セセリアさんがナルシストに言い寄られるようですよ? 作:ガラクタ山のヌシ
ここはマルシャンであるシックール財閥の保有するアド・ステラ宇宙でも有数の大きさを誇る火星のプラント。
その廊下を一人の長身の男が急ぎがちに無重力空間を移動している。
彼の名はラウロ。
結婚八年目のマルシャンにして、シックール卿の第三秘書であり、当然愛妻家だ。
そんな彼の目的の部屋へと辿り着いたと同時に、その自動扉が開く。
「シックール卿、大変です!!アンドール様が!!」
「おや、ラウロくん。血相を変えて一体どうしたね?」
その声に、部屋の主であるシックール卿は振り返る。
「アンドール様が、夫婦喧嘩をなさったと……」
スペーシアンやアーシアンが聞けば放っておけと捨て置くような内容だが、当のシックール卿はそのセリフに至って真剣な表情を浮かべている。
とは言え、それもそのはず。
たとえ犬も食わないケンカであっても、おしどり夫婦揃いのマルシャンの中では最優先で解決すべき問題。
故に、過干渉にならない程度に彼らへ助力をするのもまた、シックール卿の勤めである。
「うむ。それは一大事だ。原因はわかるのか?」
「はっ!!何でも、どちらが互いを愛しているのかで言い合いになって、今に至ると…」
「ふむ…まぁよくある話だな」
とは言え、少なくとも今回の件は夫婦仲に亀裂が入るような内容でなかったのは幸いだろう。と言うか、そちらの方がかなり稀だが。
愛情深いマルシャンゆえに、夫婦によっては今回のような痴話喧嘩もまた絶えない場合もある。
伊達に仕事よりも愛を優先することを公言していないわけだ。
ちなみにマルシャンで既婚者の男性職員の愛妻弁当所持率は実に九割を超える。
なお、残りの一割は夫婦揃って働いていて、互いに忙しいために食堂で済ませる人達である。
また、スペーシアンの生まれでマルシャンに嫁いできたり、逆に婿に入った人間でも、その大半がマルシャンの恋愛観、結婚観に毒され……もとい染まり、即しているのがほとんどだ。
「では…アンドールくんには、休暇を言い渡そう。仲直りするまで出勤しないように」
釘を刺すようにそう伝えると、ラウロは眉を顰める。
「しかし…それではアンドール様が主導するプロジェクトは…」
アンドールはマルシャンの中でそれなりに立場のある人間だ。
急ぎでないとは言え、預かる案件も小さくないものがいくらかある。
しかしシックール卿は、そんな不安を抱くラウロの様子を察して安心させるように頷く。
「うむ。それは無論、私が滞り無いように責任もって預かろう」
「はっ!!」
「それと…」
シックール卿は端末を取り出すと、とあるコードを送る。
「シックール卿?それは何を?」
「なに。今、アンドールくんにリゾートプラントの電子チケットを送ったのさ。一週間分ほどの宿泊チケットも込みでな」
要は、ドゥラメンテ卿の奢りでひとまず奥さんと一緒に休暇を楽しんで仲直りして来いということだ。
「よろしいので?」
「キミ、マルシャンにとって愛と仕事、どちらが大事だね?」
「それは無論、愛ですッ!!」
「うむ。つまりはそう言う事だ」
まぁ…このような事がよくあるので、シックール卿の秘書は数名いるわけだ。
夫婦や恋人との惚気にいちゃつき…これこそマルシャンの日常風景である。
そんな彼らをまとめ上げ、一大財閥を築き上げたのはひとえにシックール卿や、その仲間達の尽力あってのものだろう。
そうしてひと段落ついたシックール卿は、ふと見遣る端末にメールが届いていることに気がつく。
送り主を見てみると…祖父の贔屓目を抜きにしても、よく出来た可愛い自慢の孫だ。
「おや?ドゥラくんからのメールが…なになに?相談したいことが…ふむ」
メールのタイトルを見て、シックール卿は即座にそれを開く。
『実はその……セセリアが最近、人前でもよくキスをせがんだり、夜になれば寂しそうに腕に抱きつかれ一緒に寝ようと誘ってくるようになり、オレとしても我慢の限界に達しそうでして……』
「いやぁ〜…ドゥラくんも若いねぇ〜」
送られてきたそのメールに、自身の若い頃を思い出しつつシックール卿はニコニコと笑うと、先達として、また祖父としてのアドバイスの返信を送信するのだった。
久しぶりのおじいちゃん視点のお話でした。