エピソードが好きで似たような構成になってしまったかも。
私、レイニ・シアンは、最近、趣味がお菓子作りになりつつあった。
用意するのは、ハーブ、砂糖、スパイス。そして、アニス様から頂いた不思議な粉――詳細を私が聞いてもよく分からなかったけど、小麦粉でも似たようなものが作れるのだとか。
アニス様としては、色々作る過程で食べられそうな物も出来たから、辛味を染み込ませて眠気ざましにしたかったらしい。実際、最初はミントに生姜や胡椒などひたすら辛そうな物を入れ込んで、とても酷い味のものを作っていた。
いくらなんでもこれは王族が、いや人間が口に入れるものじゃないと(本人を除き)意見の一致を得られたために、味の調整を私が行うことになった。
イリア様からは余暇に仕事を押し付けて申し訳ないと頭を下げられたけれど、これはこれで楽しんでいる。香り付けにはハーブもいいし、フルーツでもいい。
アニス様スペシャルは、調整版でもやはり私には辛すぎるけれど……実は最近、グランツ公も同じ物を好んでいると聞いた。
あの二人は案外波長が合っていて、ユフィリア様にとってはそれが不愉快な時もあるみたい。
「なんて、ちょっと不敬かな」
粉を鍋に入れ、焦げ付かないように加熱しながらトロトロと溶けていく様を眺める。
ある程度したら、細かく挽いた調味料をムラが出ないように2~3回に分けて振り入れ、少し熱を足しながらかき混ぜる。
均等に混ざったら張り付かないよう粉砂糖を敷いた板に広げて熱を取り、冷めたら平たくなるよう伸ばして短冊状に切っていく。
張り付かないようにまた少し全体に粉砂糖をまぶせば、
飲み込むのではなく、味がしなくなるまで噛んで最後には吐き出すものらしい。アニス様が実演したら、イリア様が行儀が悪いと目を細めていたけれど。
「うーん、やっぱりアニス様向けのは私には辛いや」
切れ端を少し味見すると、カッと口の中に刺激が広がると同時に、目に涙が浮かぶほどのミントの香りが鼻を抜けていく。
目が覚めるどころか死人も飛び起きそうな具合だけど、効き目が有りそうなのも確か。
後は小瓶につめるだけ、といった所で、何か慌ただしい足音が響いた。
「あっ、レイニ! ちょうど良かった」
「アニス様? いったいどうしたんですか?」
飛び込んできたアニス様を見て、思わず目を丸くする。
いいニュースも悪いニュースも分かりやすい人ではあるけれど、この時は珍しく、どちらでもない真剣な眼をしていた。
「私、ちょっと出かけるよ。ユフィによろしく言っといて」
「なるほど、アニスは行きましたか」
「聞いていたんですか? アニス様もそのように言っていましたが」
ちょうど少し前、イリア様に促されて人払いをしたことがあったから、その時だろうか。
急な話でユフィリア様が拗ねないかがちょっと心配だったけど、どうやら落ち着いているご様子だった。
「まあ、アニスに関しては問題ありません。護衛騎士の方々も付いていったようですし、いまさら猪の魔物程度にめったなこともないでしょう。出て行く前に、もう一度声をかけて欲しかったのが本音ですけどね」
「はい……ドラゴンスレイヤーですもんね。私、本物のドラゴンなんて想像すらできないですけど……エアドラも有りますし、明日には帰ってくるのでしょうか?」
そういえばどこに行くのかも聞いていなかったけど、ユフィリア様が事態を把握しているのなら、おそらく大丈夫なんだろう。
何か珍しい魔物が出て、それを狩って帰ってくるというのであれば、明日には湯浴みの準備をしておいたほうが良いのだろうか。
「いえ、アニスの話によると、その猪の魔物はあくまで手がかりであって、本命はその生活サイクルに含まれる何かだそうなのです」
「……となると、思いのほか時間がかかる可能性は有りますね。姫様はガーッと行ってガーッと戦うのはともかく、調査そのものは不得手な脳筋ですから」
後ろで私と一緒に控えていたイリア様が、不意に口を開く。
この中でアニス様と一番付き合いの長い方が言うのであれば、きっとそうなのだろう。
アニス様の不在がどの位の期間になるか分からないのは厄介だけれど、スケジュール調整はイリア様に任せておけば大丈夫そうかな。
「一応、ユフィリア様がお腹を空かせた時のために、と精霊石をいくつか預かってますけど」
「アニス……もう、そういう意味でつまみ食いしてるんじゃありませんのに。構いませんよ、そのまま保管しておいて下さい」
無色の精霊石にアニス様の魔力を含ませてあるのだろう。
なんとなくアニス様のオーラを感じる袋は、さきほどお会いした時に直接手渡されたものである。
それを見てユフィリア様は小さく首を振ると、悪戯っぽく微笑んで私に言う。
「なんなら、レイニがいくつか食べてみても良いですよ?」
「……お戯れを、ユフィリア様。レイニには私が十分に魔力を与えています」
「はいはい、ごちそうさま」
朗らかにそんなやり取りをして、その日のお茶は終わりになり。
……そして、一週間が経過した。
* * *
「ユフィリア様、本日の会合もお疲れ様でした。お茶をお淹れしましょうか」
「……ええ、そうですね。一区切りしましょう」
アニス様が後宮を飛び去ってから、しばらくの時が過ぎた。
外の天気は、雨季に入ったのもあって今日も雨。護衛騎士の方々もアニス様に付いていっているので、この天気の中護身術の訓練をしなくて良いのは不幸中の幸いか。
イリア様は、このくらいの期間であればままある事だと言っていたけれど、アニス様の明るい声が聞けないとなんとなく後宮の雰囲気も暗くなる。
「新しい茶葉はいかがですか? 前王様自らがお選びになられた品種で、香り高く爽やかな苦味が特徴だそうですよ」
「なるほど、そうでしたか」
「その、お好みではありませんでしたか……?」
「……? いえ、そんなことは有りませんよ。今日もありがとうございます、レイニ」
元から忙しいお二人だから、3~4日顔を合わさないことは無くもなかった。
そう考えると、まだまだ久しぶりと言うほどの期間でも無いはずだけれど……なんとなく、ユフィリア様から表情が抜けてきているのは、気の所為だろうか?
「ユフィリア様……」
あまり楽しまれたご様子の無いお茶を片付けながら、つらつらと考える。
精霊契約者というものは、やがて現世との執着を失くしてしまうものらしい。
だんだんと感情が動かさなくなったユフィリア様の姿は、まだ学生の頃に遠目で見ていた完璧令嬢の頃と同じだ。アニス様がいらっしゃれば、きっと心から笑ってくださるのに。
「いえ……私も、このくらいの期間なんとか出来るようにならなくちゃ」
言えばアニス様は気にして下さるだろうけれど、そうやって重荷になるのをユフィリア様は決して望まないはずだ。
何より私も後宮付のメイドなのだから、留守を任されても仕事を果たせなかったというのは沽券に関わる。イリア様だって、そのつもりだろう。
「私が何か、ユフィリア様の気晴らしを考えないと。う~ん、基本はやっぱりおやつかな?」
もちろん、ユフィリア様にあげるのだから単に人間用のでは駄目だ。
元々あまり食にこだわりのあったタイプでは無いし、甘味が特別好きという様子もなかった。
となるとやっぱり、好物はアニス様か。ただしアニス様から預かっていた、魔力入りの精霊石には手を付けようとしない。
これは、私も吸血鬼として魔力を吸う生態があるからわかる。要するに味気ないのだろう。
精霊石の魔力回復ポーションはとても味が良くないというのは聞いたことがあるが、精霊石から直接魔力を吸うのも同様だ。
風味がわかる分マシかもしれないが、なんとなくそれだけだとスカスカした感じになる。
本当に魔力が足りないとなったら味など気にしてる余裕は無いにしろ、そうではない時に無理にこれで満たす必要も無いのではないか。そう言われたら、私だって頷いてしまう。
そもそもとして、ユフィリア様はパレッティア王国の女王陛下なのだ。
女王は普通、自分の手で魔法を使う作業をすることは無い。何らかの祭事においては女王陛下自ら魔法を振りまく必要もあるが、雨季も近い今そのような祭事も無い。
なので、大きく魔力を消費する機会も今は無く。
「だから、考えるべきは魔力量そのものじゃない。もっとこう、暖かみのある風味とか、長く楽しめることとか……」
ちらり、と調理場の隅においてあるアニス様印の袋を確認する。
こればかりは、きっとイリア様でもレシピを作るのは難しいだろう。
魔力の味を知っているのは、ユフィリア様のような精霊契約者を除けば吸血鬼である私だけ。
だからこれは、精霊様が与えてくれた機会だと思うことにした。
昔、ご迷惑をかけた分の恩を返すいい機会だと。
「よし……作りましょう、アニス様味のガムを」
こうして、ただ与えられたレシピをなぞるだけではない、私独自の研究開発が始まった。
「ぶえっくし! なんか悪寒がするなあ」
「周囲がこんなに燃え盛ってるのにっすか!? うあっちちち!」