転生王女と天才令嬢の淫蕩生活   作:はまちや

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バレンタインなので初投稿です


転生王女と天才令嬢の淫蕩生活

 

「ユフィリア様、失礼します」

 

 控えめなノックの音が響き、合間から侍女――レイニが顔を出した。

茶菓子を入れる小さなポーション瓶とちり紙、そして茶器をお盆に乗せて、この国の女王――ユフィリアの元まで歩み寄る。

その時ユフィリアは、冊子を手元に置き読みふけっていた。書き付けを乱雑に纏めたようななんてことのない束を、大切そうに捲る。

レイニは、その宝物に触れるような様子に興味を惹かれた。

 

「その書類は……?」

「これですか? アニスが書いた宿()()です。ごめんなさい、国に関わることなので、中身までは明かせませんが」

「あっ、いえ! すみません、そんなつもりでは!」

 

 なるほど、そんな物があるのであれば、余計なお世話だったかもしれない。

一瞬レイニはそう思いかけるものの、せっかくイリア様にも協力していただいたんだもの、と勇気を振り絞って声をかけた。

 

「その、息抜きに一つ作ってみたんです。試食していただけませんか?」

「おや、これは……」

「最近アニス様が気付けに使っている、ガムというお菓子です。味付けは変えましたけど」

 

 ミルクの素朴な甘みに、アルコールの強い香りと僅かな苦味。それがアニスフィアの魔力の風味と交わって、手前味噌だが悪くない仕上がりだと考えている。

喜んでいただけるはずだ、とレイニが意気込んで渡した結果は、一切れ口に含んだユフィリアが、まあ、目を見開いたことで答えを得た。

 

「……なんと、アニスの味がします」

「ティルティ様に精霊石から魔力を溶かす方法を教わって……そこから工夫してみたんです。ユフィリア様の味覚が薄くなっているのは存じておりますが、これなら楽しめるのではと」

「わざわざありがとうございます、レイニ。これは良いものです」

 

 思った以上の好評に、唇の端が吊り上がる。

少々はしたなかっただろうかとレイニがはにかむと、ユフィリアはその動きを慈しむように見ていた。目を細め、そしてまた冊子へと視線を移す。

 

 

「少し、話を聞いてくれませんか」

 

 

 もちろん、レイニに否やはない。

そう答えると、ユフィリアの瞳が今度は雨模様の空へと映った。

そこに、居ないはずの誰かを写し取るかのように。

 

「レイニは、イリアを亡くした後の事を想像したりしますか?」

「えっ……?」

「私がアニスを亡くした後、自分が悲しむことは想像していました。悲しむだけ悲しんだ後はアニスがやり残した事を終えて、その後は玉座から降り、やがて大精霊の一員になるのだろうと」

 

 精霊契約者になった時、いやなる前からも、寿命の違いについては分かっていた。

選択をした結果に後悔は無い。そのリスクについても、先人に説明されて分かった気でいた。

 

「それでも、()()()()()()()()()のかも知れません」

 

 そう思ったのは、アニスフィアがたかだか数日でこの宿題を書き上げたからだろうか。

 

「私はアニスに空へ羽ばたいて欲しかった。ただ、自由な彗星であれば良いと思った。けれどもしアニスを亡くした後、彼女がやり残した事を確認し、()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 魔学という知識を多少は識った気になって。

アニスという転生者をよくよく知っている気でいて。

いざ、別れの時が来た後に――本当は何も、何一つ理解していなかったことに気付いたら。

この長い時間を、そんな絶望と共に生きていかなければならないとしたら。

 

「その時こそ私は、王として狂うのでは無いでしょうか」

 

 アニスのやり残した事だからと言って、費用対効果も考えずに国力を注ぐようになり。

けれど本質を理解していないから、その"夢"が底を付くことは無い。

 

 ――()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 想像するだに醜い有様に、ユフィリアは微かな恐怖を抱いていた。

 

「そうなったらレイニ、貴方が私を玉座から追放してくださいね」

「ええっ!? ちょ、ちょっと荷が重いかと!?」

「そう言わずにがんばってください、とりあえず貴方は生きてるでしょうし。あっ、アルガルドも連れてきて構いませんよ、そうなったらあの日の焼き直しですね……ふふふ」

「わ、笑い事じゃ有りませんよ……」

 

 まあ、そうは言っても自分一人だけ残される訳じゃないし。

なんとかなるだろうとも思っているけれど。

 

「というか、アニス様ならなんか案外さっくり人間を辞めちゃいそうですけど……」

「もちろん、その可能性も有りますね。ただで死ぬつもりは無いと言ってくれてますから」

 

 本当にその時がきたら、アニスフィアも人間を辞めているということなので、祝福するべきかはちょっと悩ましいだろうか。

ユフィリアはなんだか心配事が滑稽に思えてきて、瓶からもう一つガムを取り出すと、それを奥歯で噛み潰した。幽かな酒精の揮発と共に、アニス味が鼻孔からぬけていく。

 

「レイニから言い出しにくいようなら、私の方からこういう夢を見たのでいざという時はよろしくと手紙にしておきますか。アルガルドの苦虫を噛み潰したような顔が目に浮かぶようです」

「や、やめてあげましょうよ。ユフィリア様、ひょっとして酔ってますか?」

「酔い? まさか、酒精はこの菓子にわずかに含まれている分だけですよ? 私は酔ってなんかいません。少し気分が昂ぶっているだけです」

「わっ、ダメな奴だこれ」

「ダメとは何ですか、レイニ? ふむ、そう言えば言葉遣いを学ぶための学園をちゃんと卒業できては居ないのでしたね。まあそれは私もですが、丁度良いので少し勉強し直しましょうか」

 

 女王陛下の指が頬にまで伸びてきて、むにむにと引っ張られる。

これはまずいことになったぞとレイニは視線を巡らせるも、イリアの休憩時間はさっき手伝って貰った分で明けたばかりだ。

自分がここに居るぶん他の仕事をしているはずで、つまり助けには期待できそうもない。

 

「よいですか、レイニ……随分もちもちしていますね。これがヴァンパイアですか?」

「あ、あの! ユフィリア様!」

「何でしょう」

()()()()()()()()()()()()()()()()、じぃ~っと……」

 

 とろり、とレイニの瞳の奥で灯火が怪しく光りだす。

ヴァンパイアの瞳は精神に干渉する力、みだりに使うべきでは無いと分かっては居るが、女王であるユフィリアをこの状態で放っておくよりは、眠らせた方がまだよいと思ったのだ。

 

「なんだか眠くなってきませんか? アニス様もいらっしゃらないし、最近お疲れでしょう?」

「いえ……しかし、早く寝たところでアニスは帰ってきませんから、それなら今のうちに仕事を片付け、帰ってきた時に時間を空けたほうがよいかと」

「アニス様のことですから、ひょっこり帰ってきますよ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。そうしたら、ユフィリア様も安らかに休めますよ」

「心配事……ええ、帰ってくるとは信じていますよ。ですがその前に、思ったより問題が大きいようならどうして一報を入れて下さらないのでしょうか」

 

 しかし蓋を開けてみれば、出てきたのは想像よりも強い怒りの炎だった。

 

「アニスが解決に手こずる問題なら、どうせ国家単位で後始末を考える必要があるに決まっているんです。それをするのは私なのだから、早い内に連絡してくれたほうが動きやすいというのに」

「そ、そうなんですね」

「アニスは一人で動こうとする癖が付きすぎなのです。今まで何度、私が手を伸ばさなければあの人は一人で飛んで行ってたか。もちろん今までは周囲のせいもありますが、私が王になった以上、本来その必要も無いはずなのに」

「そ、それは、えーっと」

 

 訥々と漏れ出てくるユフィリアの熱に、レイニは慌てながらも考える。

アニスフィアがユフィリアの前で苦しい顔を見せない理由。

それは、ユフィリアが言うよりもっと単純な理屈の気がした。

 

「アニス様は、ユフィリア様に格好つけたいのでは無いでしょうか」

「格好つけたい?」

「ちょくちょく言ってるじゃないですか。自分は"魔法使い"になるんだって」

 

 アニスフィアにとって、魔法使いは常に笑顔で飄々と問題を解決する存在なのだろう。

本人に聞いたわけではないが、レイニは彼女の行動の節々からそういった印象を受け取っていた。

 

「……分かる気がします。アニスは過剰に魔力補給を行うと、いつも体の調子の悪さよりも年上の威厳が無い事に怒りますからね」

 

 魔力補給。迂遠な言い方だが、色々あれする行為だというのは勘付いている。

というか、レイニ自身も魔力を必要とする体なので、そうなる理屈はなんとなく分かるのだ。

それにしたってユフィが激しいというのは、当のアニスフィアから聞かされた愚痴になるが。

 

「アニスが悪いんですよ。滅茶苦茶にされた方がなんだか安心した顔をするから」

「そ、そうなんですか。それは……大変ですね?」

()()()()()()()()()()()()()と、イリアから聞かされていますが?」

 

 ぐい、とそらしかけた目線を顔ごと引き戻されて、琥珀色の瞳に覗き込まれる。

確かに目を見てと言ったのは自分だけれど、こんなに睨まれるような暗示をかけただろうかとレイニは思った。

直前までの話もあって、頬がほのかに桜色に染まる。

 

「イリアがアニスを心配するのと同じように、私も貴方の事を気にかけて居るんですよ? ええ、少なくとも、この先長い付き合いになる分は」

「そ、それはそのう。身の丈に余る光栄で……」

「貴方もアニスも、心の何処かで()()()()()()()()()とでも思っているから無鉄砲に動くのでしょう? 心配にもなります」

 

 かちゃり、と机の上で菓子瓶の蓋が動く音がした。

ユフィリアがガムをもう一粒手に取ったのだろう。品よく、音を立てないよう噛み砕き、そしてちり紙へ吐き捨てる。

 

「イリアがアニスにやったように、私も尻を叩くなどすれば反省して貰えるでしょうか?」

「ひえっ」

 

 いっそこっちからバチを当ててやろうかという、女王の目は本気であった。

隙間風も入るはずのない後宮の一室であるはずなのに、レイニにはどこからかヒヤリとした空気が流れ込んできているのが感じられた。

ユフィリアの目は完全に据わっていて、暗示が効いているのかも分からない。

あるいは、酒精の力か。こんなに強く効果が出るとは思わなかったが。

 

 

 ――バァン!

 

 

 その時、空気が破裂するような物音が響き、レイニは思わずお尻を抑えた。

もちろん、それは尻を叩かれた訳ではなく、扉が勢いよく開いた音だったのだが。

 

「たっだいまー! いやぁーごめんユフィ、思ったより状況が大変でさー! 油脂をばら撒いてたのは猪じゃなくて植物の魔物だったんだけど、そいつが火災を起こしては自分の種を撒く、ひっじょーに厄介な奴で……」

 

 タイミング良く――あるいは、鴨がネギを背負って――現れたのは、他ならぬアニスフィアであった。それもよく見れば、外套や髪の一部が焦げ、全体的に煤けた汚れがついている。

ユフィリアの目がいっそう細められ、レイニはか細く息を吐いた。

 

「……あれ、どうしたのこの空気? なんか変だった?」

「あっ、あ、アニス様……」

「大丈夫、レイニ? なんか驚かせちゃったのかな?」

「ありがとうございます、ごめんなさいっ!!」

「えっ何それは」

 

 無礼を承知で身を閉まりゆく扉の合間に滑らせて、レイニは逃げた。

何も知らされていないアニスフィアを残していくことは、虎穴に兎を置いていくのと同じだと理解していながら、一心不乱に逃げた。

逃げて、逃げて、呼吸とともに心が落ち着いてきて、やっと思う。

 

 ――多分シーツの替えが居るから、イリア様に言わなくちゃ。

 

「……お疲れ様でした、アニス。それでまた、随分と身を焦がしたようですね」

「ああうん、文字通りね。結局火の中を突っ切らなきゃいけなくてさ、私のローブは耐火機能もあるし一番機動力もあるから、ガッくんに赤い洗面器を被せて、その間に――」

「無茶をしたのですね、()()

 

 この時になってやっと、アニスフィアもユフィリアの様子が尋常でないことに気がついた。

言葉の端に静かに込められた怒りを理解して、蛇に睨まれた蛙のように冷や汗を垂らす。

 

「し、しょうがなかったんだよ。思ってた物じゃ無かったけど、魔物が焼け出されてスタンピード一歩手前だったんだし。私が突っ込むしか無いってみんな納得したよ?」

「ええ、詳しい状況は後で聞かせて頂きますが、正式に騎士団を動かさなければならない一歩手前だったようですね。ご苦労でした、アニスフィアお義姉様」

 

 目が笑っていないユフィリアが笑うと、さながら狼が唸っているようだ。

 

「ですが私人としては、そちらの独断で解決する前に一報だけでも入れて欲しかったこと、理解して頂けますね?」

「あっはは……それは、うん。つい冒険者時代のクセで……ご、ごめんね?」

 

 自分の頭を軽く叩き、可愛らしく舌を出す。アニスフィア、渾身のテヘペロであった。

なるほど、クセというのは中々抜けないものだとユフィリアは嘆息する。前王――義父上であれば、そこに拳骨でも振り下ろしたのだろう。

それは厳しさでもあるが、どちらかと言えば甘さだ。"理解(ワカ)"らせてやらねばならぬ。ユフィリアが決意を固めると、フィィィンと甲高い音が部屋の中を満たす。

 

「ユフィ……この音なに?」

「アニスから頂いたマッサージャーを元に考案しました。『振動魔法』です」

「そうなんだ、すごいね! じゃあ私は汚れてるしお風呂入ろっかな!」

()()()()()()()()

 

 素早く踵を返したアニスフィアだったが、それよりも早くユフィリアに捕まった。

有無を言わさぬ口調で、煤汚れたままのアニスフィアを寝室へと叩き込む。

イリアが居れば、ベッドが汚れることに苦言を呈しただろう。しかし彼女は今、飛び込むように帰ってきた主のために湯を取りに行く所だった。

 

「……あの、せめてお手洗いだけ行ってきてもいい? ユフィもお腹へってるだろうと思っておっとり刀で帰ってきたからさ、色々と支度できてないし……」

()()()()()()()()

「要るよぉ!? トイレは要る! 私にもさすがに尊厳ってもんがある! おしまいは嫌だ!」

 

 ユフィリアの手から逃れようとしても、するりと抑え込まれてしまう。

やがて両の腕を掴まれて、アニスフィアはベッドの上に転がされた。

唇が近づくと、吐息からほのかに酒精の匂いがする。今日はひときわ押しが強いのはそのせいか、と、アニスは思った。

 

「レイニと会話してて気付いたのです」

「な、何に?」

「アニスは、私の前だと必要以上に自分を良く見せようとしますね。そんなアニスも好きですが、今回のようになるのであれば矯正も必要かと」

 

 ――レイニっ!! 何の話したのっ!?

 

 侍女が逃げ出す際に謝罪を口にした理由が、やっとわかった気がした。

とにかく、今日のユフィリアはいつも以上に加減が無い。最悪、身体強化をしてでも逃れる必要があるかと考えていると、ユフィリアは自身の口に指を挿れ、べったりと唾で濡らしていた。

そのままその指でアニスのむき出しになった下腹部をなぞると、なぜだかゾクゾクとした感覚がアニスフィアの神経に広がる。

 

「あの、これ」

「"紋"です。短時間私の魔力を乗せるだけなら、唾でも付けておけばいいんですよね」

「えっちなやつじゃん! これだから天才は!?」

 

 飛行といい振動魔法といい、二、三回見ただけでコピーできる精度が高すぎないだろうか。

才能の暴力という言葉を噛みしめる暇もなく、アニスフィアの鎖骨からピリっとした痛みと甘い痺れが体中に奔る。見れば、ハッキリと赤く噛み跡が付けられている。

 

 ――食われた。

 

 理屈ではなく、本能がそう認識したことで胸の鼓動が早くなり、全身に血が巡っていく。

それは恐怖だけでなく、生理的反応の増大にも繋がり。

 

「ふふっ……今日は、アニスの格好悪い所を、たっぷり見ちゃいますからね……♡」

「ヤダーッ! 助けてアルくーん!?」

 

 夜のしじまに、嬌声混じりの悲鳴が響く。

次の日、夢でも見たかのようにユフィリアの記憶が朧気になっていたため、その後のアニスフィアの姿を誰も知らない――。

 

 つまりは、どこにでも有るような、少し騒がしいだけの一日だった。

 めでたしめでたし。

 

 




「今日の訓練なのですが……レイニ嬢はなぜ芝生の上で正座しているのですか?」
「ううっ……気にしないで下さい、お仕置き中なので……」


―――


いったん思いついた分は全部書いたので完結です。
アニメではぼちぼちアルくんの大立ち回りということで楽しみですね。声がつくとまた迫力が違ってきますし。
評価感想などあればよろしくお願いします。
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