竜使い《ドラゴントレーナー》は静かに暮らしたい。 作:ニャル太郎
記憶喪失はバフ
暗い水の中を静かに沈んでいる。
体は鉛のように動かない、肺の中の空気は全て吐き出され、全身に何か強い衝撃を受けた感覚が襲う。
どうしてここにいるのか、さっきまで何をしていたか何も覚えていない。
わかっているのは、
死因がなんのかはわからない、少なくとも自殺じゃないということはわかる。
それに、死んでしまったらそれっきりなのだ。
後には何も残らない。何も考えなくていい。
生きてる時はずっと、苦しくて、辛くて、泣きたくて、怖くて、死にたくなくて、必死に生きてきた。
信じていたものには裏切られ、いいように使いまわされて、人から必要とされたくなかった、そんな人生だ。
幸せになりたいだけだった、ひっそりと生きていたかった。
望むものは手に入れられなくとも、夢がなかったとしても、ただ普通に過ごせればそれでよかった。
だけど、もうこれで終わりなのだ。
もうこの先苦しむことはない。
──来世は静かに暮らしたい。
そう思いながら目を瞑る。
| 接続開始 |
| 本体との |
| 警告:限界値を超えています |
| 問題を検出 |
| 警告: |
| |
| 警告: |
| 必要な |
| 問題を解決 |
| 本体との |
| 接続完了 |
| 再生終了 対象の意識を起動します |
「………………ッ!」
息が苦しい、もがく度に肺から空気が吐き出される。
手足を必死に動かす、光のある場所をを目指して泳いでいく。
死ぬのは怖い。とても恐ろしい。
死んだ後はわからない、だけど死ぬ瞬間は誰だって怖い。
光に手を伸ばす、もう少しで出られる。
「ハァッ……! ゲホッ……!」
ようやく水中から抜け出す。
すぐに水辺へと泳ぎ、岸に上がった。
肺の中に空気を送り込む、心臓が動いているのを確認する。
「アァクソ……」
周囲を見渡す。あたりは暗く、月は真上にあった。
深い樹々に囲まれた森、奥の方は月明かりが届いておらず真っ暗。
「どこだここ……アタシは……」
どうして溺れていたのか、ここに来るまでの間何をしていたのか。
それ以前に、アタシは──────
「────なんだ?」
記憶喪失だった。
記憶喪失とは言ったが、断片的に少しだけ覚えている。
ここに至るまでの記憶は全くないが、自分に対する記憶は少しだけ覚えていた。
日本人であり年齢20歳、そして
湖の水面を除き自分の姿を
目立つアホ毛、黒い長髪、黒縁眼鏡で誤魔化せてないほどの目付きの悪さ、子供がみたら泣き出しそうな顔。
白いコートに黒のインナー、ジーパンにスニーカーと現代社会に馴染んだ服装。
そんなどこにでもいる普通の人間が映っていた。
「……?」
コートのポケットが膨らんでいることに気がつき中身を漁って見ると、スマートフォンが出てきた。
電源ボタンを押してみてもが反応しない。
おそらく水没したため中の部品が壊れてしまったのだろう。
他には煙草と書かれた空っぽの箱とジッポライターまで出てきた。
ジッポライターは中の部品さえ乾かせばまだ使えるからいいとして、記憶喪失のアタシって煙草吸ってたんだ。ストレス溜まってたのかな。
もう片方のポケットには財布らしき物があり、バリバリと音を立てて中身を開けた。
「あ、保険証」
自分と思わしき顔写真、表情筋が死んでて少し笑える。
その隣に名前が書いてあった。
「
それがアタシの名前なのだろう。
なんともパッとしない、自分の名前なのに不思議な感覚だ。
財布の中を調べても領収書やカフェのスタンプ、うどんの割引券と少しばかりの小銭ばかりで竜坂トウコの記憶を辿るものは見つからなかった。
スマホさえ使えれば救助を呼ぶことも、と考えたがこんな深い森の奥で電波が届くのか怪しい。そもそも電源が入らない時点で不燃ゴミと変わらないのだが。
「仕方ない、とりあえずは朝になるを待とう」
幸いここは湖。食料はともかく水さえ確保できれば問題はない、と思う。
さっきまで嫌でも口の中に含んでいたんだし多分大丈夫。
「というか髪邪魔、ヘアゴムとかな──」
ガサリッ、と背後で何かが動く。
音の方向へ振り返ったがそこには何もいない、だが身を潜めこちらの油断を待っているかのような息遣いがわずかに聞こえた。
「誰かそこにいるのか?」
静寂。
木々の揺れる音さえ消えて、自分の鼓動だけが頭に響く。
気配の主はいまだに姿を出さず、息遣いだけがはっきりと耳に入る。
獣のような息遣い、鼻をつくような悪臭、どこから見られている気色の悪い視線。
そんな不気味な雰囲気が漂っていた。
「……隠れてないで姿を現せ」
震える声を抑えるように問い掛ける。
そして聞こえてきたのは微かに笑い声、人じゃない笑い声が聞こえた。
一つ、また一つと輪唱のように増え森の中に消えていく。
やっぱり、何かいる。
額に脂汗が浮く。ゆっくりと深呼吸をし自分を落ち着かせた。
周囲に耳を凝らしながら相手の出方を疑いながら茂みから距離を置く。
ガサガサ、と茂みが揺れの中から“それ“が姿を現す。
小柄で緑色の肌、尖った耳、醜悪な外見、こんな見た目でありながらも妖精というジャンルの生き物──ゴブリンだった。
「……ん? ゴブリン!? えっゴブリン!?」
動揺した瞬間、ゴブリンが攻撃を仕掛けてきた。
回避が間に合わないことを悟ったアタシは体勢を低くして攻撃を受け流し、湖に放り投げる。
「なんで空想上の生き物がいるんだ!?」
その問いかけの答えには数匹のゴブリンが姿を現す。
大小様々な体格のゴブリンもいれば筋肉質で棍棒を持った大型のゴブリンも出てきた。
空想上の生き物がどうして
何より考えてる暇があるなら、襲われる隙ができるものだ。
「!」
一瞬だけ大型ゴブリンから目を離した途端、一気に距離を詰められ首を掴まれる。
「しまっ……!」
大型ゴブリンは片手で軽々しく持ち上げられ、アタシの苦しむ表情を楽しんでいた。
「グ……アガ……ッ!」
ジタバタともがくか抵抗は虚しく、徐々に首を締め付けていく。
酸素が脳に回らなくなってくる、手に力が入らなくなり、視界が揺れ動き、次第に意識が朦朧とし出す。
──死にたくない。
目覚めてみれば自分は何者でどうしてここにいるのか、目的もわからないまま死ぬのは正直どうでもいい。
ただ死にたくなかった。普通に食べて普通に寝て普通に過ごせればそれでよかった。
こんな理不尽に暴力で惨たらしく無様に殺されるなんて、絶対に嫌だ。
「……はな……せッ!」
絞り出した声は小さく今にも消えそうだった。
それでもゴブリンの腕を掴み、抵抗をする。
「……はなせって……このッ!」
一瞬だけ、ほんの一瞬だけ
驚いた大型ゴブリンはそのまま頭を潰してこようと棍棒を叩きつけてきた。
「……ッラァア!!!」
それを
恐ろしいような気持ち悪いような表情を浮かべるもののもう片方の手は首を締めたまま。
このまま押し潰そうと棍棒に力が溜まっていく。
「はなせっつってんのが……」
はらわたが煮え繰り返りそうな感情が込み上げ、全身の血が吹き出しそうな感覚が巡ると同時に全神経を集中させ、力を込める。
メキッ、と棍棒を握り潰す。
その異常な光景に大型ゴブリンは一瞬だけ怖気つき、手を緩めた。
するりと抜けたアタシは、顔を見上げる。
「聞こえねえのかァ……?」
目に映ったのは怯えた表情、恐怖に満ちた表情、その
| スキル: |
突然現れた謎のウィンドウを見たアタシは、訳もわからず思いっきり叩いた。
それはまるで、
「このボケカス共がァアアアアア!!!」
それは叫びというにはあまりにも大きく、人間の出せる範疇を超えていた。
耳を劈くような爆音、雷が落ちてきたかのような轟音、地表もろとも引き裂く破裂音、聞いたもの全てを捻じ伏せる炸裂音。
────その名の通り、
咆哮を間近で聞いた大型ゴブリンは耳から血を吹き出し倒れ、周りにいたゴブリンにも効いたのか頭が破裂されているのもいれば腕や足が浮き飛んで死んでいるのもいた。
「ッ……ハァッ……ゴボッ……オエ゛ッ……」
喉が痛い。
息を吸うたび咳き込み、酸素不足で頭が回らない。
喉が切れてしまったのかむせるたびに口から血が吐き出される。
全身が疲れ切っておりその場に座り込んで、周囲を見渡す。
ゴブリン達は全員死んでいた。
所々の木々や地面に血が飛び、正面は抉り取ったような跡が見える。
「……がっだ」
勝利を確信して、拳を強くあげその場に倒れ込んだ。
「いや待てェ゛! どう考えてもおかしいだろ今の!」
酸素が脳に行き届いてようやくまともに思考が働く。
「なになになになになに今の!? なんでゴブリンとの力勝負で勝ててんの!? なんで片手で棍棒受け止め切れてたの!? なんで叫んだらあいつらの耳吹っ飛んだの!? なんだよ
訳のわからないことが立て続けに起きる。
アタシの脳はすでにキャパオーバーだった。
そもそもなんで
記憶喪失ならそういった
「どういうことだ? アタシほんとに記憶喪失なのか? それとも実は現実味がある夢でし────」
『
────なんか出てきた。