見事に山を貫いたレーザービーム。しかし行手を阻む洞穴は、千歌だけを迎え入れてしまった──。
辺りにもうもうと砂埃が立ち込める。地響きこそあるが、二次災害の可能性はゼロに近い。善子の瞳から警戒の色が消えたからだ。
しかし今はその代わり、心配の色がその目に宿る。
「千歌ーっ!」
全力で叫ぶが、瓦礫の壁に遮られてしまって、恐らく届いていない。それでもなお叫び続けそうな彼女を、梨子が制止した。
「待って善子ちゃん」
「待って、ってそんな呑気な……、アンタは千歌が心配じゃないの!?」
「心配してるよ!でも……」
「でも、何よ!二の次にしようって!?」
「違うの!聞いて、ダイヤさんが助けに行ってくれてるの」
「……余計心配だわ」
緊張の中、思わず鞠莉と果南とついでにルビィが吹き出してしまった。
「……ってのは半分冗談で」
「もう半分は本気なんだ……」
「……ごめんリリー、怒鳴ったりして」
「いいのよ、しょうがないもの。それに、ありがとね、千歌ちゃんをそれだけ心配してくれて」
「な……、と、当然でしょ!ヨハネの大切なリトルデーモンだもん!」
「善子ちゃん、顔真っ赤ずら」
「ううううっさい!」
外が賑わいを取り戻している頃より少し前。今となっては瓦礫の壁となってしまった、洞穴の内側にて。
反響も相まって、耳をつん裂くような轟音とともに、千歌の背後、入口が塞がってしまった。ぼんやりとしていた彼女も、さすがにその音には振り向かざるを得なかった。
「えっ……?」
その動作に合わせて、自身の体が大きく後ろに飛んでいく。それも、彼女の意思ではない。どこかぴりぴりとした、まるで電気風呂の中にいるような痺れを伴った高速移動。彼女にはその時点でおおよそ見当はついていたが、今は移動時にかかる負荷に耐えるので精一杯。見当通りなら、その人も加減はしてくれているだろうが、それでも決して負担が軽いとは言えない。
時間にして三秒ほどの高速移動を経て、千歌とその雷は洞穴の少し奥の方で停止した。
「何してますの貴女はっ!!!」
と同時に雷が落ちた。口元から赤黒い稲光を迸らせて、鬼々とした表情で千歌に迫る。
「ご、ごめんなさい……」
じわりと、千歌の目が潤み始めた。ダイヤに叱られて、ようやく自分がいかに危険な状況下に置かれていたのかを認識したのだろう。
「だ……いや、さ……」
「しょうがない人ですわねホント。……ほら」
「うわあああんっ、怖かった……!」
ダイヤの腕の中で、実の妹のように泣き叫ぶ。崩落のこだまが微かに残る洞穴に、彼女の泣き声が響き渡った。
彼女は、二分ほどぐずってから、ようやくダイヤの胸に埋めていた顔を上げた。
「ありがと、ダイヤさん……」
「全く、無事だったから良かったものの……。……それにしても、なんであの時前に進んだんですの?私達止めましたわよ」
「それが……」
千歌は何かを言いかけた口をつぐんだ。代わりに、今はすっかり塞がってしまった洞窟の入り口を、ぼんやりと見つめている。
「梨子さんのラブパワーと関係があるとか?」
「うっ」
「図星ですの?」
「……はっきりとは決めつけられないけど」
未だに若干残っている梨子の力の残滓。彼女はそれを粘土のようにこねくり回している。
「なんだかねぇ、引き付けられたんだよ」
「本人は外に……、それも千歌さんの一番近くに居たのに?」
「うん……」
周りに残っていたラブパワーをかき集めると、サッカーボールほどの大きさになった。千歌はそれをころころ転がして遊び始める。
「ダイヤさんはなんともないの?」
「え?……ああ、はい、なんとも」
「そっかぁ……」
ボールはてん、てん、と跳ねて、ころころ、と出口の方へと転がっていく。
「……ところで千歌さん、あの玉、大きくなってません?」
「そんなまさか!」
千歌の言葉と裏腹に、出口の方へ転がっていくそれは、確かに少しずつ大きくなっていた。
まるで、微かに残る梨子のラブパワーを絡め取っているかのように。
「……付いて行ってみる?」
「……ここで問題ですわ、千歌さん」
「はっ、はい」
「貴女がこの洞窟でやるべき事は何でしょう」
「あれを追いかける!」
「ブッブー、ですわ!!!」
狭くもないが広くもない洞窟に、ダイヤのお家芸が響き渡る。が、予期せぬその反響に二人して耳を塞いでしまった。
「……鞠莉さんの代わりに照らすのが、千歌さん、貴女の役目でしょう?」
「あーっ、そうだった!」
再び大きめの反響。
「でも……、入り口が……」
「そこはほら、果南さんとかになんとかしてもらうのですわ」
「……なるほど」
あくまで人任せにしてから、二人で再び洞穴の入り口の方へと向かう。理屈なんてないけれど、気づいてもらえると信じて。
そして予想通り、その道中で入り口を塞いでいた石の壁が穿たれた。内側の二人に気を遣ってか、抜かれた瓦礫は洞穴の外、果南達の方に向かっていった。
光が差し込み、二人、いや三人の影が見える。逆光で分かりにくいが、果南と曜、そしてコウキの三人だ。
「千歌ーっ、ダイヤーっ、無事ー?」
内側の反響具合を知らない果南が、これまた千歌に負けず劣らずの声量で呼びかけてきた。流石に耳を塞ぐほどではなかったが、千歌とダイヤは、少し目を細めてから二人して手を振った。
曜とコウキ、そしてそれに続いて他の皆が駆け寄ってきた。鞠莉も駆け寄りたそうだったが、暗闇が苦手な果南に抱きつかれて、歩きづらそうに向かってきた。
「千歌ちゃんっ!」
「曜ちゃん!」
足取りが悪い洞穴にも関わらず普段と遜色ない走りを見せた勢いそのまま、曜は千歌に抱きついた。彼女はそれをしっかり受け止める。が、二秒ほどでそれは解かれて、彼女は曜にじっと見つめられる形になった。その肩は少し震えている。
「何してるの!心配したんだよ!バカチカ!」
「……ごめん」
ダイヤさんにも言われた、と言えるような空気ではない事くらい、今の彼女にも、現実世界での彼女にも理解できる。が、それは曜とて同じ事。ダイヤの方をチラリと見てから、再び千歌を、今度は優しくハグしてあげる。
そんな二人を、梨子は少し遠くからぼんやりと見つめていた。
「……リリーは行かなくていいの?」
「分かってないわねよっちゃん」
「善子!……じゃなくてヨハネ!」
「……あの状態に割り込むほど私も馬鹿じゃないわよ」
「……その割には体うずうずしてるわよ」
「……知らない」
「……ほら、ハグしてあげるから」
彼女は吸い込まれるように善子の腕の中に飛び込んでいった。
「もー、千歌っち、みんな、イチャイチャするのもいいけど!」
「……鞠莉ちゃんがそれ言っても説得力に欠けるずら」
「今のマリーはいいのよ。介抱よ、カイホウ」
痺れを切らした鞠莉が口を開いた。やけに声が遠いと思えば、果南のことを思ってか、入り口付近に立っていたからだ。
「果南がだいぶヤな感じみたいだから、ね?」
「……面目なーい」
果南は、鞠莉の後ろからハグして、なんとしても暗闇に入りたくないという意志を表明していた。
「ああごめん果南ちゃんっ」
「い、いいのいいの千歌。……でも、なるだけ早く照らしてほしい、かも……」
高身長良スタイルの体が縮こまった。
千歌も流石に申し訳なくなったのか、すぐに魔法の準備を始めた。千歌の周りに、煌々と光るオレンジ色のラブパワーが集まってくる。それだけで光源として使えそうだが、しかし十人の小隊とその前後を照らすには範囲が狭い。
「……ホントに出来るかどうか分かんないけど」
「えっ嘘!?」
「カナーン、苦しい」
梨子ほど応用力が優れているわけではないと自覚しているのか、光の中の彼女はどこか自信なさげだ。
「千歌ちゃん、出来るかどうかじゃなくて」
「やるかやらないか、だよっ」
が、花丸とルビィがその背中をぽん、と押してくれる。あの時と同じ台詞が、そっくりそのまま返ってきた。
「千歌さんの表情、変わった」
コウキが思わずそう呟くほど、彼女の心情は大きく揺れ動いたらしい。不安の青から、決意の赤へ。そんな彼女を見つめている曜と梨子が我が物顔で頷いているのは、他のメンバーに綺麗にスルーされてしまった。
彼女はゆっくりと、両手を宙に差し出した。
「〈ヒカリになろう〉」
彼女の手のひらの上に、オレンジ色に輝く光球がひとつ現れた。それを境に、一気に洞穴の中が明るくなる。それなのに、目が眩むほどの強さはない。ステージで浴びるスポットライトより少し弱いくらいの光だ。それが千歌の顔の周りをふよふよと飛び回っている。
「……出来た!」
彼女が浮かべた笑顔も今ならはっきり見える。その笑顔の方が眩しいくらい。
「……千歌」
「んぁ、なーに果南ちゃん」
「あれ果南いつの間にっ」
「ほんっとにありがとう」
鞠莉の元を離れた果南が千歌にハグするのと、鞠莉が嫉妬心に火を焚べ始めるのはほぼ同じタイミングだった。
「もう一つ甘えてもいい?」
「いいよー!」
果南は鞠莉を気にせず、というか気づかず、千歌の右腕をぎゅっと自分の胸に抱き寄せた。
「……洞窟出るまで隣歩いてていい?」
「そんなに?」
「……だってまだ怖いんだもん」
今にも炎が出そうな鞠莉をダイヤが、ビームが出そうな梨子を善子がそれぞれ抑えている。曜はコウキの近くでぶつぶつ何やら呟いているだけだが、どうにも恐ろしい。
千歌と果南がお互い無自覚なのが修羅場の雰囲気に拍車をかける。
「見てる分には楽しいよね」
「そうずらね」
「……せめて僕だけでも助けて」
完全に蚊帳の外なルビィと花丸は、キャラメルポップコーン片手に映画を見ているような余裕っぷり。曜の呪文を聞かされているコウキにだけ手を差し伸べて、千歌達より先に洞窟を進み始めた。
「ああちょっとアンタ達!助けなさいよー!」
「善子ちゃんっ!」
「……何よルビィ」
「頑張ルビィ!ずらよ」
「ひ……他人事だと思ってーっ!」
洞穴内に、悲鳴にも似た善子の叫びが響き渡った。
──ラブライブ!サンシャイン!!──
「そういえば千歌さん」
「なーにダイヤさん」
距離感が掴めない洞穴を進むその道中、ふとダイヤが口を開いた。果南を侍らせている千歌は、動き辛そうに彼女の方を向いた。
「あの玉、どこまで転がっていったのでしょうね」
「ああ、言われてみればそうだよ」
自分のシニヨンがちゃんと付いているか確認している善子を除き、他のメンバーはいきなり何の話をし始めたのか分からないでいる。
実はかくかくしかじかで、とダイヤが説明するが、梨子はますます困惑するし、その一方で善子は不思議な玉の存在にワクワクを隠せないでいる。
「わ、私のラブパワーって……何なの……?」
「呼んだら戻ってきたりしないかなあ!?」
「そんな犬みたいな……」
頭を抱える梨子の隣で、千歌が無邪気に疑問を投げかけた。が、ここで玉が戻ってきたとしても扱いに困るだけ。変に巻き込まれでもしたら、と考えるだけで恐ろしい。
「ダイヤさんも、そんな話洞窟出てからにして下さいよぅ」
「えっ、あ、ごめんなさい……?」
梨子は大きなため息をついた。ダイヤの思っている以上に重く受け止めてしまったようで、事の発端となってしまった彼女はどうする事も出来ずに慌てふためいている。
「んもーダイヤったら、おバカさんっ」
「……そう、ですわね鞠莉さん」
「あっ、あれ、ジョークのつもりだったんだけど……?」
ダイヤに続いて鞠莉まで気を落としてしまった。途端に一向の足取りが遅くなった。
「み、みんな?あとちょっとだろうから頑張ろっ、ね?」
千歌の先を行く曜が、気まずそうに他のメンバーの方を振り返った。後輩に背中押されるなんて、と言ってくれそうな三年生も今は皆あんな調子。仕方なさそうに、コウキを含む後輩だけ連れて先へ先へと進んでいく。
「ねぇ曜さん、あれ……」
後続と百メートルほど距離が離れたあたりで、コウキがふと前方を指差した。いい加減暗闇にも慣れた目を凝らしてそれを見ると、確かに指差して知らせたくなる何かがあった。
「千歌ちゃーん、ダイヤさーん」
曜は、洞穴に響き渡らない程度の声量で二人とついでに千歌に引っ付いている果南とを呼んで、改めてその何かを指差した。
「梨子ちゃんの玉って、あれじゃない?」
「曜ちゃん言い方……」
「えっ何か問題あったかなぁ?」
「……いや別にいいんだけど」
遅れてついてきた梨子が呆れため息をついている一方で、千歌とダイヤは大きく頷いた。
「そうそう、あれだよあれ!」
「……大きくない?」
「私達が見た時はサッカーボールくらいの大きさでしたわ」
「……私達の身長より大きくなってるじゃない」
およそ二メートルにもなる桜色の球体が、ここから先の道を塞いでいた。
梨子の首筋に冷や汗が垂れる。ざり、と一歩、引き下がった。慌てて鞠莉がそれを優しく受け止める。
「使役とか出来ないのかしら」
「いきなり何言い出すのよよっちゃん」
「ほら、元はリリーのラブパワーなわけじゃない、抵抗ないんじゃないかなーって」
この暗い洞穴の中でも分かるほどに目をキラキラさせて、善子がそう呟いた。眷属眷属と嬉しそうに、子供みたいに騒いでいる。
「……試してみようかな」
「憑かれるずらよ〜」
「もー!やめて花丸ちゃん!」
とはいうが、あの球をどうにかしない事には先に進めない。果南だけでなく他のメンバーまで怖がってしまうと、状況が悪化してしまう。
梨子は覚悟を決めたのか、一歩引いた足を前へと向かわせた。ぐっ、と球に向けて右腕を伸ばして、そっと目を瞑った。
「還ってきて、私の力」
一秒か、十秒か、それくらいの静寂の後、球は、というか梨子のラブパワーの塊は、ぐんぐん彼女の腕に吸われていく。もちろんお互いに抵抗は一切ない。ゴムのように伸びた腕を回収しているようなあの感覚。
「腕……、痺れてきたっ……」
あれだけの質量を持つ球を吸い取ってその程度で済むなら重畳。そんなダイヤの一言も耳に入らず、梨子はひたすら腕の痺れに耐えている。
最初の、サッカーボール程の大きさになったあたりで、彼女は耐えかねて右腕をぶんと振り下ろした。チリチリと痺れる腕を労わりながら、ボールを左手に携える。
「これだけがね……、取り戻せないのよ」
彼女は知らない事だが、そのボールは、千歌がこねくり回していた、例の球の核に当たる部分だ。千歌とダイヤがまたもぽんと手を打った。全てを察した梨子は再びため息をつく。
「じゃあ千歌が触ってみるとか」
「えっ?」
「リリーの力に干渉できてんだから、何かしらのプラスかマイナスかは起こるでしょ」
何故か少し不機嫌そうな善子が、今度は千歌に助言してあげる。だが、あくまで責任は取らないつもりらしい。
「分かった、やってみる」
「少しはためらいなさいよ……」
「勧めといてそれはずるいずらよ」
善子と花丸の忠告も無視して、千歌は梨子が持つボールに手を伸ばした。ちょん、と人差し指がそれに触れると、それはいきなりオレンジ色の光を発して弾けた。皆が思わず目を瞑ってしまっている間に、それは徐々に形を変えていき、最終的には野球ボールほどの、羽の生えた何かに落ち着いた。
最初に視力を取り戻した梨子は、宙に浮かぶそれを訝しげに見つめている。
「……な、何よ、これ」
それは、顔(と思われる部分)を彼女の方に向けて、ふよふよと上下している。発声器官がないのか、そもそも意思を持たないのか、ずっとそうしているだけ。
「それなの?リリーの眷属って」
「わ、分かんない」
「分かんないって事ないでしょ」
無茶言われても、と言いたげな顔になった。
困惑しっぱなしな彼女に、千歌が助け舟を出してやった。
「とりあえず道は拓けたし、先に進もう!」
「……千歌、あの光、出口じゃない?」
「そうかもだね果南ちゃ……ん!?」
「だと分かったら急ぐよみんなっ」
果南の言う通り、さっきまで球が塞いでいた道の先に、おそらく出口と思われる光が、そう遠くない距離に見えている。
彼女は千歌とついでにコウキを脇に抱えて、準備運動もそこそこにその光目掛けて駆け出した。と言ってもただ走るだけでなく、自分の魔法で地面を這わせた蔦で加速した上で走っている。よほど出たかったのが嫌でも伝わる。
「千歌連れてかれたら光源無くなるじゃない」
善子のその一言で、残された七人も慌てて走り出した。梨子の後ろからは、ちゃんとその眷属が付いてきている。それを見て吹っ切れたのか、彼女は使った事もない眷属の力に頼ってこの洞穴を抜け出す事にした。
「教えてっ、あなたが何が出来るか」
そう言った瞬間、彼女とその眷属の姿が消えた。というより、数百メートル先の、既に洞穴を抜け出している千歌の真隣に瞬間移動した。もちろんそこには間髪の隙もない。
「マリー、嫉妬ファイアーの使い方教えて」
鞠莉にケラケラ笑われる事は承知の上で、残された善子はそう呟いた。ところが答えはノー。
「マリーもねぇ、燃え上がっちゃってるのよ」
「後輩に嫉妬ですの?」
「……しゃらーっぷ。曜っ、頑丈な船出せる?」
「任せて鞠莉ちゃんっ!」
善子達一年生は納得半分呆れ半分で曜が召んだ船に乗り込んだ。
「崩れる前に走り抜ければ平気よねェ」
「舵取りなら任せるであります!」
「……おねいちゃん、ルビィ不安になってきた」
「私もですわ」
「……お経唱えて落ち着くずら」
「じゃあ私は素数で」
無事に抜け出せるのか、抜け出せた後も無事で済むのか、それは善子の目を以ってしても分からずじまいだった。