無事に四天王の一人を倒した千歌だけど、梨子が調子を崩してしまった。そして一人残された曜は何を──。
雨が降る荒野を、善子に花丸、ルビィとコウキが走り抜けている。
「梨子さんのラブパワー、こんなに漏れ出してたっけ?」
「いやきっと発現しかけてるのよ、あの力が」
道に迷う事なく先を行く梨子を追えるのは、彼女の力の残滓のおかげ。感情に落ち着きがないのか、その濃度と量も箇所によって異なる。
ふと、ルビィの足がゆっくりになった。不思議そうに自分の足とその周りを見つめている。
先を行っていた善子もその足を止めた。みんなして肩を上下させながらも、自分の身に纏わりつく違和感をそれぞれ確認している。
「なんか、重たい……?」
「ルビィちゃんもそう思う?」
「うん、マルちゃんも?」
梨子のラブパワーは、まるで質量を帯びているかのようにずしりと彼女達の体に、足に纏わりついてきていた。心身共に、あまり気持ちの良いものではない。雨のせいもあるかもしれないが、それ以上の不快感を覚えてしまう。
「リリー……」
善子はぎゅっと手を握りしめて、ラブパワーの痕が示す道のその先を不安そうに眺めた。
そうこうしている内に、鞠莉達三年生組が追いついてしまった。
「わーお、ここら辺から空気違うわね」
「……スピリチュアルな事言うのやめて鞠莉」
「怖いの?こんな荒野のど真ん中で出るわけないじゃなーい!」
「……鞠莉さん、果南さんを揶揄うのはやめてあげなさい」
ある程度の距離を、恐らく善子達より速く進んできたのだろうが、息切れ一つせず冗談を言い合っている。
「さてと。そんな事より可愛い後輩達はどうしちゃったのかしらー?」
「……ちょっと足が止まっただけよ」
「ホントに〜?」
鞠莉は、目を逸らす善子を悪戯っぽく下から見上げながら本音を引き出そうとしている。見慣れているとは言え未だにドキッとしてしまうような、その整った顔に見つめられたら、足の一歩でも後ろに退いてしまうというもの。
彼女はそんな善子を一瞥して、くるりと皆の方を向いた。
「ねぇみんな?もしかして、このままじゃリリーと、ううん、梨子ちゃんと戦う事になるかもしれない、って怖くなっちゃってなーい?」
「「っ──!?」」
考えもしなかった、と言ったら嘘になる。あえて口にしなかっただけで、ここにいる皆が──鞠莉を含む皆が、ここにくるまでの道中で少しでも思考を巡らせれば至ってしまう当然の悩みだ。つまりは図星。
「鞠莉さんっ!!!」
「んふふ、ダイヤも同じ事思ってたようね、安心したわ」
「そうですけど!これはあまりにも……!」
「そうよ、酷なのよ。でも、本番で動けないのは嫌でしょ?」
誰にも気付かれないように手首をぎゅっと握った。二年前のあのライブの記憶がよぎる。
「勿論、戦わなくていいかもしれない。でもそれはあの子の気分次第よ」
「……話し合う余地はあるわよね」
「そう思いたいけどネ。……心配しなくても、あの子を傷つけたくないのはみんな一緒よ善子」
「……うん、ありがと。ってかヨハネ」
鞠莉はそう言い終わると、善子の背中をばしりと叩いて、引導を任せてしまった。不思議そうに見つめ返してくる善子に一言だけ。
「──もう視えてるんでしょ?リリーの場所」
善子の顔色が変わった。右目がギランと輝いて、そのままおよそ十時の方向を向いた。この眼なら、そう遠くない位置にいるのも分かる。両頬をぱしりと叩いて気合い注入。
「っしゃ!行くわよ!リトルデーモン達っ!」
「今回だけずらよ〜」
一行は、再び歩き始めた。
──ラブライブ!サンシャイン!!──
私は、普通で居たかった。普通の家に生まれて、普通の学校に通って。別に強くなろうなんて思わない。そりゃあ、危ない時に身を守る術くらいは身につけたいけど、そんなの強さって言わないもの。──だから、あの子の力も、私のこの力も、怖くて怖くて仕方がない。異世界だからそれくらい?敵に備えるために?馬鹿みたい。私が嫌いなの。この力を持ってる、とっても強い私が。この力に、挙句あの子にまで怯えちゃってる私自身が。ね、私ってワガママでしょ、勝手に力を手にして、それに勝手に怖がってる自分を勝手に嫌ってるんだもん。そう、私はあの子とは違う。それを残念と思うべきかラッキーと思うべきかは分かんないけど、うん、あの子と私は違いすぎるのよ。何もかも。……いいなぁ、羨ましいなぁ。私もあの子みたいになれたんなら、ずっと気が楽なんだろうなぁ。こうやって。
──こうやって悩まなくても済むもんね」
「……話は済んだかしら、リリー?」
「えーっ、まだ話し足りないわよ」
善子達は、荒地にも関わらず春の陽気に包まれた、穏やかな環境下に居た。所々で桜や梅が咲き乱れ、どこからか鳥のさえずりさえも聞こえてくる。沼津でも東京でも、どこでもない。恐らくは彼女──桜内梨子が創り出した、想像上の、しかし実体を持つ空間。だから、その全てを五感で味わえる。
「……漫画の読み過ぎよリリー」
「ふふふっ、なんで分かるのよ」
「そういうとこそういうとこ」
気味が悪そうに辺りを見渡しながら、善子がそう苦言を呈した。彼女はそのまま矢継ぎ早に言葉を続ける。その口調はまるで煽っているかのようにどこか挑戦的。
「何よアンタ、あんな事言ってたけど結局その漫画のキャラみたく最強になりたいわけ?」
梨子の目から光が消えた。
「……どういう意味かしら?」
「言ったままよ」
善子は、後ろで心配する花丸には見向きもせず、梨子の目と鼻の先、平手が余裕で届く距離から彼女を煽りにかかっている。少し先の未来が視えるその右目は、何が狙いか全く光っていない。攻撃を避けるつもりがないのか、あるいは攻撃してこないとでも思っているのか。
「言ったでしょ、私は強くなりたくないの」
「もったいない」
「……もったいない?」
「ええ。私なんて、周りより少し目が良いだけだもん、思った通りになーんでも出来ちゃうリリーが羨ましいわ」
「……よ、よくもそんな口が聞けるわね人の気も知らないで!」
梨子の存在感が一気に増した。あの時の千歌と同じ原理だろうが、今回は善子達周りのメンバーにテンションの高揚やステータスの上昇は確認できなかった。梨子に先導の素質がないのも原因の一つではあるだろうが、しかし今の彼女の精神状態は不安定そのもの。だから本来そこに乗るはずの効果が今は存在しない、という事になる。
「おー怖。あんまり怒るとシワになるわよ」
「五月蝿いっ!」
「……あら、良い顔するじゃない。そうよ、そのまま怒りに任せて生意気な後輩なんて吹き飛ばしちゃいなさいよ。簡単でしょ?リリーは最強だものね」
「──ッ!」
蚊帳の外から花丸達が善子を止めようとする声が飛んでくるが、今の彼女は、そして梨子はそれに貸す耳を持っていない。
梨子は何かに取り憑かれたかのように、何の躊躇いもなく善子にだけ標準を合わせた。
善子は依然としてその場所を動かない。がしかし彼女の右目が仄かに輝きを帯びてきた。クックック、と怪しく笑って、領域の天に光る標準その中心をその眼で睨み返す。
「ごめん千歌、起こしちゃったわね」
標準が半回転したのを合図に、それよりさらに高い位置から一筋の桜色の光線が降り注いできた。山を貫いた光線を、もはや職人の域にまで圧縮して、目標の善子だけを縦に、貫く。
流石は最強、その狙い寸分違わず、余波を逃す事なくその全てを地中にまで届かせた。勿論周辺への被害は騒音を除けば皆無。
善子の名前を叫ぶ花丸達の声は、地響きですっかりかき消されてしまった。
「……だから嫌なのよ、強くなるのは」
嵐が過ぎ去った後の春の野原で、梨子の見目をした最強はそう呟いた。そのまま花丸達の方を向くが、警戒され、領域の端にまで距離を取られてしまった。
「……まあ、無理もないわね」
ため息をひとつ。最強は、去る者は追わず、そのまま空──もとい領域の天井を仰ごうとするが、不思議とそれとの距離が離れていく。まるで穴にでも落ちているかのように。
「落ちてる……!?」
一瞬の空白の後に意識を取り戻し、慌てて地上へと舞い戻った。穴の上で待ち構えていたのは、彼女の想像と大きくかけ離れている存在だった。
「ちょっとリリー、危ないじゃない!」
ついさっきレーザーで貫いた筈の、あるいは貫いたつもりになっていた善子その人が、腰に手を当てて何やら偉そうに待ち構えていた。
「……なんで、って顔してるわねいい気味」
「な……、なんで……」
「しっかたないわねぇ教えてあげる。要は未来視の応用よ。現在と未来との因果の流れを断ち切る事で一時的に時空間から離脱したの」
梨子のみならず、後ろの控え組も揃って首を傾げた。梨子の言葉を借りれば、無理もない事。
「……日本語?」
「失礼ね」
「……じゃああの穴は?」
「話逸らしたわね。……私達も、何でも出来るやつ相手に無策で挑むほど馬鹿じゃあないのよ」
善子が梨子と言い争っている間に果南が仕掛けた罠。発動条件は、善子がまんまと攻撃を喰らって梨子が一息ついている事。まさに全ての条件が重なった結果の罠だ。
「苦労したのよ、ここまで先の未来を視るの」
「次はないずらよ善子ちゃん」
「ヨハネ。……んでも肝に銘じとくわ、ありがとねずら丸」
未来視の能力で身を削る善子を、その都度花丸の回復力で補っていった結果だ。二度とやりたくないという花丸の気持ちももっともだ。
「……さて、と」
善子は、おのずと梨子が展開した空間の外を見つめた。位置としてはちょうど善子達一向が梨子の元を目指してきた道にあたる。
「時間稼ぎは十分よね、曜、千歌!」
──ラブライブ!サンシャイン!!──
荒野にも関わらず、どこからか海の香りが漂ってきた。新参者の梨子でさえもどこか懐かしさを覚えるこれは、きっとあの町の匂い。不思議とみかんが恋しくなる。不思議と帰りたくなる。そんなあの町の。
「みんなっ、梨子ちゃん!おまたせー!」
「うわっもうなんか一悶着あってる!?」
故郷を思わせる空間を創り出しながら、千歌と曜がその姿を現した。今の梨子と違って、千歌からは正のエネルギーが感じられる。あの時と同じように、体の芯から力が湧いて溢れ出てくるのを感じる。
二人が現れて安心したのか、善子の身体から力が抜けてしまった。千歌のエネルギーをもってしても、これまでの疲れが取れないのだろう。彼女の体を、赤黒い稲妻を伴ったダイヤが優しく受け止めて、第一線、梨子の目の前から距離をとった。今の梨子に対してはどこに逃げても無駄だとわかっていても、せめて、先輩として、或いは姉の立場にいる者として、そうしてあげたかった。そんな彼女が去り際に見た梨子の顔は、どこか寂しそう。
「……梨子さん、何故あなたがそんな顔をするんですの?」
「ああ、顔に出てた?ごめんなさい、忘れて」
尾を引く言い方に危うく突っかかりそうになったが、彼女の同級生よりはずっとマシだと割り切って、そんな二人の元へと舞い戻った。
「ダイヤー?今私達のこと考えてたデショ」
「ええ、お二人は面倒くさい方だなって」
「うちの店、喧嘩は売ってないんだけどなぁ」
今にもドンパチ始めそうな三年生をコウキがなだめている間に、千歌と曜は梨子の目の前に立ちはだかった。
「……強いのね、千歌ちゃん」
「梨子ちゃん程じゃないよ」
「へぇ、言うじゃない」
「伊達に作詞してないからね」
とは言っても、曜の出る幕は無さそうだが。というか、変に飛び出しても巻き込まれるだけ。千歌と目線を交わしてから、ダイヤ達の元に舞い戻った。
「いいの?曜ちゃん置いてきちゃって」
「だいじょーぶ!危なそうな人には近づかないで、って言ってあるから!」
「……割と傷つくなぁそれ」
「でも違わないでしょ、梨子ちゃん?」
千歌と曜は知らないが、梨子は一度善子に刃を向けてしまっている手前、危なそうな人呼ばわりされるのを簡単に否定できない。
「……じゃあ、私も千歌ちゃん、貴女には近づけないわ」
「……どうして?」
無垢な瞳で見つめられるが、梨子は一向に目を合わせようとしない。彼女の視線は、それから避けようと宙をふよふよと漂っている。
「貴女は私にとっての危なそうな人。つまり──怖いのよ、私は、貴女が」
「そっかぁ、怖いのかぁ」
背景の海が、一際大きい波音をたてた。
「でもさ梨子ちゃん」
「なぁに千歌ちゃん」
「私の事が怖いのって、梨子ちゃん自身の力を自分で怖がってる事のおまけでしょ?」
「っ──!」
まるで梨子をからかうように、千歌はあどけない笑顔を浮かべた。
「……ね?ダメだよ梨子ちゃん、自分に自信持たないと」
梨子は何も答えない。否、答えないというより、答えようにも言葉が見つからないらしい。
「無理よ、だって──」
高波が、堤防を越えて梨子の足元にまでやってきた。彼女の意思がそうさせているのだろう、それは生き物のように蠢いて、彼女を包み込むかのようにどんどん球体になっていく。
「な……、待って、梨子ちゃん!」
「だって、私は貴女とは違うんだもの」
あの時のように真っ暗な海の中へ。何も見えない何も聞こえない、誰にも届かない、そんな虚無の空間へと梨子は還ってしまった。
「私とは違う、って……」
取り残された千歌の元に、戦線を一度退いていた曜達が駆け寄ってきた。皆の目線は、異様な存在感を放つ蒼い水球へと寄せられる。
「……ごめんみんな、間に合わなかった」
「千歌ちゃんのせいじゃないよ」
「そうそう、ルビ助の言う通り。ワガママなリリーが悪いのよ全部」
「……命狙われかけたからって陰口ずら?」
「ここで言わなくていつ言うのよ!?」
善子は一体どこで学んできたのか、タバコを吸うフリして気を整えている。がいまいち格好がつかないのは、未だにダイヤの背に担がれているからだろう。
「善子さん、喋る元気があるなら降ろしますわよ」
「あっごめんなさいまだそのままでお願いしますダイヤ先輩。あとヨハネ」
「全く……。鞠莉さん、ユニット内の後輩の指導任せてましたわよね?」
「……そうだったっけ?」
ダイヤは、危うく善子を背負ったまま膝から崩れ落ちるところだった。なんとか体勢を整えてから、長いため息をついた。
「指導も何も二人ともいい子だよ?……まあリリーがこんな事になるとは思ってなかったケド」
「……こんなに親しい相手にも本心を隠すのは私達と同じですわね果南さん」
「えっなんで私に振るの」
「曜さんでも良かったですわね確かに」
「……痛いとこ突かれるなぁ」
曜はそう言うと、不気味に宙を漂う水球を不安げに眺めた。つい手を伸ばそうとするが、何を躊躇ってか、手をかざす事さえ出来なかった。
「梨子さん、助けられるよね」
花丸の陰から、コウキも不安そうにそう呟いた。が、帰ってくるのは曖昧な返事ばかり。それもそのはず、対処の仕方が分からない。
ふと、千歌が悔しそうに唸り始めた。
(そうだよね、千歌ちゃんが諦めるわけない)
曜が梨子へと伸ばそうとした腕は、目標を変えて千歌へと伸びる。
「曜ちゃん、煽るのナシだからね」
「しないってば。……行くんでしょ、梨子ちゃんのところ」
「もちろん!もー怒った、一発ガツンとおみまいしてやるのだ」
コウキが口を挟もうとするのを、花丸が黙って制止した。千歌がこうなってしまったらもう誰も止められないと悟ったのだろう。
善子はダイヤの背中から降りて、おぼつかない足取りのまま千歌に手を伸ばした。
「……千歌」
「うん、大丈夫だよ善子ちゃん。必ず。絶対、助けるから。まったく、ワガママな先輩持つと大変だねぇ」
「……それアンタが言う?」
「うっ、それはその通りなんだけど……」
「冗談よ、半分は。──プレッシャーかけるようにでヤなんだけど、……お願いね、千歌先輩」
「おお!?よ、よーっし!大船に乗ったつもりでいてね!」
善子が伸ばした手は、千歌の背をとん、と静かに優しく小突いた。それに続いて、他のメンバーも彼女に手を伸ばした。やがて自然に、いつも通り、とは行かないが、梨子が居なくてコウキが居る、九人の円陣が形作られる。
「みんな、ちょっとだけ待っててね、ワガママネガティブ怖がり怪獣りこっぴーと喧嘩してくるから」
「千歌ちゃん、で、できるだけ穏便にね……?」
「あっ、そーだ鞠莉ちゃん、綺麗なビンタの仕方教えて?」
「な……!?お、教えられまセーン!」
「ち、千歌、そんな事より梨子が待ってるから早く行ってあげな?ね?」
「えーっ!……まぁ、仕方ないか」
三年生の古傷を抉りながら、千歌は水球に手を伸ばした。少しの抵抗の後、すぐにそれは彼女の体を受け入れ、頭からつま先まで、彼女の全てを包み込んだ。
「私、梨子さんが心配でなりませんわ」
「奇遇だねおねいちゃん、ルビィもだよ」
「……いいんじゃない?ビンタの一回や二回くらいは」
「さっきまでの態度とは大違いずら」
「千歌もああ言ってたし平気かなー、って」
「うん、ヘーキだよ」
「ほら、曜もこう言って……、曜も!?」
思わず堕天使の瞳が光ってしまうくらいには驚いたらしい。その拍子に尻餅をついてしまった彼女に、曜が優しく手を差し伸べてくれた。
「……もしかして燃え上がっちゃってる?」
「な、ナンノコトカナー」
「……こういう事ね鞠莉さん」
「ザァーッツライッ!分かりやすいわね曜」
「ち、違うもんっ」
「まー照れちゃって、カワイイ」
「鞠莉」
「なーにかな……ん、って、あ、うん、ごめんなさい」
千歌も梨子も放ったらかして大火事の海岸通り。実害が出ないだけ平和だと、コウキがぼそりと締め括った。
──ラブライブ!サンシャイン!!──
それは、底無しの海。
それは、光届かぬ常闇の世界。
私が溺れるには絶好の領域。
力が怖い、って言ってるのにその力に頼ってるのは、我ながら莫迦らしいとは思う。思うけど、どうしようもない。止まらないから。私にはもう、止められないから。想いだけが一人溢れ出してしまって。……だから、千歌ちゃんには申し訳なく思ってる。ううん、あの子と私は違うじゃない、だったらそれでいいんじゃないかな。私は私、あの子はあの子で。そうよ、それならもう、あの子を、あの子の力を怖がる必要なんてない。ああ良かった。これでやっと、あの子に顔向けできる。「貴女の事はもう怖がらないから」って言うだけで終わる。
「そうでしょ?千歌ちゃん!」
あの子は悪びれる様子なんてなく、至って普通に、折角の領域にずかずかと入り込んでくる。ほんと、デリカシーのない人。
「何のことーっ!?」
「んー?私はもう、貴女の事なんて怖くない、って事ー!」
海の底からでも見える、光に向かって走り続ける貴女が。貴女の事が。
「……自分の事は?」
「えっ?」
分かってる。分かってるから皆まで言わないで。お願いよ千歌ちゃん。
「私のことが怖くなくなったなら梨子ちゃん自身の力も──」
「違う!」
「梨子ちゃん……」
言ったでしょう、私と貴女は違うって。違い過ぎる、って。だから、手を伸ばさないで。その手を取る資格なんて私にはないんだから。
「……聞いて梨子ちゃん」
「聞かない」
「頑固だなぁ。じゃ、独り言喋っちゃお」
勝手にして。
「私もね、正直思うんだ、梨子ちゃんとも、曜ちゃんとも、違い過ぎるなぁー、ってね」
貴女の独り言なんて聞いてないけど何でそこで曜ちゃんの名前が出てくるのよ。あくまで話なんて聞いてないけど。
「ピアノは勿論、他の楽器だって弾けないし、飛び込みも、お裁縫だって出来ないもん、家庭科の授業の後、いつも怪我がすごいんだよ?美渡姉にいっつも怒られちゃってさあ。あ、あと絵?漫画?も描けないもん」
「待って何でそれ知って……、あ」
「あれ?梨子ちゃん盗み聞きー?」
「……うるさい。聞いててあげるから続けて」
やっちゃった。もういい開き直る。というか本当になんでバレてるの?ああいうのはベッドの下に隠すのが常識でしょう?
「……それでね、分かったの。違ってもいいんだ、って」
「……何が言いたいの」
「だってさぁ、私が何でもできちゃったら、締め切りにぜーったい!間に合わないもん」
「……確かにそうね反省しなさい。……あと自信満々に言わないでくれる?」
「……はーい。って!そうじゃなくて!」
相も変わらず騒がしい人。
それにしても、違ってもいいって。
「そう、違ってもいいんだよ梨子ちゃん」
「最初からそう言ってるじゃない」
そう、最初から。この世界に来た時から?ううん、あの日、あの海岸で貴女と会った時から、私と、貴女は──。
「だから!」
「っ──!?」
「……だから、自分を大事にして。自分の力を、持ってる才能を、梨子ちゃん自身を、励まして、褒めてあげて。自分を、嫌いになんてならないであげて」
とくん、とくん、と心臓の鼓動が高鳴っていく。背中から全身にかけて、熱が波のように伝わっていく。いつもならこんな事ないのに。
「ごめんね、急に大声出して……、えっ、へへへ……。えっと……、伝わったかな」
「貴女が今自分に自信持ってって言ったのよ」
「そ、そうだよね……!」
ホント、不器用な人。いっつもその場の勢いだけで解決しようとするんだもん。でも、今は、今の私にはそれで十分。
「もし、もし私がまたこの力使って暴走したら、止めてくれる?」
「もちろん!」
「ありがとう……っ」
「わわわっ、泣くほど?」
「……ダメ?」
「ううん?思いっきり、泣いていいよ」
ダメだな私、この人の前だと、本音を隠せない。だからこそ、今まで貯めてたものが全部外に溢れ出てきた。どうせここには私達2人だけ。だったらもう、出せるだけ出してやる。目の腫れなら、後の私がなんとかしてくれるでしょ。頑張れ後の私!今は泣く!
──ラブライブ!サンシャイン!!──
波が引いていく。梨子の力による効果が消失したせいだろう。一方、発動したままの千歌の領域は形を変えて、トンネルを抜けた先、約束の堤防付近に似た景色を映し出した。
「千歌さん、やったんだ」
コウキがそう呟くなり、皆して喜びをあらわにした。とはいえ、しばらくの間緊張状態に置かれてはいたから、二人が帰ってくるまでは満足のいく喜び方は選べない。
怪しげに漂う黒い水球の色が、だんだんと淡い青に近づいてきた頃、それが急に弾けた。中から飛び出したのは、当然彼女達。
「みーんなーっ!ただいまーっ!」
千歌は、返事も待たずに曜に飛びついた。慌ててそれを抱き止める曜は、その視線を千歌の後ろ、緋色の髪の少女の方へと向けた。彼女はそのつもりでも、何がまずいのか、少女にふいと目を逸らされた。
千歌を引き剥がして、曜は少女の方へと歩み寄る。顔が見たいのに、近づくほどに目を逸らされ、しまいには後ろまで向かれてしまった。
「りーこちゃんっ、おかえり!」
「……ただいま」
「えっ、なんで目逸らすの?」
「……だって、目腫れてるもの……」
曜はたまらず吹き出した。会話を聞いていなかった千歌もつられて笑い出す。
「わ、笑わなくてもいいでしょ」
「ごめんごめん、いつもの梨子ちゃんに戻ってて安心しただけ」
「っ……」
梨子はそれきり口をつぐんでしまった。曜は慌てて場を取り繕おうとするが、ただ慌てふためくだけになってしまった。
「……ごめんなさい、色々迷惑かけちゃって」
「あ、ダメだよ梨子ちゃん、気を沈めちゃ」
「でも……」
千歌の助け舟は虚しく沖に流される。
「……ま、いいんじゃない?たまには迷惑かけてみても」
少し離れたところから、善子がそうやって優しく声をかけた。隣の花丸ルビィからの刺すような視線を掻い潜りながら、なんとか梨子の元へと辿り着いた。
「よっちゃんがそれ言っちゃうんだ……」
「「そーだそーだ」」
「いちいちうるさいわねアンタも外野も」
普段から彼女に迷惑をかけられている面々から文句まで飛んできた。彼女は間一髪それを避けてから梨子の両頬に手を添えて、半ば強制的にお互い目を合わせた。こうでもしないと、今日一日ずっと顔を見せてくれないだろうから。
「なーんだ、全然腫れてないじゃない」
「……ホントに?」
「ええ。曜、おいで」
「わ、ホントだ!いつも通りの綺麗な目だよ」
「え!?……あ、ありがとう」
予想外の一撃を喰らってしまったようで、善子の手からの拘束が外された。嵐のように来て嵐のように去っていく曜を見送って、善子は改めて梨子の顔を見た。もう手は添えなくとも大丈夫そうだ。
「ちょっと前のリリーより、今の曜の方がずっと恐ろしいわよ」
「……よっちゃんが言うなら間違いないわね」
「当たるはずない攻撃恐れてどうすんのよ」
「……なんか悔しい」
千歌を主軸とした外野が、悔しがる梨子を条件反射で煽ってくる。
二人はそれをどうにか無視して話を続ける。
「で、何の話だっけ」
「迷惑かけてみろ、っていう……」
「それだ!……そうよかけてみなさいよ、迷惑の一つや二つ。今更迷惑要員が一人増えたところでダイヤの眉間の皺が一つ増えるだけよ」
「大問題ですけど?」
ダイヤを揶揄うように、善子とついでに鞠莉がケラケラと笑う。
「まあそれはさておき」
「さておかないでくださいます?」
「私達、誰かに巻き込まれるのは慣れっこだからさ、誰かさんのおかげで」
善子が目を向けた先には、せっかく煽ったのに無視されてしょぼくれている千歌の姿があった。梨子とダイヤもつられて目を遣るなり、すぐに納得したようだ。
「……そうね。……ありがと、ヨハネちゃん」
「ヨハ……、ってあれ?」
「ダイヤさん、同情役なら任せてください」
「な……!?」
「おねいちゃん、がんばルビィ!」
今すぐにでも雷を落としてきそうなダイヤから逃げるように、梨子は海岸通りを走り出した。その足取りには、もはや何の迷いもない。
彼女の後ろに、善子と鞠莉が、そしてそれを追うようにダイヤが続いている。
「梨子ちゃんもあれだねー、すっかりギルティになっちゃったねぇ」
「でもさぁ千歌ちゃん、楽しんでるでしょ?」
「うん!見ててすっごい楽しい」
「……それなら良かった!」
次第に千歌の領域もその姿を消していくが、それに気付いているのはコウキと花丸くらい。残りはもう、止まる事を知らないワガママ怪獣ばかり。二人してため息をついて、心の底からダイヤに同情心を抱いた。
「……実はダイヤさんもあっち側だったり」
「きっとそうずら」
「ほ、本人には内緒だよ」
「もちろん!」
今度は顔を見合わせて、くすりと笑い合った。
今書いてる分はこれで全部です
続きはのんびり仕上げていくので気長に待っててください