Alice In Neverland   作:砂糖ノ塊

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皆様初めまして。砂糖のカタマリ改め、砂糖ノ塊です。
今回は短編のリハビリ連載になります。良ければ感想や評価をよろしくお願いします。
それでは早速、本編へどうぞ。



3

「──あれ……僕は……」

 

 ……僕はさっきまで、高校の図書館にいたはず……?

 

「高校? どこの高校……いや、何だそれ?」

 

 僕は……そう、僕は……

 

「僕は使命を……」

 

 使命を果たしに来た。

 

 『世界を救う』という使命を。

 

「世界? なんで僕が」

 

 それは僕が勇者だから。

 

 魔王を倒し、世界に平和をもたらす者。

 

「勇者…………そう、僕は勇者」

 

 "使命"なんていう物で全身をがんじがらめにされ、たいして救いたくもない世界の為に、自分の命を賭けなければならない。

 

 それが僕。

 

「何でこんなことを……」

 

 それがこの世界だから。

 

 この世界の、僕だから

 

「何だよそれ……まるで違う世界の僕がいるみたいじゃないか」

 

 …………違う世界?

 

「……やめよう」

 

 頭が痛い。これ以上考えるのは危ない気がする……

 

「今は目の前に集中しなくちゃ……」

 

 目の前にそびえ立つのは、見るからに禍々しく、恐ろしい城。

 

 魔王の居城【魔王城】。

 

「僕は……魔王を倒さなければ」

 

 この何かに急かされるような感覚に背中を押され、僕は魔王城へと足を踏み入れる。

 

「誰もいない……」

 

 不気味な城は内装まで不気味で、誰もいない事がその不気味さを更に引き出していた。

 

「あれ、でも魔王城だから、誰もいないのはおかしくないか?」

 いや……何もおかしくない。

 

 僕が全部倒したんだ。出てきた魔物を、一匹残らず。

 

「そう…………だった」

 

 見れば城のあちらこちらに魔物の死骸が転がっている。

 

 僕が身につけている剣も、盾も、鎧も、魔物の血で汚れている。

 

「後は魔王だけ……」

 

 そしてたどり着いた魔王の間。

 

「やぁ、待ってたよ」

 

 その玉座に座る、一人の少女。

 

 魔王と呼ぶにはあまりにメルヘンな……見たことがある青いドレスを着て、申し訳程度にそれっぽいローブと王冠を身につけた少女。

 

「アリス……」

「よく似合ってるよ、その衣装」

 

 アリス? アリスが……魔王?

 

「違う……アリスは、アリスだ」

「あぁ、その通りだね」

 

 それはまるで教師が問題に正解した生徒を褒めるようだった。

 

 ……一体さっきから何なんだ? 違和感なんてあるはずの無い世界なのに、何かが僕の頭の奥底に引っかかる……

 

「それよりどうだい? この私の魔王姿は!」

 

 玉座から降り、クルクルと回って衣装を自慢するアリス。

 

 可愛らしいドレスの上に、厳かなローブを無理矢理羽織って、明らかにサイズの大きな王冠を被っているアリス。

 

「…………」

 

 ドヤ顔のアリス。

 

 初めて彼女の年相応の表情が見れた気がする。

 

「どうだい???」

「う、うん……似合ってるよ……」

 

 それが僕の絞り出した答えだ。

 

 もともと整った顔立ちをしている彼女だが、衣装を自慢する顔を単純に『可愛い』と思ってしまった。

 

 ……その彼女の表情を、率先して曇らせてやる気には到底なれない。

 

「へぇ……意外だね」

「……何が?」

「君、お世辞とか言える人なんだ」

 

 そんな僕の気遣いは一瞬で見破られたけど。

 

「別に責めてるわけじゃないよ。似合ってないのは自分でも分かってるさ」

 

 少女らしい表情は消え失せ、()()()()どこか皮肉めいた笑いを浮かべる。

 

「…………いつもの?」

 

 そういえば、僕は何でこの子のことを知っている? いや、この子は魔王だ……勇者の僕が知っていてもおかしくは、ない。

 

 でも…………僕は彼女と、知り合っている。

 

 彼女と言葉を交わし、コミュニケーションをとったことがある。

 

 …………ような気がする。

 

 だから一体何なんだ? この違和感は……

 

「それにしても、魔王って案外退屈なんだね」

 

 言葉の通り、心底暇そうに玉座にもたれ掛かって、王冠を投げて遊んでいる。

 

「やっぱり世界征服とか目指した方がいいのかな? 面倒くさそうだけど」

「……面倒くさい?」

「だってそうだろ? 少なくとも楽に終わるもんじゃないし。第一、私はそんなものに興味は無いよ」

 

 まるで子供のように言ってのける。

 

 魔王らしくない。それ以前に王らしくない。

 

「私は"王"なんて器じゃない。私にはやっぱり"アリス"がお似合いだよ」

 

 それなら僕は──一体何が『お似合い』なんだろう。

 

「ピーター、君は果たして"勇者"の器なのかな?」

 

 そんなの……

 

「そんなの、知らないよ」

 

「器かどうかなんて、今僕がここにいる理由とは何の関係もない」

 

 そうだ。僕がここにいる理由……

 

「ここにいなくちゃいけない。それが僕の使命だから」

 

 僕の使命。

 

 僕の、存在理由。

 

「ふーん……」

 

 彼女は僕を見て、どういう感想を抱いたのだろう。

 

 『つまらなそう』か?

 

 …………『不自由そう』か。

 

「人っていう生き物は誰しも肩書きに縛られて生きている。滑稽な話だろ?」

 

「いくら大層な名前があっても、その人に一番会うのはその人自身の名前でしかないのに」

 

「使命だのなんだの、結局それはただの言い訳でしかない」

 

「自分自身で生きるのは、誰だって怖いからね」

 

 ()()()()()、少女の姿なのに言っていることはまるで哲学者のそれだ。

 

「人は誰だって"存在理由"や"使命"のような茶番劇に酔いしれる」

 

「私も、そして君も、こんな茶番劇の登場人物には似合わない」

 

「私達には──もっともっと狂った茶番がお似合いさ」

 

 私()

 

 そうだろ? とでも言いたげにこちらを見るアリス。

 

 その目から、目を離せない。

 

「おいおい、そんなに熱い視線を向けられても困るなぁ」

 

 そんな軽口を言われても、目を背けることができない。

 

「……ねぇ、ピーター」

 

 少し間を空けて、彼女は──

 

「結婚しようか」

 

「………………………………え?」

 

 ──彼女が口にしたのは、求婚の言葉だった。

 

「え?」

 

 今なんて言った? 結婚? 結婚って…………結婚?

 

「そう、その結婚」

「なんで……?」

「へぇ、『なんで』と来たか……君は随分失礼なやつだな」

 

 確かに、プロポーズの言葉に疑問を呈するのは笑ってしまう程おかしな話だ。

 

 それでも、ほとんど初対面みたいな少女に求婚される方が、よっぽどおかしな話だ。

 

「別に初対面って訳じゃないんだけどね……それに、さほどおかしな話でもないさ」

 

「ピーター、さっきの存在理由の話の続き……ごくごく自然な延長線上にある──」

 

「──茶番さ」

 

 多くの人にとって重要なであろう"結婚"という行事を、アリスは『茶番』と切り捨てた。

 

「私もね、こんな茶番劇のキャラクターで終わりたくないのさ」

 

「君もそうじゃないのかい? "使命"とか"存在意義"とか、そんなくだらない檻を、ぶち壊したくはないのかい?」

 

 アリスが僕を手招きする。

 

 頭の奥で懐かしい痛みが芽生える。

 

「世界の為? 人々の為? 笑わせてくれる! 何故そんなものの為に生きなければならない!?」

 

 一歩。一歩。

 

 アリスに近づくにつれ、痛みが強くなっていく。

 

「君は誰の為に生きる? 何の為に生きる? そんな質問、とうの昔に答えは出ているはずだろう?」

 

 気づけば剣も盾も鎧も脱ぎ捨て、アリスの前へ。目の前へ。

 

「君は君の為に生きろ。誰の為でも、何の為でもない。君自身の為に」

 

 頭が痛い。甘い痛みが頭の奥から全身に回っていく。

 

「けど世界はそれを許しちゃくれない。自分の為に生きる私達を、自分勝手だと非難してくる」

 

 アリスが座る玉座の前。

 

 さらに前へ。

 

「だから、だからこそ、私達には抜け道が必要なんだよ」

 

 抜け道?

 

「そう、抜け道」

 

「誰かを愛するという抜け道が」

 

 人を愛する。

 

 そんな高尚な行為も、彼女の前ではただの『抜け道』でしかない。

 

「自分を愛してくれる誰かを愛することで、それは間接的に自分を愛することになる」

 

 無茶苦茶だ。無茶苦茶なはずなのに。

 

「…………」

 

 何も言えない。

 

 もう目と鼻の先に彼女の目と鼻がある。

 

 さらに前へ。

 

 鼻と鼻が触れ合う。

 

 アリスは逃げることもせず、振り払うこともせず、不敵な笑みを崩すことさえしない。

 

「だからピーター、互いに愛し合おう」

 

 頭痛が止まない。

 

「このふざけた世界から、一緒に逃げてやろう」

 

 頭痛が止まない。

 

「それとも、こういう風に言った方が今の私には合っているかな?」

 

 頭痛が止まない。

 

  アリスの青色の瞳の奥に、いつか見た眩い光が見えた気がした。

 

「世界の半分を君にあげよう。だから私と結婚してくれ」

 

  きっとそれは、世界で彼女しかできないプロポーズだった。

 

 世界が崩れていく。

 

 アリスだけを残して。

 

 アリス以外の全てが。

 

 崩れる。

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