竜使い《ドラゴントレーナー》は静かに暮らしたい。 作:ニャル太郎
古びた城の廊下にハイヒールの音が響く。
窓の外に目を向けると赤黒い空、草木は枯れ、生き物は死に絶え、毒素が振り撒かれた光景が目に入る。
「ここも随分と変わってしまったな」
全て、
創造竜が死んだあの時、創造竜に殺されたあの瞬間から。
思い出す度、張り裂けるような痛みが胸を襲う。
「イフェリオン、何してる」
「うわぁあ!?」
驚いて振り返る。
鈍色の長髪を結び、右目には眼帯をつけて左目のアメジストのような瞳でこちらを訝しむ和服の男の姿があった。
声の主は鍛治の神、隻眼竜マツリ。
数少ない古竜の一人。
「き、貴様! いつからそこに!」
「窓を眺めたあたりからだ、顔色が良くないようだが」
「気のせいだ! いいから行くぞ!」
無表情で眺めるマツリを先導するように歩き始め、マツリもその後ろをついてきた。
「お前がここに来るなんて珍しいな」
「本官とてここに来るつもりは微塵もなかった、だがあの愚か者が呼びつけてきたということはよほど聞かせたいことがあったのだろうと思ってわざわざやってきてやったんだ、感謝したまえ」
「優しいのだな」
「黙れ殺すぞ」
無表情で言葉を返すこの男に苛立ちを覚えながら応接室の扉まで歩いていく。
「相変わらず竜嫌いは変わっていないのだな」
「貴様らと馴れ合うつもりなどはない、本官は本官のなすべきことをするまで」
取手に手をかけた途端、扉が爆発する。
雷撃が視界を横切り空間の全てが凍りつく。
「セザールとケイト、また喧嘩しているのか」
「この愚か者どもが……!」
瞬時に半竜化してなければ双方の攻撃が当たり致命傷になっていただろう。
まだ本気の力でやり合っていないのが幸いか、だとしてもこの惨状を見て黙っているわけにもいかなかった。
「いいかげん認めろよクソガキ」
「うるさいのだ、そっちこそケイトの方が強いって認めるのだな」
片方は黄金色の髪に金色の瞳を持つ大男、ボロ雑巾のようなローブとズボンでは隠しきれていない筋肉質な肉体、鋭い角に金色に輝く鱗を見に纏い、全身に雷を帯電させて全てを切り裂く力を持つ神、雷切竜セザール。
もう片方は氷のように透き通る髪、少女のような愛らしい姿とは裏腹に4本の角を携え氷結の鎧を纏い、時をも凍らせる力を持つ神、氷雪竜ケイト。
様子を伺うように睨み合いながら、その表情は笑っている。
「そんな大層な鎧なんてきちゃって、俺様に負けるのが怖いんだろぉっッ!」
「ふん! 真の強者は守りからなのだ! なんたってケイトは最強なのだから!」
衝突、周囲の物を全て破壊する勢いで雷と氷が混じり合う。
爆発、先ほどの威力とは比べ物にならないような力で全てを消し去る。
その後に残る結果は目に見えていた。
────愚かだ、どうして我々はいつも。
吐き捨てるように呟き、右手を上げた。
「 “静粛に” 」
音が止む、衝突が止まる、世界が止まる、全てが止まる。
雷が消える、氷が溶ける、全ては真実に溶け、元に戻る。
上げていた手を下げて、大きく溜息を吐く。
「正気に戻ったか? なら速やかに席に────」
「うあぁあああ! イフェリオンのばかばか〜! せっかくいいところだったのに〜! 鬼! 悪魔! うわああん!」
泣き顔のケイトが両手で叩いてくるのを軽くあしらいながらマツリになげ渡す、何も言わずにマツリは彼女の頭を撫でて慰めていた。
「しらけるなぁ、じゃれあいって言葉を知らねえのかね?」
「生憎、地獄にそういった言葉は存在しないからな」
「へへっそうかい、流石地獄の裁判官様」
表情は笑っていてもその金色の瞳は静かな怒りが宿っており、まあいいさと言い放ち席に座っていく。
どいつもこいつもなぜ自分勝手に事を起こして場を荒らすのか、何よりも。
「ハドラーにレヴナント、なぜ止めなかった? 貴様らが止めていればこうはならなかったはずだ」
釘を刺すように傍観していた二人の竜を睨んだ。
「なんでぼくさまが手を出さなければならないわけ〜? そういうのはイフェリオン様のお役目でしょ〜? 職務放棄しないで欲しいのだけど〜」
悪びれるそぶりも見せずに全てを見下すような口調で話し出した。
美しい顔立ちで赤髪の緑の碧眼、男とも女とも取れる姿をした人型。
破滅の炎と恐れられながらも人々に火を与えたとして崇められた神、火焔竜ハドラー。
「刹那の瞬間、彼方からの来訪者にて終幕は来たる、罪状は喪失、そうして時は訪れた、神々の言葉の紡ぎが今解き放つ」
部屋の隅っこで黒焦げの凍ったの皮膚を隠すようにうずくまり、震えた声で意味のわからない言葉を吐き出す女の姿。
くすんだ白髪に、病的までの真っ白な肌色、瞳は夜のように黒くこちらに目を合わせようとしない。
全ての知恵を持ち合わせ、万物全てを癒す力を持つ神、月光竜レヴナント。
「大体沸点の低い奴らの喧嘩なんて関わるだけ損だもんなぁ〜」
「争いは全てを拒む、虚無から生まれる音はなぜ我々を縛るのか、否、月は何も見ることはない、聞くこともない」
「最初に手を出したのはセザールの方だもん! ケイトは悪くないもん! セザールがバカなのが悪いもん!」
「ほざくぜクソガキ、テメーが挑発に乗ってきたから喜んで受けたまでよ、そんなこともわからねえとはやっぱお子様よな」
これらと会話をするだけ時間の無駄だ、騒音が鳴り響くだけで何も変わらない。
「いい加減にしたまえ、貴様らのくだらん会話に付き合うために本官はここにいるのではない。大体貴様らは────」
「そんなに怒らなくとも、たかだか扉が壊れただけで大袈裟ですよイフェリオン殿」
心臓が凍る、背筋に悪寒が走る、肺の中の空気が全てなくなったような息苦しさが襲う、深海のような重圧がのし掛かる、耳元のいい声が脳を侵食してきた。
後ろに立っているのは、呪いそのもの、振り返ってはいけない存在、目を合わせればきっと────
「何より誰も死んでいないんですからいいでしょう」
曲がりくねった数十の角、白い肌を侵食する夜のように黒い鱗、赫色に光る瞳、黒と金を基調とした鎧に赤いマントを着こなす人、いや人と表すのも悍ましい存在。
世界を混沌へと導き、最古の竜と顕現し続け、厄災の王として謳われた神、混沌竜ギャロゼオ。
「────ッ、」
ようやく意識が戻る。
胸を触り生きていることを確認。
額から脂汗を流して、肺に空気を取り込んだ。
いつ後ろにいたのだろうか、気配も何も感じ取れなかった。
だがギャロゼロは何事もなかったかのように横を通り過ぎ、一番奥の椅子に腰掛ける。
「せっかくきてくれたんですから、お茶でも用意したいところだけど残念ながら今日は使用人はみんな仕事でね」
「け、結構です。話を聞いたら本──」
「まあ座りなさいなって」
気がつけば椅子に座っていた、なぜかはわからない。
ただ冷たい手で心臓が掴まれる感覚で、得体のしれない恐怖がこの場を包んでいた。
「よろしい」
ギャロゼオは笑顔でただこちらを見る、それだけなのにどうしてこうも恐れるのか。
呼吸ができない、緊張という糸が張り巡らさせたこの空間で、
「わーい! ケイト、ギャロゼオ様のお膝に乗る〜!」
なぜそうなる、どうして今の状態でそう切り出せるんだこの若造は。
「ははっこらこら、後でお話を聞いてあげますからね」
「わ〜いやった〜!」
優しく我が子のようにケイトの頭を撫でる。
なぜ恐れることなく近づけるんだと考えるが、嫌な予感がしたので思考を切り替える。
「使用人がいないってあのかわい子ちゃんもいないの〜? なんかやる気下がっちゃうなぁ〜」
「かわい子ちゃん、あぁアズリアのことなら今調整中でして、また明日私のところにきてくだされば会えますよ」
「ほんと〜!? プレゼント何がいいかなぁ、なんでも喜びそうなんだよな〜」
なぜこの状況で普通の会話ができるのだろうか、それとも自分がおかしいだけなのか。
「レヴナント殿もこちらにきて座ったらどうですか? そこでは寒いでしょうに」
「未知はこの先にあるべからず、我が道を遮ることなからば、次なる場所へ進むのみ」
頭を抱えるようにレヴナントは俯いた。
「それは失礼なことを聞きました」
「レヴナントには甘すぎませんかね旦那?」
「いいんですよ、彼女は他者と関わることがあまり得意ではないので」
寛大という言葉で片付けていいのか。
その全てに裏があるような言い方に聞こえて何もかも疑ってしまう。
「ところで親父殿、リジットはどこだ? 姿が見えないが」
ようやくしてその男がいないことに気がつく。
いつもならギャロゼオの隣にいたはずの真竜の姿が今日は見当たらない。
「あぁ彼なら死にましたよ」
さも当たり前のように語った。
他人の死を普通のことにように語る、ギャロゼオとはそういう竜だ。
悲しむことも、怒ることも、恨むことも、憎むこともせず、笑い話のように、失敗談のように、当たり前という考えで話す。
そんな掴み所がない不気味な男だ。
「……クッハハハ! マジかよあいつ! その瞬間見たかったなぁ!」
「あいつ最近最上位になったばかりの最弱雑魚竜だからね〜」
「リジットってだれ? ケイト知らないよ?」
「あの人と同じ能力だって喜んでたが実際はあの人の足元にも呼ばない改変能力、自身の力を傲っていたか」
「作家は黒い海に、そして描かれる道は永遠へと、そして新たな道が幕を開ける」
「要件はそれだけですか? なら本官は戻りますが」
一刻も早くこんなところから立ち去りたい、そんな気持ちで言葉を絞り出す。
だがその言葉を待っていたかのように、また笑みを浮かべギャロゼオは口を開いた。
「えぇ、実はアヴェルアが甦りましてね」
ドクン、と鼓動が早くなる。
彼女が生き返った?
そんなことはあり得ない。
全てを消し去るために彼女は我々を殺して、自らも殺したんだ。
その魂は、一度も自分の元には来なかった。
「本当に創造竜アヴェルアなのか? 貴様の勘違いではないのか」
「そうですね、正確には憑依と言ったほうが良かったかもしれません」
「ひょうい? って何?」
「この人間に取り憑いたんですよ」
どろり、と黒い液体がギャロゼオの手から排出される。
艶かしい水音を立て形を作っていく。
漆黒の髪に鋭い目付き、肉付きは成人した女性で、どこにでもいるような人間。
「──────!!!」
どうして、その姿は確かに、確かに
「どうしたのイフェリオン様〜? 顔色悪いよ〜? それにマツリ様もなんか知ってそうな感じ〜」
「さあ知らないなこんな人間」
「……本官も、記憶にないな」
ふぅん? と頬杖をつき人間の方へと視線を移す。
「それで? どうする? こっちに戻すのかいあの創造竜様をよ?」
「いいえ、私は報告しにきただけなので」
ケイトを下ろして立ち上がり、入り口へと足を運ぶ。
「彼女がアヴェルアの器なのは間違いありませんが、まだ覚醒はしていないんですよね、ですので引き摺り込んだところで意味はないかと」
「じゃあアヴェルア様とは」
それでは、とだけ言ってギャロゼオはこの場を去った。
思考が停止した頭の中に時計の針だけが響く。
覚醒していない、つまり記憶が戻っていないということだ。
だったら話は簡単だった。
「本官は行く」
マツリが何か言いかけるが、口を閉じて他の竜たちの反応を見つめていた。
「こいつがあの最強の竜の憑依先とはね、いいねえそそるじゃねえか」
「ケイトこの人間とお話ししたい!」
「わかる〜ぼくさまもこの人間気に入っちゃったかも〜」
「あまねく定め、それは何処に、あるいは彼方に」
何もわからない竜どもめ、好き勝手言いやがって。
彼女のことを最強などという言葉に括りつける愚か者ども。
雑音を振り払うように部屋を出た。
早足で廊下を歩く、呼吸が荒くなりあの時の記憶が脳裏に蘇る。
満月の月の下、全ての竜が彼女によって裁かれたあの日。
私は彼女の大切なものに手を出した、罰を受ける覚悟はあった。
だから待っていた、我が神が、裁きを下すことを。
白銀の爪に真紅の血を濡らして、この喉仏を引き裂く瞬間を今か今かと待っていた。
「イフェリオン、君を殺した後、君を冥界に送ろう」
震える声でそう話しかけられた。
違う、私はそんなことを望んでいない、彼女には私を恨む権利があった。
「冥界の裁判官として君を甦らせる、それが私が君に与える最も重い罰」
やめてくれ、憎んでくれ、殺してくれ、でなければ私は。
「私が殺した全ての竜の魂の裁きを君に任せる、最も信頼していた君にだ」
いやだ、私は、君に、貴方に、
「冥界には罪人の魂がこもってしまってはいけない、だから正義感が強かった君を転生させよう」
やめて、私を殺してくれ、それで済む話じゃないか。
「君は優しかった、気高かった、何より私の、いやそんなことはもうどうでもいいか」
展開される魔法陣、月と交わるように発動される。
「汝は死に新たに冥府竜の名を与える、罪人を裁き自らを裁けるようになった時、再び地上に戻ることを許そう」
いやだと叫ぶ。それでも彼女は止まってくれない。
白銀の剣が心臓を貫く、視界が暗転する。
脳裏を古い記憶が過ぎ去った。
彼女に殺され生かされたこの身体。
全ての罪人の罪を裁いたつもりだったが、だがまだ一人だけ、裁くことのできない魂を求めて2000年。
竜として、神としてこの地に戻ってしまった。
約束一つさえ守れなかった自分を、彼女はどう思うのだろうか。
恨んでくれるのだろうか、憎んでくれるのだろうか、それとも。
「…………いいや、本官はただ」
愚かな言葉を取り消して、再び歩き始める。
やるべきことは一つ、そのためだけに生きてきたんだから。
『ブベーックショッン!!!』
「きったね、飯にかけんなよ」
『叡智の結晶なんで大丈夫です〜』
「その状態でもくしゃみってするんだ……」
関心の声漏らしてルシルさんはワイルドボアの丸焼きを頬張っていく。
『そうだ ご飯中すみませんけど次の場所どうします?』
「あぁ決めてなかったな、どっかいいとこないルシルさん?」
「でしたらナージ公国はどうでしょう……?」
ルシルさんは鞄から地図を取り出した。
フェリデ王国・ネルヴァ王国・メゼレバス王国・オリヴェーラ王国・レンディーネ王国・ナージ公国と書かれた隣に真っ黒に染まった大陸が描かれている。
アタシ達がいるのはフェリデ王国、比較的平和な国で貿易などが盛んで海も近く観光客で賑わっている。
ネルヴァ王国は似たような雰囲気だが、麻薬や性犯罪が多い場所らしくアヴェルア的にはいやだそうだ。
その隣のメゼレバス王国とオリヴェーラ王国はかなり勢力が強い国で入国にも厳しい、何より魔王軍との戦闘が激しいためあまりお勧めはしない。
レンディーネ王国は何やらきな臭い噂があって近寄るのは危険。
そしてナージ公国、エルフや獣人、ドワーフや妖精、さまざまな種族が集まる国でして移民には優しい国で静かに暮らすならもってこいという場所。
「んでこの黒い大陸は?」
『ルインと呼ばれてる大陸ですね 主に呪いで人や動物が住めなくなり魔物が占領した区域 言ってしまえばあのクソ野郎がいる場所です』
叫びたい衝動を抑えながらアヴェルアは説明をして“ちょっと失礼”と言って窓から外に出て叫び出した。
まだあの話引きずってんだなあいつ。
「異世界人でもセーフかな」
「なんの心配してるんですか……そもそも見た目同じ人間ですから問題ないですよ……」
「そっか、じゃあ決まりだな」
こんがり焼けたコカトリスの肉を頬張る、わりかしすぐに決まってよかった。
「そうと決まれば馬車の手配などしないとですね、国を超えるので発行書も」
「マジで!? そんなこともしないといけねえんだぁ」
『さらっと
「マジかよ、明日朝早くこの国を出るか」
「ボクも賛成です……そしたらギルドマスターに話をつけて馬車など手配してもらおうかな……」
それがいいと頷いて、エールを飲み干す。
「うめ〜!!! 受付嬢さん! もういっぱい!」
「は、はいただいま〜!」
慌てた様子でカウンター裏に走り去る受付嬢を見てホーンラビットの肉を骨ごと噛み砕く。
「あんまり飲んだりしたら明日に響きますよ……」
「平気平気、アタシ多分酒強いし」
『馬車で吐いたりしないでくださいよ?』
「吐かねえよ、てか戻ってきたなら言えや」
『いやなこったです』
“ニヒャハハ”と笑うアヴェルアに、思わず釣られて笑ってしまった。