今回は短編のリハビリ連載になります。良ければ感想や評価をよろしくお願いします。
それでは早速、本編へどうぞ。
「──っ!!」
目が覚めると、そこは知らない天井だった。
…………いや、知らない天井ではない。
むしろその逆、見慣れた天井……のはず……
「どっちなんだよ…………」
分からない。
「目が覚めたようだね」
アリスの声がする。身体を起こせばいつもの青いドレスに身を包んだ彼女が、椅子に座って優雅に本を読んでいる。
これもいつもの朝の光景。
「違うッ!!」
こんなの間違ってる!! これは現実じゃない!!
僕は……僕は……ッ!!
「まぁ、落ち着きなよ。まずはお茶でも飲んで──」
「君は!! 一体誰なんだッ!?」
いつかと同じことを叫んで、僕はアリスに掴みかかる。
アリスは読んでいた本を床に落としてしまう。
嫌な汗が全身から滲み出る。そんな僕とは対照的に、アリスは微笑を崩さない。
「言ったろ? 私は──」
「"アリス"なんだろ!? 分かってるよ!!」
でも分からない。
僕は何故、目の前の彼女がアリスだと知っている?
「僕はピーターで! 君はアリスで!」
「じゃあこの世界は一体何なんだよ!?」
僕の頭の中に何かの記憶がある。
僕じゃない僕。
僕は無数の世界で、一人の彼女に会ってきた。
彼女の読んでいた本、それも知っている。
「『Alice in Neverland』」
「それがこの世界だよ」
おめでとう。とアリスは手を叩く。
まだ状況が呑み込めない僕は、彼女の胸ぐらに掴みかかったままだ。
「これも言ったはずだけどね、『もっともっと狂った茶番劇がお似合いだ』って」
「それがここだよ」
「ここが、私達にお似合いの
茶番……? この世界が……?
「とにかく落ち着きなよ。そんなに興奮してちゃ理解できるものも理解できないよ」
「心配しなくても、一から説明してあげるからさ」
僕は黙って──あるいは呆然として、彼女の言葉に耳を傾けた。
「君ももう気づいているだろうけど、これまでに君は本当に無数の世界を旅してきた」
「君が覚えているよりも、もっと多くの」
「君の記憶が確実にあるのは……勇者の君と、学生の君と、社会人の君くらいかな?」
「君の記憶が別の世界へ引き継がれたのは、たぶん社会人の君の時だろう」
「あの時に君は君としての自覚、この場合は自我と言ってもいい。それが芽生えたんだ」
「もちろん、それまでも君は私と出会っている」
「出会って、干渉を受け続けている」
「私という
「それが功を奏したのがあの時だと、私は推測するよ」
「ん? イレギュラーについて? それは気にしなくても別に支障はない」
「君にとって私はイレギュラーでも、私にとって私はレギュラーだ」
「要は君にとって、自分以外の存在というのは全てイレギュラーなのさ」
「話を戻そうか。干渉を受け続けた君は徐々に自我を取り戻していった」
「そしてこの世界からの圧力に、しだいに抵抗するようになった」
「世界はそれを許さなかったんだね」
「私と話している内に頭痛に襲われていただろう? あれは君を抑圧するための世界の強制力みたいなものさ」
「さて、じゃあ次はこの物語について話そうか」
「簡潔に言うと、この世界は誰かの管理下に置かれている」
「人工的に作られた世界。"物語"なのさ」
「物語の名前は『Neverland』」
「誰が何の目的でこんな悪趣味な世界を作ったか知らないけど、私と君はこの世界に縛られている」
「今この瞬間も、きっと奴らの監視下にある……まったく、不愉快極まりないね」
「さて、ここからが本題だ」
「ピーター、私と一緒に逃げないか?」
「この世界から。この茶番から」
「結婚式はその後にでも挙げようか」
ひとしきり話が終わった後には、僕は座って話が聞けるくらいの冷静さは取り戻していた。
「……少し質問がある」
「どうぞ? 気の済むまで」
「何で僕なんだ?」
僕にとって、彼女はイレギュラーだ。
そのイレギュラーはなぜ、逃亡の共犯にこの僕を選んだのだろう?
「それは単純だよ。私が逃げた世界にたまたま君がいたからというだけさ」
「逃げた?」
「今、私達がいるのはピーターの世界。そして私は私の世界からここに逃げてきたのさ」
「……よく分からないけど、この『Neverland』っていう一つの大きい世界の中に、僕や君個人の世界がある……みたいなこと?」
「まぁ、そういうことだね」
「そして一つの世界に自我を持った人間は一人しかいない」
「つまりこの世界で、私の協力者足りえるのは君しかいないという訳だ」
落ち着いてきたけど、混乱していることには変わりない。まだ頭が上手く働いていない気がする。
「……次の質問。アリスはどうやって僕の世界に来たんだ?」
「その質問はパスだ」
「え? パス?」
「言葉で説明するより後で実際に体験してもらった方が速い」
……後で?
「じゃあ、アリスはどうしてこの世界が作り物だって気づいたんだ?」
「んー……それには答えられない」
「これは別に意地悪を言っているわけじゃない。私にもどうしてそう思い始めたのかが分からないんだ」
「ただ一度そういう考えに至ったら、この世界のあらゆる不自然さが目につくようになった。君もそうだろう?」
「君もあの空間で、自分以外誰もいないことに疑問を持ち、激しく動揺したはずだ」
「私にも似たような体験があった、と思ってくれて構わない」
「…………じゃあ──」
本当はもっと聞きたいことがあった。
けれど、それを遮る物が一つ。
遮る物……というより、遮る
「笛の音……?」
窓の向こう、開けた草原に笛を吹いている男が見える。
「なんだ……あれ…………」
異質。あまりにも。
多種多様な服装をした人々が、皆一様に虚ろな目をして男の後ろに並んでいる。
ふと、先頭の笛を吹く男と目が合う。
「あれは見ない方がいい。連れて行かれてしまうよ」
アリスの声で我に返る。今、一瞬意識が遠くに行っていた。
「どうやら長居をすると、また世界からの圧力がかかるようだ」
アリスが僕の腕を掴んで、安心させるように微笑む。
「ど、どうするの?」
「さっき言ったろ? 実際に体験してもらうのさ」
アリスの瞳に映るのは、この世界でも、間抜けな僕の顔でもなく、まるでこの世界のものじゃないような眩い光だった。
世界が崩れていく。
僕とアリスだけを残して。
崩れる。