魔王の居城を目指す事になった千歌達は、巡り巡ってダイヤさんと果南ちゃんに再会したが、二人は喧嘩の真っ最中。おまけに鞠莉は行方知れず。暗雲は未だ、立ち込めたまま。
「な、何言ってるの二人とも」
「話が全く見えてこないわよ」
千歌と梨子が代表してそう言うが、恐らく胸の内は皆同じ。あまりにも話が急すぎて、脳内の処理が追いついていないのだろう。一向にダイヤと果南の二人が話そうとしないから、仕方ないといえばそれまでだが。
「みんなはここに来るまで、……まあいわゆる魔王軍?ってのに遭った?」
「暴れた跡は見たけど、直接は見てないずら」
「まさかおねいちゃん達……」
果南は息を整えて、ゆっくりと話し始めた。やけに遠回しな言い方ではあったが、花丸とルビィの返事でなんとなく話の核心に近づけた。
果南達は、既に魔王軍の誰かに遭っていたのだ。それも、二人でなく鞠莉を含む三人で。
「私達三人、深い森の中で目覚めたんだけど……」
そうやって語り出した果南の話を聞く限りでは、目覚めてすぐ森を抜けようとするのは千歌達と同じだった。しかし導いてくれる羽は現れず途方に暮れているところに、運悪く魔王軍が現れたようだ。十人程度の小隊からなる、恐らく警備兵。人ならざる者の見た目をしていたが、三人とも魔物には詳しくないため、そこは説明してくれなかった。
そんな人ならざる者に道を訊く勇気は、たとえ初対面の人間でも気にしない千歌であっても湧かない。ましてや、知らない世界で少しパニック状態に陥っている彼女達にそんな勇気が湧くはずもなく、薄暗い物陰に隠れるしかなかった。だが、果南は暗闇が苦手。今の緊張度も相まって、過呼吸に陥ってしまう。そんな状態では隠密も不可能だと、鞠莉は二人を連れて、逆に森の奥深くへと逃げ込もうと果南を背負って走り始めた。当然兵士に見つからない筈もなく、物音に気づいた兵士達が大急ぎで後を追ってくる。人を背負っている上、地の利もない鞠莉達にとっては、逃げる事は到底不可能だった。あっという間に周囲を囲まれてしまった。
「……仕方ない。ダイヤ!」
「はっ、はい!?」
「果南を、頼むわネ」
返事する間もなく、果南と手を繋がされたと思えば、いつの間にか宙を飛んでいた。高所恐怖症でもある果南に追い討ちをかける気かと思ったが、どうやら違うようだ。鞠莉は、果南達だけを逃すつもりでいるらしい。現に今これを語る果南の隣に彼女はいない。彼女の作戦は成功したといえよう。
しかし、彼女は囮になって捕まったままになってしまっている。作戦とはいえ、彼女は優しすぎた。
「だからこそ、私達は喧嘩をしていたのですわ」
「私はすぐにでも鞠莉を助けに行きたかった!」
「ですが今戻ってはあの人の覚悟を無下にしてしまう、と」
時系列を最新の状態に戻して、二人は役者のように当時の心境を熱演してくれた。仲違いというよりかは、意見の相違による喧嘩だったようだ。
自分が足を引っ張ってしまったが為に、すぐ平静を取り戻して助けに行きたい果南と、多勢に無勢だからと計画的に助けに行きたいダイヤと、それぞれの想いが交錯した結果の喧嘩。
「そうと決まったら、明日に備えて早く寝よっか」
「千歌さん……?」
「ん?鞠莉ちゃん、助け行かないの?」
シナリオでは、プライドを捨てて千歌達に救援をお願いする手筈になっていた。が、そんな台本、彼女が知る筈もない。さも当然の事のように言い放つと、唖然とするダイヤを他所にさっさと寝る準備を始めてしまった。後輩達もそれに続く。
「……そうでした、貴女はそういう人でしたわね」
桜が散るあの春の日から、喜怒哀楽その全てを見守ってきた千歌の、その人柄。それならば仕方ないと、ダイヤは果南と顔を見合わせて笑う。
なるほど明日は忙しくなりそうだと、誰もが思っていた。すうすう寝息を立てているコウキには朝にでも説明をしてあげるとして。
──ラブライブ!サンシャイン‼︎──
翌朝。旅の疲れも逃走劇の疲れもすっかり癒えた千歌達は、一晩お世話になった村長に別れを告げ、改めて鞠莉の元へと歩みを進め始めた。
「……とは言っても、みんな鞠莉ちゃんが何処にいるか分かるの?」
村を背に、梨子が当たり前の疑問を投げかけた。皆返答に困るのか、それとも考えていなかったのか、あー、とだけ声を出すに留まってしまった。何も魔王軍が、その場で捕虜にしておく必要はない、何処かに連れ去られていると考えた方が妥当だろう。だからこそ、彼女達にはその場所がわかっていないのだが。
「こんな時こそっ!私の堕天使の瞳〈ヨハネ・アイ〉でっ!」
善子は朝から黒い衣装に身を包み、ぎらん、といつものポーズで辺りをぐるりと見渡した。藁にもすがる思い、と言うわけではないが、単純に面白そうだからと、千歌達は何も言わずに見守った。
「視えたっ!鞠莉はあっち!」
「じゃあその逆ずら」
「ちょっとずら丸!?」
不運な彼女の指し示す方向に従えば巻き込まれる事が約束されているのならと、花丸はその逆方向を指し示した。その先には、昨晩村長から話に聞いていた、どこまでも長くそびえる霊峰山脈がどっしりと構えていた。なんでも、魔王軍が長城を築いているという話で、ならば鞠莉を捕えた兵士たちが駐屯していても何らおかしくない。
一瞬だけ山の一部がキラリと紫色に光ったのを、千歌は見逃さなかった。
「うん、あの山で間違いなさそうだよ」
「お手柄だね、善子ちゃん!」
「納得いかなーい!ってかヨハネ!」
やけに勘が冴えている千歌に言われると、かえって善子の予測にもある意味信憑性が増す。右と言えば左に向かえば良いのだから、何も難しくない。尤も本人は不服そうだが。
「そういえば、果南ちゃん達は結局魔法って使えるの?」
山の光へ向かう道中、ふと曜がそんな質問を投げかけた。昨晩は建物の中という事で話をするに留めておいた魔法の話だ。
「……言われてみれば、私達、まだ意識しては使った事ないのか」
「……と、言われましても」
「えいえいおー!っていう感じで力入れたら、こんな感じで使えるよおねいちゃん!」
使い方が分からない、と言いかけた姉の口を、ルビィが遮った。ぽんぽん、と二つの綿菓子を生み出したかと思えば、彼女が息を吹きかけるだけでそれはふわりと消えていった。
「要は感覚、と」
「そう!二人とも得意だよね!」
「どういう意味かなルビィちゃん」
結局は魔法の使い方も脳筋論法に限るようで、ルビィは全く悪びれるそぶりもなく綿菓子に乗って、少し怒り気味な果南から距離をとった。
「頭の中で大きさをイメージするんだよ」
「……なるほど。えい、えい、おー!」
曜の助言通り少し間を空けてから、果南は力を込めて右手を前に突き出すと、マジシャンのように、手のひらから旋風を作り出した。透き通るような緑色の球。癖なのか、それを思いっきり前方に放り投げた。ボールと同じ放物線を描き、恐らく五十メートルほど遠くまで飛んでいった。着弾すると、周囲の草を少し巻き上げてから、跡形もなく消えてしまった。
「「おお……!」」
「ずらぁ……」
皆一同に、想い想いの感嘆符を漏らした。楽しくなったのか、果南は二度三度連続して球を撃ち出していた。運動が得意な彼女だからこそ、体感で使える魔法とは相性がいいのだろう。
「勉強の方も同じくらい飲み込みが早ければいいのですが」
「むっ、それじゃダイヤもやってみなよ」
「ええ、生徒会長の力、見せて差し上げますわ」
「これまた大きな旗掲げたずら……」
花丸が、空に高々と掲げられたフラグを仰ぎ見た。立派なもので、丁寧に浦の星の校章までデザインされている。
「ええっと、こう、ですわね。えい、えい、おー」
ダイヤは右手の人差し指で何もない空間を指さした。しかし何も起こらない。少なくとも、その空間とその前方には。
次の瞬間、ひときわ眩く赤黒い閃光が、彼女の体を貫いた。遅れて、雷にも似た音がやってくる。
「「ぴっぎゃあああっ!!?」」
姉妹揃って悲鳴を上げた。とはいえこればかりは無理もないが。
「お、おねいちゃん!!?」
「「ダイヤ」さんっ!!?」
今すぐにでも駆け寄りたいところだが、未だに帯電している彼女には、なかなか近寄れない。彼女は立ったままぴくりとも動かないが、しかし苦痛の声も聞こえない。
「な、なんですの……いったい……」
「え、生きてるの?」
「生きてますわよ、不思議と。むしろ力が有り余っているというか」
何事もなかった、と言えば嘘にはなるが、それでも彼女は、マッサージを受けた後のように、雷に打たれる前よりもずっと元気になっていた。生憎、彼女が思い描いた魔法とは違ったため、フラグこそ回収する羽目にはなってしまったが。
「強化系かな」
「……急にどしたの梨子ちゃん」
梨子は何かコップのようなものを包み込む仕草を見せた。何が何やら分かっていないのは、善子を除く他のメンバー。
「ダイヤ、センスないんじゃ……」
「お、お黙りなさい!」
果南に痛いところを突かれてしまった。つい癖できつく返してしまったが、事実なので反論ができない。恥ずかしそうに頬を赤らめて、誰とも目を合わせようとしない。今回ばかりは最愛の妹ルビィまでもが匙を投げてしまった。
「……大丈夫?」
そんな中たった一人コウキだけが、ダイヤの心配をしてあげた。これがルビィなら、飛びついて頭を撫でてやるところだが、まだ出会って間もない少年という事もあって、やや苦しそうではあるが彼女はその欲望を抑えた。ただ一言、ありがとうございます、とだけ返しておく。
──ラブライブ!サンシャイン!!──
「この山を登るの……?」
「ずらぁ……」
魔法のお披露目会こそあったが、千歌達はようやく山の麓までたどり着いた。幸い日もまだ頂点には達していない。山道が真っ暗になる事はなさそうだ。しかしその山のあまりの高さに、ルビィと花丸は揃って悲鳴を上げる。
登山にやる気満々なのは曜と果南くらいで、残りはあまり乗り気ではなさそうだ。だが、鞠莉を助けないわけにはいかないと、ほぼ無理矢理自分を焚き付けて、ぐっ、とその山道に足を踏み入れた。
普段人間が立ち入る事のない霊峰は、荒れに荒れていた。獣道も鹿がなんとか進めるくらい。
「梨子ちゃーん……」
「言いたい事は分かったから早く進もうね千歌ちゃん?」
「はーい」
七合目あたりに連なる城壁に辿り着くには、今よりさらに苦しい山道を進む必要がある。冗談を言い合えるのも三合目まで。
コウキを背負ってもなお疲れる様子を見せない果南を先頭に、千歌達はじわじわと鞠莉が待つ砦へと近づいていく。その間向こうからの攻撃がないのは、単純に気づかれていないからなのだろう。まさか山脈に掛かる魔王軍の長城に自ら攻め入ってくる命知らずがいるなんて想像もつかない。
魔王軍にとっては、鞠莉も人間側の捕虜の一匹に過ぎないのだろう。時が来たら売られるかこき使われるだけだ。いずれにせよ、千歌達が最初に訪れた滅んだ町と、後二、三の町の捕虜とをまとめて運搬するだろう。これは山麓までの道で、ダイヤが語った憶測だ。あくまで憶測だが、誰も異を唱える人はいなかった。
そんなダイヤの考えを元に、誰からともなくこぼした、「まだ間に合う」という言葉を杖に、彼女達は山を登る。
「見えたっ!」
六合と半分を登ったあたりで、ぱっと視界が開けた。この辺りが森林限界なのだろう。周囲を見渡すと、向かって右上に、尾根をつたう城壁のようなものが見えた。それも、近い。千歌は思わず声を上げて喜んでしまったが、あれだけの山道を進んできたのだ、無理もない。
「鞠莉は?いる?」
「えーっと……、うん、いるよ!」
千歌はそう言うなり、疲れも忘れて、鹿のように山道を駆け上がる。最終直線に差し掛かったマラソン選手のように、力強く地面を蹴って。その元気は、新天地への好奇心からなのか、はたまた鞠莉を捕らえられている事への怒りからなのか。源泉こそ分からないが、その流れは周りにも影響を与えるようで。
「疲れが……引いていく……?」
「これが千歌ちゃんの……」
流石に鹿並みとはいかないが、梨子達の体力がみるみる回復していく。しっかり八時間睡眠を取った後のような状態か、あるいはそれ以上。彼女達の状態は、少なくとも山を登る以前よりずっといい。
曜の言う通り、これが千歌の魔法であるならば、やはり彼女は大怪獣。果南とダイヤは、そのあまりの覇気に、ぶるり、と体を震わせた。怖いわけではなく、高揚からくる武者震いだ。
「みんなーっ!早く早くっ!」
みかん色の帯を引きながら砦へと駆ける千歌を、後続の梨子達は慌てて追いかける。
「待っててね、鞠莉ちゃんっ!」