今回は短編のリハビリ連載になります。良ければ感想や評価をよろしくお願いします。
それでは早速、本編へどうぞ。
「──あれ……僕は……」
……僕はさっきまで、高校の図書館にいたはず……?
「高校? どこの高校……いや、何だそれ?」
僕は……そう、僕は……
「僕は使命を……」
使命を果たしに来た。
『世界を救う』という使命を。
「世界? なんで僕が」
それは僕が勇者だから。
魔王を倒し、世界に平和をもたらす者。
「勇者…………そう、僕は勇者」
"使命"なんていう物で全身をがんじがらめにされ、たいして救いたくもない世界の為に、自分の命を賭けなければならない。
それが僕。
「何でこんなことを……」
それがこの世界だから。
この世界の、僕だから
「何だよそれ……まるで違う世界の僕がいるみたいじゃないか」
…………違う世界?
「……やめよう」
頭が痛い。これ以上考えるのは危ない気がする……
「今は目の前に集中しなくちゃ……」
目の前にそびえ立つのは、見るからに禍々しく、恐ろしい城。
魔王の居城【魔王城】。
「僕は……魔王を倒さなければ」
この何かに急かされるような感覚に背中を押され、僕は魔王城へと足を踏み入れる。
「誰もいない……」
不気味な城は内装まで不気味で、誰もいない事がその不気味さを更に引き出していた。
「あれ、でも魔王城だから、誰もいないのはおかしくないか?」
いや……何もおかしくない。
僕が全部倒したんだ。出てきた魔物を、一匹残らず。
「そう…………だった」
見れば城のあちらこちらに魔物の死骸が転がっている。
僕が身につけている剣も、盾も、鎧も、魔物の血で汚れている。
「後は魔王だけ……」
そしてたどり着いた魔王の間。
「やぁ、待ってたよ」
その玉座に座る、一人の少女。
魔王と呼ぶにはあまりにメルヘンな……見たことがある青いドレスを着て、申し訳程度にそれっぽいローブと王冠を身につけた少女。
「アリス……」
「よく似合ってるよ、その衣装」
アリス? アリスが……魔王?
「違う……アリスは、アリスだ」
「あぁ、その通りだね」
それはまるで教師が問題に正解した生徒を褒めるようだった。
……一体さっきから何なんだ? 違和感なんてあるはずの無い世界なのに、何かが僕の頭の奥底に引っかかる……
「それよりどうだい? この私の魔王姿は!」
玉座から降り、クルクルと回って衣装を自慢するアリス。
可愛らしいドレスの上に、厳かなローブを無理矢理羽織って、明らかにサイズの大きな王冠を被っているアリス。
「…………」
ドヤ顔のアリス。
初めて彼女の年相応の表情が見れた気がする。
「どうだい???」
「う、うん……似合ってるよ……」
それが僕の絞り出した答えだ。
もともと整った顔立ちをしている彼女だが、衣装を自慢する顔を単純に『可愛い』と思ってしまった。
……その彼女の表情を、率先して曇らせてやる気には到底なれない。
「へぇ……意外だね」
「……何が?」
「君、お世辞とか言える人なんだ」
そんな僕の気遣いは一瞬で見破られたけど。
「別に責めてるわけじゃないよ。似合ってないのは自分でも分かってるさ」
少女らしい表情は消え失せ、
「…………いつもの?」
そういえば、僕は何でこの子のことを知っている? いや、この子は魔王だ……勇者の僕が知っていてもおかしくは、ない。
でも…………僕は彼女と、知り合っている。
彼女と言葉を交わし、コミュニケーションをとったことがある。
…………ような気がする。
だから一体何なんだ? この違和感は……
「それにしても、魔王って案外退屈なんだね」
言葉の通り、心底暇そうに玉座にもたれ掛かって、王冠を投げて遊んでいる。
「やっぱり世界征服とか目指した方がいいのかな? 面倒くさそうだけど」
「……面倒くさい?」
「だってそうだろ? 少なくとも楽に終わるもんじゃないし。第一、私はそんなものに興味は無いよ」
まるで子供のように言ってのける。
魔王らしくない。それ以前に王らしくない。
「私は"王"なんて器じゃない。私にはやっぱり"アリス"がお似合いだよ」
それなら僕は──一体何が『お似合い』なんだろう。
「ピーター、君は果たして"勇者"の器なのかな?」
そんなの……
「そんなの、知らないよ」
「器かどうかなんて、今僕がここにいる理由とは何の関係もない」
そうだ。僕がここにいる理由……
「ここにいなくちゃいけない。それが僕の使命だから」
僕の使命。
僕の、存在理由。
「ふーん……」
彼女は僕を見て、どういう感想を抱いたのだろう。
『つまらなそう』か?
…………『不自由そう』か。
「人っていう生き物は誰しも肩書きに縛られて生きている。滑稽な話だろ?」
「いくら大層な名前があっても、その人に一番会うのはその人自身の名前でしかないのに」
「使命だのなんだの、結局それはただの言い訳でしかない」
「自分自身で生きるのは、誰だって怖いからね」
「人は誰だって"存在理由"や"使命"のような茶番劇に酔いしれる」
「私も、そして君も、こんな茶番劇の登場人物には似合わない」
「私達には──もっともっと狂った茶番がお似合いさ」
私
そうだろ? とでも言いたげにこちらを見るアリス。
その目から、目を離せない。
「おいおい、そんなに熱い視線を向けられても困るなぁ」
そんな軽口を言われても、目を背けることができない。
「……ねぇ、ピーター」
少し間を空けて、彼女は──
「結婚しようか」
「………………………………え?」
──彼女が口にしたのは、求婚の言葉だった。
「え?」
今なんて言った? 結婚? 結婚って…………結婚?
「そう、その結婚」
「なんで……?」
「へぇ、『なんで』と来たか……君は随分失礼なやつだな」
確かに、プロポーズの言葉に疑問を呈するのは笑ってしまう程おかしな話だ。
それでも、ほとんど初対面みたいな少女に求婚される方が、よっぽどおかしな話だ。
「別に初対面って訳じゃないんだけどね……それに、さほどおかしな話でもないさ」
「ピーター、さっきの存在理由の話の続き……ごくごく自然な延長線上にある──」
「──茶番さ」
多くの人にとって重要なであろう"結婚"という行事を、アリスは『茶番』と切り捨てた。
「私もね、こんな茶番劇のキャラクターで終わりたくないのさ」
「君もそうじゃないのかい? "使命"とか"存在意義"とか、そんなくだらない檻を、ぶち壊したくはないのかい?」
アリスが僕を手招きする。
頭の奥で懐かしい痛みが芽生える。
「世界の為? 人々の為? 笑わせてくれる! 何故そんなものの為に生きなければならない!?」
一歩。一歩。
アリスに近づくにつれ、痛みが強くなっていく。
「君は誰の為に生きる? 何の為に生きる? そんな質問、とうの昔に答えは出ているはずだろう?」
気づけば剣も盾も鎧も脱ぎ捨て、アリスの前へ。目の前へ。
「君は君の為に生きろ。誰の為でも、何の為でもない。君自身の為に」
頭が痛い。甘い痛みが頭の奥から全身に回っていく。
「けど世界はそれを許しちゃくれない。自分の為に生きる私達を、自分勝手だと非難してくる」
アリスが座る玉座の前。
さらに前へ。
「だから、だからこそ、私達には抜け道が必要なんだよ」
抜け道?
「そう、抜け道」
「誰かを愛するという抜け道が」
人を愛する。
そんな高尚な行為も、彼女の前ではただの『抜け道』でしかない。
「自分を愛してくれる誰かを愛することで、それは間接的に自分を愛することになる」
無茶苦茶だ。無茶苦茶なはずなのに。
「…………」
何も言えない。
もう目と鼻の先に彼女の目と鼻がある。
さらに前へ。
鼻と鼻が触れ合う。
アリスは逃げることもせず、振り払うこともせず、不敵な笑みを崩すことさえしない。
「だからピーター、互いに愛し合おう」
頭痛が止まない。
「このふざけた世界から、一緒に逃げてやろう」
頭痛が止まない。
「それとも、こういう風に言った方が今の私には合っているかな?」
頭痛が止まない。
アリスの青色の瞳の奥に、いつか見た眩い光が見えた気がした。
「世界の半分を君にあげよう。だから私と結婚してくれ」
きっとそれは、世界で彼女しかできないプロポーズだった。
世界が崩れていく。
アリスだけを残して。
アリス以外の全てが。
崩れる。