嵐の夜、白い枝   作:カチカチチーズ

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贄の太陽、泉の瞳

◆─────

 

 

 

 

 

 知恵の白い枝(グングニル)───玖堂朔真が、手にした第一の権能の一端。

 『瞳』と称される権能と、第二の権能による自身への縛りによって確立された朔真にとっての切り札の一つであるそれは寸分違わず、ウゥルカヌスの胸部を吹き飛ばした。

 『瞳』によって閲覧し、その知識を口遊む事でウゥルカヌスに対してその力を発揮できるように生育した新芽の枝を自身の心臓を贄として貫き捧げて整えたそれは、白い枝によって作られた木製の槍であるが、一種の権能殺しとしての武器である白い枝は例え相手が火や太陽であろうとも、正しく神話を紐解き調整すれば十分に槍としての機能を再現する。

 無論、そういった個神各々への特効権能として成立させるにはいくつかの制限が存在しているが、少なくとも朔真はウゥルカヌスに対してそれら制限を全て満たし、対ウゥルカヌス用の槍として調整した。

 であるからこそ、ウゥルカヌスの胸部を吹き飛ばす程のモノとなった。

 

 

「────ああ、なるほど。戦士では、無い、な」

 

 

 そう、目の前の光景を見ながら朔真は零した。

 ウゥルカヌスの作りあげたアストラル界、炎に満ちていてもなお薄暗さすらあった炉に瞬間光が満ちていく。並々ならぬ輝きを放ち、膨張していく光の巨人を前にして事態が覆ったことをその『瞳』で即座に理解した朔真は既に蒸発した過半数以上の頭に発狂しながら絶叫する妖蛇の尾を掴み炉の壁面へと大きく飛び退いた。

 ウゥルカヌスであった筈の光の巨人、先ほど白い枝によって消し飛ばされたはずの胸部は既にその輪郭を取り戻しており、むしろ輪郭は失っているのだろう。鍛冶神として最低限纏っていたモノももはや光と化した事で肉体と差異を失っているほどで正しく人型の光としか言いようのないモノとなっていた。

 鍛冶神であるウゥルカヌスにそのような伝承、神話はない。

 如何に火であれども、そんなモノになる筈がない。

 この場にいるのが他の神殺しであれば、そういった思考を抱く事だろうがここにいるのは朔真だ。

 ウゥルカヌスが光の巨人となった時点で、それがどういう道理で成り立っているのかを知っていた。

 

 

「主軸は確かにウゥルカヌスだ。その点は変えようのない事実だ。だが、今回に限ればスーリヤに寄っているという事だろう。さっきも言ったが、ウゥルカヌス、お前の名の語源には輝き、またはそれに準ずるエネルギーであるインド・ヨーロッパ祖語に由来する『varcas』というヴェーダ語がある。っして、これはスーリヤやアグニの持ち物でもある。つまり、お前は鍛冶神であると同時にスーリヤという太陽神が有する光り輝くエネルギーの塊、太陽の側面があるという事だ」

 

 

 既に先ほどの一撃で白い枝はただの知恵へと還元されてしまっている。

 一投一殺を告げた様に、白い枝には一度の戦闘で一柱の神に一度しか撃てないという制限が存在している。つまり、このウゥルカヌスに対して、二度目はない。

 だが、知識とは、力だ。

 白い枝を生育する為に『瞳』を介して得た知識は無駄になることはない。

 知っていれば、何事も対処できる。少なくとも、朔真はそう、考えているのだから次の手段を切るための準備を始めている。

 纏っていた機動力確保のための黒い風を消して、蒸発した頭部を再生し始めている妖蛇の胴体に直地する。

 

 

『カァミ、ゴオォロォォシィィィッ!!』

 

「お前の持っていた輝く光は所謂、極小の太陽、その断片と言っていい。そして、お前は鍛冶神である。その点を考えれば、今のお前の姿も理解できる。お前は自身の持つスーリヤ、太陽の側面と鍛冶神としての権能を利用することで自分自身を加工した」

 

 

 ヘファイストスとしての部分だったのだろう萎びていたはずの足はやはり光と変わっており先までの胡坐をかいていた姿とは打って変わって立ち上がりその巨人としての威容を露わとする。

 金鎚はない、武器はない、しかし全身から輝き放つ光は陽光でありすなわち太陽風を発している。それを『瞳』により底上げしている魔術で防ぎながらここがアストラル界である事に感謝しながら朔真は今すぐにでもこちらへと跳んできそうなウゥルカヌス=スーリヤを視ながら、冷静に次の一手を進めていく。

 既に、二つの権能を行使している。『瞳』の知識閲覧程度では負担になる筈もないが、やはり白い枝を作ること自体がかなりの消耗であり、神獣である妖蛇を産み落としたのも充分に朔真の消耗の一助となっている。

 同時に権能を行使したわけではないが、それでも消耗はしている以上、戦いは長引かせるつもりはない、

 

 

「悪いが、結局のところ太陽であるなら、俺にも手はある」

 

 

 片手を前に出して、聖句を告げる。

 

 

「“贄を捧げろ 命を捧げろ

 廻る巡る世界()が回る

 夜空の太陽が鏡の中でケタリと嗤う“」

 

 

 呪力が吹き荒れていく。足場となっていた妖蛇がその心臓を内側から枝葉によって突き破られ絶命し、それと同時にウゥルカヌスが全身から陽光を放ちながら膨張を始めていく。

 瞬きする間もなく、その体躯は一回り二回りと膨張していくのが見える。

 この場が炉という閉じられた空間であったことが幸いだろう。

 人型の太陽と化したウゥルカヌスは既に太陽風、プラズマを周囲に垂れ流しており同時に陽光と言う名の熱を発している。

 もしも、この場が人里に近ければ十数キロの範囲にいる人間は例え人の領域を外れた魔術師であろうとも即座に死に絶えることは火を見るよりも明らかな話だ。その点を思えば、朔真はウゥルカヌスがこうして鍛冶神として自身の領域に引きこもっているのは都合がよかったと言ってもいい。

 そして

 

 

「“お前たちの傍らに立つが故に その代償を以て報いよう

 我が身は山の心臓、千貌であるが故に────!!“」

 

 

 それは、被害という点以外に、朔真がウゥルカヌスを殺すという点においても変わらない。

 第五の権能によって産み落とされた眷属である妖蛇の心臓を呼び水として、聖句をもって開かれた第二の権能が励起する。

 朔真の背後に現れる黒曜石の塊。

 それは直径にして4メートル弱の円形の黒曜石、その表面には放射状に広がるモチーフが彫刻されており、知識を持っている者が見ればそれが古代アステカのモノリス、アステカの宇宙観、時間観、歴史観をあらわす石彫の造形物、太陽の石であるのが分かる事だろう。

 だが、オリジナルと違う点で言えば、それが黒曜石で形成されているという点だが……。

 

 

「代償を捧ぐ、第五の権能を贄に、夜の太陽を此処に」

 

 

 太陽の黒曜石が鏡面へと変じ、煙と風を吐き出していく。

 既に先ほどの倍近くにまで膨張したウゥルカヌスが咆哮し太陽風と陽光を迸らせながら、その巨体を動かし始める。先ほどまでの体躯であれば、壁面へと飛び退いていた朔真との距離はあったが、膨張した分その朔真との距離は近づき数歩でその距離を埋める。

 太陽風と陽光自体は『瞳』を使いながら防いでいくが、太陽そのものとなったウゥルカヌスが直接殴りかかってくるというのならば話は別だ。質量をもって神に殴られれば魔術では防ぐことは出来ない。

 だが、既に朔真の仕込みは終わっている。

 

 

「太陽であるならば、その太陽を殺そう。巨人であるならば、巨人を殺そう。権能一つを代償にテスカトリポカの、夜の太陽を此処に」

 

 

 煙と風を吐き出し続ける太陽の黒曜石から不快で不吉な楽器の音色が奏でられ、獣の叫び声、身の毛もよだつような鳥の叫び声が炉に響いていく。

 瞬間、朔真とウゥルカヌスの頭上に新たな太陽が生じた。

 光り輝くウゥルカヌスの太陽とは打って変わって黒く、黒い、太陽がウゥルカヌスから陽光を奪いながら膨張していき落下する。

 ウゥルカヌスから太陽を奪い黒い太陽が膨張していくのに対して、ウゥルカヌスは膨張していた身体を逆再生する様に萎ませ落下してきた黒い太陽へと呑み込まれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 イタリア・カンパニア州、ナポリ湾岸に存在するヴェスヴィオス火山の麓、その一角で唐突に煙と熱風が吹き抜けていく。

 まるで爆発物が爆破されたかのようなそれだが、どこも被害は無くそれどころか周囲は誰一人としてその煙と熱風に気づくことはない。

 そんな煙と熱風が生じた何もいなかった筈の空間から一人、青年がまるでコンビニでも行ってきたような気軽さで姿を現した。黒のタートルネックの上に深緑のジャケットを着たアジア人、玖堂朔真は軽く首元を直しながらその場から数歩歩いてからその視線を周囲へと巡らせる。

 この場には、朔真以外に十数人の人間がいたが皆一様に何もない所から人が現れたというのに驚愕の表情一つすら見せず、むしろほとんどの人間が安堵の表情と緊張の表情を浮かべていた。そんな彼らから視線を外し、集団から少し外れた場所に立つ人間へと向ける。

 

 

「お疲れ様です、我が王」

 

 

 そこにいたのは美しい女だった。まるで陶器で出来ているかの様に白い肌、腰まで伸ばしている桃色の髪を首元で一度束ねた髪型を持ったブラウスに身を包む彼女はおよそ魔的であった。造形された魔性の美、そう呼称するに相応しい彼女はたおやかな笑みを浮かべながら朔真へと労いの言葉をかけながら薄手の手袋を取り出し手渡す。

 

 

「オルトリンデ。仕事は終わりだ、さっさと帰国する。あの小僧が戻ってくる前に」

 

「既に」

 

 

 オルトリンデ、そう呼んだ彼女から受け取った手袋を右手、黒ずみひび割れ炭化した様に見えるソレを隠す様につけ、この場の彼らナポリの魔術師たちになどまるで興味がないのかその場を後にしていく。

 そんな朔真を呼び止めようとでもしたのか、魔術師らの中の一人が一歩その場から踏み出すと同時に振り返ったオルトリンデと目が合い、まるでその場に縫い留められたかのように彼らを見送ることしか出来なかった。

 そんな彼らナポリの魔術師らなど既に知らないとでも言う様にあの場を後にした朔真とオルトリンデの足は真っすぐにヴェスヴィオス火山麓にあるバス停へと向かっていた。

 

 

「このまま、まっすぐ行けばバス停ね。大丈夫、ほとんど待たずに乗れるみたい」

 

 

いつの間にか身に着けていたのか肩掛けのポーチから手帳を取り出したオルトリンデがまるで先ほどまでのモノとは打って変わった口調で朔真へと話しかければ、朔真はその足の速度を緩めることなく、ため息を吐く。

別にオルトリンデの口調が気安いモノに変わったことに対してではない。

 

 

「そうか。なら、急いだ甲斐があったらしい。先に言っておくが、もしも帰国の道中であの小僧が絡んできたとしても何も相手をするな。俺はさっさと家に帰りたい」

 

「もぉ、言わなくても分かってるわよ。でも、あの人、今ローマの方に行ってるんでしょ?確か、特に移動が楽になるような権能を持ってなかったと思うのだけど」

 

「悪いが。俺はアレの突発的な行動に関しては何も信用はしていない。リベラの事は信頼してはいるが、事こういう状況においては俺たちの悪運とアレの行動力による化学反応の方が悪い意味で信頼が強い。俺は偶然にも、アレが鉄道に乗ってナポリへ向かってきていると言われても信じるだろう」

 

 

 バス停へとついて早々にやってきたナポリ行きのバス、その奥まった席へと着いた朔真は炭化した右腕を手袋の腕から触れる。

 朔真の持つ第二の権能、代償と報いの『黒曜石』と称するソレによって齎した太陽により討たれたウゥルカヌスの最後っ屁とでも言える最初の時の様な極小の太陽の断片による一撃で炭化した右腕。右腕だけで済んだと言えばいいのか、それとも最後の最後で気を抜いたか間抜けな話とするかは朔真のみぞ知る話だろう。

 

 

「あちらに戻ってからでいいか」

 

 

 たまたま、シチリアに用事があってイタリアへと訪れ、一週間近くの用事を終えて後は帰宅だけとなったタイミングでナポリの魔術師たちにまつろわぬ神出現の兆しをシチリア経由で聞きつつもイタリアの神殺しである関わり合いたくない後輩へと任せるつもりでいたにも関わらず、当の後輩は何故か彼の手綱を握らされている執事ですら把握できずイタリアにいるのかどうかも分からないという有様。なお、後輩の居所が分かったのはまつろわぬ神とぶつかる直前であった。

 結果として、一番近くかつナポリと言うシチリアから見て対岸に出現するまつろわぬ神を対岸の火事などとは到底言えず、まつろわぬ神の相手をやる事となった朔真だが、本来ならばシチリアの魔術結社へと色々と伝える事や後処理などがあるのだが、それらは全てその場にいたナポリの魔術師らへと押し付けて朔真はさっさと帰りたかった。

 彼はその名前から当然わかるように、日本人だ。

 フィールドワークよりもインドアで研究する方が性に合っている学者を自称する男である様にこんな外にいるよりも自分の家で研究でもしているのが落ち着ける。

 

 

「ほんと、大変だったわね。でも、ザンパリーニの頼みじゃなくてもそれはそれとして、戦ったんでしょう?」

 

「当然だよ。変に無視をして、俺に面倒事が後々で降りかかってきても困るだけだからな」

 

 

 その結果、第五の権能が数日使えなくなるのは妥協したくはないが。

 そう付け加えながら、腕を組み朔真は目を閉じた。

 

 

 

 

 

─────◇

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