捕らわれの鞠莉を助けに行く事になった千歌達。だが、そんな彼女達を待ち受けていたのは天高くそびえる霊峰。千歌の魔法に助けられながらそれを登り切った彼女達の前に──。
暗く冷たい石造りの牢。その一室に鞠莉がいた。衛生状態も寝床もご飯も、彼女の家のホテルと比べたら雲泥の差。昨日はよく寝られなかったのか、目の下にくまが出来ている。
だが眠れなかったのは、否、眠らなかったのは、環境のせいではなさそうだ。
(果南、ダイヤ……)
彼女は、神に祈るように両手を胸の前で合わせて、ぎゅっと目を瞑った。
牢屋の近くでは、何語とも分からない言語で魔王軍の兵士が話している。数にして四人ほど。人間の接近など予定していないのだろう、話の内容こそ分からないが、緊張感は全くない。異動先についてでも話しているのか、ときおり鞠莉達捕虜に視線を向けてくる。だが、鞠莉は焦りひとつ見せない。もちろん、怖くはある。人が居なければいっそ大声で泣きたいくらい。それでも、焦ってはいなかった。
何故なら。
「まあありいいちゃあああああんっ!!!」
耳をつんざくのは当然、おまけに長城の全てを揺らすような叫び声が辺りに響き渡った。
そう、千歌達が助けに来ない筈がなかった。
(流石千歌っち、ちゃあんと来てくれた……)
安堵のため息をこぼす鞠莉に対して、砦は一気に慌ただしくなる。言葉は分からないものの、彼女には伝わった。数年ぶりか、数十年、数百年、あるいは未だかつて許した事のないような侵入者の接近に対応するためだ。人間も人外も変わらないな、と妙に納得してしまった。
お互いがお互いの手札を知らない今、鞠莉に出来るのは、牢自体が崩れるなんて事がない限りはここで待機しておく事。敵の狙いは千歌達を追い払う事ではなく、鞠莉を含む人間の捕虜達を別地へと輸送する事だ。ここで変に彼女が目立つ行動をすれば、千歌達の訪問が無駄になってしまう。
(正直、じっとしておくのは嫌いなんだけどネ)
敵にも、他の牢の住人にも、名前はおろか、声すら明かしていない。だからこそ、近隣の住民にならって、「助けようとしても無駄だ」オーラを醸し出すだけの金髪美人な置物になっておく。
「ち、千歌ちゃん!声が大きいって!」
「そうよ!敵が気付いて、いつの間にか囲まれちゃってるじゃない!」
一方、大々的に存在をアピールしてしまった千歌達は、当然ながら周囲を魔王軍の兵士に囲まれていた。何語とも分からない言語で話しかけられるが、答えようがない。そのくせ答えないでいると、彼らが手に持っている武器がチラチラと目に入って、気になって仕方がない。
千歌は再び大きく息を吸った。
「CYaRonっ!AZALEAっ!梨子ちゃん善子ちゃんっ!コウキくんっ!」
千歌がそう呼びかけると、自陣全員の体が、燃え盛る炎のように輝き始めた。
「いけるよねっ!?」
あの顔だ。千歌が怪獣になる時の、あの顔。不敵な、しかしみかんのように眩しい笑顔で、コウキを含む全員を煽る。断れるわけがなかった。否、目的は皆同じ、断る必要がなかった。
兵士達は、千歌達のあまりの覇気に怖気付いたのか、包囲したまま近づこうとしなくなった。
「どうやらこのヨハネが出ずとも済みそうねっ」
「変な事言ってないで突撃するずら、善子ちゃん」
「だから!ヨハネだってばっ!」
円の中心、コウキを護るように立つ花丸と善子は、いつも通り絡み合う。ただ一つ違うのは、そこに魔法が混ざっている事。善子が地面を強く踏みしめた瞬間、千歌達がいるところを除いた一定範囲が、真っ黒な炎に包まれた。
「もーむかつく!地獄の業火に灼かれて貰うわっ!」
「善子ちゃん、八つ当たりは良くないよ?」
「うっさいルビィ!しかもヨハネ!」
千歌達は、敵が炎に灼かれて苦しんでいる隙に、善子が切り開いた突破口を進む。増援のために開けておいた大門から難なく侵入ができた。やはり警備は手薄。見張り台の兵も果南の風ですぐに仕留められるほどの実力しかなかった。
門をくぐると、恐らくは山を削って造られたであろう、洞窟のような広間に出た。見た目では二階構造になっていて、二階部分の両端に、屋外に繋がる通路があるようだ。しかし鞠莉の気配は感じない。
「階段を隠すなら壁画の裏、って相場が決まってるのよね」
梨子が、目立たないところに左右対称で飾られてある二枚の壁画に向かって火球を放った。それだけが燃えるように威力を調整した火球だ。
炎が消えると、右側の壁画の裏から、地下へ降りる階段が現れた。彼女の予想通りだ。だが、各階の通路から続々と敵兵が集まってくる。門や見張り台にいた兵士の何倍も多い。ここから見えていないだけで、外にも増援が控えているだろう。これでは、恐らく鞠莉のいる地下牢にまで辿り着くには相当な時間がかかってしまう。
「AZALEAっ!行って!鞠莉ちゃんのとこまで!」
二階から降りてくる敵を食い止めながら、千歌が叫んだ。花丸果南ダイヤの体が再び燃え上がる。
「おねいちゃん!私達なら大丈夫だから!」
ルビィも続いて叫ぶ。AZALEAに向けてではなく、彼女にとっての姉であるダイヤに向けて。
「リーダーからのご指名なら、仕方ないか」
「ずらっ!」
「皆さん!ルビィ!くれぐれも、気をつけて」
二階から直接飛び降りてくる敵を風と雷でいなしながら、三人は地下への階段を駆け降りていく。
彼女達を見送った千歌達は、その階段を守るように陣形を組んで、数多の敵を迎え撃つ。
「いきなり攻撃なんて卑怯じゃない!」
「うん、善子ちゃんも人の事は言えないよね」
「だーかーらー!」
善子の手から、数珠のように繋がった黒い炎が生まれた。右腕を砲台のようにして、それを敵に向かって容赦なく発射する。卑怯が聞いて呆れる。だが、この攻撃で中衛の陣形を崩せた。やはり寄せ集めの軍隊、恐らく統率が取れていない。
「ヨ!ハ!ネ!」
彼女がその名前を叫んだ瞬間、敵陣をざわめきが走り抜けた。魔法の詠唱を中断したり、構えた武器を、拳をすっと下げたり。個々によって反応は様々ではあったが、戸惑っているのは嫌でも伝わってくる。言葉こそ分からないが、彼らの言語の中に似た響きでもあったのだろうか。千歌達も、特に善子も訳が分からず困惑している。
「え、ちょっとコウキ、どういう事よ」
「……魔王軍は、聖なるものを嫌うんだよ」
「だって私は、ヨハネは堕天使……」
「元ネタは聖人そのものずら」
浄化こそされないが、戦意を喪失させるくらいには嫌っている事は確か。自身の手柄を喜ぶべきか悔しむべきか分からない善子に対して、千歌達はいたって冷静。対話さえ試みようとしている。
その瞬間、エントランスホール内に警報が鳴り響いた。防火訓練で聞くような、耳障りなベルの音。
「ぴぎゃあっ!?」
そして彼女達の背後、地下へとつながる階段から、全身に鳥肌が立つような寒気が襲ってきた。本能で感じる、尋常ではない「何か」の存在。敵兵も、ヨハネと耳にした時以上に怯えて、終いには誰からともなく広間から身を引いてしまった。嵐のように襲っては去っていった彼らを見届けてから、千歌達は改めて階段の方を向いた。
「……果南ちゃん達が危ない」
「……まあ、そうなるよね」
「ん?梨子ちゃん何か言った?」
「ううん、何でもない」
千歌がどんな反応をするのか、梨子だけでなく、曜や一年生、果てはコウキも分かりきっていた。
「……エモノ、くすねていっても大丈夫かな」
「……ルビィの口からそんな単語が聞けるとは思ってなかったわ」
「おねいちゃんには内緒だよ」
図書館の蔵書の中に、そういうモノを扱う作品があったのかもしれない。善子はそう思う事にした。
敵兵が落としていった武器を、一応護身用として持っておく。階段の下で何が待ち受けているか分からないのが一番の理由。どこかで見た事があるような黒いマントと二本の剣をこれ見よがしに身につける善子は、単純にかっこよさ重視。梨子だけが肩を震わせながらくすくすと笑っている。
「遊んでる場合じゃないよ善子ちゃーん」
「遊んでない!ってかよは……、うーん……」
千歌に諭され、善子はついいつものように反論するが、先程のこともあってかどうにも上手く決まらない。二本の剣を背中に携えて、どこかもどかしそうにがしがしと頭を掻きながら千歌達の後を追って石段を下っていく。
階下からは、依然異様な雰囲気が漂っている。
──ラブライブ!サンシャイン!!──
千歌達が雑魚兵の相手をしていた頃、AZALEAは早くも地下牢にまで到達していた。玄関から、そして玄関へと捕虜達を運びやすくするためなのか、階段も、地下牢までの道もさほど長くなかった。まして罠が仕掛けられている気配もない。
フロア中に響く自分達の足音をBGMに、薄暗い監獄を進んでいく。松明があるとはいえ、ここは碁盤の目のような構造をしている地下牢。どうしても光が差さない箇所ができてしまう。
果南はダイヤの腕にしがみつきながらも、辺りを見渡して鞠莉を探している。とはいえ、どこまでも同じ風景が広がる牢獄。このまま地道に探していては埒があかない。
「……鞠莉ー、って叫んじゃダメ?」
「ダメです、千歌さんじゃあるまいし」
「何が待ち受けているか分からないし」
果南は、実行に移す前に声を抑える判断をしただけ流石だった。今は三人と数が少ない。エントランスホールのように敵に囲まれてしまうのだけは避けたかった。
「ダイヤ、あれ……」
「っ……、あの時の、鞠莉さんの……!」
地下を三分ほど散策したあたりで、果南が紫色の花弁を見つけた。彼女達を逃した時僅かにだが見えた、鞠莉の魔法の残滓。それが点々と奥まで続いている。これに素直に従えば、鞠莉に会えるだろう。
怖さも忘れて、三人は花びらの跡を追って、鞠莉の元へと走っていく。
「……果南?ダイヤ?それに、花丸?」
聞き覚えのある、少し英語訛りの入った声。突き当たりの牢に、ぽつんと一人。体に付いていた埃を払って、彼女が、鞠莉が立ち上がった。
「鞠莉っ!」
真っ先に果南が駆け寄った。ハグしたそうだが、金属製の格子が行く手を阻む。追い付いたダイヤが、何故かやり方を知っていたというピッキングで解錠を試みる。
「その鍵に触るなっ!」
「ぴぎゃっ!?」
突然後ろの独房から制止の声がかかるが、ダイヤは勢い余って、ぐいとピッキングの道具を挿し込んでしまった。かちり、と鍵ではない何かが開く音がした。そして。
千歌達が聞いたものと同じ警報が、地下牢全体に響き渡った。狭い空間に反響するせいで、耳を押さえていないと鼓膜が破けそうなほどの大音量にまで発達してしまった。
そのせいで、フロア中に漂う異様な存在感に気付くのが遅れてしまった。
「まずいっ……!」
壁を伝って飛んでくる「何か」にいち早く反応したのは果南だった。咄嗟にダイヤと花丸を両脇に抱え込んで、すぐにその場を離れた。しかしその際、変に足に力を入れたせいで、足首を捻挫してしまったようだ。花丸は回復以前に、何が起きているのか反応が追いついていないようだ。だがそれはダイヤも同じ。責めようがなかった。
辺りを花火に似た臭いが漂う。
鉄格子がひしゃげる程の速度で突っ込んできた「何か」は、砂埃に遮られて影しか見えないものの、明らかに人の形をしていた。
そして、それが突っ込んだ牢屋の住人は。
「鞠莉っ!!!」
脚の痛みに耐えながら、果南は思いっきりその人の名前を叫んだ。
もうもうと舞う砂埃のせいで、今果南達がいる場所からは鞠莉の安否が確認できない。残念ながら、他の収監者の無事を気にしている余裕はない。今はただ、鞠莉の無事を祈るだけ。
しかし、そうやすやすと再会できるわけにはいかないようだ。砂埃の中から、人の形をしたそれが現れる。やはり魔王軍の一員なのだろうか、人ならざるものの見た目をしていた。形容するなら、豚のような顔をした、鬼のような見た目。体躯は果南の三倍近くあるだろうか。そしてその大きさに相応しい、刃渡り三メートル近い太刀を腰に携えている。
その存在感は、上にいた雑兵と明らかに違う。例えるならあの日東京のステージで味わったような、肌が焼けるような緊張感に襲われる。
「脱獄とその手助けは許さない、って感じかなーん?」
「……そのようですわね」
「目的が分かってるなら簡単ずら」
ないよりはマシだと散策中に拝借した武器を手に取って、AZALEAの三人は敵と真正面から対峙した。幸い、刀剣ほどの重い物を持つのは三人とも慣れている。後はかたかた震える手を抑えるだけ。
先制したのは相手。太刀を抜いて、一気に距離を詰めてくる。その勢いを殺さず、高く掲げた太刀を振り下ろしてきた。三人は間一髪避け切った。
「あれ、脚が痛くない……?」
「回復、間に合ったみたいで良かった!」
花丸は黄色い光の残滓を振り払いながら、眩しい笑顔でそう答えた。果南とおまけにダイヤは胸の痛みをグッと堪えて、改めて敵と相見える。
「それにしても……」
「言わないでダイヤ、言ったら怖くなる」
「……そうですわね」
それにしても大きい、と言いかけた口をつぐむ。目の前の敵が大きいのは見ればわかる。果南は、それを口にしてしまったら、より意識してしまいそうだと思ったのだろう。
「二人とも、また来るずら!」
体重を気にしていないかのように高く飛び上がった敵は、居合斬りの構えを取って、屋根を蹴って飛び込んできた。その動きには、一切隙がない。
しかしそれは、彼女達も一緒。
果南と花丸が後ろに飛んで斬撃を回避する一方、ダイヤは敢えて前へと飛び込んだ。
「黒澤家も、ナメられたものですわね」
赤黒い閃光が、敵の体を、弾丸のような速さで突っ込んでくる敵の体を、左から右へと一つ薙いだ。斬撃の瞬間、雷にも似た音が響く。
(軽い……!?)
苦しそうな声をあげる敵から距離を取りつつ、ダイヤは一人そんな事を考えていた。軽いのだ。あの図体に見合わないほどに。刀を持った事はあっても、何かを斬るのは初めてだった。しかしそれでも、包丁で鶏肉を相手した時より斬りごたえがない。葉野菜でも相手にしているかのような、そんな軽さ。
別に、彼女が今持っている刀が業物というわけではない。というか、管理の行き届いていない地下に放置されていた程だ、むしろなまくらに近い。
(では……なぜ?)
敵の咆哮に耳を塞ぎながら、依然としてもの思いにふける。もちろん考えたところで答えがパッと出てくるわけではないのだが、やはり気になってしょうがない。
「……ヤさん、ダイヤさんっ!」
「っ!!?」
彼女は、花丸が自分を呼ぶ声で気づいた。考え事をしている間に、すっかり敵の間合いに入ってしまっている。慌てて距離を取るが、敵はまさに太刀を振り抜こうとしていた瞬間だった。
間に合わない。斬られると分かっているのに、何故だか怖くない。すっかり諦めてしまったのだろうか。千歌に呆れられるかな、なんて事さえ考えてしまう。自分の鼓動以外、何も聞こえない。
「全く、肝心な時ばっかりポンコツなんだから!」
静寂を破るように、彼女の声が聞こえた。ふわり、優しい匂いが鼻をつく。
ダイヤが目を開けると、敵は刀を何かに弾かれたのか、大きくのけぞっていた。彼女には傷一つない。代わりについていたのは、床に落ちていたものと同じ紫色の花弁。鞠莉の魔法の残滓だ。
「チャオ!AZALEAっ!」
綺麗な目でウィンクしながら、鞠莉が戦場に颯爽と現れた。少し汚れた衣装を鬱陶しそうにはたいて、ダイヤの左頬にキス、果南にハグ、花丸の右頬にキスをして回った。
「鞠莉っ!」
「私だけじゃなくって、千歌っち達もいるわよー!」
「千歌さん達もっ!?」
「大所帯ずら……!」
砂埃の向こうから、上階から降りて地下を彷徨った千歌達が現れた。果南達と同じく、寄せ集め現地調達の武器を持って、しかし怪我一つない格好で現れた。
「警報の原因はこれね」
「でっ……か……」
「善子ちゃん、怖いの?」
「へーぇ?」
「ばっ、か言わないでよルビィ!リリーも!怖いわけないじゃない!」
敵の攻撃を避けながら喋る余裕すらあるようだ。
「鞠莉ちゃんとの再会を喜びたいとこだけど!」
「とりあえずっ!コレを倒すのが先だね!」
円陣を組んで士気を上げたい所だが、戦況が戦況、今回ばかりは割愛。代わりに千歌が、手に持った剣を宙に突き上げた。
「みんな行くよっ!Aqoursーっ!
「「さーんっ、しゃいーーーんっ!!!」」
地下牢に、十人の声が響き渡る。気分はまるでラブライブ地区予選。開戦を告げる火蓋が切られた。