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【二十世紀中期、第四のカンピオーネと確認された玖堂朔真についての報告書より抜粋】
北欧神話に登場する主神とされるオーディン、彼の神は戦争と死の神であると同時に詩文の神であり吟遊詩人のパトロン、更には船守や魔術といった様々な分野に精通した神でもあります。
そんなオーディンの神話において最も有名ともされるのが、彼の神の知識に対する貪欲さを表わすとも言える自身を生贄にする事でそれらを得た話でしょう。彼の神はユグドラシルの根元に存在する知識と知恵が隠されているとされる賢人ミーミルの所有する泉より知恵を身に着け魔術を会得する、その代償として自身の片目を失ったとされています。また、オーディンはルーン文字の知識を会得する為にユグドラシルより自身の首を吊りながらグングニルによって自身を貫き九日九晩、創造神へと捧げる事で結果として叡智を獲得しています。
そのような知識に対する貪欲さから、魔術師、詩人、賢者の神ともされる彼の大神を殺害することで王となったのが玖堂朔真という青年なのです。
「なるほど、それでそんなにも機嫌が悪いんですね」
「そうなの。別に出不精じゃあないのに、まつろわぬ神とかが関わると途端にこれなのよ」
耳の端で、そんな楽し気な会話が聴こえてくる。
だが、それに口を挟むような意味も無ければ、そういう気分でもない俺はあえて遮音をするわけもなく窓から見える景色を眺めながらも意識の半分以上を腕へと向ける。ナポリでのまつろわぬウゥルカヌスの最後の一手によって半分以上が炭化してしまった右腕、腕の感覚自体は残っているし動かそうと思えば普段通りに動くことも出来はする。
出来はするが、やはり感覚が残っている分痛みと熱が実に面倒なことこの上ないと言えるだろう。
元々痛みに対しては慣れた、というよりも無視出来るようにしているがそれでも痛いモノは痛い、なら当然治す選択を取る。だが、今の右腕は少し面倒な状態になっている。
それは偏に俺の自業自得とも言える事だが、イタリアから日本へ帰る間俺は万が一のことを考えてこの腕の治療をしていなかった。
イタリアの後輩にもしも呪力を感知されでもしたら、十中八九絡まれるというのはここ数年の経験で嫌と言うほど覚えた為、嗅ぎつけられない為に呪力を閉じて最低限の隠密を使っただけ、フライト中も万が一神殺しとしての呪力が神や神獣のきっかけになる可能性を考慮して最低限の治癒力だけで乗り切った。結果として、実に中途半端な状態で治療されてしまっている。
変に癒着でもしていたら、元に戻すのが実に面倒くさくなるだろうな。
「……いっその事、切り落とした方が早いか」
そっちの方が権能で一気に戻せるから楽だ。
そこまで思考を回していて、ふと車内が唐突に静かになった。思わず、俺は意識を其方へと戻してオルトリンデを見れば
「……えぇっと、朔真?ごめんなさい、独り言なのは分かってるけど、何を?もしかして、誰を?」
「あー、その玖堂先生、聴こえてなかったことにした方がいいでしょうか、ね?」
「腕だ、あと別に気にするな冬馬」
隣で困った表情でそう聞いてくるオルトリンデに簡潔に答えて、バックミラー越しで何とも言えぬ表情の冬馬に軽く左手を払う。
それを見て苦笑する元教え子に何とも言えぬ気分になりはするが、これも神殺しの相手役を任される程度には有能で距離が近かった、という貧乏くじを引いてしまったせいだろう…………自分の事ながら、少し心に来るものがあるな。
「腕、ですか。先ほど、オルトリンデさんも話していましたがまつろわぬウゥルカヌスの最後の一撃で、との事ですが……実際のところどうなんですか?」
「曲がりなりにも太陽の断片を用いた即席の武器だ。黒い太陽を使って潰したとしても充分に武器としては有効だった。だが、奴が戦士ではなく鍛冶師であることが幸いだった、少なくとも治す分にはなんら支障はない」
太陽ではなく、不治の呪いを付与した武器であった場合ならば、問題になるが……。
そう、胸中で付け足しながら視線だけをオルトリンデへ向ければ案の定、ジト目のような視線が突き刺してきており思わず視線を逸らしておく。
「どうして治せるのにわざわざ腕を切り落とすなんて選択が出るのかしら、ねえ」
「……流石に手間だからな。ルーンで修復する分には問題ないだろうが、曲がりなりにもカンピオーネの耐性を考えれば時間がかかる、それと炭化した部分が癒着して変に阻害されるのも面倒だ。なら、いっその事腕を切り落として権能を回す方が都合がいい。当然だろう?」
「当然じゃないでしょ、朔真」
何を言っているのか。
まつろわぬ神との戦いで多少の損壊は前提であり、むしろこれぐらいで済んでいるのが奇跡的なぐらいだ。なら、腕を切り落とすぐらいは充分な許容範囲なはずだ。何も知らない人間ではないだろうに。
それこそ、下半身を吹き飛ばしたのも目の前で見たことがある筈だが。
「その場でするのと、じゃ違うと思うけど」
「そうだな。だが、そっちのが楽だろう」
「ええっと……車内ではご遠慮いただければ」
何やら、冬馬がだいぶ失礼な事を宣っているが、それを無視して目を瞑る。
普通に考えて車内で腕を切り落とすわけがないだろう。まさかと思うが俺はここまでアレな人間であると思われているのだろうか?いや、神殺しをするような人間は軒並みどうかしているのは周知の事実だろう。
例えば、狼王。
例えば、負けず嫌いの仙女。
例えば、はた迷惑極まりない夫人。
例えば、例えば……恐らくまともなのは米国の奴だろう。形態はやや異なるが同じテスカトリポカの権能を有する他のカンピオーネ以上に同類と言ってしかるべきカンピオーネだ。まあ、コスプレ趣味というのが何ともアレだがそれも個性というモノなのだろう。
ふと冷静に考えると、
「カンピオーネは俺を含めて軒並みどうかしているな。個性の問題じゃあない」
「……ええ、玖堂先生。いまさらですか……」
「いまさらじゃないかしら、朔真」
「そこまで言うか」
オルトリンデに言われるならばともかく、冬馬にまで言われるとは思っていなかったな。
確かに事実かもしれないが、元教え子にまでそういわれるのは存外堪えるモノがある。
「……それで、俺がいない間に何かあったか?」
「こういう時の話の切り替えは相変わらず下手ですね。おっと、ええ、いくつか。まず以前に玖堂先生と契約をしていた『民』の術者の団体がきな臭くなっておりまして、どうやら金銭面以外にも」
「……ああ、あそこか。確かに報いに対しての代償を徴収する時期も近いな。その為に……いや、違うな。何か考えているのか……これがただの踏み倒すつもりなら、
「はい、それとはまた別なのですが、オルトリンデさんから報告されていると思いますが、先日九州で出現した神獣の件ですが、アウスラグさんによって無事討伐されました」
冬馬からの報告を聞きながら、オルトリンデより受け取った報告書を手に取り目を走らせる。留守を任せていたもう一人の身内が神獣を相手にしたのは知ってはいたが、何か面倒後音を持ってきていないことを願うばかりであるが。
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