上手くいったのを確信する。

 

「? 黒葉さん?どうかした?」

「ううん、なんでもないよ・・・」

 

 毒虫の様子を訝しんだ誠二が聞くが、何も答えることはない。

 それはそうだろう。

 

(言えないよなぁ?私を暗殺することができなくなって残念です、とはなぁ!!)

 

 私が最も危惧していたのは、私のことに気付かれ、誠二が契約や私の存在そのものを忘れているうちに事故に見せかけられて暗殺されることだった。

 だが、もう誠二が私のことを忘れることはない。

 記憶を奪う手段である塔のカードは私の手中にあるのだから。

 そして、今私が死ねば、いくら誠二がお人好しだろうと必ず疑うのは避けられない。

 なにせ、私の正体を知るのは誠二とこの女しかいないのだ。

 

(心許ないとはいえ、誠二が未だに白上羽衣のことを好いているのには気付いてるだろう?そして、その想い人を殺したと思われれば、結ばれることなどあり得ないと理解してしまっただろう?)

 

 この女にとって、誠二に嫌われることこそが最も恐れている事態だということを、私はよく知っている。

 そして、例え誠二がどれほどの善人だろうと、いや、善人だからこそ、好きな女に手を下した女を愛することなどできはしない。

 つまり、この毒虫はもう直接的にも間接的にも、私に手を下すことはできなくなった。

 

(本当に、朝からお前の方から来てくれて助かったよ。契約の更新を安全に進められるかは不安だったが、誠二を引き連れて会いに行こうとすれば止められただろうからな)

 

 私が考えていた方法とは、『誠二の記憶に関する契約を抹消した上で、敢えて誠二の目の前で黒葉鶫に正体を明かすこと』だった。

 前提条件こそ厳しいが、これによって私は安全を手に入れることができた。

 他ならぬ、この毒虫が愛する男を私の護衛とすることで。

 

(昨日はしてやられたが、この場ではそうはいかん・・・たっぷりと見せつけてやろうじゃないか。私と誠二が結んだ契約をな)

 

 昨日刻まれた屈辱は、今この場で返す。

 そう誓いながら、私は自分から汚らわしく卑しい盗人に声をかける。

 

『さて、お前の名前はもう聞いた。ならば今度は私が名乗っておこう・・・何を隠そう、誠二から贈られた名を』

「・・・っ!!」

 

 黒葉鶫が驚きで目を見開く中、私は告げる。

 この世で何よりも大切な、私だけの名前を。

 

『伊坂ツキコだ。よろしく頼むぞ?黒葉の魔女』

 




自分で書いてて何ですが、こいつら可愛くないなって思いました。
でも、だからこそヤンデレであるとも思います。
可愛いだけでは、ヤンデレは務まりませんから。
私が敬愛するとあるヤンデレ長編小説は、ヒロインのヤンデレ描写がえげつなく、『もはやこいつらヒロインじゃねぇ!!』と思いながらもそのブレない愛に感動したものです。

こっちのサノバウィッチ二次創作の方は、『まだ』ヒロインが可愛いままだと思います。
ある意味、私にとっての清涼剤と言っていいかもしれません。
こっちも応援してくだされば、こちらの作品を書くときのモチベにも繋がりますので、異能力バトルともども感想、評価よろしくお願いします。

https://syosetu.org/novel/335758/

もしもIFルートを書くなら

  • 黒葉さん幼なじみルート(早期に激重化)
  • 伊坂誠二の初期カードが月(ツキコ相棒化)
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