嵐の夜、白い枝   作:カチカチチーズ

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面倒の前触れ、白鳥の翼

◆─────

 

 

 

 

 

 戦乙女(ワルキューレ)

 神殺しについて知る魔術師ならば知らない者がいないほどに、魔術界隈においては有名な存在だ。

 戦乙女と聞いて一昔前なら魔女や騎士の号を有する女魔術師が思い浮かぶものだったが、第四の神殺しである玖堂朔真が現れてからはその意味合いは大本の神話に近しいモノへと変わっていった。

 白鳥の翼を持ち、英雄たちの魂を刈り取る死神。

 北欧神話に出てくる半神半人の戦乙女。

 玖堂朔真の有する権能で生まれ落ちた現代の戦乙女、北欧神話の神々ではなく神殺しの魔王の使いとなった彼女たち戦乙女は可憐な少女の外見でありながらもその中身は神獣とそう大差がない。

 

 それは、玖堂朔真の傍付きであるオルトリンデと名乗る女、彼女も例外ではない。

 

 

 

 

 

 島根県某所山間部、人が住むような集落も充分に離れているような奥地も奥地の一画。

 山を揺らす程の咆哮が響きあがりながら、怪物がのたうち回る。身の丈百メートルは下らないだろう体長に加えて軽自動車など容易く呑み込んでしまうに違いない胴回りを持つ巨躯の怪物は、黒焦げたような鱗とその鱗同士の境に赤熱したような赤を孕んだ姿が目を引く事だろう。

 誰がどう見ようとも『蛇』の神獣がそこにいた。

 確かにこの場所が人里離れたような深い山の奥、その谷底にあたる場所だとしても本格的に暴れ出せばそんな距離など意味をなさず、集落は簡単に潰されるのが目に見えている。

 そんな怪物。

 だが、神獣は神獣でしかない。

 

 

「『蛇』であるのは問題だが」

 

 

 神獣より数キロは離れた山間部の中でも見渡しのいい崖上から、朔真は僅かに表情を顰めつつ神獣を視ていた。

 確かに一般的な価値観で考えれば神獣が顕れた事は充分に問題だが、朔真からすれば顕れた事自体は大した問題ではなく、問題なのは彼が呟いたように『蛇』の神獣である事だけ。

 

 

「既に日光には確認しています。良いのか悪いのか、そこまでの格があるわけでないのか、特に反応はないようです」

 

「そうか、それなら、いい」

 

 

 そんな朔真の懸念を拭う様に電話を終えた冬馬の言葉に朔真は軽く息をつく。

 この日本における魔術結社、正史編纂委員会の古老と呼ばれる者たちが用意した竜蛇避け、『蛇』に属するまつろわぬ神や神獣が日本で顕現し暴れた際に動く日光に封じられた『鋼』の軍神。

 それが動くのは朔真にとって避けたいことだっただけに、冬馬の言葉に安堵しつつ先日のイタリアでの一件で焼き潰した腕を軽く振りつつ、その視線は変わらず神獣へと向けられる。

 日光から『鋼』の軍神が出てくるのならば朔真は神殺しとして、神獣が討伐された後のことを考える日長があったが心配は杞憂であった今なら話は別になる。

 

 

「オルトリンデ」

 

「はぁい」

 

 

 たった一言、口にするだけで朔真の傍らにいた女は朔真同様に短い返事をして、まるで子供が遊ぶように軽々とその場から、崖上から跳ね飛んだ。

 常人ならば充分に自殺行為。だが、彼女は戦乙女(ワルキューレ)

 彼女の着ていたブラウスが淡い光を纏ったと思えば次の瞬間には、白と黒を基調とした衣服へと変換されていく。元より造形された魔性の美、と称される姿も戦乙女としての戦装束へと着替える事でより洗練されていく。

 落下していくだけの空中にまるで見えない床があるかのようにオルトリンデは着地し、その手に異形の弓を携えてスケート選手の様に空中を滑りながら数キロ先の神獣へと向かっていく。

 

 

「少なくともこれで解決、ですね」

 

「だろうな。あの猿が反応しないのならば、その程度だ」

 

「ええ、私としても気が楽になります」

 

「冬馬……お前な」

 

 

 彼女の後ろ姿を見送りながら二人はそんな軽口を交わしていた。

 

 

「ところで、ずっと聞こうと思っていたのですが、玖堂先生」

 

「どうした」

 

「彼女の、いえ、戦乙女(ワルキューレ)の戦装束は────」

 

「趣味だ」

 

「────あ、はい」

 

 

 

 

 

 

 

「もう、朔真ったら。確かに朔真の趣味ではあるけれど、私の趣味でもあるのよね」

 

 

 空気を滑りながら、僅かに聞こえた言葉にクスリと笑みを浮かべながらオルトリンデは既に神獣との距離を一キロ以下にまで迫っていた。

 オルトリンデは戦乙女である。

 それは、朔真の有する第一権能『瞳』と第三権能『白鳥』の二種権能を複合して作りあげた人型の神獣。神殺しである朔真の戦いのために動く騎士であり魔女、それが彼女ら戦乙女(ワルキューレ)

 

 

「さぁ、お仕事よね」

 

「シィャアアアアアアァァァ!!!」

 

 

 上空より迫るオルトリンデを察知したか、神獣がその大顎を開きどんな建物であろうとも噛み砕くことが出来ると思えるほどの牙を剥き出しにする。

 威嚇、ではない。

 既に神獣はオルトリンデを脅威と認識しているのだろう、開かれた大顎、その口腔の奥底が明るくなり始めているのをオルトリンデもまた認識した。

 迸るのは爆焔。火炎放射じみた焔が中空を裂きながらオルトリンデを襲うが既にその場に彼女の姿はない。

 空中を滑走する速度を上げたオルトリンデは神獣の直情へと滑り込みながら身を翻し、携えた弓に番えた呪力の矢を神獣の背へと叩き込んでいく。

 一本一本が戦車砲が如く、神獣の身体に着弾してはその鱗を弾け吹き飛ばしていく。

 並の神獣であれば既に痛打となる一撃だが、そこはやはり『蛇』の系譜か。

 削れた肉が溢れる血によって補強し修復されていく。そんな光景を目にしたオルトリンデは僅かに目を見開きながらも宙を蹴りつけて常に滑走する。

 

 

「思ったよりも頑丈、ね。でも、限界まで削れば私の勝ちね」

 

「シィャアアッッ!!」

 

 

 絶叫と共に放たれるのは先ほどと同じ爆焔、だが今度は連続で直情のオルトリンデへと。

 足を止める事無く滑走し続けるオルトリンデにそれらが直撃することはなく霧散していく。

 

 

「…………雷?」

 

 

 自分目掛けて放たれていく爆焔、それを至近距離で見ていたオルトリンデは先ほど同様に目を僅かに見開き、その爆焔が火焔だけではなく雷を孕んでいるのに気付いた。

 そして、それは

 

 

 

 

 

「きな臭いことだ」

 

 

 観戦していた朔真にも見て取れていた。

 ただの『蛇』が火を吹くのならば分かる。神獣なのだ、それぐらいはする。

 だが、日光の『鋼』が反応しない程度の『蛇』の神獣が雷を混じらせた炎を吐くのは朔真にとって解せない話だった。

 朔真の神殺しとしての経験則、そしてその勘が、面倒事の前兆であると告げているのを朔真は既に感じ始めている。

 

 

「しばらくは、家に帰れない、な」

 

「拠点を用意します」

 

「いや、アウスラグが福岡にいるだろう。そっちに行く」

 

「わかりました」

 

 

 その目を細めながら、右眼に広がる『瞳』の泉が静かに神獣の内を曝け出そうと、波紋をたて始めていた。

 

 

 

 

 

「朔真も気づいたみたいね」

 

 

 数キロ先にいる朔真の『瞳』が動き始めたのを感じ取ったオルトリンデは様子見から行動を切り替え始めていく。滑走していた高度を少しずつ下げる様に滑っていきながらも放たれていく爆焔を回避しつつその弓に呪力の矢を番えていく。

 彼女の特徴であるピンク色の髪を揺らしながら滑走し、弦を引き絞る。

 

 

「シィアァャァアアアアッ!!」

 

 

 獲物が上空から自分の元へと近づいてきた。それを見過ごすような愚者でなく、神獣はその大顎を開き口腔奥に爆焔と雷を迸らせて滑り降りてくるオルトリンデへと向ける。

 だが、オルトリンデは回避する事を選ばず、そのまま神獣の開かれた大顎を真正面に捉え────

 

 

「まずは、その少し五月蠅い口をふさがなきゃ、ね?」

 

 

 矢を放つ。

 呪力の矢が神獣の喉奥へと突き刺さり、刹那激しい光と熱が神獣の口腔奥で炸裂した。

 巻き込まれないために矢を放つと同時に後方へと跳び退いたオルトリンデは黒煙と血肉が焼ける臭いに顔を顰めつつ、その手で弓をくるりと回す。

 

 

「“勇ましい君よ 貴方の魂をどうか私に 戦場の死化粧で彩った貴方の魂を背にどこまでも”」

 

 

 朗々と響き渡るのは彼女の聖句。まるで恋焦がれた人へと告白する様に、歌うのは彼女に許された権能の断片()

 

 

「“湖より飛び立つ私たち(スワンズレイク・ワルキューレ)”」

 

 

 オルトリンデの影が揺らめき白鳥の翼を作りあげていく。彼女の髪の様に淡いピンクの光を孕みながら。

 そうして今度はしっかりと大気を踏みしめながら矢を番える。

 

 

「さようなら」

 

 

 

 

 

─────◇

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