四天王の一人と再戦した千歌達だったが、何故か敵は山の向こうへと逃げてしまった。そこで立ち上がったのは果南でも曜でもなく、梨子その人だった──。
「んぁれ、みんなもう起きてたの……?」
「あ、コウキくんおはヨーソロー!」
「お、おはヨーソロー」
すっかり日も昇った昼下がり、ようやくコウキが起きてきた。曜のコールにも応えられる程度には目が覚めているようだ。
何かを感じ取ったのか、彼はそのまま曜達四人の方に目線を遣った。梨子はそれに肩をすくめながら苦笑で返す。
「実はかくかくしかじか……」
「……そんな無茶な」
「だよね無茶だよね!?」
「んじゃやめる?」
「んもーっ!千歌ちゃんっ!」
千歌はけらけらと悪戯っぽく笑った。
「山脈の中に何があるかまでは分かんないよ」
「ちょっとやめて怖がらせないで!」
「じゃあやめる?ねえリリー、やめる?」
「……灼くよよっちゃん」
「えっ怖っ!?千歌と扱い違くない!?」
「今のは善子ちゃんが悪いずら」
「うゆ」
からかい方がネット上でのやり取りと一緒。語尾にwでも付けていそうな善子に対して、梨子は炎上を目論んだ。
「……となると、梨子さんには山に穴開けられるくらいには魔力があるって事だね」
「……それっぽいけどなんか可愛くない」
「カッコいいじゃない!魔力!あ、リリーってもしかしてマナ派?それともMP派?」
「そういう事じゃないと思うずら」
いかにも善子が好きそうな響きだが、確かに現役女子高生が使うには仰々しい。尤も今回は、その程度の表し方が可愛くないのも影響しているだろうが。
「なんかこう……私達らしい表現というか言い方というか、……ない?」
「……ら、ラブパワー、とか……?」
間髪入れず、しかし小声のままダイヤがそう進言した。鞠莉から同じく小声で、「わお、キュート!」の声が飛ぶが、誉めているのかからかっているのか分からない。
「……忘れてください」
「なんでさー、可愛いじゃん」
「そうそう!ダイヤらしくて好きよ!」
顔を真っ赤にしている彼女に、果南と鞠莉が両側からハグを仕掛けた。ぴぎゃ、という小さな悲鳴と共に、彼女は雷になってその場から逃げてしまった。
「「しびしびびび……」」
ハグができるくらい密接していた二人は当然その影響を受けるわけだが、あまり痛くはなさそうだ。例えるなら手足が痺れた時のあれ。
「おねいちゃん……」
「ダイヤさんって、たまーに見せるわよね、ポンコツ可愛いとこ」
「分かってないなぁ善子ちゃん」
「ヨハネ!」
「ポンコツ可愛いとこならいつも見せてるよ」
ルビィは、無垢、とは言えない悪そうな笑顔を浮かべて、いひひ、と悪戯に笑った。
「志満ねえ美渡ねえとは全然違うや」
「気づいてないだけなのかも」
「そうかなぁ……?」
千歌は曜の指摘に対して、とてもそうは思えないけど、と言いたげに首を傾けて、そのまま横にばたんと倒れてしまった。倒れた先から見える視界に、ふとコウキが目に入った。
「あ、コウキくんのお姉ちゃんは?」
「僕のお姉ちゃん?千歌さんに似てるよ、色々と」
「やだな褒めても何も出ないよ!……多分」
「いいよ出さなくて」
「ああ、梨子ちゃんならビーム出せるよ」
「千歌ちゃん?」
「……ごめんなさい」
「全くもう……。コウキくんも苦労人ね」
梨子とコウキと、二人して苦笑混じりのため息をついた。
「それにしても、ラブパワー、か」
「私は可愛くって好きだなぁ」
「私もであります!」
「魔力の方がカッコいいわよ!」
「んじゃいいずらよ、善子ちゃんだけ、その、魔力とやらで。ね?ルビィちゃん」
「うん、善子ちゃんだけね」
「な……、し、しょうがないわね、いいわよラブパワーで!せっかく私のリトルデーモンが考えてくれたことだし!?」
「貴女のリトルデーモンになった覚えはありませんわ!!!」
「あ、おねいちゃん」
クールダウンを終えたであろうダイヤが戻ってきた。その表情はどこか嬉しそう。
「……み、みなさんがそこまで言うのなら別に使っても構いませんわよ?ら、ラブパワー……」
「うん、ありがとう、ダイヤちゃん!」
「ちゃ……!?」
「千歌っち、その辺りにしといてあげて。ダイヤの心臓が持たないみたい。……でも、見てて面白いわよねこの子」
「一言余計ですわ鞠莉さん!」
「ダイヤ、少し落ち着いたら?」
「できる事ならそうしたいですわ、果南さん」
「……ん。ハグ、する?」
ハグ魔に吸い込まれるように向かっていったダイヤを、嫉妬の目線が追いかけていった。しかしハグ魔はそれさえも包み込んで離さない。
「……夫婦漫才は置いといて」
「もー千歌、私達、まだ夫婦じゃないって」
「……あえて突っ込まないよ果南ちゃん」
「何が?」
両手に美人を抱えながらとぼける彼女を、千歌は呆れた目で見つめた。そして諦めがついたというか愛想が尽きたというか、ついに視線を別に、梨子達の方に向けてしまった。
「とにかく!梨子ちゃんのラブパワーが凄いって話だよね?」
「そうね、不本意だけど。……でも、数値で見るとそんなに変わらないんじゃない?」
「そこんとこ、どうなのコウキくん」
「……みんな、ちょっと胸に手を当ててみて」
ハグしていた夫婦三人まで全員が、コウキの言う通り、各々の胸に手を当てた。鞠莉はついでに果南の胸を触ろうとしていたが、未遂に終わってしまったらしい。危うく訴訟沙汰になるところだった。
「わっ、何か見えた!」
「予想通りだ、千歌さんになら見えると思ったんだ」
「何それずるい!私も見たーいー!」
「仮に見える方法があるとしても今は安静に、ずらよ善子ちゃん」
善子が駄々を捏ねるが、花丸にすっかり丸め込まれてしまった。
それはさておき、千歌は今見えている何かを必死に捉えようとしている。各メンバーの背後を順番に見つめている。何も知らなければ幽霊でもいるのではないかと疑ってしまうような視線だ。
「うっわ、梨子ちゃんの、すっごい……」
「えっ」
「あのー、ほら、仏像の後ろの炎みたいな!」
「不動明王の迦楼羅焔ずら」
「かる……?うーん多分そんな感じのやつ!」
他のメンバーを中火とするならば、梨子のそれはまさに業火。そんな千歌のイメージは、ちゃんと花丸に伝わったようだ。
「えー……、可愛くなーい……」
「カッコいいじゃない!」
「私は真剣に悩んでるのよよっちゃん。……ねえ千歌ちゃん、その炎って、私だけ凄いの?」
「うん!梨子ちゃん以外はみんな同じくらい」
「えーっ……」
優越感より疎外感が勝っているのだろう、彼女の顔はあまり嬉しそうには見えない。
「梨子ちゃんが最強、って事だよ」
「私主人公キャラじゃないもーん……」
「それはそう」
「……ちょっとくらい否定してくれてもいいじゃない……」
「ああごめん」
どっちつかずの梨子は、ぷくー、と頬を膨らませた。
「千歌ちゃん自身のは見えてるの?」
「ああそうそう!それが、自分のだけ見えないんだよねぇ」
「じゃあ私もまだ最強カッコ暫定、って事ね」
「……二番手は諦めなよ梨子ちゃん」
降格したさに暫定一位を語る人もなかなかいないだろうが、それほど彼女は好ましく思っていないのだろう。
「まあ、やるからにはやるけどさぁ……?」
「さっすが梨子ちゃん!」
「そこに痺れる憧れるぅ!」
千歌と曜がおだててくるが、彼女は生憎それで調子に乗るような人ではない。はあ、と長いため息をついて、ごろんと仰向けに転がった。
「自覚はないんだけどなぁ」
「あー、それは私もそうだよ」
自分の体の中に、それほど強大なラブパワーが眠っている、という自覚。異世界だから、という理由で片付けるのはいささか無理がある。善子のように、あちら側でもそんな自覚、もとい幻覚があれば楽だろうが。
「……もうここまできたら、早く終わらせたい」
「おお!梨子ちゃんやる気だあ!」
「腹括っただけよ」
梨子のお腹をふにふにしようとした千歌は、慌ててその手を引っ込めた。彼女の姉と同じ覇気を感じたからだ。
「やるからにはご褒美欲しい」
「それもそうだ!」
「千歌っち、ちょっとおいでー」
「何を吹き込む気ですか鞠莉さん」
「まーまー、後でのお楽しみよ梨子」
──ラブライブ!サンシャイン!!──
翌朝。朝露が滴る草原に、紅色髪の少女が立った。その背後には、八人の少女と一人の少年を控えさせている。
「……ねえ鞠莉ちゃん、昨日千歌ちゃんに何吹き込んだの?」
「あら曜、それ聞いちゃう?」
「えっほんとに何吹き込んだの」
「『私にできる事ならなんでもしてあげる』って」
「は!!?」
「なるほど……、道理であの後からリリーの人が変わったわけね。というかそれをそのまま伝える千歌もどうなのよ」
「ふぇ?ああ、だってそれなら梨子ちゃんも頑張ってくれるって言ってたから」
「……そう。……鞠莉はとりあえず軽く怒られていいと思う」
「……てへぺろ」
先頭の梨子には、控えの会話も耳に入ってはいないだろう。煙でも出ていそうなほど長い吐息で集中力を高め、ただ一点、貫くべき山の尾根を見つめている。
「ピアノの演奏会より集中してんじゃない?」
「……私も頑張ろっと」
「偉いわね千歌は」
「約束したもん」
梨子が、両腕を前に突き出した。いよいよ発射する準備に取り掛かったようだ。だが、ここで懸念がひとつ。今彼女が放とうとしているのは、山に風穴を開けるほどの威力を持つレーザービーム。つまりは。
「……反動で後ろに吹き飛ばないかしら」
「カナーン!」
「分かってるって!〈パイル・アンカー〉っ!」
発射する前に、彼女の足の真下に、果南が大樹の根を生やした。嵐になってもびくともしない、杭の役割を果たしてくれるはずだ。
足元の感覚に気づいたのか、梨子も体勢を変えて、支えをその杭に依存する事にした。そのまま腕を交差、目標地点に狙いを定める。
辺り一体が煌々と桜色に輝き始める。梨子が溜めているラブパワーが、少量ではあるが漏れ出しているのだろう。機械の排熱煙と一緒で、恐らく作戦に支障はない。
「喰らえっ、梨子ちゃんっ、レーザー、ビーーーーーーーーーーーーーームっ!!!」
閃光。彼女の腕の交差した箇所から、一際眩い桜色の閃光が放たれた。その光は真っ直ぐ霊峰めがけて飛んでいき、次の瞬間。遠くからでも分かる爆音と地響きとを引き換えに、光が貫いた箇所が見事なまでに切り抜かれた。
「うわぁ……」
損害を確認した梨子は、どの感情とも分からない声と共に、ぺたんと腰を下ろした。
予想外にも単射型のレーザーだったため、反動も、周囲への影響も殆ど無かったのは幸いだった。尤も梨子本人への精神的なダメージはあるだろうが。
「……え、えっと、これでいい?」
「うんっ!」
「さすがりこー!」
「善子ちゃん?灼くわ……よ、ってあれ?」
「ちょっ、リリー!?」
彼女は、善子の頭でも引っ叩こうと立ち上がったが、何かに足を取られたかのようにふらついて、危うく転げそうになる。ルビィが作り出したコットンキャンディがクッションになって、怪我は免れたが。
「あ、ありがとうルビィちゃん」
「どういたしまして!」
「頑張ルビィしすぎちゃった」
「ほんとだよ、でも、ありがとう、ルビィのわがままに付き合ってくれて。大好きっ」
無垢を装った瞳とはいえ、梨子を打ち負かすのには十分だった。綿雲の中により深く身を投じて、肺の中の空気全てを使ったため息を繰り出した。さてそんな彼女には、後ろから刺すような視線が飛んできているが、あえて気付かないふりをしている。
「ダイヤー?後輩に嫉妬するのはみっともないデース」
「し、してませんわ!」
「ふふっ、その癖、ずっと治らないよねぇ」
「な、何のことですの、果南さん」
視線の主ダイヤはそう言いながら、口元の艶ほくろをぽりぽりと掻いている。誤魔化すか嘘をつきたい時の彼女の癖だが、本人に自覚がないのならどうしようもない。
「……さてと、みんな行こっか」
「でも大丈夫、梨子ちゃん?歩ける?」
「だいじょーぶだいじょーぶ!あ、でもいざとなったら千歌ちゃんにおぶってもらおうかな」
ラブパワーをほとんどと言っていいほど使い切った梨子は、確かに足取りがどこかおぼつかない様子。千歌が心配してくれなければ、意地でも一人で行こうとしていただろう。
「千歌ちゃんじゃないんだからあんまり無理しちゃダメだよ梨子ちゃん」
「うん、ありがとう曜ちゃん」
「なんかヤな感じー!」
「あっははは、まあまあ!」
千歌と曜がじゃれついている間に、梨子は一人でに歩き出した。残された九人は慌ててその後を追いかける。ここで変に転ばれても、お互いが困る結果になる。
「……あれ、この感じ……、花丸ちゃん?」
「ふっふっふ……、バレてしまったのならしょうがないずら」
「……何、そのキャラ?」
「まあまあ。大船に乗ったつもりで行くずらよ梨子ちゃんっ!」
花丸がこっそり回復魔法をかけてくれていたようだが、あっさり気付かれてしまった。
その背後でもぞもぞ動く影が二つ。
「どうしたの善子ちゃん、……と、コウキくん」
「……僕達も何かお礼したいなあって」
「ちょっとそれ私が言おうとしてたのに!」
「ふふっ、その気持ちだけで十分よコウキくん。……善子ちゃんには、そうね、後で肩でも揉んでもらおうかな」
「ヨハネっ!……って、え、そんな事でいいの?」
「高望みしていいんなら喜んで他のお願いにするけど?」
「……肩お揉みしますね」
「よろしい」
高笑いしながら先陣を切る梨子の後ろを、善子が犬のようについて回る。
「善子ちゃん、犬みたいずら」
「「犬ゥ!?」」
「……なんで梨子さんまで驚いてるの」
「……つい癖で」
コウキはなるほど、とだけ呟いて、一度止めた歩みを進めた。
一方取り残された梨子と善子はというと。
「……それにしても、よっちゃんが犬ねぇ」
「……目が怖いわよリリー」
「お手」
「するわけないでしょ!?」
「1を英語で?」
「one……、って小学生か!」
「二人とも楽しそうねマリーも混ぜて!」
「はあ!?」
「……ダメ?」
「……い、いや、ダメじゃない、けど……」
二人分の黄色い瞳で見つめられた善子は、たじろぎながら両手をバタバタ振り回している。
──ラブライブ!サンシャイン!!──
そうこうしているうちに、山の麓、ぽっかり空いた大穴の手前にまで辿り着いた。
ほぼ水平に開いたその大穴は、遥か遠くに、おそらく出口と思われる場所から漏れる光があるだけで、他は真っ暗闇。内部の足場の状況が全くわからないまま、まさに闇雲に進んでいくのはあまりにも危険である。
「……ねえ、ほんとにここ行くの……?」
「スケアリーなのカナーン?」
「……わ、悪い?」
「あ、あら、今日はやけに素直ネ」
「だって……」
暗闇が苦手な果南は、まだ入ってもいないのに鞠莉に抱きついてしまって離れない。鞠莉はというと満更でもなさそうだが、このままハグされているとやはり歩きづらいだろう。
「マリーの炎で灯火作ってあげるわ」
「ダメですわ鞠莉さん」
「ほわーい?」
「出来立てとはいえ洞穴なのには変わりないのですから、ガスが発生する可能性があります、……ってこれ、つい先日授業でやったばかりですわよね!?」
「あー……寝ちゃってた♡」
「言語道断ですわブッブーですわ!!!」
ダイヤが鞠莉を問い詰めるが、鞠莉は至って平静、余裕の表情。
「私、やってみる」
「千歌っち!」
「尻拭いなら任せてよ鞠莉ちゃん」
「……かんかん痴漢?」
「いくら鞠莉ちゃんでも怒るよ!」
「おっおーう、ソーリー」
ぷんぷん、と口で言いながら、彼女は一人洞穴の中に足を踏み入れた。一歩動くだけで、広い空間にその足音が響く。誰もいないホールでマイクを使った時と同じ響き方だ。
「……あ、梨子ちゃんの……」
ふと彼女は、梨子の何か、おそらくラブパワーの残滓に引き寄せられるように、灯りもないまま奥へ奥へと進み始めた。背後から飛んでくる、自分を呼ぶ声に耳を貸すこともなく、ほぼ無意識のうちに、歩みを進めている。
「──ッ!ルビィ、今すぐ千歌に綿飛ばしてっ!」
「無理だよ、この距離だと届かないもん」
「なっ……!千歌っ!今すぐ戻ってきなさいっ!早くッ!」
善子は右目を光らせながら、暗闇の中の千歌に向かって叫んだ。彼女に何が見えているのか分からないが、もの凄く焦っている事だけは嫌でも伝わる。
がしかし、千歌にはその声さえも届かない。ただ闇を駆け抜けていくだけ。
「そんなっ……、待って……」
善子の悲痛な声の後、数瞬遅れて、がらがらという音とともに洞穴の入り口が崩れ落ちていく。曜が咄嗟に船の一部、側壁を呼び出した事で、外側の人間はどうにか無事だったが。
「「千歌ちゃんっ!!!」」
Aqoursのリーダー高海千歌が独り、瓦礫の向こうに取り残されてしまった。