竜使い《ドラゴントレーナー》は静かに暮らしたい。 作:ニャル太郎
破壊の魔眼。
その名の通り魔法や物質、さらには概念そのものを破壊できる禁忌の一つ。
竜という神の存在からもらったその祝福を当時のヴェルガンドの名を持つ女は大切にしていた。
だがその小さな身体ではその膨大な魔力に耐えきれず、都一つを滅ぼす。
祝福は呪いに変わり、彼女を狂わせた。
大勢の人間の命を奪った彼女は自ら命を絶とうとするが、できなかった。
全てを破壊できる魔眼、つまり
そう考えた竜は皆、彼女を──────
「それで……ボクの一族は貴方達の罪を消すためにだけに生まれた一族なんですね……」
洞窟を進みながら、
彼女の死体が落ちないように背負い直しながら歩いていく。
「最初はそのつもりでした、ですが7代目か8代目か忘れてしまったんですけど逃げられてしまったんですよ」
「……竜のくせに……逃げられるなんてよっぽどのヘマでもしたんですか……」
「えぇ、なんせその人間が魔眼を使って竜を殺したんですから」
憎むのでもなく恨むのでもなく、ただ当たり前に語った。
「驚いたのと同時に感心しました、私たちに攻撃をする人間は今までいませんでしたから、力を持った人間はここまで恐ろしいのだと、おかげで魔眼を作った当の本人は殺されてしまいましたからね」
「……よく笑って話せますね……貴方からしたら人間に同胞を殺されたようなものでしょう……」
「それが何か? 死ぬのは当たり前ですよ、それが遅いか早いかの違いです」
歩みを止めることなく、雑談のように話す。
「その後は見つけ出したんですけどね、生まれてくる子は皆魔眼の力を持っていないものばかりで困った私達はひとまず人間の元に返すことにしたんですよ、もし魔眼の子が生まれたら知らせてくれと」
「返したって……一体どこに────」
教会。街の中では最も権力がある場所でボクが生まれたところだ。
両親を魔眼で破壊してしまった時、その光景を神父に見られたことがあった。その日から神父やシスター達がモノのように見てたのも全て納得がいく。
「────いつから仕組んでいたんですか……?」
「時が来たらにすぐに実行に移せるように
ボクが魔眼に目覚めてしまった時点でこれは避けられない運命だったと知り、覆わず溜息が出る。
「……一ついいですか……今回のダンジョンは貴方が作ったんですか……?」
「察しがいいですね、どうしてそう思ったんですか?」
「魔素の量がいつもより多くて……それにあの呪いの塊……」
「あぁ
魔眼が熱くなる。
綺麗だっただと? 呪いに冒されて苦しんでいた彼女になんて事言うんだろうと、怒りが込み上げてくるのを必死に堪えた。
「素晴らしかったですよ、メデューサの魔眼を破壊してその呪いも破壊してしまうんですから」
「………………そうですか」
「元祖返りの中で、貴方は最も優秀な魔眼の持ち主ですよ」
そんなことを言われても何も嬉しくない。
せっかくかっこいいと言われたこの目は、自己満のためだけに作られたただの道具に過ぎないのだから。
「あぁそうだ、私からも一ついいですか」
「……どうぞお好きに……」
「彼女は何者だったんですか?」
その言葉を聞いて、歩みを止める。
「……それは……その……わからないとしか……」
「そうでしたか、それは失礼しました」
興味をなくしたように
その後ろをついていきながら少し考え事をした。
言われて気がついたのだ、ボクは彼女のことを何も知らない。
故郷も、素性も、彼女が記憶喪失だという理由で結局は何も聞いていない。
それでも彼女は本当に強かった。
メデューサの時も、
「着きましたよ」
「…………あっ」
気がつけば光が輝く結晶が咲き誇る空洞に出た。
広さは前のダンジョンの最新部よりもずっと広く、奥につくまでそれなりの距離がある。
結晶の道に沿って奥に進み、そこで立ち止まった。
「ルシルさん、貴方には
「……これって……」
うっすら光る何かがあった。
認識はしているのに、形がわからない、何もないように思えてでも確かにそこに存在している。
それに触れてみると、微かに鼓動の音がした。
「これは……?」
「扉、とでも言っておきましょうか」
「……もしかしてボクに頼みたいこととは……この扉の破壊だったりしませんよね……?」
そう聞いた瞬間、
「よく分かりましたね、その通りですよ」
「……この扉の先に一体何があるんですか……」
こちらの顔を見て、にっこりと笑って答えた。
「
創造竜。
神話を生きて、神話で死んだ最古の竜。
数多の竜を殺し、自分も殺した最強の竜。
世界を消して、世界を作り変えた最上位の竜。
神たる存在にして最も神と呼ばれた竜。
記録にも何も残されていないのに確かに生きていたと言われた竜。
そんな存在が、この扉の先にいる。
「…………!」
手を離す。心臓の心拍数が一気に上がる。
一度は会ってみたい、なんて子供の頃に言ってはいた。
だけどそんないきなり言われても気持ちの準備はできていないし、ましては創造竜は自ら命を絶ったと言われている。
「そこまで驚かなくとも、本人様がいるわけではないんですから」
「あ……そっか……そうですよね……」
死んだものは生き返らない、それは竜も同じことだ。
恥ずかしさのあまり思わず俯く。
「でもどうして扉の破壊なんかを……? ボクはてっきり貴方の罪か何かを消すのかと……」
「それに関しては
キッパリと言葉を返して、そのまま続けた。
「私はただ、創造竜に戻ってきてほしいだけですので」
悪意はなく、恨みもない。
それは本心だが、何かが引っ掛かる。
「どれだけやってもこの
崇拝のように、誰かの功績を語る。
「でもそんな素晴らしき世界に、創造竜だけがいないのは寂しいのです」
こちらに振り向き、ボクの肩に触れた。
「貴方だって、自分の世界に彼女がいないのは嫌でしょう?」
「!!!」
無意識に魔眼が発動する。
「そんなに怒らないでくださいな、本当のことでしょう?」
グッと怒りを堪え、深呼吸をする。
今更これの心情を理解をするなんて、反吐が出る。
だがボクの行動に特に気にすることなく、崩れた腕に触れると傷も服も何もかも元通りになっていて、最初から傷なんてなかった。
「さて、では頼んでもよろしいですか?」
何事もなかったようにこちらに振り返り、口を開いた。
「……約束はちゃんと守ってくれるんですよね……?」
「約束は守るものですよ? 破ったら怒られてしまいますからね」
笑みを浮かべて答えてきた。
吐き気がしてくる、嘘の一つでも言ってくれれば気が済むのに全て本心で語るこの
それもこれで最後だ。
彼女の遺体を岩場に置いて、位置につく。
「 [魔眼解放] [標準固定] 」
二つの菱形の魔法陣が展開、薄く光る扉に向けて魔眼を合わせる。
固定するには物体として捉えなければならない。
魔法で作られた結界と認識して標準を合わせるしかなかった。
「 [穿つは結界] [絶つは魔力の扉] 」
魔力で作られた剣が扉を貫く。
パキリ、と割れた隙間から真っ黒な穴が顔を見せる。
「 [7つの禁忌にて] [虚無を作りしもの] [今ここに宣言せん] 」
背後に4つの魔法陣を配置し固定。
ルーンが踊るようにボクを囲み最終調整を終える。
「 [我が目の前にある“扉”を“破壊”しろ] 」
一斉に放たれた魔力が扉に直撃。
光と光がぶつかり合う、その強さに周りの結晶が溶け出す。
ヒビに剣を突き刺し無理やるこじ開けるが、剣が砕けて一瞬で消えてしまう。
────足りない。
圧倒的に魔力の質が足りない、ここまでに何回魔眼を使用した?
ダメだ、余計な思考するくらいならリソースを回すことだけに集中しろ。
ここで全てを終わらせたい、一族の因果も、魔眼の力も、誰かとお別れすることも。
これはただの我儘だ、子供のようにその願いを望んでしまった。ただ一つの餌に釣られた哀れな人間の願いだ。
ボクの自己満足で彼女を生き返らせてしまう。それが偽善だということは分かっている。
きっと彼女は怒るのだろう、嫌われてしまうのだろう、二度と顔なんて見たくないなんて言われてしまうのだろう。
だけど、それでもボクは会いたかった。ちゃんとお礼がしたかった。
一緒にいてくれてありがとう、と言いたいこともたくさんある。
「……ッ!!!」
一点に集中し、魔力を回す。
片目くらいなら造作もない、そんなものくれてやるからもう一度だけ────
「なーにしてんだルシルさん」
聞き覚えの声がした。
すっとんきょうな口調でボクの名前を呼んだ。
「え…………」
振り返るとそこにはトウコさんが不思議そうな顔で見つめている。
貫かれた穴は、最初からそんなものはなかったように跡形もなく消えていた。
「ど……どうし……」
「なぜ生きているんだ」
ありえない、と吐き捨てトウコさんを睨んだ。
「確かに貴方の心臓を貫いたはず、確実に殺したはず、なぜ?」
「アタシがわかるわけねえだろ」
自分でもよく分かっていない表情で話した後、何かに殴られるような挙動をした。
「いった!? なんで殴るのさ!? アタシおかしなこと何も言ってなくない!? うっるせえなアタシだってわっかんねえんだよ! 気がついたらなんかやばいことになってたから止めに入ったんだからいいだろ! ンッだとこのポンコツウィンドウが! オメー何あっさりスキル封印受けてんだおかげでこっちは大変だったんだぞ! やかましいわボケカス!」
突然虚空と話し出して、何かを掴んで投げ捨てるような素振りを見せた。
「まあいいでしょう、生き返ったところで貴方では私に勝てませんから」
その隙に
「────!?」
全くわからなかった、また貫こうとして飛んできたことさえ気づけなかった。
なのに彼女は分かっていたように止めている。
「うお!? なんか止められたわ!? なんで!?」
「わかっていないんですか……!?」「わかっていなかったのか!?」
当の本人が一番驚いていた。
だがすぐにスイッチが入ったように拳を握る。
「そんな攻撃が私に当たるはずが────」
撃ち放たれた拳は、
「なんで!? なんで当たるの!? あっ身体が順応してきたってこと? なんだそういうことか」
納得したように腕を組み頷いた。
「いや何も納得できていませんが……!?」
「ルシルさん、基本こういうのは慣れだよ慣れ」
「えぇー……」
いつものトウコさんだ。
メチャクチャなことを言って無理に押し通して、笑う彼女がそこにいる。
それだけでボクは心底安心して、意識が切れてしまった。