鞠莉が囚われている砦に侵入した千歌達。善子の、もといヨハネの活躍で道が拓けたが、地下で待ち受けていたのは鞠莉だけとは限らず──?
「……って、意気込んだはいいけど……」
「何よ、リリーだって怖いんじゃない」
「そりゃそうよ、怖いわよ」
「あれ、意外と素直……」
「誰かさんと違ってね。あとリリー禁止」
梨子の、レイピアを持つ手が震えている。
そう、怖いのだ。彼女だけではない。皆あえて口にはしなかっただけで、怖いのだ。目の前に立つ、自分よりも三倍以上大きい敵の事が。そして、それよりも、自分で今握っている武器そのものが。
彼女達はあくまでスクールアイドル、そしてそれ以前に、ただの年頃な女子高生。包丁より大きい刃物なんて、せいぜいノコギリくらいしか扱った事がない。しかし、今彼女達が持っているのは、刃物というよりむしろ、武器。敵を貫くレイピアに、切り裂く刀に両刃剣。アニメか動画サイトでしか見た事がないような代物だ。
だからこそ、怖い。
「……でも、私達が諦める理由にはならない」
敵の攻撃を避けながら、千歌がそう言い放った。正直、目に見えていた。彼女が諦める事をひどく嫌うのは、梨子達と、そして出会って間もないコウキも、くどいほどに分かりきっていた。しかし、そんな彼女だからこそ、ついていこうと思える。
「カッコよく決まりましたな、千歌ちゃん!」
「えっへへへへー、なんか恥ずかしいなぁ」
千歌と曜が仲良くハイタッチ。ルビィも釣られてハイタッチ。CYaRonの三人は、けらけらと可愛く笑いながらも、敵の攻撃はしっかりと避けていく。
「避けるばかりではいつまで経っても終わりませんわよ、貴女達」
赤黒い雷を纏った突きが、敵の脇腹を掠めた。ダイヤは敵を既に一度斬り裂いていた事もあって、もはや躊躇いが無くなったらしい。続けて二回、今度は正確に脇腹を貫いた。
敵は雷に苦しむ様子こそ見せるが、傷口そのものを痛がる様子は見せない。
「……やはりそうでしたか」
「ちょっとダイヤ、自分だけ派手に動いて勝手に納得しないで、千歌達引いてるよ」
「あっ」
刀を初めて握ったとは思えないほどキレのある動きをする彼女に向けられるのは、尊敬というより畏怖の視線。やってしまった、と言わんばかりに恐る恐る千歌達の方を見て、表情を伺った。
「おねいちゃん、ブレード違いだよ」
「何、上手いこと言った!みたいな顔してるんですのルビィ……」
「幸先不安ずら……」
「花丸さんまで……!」
話しながらも攻撃はしっかり避けるのはやはりスクールアイドルだからだろう。華麗で軽やかなステップの連続を、息も切らさず平然とやってのける。
「それでー!何に気づいたんデース?」
紫の薔薇でバリアを展開しながら、鞠莉がそうやって尋ねた。ダイヤは、よくぞ訊いてくれたと嬉しそうに微弱な電気を漏らしながら、刀を振るう。
「アレは外側がハリボテなんです」
「もうダイヤったら、ジョークはよしこさんよ」
「ヨハネ」
「斬った私だからこそ分かるのですわ」
臆病なみなさんには出来ないでしょうけど、と付け加えて、偉そうに腕を組んだ。勿論ちゃんと丁寧に刀を納めてから。
「「なんかムカつく」」
彼女自身にも煽る意図はあっただろうが、後輩にまでここまで言われるとは思っていなかったのか、ドヤ顔から慌て顔へと瞬時に表情が変わった。
「やってしまいましたわ……!」
「……同情するわ、ダイヤ。でも、この堕天使を煽った責任はしっかり取ってもらわないと。……リリーっ!フォローよろしくっ!」
「リリー禁止っ!」
肩を落として落ち込む彼女の背中を優しく叩いて、善子は背負った二本の剣を抜いた。その背中を梨子が追いかける。黒色の焔と、桜色の炎が二重螺旋を作り出す。それを後方に残しながら、二人は一気に敵との距離を詰めた。
当然敵は太刀を振り下ろしてくるが、それを善子は二本の剣で一身に受け切った。衝撃波が風となって、千歌達のところにまで飛んできた。
(重い……!けどっ、やっぱり欠けるわね)
そして、弾く。鞠莉のバリアと同じように、敵をのけぞらせる勢いで、弾いた。
「スイッチっ!」
「……まるパクリじゃない!」
「スイッチったらスイッチなのーっ!」
黒い焔と入れ違いで、桜色の炎がゆらり、揺らめいて、銀色に輝く幾度かの突きを繰り出した。
(何これっ、刺した感覚がない……!)
バックステップで距離をとりながら、梨子は背後に控えるダイヤの方を一瞥する。ジョークを言っていたわけではなかったのだと。尤も、彼女が冗談を言う人でない事は分かってはいたが。
「スイッチ!」
黒い焔が、敵の体を上から下に薙いだ。ペットボトルのラベルを剥がすあれに似た、二本の斬り目が生じる。切り口から、豪、と火が噴き出した。
「〈羅生門〉っ!」
「そういうのいいから距離取る!」
「あ、ちょっと待ちなさいよーっ!」
熱さに悶える敵の声をバックに、梨子は格好つけたい年頃な善子を連れて音源から距離を取った。が、少し先で鞠莉が魔法を放つ準備をしているのが見えて、ふと後ろを振り返ってしまった。
燃え盛る敵が、火だるまのまま太刀を振り上げていたのが目に入った。善子の言う、「欠けていたもの」が今の敵にはある。爆発力。これはもはや弾けそうにない。
「二人だけにカッコつけさせないわよーっ!」
ぎらん、とポーズを取って、少し遠くから鞠莉が魔法を放った。紫色の、やはりこれも炎。ミサイルのような軌道を描きながら、複数の弾が飛んでいく。善子と梨子の間を縫って、その後ろの敵に全弾直撃。花火にも似た爆音が、地下中に響き渡る。
「シャイニー!」
「……音楽性の違いってこういう事ね……」
「ワット?善子、何か言った?」
「……ううん、何でもないわ」
耳を押さえながら、Aqoursがバンドじゃなくて良かった、と心から安堵する善子だった。
安心して後ろを振り向くと、あれだけ大きかった敵のハリボテはすっかり焼けてしまっていた。煙を燻らせて、床に転がっている。ダイヤが開けた切り口と、梨子の突き、善子の一閃が、今になって燃え殻を分断した。
自論を証明できて分かりやすく喜ぶダイヤを尻目に、ルビィはふと一つの新たな問題を導き出した。
「……中身は?」
ぞくり、鳥肌が全身を駆け抜ける。そう、斬撃こそ効いていなかったが、雷と焔に苦しんでいた声の主、ハリボテの中身がまだいるはずなのに、依然姿を現さないのだ。残骸の中でそれ諸共燃えてしまっているのならわざわざ倒す手間が減っていいのだが、生憎それを確認できるほどの勇者はいない。千歌でさえ、ルビィの問題に頭を悩ませている。
「いや、違うっ!みんな出口まで走って!」
瞬間、コウキが叫んだ。誰も疑う事なく、持ち前の瞬発力持久力を発揮して走り出した。果南に至ってはコウキを背負ってなお先陣を切って走っている。もはや呆れる身体能力だ。
彼女達は当然だが騎士でも武士でもない、敵前逃亡しても背く道がない分、思う存分逃げ切れる。
背後で何かが動く気配がしたが、誰も振り返る余裕はなかった。まるで心霊スポットから逃げ出すように、ひたすら地下牢内を駆け抜ける。
(あの存在感……、あの時と同じだ)
舌を噛むわけにはいかないので、コウキは心の中でそう呟いた。千歌には気付かれているだろうと、無事に逃げおおせた後の説明文を必死に考え始める事にした。
──ラブライブ!サンシャイン!!──
石段を駆け上がり、荒れたエントランスを抜ければ大門が観音開きで出迎えてくれる。守衛もその他敵兵も、誰もいない。
待ち構えていたのは。
「……またあの山道行くずらか……?」
花丸が、辛そうな目でみんなを見る。あまりにもつぶらな瞳で、心がずきりと痛んでしまう。
「しょうがない、先輩が一肌脱いでやるであります!」
「……なんでそこ二人は顔赤くしてんのよ」
曜の肌でも見れると思ったのか、千歌と梨子は揃いも揃って顔を赤らめている。曜は恥ずかしそうに笑うと、魔法の準備に取り掛かった。
「飛行機!?それともヘリコプター!?」
気を取り直した千歌が期待に満ちた目で曜を見つめる。眩しすぎて目が眩みそうになる。
「……航空機は専門外であります」
「えっ」
「よ、曜ちゃん、もしかして……」
皆の血の気が引いていく。
航空機が駄目となると、残された手段は車か船舶か。それで山を一気に滑る作戦だと、まんまと気付かれてしまった。
しかし、背後から殺気が飛んでくる。間違いなく、ハリボテの中身だろう。
「躊躇っている暇はありませんわよ!」
「……おねいちゃん、後悔しないでね」
「……と、当然ですわ」
曜が喚び出したのは、それはそれは見事な豪華客船。内浦の港に停泊している船とはわけが違う。
「みんなよーく捕まっててね!ホントに!」
「……曜ちゃん、後で一発デコピンね」
「……ヨーソロー!」
皆を乗せた船は、山肌に生えた木々を薙ぎ倒しながら、勢いよく山肌を滑り降りていく。
滑走の五秒後、ついさっきまで千歌達がいた箇所を銀色の斬撃が複数襲った。あのまま地下で戦っていたり、あのまま船に乗るのを躊躇っていたらと思うとぞっとする。
しかし今はそれより、この舵の効かない航海の方がずっと恐ろしい。船底に擦れる倒木が何かの拍子で飛んでこないように、そして何より振り落とされないようにするので精一杯。黒澤姉妹は揃って悲鳴を上げ続けている。
「「曜ちゃあああああん!!!!!」」
「ごっめーーーーん!!!」
斜面に叫びを溢しながら、船は大きく跳ねる。岩にでも乗り上げたのだろうか。そしてその拍子に、曜の魔法が解けた。平野まで後少しというところで、千歌達は宙に投げ出されてしまった。
「ルビィちゃんっ!」
「ふ、ふんば、ルビィっ!」
間一髪、ルビィが放った綿雲がクッションになってくれて、誰にも怪我はなかった。下手なホテルのベッドよりも柔らかいそれに顔を埋めること数秒、皆で寝返りを打って、ふと山肌を眺めた。
「……こりゃまた、派手に滑ってきたねぇ」
「怪我一つなかったから良かったですが……」
「ダイヤ、ずーっと悲鳴あげてたもんネ」
「あ、貴女には言われたくありませんわ!鞠莉さん!」
「この人は怖がるっていうより楽しむ派でしょ」
「……それもそうですわね」
三年生が代表して、おそらく皆が思っていることを代弁してくれた。
登っていた時にあれだけ鬱蒼と茂っていた木々は、船が通った部分だけが綺麗に薙ぎ倒されている。蒼色の山に一筋、黄土色の線が走るかたちになった。やはりどこか、見栄えが悪い。
「……まあ、鞠莉ちゃんを取り戻せたし、みんなにも怪我ないし!これでおっけー!」
「イェース!」
千歌と鞠莉が両手でハイタッチ。彼女がそう言うのなら、と果南達も素直に引き下がった。
怪我一つない体を起こして、各々立ち上がる。ライブの後のような疲労感があるが、動けない程ではない。果南に至っては、もう一度山に登れそうとまで言う始末。流石に皆で引き留めたが、そうしなければ今すぐにでも登り始めそうだった。
「この世界に来てから、不思議と体力が有り余っててさぁ」
「体力のステータスカンストしてそうね」
「……カン……、なんて?」
「なんでもない」
敵陣からくすねてきた二本の剣を重そうに担いで、善子はそっぽを向いた。それ以上果南が追及してこなかったのが救い。共通項以外はあまり触れないよう心がけてはいたらしいが。
「あ、そうだコウキくん!」
「な、何?」
ある程度皆が落ち着いたあたりで、千歌がコウキに声をかけた。訊かれることの想像がついているのか、彼はどこか動揺した様子で返事をする。
「あの敵の事、知ってるの?」
「千歌ちゃん、またそうやって掘り下げる」
「え、あっごめん」
「……いや、いいよ、話す」
予想通りの質問が飛んでくる。梨子に止められそうになったが、心の準備はできていた。目の前の彼女達になら、もう何も隠す必要はないと。
「あいつは、魔王直属の部下……、四天王のうちの一人なんだよ」
千歌達九人の頭の上に、各々のイメージカラーに彩られたクエスチョンマークが浮かぶ。流石の善子もこれには疑問を抱くしかなかったようだ。
「なんでそんなのが……」
「僕らの訪問と、あいつの周回軌道が偶然重なったから、としか」
聞き慣れない言葉の連続に、善子を相手にしているような気になる。ニュアンスで何となく意味を想像しながら話を聞くしかない。
コウキは気にせず話を続ける。
「お姉ちゃん達は、あいつに捕らえられた」
がらりと話の流れを変えてきた。感情的になっているのか、聞かれていない事まで話してくれるのはありがたいが、今は少し情報が多い。
しかし、それを聞いた途端に千歌達の表情が変わる。数学の授業を受けていた時の顔から、ライブ前の舞台袖にいる時の顔へ、がらりと。
「助けに行こう」
「待って千歌さん、気持ちは嬉しいけど、あの山にはいないんだ」
「……そんな気はしてたんだよねー」
踏み出した足を軸にぐるりと振り返って、恥ずかしそうに笑った。いつもなら梨子か果南あたりに、早とちりすぎ、と小言を言われているところだが、不思議と飛んでこない。
「……コウキ君に言われなかったら、私もついていっちゃうとこだった」
「危ない危ない」
「梨子ちゃん!果南ちゃんも!私はいないってわかってたけどね痛い痛いごめんなさい」
調子に乗った千歌の頭を、果南の拳が容赦なくぐりぐりと挟み込んだ。頼りがいのある背中は今や、果南になされるがまま彼女の胸の中。
「乗りかかった船だし、私もついてくよ」
「曜ちゃん!」
「千歌ちゃん!」
二人仲良くハイタッチ。
「……だってよ、コウキくん」
「……そんな気はしてたよ僕も」
「慣れてきちゃったね」
当事者なのに蚊帳の外に片足半分はみ出した状態のコウキに、すっかり蚊帳の外な花丸が声をかけた。二人して仲良く苦笑する。
「……助けに行くのは構いませんが、あてはあるんですの?」
「……それはー、ほら、コウキ君が」
「……だよね。うん、ダイヤさんのいうあてはあるよ、あるけど……」
「……けど?」
コウキは胸に手を当てて、それをぎゅっと握った。何か過去を悔やんでいるようにも見える。
「流石四天王!一筋縄じゃいかないみたいね!」
何かを察したのか、今までずっと座りっぱなしだった善子がいきなり立ち上がった。
「堕天使の瞳〈ヨハネ・アイ〉っ!」
「天邪鬼な目のお出ましずら」
「ずら丸は黙ってなさい!」
ぎらん、と目を輝かせ、善子は遠くを見つめる。草原の方から、前に訪れた村、その横の森を経て霊峰山脈まで、ぐるりと一周していると、ふと山の一点を見たところで動きを止めた。
「……ん?山の方から何か……」
気づいた時には、無意識のうちに剣を振り抜いていた。
善子は、砲弾のような速さで飛んできたそれを、間一髪、空中に向かって受け流した。ビリビリと腕が震える。
「いっ……た、何よ何よ何なのよ急に!」
「……よく視えましたわね、善子さん」
「ヨハネ!……ってあれ、みんなには見えなかったの?ああ違う煽ってるわけじゃなくて」
いまだに痺れる手をぶんぶん振りながら、そう疑問を投げかける。答えこそなかったが、表情を見るに恐らく彼女以外には見えていなかったか、見えていても反応が間に合わなかったか。
しかし今はそれどころではない。飛んできた何かを確認する必要がある。背後から、お化け屋敷で感じるような悪寒が漂ってきた。全員、口を合わせたかのように同じタイミングで振り向いた。
「……この気配」
「……だよねコウキ君」
まさに、一筋縄ではいかない四天王その一柱。数十分前に、ハリボテ越しに相見えたそれが、千歌達の退路を断つかのように立ち塞がっていた。
ガワを捨てて中身だけになったそれは、大きさにしてみれば、果南より少し大きいくらい。見た目上の威圧感は、あのハリボテに比べれば大したことはない。見た目上は。
「……どうやら、逃す気は無さそうですわね」
空気が張り詰める。肌に、燃えているようなチリチリとした感覚が走る。あの日東京で、学校の名を背負って出場したあの日のライブのような緊張感。しかし今は、あの時感じた心地よい高揚とは違う、おそらく嫌悪の感情がおまけで付いてきている。
「やるしかないかー……」
「……そうね、逃げられそうにもないし」
千歌と梨子は、こつんと拳をぶつけ合った。他の皆も羨ましくなったのか、順番に千歌と自分のそれをぶつけ合う。円陣を組む暇は与えてくれそうにないと、結果論を導いて。