今回は短編のリハビリ連載になります。良ければ感想や評価をよろしくお願いします。
それでは早速、本編へどうぞ。
「──あれ?」
僕はここで何を……
「…………っ! アリス!」
そうだ! 僕はあの少女、アリスに会って、それから……それから…………
「それから僕は……どうなったんだっけ?」
というか僕、どこに居て、どうやってアリスと会ったんだっけ……
「とにかくアリスに会って、それから考えよう」
彼女が何処にいるかは分からないけど、立ち尽くしているのも嫌なので、僕は廊下を歩き出した。
理科室、音楽室、空き教室、屋上……
どこを探してもアリスの姿は無かった。
「アリス……」
一体彼女は何者なんだ……?
それに今、僕の身に起こっている"何か"も。
「あれは……」
ふと足を止めたのはこの高校の図書室。
僕は何に引き寄せられるようにその教室へと入っていった。
「きっとここなら……」
僕の頭に引っ掛かっているこの一つの疑問、ここにならあるはずだ。それを解消する鍵が。
向かった先は小説コーナー。
綺麗にタイトル順に整頓された本棚を初めから探す。
「………………あった」
その小説の背表紙には──
「『不思議の国のアリス』」
「っ!?」
聞き覚えのある声が背後から聞こえる。
振り向くとそこには金髪青眼の少女。
高校には似つかわしくない、青色の可愛らしいドレス。
「アリス……」
「中々いい趣味だね。ピーター」
まるで絵本からそのまま出てきたように、彼女からはどこか現実離れした雰囲気が漂ってくる。
「来なよ。こっちで一緒に読もう」
アリスは図書館に設置されている椅子に腰掛け、既に持っていた別の本をパラパラとめくる。
かなり古い本だ。表紙もページも色あせてるし、しかもかなり分厚い。
「アリスは……一体何者なの?」
「私は私だよ。いつでも、どこにいても、誰といても、私は私であり続ける。私が私でない時なんて一秒も無い」
彼女はそう告げる。
目線は本から離さず、淡々と。
彼女が言い終わると、教室には途端に静寂が訪れる。
僕はその息が詰まりそうな空気に耐えられず、言葉を続けた。
「……じゃ、じゃあ、僕は誰なの?」
アリスのページをめくる手が止まる。
僕と目が合い、そして笑う。
「それはまたおかしな質問だ! 君が誰かなんて、私に分かるはずないだろう?」
「それは……確かに」
「君は本当に面白いね」
心底嬉しそうに。楽しそうに。
彼女は笑った。
「というか……君はいつまでそこに突っ立っているんだい? こっちに来なよ」
「あ……うん」
言われるがままにアリスの正面に座って、彼女と同じように本をめくる。
『不思議の国のアリス』
誰でも一度は聞いたことのある、有名な本だ。
本をあまり読まない僕でも、細かい内容は知らなくても、おおよそのあらすじくらいなら知っている。
アリスという名前の少女が、人の言葉を喋る白うさぎを追いかけ、不思議の国へと迷い込む……
導入は確かそんな感じだったはずだ。
「…………ねぇ、アリス」
「なんだい?」
「君は……もしかして
「この……不思議の国の」
自分で言っておいてなんだが、とても馬鹿げた質問だ。
てっきりまた笑って一蹴されると思ったが、帰ってきたのは意外な返答だった。
「んー……当たらずとも遠からずって感じだね」
「…………え?」
「自分で聞いておいてその反応はないだろう?」
パタン、とアリスは読んでいた本を閉じ、また楽しそうに笑う。
「君が今、私にした質問は『私がアリスだ』というところだけ正解だ。これがテストなら△マイナス2点って所かな」
「……? でもそれは──」
「質問の趣旨がズレてる? そういうことが聞きたいんじゃないって?」
本を閉じたアリスは、立ち上がって本を本棚に戻す。そしてつらつらと話し始めた。
「別に揚げ足を取ろうって訳じゃないよ」
「私はアリスだ。紛れもなくそうだと言える」
「けど私は不思議の国には行ったことは無い。つまり
「そう……別物。それを君がどう捉えるか、それこそが重要なのさ」
「私が認知している『アリス』も、
「けどピーター。君が認知している私も、確かに私自身なんだよ」
目当ての本を見つけたのか、アリスは再び違う本を持って僕の前に座る。
「物の見方が一つでないように、人の見方も一つじゃない」
「君が私を、『不思議の国のアリス』と思うなら、君にとって私はそういう存在なんだろうさ」
「……それじゃあ、君にとって君はどういう存在なの?」
「あれ、最初に言わなかったっけ?」
そう不思議そうに尋ねて、アリスは今読んでいる本の表紙を僕に向けた。
「私はネバーランドのアリスだよ」
『Alice In Neverland』
「ネバーランド……」
それって……どちらかと言えば……
「それは『不思議の国のアリス』じゃなくて、『ピーターパン』だろ! かい?」
そんな言い方ではないけれど、僕の言いたいことはそれと全く一緒だった。
「別にこういう話もあって良いと、私は思うけどね」
「君が気に入らなくても仕方ない。だってこれは私の存在意義だから」
「存在意義……物語と言い換えてもいい」
「人の見方が無数にあるなら、物語だって無数にある」
「君はどうだい? ピーター」
「今の
「僕の…………」
僕の、物語。
自分が何者なのか、何の役に立てるのか、何の役にも立てないのか、考えても答えは出ず、ただ"青春"という、かけがえの無い時間をひたすらに浪費していく。
それが僕。
「君はこっちに来ても暗いね。まっ、それも君という人間なのかもね」
「アリス、君は何を──」
君は何を知っているんだ?
そう言葉を続けるより先に、アリスは机を指さした。
「本だよ、本」
彼女のジェスチャーは、どうやら僕が開いている本のことを示していたらしい。
言われるがまま、本に目線を落とす。
「…………?」
白紙だった。
文字も無ければ、汚れ一つない綺麗でまっさらなページが、何ページにもわたって続いている。
「何で……!?」
僕が今まで読んできた数ページも、全て白紙に変わっている。
「さて、この本は借りて行こうかな」
僕の驚嘆を他所に、彼女は本を手に取って立ち上がる。
「ちょっとま──っ!?」
彼女を追おうとした僕を、
「ま……た…………?」
何で……僕はこの痛みを知っている……!?
「あたまが…………!!」
椅子から立ち上がる。
床に転げ落ちる。
立てない。
アリスが行ってしまう。
立てない。
立ち上がれない。
追いかけることが、できない。
「あ……りす……っ!!」
「今回は長くもった方じゃないか? 私の名前も覚えていたし、自分の名前が思い出せずに錯乱した前回に比べれば大進歩だよ」
「なに……いって……」
「ここでの君の物語はもう終わった」
「ほら、早く次に進みなよ」
アリスが指を指したのは、僕が読んでいた白紙の本。
開かれたページが眩く輝いている。
「私には君が必要だ」
「ぼく……が……」
「だからまぁ……せいぜい頑張ってよ。期待してるんだからさ」
世界が崩れていく。
アリスだけを残して。
アリス以外の全てが。
崩れる。