怪獣による母港襲撃からしばらく経ったある日、指揮官は風通しの良くなった執務室で書類に目を通していた。
「えーと、こっちが哨戒艦隊の再編案で、こっちが復興用資材の見積もり……全然書類減らねーな」
「ですが、全てご主人様に目を通していただかなくてはならないものばかりです。それとこちらを」
あまりの仕事量にぼやいていると、秘書艦のベルファストが新たな書類を執務机に置いた。
「勘弁してくれ。今あるので手一杯だってのに」
「急を要する内容だそうです。ひとまずご確認をお願いします」
「はいはい……ん?」
促されて書類を手にした指揮官は、その内容に目を通すと眉をしかめた。
「突然現れた火山島、その調査許可と調査艦隊の編成……」
「報告によれば、その海域にはほんの数日前までは何もなかったそうですが、先日の巡回の際に島ができているのを確認したそうです」
「確かに、この報告の通りのサイズの島が僅か数日で出来上がるとは考えにくい。セイレーンの仕業か、あるいは……」
顎に手を当てて考え込む指揮官。しばし思案した後、書類にサインと判を押すとベルファストへと渡す。
「ベル。ブルックリンと龍鳳、それとケルンを呼んでくれ」
「承知いたしました」
指揮官に一礼し、ベルファストは執務室を後にする。指揮官は椅子の背もたれに寄りかかると、壁に空いた穴から水平線に視線を向ける。
「宝島か、もしくはスネークアイランドか……」
ポツリと指揮官は呟いて、再び書類の山へと向き合った。
◇
海底火山の噴火により、新たに島が出来上がるのはそう珍しいことではない。
とはいえ普通は噴火を繰り返して徐々に海面に広がって島になっていくものであり、たった数日で島と呼べる規模が出来上がることはない。
しかし、彼女達が上陸したその島は、報告によればその常識を無視するように、いつの間にかこの海域に出現したのだとか。
「ここが例の島か。見た目だけは何の変哲もない島だな」
島を一望しながら彼女、ユニオン軽巡洋艦『ブルックリン』は自身が立つこの島をそう評した。
「ブルックリンさん。偵察機を飛ばしてみたところ、敵性存在は見当たりません」
「島近海にも、これといったものは今のところ発見できません」
「ふむ……妙だな」
重桜軽空母『龍鳳』と鉄血の軽巡洋艦『ケルン』が自身の艦載機を使い偵察した結果をブルックリンへと報告する。
それを聞いたブルックリンは怪訝そうな表情を浮かべ、思案するように顔を伏せた。
(確かにこの一帯は確保が完了した海域だが、この島の規模と出現までの期間を考えれば何者かの手が加えられているのは明らかだ……)
暫し考え込んだ後、ブルックリンは伏せていた顔を上げて、今回のメンバーを見渡す。
島の偵察をしてくれた龍鳳にケルン。その後ろで待機している駆逐艦達、アイリスの『フォルバン』、鉄血の『Z26』にロイヤルの『フォックスハウンド』。そして彼女達を纏めるブルックリン。以上が今回のために編成された、島の調査艦隊のメンバーだ。
「考えても仕方ない。龍鳳とニームはこの場所を確保してくれ。それ以外は私と共に島の調査に向かう」
「二班に分かれるんですか?」
「ああ。何が起こるか分からないからな。無論、そうやすやすとやられる気もないが」
そう言いながら、ブルックリンは腰から下げた信号弾を手に取った。
「通信を送る暇があるとは限らない。いざという時はこれで合図する。合図を確認したら、龍鳳達は一旦この島を離れ、指揮官へ救援を要請してくれ」
「分かりました」
「よし。行くぞ、調査開始だ」
ブルックリンの号令で、指示通り龍鳳とZ26を残し、艦隊は島の調査に向かった。
まず目指したのは、島の中心部にそびえる火山。この島は最近出現したということもあり、植物の類は生えていない。代わりに大地の起伏が激しく、擬装を展開したKAN-SENの体力を持ってしても進むのは一苦労だ。
「ん?あれは……ブルックリンさん、あそこを見てください!」
暫く進み、山の麓が近くなってきていたところで、フォルバンが何かを発見したのか先頭を歩くブルックリンへと声をかけた。
「あれは、洞窟か?確認してみよう」
フォルバンが指していた方向には、大きな穴が岩肌に空いているのが確認できた。
一行がその穴へと向かうと、近づくにつれてその穴が予想外に大きいことが分かった。
「随分と大きい洞窟ですね。自然にできた、というわけではなさそうです」
洞窟の中を探照灯で照らしながら、ケルンがそう言った。ブルックリンも同じ意見のようで、無言で頷くと、フォックスハウンドに振り返った。
「フォックスハウンド、何か臭うか?」
「クンクン……なんだろう。焦げ臭いような、温泉のような、とにかく変な匂いがする」
洞窟の匂いを嗅いだフォックスハウンドは、しかめっ面をしながら自分が感じた匂いについて報告した。
それを聞いたブルックリンは、誰に伝えるでもなく自分の考えを口にした。
「可能性としては、洞窟の奥は溶岩へと繋がっているということだろうが……」
「あ、あと何か音が聞こえるよ」
「音?」
フォックスハウンドからの追加の情報に、ブルックリンは考えるのを一旦止め、フォックスハウンドの言葉を聞く。
「うん。音、というか声?なんだろう、すごく嫌な感じがする……」
他のメンバーには彼女の言う音は聞こえなかったが、感覚の鋭いフォックスハウンドが言うのなら本当なのだろう。彼女の言っている音について考えていると、フォルバンが自分の考えをブルックリンへと伝えた。
「もしかしたら、この洞窟の奥にはこの間のような怪獣がいるのでは……」
フォルバンの意見に、この場にいる全員の体に緊張が走った。
怪獣がいるなんて、以前であれば笑い飛ばされるような話だが、ついこの間母港へと怪獣が襲撃してきたこともあり、彼女達はこの洞窟、いやこの島に怪獣がいる可能性を無視できない。
「……もしフォルバンの想像通りなら、今のメンバーでの調査は危険だ。すぐこの島を離れて、指揮官へ艦隊の再編を」
「待って!……何か、来る」
その言葉に全員が洞窟の方を見る。フォックスハウンドは警戒しながら、洞窟の奥の音に耳を澄ましていた。
そして、洞窟の奥の音が彼女以外のメンバーにも聞こえる音量になった瞬間、フォックスハウンドが叫んだ。
「やばい……全員逃げて!!」
「っ!?総員退避!!」
続けて発せられたブルックリンの指示に、その場にいた全員が洞窟の出入り口から急いで距離を取る。
その直後、洞窟を形作る岩肌を破壊し、巨大な影がその姿を現した。
「ギュエェーンッ!!」
雄叫びと共に洞窟を突き破り、全長50mを超える体躯を持つ、四足歩行の怪獣、溶岩怪獣『グランゴン』がブルックリン達の前にその姿を現した。
「か、怪獣!?」
「ほ、ほんとに出たーっ!?」
可能性は考えていたとはいえ、本当に怪獣が現れたことに驚愕するフォルバンとフォックスハウンド。
この二人とは対象的に、ブルックリンとケルンは冷静に状況を分析し、動き出していた。
「私が牽制する!ケルンは二人をっ!」
「分かりました!」
巨大な怪獣にも恐れず、ブルックリンはグランゴン目掛けて主砲の照準を向ける。
「主砲斉射!喰らえっ!!」
轟音が鳴り、ブルックリンの主砲から砲弾が放たれ、グランゴンへと直撃した。
四足歩行のため低くなっていた頭部に砲弾は命中し、それによりグランゴンは怯み、その隙にケルンが二人を回収した。
「しっかりして!ひとまず撤退するわよ!」
「う、うん!」
「了解です!」
ケルンの呼びかけに、少し落ち着きを取り戻した二人は頷くとケルンについてその場を離れる。
「ブルックリンさん!こちらは大丈夫です!」
「分かった!」
ケルンの呼び掛けに、グランゴンへの牽制を中断し、ブルックリンも彼女達と一緒にこの場を離れる。
「ひとまず龍鳳達と合流し、指揮官に報告しなくては……っ!?全員避けろ!!」
撤退しながらふとブルックリンがグランゴンの方を見ると、グランゴンがその口に火炎を溜めているのが目に入った。
咄嗟に出た指示に反応して全員が回避行動を取ると、グランゴンがその口から火炎弾を発射し、彼女達から離れたところに着弾した。
しかし、その爆発は凄まじく、爆風により彼女達は大きく吹き飛ばされてしまい、島の大地を転がった。
「く……ぅ……」
爆風のダメージに呻くブルックリンが辺りを見回すと、ケルン達が倒れているのが目に入った。幸いダメージはあるものの、全員生きているようだ。
「このままでは……なら」
ブルックリンは腰の信号弾を取り出すと、上空に向けて発射した。
打ち上げられた信号弾は空で破裂すると真っ赤な煙を出しながらゆっくりと落下していった。
「頼む、龍鳳……」
この場にはいない仲間に託したブルックリンの後方で、彼女達を倒したことに喜んでいるのか、グランゴンは大きく鳴き声を上げていた。
◇
「なんだって!?ブルックリン達が!?」
執務室の通信機に向かい、指揮官は驚きの声を上げた。通信相手は火山島の調査に向かった艦隊のメンバーであるZ26だ。
『はい……信号弾を確認し海上に出た後、龍鳳さんが偵察機で確認したら、ブルックリンさん達が怪獣に襲われてて……龍鳳さんもブルックリンさん達を助けに行っちゃって……』
「分かった、すぐ救助艦隊を送る!ニームはその場で待機して、艦隊が合流するのを待て!」
『わ、分かりました!』
通信を切り、指揮官はベルファストにアイコンタクトを送ると、共に執務室を出て桟橋へと向かう。
「ベル。今すぐ出れる正規空母は?」
「ヴィクトリアス様、ホーネット様、グラーフ様とペーター様の四名です」
「じゃあそいつらを分けて二艦隊編成する。前衛はそれぞれクリーブランドとウィチタ達、旗艦はビスマルクとグナイゼナウに頼む。至急出撃要請をかけてくれ」
「承知いたしました」
「俺も同行する。ダメとは言わせんからな」
「ダメです」
速攻で却下されてしまい、つい転けそうになる指揮官。不満そうにベルファストに視線を向けると、彼女は至極冷静に言い放った。
「ブルックリン様達が心配なのは分かります。ですが今回の相手は怪獣……流石のクリーブランド様達とはいえ、ご主人様を守りながら戦うのは難しいでしょう」
「だが!あいつらだけ行かせられるか!危険と分かっている場所に部下を向かわせて、自分だけ安全な場所で指示するなんざ、俺にはできん!」
「……ご主人様のその御心には、私達も随分救われてきました……ですが」
そこで言葉を区切ったベルファストは、指揮官の手を握ってから、続けて彼に伝えた。
「もう少し、私達の想いも汲み取ってください。ご主人様に何かあったら、私は……」
「ベル……」
先日の事が未だ記憶に根強く残っているのだろう。ベルファストは心底心配している様子で指揮官の手を握り、目を見つめた。
指揮官はバツが悪そうに視線をそらしたが、意を決したようにベルファストの手を握り返すと、彼女の目をしっかりと見据えて告げた。
「ベル。お前の気持ちは伝わった。だが、俺はどうしても行かなきゃならない。頼む、分かってくれ」
申し訳無さの見える表情で告げられた指揮官のその言葉を聞いたベルファストは顔を伏せた。握った手は微かに震え、彼女の悲しみが伝わってくる。
そして、ベルファストは指揮官から一歩離れると、姿勢を正してから顔を上げた。
「……分かりました。それがご主人様のご希望でしたら……」
「ベル……!」
「ただし!ご主人様が行かれるというのでしたら、私もご同行させていただきます」
それが彼女の妥協案だった。指揮官は若干言葉を詰まらせたが、諦めたように彼女の提案を飲んだ。
「ああ、分かった」
「決まりですね。では急ぎ、艦隊を編成しましょう」
そうして、艦隊を編成した指揮官達は、急ぎブルックリン達の救出へと向かうのであった。